今ならまだ
「そう言えば、空を飛ぶ魔法ってどうしてないんですか?」
ふと、思い立ってそんな事を聞いてみた。
広い街道を、私達は歩いている。
街道って言っても別に舗装とかされているわけじゃなくて、馬車の通った車輪の跡が結構残っている。
「んー、そう言う試みがあるのは聞いたことがあるけどー。シルヴァちゃんは何か知ってる?」
カルハさんが首を傾げ、シルヴァさんに視線を送る。
「ああ、知ってるぞ。どれもこれも実用的ではないがな」
「そうなの?」
シルヴァさんの言葉に、リステルが反応する。
「まず、風の適性が高くないとダメだからな」
シルヴァさん曰く、空を自在に飛ぶということは、不可能だと考えられているらしい。
一応、宙に浮く程度の事はできるそうだ。
「ただ、それを持続するというだけで膨大な魔力が必要で、さらにそこから姿勢の制御と言った、数多くの繊細な魔法のコントロールが要求され、辛うじて人の身長程の高さを浮くことが出来るという程度のことしかできないんだ。正直、使いどころがないだけじゃなく、魔力の無駄ですらあるな」
シルヴァさんはそう言って、首を横に振る。
「じゃが瑪瑙は空を飛んでおらんかったか? ほれ、東の草原で」
サフィーアが私を見てそう話す。
「いや、あれは空を飛んでいるんじゃなくて、吹き飛ばされているだけだからな? 一歩間違えれば、大怪我どころか死んでしまう可能性だってあったんだぞ」
「あ、あははは。反省してます……」
シルヴァさんがジトッとした目で私を見る。
その視線から逃れるように顔をそらし、苦笑する。
あの時は、兎に角討滅依頼を早く終わらせなくちゃって気負っていたせいもあって、無茶なことをしてしまった。
ハルルがすぐに気付いて諫めてくれたから、大したことにはならなかったんだけど。
「まあメノウみたいなことを考える奴は、たまーにいるんだがな。無茶なことはするなよ?」
「はい、気をつけます」
そんなたわいもない会話をしながら街道をみんなと歩く。
朝早くにフルールを出たせいか、すれ違う馬車はあんまり見ない。
「クラネットまでは、大体四日かかるんですよね?」
「そうですね。予定通りに進めば、三日から四日といった所ですね。途中宿場町での宿泊も挟みますが、最低でも一回は野宿をすることになると思いますよ」
「結構距離があるんですね」
「馬車で一度首都まで行っているから、何となくは街と街の間隔がわかるかもしれないですが、それなりに距離はあります。メノウの世界では隣街まではどれくらいかかるのですか?」
私の質問に答えてくれていたコルトさんが、今度は私に質問してきた。
「歩いてすぐですよ。乗り物を使えば、かなり遠くの場所でもその日に着くことができますね。それなりにお金がかかりますけどね」
私の世界の事を思い出す。
自転車に、電車、お父さんの車。
私にとっては当たり前の存在なはずなのに、今はどこか遠い存在のような気がして少し寂しくなってしまう。
「ほう、そんな乗り物があるのですか……。もしかして馬車は存在しないとか?」
「……」
「メノウ? どうかしましたか?」
「あ、えーっと、今はほとんど使われていないんじゃなかったかな? 確か、観光地とかの一部の地域で、観光業の一環で使われているものがほとんどだったはずです。外国の事はちょっとわからないですけど。そもそも、隣町の距離が違いすぎますよ」
いけないいけない。
ちょっと気分が沈みそうになっちゃった。
この世界ではリステル達のような冒険者や、商人といった一部の人じゃない限り、他の街へ行ったことのない人がほとんどらしい。
まあそれも仕方がないのかなとは思う。
この世界には魔物という存在がいて、その魔物っていう存在は、野生の動物なんかよりも遥かに凶暴で、中には魔法なんてものを使う魔物もいる。
そんな魔物が、街から少し離れた所に跋扈している。
「メノウちゃんの世界の乗り物ってどんなものがあるのー?」
カルハさんが興味津々と言った感じで聞いてくる。
「私が良く使う乗り物だったら、自転車とかバス……、後電車なんてのもありますね。自転車は、車輪を二つ縦に並べた乗り物で、ペダルをこぐことで前に進む乗り物ですね。バスは――」
と、わかる範囲で説明しながら話した。
正直ちゃんと説明できているかは自信がないんだけど。
それでも私の世界の話に、みんなの目が白黒する様子は、話していて少し楽しかった。
「ぜんぜんわかんなーい」
唇をにゅーっと突き出して、そう言うハルル。
他のみんなも同じだったみたいで、
「私もハルルと一緒。絵面がまったく想像できないわ」
必死に考えていたのか、ルーリが苦笑しながら首を横に振る。
割とのんびりとした雰囲気のまま、私達は街道を歩く。
時折すれ違うようになってきた馬車達を見送りながら。
「それではこの辺りで休憩をとりましょうか」
陽が頭の上に差し掛かろうかと言う頃、丁度開けた場所があったので、そこで休憩と、昼食をとることに。
「街道の所々にこのような開けた場所があります。こういう場所で休憩をとったり、野宿したりするのが基本です」
「はーい」
昼食の準備をしながら返事をする。
「他の冒険者や商人などもいるので、ちゃんと周囲の警戒はしてくださいね」
「え? 他の人がいるのにですか?」
私は周囲を見渡す。
パッと見ただけでも、三~四パーティーはいそうだ。
商人っていうのは、あの荷馬車の近くにいる人たちの事かな?
「そうですよ?」
コルトさんが不思議そうな顔で私を見る。
あー、周りの人も警戒してないかもしれないから、ちゃんと魔物に警戒しなさいってことなのかな?
「わかりました」
と、一応返事はしたものの、私はお料理係なので、警戒はあんまりできそうにないかな?
そんな事を考えながら、野菜をトントンと切っていると、
「あーコルト? たぶん瑪瑙わかってないよ」
「ですね」
リステルとコルトさんが、苦笑しながらこっちを見ている。
「およ? 私わかってない?」
頭の上にはてなマークを浮かべながら聞き返す。
「瑪瑙お姉ちゃん。警戒するのは、魔物だけじゃなくて、周りにいる人間にもだよ?」
「えっ?! なんで?!」
私は驚いてハルルを見た。
「こういう休憩場所になってる所は、人間同士の諍いが割と起こるんですよ」
「あー、とばっちりを受けないように気をつけるってことですか?」
「ほらコルト、やっぱりわかってなかった」
「あははは……。メノウはあまり自覚がないんですね……」
「???」
リステルとコルトさんがやれやれって顔をしている――、あっ! ハルルも何だか困った顔をしてる!!
「メノウちゃん、冒険者は男所帯がほとんどなのよー。タルフリーン近郊は、女所帯のパーティーも多いんだけれどねー? そんなのはホントに珍しいことなのよー?」
一緒に横で材料を切っていたカルハさんも、少し苦笑しながら私を見て話す。
私が話の要領を掴めないでいると、
「私達に何か用か?」
と、少しキツイ口調のシルヴァさんの声が聞こえて来た。
「……はあ、早速かしらー?」
盛大にため息をつくカルハさん。
シルヴァさんの方を見ると、三人の男の人がすぐ近くまで来ていて、それをシルヴァさんが制止しているみたいだった。
「はじめまして。見た所、女性だけのパーティーのようだったので、お声をかけさせていただきました。目的地は? 良ければ俺達と一緒に行動しませんか?」
三人の男の人の一人が、少し仰々しく挨拶をしている。
「悪いな、他を当たってくれ」
すげなくお断りするシルヴァさん。
「まあまあそう言わずに。女性だけだと何かと大変でしょう?」
シルヴァさんのつっけんどんな態度にも怯むことなく、なおも食い下がる男の人達。
……ああ、最初はどういう思惑があるかわからなかったけど、これはあれだ。
「うわぁ……ナンパだ」
「ナンパ? ナンパって何?」
「異性を口説くこと?」
「なるほど。じゃあナンパだ」
小さく呟いた私の声が聞こえたみたいで、リステルが聞いて来たので、短く答える。
私もナンパされたことがちょこちょこあったっけ。
その度に幼馴染と友達が庇ってくれてたから、助かっていたんだけど。
ちょっと嫌なことを思い出してぼーっと様子を伺っていると、あからさまにびっちりばっちりと、目線が男の人の一人と合った。
目が合った瞬間、その男の人が何だかニヤァっとした笑みを浮かべたのを見て、背中がぞぞぞっと気持ち悪くなった。
そして、スタスタと私を見ながら近づいてきた……。
「あらあらー。それ以上近づかないでねー?」
私の横にいたカルハさんが、いつの間にかこちらに近づいてきた男の人の前に立っていた。
そっちもそっちで、カルハさんの態度がどこかトゲトゲしている気がする。
「ねえリステル。もうちょっと穏やかに断れないのかな? 何だかきつい対応してない?」
「ん? ああ、えっと瑪瑙。向こうが非常識なことしてるんだよ。だから、さっさと向こうへ行けって強く言っているの」
「え? 非常識って? そりゃあナンパって苦手だけど……」
「違う違う。私達から見て、あの人達って何者かわかる?」
「冒険者でしょ?」
「見た目はね。でもホントの所、わからないじゃない? だから私達冒険者同士は、お互いの身元が確かな時と喫緊の問題がない時以外は、冒険者ギルドの外では干渉しないのが決まりなんだよ」
「そうなんだ……」
言われてみれば、私達がフルールの東の草原で魔物を倒している時、他の冒険者たちが近くにいることはあっても、一切接触することは無かった。
唯一声をかけて来たのって、アミールさんとスティレスさんだけだった。
「でも、冒険者カードってもらってたよね? あの金属の。あれって、私達が冒険者であることの証になるんじゃない?」
「瑪瑙、それが本物かどうか証明するには、街の門にある詰め所に行くか、冒険者ギルドまで行くかしかないわ。見た目はいくらでも偽造できるのよ」
私の疑問に、ルーリが答えてくれた。
「ルーリは知ってたの?」
「私も曲がりなりに冒険者やってるのよ? マナーとかルールはある程度知っているわ」
「そう言えばそうだった!」
そうこう言っていると、
「しつこいぞ! 自分たちのやっている事の非常識さをわからんのか! 殺されても文句は言えんのだぞ!」
「ですから、俺らは純粋に皆さんのお力になりたいだけで――」
苛立ちの混じった声を上げるシルヴァさんと、それでもなお大仰に身振り手振りを交えて話している男の人。
「シルヴァちゃん、もういいわー。こんなにしつこいのはホント久しぶりだわー……」
カルハさんがそう言うのと同時に、カチンカチンカチンと音が聞こえて来た。
「あーあ……、カルハが怒り始めちゃった」
カチンと言う音は、カルハさんが剣を鞘から少し抜いて戻すを繰り返している音だった。
「そう怒るなよ。綺麗な顔が台無しだぜ?」
カルハさんの前に立っている男の人が、恥ずかしいセリフを笑顔で言ってのけた。
ちょっと背中がぞわっとした。
ひと際大きなカチンと言う音が聞こえたと思った瞬間、青い火花がカルハさんの剣から弾け出た。
流石にその火花に驚いたのか、男の人は勢いよく後ずさる。
他の男の人も、ぎょっとした顔をしている。
「青い火花?! わっわかりました! 失礼しましたっ!!」
男の人たちは顔色を青くすると、そう言って慌てて広場を出て行った。
「はあ、やれやれだ」
そう言って、ため息をついたシルヴァさんがこちらに戻ってくると、
パチパチパチパチ
と、周りから拍手が聞こえて来た。
見渡してみると、ここに来た時より少し人が増えていて、みんなこっちを見て拍手をしていた。
その拍手に返事を返すように、シルヴァさんとカルハさんが軽く手を挙げると、すぐに拍手は鳴りやんだ。
「何で拍手?」
「シルヴァとカルハ、まあこの場合一番目立ったのはカルハだろうけど、問題を起こした奴らを上手く撃退したことに対する軽い称賛かな? ああいう連中は、他のパーティーにも迷惑かけたり、鬱陶しいって思っちゃうんでしょ。だから拍手してくれるんだよ」
リステルと話していると、カルハさんが戻ってきた。
「ごめんねー、メノウちゃん。さ、昼食の準備の続きをしなくちゃねー」
「お疲れ様ですカルハさん。材料の方は切っておいたので、後は炒めるだけですよ」
「あらあらありがとー。っというかー、メノウちゃん人事じゃないのちゃんとわかってるー?」
「こっちに来た男は、瑪瑙をしっかり狙ってたよね」
カルハさんとリステルにそう言われてしまう。
リステルなんかは、私の頬をぷにぷにと突っついてくる。
「……たまたまでしょー。リステル? ツンツンするならお昼ご飯ぬきよ?」
お口だけニッコリ笑ってリステルを見る。
流石にまた背筋がぞわぞわして気持ち悪くなってきた。
「瑪瑙、目が笑ってない」
スッと手を引っ込めるリステル。
「これからこうやってちょこちょこ言い寄られると思うから、気をつけるのよー? 言い寄って来ると見せかけてー、後ろから襲われるってこともちゃんと考えないとダメなのよー?」
「うわ、そんな事考えもしなかった!」
言われてみれば、さっきまで近くで話していたハルルとコルトさんは、男の人達が近づいてから、全く話に加わってこなかった。
武器こそかまえることは無いようだけど、二人の目は鋭く周囲を見渡している。
そんなハルルと目が合うと、ニパっと笑ってこっちに近づいてくる。
「周りに人の気配ない」
「ハルルちゃんありがとねー?」
「ん。カルハもお疲れ」
「ハルルもこういう事があるって知ってるんだね」
ハルルも私と同じで男の人が苦手だ。
私達と一緒になる前も、女の人だけのパーティーにいた。
そう考えると、今日みたいにパーティーの誰かが言い寄られることってあったんだろうなー、なんて考えていると、
「ハルルも口説かれたことがある。気持ち悪かったから思いっきり殴った」
ハルルちゃんのお口から、ビックリするお話が飛びだして来た。
「んん?! ハルルちゃん、口説かれたって、同い年くらいの男の子だよね?」
「ううん。ひげ生えてたのだけ覚えてる」
ハルルちゃんの可愛いお顔が、お見せできないようなお顔になってる。
ちょーっとその顔やめようかハルルちゃん。
……ロリコンってこの世界にもいるのね。
「私達は女所帯。それも、みんな美人で可愛い子達ばかりですから、いろんなところで言い寄られるでしょう。女だからと言って、ハナから見下してくる輩が多いです。時にはぶちのめすことも視野に入れておいてください。特にメノウ。いいですか? あなたはまだまだ他人と言う存在に甘い。怪我を負わせる程度、ためらわずにできるようになってくださいね」
「うっ……、頑張ります……」
コルトさんに釘を刺され、ちょっと気の重いお昼ご飯を済ませ、私達はまた街道をひた歩く。
徒歩での旅って言うのは、かなり周りを警戒しながら進まないとダメで、思ってた以上につかれる。
例えば、今まで何度かすれ違っていた馬車。
紋章がついているような大きな馬車はあまり無いらしいんだけど、街から街へ人を送り届ける乗合馬車に使われている帆馬車が通る時は、みんな揃って警戒をする。
それは乗合馬車に偽装した、人攫いや盗賊の可能性があるんだって。
他にも、荷馬車には注意が必要だと教えられている。
荷馬車は、小さな商会や個人で商売をやっている人が使う、小さめの馬車。
基本御者は商人自身がして、荷台部分に商品を乗せて街を行き来する。
早さは人と歩く速度と同じか、それよりちょっと遅いくらい。
商人一人で移動している事は絶対になく、護衛の人が一緒に歩いているのが特徴。
これも、偽装としてよく使われている一つなのだとか。
今あげた二つの事以外にも、結構色々と警戒をしつつ歩かないとダメなのが、徒歩での旅の大変な所。
街道にいる時間も、馬車での行き来に比べると圧倒的に増えるので、獣や魔物との遭遇率も跳ね上がる。
こういう事が重なって、街から街への移動を試みる人が少ないんだろう。
そして、旅立って最初の夜を迎えた。
あれから特に問題は起こらず、食事も無事に終え、今は少し小休止と行った所。
テントの設営も終わっているので、焚き火を囲んでみんなでくつろいでいる。
「さて、今日の行程を繰り返すことで、街から街へ移動することになります。今日一日は何事もありませんでしたが、魔物や人が襲ってくることもあるでしょう」
紅茶を淹れて飲んでいると、コルトさんが真剣な声で、私を見つめながら話し出した。
「じゃが、ある程度慣れたら乗合馬車を使うのじゃろう? 今こうして徒歩で旅をしているのは、旅慣れていない妾達に、旅の基本を教えるためだと言っておったではないか」
そんなコルトさんの様子を不審に思ったのか、サフィーアが声を上げた。
「……そう、ですね。ええ、そうです。その通りです」
何処か歯切れが悪いコルトさん。
「コルト? どうしたの?」
リステルもコルトさんの異変に気が付いたのか、声をかける。
「……乗合馬車になると、いざこざは絶対に増えます」
少し辛そうな表情でコルトさんは話す。
「どうしてです?」
私が首を傾げて聞くと、
「乗合馬車は、男女関係なく乗ります。まあほとんどが男でしょう。周囲の警戒はするとは言え、隣にあなた達が座っている状況で、言い寄って来ない男は少ないでしょう。自分の魅力を自覚するべきです!」
最後の方の言葉は、少し口調が強くなっていた。
「メノウ? えっと、あのですね……」
何かを言いづらそうにしているコルトさん。
「……コルトちゃん」
「コルト、よせ」
コルトさんの様子に、シルヴァさんとカルハさんが宥めるように、止めに入る。
「……今なら――、今ならまだ引き返せます。引き返せるんです!」
抑えていたものが一気に決壊するように、徐々に声を荒げるコルトさん。
思わぬコルトさんの言葉にも驚いたけど、必死の形相で私に訴えかける姿に、一番驚いた。
「コルト」
私の横で座って紅茶を飲んでいたリステルが、静かに怒りを込めて名前を呼ぶ。
それでもなおコルトさんは止まらない。
「今日は、今日は本当に何も起こりませんでした! 言い寄ってくる男なんて、旅をしていれば山のように出てくるでしょう! フルールに戻れば、あなた達は風竜殺しの英雄! おいそれと言い寄ってくる輩も自ずと減るはずです!!」
「やめろコルト!」
勢いよく立ち上がって話すコルトさんを、シルヴァさんがマントを掴んで制止する。
「それだけじゃありません! 今後旅を続けていれば、人間を相手にしなくてはいけない事が必ず起きます! メノウ、あなたは人を――」
「コルト!!!!!」
コルトさんの言葉を遮るように、今度はリステルが勢いよく立ち上がり、怒声を放つ。
「コルトちゃん、やめよー? ね?」
カルハさんも、コルトさんに言い聞かせるように言う。
「ねえコルト? どうして今になってそんな事を言うの? コルトには瑪瑙の頑張ってる姿がわからなかったの? 今日だって、コルトが瑪瑙の事を聞いて、寂しそうにしていたのに気づかなかったのっ?!」
リステルも徐々に徐々にヒートアップしていく。
リステルを落ち着かせようと、私が声をかけようとした時、
「リステルお姉ちゃん、違うよ。コルトは、コルト達はちゃんと気づいてるよ」
私より先に、ハルルがリステルの言葉を否定した。
「ハル……ル? どういうこと?」
多分リステルは、ハルルも同じように怒っていると思ってたんじゃないかな?
そんなハルルが、全く怒っていない。
それどころか、リステルが間違ってるという。
「だよね? コルト、シルヴァ、カルハ」
そう優しく話しかけるハルル。
流石に私も気づいていた。
「――っ!!!!」
ハルルの優しい声に、俯いて唇を噛む三人。
いつも凛々しい顔をしている三人の表情が、
「……い……や……です……よ」
今にも泣き出してしまいそうなほど、
「メノウがいなくなるなんて、そんなの嫌なんですよ!!!!!!!」
寂しい顔をしていたんだもの……。
「……コルト」
「……コルトちゃん」
コルトさんの泣き叫ぶ声に聞こえてしまいそうなほどの必死の訴えに、シルヴァさんとカルハさんは、大きく首をうなだれて、コルトさんの名前を呼ぶと、黙り込んでしまった。
流石にリステルも、コルトさん達の様子に驚いたようで、同じように黙ってしまった。
でも、一度決壊をしてしまったコルトさんの言葉は止まらなかった。
「メノウが頑張っているのはわかっています! 慣れないことでも必死になってやっている事も! 故郷を思って、寂しい思いをしている事も! そんなメノウの事を見て来たから! 見て来たから……。私達は好きになってしまったんですよ……」
少しずつ言葉の勢いがなくなって、最後の方は小さくかすれて聞こえなくなりそうなほどだった。
コルトさんは意を決したように顔をあげ、私の方に歩み寄る。
私は、コルトさんに思い切り抱きしめられた。
「メノウは私の教え子です。可愛い可愛い私達の教え子です。そんな子が、いなくなるなんて……。いなくなる……なん……て……ううっ」
小さく嗚咽を漏らすコルトさん。
私はそんなコルトさんを、そっと抱きしめ返す。
「お嬢様がいて、シルヴァもコルトもいて、メノウもいて、ハルルもサフィーアもいる。私達にとって、どれだけ今が愛おしいか……」
私を抱きしめる力が増す。
「止めんか馬鹿が……」
「あいだっ!!」
「コルトちゃんずるいわよー」
シルヴァさんはコルトさんに拳骨を落とし、カルハさんは私を後ろから抱きしめた。
「すまんなメノウ。完全な私達の我儘だ。まだまだ心配なことが山積みだが、メノウ達ならきっとやり遂げると信じている。……信じているんだがな。……すまんな。メノウがいなくなるってことを考えると……、辛くてな……」
そう言って、私の頭を優しく撫でるシルヴァさん。
「ねえ。ちょっとだけ、私達のお話を聞いてくれないかしら―?」
そう言って、カルハさんは静かに話し出す。
それは、出会えたことの喜びと、守れなかったことの後悔が入り混じった、寂しいお話だった……。
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