ルーリが決めたこと
「……ねえルーリさん。この一件が片付いたら、私と一緒に首都に来ない?」
「……え?」
カーロールさんの突然の言葉に、大きく目を見開いて驚くルーリ。
「す、スゴーイっ! これってスカウトってやつじゃないの?! 本部の会長さんから直々にスカウトされるなんて、やっぱりルーリって凄いねっ!」
チクリと胸が痛むのを誤魔化すように、私は少し大げさに言う。
「……瑪瑙?」
そんな私を、ルーリはじとーっとした目で見る。
「な、なに?」
じ~ぃっとルーリに見つめられ、無理やり作った笑顔がどんどん引きつっていくような感覚に陥った。
「へー、凄いもんだねえ?
私とルーリの微妙な空気を知ってか知らずか、大柄の女性が間に入って来た。
「まあルーリさんにも都合があると思うから、返事はいつでも良いわよ?」
と、カーロールさんが笑顔で言う。
「あ、いえ。嬉しいお話なんですが、お断りさせていただきます」
ルーリは躊躇なく、はっきりきっぱりと、断ってしまった。
それも、笑顔で。
今度はカーロールさんが、目を見開いて驚いている。
「あっはっはっ! 即答じゃないか、ルーリ!」
そんな二人を見て、豪快に笑う大柄の女性。
「え、えっと……、何か不満な所とかあったかしら? ルーリさんにとって悪い話じゃないと思ったんだけど……」
「そうだよルーリ! 何で断るの?! せっかく色々なことが解決して、これからだって言うのに、もったいないじゃない!!」
私がルーリの肩を掴んで考え直すように言うと、ルーリはむすっとした顔になって、
「は~ぁ」
と、盛大にため息をつかれた。
「瑪瑙にはあとでお話があります!」
そして、私の頬をむにっと両手で包んでそう言って、カーロールさんに向き直ると、
「本当は今回の事が終わる頃に、ちゃんとお話をしようと思っていたのですが、私の登録を、
「ルーリさん、フルールを出るつもりなの?!」
ルーリの言葉を聞いて、カーロールさんが驚きの声を上げる。
「はい。一応目的地は、オルケストゥーラを考えています」
「……オルケストゥーラ。
カーロールさんが、次々とルーリに疑問を投げかける。
その口調と表情からは、ただただルーリの身を案じて言っているのだと、一目でわかる程だった。
「あー……」
ルーリが言葉に詰まって私を見る。
それを見たカーロールさんは、
「もし軽い気持ちでそう言う事を考えているのなら、やめておきなさい。そもそも、生きてたどり着ける保証すらないのよ? ちゃんとわかってる?」
カーロールさんは努めて優しく話して、ルーリを説得しようとしている。
「えーっと、一応わかっているつもりではいるんですが……」
それに対して、ルーリはずっと答えづらそうにしている。
当然だ。
旅の本当の目的は、私が元の世界に帰る方法を探すこと。
私が別の世界から来ただなんて、カーロールさんには話していないんだから無理もない。
「あっあの! ビジターって何なんですか?」
私の事なのに、ルーリが何も言えないでいる姿を見て、思わず話をそらそうとしてしまった。
「
「はい。ルーリは定期報告を避けたせいで、除名処分になりかけたんですよね?」
「そうね。でも、あなた達の例があるみたいに、どうしても定期報告ができない事ってあるのよ。例えば、今ルーリさんが話したみたいに他の街へ赴いて、そこで
「じゃあルーリが
「ええ、定期報告はしなくてよくなるわね。ただ、立ち寄った街の
と、私にわかりやすいよう簡単に説明してくれたカーロールさんの表情が、不意に曇った。
「ルーリさん? もしかしてメノウさんにちゃんと説明してなかったの? フルールを出るっていうことも言ってないんじゃ?」
「まあまあちょいと落ち着きなよ、カーロールさんや。心配する気持ちもわからんでもないが、少しお節介がすぎるよ? ルーリが決めたことに、外野がとやかく言うもんじゃないさね」
カーロールさんの肩を優しくポンポンと叩く大柄の女性。
「はあ、……そう、そうね。余計なお節介だったわ。ごめんなさい」
「あ、いえ。私の身を案じて言ってくれているのはわかっているので、お節介だなんて思っていませんよ」
小さく深呼吸をして、ルーリに頭を下げるカーロールさんと、それを制止するルーリ。
……このまま私が黙ったままなのは、ダメだろう。
「あのー、少し良いですか?」
私がそう声を上げると、みんなの視線が私に集まる。
「ルーリがこの街を出て、オルケストゥーラ王国へ行くって言っているのは、私が原因なんです」
「……瑪瑙」
「え?」
「ほー? そりゃどういう事だい?」
私が話したことに、心配そうな顔をするルーリ、また驚いた顔をするカーロールさんと、何やら興味深そうに私を見る大柄の女性。
さて、どこまで話そうか……。
「最初は、私がオルケストゥーラ王国に向けて旅をするという話しだったんです。それを聞いたみんなが、ついていってあげるよって言ってくれているんです」
「メノウさんが? どうしてそんな無謀な旅を……」
……無謀、ね。
厳しい旅になるとは聞いていたけど、カーロールさんの口ぶりからすると、よっぽど危険なんだろう。
「で? 肝心の理由はなんだい? 目的地が目的地だ。ちょいとそこまで、みたいな生半可な理由じゃないんだろう?」
んー、やっぱり聞かれるよね。
よし、いっそ全部話してしまおう。
そう思って、私は口を開いた。
「実は――」
「そんな事より瑪瑙! まーた変なこと考えてるでしょっ!」
頬を膨らませたルーリが詰め寄って来て、言葉を遮られてしまった……。
「へ、変なこと?」
私は思わずビクリとする。
「旅に出る日が近づいて来て、本当について来てもらっていいのかとか考えてるんでしょ? しかも私の問題が解決して、私はここに残った方が良いんじゃないかって」
「何で……」
一生懸命隠してたと思っていた心の内が、ルーリには全部バレていて、酷くショックを受けた。
「何でって……。瑪瑙気づいてなかったみたいだけど、しっかりと顔に出てたわよ?」
「――っ!!!」
苦笑してルーリは話すが、私は堪らず顔を手で覆い、その場にしゃがみこんだ。
別に顔に出てた事が恥ずかしいわけじゃない。
気を遣わせてしまった自分が、情けなくてたまらないんだ。
ルーリが気が付いているという事は、心の機微に聡いあのハルルが、気がついていない訳がない。
もしかすると、他のみんなも気づいていて、黙ってくれていたのかもしれない……。
みんなに気を遣わせてしまっている。
そう思うだけで、何だか自分が情けなくなってくるんだ……。
「ほら瑪瑙、立って?」
「……うん」
ルーリに促されて渋々立ち上がる。
「もう、しょうがないなー瑪瑙は」
一言そう言うと、ルーリは私を優しく抱きしめた。
「私の事を考えてくれるのは、凄く嬉しいわ。でもね、私は瑪瑙の事が好きで好きでたまらないくらい大好きなの。だから、私は瑪瑙と一緒に旅をするの。瑪瑙だけじゃないわ。リステルも、ハルルも、サフィーアも、コルトさんにシルヴァさん、それに、カルハさんだって大好き。私一人だけフルールに、ハルモニカ王国に残されるのは寂しすぎるわよ……」
「でもっ! せっかくルーリの居場所を取り戻せて、カーロールさんからのスカウトだって、ルーリの将来を考えたら凄い事なのに、私の事なんかの為に、全部棒に振っちゃうことになるのは嫌だよ!」
泣きそうになるのを堪えながら、必死にルーリに訴える。
「そうね。正直私もびっくりしてるわ。またとない機会だと思うわ」
「……」
自分で嫌だって言っておきながら、ルーリが嬉しそうに話したら、また胸がチクリと痛む。
「まーたそんな顔する」
ルーリはそう言うと、さっきより強く私をぎゅっと抱きしめ直した。
「まさか解決するとは思ってなかったから、最初は
「でも、ここはルーリにとって、両親との思い出がある大切な場所なんじゃ?」
「確かに大切な思い出がある場所で、思い入れはあるわよ? でも、思い出と今いる大好きな友達とどっちを選ぶのって話になったら、大好きな友達を選ぶのって当たり前じゃない? それに、解決するまでは、もうフルールに戻ってくるつもりもなかったのよ? それなのに、帰ってきたいって思う場所を取り戻せちゃったから」
「成程? だから転属じゃなくて、
カーロールさんが確認を取るようにルーリに話をすると、
「そう言う事です。あの……、カーロールさん。先ほどはあんな事を言いましたが、どれだけの年月がかかるかわかりませんが、私はフルールに帰ってきます。その時に本部へのお話、またしていただけませんか? 自分勝手なことを言っているのはわかっているんですが……」
ルーリは私から少し離れ、カーロールさんに向き直り、少し不安そうな声でそう言った。
「あら。私は割とすぐに首都に帰るわよ? 何年もフルールにはいないわ」
ツンとそっぽを向くカーロールさん。
「――っ。そうでしたね……」
カーロールさんのその態度に、ルーリはうつむいてしまう。
「……ごめんなさい。ちょっと意地が悪かったわね。私達を放っておいて、二人だけで盛り上がってるんだもの。ちょっと意地悪がしたかったのよ」
向き直ったカーロールさんは、微笑んで言う。
「ただ、フルールにいないのは事実よ? だから、帰ってきたら首都の本部を訪ねなさい。そこで改めて話をしましょう?」
「本当ですかっ?!」
「ええ勿論。ただ、ちゃんと研究は続けなさいよ? 再開した時に、今と同じ程度だったら、そのお話、なかった事にしちゃうわよ? 旅先で学んだこと、最先端と言われる研究都市で身に着けたものを、私達に還元できるように、努力なさい?」
「はいっ! ありがとうございます!」
ルーリはひと際笑顔になると、深々と頭を下げた。
「ルーリ、本当にいいの?」
「もう、瑪瑙ってばまだ言ってるの? これは
真剣な表情で私に話していたルーリの表情が最後でふいに曇る。
「瑪瑙が私と一緒に旅をしたくないっていうんなら、諦めるけど……」
「――っ! そんなことないっ! 私だってルーリと一緒がいい! でもそんな事言えるわけがないもん!」
ルーリの言葉に、とうとう我慢が出来なくなって、泣きながら叫んでしまった。
「大丈夫。私が瑪瑙とした約束は、違えるつもりはないからね。だから一緒に行こうね」
「うんっ! うんっ! ありがとうルーリ!」
そう言って、私はルーリを抱きしめた。
「もう瑪瑙ってば。涙で顔がドロドロじゃない。可愛い顔が台無しよ?」
ルーリは私の後頭部に手を伸ばし、優しく撫でてくれた。
「すみません。お騒がせしてしまって」
私とルーリは頭を下げる。
「気にしなくても良いわよ。で? 結局、旅をする理由は教えてもらえないのね?」
と、カーロールさん。
「……うっ」
どうしようと言葉に詰まる私。
「申し訳ありません。これは私達だけの、大事な大事な秘密なんです」
そんな私とは対照的に、私の手を握りながら、きっぱりと答えるルーリ。
「それにしても、仲がいいもんだねー? 天覧試合の後に起こった事があったから、大丈夫か心配だったんだが、それもお節介だったみたいだね」
大柄の女性は、旅の理由を聞けない事を大して気にも留めていないようで、別の心配事の話をされた。
「あはは……。その節はお世話になりました」
もう一度、私はぺこっと頭を下げる。
「さて、長く話し込んでしまったわね。ルーリさん、作業を再開しましょう?」
「はい!」
これで、私がずるずると思い悩んでいたことが一つ、ルーリのおかげで無くなった。
家に帰ったら、みんなにもちゃんと話をして、ルーリが帰ってきたら、もう一度お礼を言おう。
「それじゃあ私はこれで――」
そう言って私は、部屋を出ようとした時、
「瑪瑙ちょっと待ってー」
まーたルーリに言葉を遮られてしまいましたよ?
「え、何? まだ何かあるの?」
私とカーロールさんが、何度目かの驚きの表情を見せる。
「えっと、カーロールさん。瑪瑙にもちょっと手伝って欲しい事がありまして、準備ができたら瑪瑙にも来てもらいたいんですがいいですか?」
「瑪瑙さんも魔導具を作れるの? それは初耳なんだけれど?」
カーロールさんが私を見て首を傾げている。
いや、私も初耳なんですが?
「ルーリ? 私魔導具なんて作れないよ?」
「それはわかってるわよ? そうじゃなくて――」
と、ルーリが話した内容はと言うと……。
魔導具の心臓部を構成している魔法陣。
その魔法陣は、円を基礎に模様が描かれていて、その描かれた魔法陣部分に魔力を導き流すことで、現象を引き起こす。
私の知っている知識で言うと、魔力石や魔石なんかが電池で、魔法陣が回路みたいなものなんじゃないかなって思う。
魔法陣は、溝を彫ったりインクで描いたりしただけでも作ることができるんだけれど、流れる魔力量がどうしても少なくて、無理に魔力を流そうとすると、土台が壊れたり、魔法陣自体が壊れるなどして実用的ではない。
そこで、用いられるのが金属。
その中でもとりわけ、ハンダが重宝されている。
ただ、魔法陣に使用する金属として適しているかと言うと、そうでもない。
取り扱いの容易さが、他の金属とはけた違いに良いので、用いられているのが現状。
理想としては、金や銀なんかが一番適しているのだが、高価、そして溶かさなくてはいけないという、大きな問題点があり、使用されていない。
「カーロールさんにお聞きしたいんですが、魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具の製作に使用できる金属って、何がありますか?」
「ハンダ以外で? うーん……。量産を考えているから、他の金属は使えないわよ? それに、土台が木材の鏡台なんだから、他の金属は使え……っ!! ちょっと待ってて」
ルーリの質問に、途中まで漠然としない様子だったカーロールさんが、何かに気づいたらしく、木箱から
「ルーリさんこれでいい?」
「はい、ありがとうございます」
それを受け取ったルーリは、
「瑪瑙、これを液化ってできる?」
「リクエファクションを使えばいいんだね?」
私に説明しながら、丸い球を私に渡す。
「ちょいと待ちなよ。土の地面にリクエファクションをかけるのにも、かなり魔力を使うって聞いたことがあるよ? 金属なんて、ましてやそいつぁ銅だろ?」
「まあまあ、ちょっと見ていましょう」
半信半疑な大柄の女性を制しつつ、カーロールさんは私に視線を送る。
「じゃあ瑪瑙お願い」
「はーい」
そうルーリに返事を返し、丸い球をそっと握り、
「リクエファクション」
そう唱えて魔法を発動する。
ゆっくりと込める魔力量を増やしていくと、段々手の中の球体が柔らかくなり、ふにょふにょし始める。
そこから手を広げ、みんなに見えるように、魔力を強めると……。
ドロリ。
球体だったものの形が一気に崩れ、手のひらに広がり、タラーっと糸を引きながら、手からこぼれ落ちて行った。
「これは!」
「嘘だろ……」
喜色満面のカーロールさんと、ぽかーんと口を開けている大柄の女性。
「メノウさんメノウさん! これ触っても大丈夫??」
慌てて駆け寄ってきたカーロールさんは、手をワキワキさせながら、私の手のひらに残っている液化してドロドロになった銅と、床に零れ落ちた銅に、視線が行ったり来たりしている。
「大丈夫ですよ。熱してこうなったわけじゃないので」
私はそう言って、カーロールさんの手に、残った銅をタラーっと流し渡した。
「うわーっ、思ってた以上にトロトロね! なるほど! これを溝に流し込むのねっ?」
興奮気味なカーロールさん。
「ドロドロのままで魔法陣に使えるのかい?」
さっきまでとは打って変わって、興味深そうに床にこぼれた銅を指でつついている大柄の女性。
「それは、魔法を解除したら――」
すると形こそ違うけれど、元のカチカチの金属に戻ってしまう。
「凄いわっ! 凄いわっ! メノウさんの魔法があれば、金とか銀とかの流れる魔力量が多い金属でも、簡単に魔法陣が作れちゃう! ルーリさんが言っていた、少し良い物ってこう言う事なのね?」
鼻息が荒いカーロールさんがルーリに聞くと、
「そうですね。ただ、これは私では無理なことなので、改良する計画にはいれてないんですよ。一応他にも見直して改良できる部分はあるので、それだけでも前より少し性能のいい物ができると思いますよ」
「んー……」
ルーリの言葉を聞いたカーロールさんが、急に冷静さを取り戻したように、考え込みだした。
「あの、何か問題がありましたか?」
不安そうにルーリが聞くと、
「いえ、これは素晴らしい事だと思うわ。ただね。作れても一台だけだわ……。しかも、王城に献上する為の一個だけね」
「あーやっぱり」
カーロールさんの予想外の一言に、でもルーリは予想していたようで、あっさり頷いてしまった。
「え? どうして一台しか無理なんですか?」
別に私の魔力は問題ない。
いっぱい作るために手伝って欲しいと言われるのなら、いくらでもお手伝いはできる。
そんな私の不安に気付いたのか、大柄の女性が、
「一台の単価が高くつきすぎるんだよ。言っとくけど、メノウが液化させたこれ、結構なお値段するんだよ?」
と、元の硬さに戻った銅の塊を手に持って言う。
「でも試験的に一台は作っておきたいわね。メノウさん、準備が出来たらまた来て欲しいんだけれど、お願いできるかしら?」
「はい!」
予想外の頼まれごとをされてしまったが、ルーリのお手伝いができると思うと、悪い気はしなかった。
そして、私は
最初は、私の世界に連れて行って欲しいと言っていたルーリ。
そんなルーリが今日、フルールに戻って来るという約束を、カーロールさんとした。
ようやく取り戻せたルーリの居場所。
それを大事にしようとするルーリを見て嬉しくなったけど、でもほんの少し、寂しい気持ちにもなる私だった。
私が色々うじうじと悩んでいるのは、もうきっとみんなは気づいているんだろう。
だからちゃんと話て、ちゃんと聞いて。
そうしてルーリのように、私も前に進まなくっちゃ。
「ただいまー!」
私の旅は、まだ始まってすらいないんだ。
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