剣を掲げて

 私達が拠点へ戻って来た後すぐに、残りのグループ二つも戻って来た。

 怪我人はいるようだったけれど軽症で、すぐに手当てを始めている。


「メノウ、ルーリ、ダメだからね? あの程度大したことないんだから」


「……うん」

「わかってるわ」


 二人がリステルに何か窘めれられていた。


「先生、これだけの大口鼠ラージマウスが出ているってことは大規模な鼠害そがいが起きているんですか?」


「……いや、恐らく大規模鼠害そがいの前兆だろう」


「これでですか?! そんなまさか……」


「今大口鼠ラージマウスを何とかしないと、次はこれの何倍かわからんほどの大口鼠ラージマウスが現れるってことだ。丁度今あいつらは繁殖期なんだ。あいつらは馬鹿みたいに増えるし、馬鹿みたいに成長が早い。今は繁殖のために栄養を溜めているって所だろう。恵黄の頃になると、今より遥かに数を増やしたやつらが、また繁殖のために農地に現れる。そうなったら、終わりだ」


 ホリングワース先生の言葉に、騒めきと動揺が広がっていく。


「なら、やることは一つですね」


 街のために。

 この街に住む多くの人達のために。

 私達が今できる事。


 自身の力を決して驕っているわけではない。

 私の力なんてものは、微々たるものだろう。


 だからと言って、何もしない理由にはならない!


「危険だぞ」


 ホリングワース先生はいつになく怖い表情で私に言う。


「承知の上です。危険だからと言って逃げ出してしまえば、今まで積み上げてきた全てを、憧れを、裏切ることになります。そんなこと、私は絶対に嫌です!」


「……はあ、わかった。ならば緊急だが、大口鼠ラージマウス討伐作戦を敢行する! 志願する者はいるかっ!!」


 先生の声に、すぐさま私は前にでる。

 そして、遅れることなくチルとアンバーも揃って前に出た。


「ヘリオに思わず見惚れてしまいそうだったよ」

「ね? ヘリオ格好良かったよ」


「二人ともいいの? 危険よ?」


「君がそれを言うのかい? 私も、私の憧れを裏切りたくなんて無いよ」


「きっとあの四人の英雄も、この場に居たら同じことをするんじゃないかな? だったら、逃げ出すわけにはいかないじゃない!」


「ありがとう。とても心強いわ!」


 そして、私達のやり取りを皮切りに、


 俺もやるぞ!

 やってやる、やってやるぞ!

 僕が栄進するための足掛かりにしてやる!


 ウオオオオオオオオオ!


 歓声が上がり、多くの生徒が前に出た。


 猛る生徒達とは裏腹に、俯いて目を伏せる生徒達もいた。

 そんな生徒の前に、ホリングワース先生が立つ。


「……先生、俺達は……」


「わかっている。これはあくまで志願だ。参加しないと決めたのだったら堂々としろ。ただ、いくつか頼まれて欲しいことがある」


「えっ?」


「安心しろ、危険なことではないが、非常に重要な任務だ」


「――はいっ!」



 いよいよ事態が大きく動き出した。


 作戦は単純。

 大口鼠ラージマウスを見つけた端から、倒していく。

 ただし、数が想像以上に多いので慎重に。

 大きな群れを相手にはせず、自分達の力量で相手をできる規模の群れをしっかりと選ぶこと。

 私達はまだまだ入学したてのひよっこだから、決して無理をしてはいけない。


「いくよっ! せいっ!」

「はあっ!」

「やああっ!!」


 ホリングワース先生に教わった通り、一匹目をチルが倒して、私達がすかさずカバーに入り、襲い掛かってくる後続の大口鼠ラージマウスを倒す。


 それをひたすら、ただひたすら繰り返す。

 慎重に慎重を重ねて、五匹から六匹程度の群れを倒していく。


 かなりの数を倒したと思ったのだけれど、まだまだ夥しい数の大口鼠ラージマウスが跋扈していた。


「少し休もうか」

「そうね……」

「……終わりが見えないね」


 少し離れた場所まで移動して、革袋に入った水を飲む。

 もう既に手や腕から痛みを感じるほどになっていた。


 すぐ近くで男子生徒のパーティーも休んでいたので、休憩がてら話をする。


「まいったね。こんなバカみたいな数が街の近くにいたなんて。随分倒したと思ったんだけど、それでも減った気がしないよ」


「私も同じ感想。手も腕ももう痛いわ」


 肩に手を置き、腕をぐるぐると回して見せる。


「まったくだね。そういえば、君の所は怪我人は出てないのかい?」


「ええ、今のところはね」


「それは羨ましいね。こっちは一人脱落だ」


「大丈夫なの?!」


「ああ、足を噛まれてね。酷くはないが移動に支障をきたしてしまったから」


「そう。命に別状はないのね」


「今は拠点に戻って、手伝いをしているよ」


「これで大規模鼠害じゃないっていうのだから、恐ろしいわ」


「街の財政を傾けるほどの鼠害なんて、考えたくもないね」


「そうね。今、私達が頑張るしかないわね」


「……」


 男子生徒は私の事をじっと見る。


「何かしら?」


「……ヘリオドール。君達には感謝しているよ」


「急に何よ?」


「君達が真っ先に前に出たから、僕達も勇気が出たんだ。もしあそこで引き下がっていたら、ずっと後悔が残ってしまっていただろうからね。君達の勇気に、敬意を表するよ」


「そ、そう? 何だか照れるわね……」


「正直なことを言うと、女の子である君達に先を越されてしまったのは、情けない所ではあるよ。女の子の前では、恰好をつけたかったんだけれどね」


「あら、今からでも間に合うんじゃない? それに、あなた達が恰好を付けたい女の子って、メノウ達でしょう?」


「最初はそうだったさ。でも、今は違うかな? 彼女達は何と言うか……少し怖いよ」


「女の子に怖いは失礼よ。もう!」


 そんな事を言いつつも、私は彼の気持ちが少しわかる。

 彼女達は私達とは違い、遥か遠い所にいる。

 そんな気がするのだ。


「……ん? ……なあ。あれ、なんか様子がおかしくないか?」


 彼が指をさした方を見ると、別の男子生徒のパーティーが大口鼠ラージマウスを倒していた。

 倒していたのだが、どんどん向かっている大口鼠ラージマウスの数が増えている。


「まずい! チル! アンバー!」


「ああ!」

「わかってるわ!」


 慌てて武器を持ち、交戦中のパーティーへ加勢しに向かう。


「俺達も行くぞ!」


『おうっ!』



「くそっ! くそっ! 急に何なんだよこいつら!」

「もう捌ききれなくなるぞ!」

「この数から逃げることもできない!」


 動揺している彼らの横合いから一気に大口鼠ラージマウスの群れを叩き潰す。


「大丈夫っ?!」


「女子か! 助かった!」


「今のうちに体勢を立て直すんだ!」


 チルがすぐさま指示を出す。


「ねえ! こんな大きな群れにちょっかい出したの?!」


 ひっきりなしに襲ってくる大口鼠ラージマウスに、アンバーが焦ったように言う。


「違う! 俺達が相手していたのは、精々十匹程度の群れだった! それが急にどこからともなく襲ってくるようになったんだ!」


「……大口鼠ラージマウスも馬鹿じゃないって事かしら?! 徐々に数が減って来て、慌てて攻勢に出たのかもね! せいっ!」


 話しをしている間にも、どんどんと大口鼠ラージマウスは襲ってくる。

 休憩した甲斐があったのか、軽口を叩ける余裕はあった。


 ただ、どれだけ倒しても、大口鼠ラージマウスはどこからともなく現れて、こちらを襲ってくる。


 少しずつ私達の余裕がなくなっていく。


 徐々に増えていく大口鼠ラージマウスに圧され、少しずつ後退しながら戦っていくが、もう体力も底をつきそうだった。


 一際大きく色が少し黒っぽい大口鼠ラージマウスが、アンバーに向かって急接近する。

 咄嗟に盾を構えて体当たりを受けるが、


「しまっ――」


 体勢を崩し、転倒する。


 そこへ容赦なく大口鼠ラージマウスの群れが一斉に飛び掛かった。


「――っ!!」


「でやあああああああっ!!」


 飛び掛かった大口鼠ラージマウス複数を、転倒しているアンバーの真後ろからチルが槍を横薙ぎに振り払い、蹴散らす。


 すかさず私も前に出て、アンバーが態勢を立て直す時間を稼ぐ。


「アンバー大丈夫かい?!」


「ごめん! 思ったよりあいつ、力が強かった。なんか他のとは違う感じがした!」


「……まさか上位種?!」


「だとしたら不味いね……」


「うわああああっ!!」


 一人の男子生徒がとうとう捌ききれなくなってきた大口鼠ラージマウスに噛まれて、足を負傷してしまう。

 仲間に何とか引き剥がしてもらえたようだが、立つことは厳しいようだ。


「引きずってでもいいから、彼を連れて早く逃げて!」


「だがっ!」


「大丈夫! 君達を追い掛けさせなどしないさ! だから早く!」


「――っ!! すまん! 離脱する!」


 きっと私達が危機に陥ったらリステル達が助けに来てくれる、そんな甘えた考えが一瞬脳裏をよぎった。


「はあっ!!」


 確かに彼女達は強い。

 だからって、こんな時にも彼女達を頼ろうと考えてしまった自分に腹が立った。


「負けるもんか! 負けるもんかっ!! 私は、私の力で乗り切るんだっ!」


「なんだ、ヘリオも考えることは同じかい!」


「たぶん私もおんなじ事を考えてた!」


 どうやら私達三人、同じことを考えていたようだ。

 それもそうか。

 彼女達の力を一番間近で見て、一番悔しい思いをしたのは私達なんだ。


「ヘリオ! 私達一人の力はまだまだ小さくても、三人合わせればきっと今を!」


「いつか、リステル達に追いつくためにも! 今この瞬間を!」


「そうね! 乗り越えて見せるっ!!」


「やああっ!」

「はああっ!」

「せいやっ!」


 悲鳴を上げる体に鞭打って、ひたすらに大口鼠ラージマウスを倒し続ける。


 負傷した男子を連れて逃げた二人は、もう十分な距離を離れることが出来たようだ。


 徐々に徐々に押し込まれていく。

 もう逃げられるような状態ではなくなってしまった。


 剣を持つ手にも力が入らなくなってきて、一撃では倒せない事も増えた。

 それでも、何度でも、剣を振るう。


 だが、大口鼠ラージマウスの数は一向に減らない。


 やはり、私達では力不足だったか。

 そう思った瞬間だった。


 ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 後方から、喊声が轟いた。


 進めええええええっ!!

 大口鼠ラージマウスを残らず蹴散らせっ!!

 うおらあああああああっ!!


 そして、武器を構えたローブを着た人達が私達の横を通り抜けて、大口鼠ラージマウスの群れに一斉に突っこんだ。


「お前ら、大丈夫かっ?!」


 呆然としていた私達に、ホリングワース先生が駆け寄って来た。


「……はあ……はあ、先……生?」


「良く耐えたなっ!」


「これ……は?」


「討伐に志願しなかった奴らが連れてきた、騎士科の生徒、冒険者、衛兵たちだ。少し時間がかかったが連れてくることが出来た。拠点に戻ったら、負傷者を連れた奴らが、お前らがピンチだって言ってな。慌てて飛んできたんだ」


 それを聞いた瞬間、私達はどさっと膝をつく。


「怪我はないか?」


「……はい!」


「そうか。ここで休んでろ!」


 先生はそう言うと、剣を構えて大口鼠ラージマウスの群れに突っ込んでいった。


「何とかなったね……」


 アンバーが足を投げ出して言う。


「私達も、やればできるじゃないか! そうだろ? ヘリオ」


「ええ……、ええっ! 乗り越えてやったわ!」


 三人拳を合わせる。


「あなた達も良く持ちこたえてくれたわね。私達三人だけじゃ絶対に無理だったわ」


 息も絶え絶えに、ぐったりとしている男子パーティーにも声をかける。


「それはこちらとて同じさ。君達三人がいなかったら、とっくにやられていただろう。強いな! 君達は!」


「ありがとう、あなた達もお見事よ」


 お互いの健闘を称える。

 そんな時だった。


「ヂュヂュッ!」


 私達の近くを、大きな大口鼠ラージマウスが一匹どこからともなく現れ横切っていく。

 よく見てみると、それは先ほどアンバーに体当たりをしてきた一回り程大きな大口鼠ラージマウスだった。


「……違う。あれは大口鼠ラージマウスじゃない! 毛の色も歯の長さも違う! チル! アンバー!」


「ああっ!」


「あれが上位種なのっ?!」


 私達が武器を構えると、大口鼠ラージマウスの上位種と思しき魔物は、


「ヂュッ! ヂューッ!!」


 鳴き声をあげて逃げていく。


「早い! 追いつけない!」


「これならどうだ!」


 チルが槍を振りかぶって投げた。


 ズドッ!


「ヂュッ?!」


 槍は上位種と思しき魔物に刺さる事はなかったが、鼻先の地面に突き刺さり、大きく怯んだ。

 その隙を逃さずアンバーが突っ込み、剣を振るう。

 剣は、ちょろちょろと動き回るせいで当たる事はなかったが、魔物は逃げることを諦めたようで、アンバーに襲い掛かる。


 魔物の攻撃をアンバーが盾で受け、その隙を私が横から狙う。

 私も何度も剣を振るうが、想像以上に魔物の動きは早く、躱されてしまう。


 今度は私に飛び掛かってくる魔物。


「ヘリオっ!」


 後からチルの声。

 とっさに右に躱すと、私がいた所をチルの槍が通り抜け、魔物の腹部に突き刺さった。

 まだ動こうとする魔物に、左右から私とアンバーが剣を突き立てる。


 ようやく魔物は動かなくなった。


「も、もう……動けない……」


 ぐったりとしていたところに、ホリングワース先生が再び現れた。


「お前ら何と戦って……。こいつぁ、鋭牙鼠ファングマウスじゃねえか?! 大口鼠ラージマウスの上位種だ! いるとは思っていたが、こんな所に居やがったか……」


「……本当に上位種だったのね……」

「……どおりで強いわけだ」

「……攻撃全然当たらないんだもん、ビックリしたよー」


「お前らお手柄だぞ。こいつ一匹でも逃がしたら、大変だったんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、ただでさえ繁殖力が高い大口鼠ラージマウスだが、こいつはそれをさらに上回る。こいつがいたら、恵黄の頃にまた同じ規模で大口鼠ラージマウスが湧いて出ていたかもな……」


「それは勘弁してほしいですね……」

「全くだね」

「づがれだ……」


 そこで、はっと気が付いた。

 今までリステル達の姿を見ていなかった。

 あの五人の事だ、やられたなんてことはそうそうないとは思いたいけれど、絶対と言うものはない。


「先生、リステル達を見ていないのですが、彼女達は無事ですか?」


「ああ、無事だぞ。別行動していた男子パーティーが負傷したらしくてな。動けなくなっている所をずっと護衛していたそうだ。あっちも突然群れに襲われたと言っていた」


「……そうですか」


 先生の言葉に、ほっと力が抜けるのだった。


 この後、あっという間に大口鼠ラージマウスの駆除は終わり、今回の出来事は幕を閉じた。


 怪我人は多く出たが奇跡的に死人は出ず、農作物の被害はそこそこあるものの、早期に対処できたお陰で、取り返しは十分つくそうだ。


 拠点でリステル達と再会する。


「みんな!」


 私達の姿を確認して、嬉しそうに駆けてくるリステル達。

 こちらはヘトヘトで走る気力すらないというのに、彼女達は何と元気なことか。


「聞いたよ! 頑張ったんだってね?」


 メノウは、ほっとしたような顔で言う。


「それはあなた達も一緒でしょうに」


「心配で様子を見に行きたかったんだけど、身動きが取れなくなっちゃって……」


「気持ちは嬉しいけれど、私達だけで出来る様にならないと。前みたいにリステルに頼るような事をするのは嫌よ」


「……ヘリオ。うん、そうだね」


 メノウは少し申し訳なさそうな表情を一瞬だけ浮かべて、またすぐに笑顔に戻った。


「絶対にいつか、あなた達を追い越して見せるんだから」


「……うん。頑張ってね! 応援してるからね」


 握った拳をメノウは両手で優しく包み込んでくれた。



 怪我人の応急手当、拠点の解体撤去を済ませ、私達は学園へと戻る。


 周りはざわざわと賑やかだけど、私達は喋る気力もなかった。


「体力がどれだけ大事か、身に染みただろう?」


「……はい」


 ホリングワース先生が、私達を見てニヤッと笑っている。


「それでも、初日と違ってまだ余力は残っている気がします」


「はっはっは! まだお前たちは気が張っているからな! 辛うじて動けているだけさ! 気が緩むと一気に疲れが噴き出す。覚悟しておくことだな!」


 チルの言葉に楽しそうに言い返す先生。


「きっと、お前たちは強くなれるぞ」


「どうしたんですか急に? お世辞ですかー?」


 アンバーが首をかしげている。


「そんなんじゃない。事実を言っているつもりだ。他人の危機に真っ先に駆けつけようとする意志、危険を顧みず立ち上がれる勇気、諦めない心の強さ。どれをとっても必要なものだ。実力自体はまだまだかもしれないが、そんなもの、後からいくらでも身につけることができる。だが、最初の三つは身につけようにも、本人の資質に依る所が大きい。だが、お前達はそれを確かに持っている。持っているものを伸ばすことは容易だ。強くなれよ?」


「……ありがとう……ございますっ」


 先生の言葉を深く胸に刻む。


 校門を通り、学園の敷地へ入る。

 私達を心配そうに見守り、後をついてくる他学科の生徒達。


 校舎前の広場へ到着すると、そこは生徒達でひしめき合っていた。

 校舎の窓からも、生徒たちが心配そうに私達を見ていた。


「ホリングワース先生、ご無事で何よりです。あの、さっそくで申し訳ないのですが被害の程は? 生徒は? 戦った生徒は無事なのですか?」


 少しふくよかな体形の女性が駆けよって来て、ホリングワース先生に説明を求める。


「怪我人はでましたが、どれも軽症です。死亡者はいません。農作物がかなり被害にあってしまいましたが、それも大丈夫な範囲だそうです」


「そうですか……そうですかっ! それはよかった! 何より、生徒たちが皆無事に帰って来てくれて嬉しいです……」


 女性は胸に手を当て、ほっと大きく息を吐いた。


「それではホリングワース先生、鬨をあげてくださいな。学園の生徒は皆、不安に駆られ、あなた達の帰還をずっと待っていたのですから」


「学園長、俺じゃなくて、それに相応しい生徒がいますよ」


 ホリングワース先生は私達を見るが、


「先生任せた。私達元気ない」


 と、アンバーがムリムリと手を振った。

 私もチルも恥ずかしいのもあるけど、大声を上げる余裕なんてなかったので、アンバーと同じように手を振った。


「わかったよ。しゃあねえなぁ。しばらくはしっかり体力の強化に励むからな! おい、全員せめて武器ぐらいは掲げろ!」


 先生に言われ、一斉に武器を空へと掲げる。


「俺達の完全勝利だ!」


 ホリングワース先生がとてつもない声量でそれだけを叫ぶと、


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!


 私達の周囲から、校舎から、大歓声が響いた。


「さて、ここで解散となるが、怪我をしているものはしっかりと治療すること! 体調が悪くなったら速やかに報告すること! そして、しっかり食って、しっかり休めよ! 解散!」


 私達八人、女子寮へ帰る。

 リステル達五人と、お互いの無事と健闘を称え合いながら。


 女子寮の中は、しんと静まり返っていた。

 よく考えたら、まだ学園は授業をしている真っ最中だ。


「おかえりなさい。皆さんご無事で何よりです」


 一人の女性が、女子寮に入った私達を出迎えてくれた。


「寮長さん。ただいま帰りました」


「皆さんお怪我の方は……?」


「大丈夫です。私達は大した怪我をしていません」


「そうですか。それはよかった。本当に……よかった!」


 心配そうに私達を見る寮長さんに、私達は笑顔で話す。

 すると寮長さんは胸に手を当て、少し涙ぐんで微笑んでくれた。


「皆さん、食堂が皆さんのために早めに準備を完了しているそうです」


「ありがとうございます!」


 寮長さんからの連絡を聞き、私達はそれぞれの部屋へ別れる。


「おかえりなさいませ、お嬢様。ご無事で何よりです」


「マリーただいま」


「心配したんですよ?」


「ごめんなさいね? でも騎士科だから、これからもこういうことはきっと起こるわよ。あなたも慣れておいてね?」


「慣れることはきっとありませんよ。お嬢様、無理だけはなさらないでくださいね?」


「ええ、できるだけ、気をつけるわ」


 軽くマリーと話し、シャワーを浴び、着替えてロビーへ。


 すでにアンバーが待っていたらしく、こちらに向かって困った顔で手を大きく振っていた。

 アンバーは、大量の女子生徒に囲まれていた。


 また何か絡まれているのかと、心配になって駆け付けたが……。


「ヘリオドール様とルーチル様もいらっしゃったわ!」


 キャーっと黄色い声が沸き上がる。


 この間のような嫌悪感は感じなかった。


 お二人も、アンバーさんと共に街の窮地に立ち向かわれたのですよね!!!

 素敵ですわっ!

 どうかその時のお話を詳しく!

 私が先でしてよっ!


「まいったね……」


「なんかみんなを待ってたら、ずっとこの調子で根掘り葉掘り聞かれてさ……。すぐに二人が来てくれて助かったよ……」


 涙目になって、アンバーが駆けよって来た。


「え、なにこれ?」


 廊下の方で、リステルの声が聞こえてきた。


 リステルさんよ!

 ハルルさんもいらっしゃったわ!

 あの五人は、とてもお強いというお話ですわ!


 きょろきょろと、周囲を見渡しながら恐る恐るこちらへやってくるリステル達。


「大変なことになったね」


 メノウも苦笑している。


 あのっ! 是非とも話を!

『お願いします!』


 目をキラキラとさせて、私達ににじり寄ってくる女生徒たち。


 このままでは食事どころか、休むこともできなくなりそうだった。


「申し訳ない、お嬢様方。お話をしたいのは山々なのだけれど、私達も少々疲れていてね? 後日ならゆっくりと話をできると思うんだ。それで許してくれないだろうか?」


 どうしようかと対処に困っていると、チルが私達の前へと躍り出て、左手を胸に、右手を前に出しながら、甘い笑みを浮かべた。

 その瞬間、女生徒たちの顔が一気に赤くなり、中にはぺたんとその場に座り込む女生徒もいた。


 ああっ! 失礼いたしましたっ!

 ええ、その時を心待ちにしております!

 ルーチル様ぁ……。


「じゃあ行こうか」


 そう言ったチルを先頭に、学食へ向かう。


「うわぁ……チルって女たらし?」


 アンバーが若干笑顔を引きつらせている。


「ちょっ?! 人聞きの悪いっ! そんな事を言うんだったら、あそこに置いて行った方がよかったかな?」


 ぷくっと頬を膨らませるチル。


「キラキラしてた」


「私は背景に薔薇が見えた……」


 ハルルとメノウが何かつぶやいていたけど、私には意味が良くわからなかった。




「くそっ!! くそっ!! くそがああっ!!」


 空のグラスがカウンターに強かに叩きつけられる。


「お客さん、あんた顔色が良くないんだから、あんまり飲みすぎるんじゃないよ?」


「るっせえっ! 黙って次持って来い!」


「まったく……」


 従業員は、あまりこの男に関わると碌な事にならないと悟り、黙ってお酒の入ったグラスを差し出して、別の客の接客へ逃げた。


「ずいぶん荒れてるのね? お隣いいかしら?」


「ああん? なんだ貴様。俺に係わるんじゃねえよ」


「まあ、そう言わずに」


 突如現れた妙齢の女性に警戒心を露にするが、女性はどこ吹く風といったように、お構いなしに男性の左隣に座る。


「ねえあなた、デリスよね? プレスト子爵の所の護衛隊長をやっている」


「ちっ! もう噂になってんのか……」


「そりゃあね。学園内での決闘だなんて、すぐに話が出回るわよ……」


「くそっ!」


 デリスはギリッと唇を噛みしめる。


「まだ骨折の熱、下がってないんでしょう? 顔色が悪いわ……」


 女はそう言って、デリスの包帯がまかれた左足に手を添える。


「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング」


 女は静かに詠唱をすると、足に触れていた手が青く光る。


「な?! それはっ!」


「しーっ。あんまり騒がないでくれる?」


 店の喧騒と、荒れているデリスを見ないようにしていた客ばかりだったので、誰も女性が治癒魔法を使ったことには気づいていない。


「何が目的だ?」


「恨みを晴らしたくはない?」


 そう言った瞬間、女性が凶暴な笑みを浮かべる


「――!!」


「私達の主人がさ、騎士科に女がいることを何が何でも許せない人でね? 色々排除を試みているんだけれど、どれも上手くいかないのよ」


「で、俺に力を貸せと?」


 女はこくりと頷いた。


「いいね。その話乗った」


「そうこなくっちゃ」


「じゃあ、右手も治癒してくれないか?」


「ごめんなさい。私あまり魔力がなくて、今日はもう使えないの。それに、あなたも急に治ったなんてばれたらだめでしょう?」


「それもそうだな……」


「左足は治ったんだから、気をつけなさいよね」


「ああ、わかった。あんた、名前は?」


「ファレル。よろしくね?」

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