勧誘
「魔力石に核が必要だなんて知らなかったわ……」
草原から帰ってきたその日の夜、一人
「あー、やっぱりルーリも知らなかったんだ。カルハさんがルーリも知らなさそうって言ってたから」
「魔力を集めるって言うことは聞いたことがあったから、てっきりそれだけなんだと思ってた。私もまだまだ勉強不足ね……」
そう言ってルーリは、私がプレゼントした黄色い星形の魔力石を眺めていると、首を傾げながら、
「……うーん。普通の魔力石と瑪瑙の作った魔力石って何か違うのかしら?」
と、そんな事を言い出した。
「そう言えばシルヴァ達、その辺りの事は何も言ってなかったなー」
ベッドの上でうつ伏せになっていたリステルが、コロンと仰向けになって話に入って来る。
「まあ明日聞けばいいじゃろう。ほれ、ハルルがもうおねむじゃ。考えてもわからんことを考え続けても仕方あるまいに」
サフィーアが、私の膝の上に座っているハルルをみて苦笑しつつ話す。
「んにゅー」
ハルルちゃんがこっくりこっくり船をこぎ始めていた。
「ごめんごめん、ハルル。もう寝ようね」
「んー。おやすみー」
ふにゃーっとした声で返事をして、布団にモゾモゾと潜り込むハルルを見送って、
「みんなおやすみー」
そうみんなに声をかけて、私達は眠りについた。
翌朝。
「ん? メノウの魔力石と普通の魔力石との違い?」
昨日の夜、ルーリが口にした疑問をシルヴァさん達に訊ねてみた。
「魔力石は魔導具などに使用されていなくても、少しずつ力が弱くなっていく事は、ルーリは知っているな?」
そう話してルーリに視線を送り、ルーリはうんうんと頷いて、
「魔力石は私達が使う魔法と同じで、少しずつ長い時間をかけて魔力に戻って霧散していってるって言われています。それから、割れると一気に消滅してしまいますよね。だから魔導具に魔力石を使うときは、少し注意が必要になってきます」
と、シルヴァさんの問いにルーリは答えた。
「それって魔導具の心臓部として使うのはどうなの?」
「弱くなるって言ってもかなり長い年月がかかるから、魔導具で魔力石を使っていると、弱くなる前に使い切っちゃうから問題はないの。それと、割れるって言っても、ガラスなんかよりずっと硬いから、故意に壊そうとしない限りは大丈夫」
「魔石は割れるとどうなるの?」
「魔石は普通に割れるわよ。んっと、ちょっと待ってね?」
リステルの質問にルーリは説明しつつ、ハンカチをテーブルに広げ、空間収納から緑色の魔石とアイスピックのような先端が尖っている道具を取り出し、ハンカチに魔石を置いた。
そして魔石に道具をあて強く小突くと、パキンという高い音と共に、一瞬魔石が輝いたかと思ったら、バラバラに砕けてしまった。
「何だか思ってた割れ方とは全然違うね。欠けるのかと思ったらこんなにバラバラになるんだ?」
私はハンカチの上に転がっている、バラバラになった小石くらいの大きさになった魔石のかけらの一つを手に取ってそう言った。
「小さな魔力石が手に入らない時とか、費用を安くしたいときなんかはこうやって魔石を砕いて使うの」
「そうなんだー」
そんな話をしていると、
「メノウが作った魔力石は、遺跡から極稀に発掘されることがある稀少魔石と言われるものと同じ可能性があるんだ。あくまで可能性だがな」
『稀少魔石?』
シルヴァさんの言葉に、私達は一斉に首を傾げた。
「稀少魔石。まあそのままの意味なんだけどねー? 魔石って言われているんだけどー、本当に魔石なのか魔力石なのかわかってないのよねー」
「稀少魔石なんて聞いたことがないんですが?」
「それは当然よー? 見つけ次第、国が管理する決まりになっていてー、市場に出回ることは無いのよー。貴重な物って言うのもあるんだけど―、下手な使い方をすれば何が起こるかわからないって言われているわねー」
「どういったものなんですか?」
ルーリの質問に、カルハさんがわかる範囲で答えてくれた。
稀少魔石。
シルヴァさんが言っていた通り、遺跡などから極めて稀に発掘される魔石の事。
魔石と呼ばれてはいるけど、魔石なのか魔力石なのか、どっちかの判別が未だについていない。
発掘された稀少魔石には、魔石と同じ特徴もった八面体の形の物だけではなく、様々な形の物が発掘されている。
八面体をしたものだったとしても、稀少魔石自体に模様や文字のようなものが彫られていたりするため、魔石ではなく魔力石ではないのかと考えている人もいる。
ただ、現在出回っている魔力石は、小さい物で十年、大きい物でも五十年ほどで霧散すると言われていて、遺物として残るようなものではないので、魔石に模様を刻むという何らかの技術があったのではないかとも考える人もいる。
「私達も知っている事はこれくらいかしらー? 遺跡の発掘調査は私達、門外漢だから、あまり詳しい話は知らないのよねー」
「そういえば、今フルールにカーロールがいましたね。彼女は魔力石の研究者ではありませんが、私達よりかは稀少魔石について詳しいと思うので、聞いてみると良いですよ」
カルハさんが説明を終えた後、コルトさんがルーリに話す。
「そうなんですか?」
「ええ。稀少魔石が魔導具として使えるかどうかの実験を、確かしていたはずですよ」
そうコルトさんが話していると、
「あーっ!!」
と、ルーリが突然大きな声を上げて立ち上がった。
「ルーリどうしたのっ?!」
「カーロールさんにやっぱり朝から来て欲しいって言われて、いいですよって言っちゃったの! 魔力石の話で頭がいっぱいになってて忘れる所だった!!」
「大丈夫なのっ?!」
「かっ風の鐘が鳴ってないからまだ大丈――」
と、ルーリがそう言いかけた瞬間だった。
リンゴーンリンゴーン。
無情にも鐘の音が外から聞こえて来た。
「うわーん!」
「ルーリ急がなきゃ!!」
「うん、行ってくる―っ!」
「ルーリ待て! これを持って行け!」
そう言ってシルヴァさんが、慌ててリビングから出て行こうとしているルーリに何かを放り投げた。
「わっとっと! ……これ、もしかして瑪瑙の作った魔力石ですか?」
「そうだ。私が持っているよりルーリが持っていた方が良いだろうからな」
「ありがとうございまーす! あ、瑪瑙もありがとうねー!」
「はーい! 気をつけていってらっしゃーい!」
慌ただしく家を後にするルーリに、私達は手を振って送り出した。
「やれやれ、真面目な話をしておったと思ったら、急に騒がしくなったのう」
ルーリを見送った後に、サフィーアが苦笑して言う。
「ルーリお姉ちゃん、凄く楽しそう」
「相当苦労はしておっただろうからのう。今の
サフィーアの何気ない一言に、私の胸がチクリと痛んだ。
「さて、そろそろこれからの事も考えて行かないといけませんね。冒険者ギルドからの呼び出しはまだですけど、旅程はある程度考えておきましょう」
そして、コルトさんが今後の事を話そうとして、私は思わず、
「あっ、私お茶のおかわり淹れてきますね」
そう言って、私はトレイにティーポットを乗せて、キッチンへそそくさと逃げてしまった。
「……瑪瑙お姉ちゃん」
ハルルが小さく私の名前を呼んだ気がした。
ケトルを火にかけて、ぼーっとそれを見つめる。
考えることはルーリの事。
ようやくルーリの抱えていた問題が解決した。
そして今、ルーリは
ルーリはやっと自分の居場所を手に入れられるかもしれない。
私は、この街に何事ももう起こらなければ、もうすぐフルールを発つことになる。
この短い間にホントに色々起こったけど、私の目的は変わらない。
元の世界、地球の、日本の、私の住んでいたところに帰る事。
ルーリは私と一緒に帰る方法を探すと言ってくれた。
ルーリだけじゃない。
リステルも、ハルルも、サフィーアも。
コルトさん達だって。
それを、さも当然のように受け入れてしまっていた私だけど、よくよく考えてみれば、見つかるかもわからない当てのない旅に、しかも私一人のためだけに、みんなを巻き込むのはどうなんだろう……。
ましてや、ルーリが自分の居場所を得ることできるかもしれない今この時に。
そんな事をゆらゆらと揺らめく火を見ながら考える。
すぐにこぽこぽとケトルの中の水が沸騰する音が聞こえてきて、無意識に体が動く。
淀みなく準備を進め、トレイに新しい紅茶を乗せて、みんなが待つリビングへ。
「そうですね。ハルルの言う通り、クラネット経由で行きましょう」
「ん、コルトありがと」
そんな話声がリビングから聞こえて来た。
「お待たせしましたー」
私はそう言って、皆に紅茶を淹れてまわる。
「ありがとうございます。メノウ、丁度いい所に戻ってきましたね」
「どうかしましたか?」
「メノウの気持ちを考えると、旅程を急いだほうが良いのは理解しています。ただこの先何が起こるかわかりません。そこで、しばらく徒歩での旅にしたいのです。馬車が出ている所もありますが、街や周辺の街道の状況によって、馬車はすぐに運行を中止することが多いです。なので、比較的安全であるフルールからしばらくの間、私達がレクチャーしながら旅をしたいのです。かまいませんか?」
「……本当に……一緒に……」
本当に一緒に旅をしてもらっていいんですかと、思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
「メノウ? どうかしましたか?」
「あっいえ! 私はこの世界の事は、なんにもわかっていないので、……お任せします……。……自分の事なのに……ごめんなさい……」
どんどんと、声が尻すぼみになっていく。
「もう、瑪瑙! 気にしないのっ! 言わなくてもちゃんとわかってるよ!」
「ありがとう、リステル。皆さんもありがとうございます」
そう言って、私は頭を下げた。
「……あ」
と、頭を下げた先で、とあるものを発見してしまった。
「どうしたの?」
「あははは……。ルーリ、急いで出て行っちゃったから、カバン忘れて行っちゃったみたい……」
ルーリが座っていた椅子の背もたれにかかっていたショルダーバックを手に取り、みんなに見せ、私は苦笑する。
「あらら、ルーリ大慌てで行っちゃったからねー」
リステルも、ルーリのカバンを見て苦笑したと思ったら、
「そうだ瑪瑙。急いでルーリに届けてあげなよ」
と、私にニコっと笑い直して言う。
確かに私が行っても問題は無いと思う。
私が、今話し合っていることに、何か意見ができるかと言えばそんなことは全くない。
ただ、旅をしなくちゃいけない最大の原因である私が話し合いに加わらないのは、それはそれで無責任なようで、気が引けるのだ。
そんな私の心を読んだかのように、優しく声がかかる。
「瑪瑙お姉ちゃん、行ってあげて? ルーリお姉ちゃん困ってるかも。こっちはみんなでのんびり話して決めるから。こういう事は経験者に任せて。ね?」
ハルルも私を見て笑顔で言う。
「メノウ。旅程は我々がちゃんと考えますので安心してください。その分準備の時にしっかり手伝ってもらうので、覚悟していてくださいね」
と、冗談めかして話すコルトさん。
「わかりました。それじゃーお言葉に甘えて、行ってきますね!」
「いってらっしゃーい」
みんなの言葉に少し気持ちが楽になった私は、小走りで家を出た。
この間みんなで訪れた時は人が多かったけど、今は閑散としてひっそりしていた。
正面にある受付へ行くと、気だるそうに肘をついて、大きなあくびをしているお姉さんがいた。
「あの――」
「今来客は受け付けてませんよー。お帰りくださーい」
私が要件を話そうとすると、お姉さんは私を一瞥して、面倒くさそうにそれを遮った。
「中にいる友人に忘れ物を届けに来たんですが……」
「今は関係者でも、一部の者しか立ち入りが許されていませ……ん……」
引き下がらずに話を続けると、若干嫌そうなのは伝わって来るけど、それでもお姉さんはしっかり私の方を見て話してくれた。
「じゃあお呼びしてもらう事は出来ますか?」
「……あなた、あの時ルーリと一緒にいた……」
そう話すお姉さんの顔が、徐々に徐々に青くなっていく。
「あ、たぶんそうです。それで、ルーリを呼んでいただきたいのですが」
何か怖がられるようなことをした覚えはないんだけど、笑顔で出来るだけそっと話しかけた。
「あっあの……、えっと……、その……」
「お、落ち着いてください。別に何もしませんよ?」
あまりの怯えように、私もかなり動揺してしまった。
そんな時、
「何かあったのか――って、メノウか。
と、私の前に現れたのは、王国騎士団三番隊の大柄の女性、天覧試合の時にハルルと模擬戦をした女の人だった。
「あ、おはようございます。ルーリが忘れ物をしたので、それを届けに来たんです」
「そういえば、慌ててここに来てたな。わかった、案内するよ。ついて来な!」
そう言って、建物の奥に向かって歩き出したのを見て、受付のお姉さんにお辞儀をして、慌てて後を追った。
「ありがとうございます。受付のお姉さん、何だか私をみて酷く動揺してたみたいで、どうしていいかちょっと困ってたんです」
お礼を言いつつ、さっきの状況を説明する。
「なーるほど。まあ動揺するのも当然だわな。
「私、そんな乱暴そうな見た目してますか?」
「見た目の問題じゃないさ。魔法を使えるってだけで、怖がる人間はいるのさ。アンタはそう言う輩じゃないだろうけど、中には魔法が使えるってことが、普通の人間より優れた存在だって考える、選民思想を持つ輩もいるんだ。そう言う考えを持つ人間に限って、横柄な態度をとったり、簡単に魔法で人を傷つけたりもするさ」
「そうなんですか……」
私はそんな事思っていないし、私の周りにもそんな人が一人もいないので、考えたことも無かった。
ただ、私自身深く考えずに魔法を人に放っていることに気づいて、少し気をつけなければと、反省することになった。
大柄の女性に連れられて、一番大きな塔に入る。
「あのー。さっきの受付の人が、極一部の人間しか中に入れないって言ってたんですが、私が入って大丈夫なんですか?」
しーんと静まり返った建物の中を歩く。
普段の様子を知る訳じゃないけれど、この間ルーリと訪れた時は、受付の建物にですら結構人がいた。
「別に構わんよ? 立ち入りを制限されているのは、ここのギルドメンバーさ。今ここにいるヤツらは、フルールの街から依頼されたことをやらなきゃいけないヤツら。でもまあ、一人でうろつくのはダメだがね。私と一緒にいる分には問題ないぞ。ほれ、ここだ」
そう言って、ひと際大きな両扉を豪快にノックする。
そして、中からドタンバタンと何かがひっくり返るような音が聞こえて来て、それが静まってようやく扉が開いた。
「ちょっと! 何回言ったらわかるの! もうちょっと静かにノックなさい!! びっくりするじゃないのよ!!」
出てきたのは、顔を真っ赤にしてプリプリ怒ってるカーロールさん。
「おっとー。わりぃわりぃ。まあそんなにカリカリすんなって。ほれ、客人を連れて来たさね」
そう言って、立てた親指をクイクイと私の方に動かす。
「あらメノウさん、いらっしゃい――って!! 今制限設けてるんだから連れて来ちゃダメでしょ!」
私の顔を見て、怒りが収まったのかと思ったら、カーロールさんはすぐに向き直ってまたプリプリと怒り出してしまった。
そんなカーロールさんを意にも介さず、大柄の女性は扉の中に入っていく。
「いよっす。友達が忘れ物を届けに来てくれたから、受け取ってやんな」
と、大きな声が響いてきたので、私は扉から顔だけをひょっこり出して、中を覗き込む。
覗き込んだ先にいたルーリと視線がぱっちりと合ったので、私は手を振った。
「瑪瑙ごめんね! わざわざ届けに来てくれてありがとう!」
嬉しそうな笑顔で私に近づいてくるルーリ。
「どういたしまして。どう? 作業は進んでる?」
私は、肩にかけてたルーリのショルダーバックをルーリに渡す。
「まだ二日目よ? そんなにすぐには進まないわよ」
あははとルーリは笑って言う。
「あら、そうでもないわよ? ルーリさんって説明が上手だから、思ってた以上にスムーズに進んでるわ。この調子なら、応援が到着したらすぐに量産体制が整えられると思うわ」
そんな私達の会話に、さっきまで怒っていたカーロールさんが、にこやかに混ざってきた。
「本当ですか! それは何よりです」
ルーリはホッとした表情を見せた。
「……ねえルーリさん。この一件が片付いたら、私と一緒に首都に来ない?」
「……え?」
カーロールさんが、突然そんな事を言い出した。
目を見開き驚くルーリ。
そんなルーリを見て、私の胸は、またチクリと痛むのだった。
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