料理好きの女の子

「よーし、止まれ。武器の扱いや対人戦闘はある程度訓練しているだろうが、やはり体力がなかったな。しばらくは体力作りを中心に行う。お前達自身も、日頃から自主練に励むように。この先体力がないとついていけなくなるぞ」


 みんな返事が出来ない程に、息も絶え絶えになっていた。


「……はあ……はあ……」


 息が苦しい。

 横腹も痛し、胸も痛い。

 思わず座り込みそうになってしまう。


 私が模擬戦を行った後、ホリングワース先生を先頭にグラウンドをひたすら走らされた。

 今までちゃんと体を鍛えて来たという私の自負は、早々に砕かれてしまう。


 目の前に立っているホリングワース先生は、息を乱さず汗も少ししかかいていない。


 かく言う私達生徒は、喋る事も出来ないぐらいに疲労困憊。

 中には地面に足を投げ出して座っている男子生徒もいる。


 私達全員がそうだと思っていたのだけれど……。


 五人程、ケロッとしている生徒がいた。


「……嘘でしょ? ……はあ……はあ……」


 いつまでも湧き出てくる玉の汗を拭い、彼女達を横目で見る。

 何やら楽しそうにじゃれ合っている。


 彼女達と自分の落差に、悔しさが募る。


「ヘリオ、大丈夫?」


 アンバーが心配そうに手を差し伸べてくれる。


「ええ、大丈夫。……アンバーも意外と平気そうね?」


「平気ってわけじゃないけど、私、体力だけはあるんだよ。実家が商会でさ。荷物の出し入れなんかを小さい頃から手伝ってきたから」


「なるほど。体力には自信があるって思ってたんだけど、まだまだだったわ」


「そんな事ないよ。私なんて見てよほら」


 チルが近寄って来て、自分の足を指差している。

 指差した足は、プルプルと震えていた。


「ふふっ! やだもうチルったら! お腹痛いんだから笑わせないで?」


「あははははっ! すっごいぷるぷるしてるねぇ」


 そうだ。

 私はまだまだ未熟なんだ。

 そして、今の私に足りない物の一つがわかったのだ。

 それを喜ぶとしよう。


 ……それにしても、彼女達は何者なのだろうか?

 自己紹介の内容からするに、平民だとは思う。

 アンバーの様に、何かしらの家業を手伝っていた子達なのだろうか?


 時間がある時にでも聞いてみよう。


 気になるのは、あの幼い二人。

 見るからに十歳前後で、この学園に入学できる年齢ではない。

 いや、余程優秀で、それなりの身分の者に認められていたとしたら、入学自体は出来る。

 だが、騎士科への入学は……できるのだろうか?

 ただでさえ女で、その上幼い子供だなんて……。


 そういえば、あの五人は学園長に呼び出されたとホリングワース先生は言っていた。

 特別な何かがあるのかもしれない。


「よし、お疲れさん」


 空が赤く染まり、終業の鐘の音が響く。


 お、終わった……。

 ……気持ち悪ぃ。

 もう立てな……い……。


 ほとんどの生徒がぐったりと座り込んでいて、口々に愚痴をこぼしている。


 ランニングの後は素振りや、型、巻き藁を相手に打ち込みなど、ひたすら基礎訓練を続けた。


 疲れたからと言って手を抜いていると、ホリングワース先生がすぐさま木剣で制裁を加えてきた。

 そうでなくとも一人一人観察し、直さなくてはいけない点を厳しく指摘された。


 かく言う私も、素早く動くことと避けることを意識しすぎて、深く踏み込めていないこと、一つ一つの攻撃が大雑把になりすぎている事を指摘された。


 ランニングで体力を使い果たした後にも拘わらず、全力での基礎訓練。

 周りを気にしている余裕なんて私にはなく、あの五人がどのようにしていたのかなんて、まったく見ることが出来なかった。


 木剣を地面に突き立て、体重を預けて目を瞑り、息を整える。

 変に彼女達を意識しすぎている自分に少し嫌気がさす。


「終わる前に、お前達に連絡事項を伝えておく。しっかり覚えておくように」


 ホリングワース先生が私達に伝えた事は、三人以上五人以内でパーティーを組むこと。

 まだ先の事になるが、課外授業として、魔物の討伐をするために別の街へ行くこともあるそうなので、その時のために今からパーティーを組んでおくのだそうだ。


 あと、色々と面倒なことが起こる可能性が高いので、男女混成は止めてくれと言っていた。

 一部男子生徒からブーイングが起こった。


「ヘリオ、いいかな?」


「ええ勿論。アンバーもいいでしょ?」


「良かった。ダメって言われたら私どうしようかと」


 チルは長棒を杖替わりにして、アンバーは這いずるように近づいてきた。


「もう、アンバー? 私そんな意地悪な人間に見えるかしら?」


「見えないけど、実際、貴族と平民が一緒に行動するなんて嫌って言う人は少なくないんだよ」


「あー……。それはそう……よね……。私はそう言うの、すっごくくだらないと思ってるけど、現実にはそうはいかないのよね」


「おんなじ人間なのにね」


 どうやらチルも、私と同じ考えのようだった。


「安心してアンバー。あなたは私達の友達。あなたを見下すような奴がいたら、ぶっ飛ばしてあげるわ!」


「良い事を言ってはいるが、剣を杖替わりにしていては台無しだな」


 ベシッ!


「ひゃんっ?!」


 ホリングワース先生にお尻を木剣で叩かれてしまった。


「そうだ。お前ら、もうすでに学生寮での生活をしている奴もいると思うが、しばらくは夜間の外出が禁止されるぞ」


 先生がそう話すと、みんなの間に動揺が走る。


「どうしてですか?」


 一人の男子生徒が質問をする。


「温かくなるこの時期にな、変な奴が良く湧くようになるんだよ。それで問題が起こることがあってな。挙句に今年は少し前から不審者の目撃情報がでているんだ。この学園に通っているお前らのほとんどが貴族か、金持ちの子供だ。万が一誘拐騒ぎにでもなったら大変だからな」


 あー、先輩が素っ裸の女と出くわしたことがあるとか言ってたな。

 俺は男だって聞いたけど?

 酔っ払いに絡まれたとかって聞いたこともあるぜ。

 女ならちょっと見てみたいな。


「おい、遭遇してもホイホイついていくんじゃねーぞ? それが罠で拉致られる可能性だってあるんだ。んでだ。どうしても出かけなきゃならん場合は、事前に教師の誰かに連絡すること。場合によっては護衛が付くからな。緊急の場合でもちゃんと言う事」


「おい、わかったなら返事!」


『はい!』


 こうして入学初日にもかかわらず、全身汗でドロドロ、疲労でヘトヘトになって終わった。


「この三人の中で、一番体力が無いのが私か……」


 チルが歩くのもやっとと言った感じで話している。


「チル、大丈夫?」


 私とアンバーでチルの手を引いて歩く。


「すまないね。これは気合を入れて体力づくりをしないと……」


「早くシャワーを浴びて、お夕食を食べに行きましょう?」


「私……食欲ない……」


 チルが少し気持ち悪そうに言う。


「私も。あんまり食べたくない……」


「二人とも……」


 正直私も食欲はない。


「シャワー浴びたら寝てしまいたい」


 チルがそう言った時だった。


「あ、それはダメだよ?」


 私達の事を心配そうに見ていた女の子が話しかけて来た。


「メノウさん。だめって、どうしてかしら」


 黒に近い赤茶色の髪の毛を、後ろの高い位置で結っている女の子のメノウさんだ。


「メノウでいいよ。えっとね? しんどくてもちゃんと食べないと、体力が減るどころか、どんどん痩せて筋力も落ちちゃうの。辛いかもしれないけど、食べる癖を今のうちにつけておいた方が良いよ」


「君、そう言うのに詳しいんだね?」


 チルが感心したようにうなずくと、


「うん。私、料理が大好きだから、ある程度そう言う知識もあるの」


 彼女はニコっと笑ってそう答えた。

 同性なのに、胸がドキッとしてしまった。


「えっと、メノウ……って呼んで良いのよね?」


「うん!」


 くっ、可愛い。


「……私、食が細くてあまり量を食べられないのよ」


「あ、それは私もだ」


 チルも手を挙げる。


「うーん。食事は食堂で食べるんだよね?」


「そうね」


「タンパク質……。えっと、お肉をしっかり食べる事が理想なんだけどね」


「お肉……。あまり量は食べられないな」


「私も同じ」


「お肉って言っても、脂が少ない鳥の胸肉なんかはさっぱりして食べやすいよ? 後は卵に乳製品」


「にゅうせいひん?」


「あ、チーズとかヨーグルトのような牛乳で作られる物の事ね。あと大豆。そうそう、どうしても食べるのが辛い場合は、捕食を用意するのも一つの手だよ。それから――」


「……」


 私達は彼女が次々と話す料理や体の為の知識に、ぽかんと口を開けて聞いていた。


「はっ?! ごめんなさい! つい喋りすぎちゃった!」


 私達の表情に気づいたのか、顔を赤くしてワタワタと慌てだした。


「ふっ! ふふふっ」

「あははは!」

「ははははっ」


 その様子に私達三人はおかしくなって声を揃えて笑ってしまった。


「ごめんなさいね? 急にワタワタしだすからおかしくなっちゃって。でも、凄いわねメノウ」


「君の話を聞いていたら、何だかお腹がすいてきた気がするよ」


「恥ずかしい……」


 手で顔を覆い、真っ赤な顔を隠すメノウ。


「でも、食が細い人のための食事を用意するのって、食堂を使う私達にはちょっと難しいかもしれないね……」


 アンバーが少し残念そうに言う。


「あ、今日は無理だけど、もうちょっとしたら食堂のメニューが色々増えると思うから、楽しみにしておくと良いよ?」


「え、どうしてそんな事をあなたが知っているの?」


 私がメノウに理由を聞こうとした時だった。


「おーいメノウー! 置いて行っちゃうよー!」


「はーい! えっとね。秘密!」


 そう言った彼女は、人差し指を口に当て、片目をパチンと閉じて、悪戯っぽく笑う。


「私行かなくちゃ! また明日ね!」


 メノウは元気よく手を振り、疲れを微塵も感じさせない足取りで四人の下へ駆けて行った。


「敵わないわね……」


 あの嫌みのない笑顔を見てしまった後だと、今まで感じていた嫉妬の心はいつのまにか、何処かへ行っていた。

 ……それどころか、彼女を見ていると胸がドキドキするのだった。



 学生寮は校舎を挟んで両端にあり、東側が男子寮、西側が女子寮となっている。

 寮はかなり大きな建物で、大体一人一部屋が与えられていて、貴族が多いので、当然使用人の部屋もある。

 私は別に二人部屋でもかまわなかったのだけれど、両親に怒られてしまったので、学生寮の中で一番広い部屋を使わせてもらっている。


 少し憧れていたんだけどね。

 二人部屋。


 部屋にあるシャワーを浴びる。

 体がお湯に濡れて、汗と砂でドロドロになった体が少しずつさっぱりしていく。

 気が抜けたのか、どっと疲れが押し寄せてきて、私は思わず座り込む。


「このまま寝てしまいたい……」


 重い瞼をなんとか開き、体を洗う。


「ヘリオお嬢様、大丈夫ですか?」


「ちょっとクタクタ。すっごく眠たい」


 実家から一緒に来てくれた使用人のマリーが、私の身支度を助けてくれる。


「ご就寝されますか?」


「ううん。この後食堂で食事をする約束をしているの。だから行かなくちゃ」


「もうご学友が出来たのですか?」


「ええ、私もびっくりするくらいあっさりと。そうそう、一人はシルバール家のご息女よ」


「シルバール……というと、ルーチル様の事ですね? お嬢様と仲良くなれる方がいて、マリーは安心しました」


「私だって友達の一人や二人位できるわよ。相変らずマリーは失礼ね?」


「それは、お転婆姫とまで言われたヘリオお嬢様が悪いのです。そのせいで婚約者が未だに決まってないんですよ?」


「またその話をするー! あ、そろそろ行かなくちゃ」


「畏まりました。それではお気をつけて」


「いつもありがとうマリー。あなたが一緒に学園に来てくれて、心強いわ」


「そう言っていただけて光栄です」


 女子寮の玄関へ向かうと、もう既にチルとアンバーが私の事を待っていた。


「ごめんなさい、待たせてしまったわね」


「……ううん。私もチルも今来たところだよ」


 私は視線を部屋の隅の方へ向ける。

 こちらを窺いながら、何やらコソコソと話している人達がいる。

 先輩だろうか?

 何を話しているかは聞こえないのでわからないけれど、それでもわかる事は一つある。

 あの視線は、好意を向けられているわけではなさそうだ。


「それじゃあ、食堂に向かい――、チル大丈夫? 目、開いてないわよ」


「大丈夫。シャワーを浴びたら一気に眠くなってしまったよ」


 パチッと、傍目からもわかるほどに、強引に目を開けているチル。


「早く食事を済ませて、ゆっくりしましょうね」


「そうしてもらえると助かるよ。まあそれより、食べられるかどうかちょっと自信ないけど」


「私もちょっと食欲がないかな」


 チルとアンバーは苦笑する。


「とりあえず、軽くでも何か食べましょう」


 私もあまり食欲はないけれど、メノウが言っていたことが気になってしまうので、少しでも何か食べておきたかった。


 学食へ向かうために女子寮の玄関を出ると、涼しい風が疲れた体を撫でていく。

 それが無性に気持ちよく感じた。


「……ん?」


 風に吹かれて歩いていると、ふわりと甘い優しい香りがすることに気づいた。


「アンバーから、凄く良い匂いがする」


 チルがそう言うので、私もアンバーに近寄ってスンスンと匂いを嗅ぐ。


「あら本当。甘めの優しい香り。香水でも振っているの?」


「まさか。そんなの振ってないよ。シャワーの時に使った石鹸の匂いだよ」


「私の使ってる石鹸でもそんなにいい香りはしないわよ?」


「あー、実家が扱っている石鹸なんだよ。最近出品を始めたやつだったかな? 貴族の間で人気なんだって」


「私知らない……」


「私も……」


「じゃあいくつか譲ろうか? 無くなってもすぐ手に入るし」


『本当っ?!』


 私とチルはアンバーに詰め寄る。


「目が怖い! 二人とも疲れてるんじゃなかったの?!」


「それとこれとは話が別よ!」

「そうそう!」


「それじゃあ寮に戻ったら、持って行くよ」


「あ、お金はちゃんと払いますからね!」


「え、いいよそんなの」


「だーめ。あなた商家の娘なんでしょう? そう言う事はちゃんとしなさいな」


「全くだ。友達だからってお金の扱いはちゃんとしないと」


「わかった。ありがとう、二人とも」


 食堂に到着した私達はとりあえず席につき、メニューを眺める。


「スープだけとかしてくれるかな?」


「私もそれをしてくれるならそうしたい」


「私もパンはあんまり食べたくないかも……」


 二人の困ったような表情に、私は苦笑しつつ二人に同意する。


 どうしたものかと考え込んでいると、


「何か食べないの? やっぱり食欲ない感じ?」


 驚いたことに、メノウがカウンターの方から出てきた。


「メノウ、どうしてあなたがカウンターから出てくるのかしら?」


「ちょっと用事があってね。それと、三人を見つけたんだけどじーっとメニューを眺めてるだけだから心配になって見に来たの」


 メノウは本当に優しい女の子のようだ。


 もうある程度私達の事はさっきグラウンドで話していたから、隠さずに思っている事を素直に話してみることにした。


「スープだけっていうのは言ったらしてくれると思うけど、夜中絶対お腹すくよ? あ、そうだ。良かったらちょっと時間をくれない?」


 唐突にそんな事を言われて、私達は顔を見合わせた。


「私は構わないけれど、二人は良いかしら?」


「うん、私も大丈夫」


「いいよ?」


 チルもアンバーも不思議そうな顔をしていたけれど、頷いた。


「じゃあちょっと行ってくる!」


 手を振って笑顔でまたカウンターの中へ入っていった。


「メノウ、凄く元気な子だよね」


 チルが感心したようにメノウのいなくなった方向を見ている。


「あの子、私よりもずっと体力あるし。何したらあんなに体力つくんだろう?」


 アンバーは彼女の体力の多さに驚いている。


 待たされること、結構時間が経ったと思う。

 メノウはまだ戻って来ない。


 恐らくカウンターの奥にある厨房へ向かったのだろうと私達は予想はしていたのだけれど、思った以上に遅くて少し心配になってしまう。


「厨房から何か食べやすい物を持ってきてくれるのかと思ったのだけれど……」


「私もそう思っていたよ」


「……大丈夫なのかな?」


 私達が心配になって、カウンターの奥を覗き見た時だった。


「ごめんね、待たせちゃった!」


 トローリーを押しながらメノウが戻って来た。

 慣れた手つきで、トローリーに乗せた料理をテーブルへと並べる。


「一応パンも置いておくね?」


 私達のテーブルの真ん中に、焼き立てのパンを入れたバスケットを置く。


 ふわっと料理の良い匂いが鼻孔をくすぐる。

 それだけで、お腹がすいたような気分になる。


 メインのお皿には野菜と黄色い楕円形をしたものがのっている。

 スープは綺麗な琥珀色をしている。


「三人共、トマトって嫌いじゃない?」


「私は大丈夫。好き嫌いなんて無いわ」


 私が頷くと、チルとアンバーも大丈夫だという。


「よかった!」


 メノウは嬉しそうに言うと、黄色い楕円形をした料理に、驚くほど鮮やかな赤色のソースをかけた。


「まずはスープから召し上がれ!」


 言われた通りにスープを飲む。

 出来立ての湯気が立ち昇るスープを口に入れると、強い旨味と甘みが口の中に一気に広がる。


「あ、美味し――」


 そう言いかけた瞬間、口の中がピリピリし始める。


「辛っ!」


 思わずそう言ってしまった。


「旨味の後にガツンと辛さが来るね。目が覚めちゃった」


「そう? ピリッとするけど私は平気」


 チルが目をぱちぱち瞬かせている横で、アンバーはスープをどんどん飲んでいく。


「急にぴりっときてビックリはしたけど、美味しいわね」


 私もアンバーに続き、スープを飲む。


 飲んでいると不思議なことに、お腹がじんわりと温かくなってきて、少し首筋に汗をかいてしまった。

 そして……。


 ぐーううう。


 アンバーのお腹が盛大になった。


「あれ? 食欲なかったのに、急にお腹すいて来ちゃった?」


「私も、何だか食べられそうな気がする」


「え?! 二人も? メノウ、このスープは何?」


 私達三人は、驚いてメノウを見る。


「私お手製オニオンスープ。ただし、ブラックペッパーとショウガをちょっと効かせた特製だよ。食欲湧くでしょ? ブラックペッパーとショウガには食欲増進効果があって、ショウガは疲労回復の効果もあるからね」


 ふふんと腰に手を当て、料理の説明をしてくれる。


「これ、あなたが作ったの?!」


「驚いた。実家の料理長が飲んだら泣くよこれ」


「ヘリオとチルが驚くってことは、そんなに美味しいんだこのスープ……」


 飲めば飲むほど、体が温まってお腹がすいてくる気がする。

 何より驚くほど美味しかった。


 私達は思わず、ナイフとフォークを持ち、鮮やかな赤いソースがかかった黄色い料理に手を伸ばした。

 ナイフで切ってみると、中は色とりどりの具材で満たされていた。


 赤いソースを絡めて口に運ぶと、さわやかな酸味と甘みに驚かされて、続いて中の具の旨味が口の中に豊かに広がる。


「何て美味しいのかしら。口の中が凄く豊かな味で満たされるわ」


「この赤いソース。私凄く好きだ」


「こんな料理私、食べた事ない……」


「鶏肉と野菜たっぷりのオムレツだよ。赤いソースはケチャップっていって、トマトで作ってるの。普段は合い挽き肉を使ったりするんだけど、鶏肉だとさっぱり食べられるからね。野菜も沢山、お肉も摂れる。外の黄色いのは卵だから、今の三人には丁度いい料理だと思ってね」


「これも、君が作ってくれたのかい?」


「もちろん。ルーチルさん食べられそう?」


「ああ、これなら残さず食べられるよ。今ならパンも食べれてしまいそうだよ!」


「良かった!」


「……」


 メノウの笑顔に、チルは顔をほんのり赤くして見惚れているようだった。


「ヘリオドールさんとアンバーさんはどう?」


「私もこれだったらいくらでも食べられそう。ありがとうメノウ」


「私がこんな料理食べてもいいのかな……」


 アンバーは少し恐縮しているようだったが、メノウはきょとんとして、


「どうして? 三人のために作ったんだからしっかり食べてよね?」


 屈託なくそう言ってしまう。


「……うん。ありがとう」


 アンバーは照れ臭そうにそう言うと、嬉しそうに料理をまた食べ始めた。


「メノウ、本当にありがとう。それから、私の事はヘリオって呼んで。私達だけメノウって呼び捨ては嫌よ?」


「私もチルって呼んでもらいたいな」


「私も呼び捨てでいいよ」


「ありがとう! これからそう呼ばせてもらうね?」


 ここまでは良かった。

 私達三人は、メノウの作ってくれた料理に夢中。

 メノウは私達と話してくれている事に夢中だった。


 周りを見ていなかった。


 沢山の生徒が私達を覗き見ていた。

 あるグループは途中で立ち止まり、私達のテーブルを不思議そうに眺めていた。

 お隣の席のグループは、首を伸ばし料理を見ていた。


 あれと同じ料理食べれないか聞いてみたんだけど、無いって。

 えー?! 私も食べてみたいのに……。

 凄く美味しそうよね……。


 カウンターからは女生徒の悲観に暮れる声が聞こえて来る。


 あれだけ賑やかだった食堂は、今や私達の声だけが響く空間となっていた。


「……」


 ちょっとだけ、優越感。

 ただ、それ以上に凄く恥ずかしい。


 メノウの顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、笑顔のまま固まってしまっている。


「あーっと、えっと、メノウはもうお夕食を済ませたのかしら?」


「はっ?! ううん、まだ食べてないよ」


 私が話しかけると、メノウは硬直からとけて話す。


「おや、そうなのかい? だったら一緒に食べないかい?」


 チルが空いている席に手を向けるが、


「ごめんね。まだしなくちゃいけない事が残ってて」


 メノウは申し訳なさそうに断った。


「そうなの? それは残念」


 アンバーも少し寂しそうだ。

 もちろん、私も。


「もうすぐお迎えが来るから」


「お迎え?」


 そう尋ねた時だった。


「メーノーウー?」


「ほら、来た」


 どうしてだかわからないけど、メノウを呼ぶ声を聞いた瞬間、背中がゾクっと冷たくなった気がした。


「メノウお姉ちゃん、料理長さんとの用事はもういいの?」


「うん、大丈夫。お待たせ」


「それじゃ行こっか」


「うん! それじゃあ、三人共、また明日ね? できればパンも食べてお腹いっぱいにしておくんだよ!」


 銀髪で赤い瞳の女の子と、クリーム色の髪で眠たげな小さな女の子に手を引かれ、メノウは学食から去って行った。


 出入り口の方を見ると、もう二人もメノウの事を迎えに来ていたようだった。


 メノウ、後でお仕置きだからね。

 ん、お仕置き!

 ええっ?!

 メノウ楽しそうよね?

 まったく、明日も早いんじゃから、ほどほどにのう。


 静まり返っていた食堂が、彼女達が去ったのをきっかけにして、徐々に賑やかさを取り戻していく。


 私達は、メノウが作ってくれた料理の続きを楽しむ。

 あれだけ食欲がなかったはずが、バスケットに入ったパンも全部食べ切ってしまうのだった。



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近況ノートURL

https://kakuyomu.jp/users/minaduki-sinju/news/16818093073573793692

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