旅立ちの日

「やーっぱりそんな事で悩んでた! もー水臭いよっ!」


「ですがお嬢様? お嬢様がメノウと同じ立場になった時、ついて来てもらうのが当然だという振る舞いをできますか?」


「うっ……それは……」


「ましてや目的が目的だ。一緒に来てもらえませんか? なんて、軽々しく口にもできないだろう。メノウにとって、リステル様達が大切であればあるほど、言いにくかっただろうに」


「でも、最後まで一緒だよって約束したもん……」


「それはそうかもしれないけどー、人の心ってそう言う物よー? メノウちゃんはとりわけ繊細だからー、ホントにいいのかなーって心配になっちゃったのよね?」


「その通りです……。ごめんね、リステル? 約束を忘れたわけじゃないんだけど、どうしても不安になっちゃって……。こんな事聞くにも聞けなくて……」



 魔導技術マギテックギルドから帰ってきた私は、まだ旅の計画を話し合っていたみんなに、悩んでいる事をすぐに話した。


 少し……ううん、かなりドキドキしながら話したんだけど、みんな知ってたって、笑いながら言われてしまった。


 ……リステルとハルルはちょっと拗ねちゃったけど。


「メノウ。ルーリと何かあって話す気になったのでしょうけど、悩み事は出来るだけすぐに話した方が良いですよ。これから先、何が起こるかわかりません。話さないことが原因で不和でも起こしたら、旅どころではなくなってしまいますからね」


「はい。気をつけます」


 コルトさんは私に優しく注意してくれた。


「ハルル、もっと早く瑪瑙お姉ちゃんが話してくれると思ってた……」


 そう言って、しょんぼりと項垂れるハルル。


「ごめんねハルル。どう話していいかわからなかったの」


 項垂れるハルルの頭をそっと撫でる。


「ん。何か悩み事があったら、すぐに話してね? 瑪瑙お姉ちゃん」


「ありがとうハルル」


 ハルルはすぐに顔を上げて、可愛らしくニパっと笑ってくれた。


「リステルもサフィーアもごめんね?」


「これからはすぐに話してね?」


「かまわんよ。話しづらい事だとわかっておったからのう。まあ、悩んだところで答えが出るものでもあるまいて。ハルルも言うておったが、悩んだらすぐに話してみる事じゃ。存外あっさりと解決するやもしれんぞ?」


「うん。これから気をつけるね。ありがと」


 ハルルと同じようにサフィーアの頭を撫でる。

 すぐにサフィーアの顔が、ふにゃーっととろけていく。

 それでもすぐに顔をキリッとさせ、


「うむ!」


 と、サフィーアは満足そうに頷いた。


「あ、そうだ瑪瑙お姉ちゃん」


「何?」


「クラネットでね、会って欲しい人がいるの」


「クラネットって、確か一番最初の目的地だっけ?」


「うん。ハルルの生まれた街だよ」


 そうハルルが答えると、


「しばらくは徒歩での旅をすると話をしていた時にですね、ハルルにクラネットに寄って欲しいとお願いをされまして。なら最初の目的地にしようと思ったんです」


 と、コルトさん。


「会って欲しい人って、ハルルの師匠さん?」


「ん! みんなを紹介したいのと、行ってきますって言っておかないと」


「行っちゃダメって言われないかなー?」


「大丈夫。師匠はハルルの好きにさせてくれるよ」


「そっか。じゃーちゃんとご挨拶しなきゃだね?」


「ん!」


 そこからは、私もちゃんと話し合いに参加した。

 ただ、やっぱり旅なんかしたこともないから、みんなの話を聞いてるだけなんだけどね。

 それでも、この世界では隣の街へ行くだけでも大変だってことを、嫌でも思い知らされた。


 次の日からしばらくの間、私はのんびり過ごすことになる。

 みんなとお買い物に行って、みんなとご飯を作ってと、そこは変わらないんだけどね。


 魔導技術マギテックギルドに行って、魔導具製作のお手伝いをしに行ったけど、ほんとちょっとだけお手伝いをして、後は見学している程度だった。

 それでも出来た試作品に、ルーリとカーロールさんは凄く満足していたみたい。


 ただ、その試作品を使っても、私の保有魔力量と、魔法適正は測ることが出来なかった。

 試しに私が使う事になったんだけど、魔法陣として使っている金属が融解、弾け飛ぶ事態が起こり、修理する羽目になった。

 まあ、壊れた部分が魔法陣部分だったので、私の魔法でちゃちゃっと修理できちゃったんだけど。

 その時にこっそりルーリが、使っていた魔法石を、私が作った魔法石と交換しているのを私は目撃しちゃった。

 試用運転の時に問題が無かったからことから、私とルーリ以外この事は誰も気づいていない。


「内緒ね?」


 と、ルーリがニマーっと笑って言ってきたので、若干苦笑しつつも、


「わかったよ」


 って返事をした。


 ルーリはお休みの日に、冒険者ギルドへも行っていて、アミールさんとスティレスさんと話し込むことがあった。


「アミールさんとスティレスさんと何話してるの?」


 って聞くとルーリは、


「私達が旅に出た後、私の家に住まないかって話を持ちかけたの」


 今アミールさんとスティレスさんは、冒険者ギルドの職員寮に住んでいる。

 私達が旅に出た後、無人になってしまうルーリの家は、流石にルーリも手放したくなかったんだろう。

 ただ、無人にしてしまうのも嫌だったみたい。


 アミールさんとスティレスさんは快諾してくれた。

 別に職員寮に不満がある訳じゃなかったらしいんだけど、ルーリの家を結構気に入ってたんだって、嬉しそうに話していた。


 そうこうしている内に、首都ハルモニカに戻っていた王国騎士団三番隊の人たちも戻って来て、ルーリも忙しくなるんじゃないかって思っていたけど、二~三日程顔を出したら、


「量産体制は整ったから、特に私がすることってもうないのよね。本部からの応援だけあって、みんな腕利きだから、余計にね」


 そう話すルーリは、肩の荷が下りたのか、どこかスッキリした顔をしていた。



 事件が解決してから半月ほどがたったある日、私達は冒険者ギルドから呼び出され、諸々の処遇についての話し合いの場が設けられた。


 私達がのんびり過ごしている間に、東の草原の調査もかねて、軍隊蜂アーミーワスプの巣に何度も冒険者と一緒に出向き、視察を行っていたらしい。

 そして、とうとう街側の対応が決まったことにより、私達が冒険者ギルドに呼び出されたのだった。


 話し合いの場には、フルールの領主であるアルセニックさんに、私は初めて顔を合わせたんだけどっていうか、商業ギルドなんてものがあるのも知らなかったんだけど、商業ギルドのギルドマスターである女性も顔を出していた。


 まあ、話し合いの場って言っても、既に決まっている事に、私達が承諾するかどうかを決めるだけの場だったんだけどね。

 もし私達が納得できない内容だった場合でも、いくつか代案も考えてきているらしかった。

 特に問題が無かったので、私達は最初の内容ですぐに承諾した。


 まず前渡金として、かなりの高額を渡されることになった。

 そして、これから商業ギルドとフルールの街が得る軍隊蜂アーミーワスプの巣の利益分の一割が、私達に定期的に支払われることになった。

 一割って言ってもかなりの金額で、支払われる期間も十年は軽くかかるだろうって話だった。


 前渡金はありがたくもらう事にして、ルーリとアミールさんとスティレスさん以外は、定期的に支払われるお金の方は辞退することになった。

 理由は簡単。

 払われる時にはもう、フルールに私達はいないから。

 じゃあなんでルーリは辞退しなかったかと言うと、ルーリが納めている土地税があるからと、もしアミールさんとスティレスさんが、この街を離れることがあった場合、ルーリの家の保全をしてもらうため。


 十人の内、私を含めた七人が前渡金以外を辞退したことに、商業ギルドの人達はかなり驚いていた。


「えっとですね? かなりの大金が手に入るはずなのですが、それでも辞退を?」


 そう話すのは、商業ギルドのギルドマスターさん。


「ガレーナからもしかすると、と話には聞いていたが、やはりこの街を出るのか」


 腕を組み、それまで目を瞑って話を聞いていたアルセニックさんが口を開いた。


「はい。元々、叙勲式から帰ってきたらフルールを発つ計画をしていたのですが、討滅依頼を受けたりと色々ありまして、少し遅くなっていたんです」


 と、私が説明する。

 すっごく緊張しちゃう。

 今までこういう場面では、リステルが率先して話をしてくれていたけど、旅の目的が目的だから、私が話す。


「……そうか。報告では、キロの森は未だにマナが目視できるという状態だと聞く。東の草原から殺戮狼スローターウルフがいなくなったのは良いが、それでも今まで通りとはいかないだろう」


 アルセニックさんは、私達を見渡しながら話を続ける。


「君たちのような存在がいなくなるのは、今のフルールにとって大きな損失だ。……かと言って、無理に引き留めるような事はできないか……。このフルールが危機的な状況に陥っても、ほぼ被害が無かった。風竜ウィンドドラゴン殺戮狼スローターウルフ。王国騎士団ですら恐らく敵わなかった魔物を退け、私の街を救ってくれたことに、最大限報いなくてはな」


 アルセニックさんの最後の言葉で、私達への報酬が追加で出されることに決まってしまった。

 そして、今回の出来事をしっかりと書籍に纏め、後世に伝えるという事も……。

 この世界の住人じゃない私の名前が残されるのは、ちょっと場違いな気もするんだけどね……。


 そんなこんなで、長い長ーい話し合いが終わり、いよいよ本格的に、私達は旅立ちの準備を始めた。


 といっても、元々私はこの世界に、この身一つで放り出されたので、特に身辺整理みたいなことをする必要はないんだけどね。

 ルーリ以外もフルール出身じゃないから、思っていたより早く旅の準備が終わってしまった。


 ルーリはルーリで、必要なことは既に終わらせていたみたい。

 ルーリがいなくなることで、今までルーリが魔導具屋に卸していた魔導具がなくなってしまわないように、設計図等を魔導技術マギテックギルドに譲渡して、魔導具屋のお爺さんとお婆さんが困らないようにしたりと、旅立つ準備に抜かりはなかった。


 そうそう、アルセニックさんのお屋敷呼ばれて、送別会もしてもらったよ。

 首都へ行くときに馬車の御者をしてくれた、ハウエルさんにカチエルさん、ラウラさんにクルタさんといっぱいお話をして、ちゃんとお別れの挨拶ができた。

 物静かなカチエルさんが、涙を流して寂しいとこぼしたことには、すごく驚いちゃった。

 それと同時に、せっかく仲良くなれた人たちとさよならをしなければならない事の寂しさに、胸が締め付けられた。



「ねえ。みんなの名前をここに彫らない?」


 そう言って、ルーリは私達五人がずっと一緒に寝ていた寝室の、一番太い柱をノックする。


「いいよー」


 すぐに自分の名前を彫り始めるリステル。


「ハルルもー」


 みんなの名前が彫られていく。


 一応読み書きできるようにはなったけど、それでもまだまだ見慣れない異世界の文字。


「最後は瑪瑙ね」


「うん」


 一番下に名前を彫ろうとしたら、


「あ、瑪瑙はカンジでお願い」


「はーい。初・来・月・瑪・瑙っと」


 久しぶりに自分の名前を……、日本語を書いた気がする。


「これがお前さんの世界の文字か……。メノウの心の中でもそれらしきものは見ていたが、随分と複雑じゃのう」


「前の三文字で、ハツキヅキ。後ろの二文字でメノウって読むんだよ。これが瑪瑙お姉ちゃんの名前のホントの書き方なんだよ!」


 得意げに話すのは、ハルルちゃん。


「瑪瑙か……。複雑じゃが、綺麗な文字じゃな……。っというかハルルよ。お前さん、メノウの世界の文字が読めるのか?」


「ううん。難しすぎて、瑪瑙お姉ちゃんの名前だけしか覚えてないよ!」


「なるほど。ハルルらしいのう」


「メノウ……。瑪瑙か……。初来月瑪瑙。うむ、良い名じゃな!」


「もうあんまり名前を連呼しないでー! 恥ずかしいじゃないのー」


「いいじゃない! 私も瑪瑙の名前とカンジ、綺麗で好きだよ」


「私はリステルって名前も、綺麗で好きだよ?」


「あっあははは……。面と向かって言われると恥ずかしいね……」


「でしょー?」


「ハルルはー? ハルルは―??」


「ハルルの名前は可愛くって、ハルルにぴったりで大好きだよ」


「えへへー」


 そんなやり取りをした後、しばらくみんなでその文字を静かに見つめるのだった。



 空が白み始めるより早く、北門へ向かう。

 まだ眠りについている静かな街中に、八人の足音がコツコツと響く。


 いよいよ旅たちの日。


 これからは、行く当てもない旅が始まる。

 私の知っている物語の登場人物達だったら、今この瞬間、新しい冒険の幕開けに、心躍らせていることだろう。

 かく言う私はと言うと、怖くて怖くて仕方がない。

 知らない世界、知らない生き物、知らない常識。

 そんなものを今の今まで散々目にして思い知らされてきた。

 今までの経験で、全て理解したなんて思っていない。


「瑪瑙お姉ちゃん、不安?」


 私の右手をギュっと握るハルル。


「大丈夫だよ瑪瑙。私達がいる」


 私の前に回り込んで、後ろ歩きで話すリステル。


「そうよ瑪瑙。瑪瑙は一人なんかじゃないのよ?」


 そう言って、左手を握るルーリ。


「妾達であれば、どんな困難も乗り越えられるじゃろうて」


 リステルの横を、軽くこちらを見ながら歩くサフィーア。


「慎重になる事は何も悪い事ではありませんよ」


「慎重になりすぎるのも困りものだが、はしゃがれるよりかはましだ」


「旅慣れない人ばかりだとー、流石に色々危ないけど―、リステルちゃんに、ハルルちゃん、それにー、私達もいるからねー?」


 私達の後を歩いていたコルトさん、シルヴァさん、カルハさん。


「はい。みんな、頼りにしてるね?」


 私がそう言うと、


「おー!」


 と、ハルルが元気よく声を上げた。

 そんな無邪気なハルルが可愛くて、私達は笑いながら目的地へと向かった。



 北門には、こんな時間にも拘わらず、人が大勢集まっていた。


「皆さん、お待ちしていましたよ」


 その大勢の集まりの先頭で、にこやかに私達を出迎えてくれた人がいた。


 冒険者ギルドの制服に身を包んだ、セレンさんだ。


「おーっす! とうとうこの日が来ちまったな!」


「おはようみんな。ちゃんと眠れた? 忘れ物はない?」


 セレンさんだけじゃない。

 スティレスさんもアミールさんも来ていた。


「みんなどうしたんですか? こんな朝早くに」


 リステルが首を傾げて聞く。


「最後に皆さんをお見送りしたくて、集まった方々ですわ」


 そう話すのは、冒険者ギルドのギルドマスターであるガレーナさん。


 他にも、ハルルの元パーティーメンバーや、キロの森の大規模調査の時に一緒になった人達、首都へ一緒に行ったハウエルさん達、バザールの人達だっている。


 みんな途切れることなく、別れの挨拶をしていく。


 行ってらっしゃい。

 気をつけてね!

 またね!


 大勢の人たちからそんな言葉をかけられ、胸がじーんと熱くなる。


「名実ともに、あなた方は英雄ですね」


 鎧姿の女性がこちらへやってきて、恭しくお辞儀をする。


「サフロさんまで?! でもその恰好は?」


「いや何、かなりの人たちが皆さんを見送りたいと言っていたので、どうせなら私達、王国騎士団三番隊も仲間に入れてもらって、盛大にお見送りしようと思いまして」


 そう言ってニヤッと笑う。


「盛大にって……。私達はただの冒険者ですよ?」


 リステルが苦笑して言う。


「ただの、ではないだろう? この街の危機を二度も救っておいて」


 サフロさんとは違う鎧を着こんだ女性が、こちらに近づいてきた。


「サルファーさんも来てくださったんですか?」


「ああ」


 フルール警備隊隊長のサルファーさんは、若干苦笑交じりで頷いた。


「北門の役人にはもう話を通しているから、このまま手続きなしで、北門を出られるぞ」


「わざわざありがとうございます」


 私がお礼を言うと、


「いや、お礼を言いたいのはこちらの方だ。私達だけでは成しえなかったことを成し遂げたんだ。感謝する」


 そうこうしている内に、空が少しずつ明るくなっていく。


「さて、これ以上引き留めるのも悪いですね」


「お見送りありがとうございました」


「では、最後は盛大に行きましょう!」


 サフロさんが大きな声でそう言うと、三番隊の人たちと警備隊の人たちが左右に分かれて整列しだした。

 そして、


「抜刀!!」


 と言う号令と共に全員が一斉に剣を抜き、高らかに構える。


 その光景にびっくりして呆然としていた私の手を、リステルとルーリが引っ張る。


「「いくよ!」」


 そう言われて、私は一歩を踏み出した。


 いつしか集まっていた人は増えに増え、私達を見送る歓声は、耳をつんざきそうなほどの大きさにまでなっていた。


 歓声に背中を押され、北門を出る。


「これって、振り返って手を振った方がいいのかな?」


 見送ってくれたみんなの事を思い出し、私は足を止めかけたが、


「こういうのは、堂々と歩いて旅立つ姿を見せればいいんだ」


 そうシルヴァさんに諭された。


「それに瑪瑙? そんな顔で振り向いたら、みんなびっくりしちゃうよ?」


「……うん」


 知らない事ばかりで、痛い思いも、辛い思いもした。

 いい思い出ばかりかと言われたら、絶対にそんなことは無い。

 それでも、いろんな人と出会った。


 そんな人たちと出会えたフルールと、そこにいる人達に、もう二度と会う事は無いんだと思うと、涙が止まらなくなってしまって、どうしようもなかった。


 それでも、私は前を向いて歩いていくんだ。

 元の世界に戻るために……。

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