雪合戦

 二日目を買い出しなどの準備に費やし、三日目は朝早くから街の外へ赴き、見晴らしのいい場所でのんびりと過ごす。


 ここは小高くなっていて周囲をよく見渡せる。

 付近に森なども無く、魔物もほとんど住んでいない場所。

 ここで今日一日過ごすのだ。


 朝食は以前作ったパンケーキとベーコンエッグ。

 カルハさんにコーヒーの淹れ方をレクチャーしながら、私は紅茶が良い人のために紅茶の準備もする。


「甘いパンケーキに、コーヒーは思ってた以上に合うな」


「パンにブラックのコーヒーは、私のいた世界でもポピュラーな朝食ですよ」


「ブラック?」


 ハルルが首を傾げて聞く。


「砂糖とかミルクとかが入っていないコーヒーの事を、ブラックコーヒーって言うの」


「あらー、何だか格好いいわねー」


 そう言って、カルハさんはコーヒーを美味しそうに飲む。


「うえー、カルハもよくそんな苦いのを飲めるねー?」


「ふふふー。ちょっと病みつきになりそうかしらー」


「うぐぐ、何だか大人の女性って感じがして負けた気分」


「そう言えば私の世界でも、大人の真似をしてブラックコーヒーを無理して飲む子っているんだよね」


「……私、瑪瑙の淹れてくれた紅茶でいいもん」


「そうだリステル、どうせだったら紅茶をいつもと違う飲み方をしてみない?」


「え、何それ! 飲んでみたい!」


 と言うわけで、私は早速お鍋に水を入れる。


「お鍋?」


「うん、お鍋」


 お鍋に入れた水を沸騰させたら茶葉を入れ、火から下げる。

 茶葉の量は少し多めに。

 蓋を閉めて蒸らした後、牛乳を注ぎ軽く混ぜて、沸騰しないように気をつけて火に再びかける。

 茶漉しを使ってティーカップに茶葉が混ざらないように入れて、完成。


「はい、ロイヤルミルクティー。お好みで砂糖を入れてね」


「おー、いつもと全然違う!」


「味も全然違うよ。飲んでみて?」


「ありがとう!」


 コーヒーが飲めない組にロイヤルミルクティーを渡す。


「これは! まろやかなミルクの風味から感じられる紅茶の香りが何とも言えませんね! 美味しいです!」


「おー! いつもの紅茶と全然違う!」


「意外と簡単に作れるのねー?」


「ミルクインファーストのミルクティーとは全然違う味わいになるので、美味しいと思いますよ」


「お前さん、よくこんな次から次へと色々できるのう?」


「ふっふー! 紅茶とコーヒーに関しては、喫茶店を経営している叔母さん直々に教えてもらったからね。そこそこ詳しいよ!」


「いや、飲み物だけの事を言っているわけではないのじゃ」


「ああ、料理? それはやっぱり好きだからね。何より、私が振舞った物で大好きな人達が喜んでくれるんだから、これに勝る喜びはないよ。サフィーアも料理のお手伝いしてくれてるんだから、その気持ちはわかるんじゃない?」


「……そうじゃな。簡単な手伝いしかしておらんが、美味そうに食べている所を見ると、嬉しいのう」


「でしょ?」


「そう言えば、このベーコンエッグを朝食で出してもらった時に、調味料で戦争が起きたことがあったな」


「ありましたね! 結局どれも美味しいんですから、仲良くすればいいんですよ」


「コルト、お前が言い出したんだろ」


「もうずいぶん前の事になるのねー? 大変だったけど、楽しかったわねー」


「そうだな」


 三人は目を閉じて飲み物を飲む。


 私にとってはついこの間の出来事のような気がするけど、そうか、あれからもうそれなりに時間は経っているのか……。


「なーに三人共。年寄り臭いぞー?」


 思い出に浸るような三人をリステルがからかう。


「そんな事を言うのはこのお口かしら―?」


いひゃい痛いいひゃい痛い!」


 即座にカルハさんに両頬をむにーっとつねられている。


 その後は特に何事も無く過ごす。


 お天気は快晴。

 雲一つなく、澄んだ空はどこまでも見渡せるようだった。

 気温は少し前に比べると、そこそこましにはなったようだけれど、それでもまだ雪が少し残っているくらいには寒い。


「そうです、お嬢様とメノウ、少し二人剣の素振りをしてもらっても良いですか?」


「どしたの急に?」


「前からずっと気になっている事があったのですが、それの確認ですね」


 私とリステルはお互いを見合わせ、首を傾げる。


「まあいいけど、ね? 瑪瑙」


「うん」


 二人横並びになって、剣を振るう。


 最初はリステルに基礎を、そしてコルトさん達と出会ってさらに基礎やら何やらを叩きこまれた。

 もう自然と剣を振るうことが出来る。


「……」


 そんな私達をみんなが真剣に見ている。

 特にコルトさんからの視線は厳しい。


 一通り素振り、型をやって剣を鞘に納める。


「……やっぱりですね」


「そうだな」


「おかしいわねー」


 たぶんそれは私に向かって言ったことだろう。


「メノウ、以前も聞いたと思うのですが、剣を持ったのはこの世界に来て初めてなんですよね?」


「……はい。木剣すらもったことがありませんでした」


「運動はそんなに得意でもなかったそうだな?」


「はい。正直この世界に来てから、自分の体がこんなに動けたんだって驚いたことがあります」


「ねえ。三人共今更何でそんなこと聞くの?」


 リステルが少し不安そうに聞く。


「……確信があるわけではありません。ですが、メノウの剣捌きは、お嬢様と全く同じなのです」


「そりゃー基礎を教えたのが私だからじゃないの?」


「あのっ! 似ているじゃなくて、全く同じなんですか?」


 私は言葉に違和感を感じた。


「そうねー。似ているじゃなくて、全く同じなのー。癖も、足さばきも、剣を振りかぶる高さ、振り下ろす幅。横から見ていても全く同じだったわー。生き写しみたいだったわー」


「確信はありませんが、長年の勘が言っているんです。メノウの剣術は、お嬢様の能力の影響を受けているんだと」


「……?? だから、私が教えたんだし、私の剣術はコルトから教えてもらったものだし、何を言っているのかわかんないよコルト?」


「あー! えーっと! どう、どう説明すればいいんでしょうか?!」


 手をワタワタさせながら、なんとか説明しようと言葉を必死で探しているコルトさん。


「ええっと。リステルの力が、私の存在に影響を与えているってことですか? 影響って言うのは、鍛錬とかそういう意味じゃなくて、もっと不思議な力みたいなものの事を言いたいんですよね? 例えば、リステルの持っている剣術の才能が、私にも別け与えられたみたいな?」


「……え、何それ」


「そうですそうです! メノウのそれが言いたかったのです! メノウの説明はわかりやすいですね」


 コルトさんに言われて、私も合点がいった。

 恐らく今の私の能力は、本来の私の能力じゃないのだろう。


「待ってください。逆の可能性もあると思います」


 静かに聞いていたルーリが、もう一つの可能性を示唆する。


「逆とは?」


「今の話だと、リステルが瑪瑙に影響を与えた事になりますが、瑪瑙が何か力を持っていて、リステルの剣術の能力を自分に宿した可能性も考えられませんか? どちらかと言えば、瑪瑙の方が影響を与えたと考える方が、自然かと……」


「なるほど。メノウが何かそう言った力を持っている可能性の方が高いか……」


「検証のしようがない、憶測だけの話ですが」


「いや、私達はコルトが話した可能性にしか考えが至らなかった。それをよくその可能性を見出してくれた。助かるよ、ルーリ」


 シルヴァさんがルーリの頭を優しく撫で、ルーリは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。


「そうなると、ますます私って存在が何なのかわからなくなるなー。旅をしていればわかるようになるのかなー?」


 誰かに聞こうにも、誰に聞けばいいかさっぱりわからない。


 ……。


 一人だけ、心当たりはあるんだけど。

 ただ、その人とは絶対に関わり合いたくない。


 八千年ほどを生きているというアルバスティア。

 あいつなら知っているかもしれないけど。


 ――よし忘れよう。

 考えると嫌な気分になってくる。


「何をそんなにしかめっ面をしておるのじゃ?」


「わからないことだらけだなーって思って」


「そうじゃな。だが、考えてもわからんのじゃから、しかたあるまい」


「ハルル、あいつとは二度と会いたくない」


 私の眼をじーっと見つめるハルルちゃん。


「私も絶対やだ」


「あーそう言う事か。ハルルもよう気が付くものよのう。アルバスティアとか言ったか? 何か知っておるかもしれんが、二度と顔なぞ見とうないのう」


「……」


 ……私は、本当に私なのだろうか?

 実は、初来月 瑪瑙はとっくにどこかで死んでいて、私は記憶を持っているだけの偽物だったとしたら……?


 あ、余計なことを考えてしまった。

 怖くなって背筋がどんどん寒くなる。


 剣術もそうだけど、魔法もそう。

 言葉だってそうだ。

 私の知らない何かが、私の中にある。

 そう思うと、自分の事が少し怖くなった。


 自分の手を見つめて物思いにふけっていると、小さな手が私の手をギュっと握る。


「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?」


「……うん。ありがとうハルル」


 私は、心配そうに私の顔を覗き込むハルルの頭を、優しく撫でる。

 気持ちよさそうに目を閉じ、甘えるハルル。


 どうでもいいや。

 私は私だ。

 このよくわからない力があろうが、私は初来月 瑪瑙だ。

 目的も変わらない。

 ただでさえ、この世界を旅することは大変なんだ。

 ありがたく使わせてもらおうじゃないの。


「すみませんメノウ。メノウを不安にさせるためにこんな事をしたかったわけじゃないんですよ」


「じゃあどうして急にこんなことをしたの?」


 リステルがちょっと不機嫌そうに言う。


「二人にわかってもらいたいことがあったんです」


「わかってもらいたいこと?」


「さっき話したように、どちらかの影響かはわかりませんが、メノウの剣術はお嬢様の剣術そのもです。ですが、今の戦い方は違いますよね?」


 コルトさんの言う通り、リステルはまるで踊りを踊っているかのような素早く速い攻撃的な剣術。

 かく言う私は、相手の動きに合わせて攻撃を躱し逸らし、その時にできた隙をつく守備的な戦い方。

 それは人相手でも、魔物相手でもあまり変わらない。


「恐らくお嬢様はメノウのような戦い方を、メノウはお嬢様のような戦い方ができると思うんです。まったく違う戦い方ですが、メノウの事を考えた時、教え方が同じにもかかわらず、メノウは違う戦い方になりましたよね? 恐らくそれはメノウ自身が編み出したものではなく、お嬢様の能力でそれができるから、それをメノウが無意識に選んだと私は思うのです」


 私は少し離れた所で剣を構える。

 イメージするのはリステルが戦っている時の姿。

 左手を前に突き出し、剣先を前に向け右腕を引き、構えの姿勢をとる。

 大きく息を吸って、くっと止める。


「ふっ!」


 左足を軸に剣を横に薙ぐ、柄を両手で持ち、切り返すように斬り上げる。

 踏み込み上段から真下に振り下ろす。

 一連の動作を流れるように、出来る限り素早く行く。


「――!」


「……これは」


 どういう訳か、一度始めると次にどう動けばいいかがわかってしまう。

 目まぐるしく変わる景色の中、私はまるで踊っているようだった。


 やっぱり、これは私自身の力じゃない。

 仮初の力だ。


 今までこんな動きをしたことは無かった。

 それなのに、何の迷いもなくできてしまっている。


 リステルはどう思っているんだろう……。


「――ふぅ」


 キンと、剣を鞘に納め息を吐く。


「隙ありぃっ!」


「わひゃっ?!」


 突然後ろから抱き着かれて、びっくりして変な声をあげてしまう。


「瑪瑙、踊ってるみたいで綺麗だったよ」


 リステルが私の耳元で言う。

 ぞわっと鳥肌が立つ。


「ちょっとー! 急にそんなことするとびっくりするじゃない!」


「別に良いでしょー?」


 どこかリステルは嬉しそうだった。


「……リステルは嫌じゃない?」


「え、何が?」


 振り返って見たリステルの表情は、キョトンとしていた。


「本当は才能なんかない私が、リステルと同じ剣を振るえること」


「え、瑪瑙ってそんなこと考えるんだ?!」


 心底驚いたという顔をするリステル。


「リステルはしないの?!」


 私もびっくりだ。


「話しを聞いた時、凄く嬉しいって思っちゃったよ?」


「どうして?」


「だって私の力が、私の才能? みたいなものが、瑪瑙の助けになってるんだよ? 嬉しいに決まってるじゃない!」


「……ありがとう、リステル」


「えへへー。どうたしまして」


 後から腰に手を回され、ぎゅっと抱きしめられる。


 リステルが嬉しいと思ってくれている事が、私も嬉しかった。


「ハルルもギュっとするー!」


 我慢できなくなったハルルちゃんが、私のお腹目掛けて飛び込んでくる。


「ぐふっ! よしよしハルル」


「んーっ!」


 頭を撫でると嬉しそうに頬ずりするハルル。

 横を見ると、ぷーっと頬を膨らませて、「私はー?」と目で訴えているルーリと、ニヤニヤと楽しそうに笑っているサフィーアが見えた。


「いきなり使う事はせずに、しっかりと鍛錬をしておくと良いでしょう。戦い方の幅が広がる事は良い事です」


「はい!」


「うん!」


 そうこうしている内に、お昼ご飯の支度にとりかかる時間になった。

 今日のお昼は軽めの簡単な物にして欲しいというリクエストがあったので、軽めの物を作る。

 その分お夕飯は沢山作って欲しいとのことなので、私はすでに今から張り切っている。


「さて、それじゃあ始めよう!」


『おー!』


 パチパチパチ。

 軽めで簡単な物とは言われたけれど、手を抜くつもりは全くない。


 ボウルに薄力粉をいれ、そこに塩と砂糖を入れて軽く混ぜる。

 続いてぬるま湯とオリーブオイルを入れて、しっかり混ぜる。

 纏まってきたら、手を使って良くこねる。

 粉っぽさがなくなったら取り出し、引っ張りながら丸める。

 丸めた生地を、ボウルに蓋をしてしばし休める。


 発酵させるやり方もあるんだけど、ドライイーストとか、ベーキングパウダーなんてものはないし、パン種と言うものがあるにはあるのだけれど、使い方が良くわからないから、無発酵の生地にする。


 しばらく置いておいた生地が、ほんの少しだけ膨らみ柔らかくなっている。

 それを薄力粉を敷いた台の上に移し、スケッパーで切り分け再び丸め、手で広げる様に伸ばしていく。

 ある程度伸ばしたら、麺棒でさらに伸ばす。


「厚さはこれくらいでお願いします」


 出来た生地を見せて生地の厚さを確認してもらい、みんなに生地を作ってもらう。


「それじゃあ、私とカルハさんはソース作りを」


「はーい」


 鍋に湯剥きしたトマトをカルハさんに準備してもらっている間に、私はフライパンにオリーブオイルを引き、みじん切りのニンニクをいれ、炒める。


 カルハさんがトマトの湯剥きをして、ざく切りにしている所を見て、今更ながらに違和感を覚えた。


「……あれ?」


「どうしたのメノウちゃん?」


「私料理によくトマトを使いますよね?」


「そうねー、今も使ってるわねー? それがどうしたのー?」


 目をパチクリと瞬かせ、首を傾げてカルハさんは私を見る。


「私の世界では当たり前の事だったので気にしていなかったんですが、今の季節にトマトって採れませんよね? 何であるんだろう?」


「ずいぶん昔の事を言うのねー? 今は魔導具栽培が広まって、よく食べられる野菜は季節を問わず食べられるようになっているのよー? ちょっとお値段は高くなるのだけれどねー。果物なんかは難しいらしくてー、今もまだまだ研究中らしいわー」


「あ、そんなのがあるんですね」


 この世界に来てしばらく経つけれど、まだまだ知らない事は沢山だ。

 思ってた以上に、この世界の文明は発展しているようだ。

 私が忌避感少なくこの世界にいられるのは、そのせいだろう。


 ニンニクの香りがふわっとし始めたら、みじん切りの玉ねぎを入れ、焦がさないように気を付けながらじっくり炒める。

 次に、カルハさんに用意してもらった湯剥きしたトマトをいれ、軽く馴染ませるように混ぜる。

 この時に塩と砂糖、ローリエの葉を折って入れて一緒に煮込む。

 しっかり煮詰めたらローリエを取り出し、トマトソースの完成。


「このトマトソースは色々な物に使えますので、覚えておくと便利ですよ!」


「メノウちゃんありがとー!」


 さて。

 丸く押し広げた生地を鉄の天板に乗せて、先ほど作ったトマトソースをかけ、チーズをふんだんに乗せて最後にオリーブオイルをかけて、魔法で作って熱しておいた石窯の中に入れる。

 生バジルが手に入らなかったのが残念だ。


「この石窯だったらシルヴァさんでも作れますよね?」


「そうだな。これくらいなら簡単に作れるぞ」


「じゃあ今度作る時にシルヴァちゃんにたーのもっと!」


「任せろ」


 石窯から天板を取り出し、仕上げに乾燥バジルを振りかけて……。


「ピッツァマルゲリータの完成でーす!」


 パチパチパチパチ。


「これまた美味そうじゃのう」


「チーズのいい香りだわ!」


「ハルルお腹すいた……」


 先ずは出来立てを八等分にして、皆と食べる。


「んー! これは美味しい!」


「トマトとチーズの酸味が絶妙ですね。生地もパリッとしてて軽い食感が美味しいです!」


「もっと食べたーい!」


 みんな気に入って貰えたみたいでよかった。

 私も出来立てピザに齧りつく。


 んー!

 チーズの香りとトマトの香りが何とも言えない。

 ……炭酸飲料が飲みたくなってしまった。

 サイダーとかコーラとか。

 この気持ちわかってもらえるよね?


「さて、気に入って貰えたようなので次々焼いていくよー!」


 皆に作ってもらった生地にトマトソースを塗り、チーズをかけ、そこにきのこやベーコンを沢山盛り付ける。


「具材は何でもいいんだよ。トマトソースじゃなくて、ホワイトソースでも良いの」


「好きなものを好きなようにして良いのねー?」


「はい!」


 私がそう言うと、みんな思い思いの具材を乗せ始める。


「これ結構楽しい!」


「そうね。あ、リステルはそれを乗せるのね?」


 私は私でもう一品。

 切って茹でておいたジャガイモを生地に乗せて、刻んだニンニクとベーコンを乗せて、私お手製のマヨネーズをかけて、さらにチーズをのせる。

 それを焼いたら完成!


「瑪瑙が今つくったピッツァは白いのう? これもピッツァマルゲリータというのかのう? 随分と違うようじゃが」


「あー、白いピッツァはビアンカって呼ぶって聞いたことはあるんだけど、私もその辺り詳しくないのよね。すっごくややこしかった記憶が……」


「詳しくないって、このピッツァって瑪瑙の国の料理じゃないの?」


「違うよー。イタリアっていう海外の国の料理。まあ日本でも凄く人気なんだけど」


「瑪瑙お姉ちゃんの国のお料理じゃないのに、瑪瑙お姉ちゃん詳しくて凄い!」


「そうじゃのう。まったく見事な物じゃ」


「日本はねー、食に凄くこだわる国なの。世界の美味しい食べ物はすぐに流行になるし、そうじゃなくてもすぐに日本人の口に合うように改良しちゃうからね。日本は世界有数の美食国家なんだよ!」


「ではお前さんは、その国の代表と言うわけじゃな?」


「え?! それはちょっと畏れ多いかな……」


 私なんか好きで料理をしているだけで、プロの方と比べられるのは流石にちょっと……。


「……あ! そうだ!」


 唐突に思い出したものを作ってみる。

 ナッツ類をふんだんに乗せて、チーズを振りかけて生地を焼く。


「随分シンプルだな?」


 シルヴァさんがキョトンしてみている。


「仕上げはこれをたらーっと」


 焼きあがったピッツァに、ハチミツを回しかける。


「うわ、ハチミツかけるの?!」


「チーズとハチミツって合うのか?」


 リステルとシルヴァさんは不安そうに見ている。


「まぁまぁ食べてみてくださいよ」


 みんな恐る恐る手を伸ばす。


「――っ! 美味しい! なにこれ?! あまじょっぱいのが絶妙に美味しい!」


 幸せそうな顔のリステルが言う。


「なるほどー。チーズの塩味がハチミツの甘味に凄く合うのねー? これを考えた人は、味っていうものの理解力が凄いのねー」


「私も始めは信じられなかったんですが、食べてみると美味しんですよ」


「料理って奥が深いわねー」


「ですねー。国が違えば食べる物も全く違いますからね」


 知らない料理を知ることはやっぱり楽しいし、知っている料理でも、上手に作れてみんなに美味しいと言って貰えると、私も凄く嬉しい。


 ――。

 作りすぎちゃった!

 てへっ!


「美味しくてついつい食べ過ぎてしまいました……」


「自分の好きな具をのせられるというのも楽しかったからな。私も食べ過ぎた……」


「ハルルはもっと入る!」


 一番食べていたハルルちゃんは、まだまだ余裕があるご様子。


「ハルル―? お夕食ちょっとしか入らなくなっても知らないよー?」


 リステルがハルルのお腹をなでなでしながらちょっと意地悪っぽく言う。


「えー? ハルルそんな事ならないもん! ……リステルお姉ちゃん、お腹ポッコリしてる?」


「――うっ!!」


 仕返しにリステルのお腹をなでなでしているハルルから、カウンターの一言。


「うわーん! これも瑪瑙が悪いんだっ! 美味しい料理ばっかり出すから! ……ってあれ? 瑪瑙のお腹そんなにでてない?」


「だってちゃんとセーブしてるもん」


 今度は私のお腹を撫でながらリステルは首を傾げる。


「――!! 裏切者―っ!! ねえルーリ―! あ、ルーリはお腹出て――むぎゅっ!」


「なーにリステル? 何か言った?」


 途中で頬をむぎゅっと潰されて、ルーリにじーっと見つめられるリステル。

 口は笑っているけどルーリの目が笑ってない。


「コルトちゃんも出てるわねー」


「そう言うカルハも少し出てるじゃないですか」


「私も食べ過ぎてしまったわー。だって美味しいんですもの―」


「サフィーアもよく食べていたな。この中では一番小食なのにな」


「あれを食べ過ぎるなと言う方が無理があるとは思わんかのう? シルヴァもよう食べておったじゃろうに」


「ああ、美味かった」


「半分に折りたたんで焼くと、カルツォーネっていう食べ物になるし、生地を油で揚げるパンツェロッティもサクサクで美味しいよ。具材も色々好きにできるから、作って楽しい、食べて美味しい良い料理だと思う」


「ピッツァだけでお店が出来そうねー?」


「あ、私の世界に沢山ありますよー。私は頼んだことがないので、システムとか詳しい事は知らないんですけど、トッピングの数は凄く多かったと思います。マルゲリータから、さっき出したチーズとハチミツのやつとか、お肉、魚介なんてのもありますね」


「どうにかこの世界でも広めることはできないかしら―?」


 カルハさんがとんでもない事を言い出した。


「そうじゃのう。どこぞの料理人に作って食べさせてみるしかないじゃろうな」


「そうよね! 何だかいけそうな気がするわー!」


「ねーえ! そんな事よりこんなお腹いっぱいで、お夕食あんまり食べられなかったらどうするの?!」


 リステルが少し不満げに言う。


「じゃあ運動する?」


「おっなにする?」


 私は周囲を見渡して、人がいないことを確認する。


「ここって雪まみれにしてもいいですよね?」


「構わないと思うが、なにをするんだ?」


「見ててくださーい。アヴァランチ!」


 私が魔法を解き放つと、ゴォォっという音と共に、真っ白な雪が雪崩を起こしたように現れて、一瞬で草原を真っ白に染める。

 くるぶし程の深さまで積もった雪の上を走る。

 みんなも私に釣られて真っ白な雪の上を走る。


「これだったら、やわらかい球ができそう」


 雪を手に取り両手で握り、程々の硬さになったら、


「リステル―! ていっ!」


 ひょいッと投げた雪玉を、リステルはいとも容易く避けてしまう。


「あ、やったなー! 瑪瑙覚悟―!」


 と、言いつつ振りかぶった球をシルヴァさんめがけて放り投げる。


「ぶはっ! こいつっ!」


 手袋なんてしてなくて、雪は冷たく手は赤くなる。

 それでも全員が笑いながら雪合戦をする。


 みんな冒険者でそれなりに体力があるので、陽が傾きかけるまで全力で遊ぶ。


「ハルル―! その球はでかすぎるって!」


 キャー!


 これが最後だとか、そんなことは今は忘れて全力で楽しもう。

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