癒しの青光

「……そんな事が起こっていたなんて、俄かには信じ難いのです」


 そう話すのは、三番隊隊長サフロさん。


「確かに今起こっている事に関しては、かなりきな臭いと思ってはいましたが、まさかフルールの魔導技術マギテックギルドの幹部が関わっていて、その原因が四色ししょくの鏡。挙句の果てに四色ししょくの鏡の本当の設計、製作者がルーリさん? カーロールさんはどう思います?」


「……」


 サフロさんが意見を求めるも、カーロールさんは羊皮紙の束とずっとにらめっこしたまま一言も話さない。


 ルーリの言葉に静まり返った部屋、みんなうつむいて話さない時間が少し続いた。

 すると、来客を告げるノックの音が、また室内に響いた。


 入ってきたのは、サフロさん、カーロールさん、副隊長さんの三人だった。

 リステルが、カーロールさんを連れて冒険者ギルドに来るようにと、サフロさんに話していたそうだ。

 そしてルーリが、四色ししょくの鏡に関することを全て説明して、今に至る。


「おーい、カーロールさーん?」


 そう言って、サフロさんが肩を揺する。


「はっ?! 失礼しましたサフロ様。ついついこの設計図を見ることに夢中になっていました」


 よっぽど集中して見ていたのか、肩を揺すられた瞬間、飛び上がりそうなほどビクっとしたカーロールさん。


「ルーリさんの話を聞いて、あなたはどう思いますか? それにその設計図。本当にルーリさんが書いた物なのでしょうか? あいにく魔導具の知識は、私はこれっぽっちも持ち合わせていないんですよ」


 顎に手を置き、困った顔をするサフロさん。


「そうですね。これはルーリさんが書いた設計図で間違いないでしょう」


 カーロールさんはそう言い切った。


「何か確証が?」


「以前私は、フルールの会長が製作した魔導具をいくつか見たことがあるんです。そうですね。言葉を選ばないではっきり言いますと、どこにでも売っているような、極々平凡と言っていい物でした。四色ししょくの鏡なんてものを一から作り上げることが出来るような才能があったことに、非常に驚かされたことを覚えています」


 羊皮紙を丁寧に重ね、そっと机に置く。

 そして少し視線を上げ、遠くを見るようにして話す。


「持ち込まれた二台の内一台は、魔導技術マギテックギルド本部に持ち込まれ、解析に回されました。もちろん会長である私も解析に参加しました。ですが、本部にいる人間、私を含めた全ての者が、複製すら不可能だったんです。仕方なく、フルールの魔導技術マギテックギルドに量産の打診を行いましたが、今の事態になるまで、断られ続けました」


「では、カーロールさんは最初からフルールの会長が作れるはずがないと思っていたんですか?」


「陛下の御前で披露した物が、まさか盗用された物だなんて誰も思いませんよ。相応の努力をしたんだろうと、感心していましたよ。ルーリさんが作った魔導具を見るまでは……」


 そう言って、カーロールさんはルーリに視線を向けた。


「これは、魔導具を作っている者だからわかる事なんですが、ルーリさんの作った魔導具と、四色ししょくの鏡に彫られている魔法陣は、よく似ているんですよ。そして、四色ししょくの鏡よりはるかに小さく、構造も簡素なはずの魔導具ランタンですら、私では複製が無理だと判断しました。その時ようやく、四色ししょくの鏡の製作者に疑問を持ったんです」


「では、製作者はルーリさんで間違いないと?」


「ええ。この設計図を見て確信しました。サフロ様、これはルーリさんにしか作れないものです」


 そこで少し言葉を区切り、


「……ルーリさん、随分辛い思いをしてきたのね?」


 一言そう言った。


「――っ」


 ルーリは言葉を詰まらせ、俯いて小さく嗚咽をもらした。

 私は、震えるルーリの背中をそっと撫でる。


「……はあ。ありがとう瑪瑙」


 大きく息をつき、私にお礼を言うルーリ。

 いつものにまーっとした笑みを浮かべているルーリだけど、目と頬は涙で濡れていた。


「無理に笑わなくていいんだよルーリ」


 私はそっとルーリを抱き寄せる。

 私が辛い時は、ルーリもリステルもこうやって甘えさせてくれた。

 だから私も、同じようにルーリが甘えられるように優しく言う。


 きっと、私なんかじゃ想像もつかない程辛い思いをしてきたはず。

 全部どころか、ほんのちょっとすら私にはわからないんだろう。

 せめて、今この瞬間からでも、ルーリの心が軽くなりますように、我慢が報われますようにと、そう思いながらぎゅっと抱きしめた。


 しばらくそうしていると、私の胸に顔を埋めていたルーリが、もごもごと何か呟いた。


「……には?」


「ん? どうしたのルーリ?」


「私には?」


「???」


「……リステルにしてたみたいに、私にはちゅってしてくれないの?」


 少し頬をぷーっと膨らませて、拗ねたように呟く。


「して欲しいの?」


「……うん」


 そう言って、目を瞑ってんーっと顔を差出すルーリ。

 まだ少し涙で濡れている目と頬をハンカチで拭って、そっと頬に唇を寄せる。


「ありがとう瑪瑙」


 今度は、辛いのを堪えるような笑顔じゃなくて、耳まで真っ赤にして、幸せそうに笑うと、今度はルーリの唇が私の頬に触れたのだった。


「えへへ」


 恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべたルーリは、また私の胸の中に顔を埋め直した。


「瑪瑙、すっごい鼓動が早いよ?」


「もう。元気が出たなら離れてもいいんだよ?」


「んー、もうちょっとぎゅっとしてて?」


「はいはい」


 そんなやり取りをしていると、


「あー、こほん。二人とも、そう言うのは人目のないところでするものですよ?」


 わざとらしく咳払いしたコルトさんが、少し顔を赤らめてそう言った。

 その言葉にハッとなって、周りを見渡す。

 みんなにじーっと見られていました。


「あの時私も瑪瑙にしておくんだった……」


「瑪瑙お姉ちゃん、ハルルは? ハルルにはー?」


「やれやれ。話が進まんから二人はしばらく黙っておるのじゃ」


 リステルが何か呟いて、ハルルがこっちに来ようとするのを、サフィーアが引き留めているのが見えた気がするけど、たぶんきっと何も聞こえなかったし、何も見なかった事にしよう、そうしよう!


「あっあの、ルーリの言ってる事がホントだって信じてもらえたなら、私達はこれからどうすればいいんですか?」


「あはは、話しを強引に戻しましたね。そうですね。皆さん、特にルーリさんはもう何もしなくてもいいですよ。ここからは私達の領分です」


 若干生暖かい視線を向けられつつ、サフロさんはそう言った。


魔導技術マギテックギルドを封鎖し、幹部全員を拘束します。副隊長!」


「はっ!」


「緊急招集。早急に作戦を立て、迅速に行動するぞ!」


 声を張り、檄を飛ばすサフロさん。


「お待ちください。その作戦に私共、警備隊も参加させていただけませんか?」


 サルファーさんがサフロさんの前に跪き、そう言った。


「あなたは確か警備隊隊長でしたか?」


「はい。この事件は、フルールで起こっている事件です。しかも我々警備隊もすでに事件の概要を把握しています。それなのに、我々が手を出さず、傍観しているだけなのは矜持に反します! どうか!」


 サルファーさんは深々と頭を下げる。

 それに続き、三人の警備隊の人たちも、同じように跪き、頭を下げた。


「わかりました、許可しましょう。警備隊が協力してくれると言うのなら、地の利も得られるでしょう。頼らせてもらいますよ?」


「全力を尽くします!」


 そして、サフロさんと副隊長、カーロールさん、サルファーさんと警備隊の三人は、拘束していた女性を連れて、部屋から去って行った。


 沈黙がしばらく続いたが、


「これで全部かたが付きそうねー。ルーリちゃんももう辛い思いをしなくてもいいのねー」


 カルハさんがのほほーんと笑顔を浮かべて、そう言った。


「まさかこれほどまでに大事になっているなんて、思いもしませんでしたけどね」


「ルーリが四色ししょくの鏡の製作者と言うのも驚いたな」


 苦笑交じりに話すコルトさんと、感心したようにうなずいているシルヴァさん。


「皆さん、ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 ルーリがみんなに向かってゆっくりと頭を下げる。


「私達は知っていたにもかかわらず、何一つ手を出すことが出来ませんでしたわ」


「お役に立てず申し訳ありません」


 俯いてそう話すガレーナさんとセレンさん。


「そんなことはありませんよ。私を信じてくれた人が増えたことで、私の心は随分と楽になりましたから。それに……」


「それに?」


 セレンさんが聞き返すと、ルーリは私達の方を向き、


「それに、このことがあったから、私はみんなと出会えたんだと思います」


 とびきりの笑顔でそう言ったのだった。

 そして、私達は冒険者ギルドを後にした。

 帰り際にセレンさんが、


「……あのっ、ルーリさん! 本当はもっと早くに謝らなくてはいけなかったのですが、ずるずるとこんな事になるまで……」


 と、ルーリを引き留めた。


「いえ、流石に冒険者ギルドだからって、他のギルドの内情に口を出すなんてできないのはわかっていますよ。だから謝らないでください」


 ルーリは苦笑しつつ謝ろうとするセレンさんを、手で制した。


「いえ、その事じゃないんです」


「え?」


 首を傾げるルーリ。


「今までルーリさんに対して失礼な対応をしてきました。噂が真実ではないと知った時に、その場で謝らなければいけなかったのですが……」


 そう話すセレンさんの表情は辛そうだった。


「私からも謝罪をさせてください。噂の真偽も確かめず信じてしまい、ギルド職員が失礼な態度を取っていたはずですわ。セレンから報告を受けた時点で、すぐに謝罪をするべきでした。本当に申し訳ございません」


 ガレーナさんとセレンさんは深々と頭を下げる。


「私自身、噂の内容は把握していましたけど、それを否定せず黙ってきたので、そうなるのは仕方ありませんよ。それに、私の話を聞いてくれた後は、そう言う事も無くなりましたし。私はそれだけで十分です」


 そんなやり取りがあって、私達は帰路へ就く。


「これで全部終わったのよね?」


 不安そうなルーリが小さく言葉を漏らす。


「うん! 後はサフロさん達が何とかしてくれるよ」


「ルーリ、今までよく頑張ったね!」


 私とリステルは、笑顔でそう答える。


「ルーリお姉ちゃんやったね!」


「もう辛い思いをすることもないのう」


 ハルルもサフィーアも、笑顔だった。

 そんな私達を、嬉しそうに眺めているコルトさん達三人。



 寄り道することなく家についた私達は、そのままキッチンへと全員で向かう。

 みんなが席に着くのを見届けた私は、すぐにケトルにお水を入れてお湯を沸かす。


「少し休憩したら、お夕飯の準備始めなきゃ。何か食べたいものある?」


 みんなに私が聞くと、


「はいはーい! タリアテッレ食べたーい!」


 いち早くシュパッと手を挙げてハルルがそう言った。


「あー、パスタかー」


 ふむ。

 この間アヒージョの〆で作ったけど、ハルルはどうやら気に入ったようだ。

 そこで私は思考を巡らせる。

 この間作ったばっかりで、みんなまだタリアテッレの作り方を覚えているだろうから、そこは問題なし。

 問題は、どう調理するか。

 パスタのレパートリーは山ほどある。

 魚介はこの街ではほとんど手に入らないけど、お肉に野菜、スープ系、いろんな食べ方ができるのがパスタの良い所よね。


「それじゃー、何を使って欲し……い……。ルーリ?」


「……」


 いつもならハルルと一緒に献立のリクエストに参加するルーリが、ぽーっと窓の外、夕焼け空を見上げていた。


「ルーリ? 大丈夫?」


「あ、うん。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃった」


 リステルが声をかけると、どこかフワフワした口調で返事をした。


「流石に疲れたのじゃろう? 夕食の準備は妾達に任せて、休んでくると良い」


「ぼーっとしてたけど、疲れたわけじゃないの。何だかちょっと不思議な感じがして。もうずうっと一生このままだと思ってた事が、急に解決しちゃって。ホッとしてぼーっとしちゃってたの」


 てへっと笑ってそう言うルーリに、私はそっと紅茶を淹れて差し出した。


「無理はしないでね?」


「ありがとう瑪瑙。お夕飯づくり、私だけ仲間外れになるのは、そっちのほうが寂しいかしら?」


「わかった。じゃあいつも通りお手伝いをお願いするね」


「もちろん!」


 ルーリは笑ってそう答えると、それからいつも通りの、賑やかなお夕飯のメニュー談義が始まったのだった。


 結局お夕飯のメニューは、いろんな味付けのパスタを作ることになった。

 発端は私が、


「そう言えばケチャップがあるから、ナポリタンが作れるね」


 と、口にしたことから始まった。

 ケチャップがお気に入りのリステルは嬉しそうに、


「それが食べてみたい!」


 と言った後に、


「瑪瑙! マヨネーズは? マヨネーズは使えないの?」


 と、ルーリにがっしりと肩を掴まれて聞かれてしまった。


「うーん……マヨ? 何かあったかな? あ! サラダパスタがあったか!」


「私はそれが食べたいわ!」


 凄い勢いで食いつかれた。


「タルタルは―?」


 タルタル派のハルルがぴょんぴょんと飛び跳ねて主張する。


「じゃー、サラダパスタ二種類ね。もうこうなったら色々作って、みんなでシェアして食べよう!」


 って感じで、色々作ることなった。

 いつも通り大量の食材を使い、みんなで下準備。

 今回はカルハさんも、自分が知っている物を作ってくれると言ってくれた。


 ナポリタン、ペペロンチーノ、ミートソース、カルボナーラ、サラダパスタと、色々作った。

 カルハさんが作ってくれたのは、パスタ生地を伸ばして四角く切った、私のいた世界で言うラビオリとほぼ一緒の物だった。


 そして日も沈んだ頃、大皿に大量に盛られたパスタの山々が出来上がった。

 カルハさんが作ってくれたラビオリは、味付けしたひき肉を詰めて、野菜と一緒に牛乳で作るスープパスタだった。


 さあみんなでいただきますをしようと思った矢先、突然の来客。


「夜分に失礼します。おや、良い匂いですね? お夕食の最中でしたか?」


 訪れたのは、王国騎士団三番隊隊長のサフロさんと、魔導技術マギテックギルド本部の会長カーロールさんの二人だった。


「何かあったんですか?」


 突然の訪問に、何事かとみんなが警戒心を露わにする。

 すると、


「あ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。念の為にルーリさんの家の周囲も警戒することになったらしいの。それで、私の護衛もしなくちゃいけないからってことで、サフロ様とこうして一緒に来ちゃったわけ」


 ごめんなさいね? と、苦笑いを浮かべてそう言うカーロールさん。


「隊長のサフロさんが魔導技術マギテックギルドの方へ行かなくてもいいんですか?」


「それは問題ありませんよ。副隊長が指揮を執っていますし、何より魔導技術マギテックギルドの人間と言っても、戦闘経験がない者がほとんどです。数がいれば十分なんですよ。ただ、何かあるとすれば、この家とルーリさん周辺なんです。拘束した連中を取り調べの結果、報復は絶対ないと発言していましたが、大事を取って警戒に当たることになりましてって……うわっ?! 何ですかこの山盛りの食べ物は……」


「凄い量ね。でも凄く良い匂い。美味しそうだわ……」


 大事な話をしている最中のはずなんだけど、お二人はてんこ盛りのお料理に目が釘付けのようだ。


「瑪瑙お姉ちゃあん……」


 さっきまで元気にお手伝いしてくれていたハルルちゃんが、お腹を空かせてしおしおになっていた。


「お二人は夕食はもう済ませましたか? 私達は今からなので良ければご一緒にどうです?」


 私がそう言うと、嬉しそうに頷いたお二人さんなのでした。


「では、いただきます」


 みんなの声と共に、お食事タイム。

 トングで自分のお皿に食べたいものをよそって食べる。


「……」


「これは見事な食べっぷり」


 物凄い勢いでパスタを飲み込んでいくハルルちゃんの食べっぷりを見て、カーロールさんは唖然と言った感じで、サフロさんは感心した面持ちで頷いている。


「んー美味しい! 瑪瑙お姉ちゃん美味しい!」


 幸せそうな顔のハルルちゃん。


「どれが一番お気に入り?」


「全部!」


「ああ、もうハルルってば。お口がケチャップで真っ赤だよ」


 ハンカチでハルルの口を拭う。


「……あ、美味しい!」


「本当ですね。どれも非常に美味しい……」


 そう言って、ホントに美味しそうに食べてくれているサフロさんとカーロールさん。


「お口に合ったみたいで良かったです」


 みんないつも美味しいって言ってくれているけど、初めての人に振舞う時はやっぱり緊張しちゃうよね?


「もしかしてこれ全部メノウさんが?」


 サフロさんが驚いたように聞く。


「いえ、みんなで作っていますよ」


 私がそう言うと、


「ほとんどがメノウとカルハの二人だ。私達も確かに手伝っているが、材料を切ったりする下準備程度しかやっていない」


「私も確かに調理はしているけどー、メノウちゃんに色々教えてもらいながら作ってるからー、味はもうメノウちゃんの味よー」


「メノウのおかげで、豊かな食生活を送ることができていますよ」


 シルヴァさんとカルハさんとコルトさんが、それぞれ話す。


「メノウさんあなた凄いのね。私首都で結構良い物食べてると思っていたのだけれど、これはまた別格だわ」


 カーロールさんが褒めてくれたので、ちょっと照れ臭いけど嬉しかった。


「……もしかして、メノウさん達少し丸くなりましたか?」


 サフロさんがそう言った瞬間、空気がビシっと凍り付いた。

 私もフォークを持って固まっていた。

 凍り付いて静かになった部屋で、ハルルちゃんだけが、黙々とお食事を続行していた。


「サ・フ・ロさ~ん? 今何か言いました~?」


 私はとってもとっても素敵な笑顔を浮かべてそう言いました。

 お口だけニッコリ。


「……失言でした。メノウさん目が笑ってなくて怖いです」


 私からふいっと目をそらしてそう言うサフロさん。


「私達はまだまだ育ち盛りだからいいんです!」


 と、私が言うと、


「そうそう。問題はコルト達でしょ?」


 リステルが別の方向に爆弾を放り投げ、部屋の温度がまた下がった気がする。

 コルトさん達三人は、笑顔で固まっていた。


「リステルちゃーん? 言って良い事と悪い事ってあるわよねー?」


 カルハさんから真っ黒なオーラが沸き上がっているように見えた。


「じょっ冗談だよ! 冗談! ……だから許してください」


 物凄い早口で謝ったリステルさん。

 うん、流石にさっきのカルハさんには、私も寒気がした。

 はっ?! これが殺気?!


「よろしい~」


 鷹揚に頷いて、笑顔に戻るカルハさん。

 いや、ずっと笑顔のままだったんだけど、今の笑顔は怖くない。


「まあ、メノウの作った料理を食べるようになって、確実に食べる量は増えた。ハルルが上手そうに食べるのも見ているから、つられて食べ過ぎてしまう事はしょっちゅうあるな。サフロ、野営中にもこのレベルの食事がでると考えて見ると良い。隊全員ががっつくだろう?」


「野営中でもこんなおいしい食事を作ってもらえるんですか?! それは……たまりませんね……」


 シルヴァさんの言葉に、緩んだ表情で答えるサフロさん。


「……私はまだ大丈夫。きっと大丈夫。絶対大丈夫……」


 ……コルトさんはぶつぶつ呟いて、お腹をさすっている。


「コルトさん、おかわりはいかがですー?」


「あ、あははは。私はもうお腹いっぱいかなー……なんて」


「……美味しくなかったですか?」


 肩を落とし、しょんぼりとしたふり・・をして、上目遣いで聞く。


「ぐっ! 美味しいですー。もっと食べたいですー。その眼はずるいですよメノウ……」


 テヘッと笑ってみせると、みんな一斉に笑う。

 こうして、二人お客さんを迎えてのお夕飯は、楽しく終わりを迎えるのだった。


 食事を終え、食後のティータイム。

 私の淹れた紅茶を飲んで、みんながゆっくりしていた時だった。

 私とルーリとサフィーア、カーロールさん以外の人の動きがピタっと止まった。

 表情はどこか硬い。


「外が騒がしくなりましたね」


 コルトさんがそう言うと、


「警戒に当たっている隊員に何かあったのでしょう。私は確認にいきます。カーロールさんはここに残っていてください」


 そう言った時だった。


 ドンドンドン


 思い切りドアが叩かれた。

 ここにいる誰もが、何かが起こったと確信した瞬間だった。


 玄関の扉の前で、みんな臨戦態勢を取る。

 そして家主であるルーリが、


「どちら様ですか?」


 と、扉に向かって大きく叫ぶ。


「至急サフロ隊長をお呼びください! お願いします!」


 扉越しに、切羽詰まったような声が聞こえて来た。


「この声は部下で間違いありませんね。私が扉を開けますので、ルーリさんは下がっていてください」


「……はい」


 ルーリが扉から離れるのを確認すると、サフロさんはドアを勢いよく開け放った。


「サフロ隊長! この老人がルーリさんに火急の用があると言って、制止を振り切ったのです」


 そう話す女性隊員の肩に、誰かが担がれている。


「たの……む……。ルー……リに……、会わせて……くれ……」


 弱々しく話す声は、どこか聞き覚えのある声だった。


「……お爺ちゃん?」


 離れていたルーリが、恐る恐る扉の外を覗き込む。

 そうだ、この声。

 魔導具屋のお爺さんの声だ。

 だけど……。


「お爺ちゃん?!」


 慌てて駆け寄り、お爺さんを支えるルーリ。


「そんな無理に動かしちゃダメです! 酷い怪我をしているんです!」


 女性隊員に注意され、ゆっくりとお爺さんを横にする。

 お爺さんの服はボロボロで、……赤色があちこちから滲んでいた。


「今から手当てをしてももう……」


 ルーリが崩れ落ちるのが見えた。

 それを見た瞬間、私の心臓がバクバクと破裂するんじゃないかと思う程うるさくなった。


「わ、私治癒魔法が使えます!」


 何とか声を振り絞り、横に寝かされているお爺さんの下へ駆け寄った。


「……生半可な治癒魔法では、これはもう助かりません」


 サフロさんが悔しそうに奥歯を噛みながらそう言った。


「そんなっ!」


 ルーリが叫び声をあげる。


 私がルーリから教えてもらった治癒魔法はただ一つ。

 ヒーリングだけ。

 この魔法は患部に手をかざすことで、傷を癒す魔法。

 今この瞬間にも死んでしまいそうなお爺さんの体をくまなく探して、一つ一つ傷を癒していく時間なんてない。


「だからって、ルーリを大切にしてくれた人をみすみす死なせるなんてできない!」


 私はお爺さんの体に触れて、


「袂に集え、癒しの青光よ! 水の加護の下、かの者に癒しを与えん! 答えよ血よ ! 汝の主のもとある姿を! さあ祈れ、祝福せよ! 清浄なる流れにより、主の傷は癒されん! ヒーリング!!」


 目を瞑り、ありったけの魔力を込めて、治癒魔法を発動する。


「何だこれはっ?!」


「瑪瑙っ?!」


 目を開くと、お爺さんは全身を青い光に包まれていた。

 そして私の体から、青く光る粒子が溢れだしていた。


「メノウ、落ち着け! お爺さんに意識を集中しろ。この青い光の粒子は、恐らくメノウの膨大な魔力が、ヒーリングに耐え切れず溢れだしたものだ。意識をしっかりお爺さんに向けて、魔法を発動するんだ!」


 私の肩に手を置いて、シルヴァさんがアドバイスをくれた。


 大きく息を吸い、ぐっとこらえる。

 まだ手の先から温もりを感じるお爺さんに、意識を集中する。

 お願い!

 お願い!!

 死なないで!!!


「ヒーリング!」


 私が魔法を再度発動した瞬間だった。

 私から溢れていた青色の粒子は、私の体の中へと渦を巻いて入ってきた。

 そして、お爺さんを包んでいた青い光は、どんどんと輝きを増していき、やがて、青い光の柱となって、夜空へと伸びていった。


 光が収まると、お爺さんはゆっくり体を起こし、不思議そうに自分の体を眺めていた。


「……何が起こったんじゃ?」


「お爺ちゃんっ!」


 ルーリがお爺ちゃんに飛びついた。


「良かった……良かったようっ!」


 泣きじゃくるルーリを、


「ルーリ、まず何があったのか聞かないと!」


 リステルが、慌てて引き離す。


「あっ、うん! お爺ちゃん何があったの? お婆ちゃんは?」


「襲われて、家内が攫われた……」


 そう言って、悔しそうに俯いたお爺さんだった。

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