指切り
「んーっ! 疲れたー……もう動けない……」
「私もー……」
リステルとルーリが魔法で作った雪の上で寝っ転がる。
全力で遊んでしまって、私もへとへとになってしまった。
「指がちべたい!」
冷たい雪を触っていると、どんどん指は冷えて赤くなってしまっている。
「途中でウォームスキンを解除したけど、汗でびっしょびしょ……」
私もマントと上着を脱ぎ棄てて遊んでいたのに、ブラウスが汗で張り付いて若干透けている。
キャミソールも着ているし、他に見ている人がいないから気にしなかったんだけど。
「テントを張ってそこで着替えましょう。このままでは風邪をひいてしまいます」
『はーい』
テントの設営は他の人に任せ、私は再び火を熾してお湯を沸かし、飲み物の準備をする。
「みんな飲み物何が良い―?」
テントの設営をしている人にも聞こえるように大きな声で聞く。
「冷たいのが飲みたーい!」
「私も―!」
リステルとルーリの返事が返ってくる。
「メノウちゃん。コーヒーって冷たくして飲むことってできるのかしらー?」
「もちろんできますよ! じゃあアイスコーヒーと、アイスカフェオレにしましょうか。基本的にはアイスティーと一緒です。出来立ての濃い目に淹れたコーヒーを、氷たっぷり入れたカップに注ぐだけです」
「なるほどー。じゃあ氷はメノウちゃんにお任せするわね?」
「はーい」
二人で手分けしてコーヒーを淹れる。
私はアイスカフェオレを担当。
カルハさんは覚えたばかりなのに、淀みなくコーヒーを淹れている。
出来立てのコーヒーを、魔法で作りだした氷が入ったカップに注ぎ、アイスコーヒーの完成。
カフェオレは、これまた魔法で冷やした牛乳を氷たっぷりのカップに注ぎ、コーヒーを淹れる。
コーヒーが苦手組用なので、牛乳は少し多めに。
そうこうしている内に、テントの設営と着替えを済ませたみんながやって来る。
「瑪瑙ありがとう! あ、カフェオレ―! 私カフェオレは好きー!」
リステルが私からカップを受け取り、砂糖を入れて飲む。
「あ、冷たくて美味しい……」
ルーリもアイスカフェオレを気に入ってくれたみたいだ。
みんなが飲み物を飲んでいる間に、私とカルハさんは着替えを済まし、少しさっぱりした面持ちで、お夕飯の準備に取り掛かる。
最初にサラダとオニオンスープを作り、次に付け合わせの為のニンジンとジャガイモを半月切りにする。
シャトー切りもできるんだけど、お手軽にね。
半月切りにしたニンジンとジャガイモを、鍋に入れて水を注ぎ、バター、砂糖を入れ、落し蓋をして火にかける。
水が沸いたら火を弱めてさらに煮る。
途中ひっくり返してまんべんなく火が入るように。
少し柔らかくなったところで落し蓋をとり、少し火を強めて水分を飛ばすように煮立たせる。
水分が飛んで、バターの油分だけになり始めたら焦げないように気をつけて、鍋を揺すりながらさらに火にかける。
ニンジンの硬さを見るために少し味見。
「バターのいい香りー。あ、とても甘くて美味しいわねー」
「お肉の付け合わせに良くついてくるんですよ。ん、じゃがいもも丁度いい柔らかさになってますね」
「ジャガイモも、ほくほくしてるわー」
これで、付け合わせのニンジンとジャガイモのグラッセが完成!
急いで次に取り掛かろう。
パンを削ってパン粉を作り、それに牛乳、卵、コショウ、ナツメグを混ぜ合わせ、つなぎを作る。
次に玉ねぎをみじん切りにする。
「うーん。王道の方で行くかー」
玉ねぎを炒めないでいれるのも美味しいのだけれど、今回は炒めて混ぜる方を選択。
みじん切りにした玉ねぎを炒めて取り出し、しっかりと冷ましておく。
お肉、今回はお店の人に頼んで、牛と豚の合いびき肉を作ってもらった。
それを氷を敷いたボールで、塩を混ぜ、しっかりと毛羽立つぐらいにこねる。
そして、さっき作っておいたつなぎと炒めて冷ましたおいた玉ねぎを加え、よく混ぜこねる。
「できるだけお肉は冷たい温度を維持してくださいね」
「はーい」
「ん!」
冷やしつつ混ぜ合わせたひき肉を、手のひらぐらいの大きさになるように取り分けて、オリーブオイルを塗った手に打ち付ける様にして形を作る。
「メノウちゃん、これは何をしているのー?」
「中の空気を抜いているんです。しっかり空気を抜いておかないと、焼いた時にそこから割れて、肉汁が漏れ出てしまうんですよ。旨味も一緒に流れてしまいますからね」
「なるほどー」
両手でキャッチボールをするようにしっかりと中の空気を抜き、ツヤツヤになるまで繰り返す。
「これくらいになったら大丈夫です」
油をしいていないフライパンにパティを乗せてから、弱い火にかけ蓋をする。
「弱い火でじっくり焼きます」
しばらくしたらひっくり返し、水を少し入れて再び蓋をして焼く。
「ソテーとかステーキと違って、これもまた焼き方が違うのねー」
「合いびき肉ですからね。火は割と通りやすいんですよ。問題は、どうやって旨味を逃さず火を通すかですからね」
蓋を開けると、焼く前よりぷっくりと膨らんだお肉が焼き上がっていた。
それをお皿に取り出して、さっきまで使っていたフライパンに赤ワインを入れ、火にかけ煮立たせてアルコールを飛ばす。
この時、フライパンに残っている焼き色部分をしっかりと取って混ぜる。
「このフライパンに残っているのはお肉のうまみ成分なので、これを有効活用します」
煮立たせたら火から下ろし、ケチャップ、醤油、砂糖を入れて再び火にかけて混ぜ合わせる。
沸騰したら、バターを加えてとろみがついたらソースのできあがり。
「ハンバーグ完成!」
「よく似た料理はあるけどー、美味しくする為にこんなに色々とできるのねー」
「ハンバーグは人気の料理ですからね。今作ったのは王道のハンバーグですけど、ビックリするくらいに種類が多いんです。それだけいっぱい研究されているってことですよね」
「瑪瑙お姉ちゃん、他にはどんなのがあるの?」
「えっとね、そもそもソースの種類がいっぱいだからね。デミグラスソース、トマトソース、おろしポン酢、ケチャップが好きな人もいるし。種類で言えば、煮込みハンバーグとか豆腐ハンバーグなんてのもあるし、チーズインハンバーグとかもあるよ」
「おー、食べてみたい」
「作れるものはまた今度頑張って作ってみるね?」
「やたーっ!」
テーブルに作ったお夕飯を並べて、グラスに赤ワインを注いで、
『カンパーイ!』
先ずは赤ワインを一口飲む。
熟したブドウの強い香りが口の中に広がり、甘さを感じたと思ったら、顔をキュッとしたくなるほどの渋さが襲ってくる。
それでも、サフィーアに飲ましてもらった赤ワインよりかは渋さはましに感じた。
「良さげなワインが売っていたので買ってみましたが、甘口で美味しいですね」
「確かに甘めだが、さっぱりと飲めるな」
「良いワインじゃのう」
「私はさっそくハンバーグいっちゃおー!」
私もリステルも、早速ハンバーグにナイフを入れる。
切り口から、じわっと肉汁が溢れてくる。
ソースと絡めて、一口。
んー、いい塩梅にできている。
「なにこれすっごいジューシー! 旨味たっぷりの肉汁に、このソースが凄く合う! お肉を食べているって言う満足感が凄い!」
「凄いわね。しっかりお肉を感じられるのに、お肉の臭みって言うのを感じないわ」
「美味しい! すごーい!」
みんなのお口に合ったようで、ほっとする。
「お酒にもよく合うわー」
みんなペロッと平らげてしまった。
「うう、瑪瑙お姉ちゃんおかわりある?」
「ふっふー! 勿論あるよ!」
ハルルが足りないのは百も承知。
みんなも物足りなさそうにしているので、俄然私のやる気が高まってくる。
先ずはさっきと同じように、作っておいたパティを焼く。
焼けたらそれを、お昼にピザ用に作っておいたトマトソースをかけて、さっきとはまた違うハンバーグの出来上がり。
「――これはっ! トマトの酸味と肉のうまみがまた合うのう」
「お肉とトマトの相性は抜群だからね」
「瑪瑙、他の味って作れるの?」
「……え”っ?! ハルルだったらわかるんだけど、みんなまだ食べるの?!」
流石に胃もたれしない?
「食べられる―!」
ハルルちゃんが嬉しそうに言う。
「じゃあ、次はこうだー!」
固焼きの目玉焼きを作り、ハンバーグにトマトソースをかけて、チーズをかけて、目玉焼きをででん!
「おー! 美味しそうっ!」
ハルルちゃんのおめめがすっごくキラキラしている。
「あれ? 瑪瑙のは卵が……」
「私は半熟にしてるよ。みんなあんまり半熟は好きじゃないでしょう?」
朝食に目玉焼きを作ることはよくあったのだけれど、半熟の目玉焼きは評判が良くなかった。
この世界では、卵を生食する文化と言うものがそもそもなく、しっかり火を通すことが常識だったので仕方がなかった。
よくよく考えてみたら、私の世界でも卵の生食をする国は珍しいと聞いたことがある。
なので、私は半熟の卵を作らなくなっていた。
「また凄い事をしますね……」
「まあ日本では卵かけご飯って言って、アツアツ出来立ての白いご飯に、生卵をかけて食べる人もいるぐらいですからね」
「えー?!」
「もちろん、生食ができるように徹底した管理がされているからできるんだけどね。私も流石にこの世界の卵は生では食べないよ」
「瑪瑙お姉ちゃん、半熟の卵は美味しいの?」
「一口食べてみる?」
「いいの?」
そそそっとハルルが寄ってきて、お口をあーんと開ける。
私はトロッとした黄身とトマトソースをしっかり絡ませたハンバーグをハルルの口へと運ぶ。
「んーっ?! まろやか!」
「美味しい?」
「すっごくすぅっごく美味しい!」
幸せそうな顔でぴょんぴょんと跳ねるハルルを見て、私も嬉しくなる。
「瑪瑙ー、私も一口あーんして?」
ルーリもハルルの幸せそうな顔に釣られたのか、傍まで寄って来て、口をあーんと開けている。
「……私の分なんだけど」
と言いつつ私は、なんだかんだ嬉しかった。
「あ、トマトとチーズの酸味が卵の黄身のまろやかさで抑えられるのね。トロッとした黄身自体に強いコクがあって、それでも味のバランスを崩すことがない絶妙な味になっているわ」
「……瑪瑙ちゃーん、私も一口貰ってもいいかしらー?」
と、次々みんなに一口をねだられて、私の分はなくなってしまった。
みんなで作ったハンバーグは残さず全部食べてしまい、他のサラダやスープも綺麗さっぱりなくなってしまった。
みんなの満足した顔を見ながら、私はコルトさんが買ってきたというワインを貰い、鍋に注ぐ。
「瑪瑙よ、何を作っておるのじゃ?」
「食後に甘ーいお酒はいかがかなー? と思って作ってるの」
お鍋に赤ワインを注ぎ、砂糖、スライスしたレモンを入れ、折ったシナモンスティックを少し削って入れ、さらに折ったシナモンスティックも入れて、弱火にかける。
沸騰する手前で火から下ろし、カップに注ぐ。
「シナモンホットワインのかんせーい!」
「わお、美味しそう!」
「シナモンの香りは消化を促進させる効果もあるからね。脂っこいハンバーグをたくさん食べたから、ちょうどいいかも?」
「そんなことまで考えておるのか」
「まあまあ、まずは飲んでみてよサフィーア」
「うむ」
ゆっくりと口に含むサフィーア。
「――! はっはっは! 相変わらず瑪瑙には驚かされるのう!」
急に大声で笑いだすサフィーアに、私は少し驚いてしまった。
「え、そんなに美味しいのですか?」
「コルトよ、まあ飲んでみると良い。驚くぞう?」
サフィーアに促されて、みんながシナモンホットワインを口にする。
私もぐびっと。
……お酒を飲むことに、あんまり抵抗がなくなっている気がする。
まあいいや。
「あ、これなら私も美味しいって思う」
温めて砂糖を少し加えたことで甘さをより感じるようになり、レモンの爽やかさと、シナモン独特の香りが渋さを押さえている。
「呆れた。今まで飲んだことがないのに、こんなおいしいのを作っちゃうなんて」
「お母さんが好きな飲み方だからね」
「ほう? メノウの母君か。洒落た飲み方をするものだ」
「体がぽかぽかするわー」
「あつーい!」
みんなが上着を一枚脱ぎだしてしまう。
まあ私も体が温かくて、マントは外したのだけれど。
「あ、そうだ」
私は一本の酒瓶を取り出す。
酒瓶と言ってもワインボトルのような瓶ではなく、陶器で出来たずんぐりとした形の瓶。
蓋を取り、香りをかぐ。
「あ、それはガラクのお酒ですね? どうですか?」
「私にはちょっと判断できないので、コルトさん味見してもらっていいですか? 私もちょっと飲んでみますけど」
「やった! いただきます!」
嬉しそうにカップを取り出すコルトさん。
こういう所が可愛いんだよね。
「まずはそのまま……」
トクトクトクと、透明で綺麗な液体が注がれていく。
「おお、無色と来ましたか。……これ本当にお酒です? お水じゃありませんよねメノウ?」
「ガネットさんがお米のお酒だって言ってましたから、間違いないと思いますよ」
そんな私とコルトさんのやりとりを、じーっと見ている他の皆。
顔にしっかりずるいと書いてある。
「もー! コップ用意!」
「やたー!」
「~♪」
まあいっぱいあるし、みんなの口に合わないかもしれないので、みんなで飲んでみることにした。
「あ、香りはしっかりお酒だ」
「リステル様、それはざっくりしすぎだ。……これは果物のような香りがするな」
「うむ、とても華やかな香りじゃ」
香りを一通り楽しみ、全員同時に口に含む。
「あ、飲みやすいかも?」
赤ワインのような渋みは感じず、するりと飲めて――、うわっ?! 喉がカッと熱くなった!
「ほう? これはいい酒じゃのう。癖が少なく飲みやすい。さらりとした中に、しっかりとした甘さを感じられる。ハルモニカではあまり飲めない類の酒じゃのう」
「熟した果物の香りっぽいわねー?」
「これはびっくりするぐらい飲みやすいですね。いくらでも飲めそうです」
みんな気に入ったようだけれど、私はうーんと首を捻る。
ワインを初めて飲んだ時もそうだったけれど、やっぱり美味しいのかがわからない。
「瑪瑙の表情がコロコロかわって面白いわね」
ルーリが私の顔をじーっと見て笑っている。
「お酒―! って感じはするんだけど、美味しいのかがわかんないんだよね」
「それは飲み慣れておらんからじゃろうな。まあ合う合わないもあろうて」
「そんなものなのかなー?」
「そういうものじゃよ。
サフィーアの話を聞きながら、私は氷と熱湯を準備していた。
「えっとね、冷酒とお燗を作ろうと思って」
「冷酒はわかるとして、おかん?」
徳利にお酒を注ぎ、一つは氷水に漬け、もう一つは沸かして火から下げたお鍋に徳利を置く。
「日本酒でお勧めの飲み方らしいんだけど、私はどっちがいいとかわからないから、味を見てもらおうと思って」
「……お酒飲んだこと無いのに、そう言う事は知ってるんだ」
リステルが苦笑している。
「両親の晩酌の準備もしてたからね! お父さんがたまーに日本酒を飲んでたからその時に覚えたのよ」
私はぐっと親指を立てる。
話している間に、温めすぎないようにお燗にしている方の徳利を取り出して、温めておいたカップにお酒を注ぐ。
「これは驚いた! さっきよりも香りが立っているな。ふわっとした甘い香りがしっかりと漂ってくるぞ」
「ここまで変わるのねー?」
「うわ、味も甘味がさっきよりずっと感じられて美味しい!」
「ハルルこっちの方が好きー」
私も口に含んでみる。
確かにさっきよりも香りと甘みを強く感じるようになった。
「ふわー。お酒!」
私の身も蓋も無い感想に、みんなが声を出して笑っている。
ちょっと恥ずかしい。
冷酒の方も試飲してみる。
「あーこれはいけませんね」
「これはまた凄いな」
「お口に合いませんでしたか?」
コルトさんとシルヴァさんが難しい顔をしている。
「いえ、これはいくらでも飲めてしまう位、飲みやす過ぎます。すっきりとした飲み口で、キレがあると言っていいでしょう。元々癖のないお酒ですが、冷たくなると味がキリっと引き締まるんですね」
シルヴァさんもカルハさんも頷いている。
「さて、これに合うおつまみ?」
うーんと考える。
「何かある?」
「と言っても、あんまり食べられないよね?」
「そうさのう。夕食もワインもたらふく楽しんだしのう」
私はドライフルーツをお皿に盛り、先に食べておいてもらう。
「あ、ドライフルーツ合いますね」
「ああ、美味いな」
その隙に私はフライパンにオリーブオイルをしき、ミックスナッツを入れて、塩と胡椒をかけて軽く炒る。
お皿に移して、味付けミックスナッツの出来上がり。
オリーブオイルを使わないと、ちゃんと味がなじまないのよね。
水で溶かすやり方も知っているんだけど、私はこっちの方が好き。
「あ、これ手が止まらなくなる」
ぽりぽりと、みんなが無心になってナッツを口に運んでいる。
「お魚があればもっと色々できるんですけどねー。お刺身とか米酒には合うってよく言うんですけど」
「おさしみってなーに?」
ハルルが首を傾げている。
「新鮮なお魚を生で食べるんだよ」
「え?! 魚を生で食べるんですか?!」
コルトさんはギョッとした顔をする。
「そうですよ。私の国では凄くポピュラーですね」
「へえ? 川魚も、そのおさしみ? っていうのにして食べられるのかしらー?」
「あ、川魚はダメです。寄生虫が海の魚に比べて多くて、症状も重篤化することが多いんだそうです。海の魚にも寄生虫はいるにはいるんですが、川魚の方が人に感染しやすいと聞いたことがあります」
「なるほどー。生食の文化がないというのには、それなりの理由があるのねー」
みんなそれぞれに好きなお酒を飲みながらゆっくりくつろぐ。
陽はとっくの昔に沈み、今は焚き火とランプと月明かりだけ。
「楽しいですねー」
「だねー」
「満足していただけましたかー?」
「もちろんです」
私もなんだかんだ、以前飲んだ時よりも遥かに多くのお酒を飲んでいて、ふわふわした気分になっている。
「こんな充足感はいつ以来だろうな」
「そんなこと言ってー、みんなで旅を始めてからは結構多くないかしら―?」
「それもそうだな」
カルハさんに肘でつつかれ、シルヴァさんは苦笑する。
「みんな、今日は私達の我儘に付き合ってもらって、本当にありがとうございます。メノウ、いつも美味しい食事を作ってくれてありがとうございます」
「いえいえ。喜んでもらえて私も嬉しいですよ」
「……これから、これ……からっ。ううっ、ぐすっ。みんなとこうやって食事が出来なくなるのは、寂しいですね……」
さっきまで幸せそうな顔をしていたコルトさんが、急に大粒の涙を流してそう言った。
「もう、コルトちゃんったらー。最後くらい笑顔で送り出そうって話してたじゃないのー……」
そういうカルハさんの瞳にも涙が浮かんでいる。
シルヴァさんは上をずっと向いたままだ。
「ずびばぜん……。でも、まだ最後の日じゃないですから無効でず……」
「……コルトさん、シルヴァさん、カルハさん。本当にお世話になりました」
気づけばみんな、涙を流していた。
「こちらこそありがとう、メノウ。お前に出会えて私達は幸せだったぞ」
涙を必死に拭いながら、私にそう言ってくれるシルヴァさん。
「まだまだみんなの旅は続くのだから―、――っ怪我には気をつけるのよー?」
いつも通りの穏やかな口調が崩れそうになっているカルハさん。
「はい!」
「ちゃんとメノウを元の世界に帰してやること。そして、ちゃんとハルモニカまで戻ってくること。わかったか?」
「うん、頑張るよ。三人は、お母様をよろしくね?」
「ああ、任された」
「お前さん達がおらんようになると、心細いのう」
「大丈夫よー。私達が教えられることはしっかり教えたからー。サフィーアちゃんももう一角の冒険者なんだからー。しっかりねー?」
「カルハにそう言われるのは、くすぐったいのう」
「ルーリとハルル。お前達は冷静な判断力を持っている。しっかりとみんなを導いてくれ」
「わかりました」
「ん!」
「私は?」
「リステル様はすぐにムキになるからな。気をつけるんだぞ?」
「ぶー。……わかってるよ」
一瞬不服そうにしたリステルだけど、すぐに笑って返事をする。
「ありがとうね、コルト、シルヴァ、カルハ」
すぐに顔がくしゃっとなって、涙を流すリステル。
「ねえシルヴァ」
珍しくシルヴァさんの膝の上に座りに行くハルル。
「どうした?」
「どうしてもダメ?」
「……ああ、こればっかりはダメだ。この国と周辺国家の仲が良いのは、お互いの国が、相手国に不信感を与えないように苦心に苦心を重ねて、気が遠くなる程の長い時間をかけて外交を続けて来た結果の賜物なんだ。それを、私達の我儘だけで台無しにするようなことは絶対にできない。そんなことをしてしまったら、敬愛する、我らが主であるクオーラ様の名前に傷をつける事にもなってしまう。わかってくれるか?」
「……ん」
ハルルは寂しそうにこくんと頷いた。
「ハルルちゃんは、私達に一緒に行ってほしいのー?」
「ん。ハルルはまだまだ力不足。セレエスタの時みたいに、瑪瑙お姉ちゃんに何かあっても、また守れないかもしれない。三人がいると、ハルルもずっと心強い。あと、やっぱり寂しい」
「ハルルちゃん……。ごめんなさいね?」
カルハさんの言葉に、ハルルはふるふると首を振って答える。
「ハルル、そんな事ではメノウを守れませんよ? あなた達はまだまだ強くなれるはずです。ですが、私達に頼りきではダメなのは、わかってもらえますよね?」
コルトさんは、寂しそうにして俯いているハルルの頭を撫でながら、優しい声音で諭す。
小さく頷いたハルルの瞳から、ぽたぽたと雫が零れている。
「また、いつか会いましょう。その時は、旅の話を沢山聞かせてください」
「……ぐす。んっ!」
涙を袖でぐしぐしと拭い、ハルルは笑顔を作って大きく頷いた。
「約束ですよ?」
「コルト達も、気をつけて帰るんだよ?」
「ああ、任せろ」
そんなやり取りをみて、私はふと、とあることを思いついた。
「指切りしましょう」
「ゆびきり?」
「ちょっきんするの? 瑪瑙お姉ちゃん」
目をパチクリと瞬かせるハルルちゃん。
左手の人差し指を、右手でチョキを作って挟んでいる。
「そんな物騒なことじゃないよ。私の国の約束のしかた。ハルル、シルヴァさん、こうやって小指を出してください」
私の真似をして、右手の小指を出す。
「こうやって指を絡ませて……。ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます。ゆーびきった」
「随分物騒な詩じゃのう?」
「えっとね。げんまんは、確か拳骨を一万回するってことだったかな? 約束を破ったら、それだけ酷い罰が下るよ、だから約束はちゃんと守ろうねっていう、約束の仕方なんだよ」
「いいねそれ」
「……ハルルの拳骨を一万回なんて貰った、頭蓋が割れるぞ……」
「約束守ってね? シルヴァ」
ハルルが少し不敵に笑っている。
「ああ」
それを見たシルヴァさんも、ニカッと笑って返事をした。
「ねえ、私もそれしたい。みんなで指切りしようよ」
「八人でどうやってするの?」
リステルの提案に、少し苦笑しつつ答える。
「みんなで輪を作って、小指を重ねていけばいいのよ」
「いいですね。やりましょう!」
私達は肩を寄せ合い輪を作り、右小指を前に出して重ねていく。
「コルトさん達は、気をつけて首都まで戻ってくださいね? 約束ですよ?」
ルーリが三人に声をかける。
「はい。では、みんな気もつけて行ってくるんですよ? そして四人はちゃんと戻って来てください。約束ですよ?」
『はい!』
「メノウ。お前は絶対に元の世界に戻れ。約束だぞ!」
「――はい!」
涙が流れそうになるのを、唇を噛んでぐっとこらえた。
「じゃあ!」
『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った!』
月明かりの下、私達はこうして固い約束を交わしたのだった。
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