お元気で
国境と言っても、国境に沿って壁がずーっと続いていて、関所みたいなものがある訳じゃない。
フィッスルンの街の北門を出ると、一本の大きな街道が整備されている。
そこをまっすぐ歩くと、フラストハルン王国最初の街、レーベックに到着する。
街道の左右は広大な草原になっている。
これは、フィッスルンの領主とレーベックの領主が話し合い、お互い国境付近の土地には一切手を触れないことを決めた事からこうなっているそうだ。
私達はまずフィッスルン北門にある出入管理場へと足を運ぶ。
ここで銀貨十枚を払って出国許可証を発行してもらう。
この出国許可証は、レーベックの街へ入る時にも必要になっている。
リステルが魔法陣に、冒険者ギルドカードをかざした時にそれは起こった。
「えーっと、少々お待ちください。お名前はリステルさんで間違いありませんね?」
「……はい」
係の人一人が慌てた様子で部屋から出て行き、部屋は俄かに騒々しくなる。
「嫌な予感がしますね」
コルトさんが小さく呟いた。
そのまま私達は待たされることしばらく。
赤を基調とした服を着た金髪碧眼の男性が現れた。
「お久しぶりですね、風竜殺しの皆様方」
確かこの人は……。
「何の用ですか? 王国騎士団一番隊隊長フローベルグ」
コルトさんが男性の名前を呼ぶ。
そうだこの人は、叙勲のために首都ハルモニカへ行った時に一度だけ会ったことがある人だ。
いきなり手を触って来て怖かったのを思い出した。
なんだなんだ?
風竜殺しの英雄だって?!
あの人が一番隊隊長のフローベルグ様?
風竜殺しって、あんな大人しそうな女の子達がそうなのか?
私達と同じように、出国手続きをしに来ている人達が、ざわざわと騒めきたてる。
「あははは、そう警戒しないでください。お話したいことがありまして。ここでは人目があります。別の部屋を用意していますので、そちらでお話しませんか?」
フローベルグさんの言葉に、私達は顔を見合わせる。
「断る事ってできるの?」
少し不機嫌になったリステルが、若干棘を隠さずに言う。
「……それは、困りますね。まあお逃げになりたければ、お逃げになってもよろしいんじゃないでしょうか? リステルさん?」
フローベルグさんはフローベルグさんで、少し嫌味な言い方をリステルにする。
リステルの機嫌がどんどん悪くなっていく。
「あーもうリステル、そんな喧嘩腰にならないで。フローベルグさんも、態々そんな厭味ったらしい言い方しなくても良いじゃないですか」
私はリステルの頭を撫でつつ注意して、フローベルグさんにも釘をさす。
リステルは前に二番隊隊長のハストさんが、一番隊が国王の命令でリステルを捕まえようとしていたことを聞いて、フローベルグさんの事を気に入らなくなっているのかな?
「ぷー」
「これはこれは、失礼いたしました」
フローベルグさんはフローベルグさんで、リステルの事をあまりよく思ってないみたい。
結局私達は、フローベルグさんの話を聞くために、出入管理所の近くにあった大きな建物の中にある応接室へ行くことになった。
「まずは改めまして、お久しぶりです。皆様のお噂は色々と耳にしていました。フルールでは素晴らしいご活躍だったそうですね。そして、特に二番隊の件に関しましてはお手伝いいただき、誠にありがとうございます。陛下も大変お喜びになっていらっしゃいました」
「あのー、それでご用件と言うのは? 世間話をするために私達を待ち伏せしていた訳じゃないんですよね?」
「待ち伏せなんて人聞きの悪い! 今からお話しすることは、皆さんにとっても大変名誉なことなのですよ!」
国王は新しく、ハルモニカ王国に有事が起こった際に行動できる部隊を増やすために、国王直属の特別隊を新設することを決めた。
その新設部隊の最初期メンバーに、私、ルーリ、ハルルの三人の名前が候補として挙がったそうだ。
そして、もし私達が新設部隊に参加することを決めたのならば、
「行く行くは皆さんを、いと尊き一族の一員として名を連ねることをお許しになられるそうです!」
嬉しそうに私達に話すフローベルグさん。
「いと尊き一族の一員?」
フローベルグさんの嬉々とした表情とは裏腹に、リステル、コルトさん、シルヴァさん、カルハさんの表情は苦々しげだった。
「メノウ。爵位を与えて貴族の仲間入りができるってことだ」
「あー……、なるほど?」
え、それのどこが名誉なことなのかな?
そう思わず口にしそうになったのを堪える。
「どうせあれでしょ? 一代限りの爵位を渡して、そこそこの功績をあげたらどこぞの貴族と婚約させられるんでしょ? 大叔父様の考えることだよ」
「そうは言いますが、クリスティリア様? そもそも平民が貴族に徐爵されること自体が特例なのですよ? それが女性となると、前例があるかどうかもわからないくらいなんです。それを三人……いえ、四人もとなると、歴史的快挙としか……」
「あのー、それって当然お断りってできるんですよね?」
「――えっ?! え、ええできますが、まさかそんな事しませんよね?」
私が質問した内容があまりにもショックだったのか、それまでニコニコと笑顔だったフローベルグさんの表情が、一気に焦ったように変わっていく。
「いえ、そもそも私達はこのままレーベックにいくつもりでしたので。急にそんなこと言われても、お断りする以外には考えていませんが……。みんなも今の話を聞いて、嬉しいって思った人っている?」
私がそう聞くと、みんなはそろって首を横に振る。
「あのっ! 大変名誉なことなんですよ?!」
「そうは言うがな、フローベルグとやらよ。妾達は目的をもって旅をしておるのじゃ。どうせ先ほどの口ぶりから見るに、妾達の目的地も知っておろうに。その旅を諦めるほど、それが魅力的かと言われて、お前さんはそう思うのかのう?」
「……私だったら是が非でもと思うのですが。……いえ、あなたの言っている事がわからないわけではありません。目的が大きく違うのでしょうね……」
サフィーアの言葉に、残念そうに俯いて話すフローベルグさん。
「話しと言うのはそれだけか? それなら私達はこれで失礼する」
シルヴァさんの言葉を皮切りに、私達は席を立ち、部屋から出ようとした。
「あっ! 待ってください! それとは別に、個人的なお願いがあるのです!」
慌てた様子で私達を引き留めるフローベルグさん。
何故か私のほうをじっと見ている。
「あの、何か?」
「メノウさんに、私と戦っていただきたいのです」
「……へ?」
『え~~~~~~~っ?!』
「どうしてこんなことに……」
私は今、昨日みんなと雪合戦をした草原に来ている。
私の正面には、模造剣を構えたフローベルグさん。
さらにその後ろには、一番隊の人達全員が観客として私達の実戦形式の模擬試合を見守っている。
「瑪瑙ー! がんばってー!」
「お姉ちゃん頑張れー!」
呑気に私を応援してくれているみんな。
首都で開かれた天覧試合での、私と三番隊隊長サフロさんとの模擬試合で、私の圧倒的な強さを見て、
私は嫌だと言ったのだけれど、フローベルグさんが引き下がってくれなかった。
最終的にはコルトさん達からも、良ければ手合わせをしてやってほしいと言われてしまい、私が折れる形になってしまったのだ。
「メノウちゃん。本気を出せとまでは言わないけれどー、ある程度力は出してあげてねー?」
立会人を引き受けてくれたカルハさんが言う。
「……え、でも」
「私からもお願いします。どれだけ自分との差があるのか、知っておきたいのです!」
「あのっ! そもそも、私よりフローベルグさんの方が強いかもしれないんですよ?」
「いやいや! 私では単騎で
「それはっ! 魔法ありきなので……」
「サフロ隊長の剣技をあそこまでいなしておいてよく言いますよ!」
「……」
どうやら何を言っても無駄のようだ。
こうなったらもうやるしかない。
「それでは準備は良いですか?」
普段ののほほんとした話口調ではない、きびきびとした口調で仕切るカルハさん。
お互いが魔法も使えるとの事なので、一定距離を離れた所で構える。
フローベルグさんは、ロングソードを正眼に構える。
私は鞘を剣帯から外して左手で持ち、左足を引き、腰を落とし剣の柄を握る。
「はじめっ!」
カルハさんの掛け声と共に、
「ドライブ!」
「フローズンアルコーブ!」
私達は同時に魔法を発動する。
先手必勝を狙ったのはお互い様だったようだけど、私のフローズンアルコーブがフローベルグさんを捕らえるより先に、彼の足元がズドンという音と共に赤い炎が爆ぜ、驚くほどの速さで距離を詰められた。
「はあああああああっ!!!!!!!」
そのままの勢いで上段から剣を振り下ろそうとする彼の剣を、私は体を左に逸らしながら剣を一気に抜き放ち、剣の勢いがつき切る前に外側へ押し出すよう私の剣をぶつけ、軌道を逸らす。
流れるように、私は左手で逆手に握った鞘をわき腹へ打ち付ける様に、横に薙いだ。
「くっ!! ドライブ!」
それを再び魔法を使って右に吹き飛ぶように躱すフローベルグさん。
距離をとったなら、私は魔法で容赦なく攻めたてる。
水の弾を空中に多数出現させ、撃ち放つ。
「くそっ!」
水の弾を躱しながら、負けじと炎の弾を放ってくる。
「ウォーターウォール!」
私はそれを水の壁を出現させ防ぐ。
そして再び私達は、勝負を始めた時と同じくらいの距離をとる。
「……敵う気がしない。これでまだ貴女は本気ではないのか」
「勝負ありで良いですか?」
「いえ、まだです。まだまだです!」
「……」
そういうフローベルグさんの瞳が、さっきよりもずっと真剣なものに変わった。
「すみませんメノウさん。全力で行きます」
「えっ? ええっ?!」
私の困惑なんてお構いなしにと、フローベルグさんの剣から青い炎が噴き上がり、彼の周囲に青い炎の槍がいくつも浮き上がった。
ああ、本当に全力でかかってくる気なんだ。
私も水を剣に纏い、鞘を剣帯に再び下げ、剣を両手持ちに変える。
「フレアランス!」
「
お互いが魔法を解き放ち、同時に正面に駆け出す。
青い炎の槍は水球に飲み込まれ、途轍もない蒸気を上げて消え去ってしまう。
「ドライブ!」
再びフローベルグさんの足元で赤い炎が爆ぜ、水球を気にするそぶりを見せず、ぶつかりながらこちらへ猛スピードで突っ込んでくるフローベルグさん。
彼は再び上段から剣を振り下ろし、私はそれをぬるりと左に受け流す。
青い炎を纏った剣と私の水を纏った剣が触れ合った瞬間、水の蒸発する音と、水蒸気が沸き上がる。
「イグニッション!」
「……」
私に剣を逸らされ体勢を崩しても、無理やり魔法を発動させるフローベルグさん。
青い爆炎が私を襲うが、アクアヴェールを既に纏っていた私には通じない。
私はお構いなしに左足を軸に右足を踏み出し、片手持ちした剣を左から横に真一文字に薙ぐ。
それを彼は、ギリギリの所で後ろに飛び退いて躱す。
私はその隙を逃さない。
「エアショット!」
私は左手を前に突き出して、不可視の魔法を放つ。
「くっ! ファイアウォール!」
赤い炎の壁が現れ、風の塊を掻き消してしまった。
だけど、それは悪手。
自身の視界を遮ってしまっている。
「ウォーターキャノン」
私の身長より少し小さいくらいの大きさの水球を一つ出現させ、解き放つ。
どれだけ高温の炎だったとしても、これだけの水量を一瞬で蒸発させることはできず、炎の壁は一瞬だけ蒸気を上げるにとどまり、通り抜けた巨大な水球がフローベルグさんを直撃し、吹き飛ばす。
水だけど、そこそこ痛いと思う。
「ぐぅ!」
受け身をとり、何とか片膝を立て起き上がるフローベルグさん。
さて、ケリを付けよう。
「アイスウォール!」
魔力を強く込め、巨大な氷の壁を作る。
「……はっ! あはははは! これは敵わないなんてレベルじゃ済まないな」
眼前に現れた巨大な氷の壁を呆然と見上げている。
「サブリメイション」
私は氷の壁の付け根の一部、フローベルグさん側の氷を抉る様に昇華させる。
「さて、これで終わりです」
私はそう宣言して、氷の壁をコンと軽くノックする。
ビシ!
根元部分に一気にひびが走る。
バキンッ!
ぐらっ。
根元が完全に割れ、巨大な氷の壁はフローベルグさんの方へとゆっくりと倒れていく。
「おおおおおお?!」
あまりの事に驚いたようで、その場で固まってしまっているフローベルグさん。
隊長逃げてください!
やめろー!
殺す気かー!
隊員さん達の悲痛な叫び声が聞こえて来る。
程々に傾いた瞬間に、
「メルティング」
倒れていく巨大な氷の壁に魔法をかける。
ザバァァァァ!
巨大な氷の壁は一瞬で溶けて膨大な量の水の塊となり、フローベルグさんを襲い押し流す。
流れ出した水は、観客の一番隊の隊員さんの所まで流れ、何人かが足を取られて転倒する。
「いやー参った。結局手も足も出なかった……」
ずぶ濡れになったフローベルグさんが、剣を鞘に納めてこちらに近づいてくる。
「カルハ様、降参です」
「はーい。勝者メノウちゃーん!」
両手をあげてカルハさんに言うと、カルハさんは嬉しそうに片手を挙げて宣言した。
「やったー!」
「瑪瑙! カッコ良かったよー!」
みんなが私に向かって声を上げる。
私は大きく手を振って返事をする。
「メノウさん、ありがとうございました。やはり貴女ほどの人を国外へ出してしまうのは、この国にとって重い損失になりそうです……」
フローベルグさんの言葉に、私は複雑な気持ちになる。
そもそも、今の私の力は仮初の力。
自分の本来の力だったら、剣技どころか魔法も使えていないはず。
だから、一から訓練を重ねてあれだけの強さへと至ったフローベルグさんのことを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「それは……言いすぎですよ」
「そんなことありません! 私は一番隊隊長として、この国を有事から守る者の一人として、メノウさんの力に憧れます。これからも鍛錬に励むとします」
「……はい、頑張ってくださいね」
「ええ! メノウさんも気をつけてオルケストゥーラ王国まで行ってくださいね。良ければまた、ハルモニカ王国へ戻って来てください!」
嬉しそうに言うフローベルグさんの言葉に、胸がきゅっと痛くなり、私は唇を噛む。
「すみません。私はもうこの国に戻ってくることは無いんですよ。あ、リステル達はちゃんと戻ってくるつもりでいますよ?」
「そう……なんです……か……」
それまで笑顔だったフローベルグさんの表情が、驚きに染まる。
「あのっ! メノウさん! 良ければ、その理由を教えていただけませんか?」
「……」
私は無言で首を横に振る。
「ごめんなさい」
「……そうですか。いえ、詮索が過ぎました。私の方こそすみません」
少し気まずい空気。
「メノウさん、握手をしていただいても良いですか?」
「……へ? ええ、いいですけど」
突然そんな事を言われて、驚きつつも頷いた。
そして、ゆっくりと右手を差出すフローベルグさん。
私も右手を差出し、そっとフローベルグさんの手を握る。
「お気をつけて。それから、お元気で! 貴女と言う素晴らしい力の持ち主に出会え、手合わせできたことを光栄に思います」
ぐっと力強く手を握り返され、少しビクっとしてしまったけれど、私も力を込めて握り返す。
「ありがとうございます。フローベルグさんもお元気で」
手を離し、私はみんなの所へ。
「瑪瑙! 格好良かったわよ!」
「見事じゃった!」
「ありがとー」
みんなが私に抱きつきながら、嬉しそうにいう。
「メノウ、上手く立ち回ったな。お前は本来の自分の力ではないと思うかもしれないが、判断して体を動かしたのはメノウ自身だ。それは剣や盾と一緒で、道具なんだ。上手く使うも下手に使うも、それはメノウ自身の力だ。誇っていいぞ」
「シルヴァさん……。はい! ありがとうございます!」
わだかまっていた胸のモヤモヤは、シルヴァさんの言葉のおかげで少し晴れた気がした。
「そう言えば、剣に纏った水をただのエンチャントウォーターにしておいてよかったです。アビスペラジックにしていたら、大変なことに……」
私がふと思い出したことを口にすると、みんなの顔色が青くなり、笑顔が引き攣っていく。
「あの人、瑪瑙の水球にかまわずぶつかってたよね……」
「あっあはははは。メノウ、よ、よく手加減していましたね……」
コルトさんが私の頭をガシガシと撫でる。
「あはははは……」
流石に私も乾いた笑いが出た。
「まああの者も、だいぶと手を抜かれていた事は気づいておるじゃろうて。ただでさえ瑪瑙は、魔法をほとんど水属性しか使うておらなんだしのう」
「これで良かったのかなって、少し思うけどね」
「いやいや。お前さんがある程度本気を出してしもうたら、えらい事じゃぞ。あの者は今日の事を糧に、更なる精進を願いたいものじゃな」
「サフィーアは厳しいねえ」
「人事じゃからな! 気楽に好きに言えるわい!」
みんなの明るい雰囲気に、少し沈んでいた私の気分も明るくなっていく。
「さて、出入管理所へ手続きをしに行きましょうか」
「ちょーっと長い寄り道だったかしらー?」
「もう、カルハさん! そう言うんだったら、手合わせを断るのに協力してくれても良かったじゃないですかー!」
私はぷーっと頬を膨らませて抗議する。
「あらーごめんなさいねー。でもー、私達の教え子であるメノウちゃんの活躍を見れる最後の機会だったからねー?」
「そう言う事だ。すまんな」
「私達も鼻が高いですよ? メノウ」
「もう、そんなこと言われたらこれ以上文句言えないじゃないですかー」
「しっかりと目に焼き付けた。誇らしいぞ、メノウ」
シルヴァさんの不意の一言に、目頭が熱くなる。
私は大きく息を吸い、涙をぐっとこらえた。
泣かないって決めたんだ。
最後までいつも通りの笑顔でいたい。
出入管理所に再び訪れると、フローベルグさんが待っていた。
「まだ何か御用ですか?」
少し警戒して聞くと、
「管理所の職員に貴女達の要件はもう済んだことを伝えに来たんです。それと、折角ですし、お見送りさせてもらうかと」
なんて、さわやかな笑顔で言う。
身分証を魔法陣にかざし、銀貨を支払い、出国許可証をもらう。
フローベルグさんの計らいで、門のすぐ近くまでならコルトさん達もついて来て良い事になった。
「それじゃあコルト、シルヴァ、カルハ、行ってくるよ」
「はい、お気をつけて。お嬢様」
「ルーリとハルルもサフィーアも、気をつけて行ってくるんだぞ」
「はい!」
「ん!」
「わかったのじゃ!」
「まったく知らない土地へ行くのだから―、慎重に慎重にねー? 情報収集を怠ってはダメよー?」
『はい!』
「じゃあ行ってくる!」
私を残して、四人は少し先へ。
「本当に、今までお世話になりました!」
私は深く深く頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、凄く楽しい旅でした!」
「ああ、冒険者の全てが憧れるような経験をした。まあその分大変だったがな!」
「私はメノウちゃんのおかげでー、お料理がますます好きになっちゃったわー。ありがとうね?」
私は、カルハさんに抱きついた。
「こちらこそありがとうございます。カルハさんとお料理の話がいろいろできて楽しかったです!」
カルハさんも私を優しくぎゅっと抱きしめてくれる。
「気をつけて。無理はしないでねー」
「はい!」
次に私はシルヴァさんに抱きつく。
少し恥ずかしそうにしつつも、私の頭を撫でてくれるシルヴァさん。
「魔法がここまで使えるようになったのは、シルヴァさんのおかげです。そのおかげで、私はこうして旅を続けられます」
「厳しい事も随分言ったがな。メノウのためになったのなら、幸いだ」
「本当にありがとうございました」
「ああ!」
次にコルトさんにもと思って、コルトさんの方を見ると、コルトさんは両手を広げて待っていた。
「……ぷっ!」
「えー?! 私何で笑われたんですか?! わっとっと」
どーんと思い切り胸の中に飛び込んだ。
「そういう可愛らしい所、ほんっとずるいです!」
「メノウには負けますよ」
コルトさんも愛おしそうに頭を撫でてくれる。
「私達の事、忘れないでくださいね?」
「絶対、絶対忘れません!」
「みんなと仲良くするんですよ?」
「はいっ!」
背中を優しく叩かれ、コルトさんと離れる。
「メノウ、お元気で!」
「元気でな!」
「気をつけてねー!」
「はいっ! みなさんもお元気でー!」
大きく手を振り、私はみんなの下へと向かう。
「それじゃあ、行こっか!」
「瑪瑙、もういいの?」
「……うん」
ハルルは何も言わず、私の右手をギュっと握ってくれている。
「いよいよ、フラストハルン王国じゃな」
私は大粒の涙を流しながら、旅を続ける。
「行っちゃいましたね」
「行ってしまったな」
「行っちゃったわねー」
五人の姿が小さく小さくなるまで、見送った。
「もう、いいですよね……」
「……ああ、いいぞ」
「もういいわよねー……」
「いってらっしゃいって、言いたかったです!」
「私もだ……。メノウから、いってきますって言う言葉が聞きたかったな……」
「いつか、メノウちゃんにただいまって言って貰って、また会いたいわー……」
三人は肩を寄せ合って、堰を切ったように涙を流すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます