貴族と平民

 食堂でメノウが作ってくれた夕飯を堪能し、お腹が満たされた。


「美味しかった……」


 ほうっと一心地つけたのは良かったのだけれど、隣を見るとチルがウトウトしながら、目をこすっていた。


「部屋に戻りましょうか」


「そうね。チルももう限界みたい」


「ごめん二人とも」


「気にしないの。それじゃあ寮に戻りましょう」


 謝るチルを二人で引っ張って女子寮まで戻る。

 相変らず不躾な視線を感じるけれど、気にしないでおこう。


 チルの部屋をノックすると、使用人の女性が扉を開ける。


「お嬢様?! 大丈夫ですか?!」


 私達に手を引かれている姿を見て、慌てた様子でチルに駆け寄る。


「うん、大丈夫。凄く眠いだけ」


「そうですか。お食事の方は少しでも食べれましたか?」


「うん、お腹いっぱい食べれたよ」


「なんと! それはようございました」


「ヘリオ、アンバー。紹介するね。彼女は使用人のキュリーだよ。キュリー、私の友達になってくれたヘリオドールとアンバーだ」


「ヘリオドール様と、アンバー様ですね。キュリーです。どうぞよろしくお願いいたします」


「初めましてキュリー。私はヘリオドール・リステッソ・シルフォン。今日ルーチルと仲良くなったので、よろしくね」


「こちらこそ、ルーチルお嬢様の事をどうぞよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げるキュリー。


「アンバーです。あの、私はその、平民なので様を付けないで頂けると……」


 困ったようにアンバーは挨拶をする。


わたくしとしましては、ルーチルお嬢様の大事なご学友の方には様をつけても良いと思うのですが。そうですね。それではアンバー様がお困りになられることがあるかもしれませんね。アンバーさん、お嬢様の事をよろしくお願いしますね」


「――っ! はい!」


 自分が良い目で見られないと思っていたのか、アンバーはキュリーの言葉に嬉しそうに返事を返していた。


「チル、良い人ね?」


「そりゃあね。私が態々連れて来たんだから」


「そうだチル。話してた石鹸持ってくるね?」


「あー……。私起きてられる自信がないから、キュリーに渡しておいてもらえるかな? ごめんね?」


「ううん、わかった」


「キュリー、アンバーが凄く香りのいい石鹸を持ってきてくれるから、お金を払っておいてくれるかな?」


「畏まりました」


「それじゃあおやすみ。ヘリオ、アンバー」


「ええ、おやすみなさい。また明日ね」


「おやすみ、チル。それじゃあキュリーさん、また後で」


「はい。お二人とも、本日はルーチルお嬢様をありがとうございました」


 チルを送り届けて、アンバーとも別れる。


「談話室で待ってるわね」


「わかった。すぐ持ってくるね」


「のんびり来て良いからね」


「はーい」


 アンバーは嬉しそうに返事をして、自分の部屋へ向かって行った。

 私も部屋へ戻り、マリーに談話室へ行くと説明してから、部屋を出る。


 外はもう日も沈みきり、真っ暗になっていた。

 今日たった一日で酷く疲れたけれど、とても充実した一日だったと思う。


 談話室に到着し、椅子に座る。

 まだアンバーは来ていないようだ。


 チルの所へ行っているのだろうかと、窓の外を眺めた時だった。

 女子寮から数人、誰かが外へ向かって出て行く瞬間を目撃した。


「……こんな時間に? 夜間の外出は禁止されているとホリングワース先生が仰っていたけれど……」


 何人かいるようなので、その中に教師の誰かがいるのだろう。

 そう思って、視線を逸らそうとした時だった。

 暗くてよく見えない中、街灯の下を通り過ぎる所を見てしまった。

 五人、全て知っている顔だった。


「……あなた達は一体……」


 そんな疑問が再び頭を擡げた。


 だけど、今日のメノウの笑顔を思い出す。

 彼女は何か悪い事をするような子ではなく、きっと何か事情があるのだろうというのは、想像できる。

 だから、彼女達に何も起こらなければいいなと、そう思うのだった。


「……アンバー、遅いわね」


 彼女達の事を考えていたせいか少し不安になった所に、アンバーが未だ来ないという現実が、私の中の不安をより大きくしていく。


 すれ違いになる可能性があるので本当は談話室で待っていた方が良いと思ったのだけれど、無性に嫌な予感がしたのでアンバーを探して見ることに。


 取りあえず、チルの部屋に向かう。

 チルとキュリーと話し込んでいるのかもしれない。

 そう思い、部屋をノックする。


「はーい、お待ちしており……あら? ヘリオドール様? どうかされましたか?」


 扉を開けて出て来たキュリーは、扉の前に立っていた人物が予想外の人だったようで、私を不思議そうな顔で見ていた。


「キュリー、その言い方だとアンバーはまだ来ていないのね?」


「え、ええ。まだアンバーさんはお見えになっておりません」


「そう。チルはもう眠っているのかしら?」


 先ほど感じた嫌な予感が、私の中でどんどん強く膨らんでいく。

 それをキュリーには悟られないように、表情を作る。


「何かご用事でしたでしょうか?」


「いいえ、少し心配だったけ。凄く疲れていたようだったから」


「そうですね。お戻りになられてから、すぐに寝入ってしまいました」


「そう、それは良かった。それじゃあ私は戻るわ」


「ご心配をしてくださり、ありがとうございます」


 何とか笑顔を保ち、扉を閉める。


 廊下を歩き、アンバーがいそうなところを考える。

 なかなか見当がつかず、階段に差し掛かった時だった。


 ふと、食堂に行く直前と戻って来た時に感じた不躾な視線の事を思い出した。


「まさかっ!!」


 ようやくある一つの場所を思いつき、全速力で階段を降り、廊下を駆ける。

 すれ違う女生徒たちは、何事かと不思議そうに首を傾げていた。


 一階のロビーへと到着する。

 外出が禁止されているせいか、エントランスとロビーの灯りは最低限に留められているようで、薄暗かった。


「返しなさいよ! それはあんた達のために持って来た物じゃない!」


「平民風情が生意気よ! 返してほしければ力ずくで取り返して見なさいよ! 騎士科なんでしょう!!」


 アンバーと思しき怒声と、それをあざ笑うかのような軽薄な声。

 そして、複数の笑い声が聞こえて来た。


「そもそもなんでアンタみたいな平民が、ヘリオドール様の友達を名乗っているの! 剰えヘリオなんて呼んで! 不敬にもほどがあるわ!」


「そうよそうよ!」


「平民は平民らしく、私達に跪いて媚び諂っていればいいのよ! それを、何を勘違いしたのか、同じ学園に通うですって? 身の程を知りなさいっ!!」


 話しの内容に、髪が逆立つかと思う程の怒りが湧く。


 コツンコツンと、足音を立てて石畳の床を歩く。


 真っ先に私に気づいたのはアンバーだった。

 アンバーはほっとしたような、けれど、申し訳なさそうな表情をして俯いた。


 アンバーの様子が変わったことに気づいたのだろう。

 貶めることに夢中だった女生徒四人は、後ろを振り返る。


「――っ!!!!」


 私の姿に気づいて、さっと顔色を青くする女生徒達。


「ご機嫌よう。夜分に随分楽しそうなことをしていらっしゃいますね? わたくしも仲間に加えてくださらないかしら?」


「こっ、ここ、これはこれはヘリオドール様。残念ですが、もうわたくし共も終わろうとしていた所ですの。良ければまた次回にでも。それではご機嫌よう」


 早口にまくし立てて、私の横を通り抜けようとする彼女達。


「動くなっ!!!」


 床をダンっと強く踏み鳴らし、怒りを込めて声を紡ぐ。

 彼女達はびくっと硬直して、動かなくなる。


「――ひっ!!」


 一人が小さな悲鳴を上げ、小さな装飾された木箱を落とした。

 落とした瞬間蓋が開き、中からいくつか四角いものが飛び出し、床に転がる。


 私は飛び出したそれを拾い上げる。

 丁寧に紙で包まれたそれから、甘い優しい香りがほんのりと漂ってくる。


「あら、いい香りね。石鹸かしら? これはどうされたのかしら?」


「そそ、それはっ! そちらの方からお譲り頂いたもので!! ねっ??」


「そうです! そうです!」


「……そうなのですか? アンバー?」


 もちろん、そんな訳がないとわかっている。

 それでも一応、……一応念の為に聞く。


「そんなわけないじゃない! それはヘリオとチルに渡すために持ちだしたんだから!」


「だそうですが。一体どういうことか、説明いただけますか?」


 リーダーと思しき女生徒に、精一杯の笑顔でそっと肩に手を乗せる。


「……ああ、それと。不敬やら、身の程を知れなどと言ってらっしゃいましたが、そちらの説明もしていただけます……よね?」


 笑顔を消して、肩に乗せた手に力を入れる。


「私の友達に、あなた達は一体何をしようとしていたのかしら?」


 私が声を低くして言うと、女生徒は目をキッと吊り上げ、右手を振り上げ、私の頬めがけて叩きつけようとした。

 だが、所詮は訓練をしていないただの女生徒の平手打ち。

 私が躱せない訳がなく、避けた所を手を掴み、睨みつける。


「――っ!! 平民風情がっ! いと尊き血の一族である私達と同等に扱われているのがおかしいのですっ! あんな下賤な輩と授業を共にするなど反吐がでま――」


 パァァァン!


 私は容赦なく手を振り抜いて、頬をはたいた。


 三人が小さく悲鳴を上げ、へなへなと座り込む。


「私が私の友達を選んで何が悪いんですの? 貴族や平民など私には関係ないですわ。私が選びましたの。何か文句ありまして? そして、あなたの仰っている事の方がいかに下賤か、それが理解できない程、あなたは教養がなくていらっしゃるようで」


「――なっ?!」


 私の最大限の侮蔑の言葉に、頬を押さえて蹲っていた女生徒は、顔を瞬時に真っ赤に変えて私を睨んでくる。


「よくお聞きなさい」


 私は座り込んでいる四人に視線を送りながら宣言する。


「次また要らぬ干渉を彼女や私にするようであれば、今度は平手ではなく、容赦なく拳を振り抜きます。いいですね?」


 ダンッと、もう一度足を踏み鳴らして威嚇する。


「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


 一人の女生徒は、怯えるように頭を押さえて小さく蹲る。


 私は、頬をはった女生徒が持っていた、もう一つの木箱を取り上げる。


「これは返していただきます」


「アンバー、行きましょう?」


「……う、うん」


 私の事を憎悪を滲ませた目で睨んでくる女生徒と目を合わせる。


「……まだ何か?」


「――っ。……いえ」


 私が問いかけると、ふっと視線を逸らした。



「あー疲れた……」


「お嬢様、お行儀が悪いです。アンバーさんも注意してあげてください」


「ヘリオ、色々見えてるからスカートバサバサしないの」


「えー?」


「もう! 今度は襟をパタパタしない!」


「女子だけなんだからいいじゃないのー」


 私はぷーっと頬を膨らませて、渋々と身嗜みを整える。


「マリーさん、ヘリオっていっつもこんな感じなんですか?」


「気を抜くとこうなりますね。小さな頃はもっと大変でしたよ? 殿方の前で半裸で走り回っていた事があるくらいなんです」


「あらま」


 アンバーを連れて私の部屋へ戻って来た。

 マリーは、私の表情から何かあったことに気づいたようで、何も言わずにすぐにお茶の準備をしてくれた。


「ごめんね、ヘリオ。変なことに巻き込んじゃって」


「ううん、気にしないで。あなたを見つけることが出来てほんと良かった……」


 そう言って、私はアンバーの手を握る。


「暴力は振るわれていない?」


「……それをあなたが言うの? 殴りたくはなったけど、流石に手は出してないよ。ヘリオとは違って」


「あー、そんな事を言うのね? 私拗ねるわよ?」


「ごめんごめん」


 私がわざとむすーっとすると、アンバーはほんの少し笑ってから、


「ありがとう見つけてくれて。ヘリオが来てくれて凄く嬉しかった」


 握った手に指を絡めてきた。


「そうだ。念の為に言っておきますけど、こんなことがあったからって、私達から距離をとるようなことをしたら、それこそ許さないわよ?」


 絡めた指に力を入れる。


「うん、わかってるよ。あなた達に出会えて本当に良かった」


「これからは、何かあったら真っ先に言う事。何か盗られたりしても、そんなの無視して私達の所にいらっしゃい」


「……二人に迷惑ばかりをかけそうで、ちょっと嫌だな」


 アンバーはぽろぽろと涙を流した。

 私は堪らず、アンバーを抱きしめる。


「あなたは何も悪い事をしていないじゃない! 平民だからと言ってあなたを見下す奴の方がおかしいのよ! 私は絶対あなたから離れないわ」


「うん、ありがとうヘリオ……」


 しばらく嗚咽を漏らすアンバーを優しく抱きしめ、落ち着くのを待った。


「ありがとうヘリオ。今日友達になったばっかりなのに、こんなに気が許せるようになるとは思わなかったよ」


 落ち着いたのか、笑顔に戻ったアンバーは少し照れ臭そうに言う。


「私も。でも、それだけ気が合うってことなんじゃないかしら」


「そうだね。さて、そろそろ部屋に戻るよ。いつまでもここに居たらヘリオもマリーさんも眠れないからね」


 立ち上がり、扉の前まで歩く。


「アンバー、良かったらここに泊まって行かない?」


「え?!」


「マリー、アンバーが着れそうなパジャマはあるかしら?」


「背丈はほぼ変わりませんね。だったらお嬢様のパジャマでよろしいかと。少し、胸の方は窮屈かもしれませんが……」


 マリーがそんな事を言うので、思わず私はアンバーの胸を見る。


「ちょっとこっちへいらっしゃいアンバー」


 そう言って、寝室の方へ手を引いていく。


「ちょっちょっとヘリオ?!」


 寝室のカーテンを閉め、


「脱いで!」


「ええ?! あの、ヘリオさん?」


「もう、私が脱がす!」


 ポイポイポイポイ!


 問答無用で着ている服を脱がし、私も服を脱ぐ。

 アンバーは顔を真っ赤にして口をパクパクしているけどお構いなし。


「くっ!! 本当に私より胸が大きい!」


 思わず揉みしだきたくなったけれど、流石に自重をする。


「ヘリオなんて私よりウエスト細いじゃない! というか、目線が何かいやらしい……」


 恥ずかしそうに私に背を向けるアンバー。


 ガチャっと扉を開け、パジャマを持ってきてくれたマリーが大きくため息をつく。


「ああもう、脱ぎ散らかさないでください。お二人はこちらを着てください」


「ありがとうマリーさん」


「いえいえ、お嬢様が申し訳ありません。あの……仲良くしてあげてくださいね?」


「ええ、もちろん!」


 二人でベッドに横になる。

 アンバーは恥ずかしそうに背を向けて、少し私から距離をとる。


「アンバー。はい、こっちにゴロンして」


 転がして無理やりこちらを向かせ、手を握る。


「あの、恥ずかしいんだけど……」


「少しくらいいでしょ」


「ヘリオ、何だか慣れてない?」


「そりゃあ、私は三人目の子供だけど、下に弟と妹がいるからね。良く一緒に寝ていたもの」


「そうなんだ」


「アンバーは?」


「私は末っ子で、上に二人兄がいるんだけど、結構年齢が離れててさ。いつも私一人だったから」


「そうだったの」


 しばらくお互いの事を話していたのだけれど、それも長くは続かず、疲れがどっと押し寄せてきて、私達はあっという間に眠ってしまったのだった。


「で、二人仲良くご登校ってわけ? 私は? ねえ私は?」


「チル、あなたはもう寝てたでしょ!」


「じゃあ今日は私の部屋でお泊りだね?」


「そうね。じゃあ明日はアンバーの部屋でかしら?」


「あ、私の部屋は二人で寝るのがギリギリだよ。ヘリオの部屋のベッドみたいに大きくないからね? っというか! え、なに? 私もなの?」


「アンバーは私と寝てくれないのかい?」


「その言い方は誤解を招きそうだからやめて!」


 三人並んで学食へ朝食を食べに向かう。


 ちゃんとチルにも昨日起こったことを話しておく。


「そんな事が……。ごめんねアンバー。何も力になれずに……」


「ううん。チルがそう言ってくれるだけで、私は嬉しいよ」


「私もヘリオと同じ気持ちだから、頼ってくれると嬉しい」


「うん、ありがとう」


 朝食を済まし、授業を受ける。

 午前は座学。

 数学、歴史、礼儀作法や、魔物に関する知識などを叩きこまれる。

 本日は数学。


 私は数学が苦手なので、もうすでに目が閉じそうになっている。


 メノウお姉ちゃん、わかんない。

 えっと、ここをこうして……。

 おー。

 お前さんは教えるのが上手いのう。


 後からは楽しそうに授業を受けている声が聞こえる。

 私も負けていられないと頬を軽くはたき、背筋を伸ばして授業を受けるのだった。


 午前の終業の鐘の音が響き、登壇していた先生が教室から出て行った。


「ねえ、二人とも。メノウ達を昼食に誘ってもいいかしら?」


「私はいいよ?」


「もちろん私も。昨日のお礼をメノウに言いたかったから」


 二人が快諾をしてくれたので、すぐさま後ろをの五人を食事に誘う。


「ねえ、良かったら一緒に食堂へ行かない? メノウには昨日のお礼も言いたいし」


「別にお礼なんていいのに。どうする? 私は別にかまわないけど」


「うん、私もいいよ」


 こちらも快諾してもらい、私達は連れだって食堂へ。


「メノウお姉ちゃん。食堂、今日からだよね?」


「うん、そう聞いてるから楽しみだね?」


「やたー!」


 嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている姿を見て、微笑ましくなる。


「メノウ、今日からって何が?」


「メニューが増えるって言ってたでしょ? それが今日の夜からなんだけど、何品か試食してもらうために、お昼に全員に配るって言ってたの」


「へえ? それは楽しみだね」


 どうやらチルも興味があるようだった。


 食堂へ到着した私達は、信じられないものを見た。


 もう一個食わせてくれ!

 私はもう一枚!

 お昼は一人につき一つずつですので!

 そんなー!!


 食堂の中は、大騒ぎになっていた。


「なにこれ、どうなってるの……?」


「うわー、凄い事になってるね?」


 私達が食堂へ入ってすぐに、コックコートを身に纏った女性が嬉しそうに近づいてきた。


「これはこれはメノウさん、それとご学友の皆様方、ご機嫌よう」


「こんにちは料理長。大盛況ですね」


「はい、メノウさんのお陰です!」


 メノウが嬉しそうに話をしている。


「皆さん、ご昼食は今からですよね? ご注文は私が承りますので、席へどうぞ」


 メノウが料理長と呼んでいる人に促され、私達は席へ着く。


「あのー、昨日食べたオムレツとスープっていただけますか?」


 私が訊ねると、


「昨日メノウさんがお作りになられていた料理ですね。はい、ご用意できますよ。それと、今晩からメニューに追加されるお料理をお付けしたいのですがよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いするわ」


 料理長さんは嬉しそうに頷いてくれた。


「じゃあ私もヘリオと同じもので」


 チルがそう言うと、八人全員が同じものを頼むことになった。


「ハルルさんの分はお任せいただいてもよろしいでしょうか?」


「ん! おまかせする!」


 そして、料理長さんが奥へ行ってしばらくすると、トローリーに乗せられて料理が運ばれてくる。


 昨日の夜と同じものと、それとは別に二つのお皿。

 一つは何かのフライと思しきものと、もう一つは小さな三角のもの。


 先ずは昨日と同じくスープを最初に飲む。


「うん、やっぱり美味しい」


「ホントね」


 チルもアンバーも、このスープが気に入っているようだった。


 次に私達はオムレツを食べる。

 昨日メノウが話してくれていた通り鶏肉を使っているからなのか、お肉も入っているという割には凄くあっさりして食べやすかった。


 一通り食べ終えると、私達は新しい二つのお皿に手を伸ばす。

 先ずはフライの方から……。


 サクッ。


「――っ!」


 音がはっきりと聞こえるほどのサクサクの衣、何かの魚だと予想していたのだけれど、その予想は大きく外れてしまう。


 中はホクホクしていて、甘味と旨味が口の中にじわっと広がっていく。


「美味しい!」


「こんなの食べた事ない!」


 何より食べ応えがあった。


「メノウ、これは何ていう食べ物なのかしら? あなたは知っているのでしょう?」


 思わず目を輝かせて聞いてしまう程、美味しかった。


「これはね。コロッケって言って、茹でて潰したジャガイモに、ひき肉、タマネギを混ぜて、衣をつけて揚げたものだよ。食べ応えがあって美味しいでしょう?」


「ええ、とっても美味しいわ!」


 もう一つのお皿に手を伸ばす。

 三角の生地の上に、赤いソース、そしてこれはチーズだろうか?


 口に入れた瞬間、パリッとした生地の食感に、トマトの香りと甘味と酸味、そしてチーズの旨味が口いっぱいに広がっていく。


 これちらもとんでもなく美味しい食べ物だった。


「これは、おかわりが欲しくなるわね……」


「そうね。大騒ぎする理由がわかったわ」


「メノウ、こっちはなんて言う料理なんだい?」


「これはピッツァ。小麦粉で作った生地を薄く丸く伸ばして、トマトソース、チーズ、バジルを乗せて焼いたもの。今出ているのはピッツァマルゲリータって言って、一番基本のピッツァだよ。乗せる具材を色々変えられて、びっくりするくらい種類があるの」


 お腹も膨らみ満足していたところに、再びトローリーで料理が運ばれてくる。


「えっ?! 私達頼んでいないわよ?」


 慌てて止めようとすると、


「ああ、安心して。それ全部この子が食べる分だから」


 と、メノウが笑いながら言う。

 小さな体のどこにそんなに入るんだという私達の心配とは裏腹に、凄い勢いで料理を平らげていく。


「メノウさん、お味はどうでしたか?」


 再び戻って来た料理長が、少し不安そうにメノウに聞く。


「凄く美味しかったですよ! 教えてすぐなのにあんなに美味しいのを出されちゃうと、悔しくなっちゃいますね」


 メノウは悔しいと言ったが、その表情からは悔しさを全く感じなかった。

 何より、とても嬉しそうだった。


「それはメノウさんに丁寧に教えていただいたおかげですから。これからこの食堂は、もっと美味しい料理をご提供できるようになります! 本当にありがとうございました!」


「そう言って貰えると、私も嬉しいです」


 食事を終え、食堂を出る。


「それにしても、この食堂の料理長にメノウが料理を教えていたなんて、信じられないわ。ここの食堂は、舌の肥えた貴族の子供でも満足できるって評判なのよ?」


「うん。料理の腕は、私よりずっと上だと思うよ。ただ、私が色々知ってただけって感じかな?」


 少し照れ臭そうに笑うメノウ。


「君は謙虚だね。でも、どうして料理を教えることになったんだい?」


 私も疑問に思っていたことをチルが聞く。


「この子がちょっと人よりたくさん食べなくちゃいけないからね。その事を相談しに行った時に、丁度料理長が悩んでいたの。育ち盛り食べ盛りの子達に、もっと満足いく料理を作ってあげられないかって。そこで私が色々知っている事を教えることになっちゃって」


「メノウの知識もそうだけど、きっと腕も良かったんでしょうね。そうじゃなきゃ、あんなに風にメノウに、味はどうでしたか? なんて聞きに来ないと思うよ」


「そうだったらいいなー。もっともっと料理の腕は磨きたいもの」


 アンバーの言葉に、グッとこぶしを握るメノウだった。



 昼食後の昼休みに差し掛かり、私達八人は中庭でゆっくりと過ごす。


 メノウ以外の子達とも話をし、親睦を深めていた。

 ……昨日の夜の事を聞きたかったのだけれど、気が引けたのでやめておいた。


 もう少しすると昼休みが終わるという時に、それは訪れた。


「こいつなんだな?」


「そう、こいつよ! 平民の癖に私に暴力を振るった野蛮人!」


 一人の男子生徒と、昨日私が頬をはたいた女子生徒と、その取り巻きの女子生徒三人。

 その後ろには、恐らく真剣を腰に下げた護衛が五人。


 昨日頬をはたいた女生徒の頬は、しっかりと赤く腫れあがっていた。

 手加減はしておいたから、痕になるようなことはないだろうけど。


「何か用ですか? 昨日関わるなと、強く言いましたよね?」


「ヘ、ヘリオドール様には関係ありません!」


「私の婚約者にこのようなことをした貴様に、決闘を申し出る!」


 そう言って男子生徒は私にではなく、アンバーに手袋を投げつけたのだった。

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