尾行
三日続けて体力を使ったので、夜は泥のように眠ってしまった。
さすがに体のあちこちが痛む。
ロビーでチルとアンバーを待つ。
チルとアンバーがやって来たタイミングで、ちょうどリステル達もやって来たので、八人一緒に朝食を食べに食堂へ。
「体すっごい痛い」
アンバーが自分の腕を揉み解しながら言う。
「私も。朝起きたら、手を握ったまま開かなくてびっくりしたよ」
チルもそう言って苦笑している。
「リステル達もさすがに……、どうしたの? すごく眠そうね?」
疲れたんじゃない? と、聞こうとしたら、メノウが大きなあくびをしていた。
「えっ? あー……。気が張って寝付けなかったの。三人はよく眠れたみたいね?」
「ベッドに入ったら一瞬で寝ちゃったよ!」
アンバーが笑って言うと、メノウ達もつられて笑っている。
私は、
「また、夜遅くに外へ出たの?」
そう聞きたくなるのをぐっとこらえた。
「……それにしても。たった一日の出来事で、こうも人の見る目って変わるものなんだね」
チルがこちらを見ていた女生徒に向かって手を振っている。
すると、二人いた女生徒は両手を握りしめ、目をキラキラさせながら、
「ルーチル様……」
「……素敵」
なんて、言っている。
「私はチルのその甘い笑顔にびっくりだよ」
アンバーがチルの脇腹をツンツンつつく。
「ひゃんっ?! ちょっとアンバー?! さすがに今それをされると痛いよ!」
チルから可愛らしい悲鳴があがる。
後からこそっとアンバーに近づき、背中を下の方からつつっと指先で撫で上げる。
「ひゃわ?! おお、ぞわっとしたー!! ちょっとヘリオー!」
追い掛けてくるのでササっと逃げ――……、
「ふぐぅ……」
「いぎぎぎ……」
走ると全身がバラバラになりそうな痛みが走って、ぎこちない変な走りになってしまった。
その様子を楽しそうに見つめているメノウ達。
……やっぱり、聞かない事にしよう。
きっと事情があるに違いない。
相変わらず大盛況の食堂で、ハルルの食べる量に驚かされながら、朝食を済ませる。
メノウのおかげで朝食のメニューも大幅に増えているらしく、これからの朝食も楽しみになった。
午前の座学の講義を受けるため、いつもの教室へ。
「よう、女子は揃って仲がいいな」
「おはよう」
「おはよう。だって、八人しかいないもの」
先に教室の中にいた男子たちと挨拶を交わす。
「そういえば、夜間外出禁止っていつまで続くんだろうな?」
男子の一人が伸びをしながらそんな事を言った。
「不審者が出てるって話だから、それがなくなるまでじゃないのかしら? というか、学生の身分で夜遅くに出かけるって、どうなの?」
「あー、ヘリオドールは知らないか。俺、学園に知り合いの先輩がいるんだけどさ、今まで普通に出歩いていたらしいぜ? 食べに行ったり飲みに行ったり。まあ今の食堂の料理がめちゃくちゃ美味いから、あんまり文句は出てないみたいだけど。さすがにちょっと窮屈じゃねー?」
「どうなのかしら? 私はもともとそこまで出かけるような生活をしてこなかったから、特段窮屈さなんて感じないけれど……」
「そもそも、夜に女の子だけで出かけること自体が危ないから」
話しを聞いていたリステルがそんな事を言うので、思わず、
「あなたがそれを言うの?!」
と、言いそうになってしまった。
チルとアンバーも、なんとも微妙な表情をしていた。
そのうち無意識に言ってしまいそうだ……。
始業の鐘が鳴るまで他愛もない話をする。
男子とも随分話しやすくなってきたと思う。
続々と騎士科の同科生が教室に集まる中、ホリングワース先生が教室にひょっこりと現れた。
「ホリングワース先生。今日の座学は先生が担当されるんですか?」
「いや、連絡事項を伝えに来た」
ざわざわと教室が騒がしくなる。
「喜べお前ら。今日は午後からの訓練はなしだ。特別休校ってやつだ」
おおっ!!!
「あーそうだ。自主訓練もやめとけよ。体だいぶん痛いだろ? しっかり休んどけ。どうせだったらしっかり遊んでこい」
「先生! 夜間の外出は?」
「それはまだ禁止されている。悪いが門限は守ってくれ」
先生が、なぜか視線を一瞬こちらに向けたような気がした。
午前の講義が始まる。
担当の先生は、昨日の一連の出来事を褒め称えてくれた。
「今回の出来事は、当学園設立から今日に至るまでの歴史の中で、非常に大きな出来事になりました。大規模鼠害を未然に防いだことは、フォニアムの街を救ったことに違いありません。百四年前、フォニアムに起こった大規模な鼠害。その時も前線に立ったのが、あなた達の先輩方である騎士科の生徒達です。昨日の出来事はそれに比類するもでしょう。あなた達の名前は、この学園の歴史に刻まれるはずです。私は大変感動しています!」
先生の大仰な言葉に、照れくさそうにしている生徒達。
「ただしっ! 歴史に名を刻まれるという事の重みも知っておかなければなりませんっ! 歴史を振り返れば、英雄と称えられた者が、自身の名誉に溺れ、最期は悪として断罪されたという話は、枚挙にいとまがありません! 改易された貴族も大勢いるのです! 皆さんがそうはならないように、しっかりと歴史の勉強をしていきますよっ!」
突然教卓をバンッと叩いて、興奮気味に話す先生。
さすが歴史の先生と言ったところか、数ある没落の逸話を聞かされ、背筋が冷たくなるのだった。
午前の講義が終わり、食堂へ向かう。
「五人は何か予定あるの?」
「んー! ちょっとゆっくりしたいかなー?」
リステルが伸びをしつつ言う。
「私も―」
リステルと同じようにアンバーが伸びをする。
「甘いものが食べたい……」
「それいいね。でも、この辺りにお店なんてあったかな?」
ハルルのつぶやきに、チルが賛同をする。
「メノウお姉ちゃんのがいい。何か作れない―?」
そうこうしている内に食堂へ到着する。
「私も何か作りたいから、厨房使えるか聞いてくるー!」
食堂の出入り口に入ってすぐ、メノウが走ってカウンターの奥へ入っていった。
「……ねえ、食堂のスタッフ全員、メノウに頭下げてるんだけど」
「あー、だってメノウが色々貴重なレシピを教えたもの。頭が上がらないんだと思うわ」
私が驚いていると、ルーリが温かい視線を向けて、メノウを見ていた。
「君達は料理はするのかい?」
チルがみんなに話を聞く。
「私とハルルとサフィーアはお手伝いはするけどね。料理はもっぱらメノウとルーリに頼り切だよ」
「そうじゃのう。作れと言われれば、妾達でも簡単なものなら作れなくはないのじゃがのう。メノウの作るものにはとんと敵わん」
「へえ、ルーリもできるのね?」
「ふふっ。私の料理の先生はメノウだからね。三人は?」
「私は包丁を持ったこすらないわね……」
「私も」
貴族である私とチルは、そもそもさせてもらえなかったというのが大きい。
「私はちょっとだけできるよ。実家でいろいろと教えてもらってたから」
「あら、アンバーのお家って結構大きい商会じゃなかったかしら? メイドは?」
少し意外だったので驚いてしまった。
「いたよ。お料理してくれるメイドさんと仲良かったんだー。夜中にこっそり二人でお夜食食べたりして、メイド長にすっごく怒られたなー」
楽しそうに話すアンバー。
「へえ、ちょっと羨ましいわね。私はそう言うこと、しちゃだめだったから……」
「あーヘリオの所もかー。ウチもそうだったな……」
「貴族だとそういうものだよねー」
なぜかリステルもうんうんとうなずいている。
そんな話をしつつ、席についてメノウを待っていると、
「お待たせ―。厨房はダメだって」
「うう、食べたかった……」
ハルルががっくりと肩を落とす。
それはもう見ていて気の毒になるほど。
「でもでも、家政科室は使っていいって言われちゃった!」
「家政科室?」
「調理実習をする所だよ。キッチンがある教室だって思えばいいよ」
「――っ!!! じゃあじゃあ!」
さっきまで肩を落としていたハルルが、打って変わって元気いっぱいになった。
「お昼はお菓子作りしまーす!」
「やたー!」
「あ、ちなみに料理長も来るからよろしくだって」
嬉しそうにする五人。
メノウがお菓子を作ると聞いて、私はチルとアンバーを見る。
同じことを考えていたらしく、二人も同時に私の方を見ていた。
「メノウ、良ければ私達もそのお菓子作りにまぜてもらえないかしら?」
「うん! いいよっ! 一緒に作ろう!」
「ありがとうメノウ」
昼食を済ませ、私達は料理長に案内されて、家政科室へ。
メノウとルーリとハルルは、嬉しそうにお菓子の材料を抱えている。
廊下を歩いていると、
昨日また不審者が出たんだって。
聞いた聞いた。
知ってる? 不審者って複数の女らしいよ?
それとそれと、女子寮の近くで目撃されたんだって……。
やだ、怖い……。
そんな話をしている声が聞こえてきた……。
「ここが家政科室ですよ」
料理長さんに扉の鍵を開けてもらい、中へ入る。
「さすが大きな学校。設備がしっかりしてる!」
「ここは貴族の方々も通われる学園ですからね。騎士科以外の女生徒は、ここで簡単な料理の授業をすることになっているんです。あまり回数は多くないですが」
教室に入るなり、目を輝かせているメノウ。
それを嬉しそうにして、説明をしている料理長。
メノウはエプロンを着て教壇へ立ち、
「本日の講師を務めさせていただきます、メノウ・ハツキヅキです。どうぞよろしくお願いします! なんてね!」
可愛らしく照れ笑いを浮かべるメノウに、私達は拍手を送る。
「それでは、今日作るお菓子を発表をします! カスタードクリームとオレンジカスタードクリーム、ドーナツとチュロスです!」
どれも聞いたことがないお菓子だった。
メノウの説明を聞きながら、私達はお菓子作りを始めた。
まずは卵を割る。
殻にヒビすら入らなかったり、殻を入れてしまったりと、なかなかに苦戦を強いられた。
割った卵を入れた器から、スプーンで卵黄だけを取り出しボウルに移す。
メノウ達は、殻をうまく使って卵黄と卵白を別けていた。
卵黄を泡だて器でまぜ、砂糖を入れる。
「砂糖を入れたら急いで混ぜてね」
言われた通りに混ぜていると、卵黄の色が白っぽくなり、濃いオレンジから、黄色に変わる。
薄力粉を入れてさらに混ぜる。
「次に、お鍋に牛乳を入れて火にかけます」
お鍋に入れた牛乳の
温めた牛乳を二回に分けて、さっきのボウルに注ぎ、よく混ぜる。
これを鍋に移し、火にかける。
「焦げやすいので、気をつけてしっかりと混ぜてください。底を木べらでこする様にすると、焦げ付きにくいですよ」
混ぜていると、お鍋の中のものがトロリとしてくる。
「こ、これぐらいでいいのかしら?」
「うん、大丈夫だよ。そしたら火を弱めてまたしっかりと混ぜてね」
「わかったわ」
混ぜていると、どんどんとトロミが強くなり、もったりと重たくなってくる。
さらに混ぜていると、今度はつやが出てきた。
出来たものをバットに移し、冷暗所へ。
「さて、さっきと同じ要領で、オレンジカスタードクリームも作ります。牛乳をオレンジを絞った果汁に変えるだけですね。オレンジの皮は、きれいに洗って残しておいてください。香り付けとして、少し削って使いますので」
オレンジカスタードクリームは、最初に作ったカスタードクリームより、要領良く作れたと思う。
「次にドーナツとチュロスですね」
常温に戻しておいたバターをよく混ぜやわらかくする。
「バターを出しっぱなしにしていたのって、常温に戻すためなんだ?」
アンバーが感心したように言う。
「そうだよ! 待ち時間、作ってる間の時間でも何ができるか考えるのも、お料理のコツの一つだね!」
「私は作る事で精一杯だよ」
チルが苦笑して言う。
「私もよ」
「初めのうちはしょうがないよ。でも、三人ともビックリするほど手際がいいね。危なげなく作ってるから感心するよ!」
メノウからそう言われて少し照れ臭いけれど、すごく嬉しかった。
柔らかくしたバターに、砂糖を入れて白っぽくなるまで混ぜ、卵を加えてさらに混ぜる。
次に薄力粉をいれて、しっかりと混ぜる。
混ぜていると徐々に粉っぽさがなくなっていき、生地が纏まりだしてくる。
「意外と混ざるものなのね。薄力粉、多すぎないかしらって心配だったのだけれど」
「面白いでしょ?」
「ええ、興味深いわ――って、メノウ? それは何を入れているの?」
「パセリだよ。みんなとはちょっと味が違うものを作ってるだけだから気にしないで」
出来た生地を、小さく丸めて言われた通り、輪の形に成型する。
「どうしてこんな形にするんだい?」
「満遍なく熱が入るようにするためだよ。こうすると中心部だけ火が通らなくて生焼けになる事を防ぐことができるの」
「へぇ? よく考えたものだよ。すごいねメノウは」
「そりゃあ、私が考えたものじゃないから。私は教えてもらったことを、みんなにも教えてるだけだよ。多少アレンジはするけれど」
どうして、騎士科になんて来たの? と、聞きたくなった。
メノウのこの腕なら、お抱え料理人になる事だってできるはず。
それができない理由があるのだろう……。
「さて、次はチュロスです!」
驚くことに、材料はドーナツとほぼ一緒。
牛乳、砂糖、バターをお鍋に入れて火にかける。
牛乳を沸騰させないように気をつけながら混ぜる。
バターが溶けてお鍋の周りがふつふつとしだしたら火を弱めて、振るっておいた薄力粉を入れて、ひと纏まりになるまでしっかりと混ぜる。
ボウルに移し少し冷ましたら、溶いた卵を少しずつ入れながら混ぜる。
「溶き卵は一度に入れないで、五回ほどに分けてしっかりと混ぜてください」
出来上がった生地は、さっきのドーナツ生地よりも柔らかい生地が出来上がった。
それをメノウが渡してくれた革袋に詰める。
「ちゃんと洗って奇麗にしておいたからね」
私達に見本を見せつつ教えながら作っているのに、他の事も同時にしていることに、すごい手際の良さだと感心する。
革袋の角を小さく切り、薄力粉を振っておいた台の上に、生地を直線に絞り出す。
それをいくつも作って、準備が完了らしい。
「さて、これから油を使いますが、やけどに注意しましょう」
そこの深いフライパンに油をたっぷりと注ぎ、火にかける。
「菜箸をつけて、こんなふうに泡が出てきたら、ちょうどいい温度になったので……」
メノウはそう言うと、ドーナツを油の中へ。
すぐにドーナツから泡が出始め、シューっという音が聞こえてくる。
少ししてから、浮いているドーナツをひっくり返すと、奇麗なキツネ色になっていた。
さらにしばらく揚げたドーナツを、網を敷いたバットの上に乗せ、油をきる。
「はい、ドーナツの完成! シンプルでしょ?」
そこから私達も、教えられたとおりに生地を揚げていく。
ドーナツをすべて揚げ終わった後は、チュロスの番。
「チュロスは、色が均一になるように気をつけてくださいね」
『はーい』
ドーナツとチュロスの完成。
「味見してみて?」
メノウがそう言うので、いくつもあるチュロスを食べてみる。
出来立てでまだまだ熱いので、みんなふーふーと息を吹きかけて冷ましている。
サクッ。
「――!」
サクッとした触感と共に、香ばしい香りと甘みが口の中を満たす。
「美味しいっ!」
思わず次が食べたくなり、手を伸ばしてしまいそうだった。
「うん、みんな上手にできたね。良かった良かった!」
メノウは私達が作ったものを見て、満足げに頷いている。
冷暗所に置いていたカスタードクリームと、オレンジカスタードクリームをとりに行く。
驚いたことに、冷めた二つのクリームは、とろっとした状態じゃなく、プルプルとした物に変貌を遂げていた。
「これをしっかり解きほぐしたら、完成だよ!」
ボウルに移し替えて、言われたとおりにしっかりと木べらで混ぜる。
しばらく混ぜていると、ゆるくなってきてクリーム状になった。
「それじゃあ食べよう! ……およ?」
メノウが廊下の方を見た。
女生徒が数人、教室の中を覗いていたのだ。
お菓子作りに夢中になっていて、全く気付かなかった。
「いっぱいあるから、あなた達も食べる?」
メノウがそう言うと、
「いいんですか?!」
「うん! その代わり、片付け手伝ってね?」
「はい!」
嬉しそうに教室に入って来た。
「それでは!」
『いただきまーす!』
テーブルに出来たドーナツとチュロスを並べて、みんなで食べる。
ドーナツは、チュロスに比べてしっとりとしていて、食べ応えがあった。
どちらも甘くてとても美味しいけど、何より自分達で作ったことに、言い知れない喜びを感じた。
カスタードクリームを付けてドーナツを食べてみる。
カスタードクリームの濃厚な甘さが、ドーナツのシンプルな味によく合う。
「これはっ! 同じカスタードクリームと名前が付いているのに、全くの別物!」
料理長さんが、目を輝かせている。
私もオレンジカスタードクリームを付けて、もう一度ドーナツを口に運ぶ。
オレンジの爽やかな香りと甘さが、しっとりとしたドーナツとこれまたよくあった。
確かにこれは、全くの別物。
「美味しいー!」
「幸せ―!」
「私達運がいいね!」
見学していた女生徒たちは、幸せそうに微笑みあっている。
「はーい、紅茶だよー! 少し濃い目に入れたから、これで甘くなった口の中をリセットしてね!」
いつの間にやらメノウとルーリが、紅茶を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう」
二人が淹れてくれた紅茶を飲む。
確かに随分口の中が甘くなっていたようで、濃い目に淹れられた紅茶がより一層美味しく感じられた。
幸せな時間はあっという間に過ぎ、おなかも満たされた。
何より甘い物を食べたおかげか、じんわりと体が元気になったような気がした。
片付けも終わり、残ったドーナツとチュロスは、みんなで分けて持って帰る事になった。
マリーに食べさせてあげよう。
喜んでくれるかしら?
甘い匂いを纏いながら、みんなと歩く。
匂いに気づいた生徒達が、私達の事を不思議そうに見ていた。
それぞれの部屋に戻る。
「おかえりなさいませ、お嬢様。午後から臨時休校との連絡がございましたが、ご学友と遊びに行っていらっしゃったのですか?」
「ただいま、マリー。遊びに入っていないんだけどね。これ、マリーにお土産」
器に盛られたドーナツとチュロスを渡す。
「見た所揚げ菓子のようですが……。お買い物をされていたのですか」
「ううん。それ、私が作ったのよ」
「えっ?!」
驚いているマリーに私は気を良くして、お昼からの事を話す。
「私のような使用人も、食堂を使わせていただいておりますが、まさかそんな事になっていたとは……。良いお友達が沢山ですね。さっそくお茶をお淹れしますね」
「そうね、私もちょっとだけいただくわ。マリーと久しぶりに話しながら食べるのもきっと悪くないわ」
すでに結構な量を食べてきてはいるのだけれど、どうしてかそんな気分になったのだった。
マリーが私の作ったお菓子を美味しそうに食べている姿を見て、メノウ達が料理を好きになった理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。
そして、夜。
シャワーも夕食も済ませ、私とチルとアンバー三人は、談話室へ集まった。
「やっぱりメノウ達、今日も寮から抜け出しているみたい……」
「どうしてそんな危ないことをしてるのかな……」
アンバーが俯いてつぶやく。
「わからないわ。でも、不審者って、メノウ達のことよね……?」
「あくまでその可能性があるだけだよ、ヘリオ。だから、それを知るために私達はここに集まったんだ」
気にしないことにするはずだった。
でも、お昼に聞いた、不審者が複数の女だという話が、私達三人の頭から離れなくなった。
だから、私達はメノウ達が何をしているのか、尾行することにしたのだ。
メノウ達にやましいことがないなら、その時は、必死に謝るまでだ。
怒るかもしれないけれど、きっとあの優しい子たちの事だ、許してはくれるだろう。
もしも、もしも彼女達が悪事を働いているのなら、私達がそれを止めるんだ。
そう思い、寮を出た。
だが、私達の目論見は、早々に潰えそうになってしまう。
「君達、学生だね? 急用なら教師を同伴させること、そう話は聞いているはずだけど? この時間はもう外出禁止だよ」
学園の敷地から出るための門を見張っていた人に呼び止められてしまった。
暗くて人がいることに気づかなかったのだ。
「あのっ! さっき私達の前に五人の女の子が出て行きましたよね?」
「……ああ、あの……あっ――ごほんっ! 何の事かな? 君達の気のせいじゃないかな? 私達はここをずっと見張っているけれど、そんな子たちは来ていないよ」
一瞬何かを言いかけ、慌ててごまかしたようだ。
「そんな言いがかりまでして。教師を呼び出すのでここでしばらく待ってなさい!」
不味いことになった。
「所属と名前を言いなさい!」
完全に見通しが甘かった。
彼女達がいつも出掛けていることから、私達も容易に追跡できると思い込んでいたのだ。
ここはおとなしく、言われたとおりにするほかはなかった。
「……騎士科一科生、ヘリオドール・リステッソ・シルフォンです」
「同じく、ルーチル・ルバート・シルバール」
「アンバーです。所属は二人と同じ騎士科一科生です……」
私達三人、もう既に諦めていた時だった。
「騎士科一科生? しかも女生徒?」
「あーなんだ! 彼女達の仲間か! だったら最初にそう言ってくれないと困るよー」
「……え?」
それまできつい口調だった男性二人が、突然態度を軟化させた。
「今まで女生徒が何人も抜け出そうとしていたからね。厳しく警戒をしていたんだよ。あっほら、さっさと出た出た! こんな所を見られたら、他の学生も黙ってないんだから!」
いきなりなことで、理解が追い付かなかったが、私達は学園の外に出ることが出来たのだった。
「そうそう。あの子たちに、差し入れ美味しかったよ、ありがとうって伝えてくれると嬉しい」
「は、はい。わかりました……」
こうして私達は、急いでメノウ達の後を追うのだった。
ただ、この時にはすでに手遅れなほど、事態は進んでいた……。
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