決闘
男子生徒が、手袋を投げつけて決闘を申し出た。
それも、私ではなくアンバーに。
「待ちなさい! どうしてアンバーになのかを説明しなさい!」
少しずつ中庭が騒がしくなっていく。
「この平民が私の大事な婚約者に暴力を振るったからだ! 見ろ! 彼女の顔を! こんな痛ましい事になっているではないか!」
「その女の頬をぶったのは私です! 彼女は関係ありません!」
これは不味い事になった。
私はそう直感で思った。
「あなたがヘリオドール嬢ですね? その平民とどういう関係ですか?」
「友人です! 何なら昨日起こったことを最初からお話してさしあげましょうか?」
「平民ごときを友人と言うお優しいあなたは、きっと平民を哀れに思って庇っているのでしょう。ですが残念ながら、その現場を目撃した者が三人いるのです!」
やっぱりそう来るか……。
ここで私があの女に暴力を振るったとどれだけ事実を言ったとしても、それを証明できる人間はアンバーしかいない。
いや、正確にはあの三人の女生徒も目撃しているはずなのに、共謀してアンバーが犯人だと言い張っている。
私がやったと証明ができない以上、この決闘は正当なものとなってしまう。
「わかった。受ければいいんでしょ?」
「駄目だアンバーっ!!」
チルも問題に気付いたのだろう、焦ってアンバーを止める。
「こいつをはっ倒せばいいんでしょ? 見た感じ、稽古とかなにもしていなさそうだし。負ける事ないんじゃない?」
「だから駄目なのよ!」
アンバーは気づいていない。
決闘のルールなんて知らなくて当然か……。
私は必死に思考を巡らせるが、それをすればするほど今置かれている状況が周到に準備されている事だと思い知らされる。
「ふん! どんな理屈を並べ立てようが、その手袋が触れた時点で、貴様は決闘を受けるしかないんだ! ただ、逃げたければ逃がしてやろう。その場合、貴様は学園にはいられなくなり、貴様の家族にどのような不都合が起こっても知らんがな!」
「……私の家族が何だって? 誰が逃げるものですかっ! かかってきなさいよ! 返り討ちにして、二度とその減らず口を叩けなくしてやる」
「はっ! やる気になったようだな! こっちへ来い!」
男子生徒はそう言うと、中庭の一番開けている場所へ向かう。
「ごめんね、みんな。嫌なものを見せちゃったね……」
アンバーは申し訳なさそうに私達に頭を下げ、男子生徒の後を追おうとする。
「あなたは悪くないわ! 私があの女をはたかなければこんな事には……」
「ううん、遅かれ早かれ、何かしらこう言う事は起こっていたと思うから」
私の肩を軽く叩き、男子生徒と相対するアンバー。
「それじゃーさっさとやろうか!」
アンバーがそう言って構える。
無手の訓練もしていたのか、アンバーの構えは堂に入っていた。
そんな彼女の前に、男子生徒が引き連れて来た護衛の男一人が、彼の前へと出て、二振り持っていた木剣の内の一振りをアンバーへと投げた。
「親切にどうも!」
木剣を受け取ったアンバーは、今度は木剣を構える。
「決闘相手は貴様でいいんだな?」
木剣を持っている護衛が声をかける。
「見りゃわかるでしょうに」
「そうか」
そう言って、護衛の男が木剣を構えた。
「……何であんたが構えてるの?」
「俺がカイル様の代理人だからだ」
「……何よそれ」
先ほどまで強気に意気込んでいたアンバーの顔色が、さっと青くなっていく。
予想した一番最悪の展開に、私は愕然とする。
「私は戦闘訓練なんてしたことがなくてね。決闘を挑まなければならない場合、代理を立てることが出来るのさ! もちろん、貴様にも代理人を立てる権利はある!」
「代理人なんているわけないじゃない……」
この場合、アンバーに代理になってくれる人の当てがあったのなら、決闘は後日改めてとできる。
そうなれば、お互いが決めた日時に決闘を執り行うという決まりがある。
だが、このカイルと呼ばれた男子生徒は、アンバーに当てがない事を最初から分かっていて、決闘を挑んでいる。
剣を構えている姿を見るだけでわかる。
代理人である護衛の男は、私達なんかより遥かに強い。
どう足掻いても勝てる相手じゃない……。
「ちょっとま――むぐむぐむぐ! むぐー!」
メノウが何かを言いかけたけれど、途中で口を押さえられてしまって話すことが出来なくなっていた。
「ちょっとリステル?」
「メノウ、心配なのはわかるけど、ここは私に任せてくれない?」
「そっか、わかった。任せるよ。リステル」
メノウと手を合わせたリステルさんは、アンバーと代理の護衛との間に割って入る。
「ちょっと時間を貰うわね?」
「誰だ貴様はっ!」
「この三人のご学友ってやつ?」
「ふんっ! 好きにしろ! そんなに待たんからな!」
男子生徒が苛立ちを隠さずに言う。
「どうも」
リステルさんは一言そう言うと、アンバーを連れて私とチルの下まで来た。
「さて、簡単に事情を説明して欲しい」
唐突に説明を求められ、さらにリステルさんの有無を言わせない雰囲気に、慌てて昨日起こったことを手短に話した。
「なるほど。それを証明できるものが無いっていうのが、嫌らしい感じね。ハルル、どう?」
「ん。このお姉ちゃん達嘘ついてないよ。あっちはヤな感じ」
「そう、ハルルがそう言うんだったら疑う余地は無いわね」
いつの間にいたのか、すぐそばでハルルさんが私達の顔をじいっと見ていた。
「アンバーさん」
「な、何?」
青い顔をして少し震えているアンバーに、リステルさんが声をかける。
「私を代理に立てない?」
「はっ?!」
「あなた、自分の言っている事をわかっているの?!」
「そうだ! 危険だ!」
「じゃあ、ヘリオドールさんとルーチルさんのどちらかが代理にでもなるの?」
「……それはっ!!」
チルが言葉を無くす。
私とチルは何も言う資格がなかった。
決闘に関わってしまえば、当然実家へ知らせが届く。
ましてそれが代理での参加をして、挙句に負けてしまったのならば、家族にも迷惑が掛かってしまう。
だから、私とチルはアンバーを庇うことが出来なかった。
……それでも、アンバーは私の友達だ。
今回の決闘騒ぎは私のせいなんだ。
「私が代理になります」
「ヘリオ……。いや、私がなる!」
「ごめんね。ちょっと意地の悪い言い方をしちゃったよね。貴族のあなた達には色々
「――っ」
悔しいが、私もチルも何も言い返すことが出来なかった。
全くもってその通りだったから。
情けない自分に腹が立つ。
「いつまで待たせるんだ!」
「アンバーさん。私に任せてよ?」
「でも……」
「私を代理にしてくれないと、メノウが代理ででちゃうよ?」
「え?! それは……」
「私、メノウにはここにいる間は楽しんで欲しいの。だから、こう言う事に巻き込まれて欲しくないんだよ」
リステルさんがメノウさんを見て笑う。
その眼は、とてもやさしい眼をしていた。
「リステルさん。お願いします!」
私は意を決して、深く頭を下げた。
「私からもお願いする!」
少し遅れてチルも。
「二人とも……。わかった。リステルさん、お願いします。でも、負けても文句は絶対言いませんから、無理はしないでください」
「了解」
リステルさんはアンバーから木剣を受け取り、代理の護衛の前に立つ。
「私が代理として戦うよ。別に文句ないでしょう?」
「カイル様」
代理の男が男子生徒に視線を向ける。
「ああ、別にかまわないが、代理を立てたのなら手加減はないぞ!」
「ごちゃごちゃうるさいよ。自分で剣を持つ勇気のないやつが偉そうに」
「――貴様ぁっ!!」
リステルさんの辛辣な一言で、激昂する男子生徒。
「では、
護衛の残りがそう告げる。
「待て、介添人の一人には俺がなる。身内ばかりでは公平とは言わんだろう」
最初から見ていたのか、誰かが呼んだのかわからないが、ホリングワース先生がこちらにやってきた。
「いいだろう! これで負けても公平じゃないなどと馬鹿げた文句も言えまい!」
男子生徒はより増長する。
「悪いが、代理同士で戦う事になったのだから、手加減はしない」
「あ、そう? じゃあ負けても文句言わないでね?」
「……。俺はカイル様の護衛隊長を務めているデリス。貴様も名乗れ」
再び代理の男が木剣を構える。
「えーっと、フォルティシモ学園騎士科一科生、リステル」
リステルさんもゆらりと構える。
「始め!」
介添人の一人が手を挙げて、決闘の始まりを告げた。
「……」
「……」
二人とも動かなかった。
「あれ? こないの?」
リステルさんが笑いながらそう言った。
「ちっ!」
忌々しそうに舌打ちした代理の男は、リステルさんの挑発に乗るように仕掛けた。
その身のこなしの素早さは、私なんかを遥かに凌駕していた。
驚くべき速さで距離を縮め、上段から容赦なく木剣を振り下ろす。
流石にこれに勝つことは無理だろうと思ってしまうほど、見事な踏み込みからの一撃だった。
だが、驚くことにリステルさんはそれをいとも容易く躱してしまった。
男も避けれらる事がわかっていたのか、立て続けに木剣を振るう。
その悉くが、リステルさんに躱されてしまう。
木剣が空を切る音だけが聞こえて来る。
「デリス! 何をやっている! そんなやつに容易く躱されるほど、お前は弱いのか! 負けたらどうなるかわかっているだろうっ!!」
顔を真っ赤にして罵声を浴びせる男子生徒。
「せやああああああああああっ!」
それまで声を上げることがなかった代理の男が、気合を込めた叫びをあげ始めた。
再び上段から木剣が振り下ろされる。
カンっ!
木剣同士がぶつかる高い音が響いた。
リステルさんは今度は避けずに、相手の木剣を受け止めた。
「ふっ!」
リステルさんは一度距離を取ると、今度は防戦一方だと思っていたリステルさんが仕掛けた。
「――なっ?!」
そのあまりの速さに、私は思わず声が出た。
代理の男の今までの動きが遅く見えてしまう程、リステルさんの身のこなしは常軌を逸していた。
カンッカンッカカンッ!
何度も木剣がぶつかる音が聞こえるが、リステルさんの剣戟が早すぎて上手く視認できなかった。
それまで一方的に攻撃を仕掛けていた代理の男が、今度は防戦一方になっていた。
それも、ギリギリ攻撃を防御できているというだけで、徐々に押し込まれていく。
そして、
「はあっ!」
隙と見たのか、男が木剣を突き出した瞬間、男の木剣は空高く舞い上がったのだった。
カランカラン。
木剣が空から地面に落ちた音が中庭に響く。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
リステルさんが木剣で打ち払ったのではない。
まるで木剣を巻き取るようにして、空へと打ち上げたのだ。
「これでおわ――おっと」
リステルさんが何か言おうとした瞬間だった。
リステルさんに向かって石が投げられた。
さらに、
「ふざけるなっ!」
代理の男がどこからか剣を取り出し、振り抜いた。
キャアアアア!
それを目撃した女生徒の悲鳴が上がる。
だが、リステルさんは平気な顔をして、投げつけられた石と振り抜かれた剣を同時に躱す。
リステルさんの木剣が、中ほどから斬り飛ばされてしまった。
「ちょっとー。危ないじゃない。と言うか、戦っている人間以外が攻撃してくるって、ルールとして大丈夫なの?」
「黙れええええええっ!!!!」
リステルさんはそう言って呑気に抗議をしているが、代理の男は容赦なく真剣をリステルさんめがけて振っている。
「何なんだっ?! いったい何者なんだ貴様はっ?!」
代理の男は半狂乱になりながら攻撃を続ける。
「いよっと!」
リステルさんは一回転をしながら剣を交わし、回転した勢いのまま男のこめかみに向かって肘打ちを放った。
「がっ?!」
男は大きくふらつくと、突然膝をつき、剣に体重を預けて動かなくなる。
リステルさんは何事も無かったかのように、持っていた刀身が斬り落とされた木剣を放り出し、周囲をキョロキョロと見渡していた。
「えーっと。あったあった」
そして、男がリステルさんによって手放すことになってしまった木剣の所まで歩く。
「ねえ、これってまだ正式な決闘なの? ホリングワース先生」
リステルさんは木剣を拾いながら、ホリングワース先生にこの決闘の是非を問う。
「いや、これはもう決闘ではない。戦闘中に戦っている者以外が石を投げた事、真剣を取り出したこと。以上の事から、この決闘の正当性はなくなった。そして、決闘を侮辱したとして、石を投げた者と、代理で戦っていたにもかかわらず真剣を取り出した者に厳罰を処すことが出来る。殺しても罪に問われることは無いぞ」
ホリングワース先生の返答に、男子生徒が連れて来た護衛の介添人と残りの護衛の人達は、俯いて何も言わなかった。
「はいはい」
リステルさんは木剣で肩をトントンと叩きながら、未だぐったりとして動けない男の下へ行く。
「そしてアンバー。お前は不当な決闘を挑まれたとして、この決闘を挑んだ当事者と、代理の者に、好きに罰を与えることが出来る。先ほども言った通り、殺しても罪には問われん。まあこの場合、石を投げたのが仕掛けた張本人だ。お前の好きにしろ」
「え?! ええっ!?」
それまで呆然と決闘の様子を眺めていた私達は、突然の事態に酷く混乱をしてしまう。
私達の混乱なんてお構いなしにと、リステルさんは男から真剣を取り上げ、男の右腕に木剣を振り下ろした。
「があああああああっ!!!」
男が叫び声をあげているが、容赦なく次は左足に木剣をしたたかに打ち付ける。
「うああああああああああっ!!!!」
「これでしばらく剣は握れないでしょ。あなたにその資格はないけどね。まあ綺麗に折ったから、ちゃんと養生していたら、また剣を握れるようになるよ」
リステルさんはそう言って、次は男子生徒の下まで行く。
「さて、君にはちゃんと事情を説明してもらおうか?」
「ひいっ?!」
男子生徒はリステルさんに恐れ慄いて、その場でへたり込んでしまった。
「あなた達も関係者だよね?」
アンバーが女生徒の頬をはったと証言した三人組にも、そう問いかける。
突然女生徒の一人が、泡を吹いて倒れた。
「おおっと?!」
それをリステルさんが駆け寄って抱きかかえる。
残り二人は、へなへなとその場に座り込み、
「わっ私は! 命令されて! しかたなく嘘の証言をしました!」
「私もです!」
と、涙と鼻水を垂らし、泣き叫びながら話す。
「って言っているけど、申し開きは何かある?」
「あああ、あな、あなた達、後で覚えておきなさいよっ!!!!」
「はあ。そんなこと言うんだ?」
リステルさんは抱えている女生徒を優しく地面に横にして、頬が腫れている女生徒に近づいた。
「ねえ、あなたは証言を偽っていたことを知っていたの?」
男子生徒に問いかける。
「知らなかった! 知っていたら、私は手を貸さなかった!」
「ちょっと! 私はちゃんと説明したでしょ! シルフォンの人間に嫌がらせが出来るってあなた笑って言ってたじゃない!」
「お、お前はこの期に及んで嘘を重ね――」
ガンッ!!!!
リステルさんが持っていた木剣を地面に叩きつけ、二人の醜い言い争いを遮った。
「もういいよ」
底冷えしそうなほどの冷たい声。
言い争っていた女生徒の前へ立つ。
パァァァンッ!
リステルさんが腫れてない方の頬を張り飛ばした。
「最低」
リステルさんが一言吐き捨てると、女生徒はそのまま蹲り、声をあげて泣き始めた。
そのまま男子生徒の前まで行くと、
「利き手は?」
「き、利き手? 右だが――ぎゃああああああああああああっ!!!!」
リステルさんは男子生徒が答えた瞬間、木剣を叩きつけた。
のたうち回る男子生徒。
「そこの護衛。もう二度とこんな馬鹿な真似はさせないようにしなさい。次は無いわよ?」
「寛大な処置、誠に感謝いたしますっ!!」
護衛の残り四人はそろって両膝をつき、リステルさんに深く頭を下げる。
リステルさんが私達の下まで戻ってくる。
「ごめんなさいね? 勝手に相手への処分を決めちゃって」
「リステルさんっ!! ありがとうっ!!」
涙を浮かべてリステルの手を取るアンバー。
私達もリステルさんに駆け寄った。
「リステルでいいよ。その代わり私も三人の事、メノウと同じで呼び捨てにさせてもらうから」
「リステル、本当に何とお礼を言ったらいいか……」
「別にいいよ。私がやりたくてやっただけだから」
「うっうう、ぐすっ。あり、ありがとうリステル!!!!」
安堵して力が抜けたのか、嬉しさのあまりか、チルは嗚咽を漏らしながらリステルにお礼を言っている。
「アンバー様」
ホッとしたのも束の間、男子生徒の護衛の一人がこちらにやって来た。
私達は何事かと身構える。
「この度は誠に申し訳ありませんでした。後日、正式にカイル様の御実家からも、謝罪の手紙が届くかと思います。この様な愚かな行動を止めることが出来なかったのは、偏に私共の不徳の致す所でございます。我々護衛一同、どのような処罰を下されても文句はありません。ですが、何卒、この首一つでお許しいただけませんでしょうか!」
膝をつき、深く頭を下げる護衛の男性。
「え、リステルがもう罰は与えたでしょ? これ以上別に何もないよ」
「アンバー、今回の騒動であの男子生徒と護衛達は放逐されるか、最悪処刑が待っているのよ」
私が彼らの事情をアンバーに話す。
「はっ?! 何それ意味わかんない!」
「貴族の名誉を著しく貶めた罪はね、想像以上に重いのよ。だから助命を請っているの」
「どどど、どうすればいいの?! 私こんなことで死人が出るの嫌なんだけど?!」
アンバーの気持ちは良くわかる。
どうしたものかと考えていると、
「それは、お前の本心か?」
と、ホリングワース先生がやってきて訊ねる。
「先生……。もちろんですよ! それに、リステルが既に罰は与えていますし、私としてはこれ以上関わらないでいてくれたらそれでいいです!」
アンバーが必死にそう訴えると、
「そうか、わかった。俺が何とかしてやる。……すまんな、助かるよ」
大きくため息をついた後、ホリングワース先生はほっとした表情を浮かべて、アンバーにお礼を言った。
「よかったね、アンバー。じゃあ私はみんなの所へ戻るね」
「うん、リステル。本当に、本当にありがとう!」
嬉しそうにリステルの手を取り、再びお礼を言うアンバー。
私とチルはリステルの前へと行き、片膝をついて右手を胸に当てる。
「リステル。貴女の勇気と献身、慈愛の心に、敬意を表します」
「貴女の誉れ、我々が責任をもって世に語り継いでいきます」
「ヘリオドール・リステッソ・シルフォンの名の下に」
「ルーチル・ルバート・シルバールの名の下に」
「大げさだよ。私は、私の大好きな子が、悲しむのを見たくなかっただけ。だからこれは私の我儘だよ。私の我儘なんかを、後世に語り継いでいくつもり?」
「もちろん」
「当然だよ」
「もう! ふふ、また後でね」
リステルは手を振ってメノウ達の下へと駆けていった。
「あいつのお陰で、何もかもを丸く収めることができそうだ」
その様子を黙って見ていたホリングワース先生が、おもむろに口を開いた。
「どういうことですか?」
「あいつが勝って、処罰を既に与えた事。これが何より大きい。アンバー、お前が処罰を与える立場になったら何ができた? あいつがしたように、肉刑を施せたか?」
「……無理ですね。たぶん、もう関わらないでって言うぐらいじゃないかなと」
「だろうな。そうなったら、間違いなく何人かの首は落ちた。代理で戦ったあいつのおかげで罰は受けた。だが、まだ当事者のお前の発言が残っている。あの護衛の男の助命の嘆願も、リステルがそうできるような状態に仕向けたんだよ。お前はきっと助命を願うだろうとな」
「……そこまで考えて……」
確かに、全てが丸く収まりすぎた。
私は死人が出ることは既に諦めていた。
彼女は何者なんだろうか?
ただの平民?
いや、ここまで事態をコントロールできるという事は、貴族の事を、貴族の習性を熟知しているからこそだろう。
……いや、詮索は止めよう。
私のせいで起こった決闘騒ぎを、私の友達ごと全てを救ってくれたのだ。
良き友として、彼女達ともっと親睦を深めたいと、そう思った瞬間だった。
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