血溜まりに沈む

※流血・殺人・グロ注意


「サフロさんが――」


「私達を監視っ?!」


 私とルーリが驚いて声を上げる。

 ハルルとシルヴァさん以外の人も目を大きく見開いて、一様に驚いていた。


「正確には私達ではなく、私達を尾行していたこいつらの監視だろうがな。こちらも一応監視対象にはなっていたようだな」


「……」


 シルヴァさんの言葉に、私は言葉を失う。

 今の時点でどれだけ大事になっているのか。


「……えっと、とりあえず、私が話しておかなくちゃいけない事を話しますね」


 若干言葉を詰まらせながらルーリがそう話し出す。


魔導技術マギテックギルドの関係者が欲しがっている魔導具の設計図と言うのは、魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具の設計図だと思います」


 そう言って、ルーリは羊皮紙の束を空間収納から取り出し、机にずらっと並べた。


「魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具? どこかで聞いたことがあるが、何だったか……」


 シルヴァさんが机に広げられた設計図を見て首をひねる。


四色ししょくの鏡と言えば、皆さんおわかりになるのでは?」


 その様子を見て、セレンさんがそう言った。


「ん? ああ、それだ。だがどうしてその設計図をルーリが持っているんだ? これは本物なのか?」


 そう言ってシルヴァさんはルーリを見る。


「盗んだんじゃないのか? そいつが魔導技術マギテックギルドのルーリと言う奴本人なら、碌な噂を聞いたことがないぞ?」


 鎧姿の男性が少し声を荒らげて言う。


「止めないか。噂を馬鹿正直に信じる奴があるか! 今は黙って事情を聴くんだ」


「……くっ。すみません……」


 もう一人の男性にたしなめられて、渋々と言った感じで謝る。


「もし、これがルーリさんが盗んだ設計図だったのなら、きっと事態はここまで大きくなりませんでしたわ」


「そうですね。四色ししょくの鏡を、本当に魔導技術マギテックギルド現会長達が作っていたのなら、設計図が無くても、また同じものを作れるのでは?」


 ガレーナさんの言葉に、セレンさんが続く。


「そもそもじゃ。もしこれが盗んだ物ならば、こやつのような怪しい人間を使うより、正面切って糾弾し、取り戻せばよいだけの事じゃろう?」


 サフィーアが腕を組んでそう話す。


「これは、私が一から一人で作った魔導具なんですよ。この魔導具を作ろうと思ったきっかけは、私が魔法を使えると知ったからなんです。自分の適性と保有魔力量がどれだけあるんだろうと疑問に思って、色々と試行錯誤した結果、この魔導具が出来たんです。四色ししょくの鏡ですっけ? 私はそんな名前をつけていないのですが」


「ではルーリさんはこの設計図が無くても、四色ししょくの鏡を作れるのですか?」


「作れます。今ならもう少し小さく、性能も少し良い物を作れると思います」


「何故そう言い切れるんですか?」


「これを作ったのは五年も前です。それ以降も私は研究に研究を重ねてきました。そのおかげで、ある程度の小型化する目処が立っているのです」


 男性とルーリの会話を聞いていて、ふと気になったことがあって、設計図を眺めて見る。

 ……あ、これは私には何が何だかさっぱりわかりませんね。


「ねえルーリ。小型化する目処が立ったって言ってるけど、ルーリが作ったその魔導具って、大きさはどれくらいあるの?」


「鏡台をそのまま加工したから、結構な大きさよ?」


 あら、思ったより大きかった。

 適性を測る魔導具が手鏡だったから、もう一~二回り大きいくらいだと勝手に思い込んでいた。


「ルーリ。私はルーリとそれなりに一緒に過ごしてきて、嘘をつくような人間ではないのはわかっているんだが、言葉だけではどうしても他の者に対して説得力を欠く。何かそれを証明できる物はないか?」


「ありますよ。丁度お見せしようと思っていたところです」


 シルヴァさんにそう言われて、すぐに空間収納から手鏡を取り出すルーリ。


「それは?」


「適正を測る魔導具です。ただこれは、手鏡の大きさに抑えたせいで、中位上級までしか測れないんですが」


「私が使うとどうなるんだ?」


「シルヴァさんは風属性を上位上級まで使えますよね? だとしたら魔法陣が耐えられずに焼き切れてしまいます」


「そうか。そうなると、メノウもサフィーアも無理か。他に魔法が使える人間は……」


 そう言ってシルヴァさんが周りを見渡すと、


「はいはい! ハルル使って見たい!」


 ハルルが手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねてそう言った。


「そうだな。ルーリ本人が使うより、別の者に使ってもらったほうが信憑性は高いだろう。かまわないか? ルーリ」


「もちろんです。ハルル、この取っ手をぎゅっと握って見て?」


「ん!」


 そう言って、ハルルが手鏡を握ると、手鏡に埋め込まれた四つの魔力石が光り始めた。

 一番強く輝いているのは、赤色の魔力石。

 その次は緑色の魔力石。

 残りの青と黄の魔力石は、光っているのがわかる程度の光の強さだった。

 そして魔力石から鏡部分に向かって、光が棒グラフのように伸びていき、少しすると動かなくなった。


「ルーリお姉ちゃん、これでいいの?」


「ええ、後は縁に彫ってある線を見て、どれだけ適性があるのか見るの。えーっと、火が中位下級、風が下位下級で、残りが……。あら? 水と地も、基本程度の適性があるわね?」


 ルーリがハルルの持つ手鏡を覗きこんでそう言うと、


「あれ? ハルル火しか使ったことないよ? それに、使えても下位下級までの魔法と、エンチャントファイアくらいしか使えないはずだよ?」


 ハルルが首をかしげて言う。


「うーん。ハルルの体質的に、元々適性があった火と、常に体に纏ってる風の適性が成長しやすいのはわかるんだけど、適性がない属性も成長するってどういうことかしら?」


「ハルルは魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうじゃろう? そのせいではないのか? 稀な体質故、まだ知られてないこともあるのではないのかのう?」


「そう……そうね。サフィーアの言う通りかもしれないわね」


 そんな二人のやり取りを見ていた鎧姿の男性が、


「では四色ししょくの鏡の製作者がルーリさんだったとして、どうしてこのような事態になったのですか? 何があったんですか?」


 そうルーリに問う。


「私がそれを発明したのが五年前。十歳の時でした。私が製作したそれを首都の王城で披露するという話が出たらしく、十歳の私が製作したと言っても信じてもらえないだろうから、私をリーダーとして、現会長を含めた数人で、共同製作という体を取ろうと相談されたことが、事の始まりだと思います。結局私は首都へ行くことは無く、知らない間に共同制作の一覧から私の名前は消えていたそうですが」


「そんな馬鹿な!」


 男性一人が声を荒らげた。


「……そ、そう言われましても、私が知っている事を話しただけですし、さっきお見せした魔導具も、魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具の機能を別けて、小型化したものですし……」


 男性の声に若干怯えつつも、そう主張するルーリ。


「ルーリさんの話を聞いて現状を考えると、やましい事があるのは魔導技術マギテックギルドの方だろう。ルーリさんはどうしてこんなことになるまで、このことを黙ってたんですか?」


「えっと、私が製作した魔導具が、勝手に首都で発表されていたことを知ったのは、実は最近なんですよ。製作後しばらくして、魔導技術マギテックギルドの人たちから嫌がらせみたいなことが増えたので、距離を置くようになりましたし」


 ルーリがそう言うと、


「ルーリさんにその話をしたのは私です。その場にアミールさんもいました」


「ええ、間違いなく私も居たわ」


 セレンさんとアミールさんが手を挙げて話す。


「その件については私もセレンから報告を受けていましたが、何分他所のギルドの事。おいそれと口を出すわけにもいきませんでしたの……」


 ガレーナさんのその一言で、部屋は沈黙に包まれた。

 事の重大さに、誰も口を開けない状態が続いていた時、また扉がノックされた。

 セレンさんが再び応答すると、


「皆さん……」


 セレンさんの一言と共に、リステル、コルトさん、カルハさん、サルファーさんの四人が部屋に入ってきた。


「こっちは全部対処しておいたよ。シルヴァ、そっちの首尾はどう?」


「問題ないぞ。ハルルが上手くやってくれた」


「そっか。ハルルありがとうね?」


「ん!」


 リステルがシルヴァさんと話をし、ハルルにお礼を言い頭を撫でた。


「早速で悪いんだが、何が起こっているか説明してもらえないだろうか?」


 そう言うのはサルファーさん。


「……ルーリごめんね。少し事を大きくしちゃったから、内緒にしておけなくなっちゃった。私から話すより、ルーリからちゃんと聞いた方が良いと思ったから、サルファーさんを連れて来たの」


 リステルが申し訳なさそうに話す。


「謝らないでリステル。もっと早く話しておけば、こんなことにはならなかったかもしれないから。私が悪いのよ」


 そう言って、ルーリは今入ってきたリステル以外の人たちに、今回の事件のあらましの説明を始めた。


「さて、この女の人がこっち側の尾行者だね?」


「そうだけど、リステル何するの?」


 魔法で拘束されている女の人に近寄り、頬をペシペシと叩き出した。


「ちょっとね。色々聞き出そうと思って。ほら、さっさと起きなさい」


 頬を叩き、体を揺らしてすぐに、


「……ん。痛っ」


 と、女性が声を上げ、顔をしかめた。


「おはよう。自分の置かれてる状況理解できる?」


 リステルが冷たい声でそう言うと、女性は体を動かそうとしたようで、拘束されている手足が若干モゾモゾと動いた。


「はあ、こんな子供にやられるとは思わなかったわ」


 そう言って、忌々し気にハルルを睨みつけると、


「で? 私に何を聞きたいの?」


 一つため息をつき、諦め気味にそう言った。


「他に仲間がいるでしょ? たった六人しかいないなんてことは無いはずだよね? アジトと仲間の人数を言いなさい」


 そう言うリステルの声が、どんどんと低くなっていく。


「……っ。言ったとして、どうするのよ?」


 気配なんてものがわからない私でさえ、背筋が冷たくなる程のリステルの声に、拘束されている女性も、顔を強張らせる。


「一人残らず潰すに決まってるじゃない。私の大切な仲間に手を出そうとして、タダで済むと思ってるの?」


「それを聞いて、はいわかりましたって話すと思う?」


 そう女性が鼻で笑いながら言った瞬間だった。

 リステルは女性の右人差し指を掴み、躊躇することなくへし折った。


「ぐっ!!」


「話したくないなら話したくないでいいけど、痛い思いをし続ける羽目になるよ」


 まるで人ごとのように、平然と話すリステル。

 その顔はいつになく無表情で、とても冷たく感じるのだった。

 そして今度は中指を掴み、へし折ろうとする瞬間に、私はリステルに後ろから飛びついた。


「リステル! どうしたの?! こんなことしなくてもいいじゃない!」


 私はそのまま女性からリステルを引き剥がした。


「……瑪瑙」


 ハッとした顔で私を見るリステルの頬を、ムニムニと揉みほぐす。


「もうっ! ずっと怖い顔して! ほらいつもみたいに笑って? 綺麗な顔が台無しだよ?」


 すると、急にプルプルと震えだしたリステルの目から、大粒の涙が溢れだした。


「だって! だって!! こいつら私のっ私の大事な友達にっ――危害を加えようとっ――ううっ――したんだよっ?! 私絶対許さないからっ!!」


 ああ、そうだ。

 私が襲われた時も、リステルはこんな風に激昂してたんだった。

 周りの声が聞こえなくなるくらいに。


 私もルーリを狙っているという話を聞いて、気分が悪くなった。

 魔導具の事に関しては、正直ムカついている。

 きっと私がムカついている以上に、リステルは激怒しているんだ。

 もし今回の事で、ルーリが怪我をしていたら、リステルは容赦なくこの女の人を斬っていたかもしれない。


 私は泣きじゃくるリステルを抱き寄せて、


「よしよし。私が襲われた時もそうだったよね。凄く怒ってくれたね。私が場違いだってことはわかってるんだけど、それでも私は、リステルには笑っててほしいよ?」


 頭を撫でつつ、背中をポンポンと叩く。


「ううっ――うん。私怖かったよね?」


「うん。ちょっとだけ怖かった」


 私がそう言うと、またぽろぽろと涙を流し始めた。


「……嫌いにならないで」


 そう呟くリステルに、


「なるわけないでしょ?」


 私はそう言ってリステルの頬に、唇を寄せる。

 その瞬間、リステルがキョトンと私を見たかと思うと、ボンっと音が聞こえてきそうな勢いで、顔が真っ赤に染まっていった。

 ハンカチを取り出して、リステルの涙を拭ってあげていると、


「むぅ」


 少し唇を尖らして、リステルが唸り出した。


「どうしたの?」


「なんか瑪瑙って、こう言う事慣れてるの?」


「こう言う事って?」


噛み跡しるしも瑪瑙が始めた事だし、さっきも頬にちゅって……」


 リステルの言葉に、無意識でさっきしてしまったことを思い出して、顔からが火が出そうになる。


「慣れてるわけないじゃん! もうリステルのバカっ! しらない!」


 そう言って、ごしごしとリステルの顔を容赦なく拭く。


「あだだだだ! 痛い痛い! ごめん! ごめんって!」


「落ち着いた?」


「うん。ちょっと冷静になれたと思う」


 リステルの顔は、いつもの優しい顔に戻っていた。


「でも、聞くことはちゃんと聞かないと。あと、潰すことは絶対」


 あ、そこは譲らないのね。

 私は指を折られた痛みで呻いている女性に近寄り、折れた指が痛まないように、そっと手を取った。


「っ!! 今度はあなたの番かしら……?」


「私は何もしませんよ。ヒーリング」


 折れた指に治癒魔法をかけてあげた。


「……あなた」


「ちゃんと治ってます? 痛みませんか?」


 私の行動に呆気にとられたのか、呆然と手を開いて閉じてを繰り返していたけど、急に不快そうな表情に変わって、私を睨みつけた。


「あなた、治癒魔法が使えるのね……。あなたがいるせいで、私が最悪の状況にいるって事はわかったわ……」


「えっ?! どうしてですか? 別に私は痛い思いをさせるつもりはないですよ?」


 私が言われたことに戸惑っていると、


「メノウよ。お前さんが治癒魔法が使えるという事は、拷問がいくらでもできるという事じゃよ。こやつの指を全て折ってしまっても、お前さんが治癒魔法を使えば元通りじゃ。何なら、もっと惨い事も可能になる。捕縛された者にとって、相手に治癒魔法が使える者がいるという事は、考えうる限りで最悪なことなんじゃよ」


 サフィーアが私の横に立って、そう説明してくれた。


「私、ほんとにそんなつもりないですよ! だから安心してください! あと、出来れば質問に答えて欲しいです……」


「……あなた、随分と甘いと言うか、冒険者のわりに世間知らず?」


「あー……。世間知らずなのは、その通りかもしれません」


 だって私はこの世界の住人じゃないんだもん。


「はあ。仲間の事は言えないわ。っと言うより、言ってももう遅いって感じかしら?」


 大きなため息をついたとおもったら、急に話し出した。


「私がどれだけ気を失ってたかわからないけど、私の指を折ったお嬢さんの感じを見るに、すべて失敗に終わって、他の仲間も捕まったみたいね? 私達がある場所に定刻に戻らないと、依頼は失敗したとみなされ、仲間たちは一斉に身を隠すわ。大半が街を出るでしょうね」


「その場所をあなたから聞き出して、兵を動員して包囲してしまえば、捕まえられるんじゃないの?」


 リステルが女性に問う。


「そうね。間に合うかもしれないわね。でも、私は仲間の事をこれ以上言うつもりはないわよ」


 女性がそう言うと、リステルの表情が曇る。


「まあそんな顔しないでよ。指を治癒してくれた甘ちゃんなお嬢さんに、お礼として別の情報をプレゼントしてあげるわ。どっちかというと、そっちに兵を動員した方がいいんじゃないかしら?」


「どういうことですか?」


「依頼主についてよ」


魔導技術マギテックギルドの関係者でしょ? それぐらいはもう知ってる」


 リステルがつっけんどんに言う。


「関係者っていうか、魔導技術マギテックギルドの会長よ」


 その言葉に、私達とは別に話していたルーリ達も、一斉に話すのを止め、女性の方へ振り返る。


「その言葉、信用するに足る証拠は何かあるのか?」


 シルヴァさんが少しきつい口調で問い詰める。


「無いわよ。私は交渉役もやってるから、今回の依頼を受ける時に同席していたのよ。代表は会長だけど、幹部勢揃いしていたわよ? そうそう。魔導技術マギテックギルドの会長と言えば、随分前に変な依頼を受けた事もあったわね?」


 証拠はないと言いつつも、喋り続ける女性。


「ルーリって女の子の悪評を流せって依頼。あれも魔導技術マギテックギルド会長からの依頼だったわね」


 その言葉に顔を青くするルーリと、また無表情になるリステル。


「……成程。報告を受けてからずっと疑問に思っていましたが、これで合点がいきますわね」


「どういうことですか?」


「そもそも噂の内容が魔導技術マギテックギルド内での事ですわ。それなのに魔導技術マギテックギルドとは無縁の方にも噂が広まっていますの。どこか不自然さを感じてはいたのですが、確証がなかったもので、調査のしようがなかったのですわ」


 ガレーナさんが申し訳なさそうに言う。


「ルーリ、顔色が悪いよ。ちょっと座って休憩しよう?」


 そう言って私はルーリの手を取って、椅子に座らせた。


「……大丈夫……じゃないよね」


「うん、辛い……辛いよ瑪瑙……。どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの……」


 隣に座った私にもたれかかるように、体重を預けるルーリ。

 私はルーリを包み込むように抱きしめる。


 ルーリの言葉に何も言えず、ここにいる全員が口を閉ざしたままだった。



 ―――???―――



 コンコンコンと、控えめに扉がノックされる。


「入れ」


 白髪が目立つ、少し痩せ気味の男性、魔導技術マギテックギルドの会長がそう声をかけると、ドアが静かに開き、音もなく男性が一人入ってきた。


「……二人だけか。他はどうしたんだ?」


「貴様には関係ない事だろう。そんな事より、頼んだものは手に入れたんだろうな?」


「その事だが、どうやら失敗したようだ」


「失敗だとっ?! 本気で言っているのか!!」


 淡々と言葉を放つ男性とは正反対に、声を荒らげる会長。


「どれだけ大金を払ったと思っているんだっ! それを失敗したなどとふざけるなっ!」


 机を思い切り殴り、青筋を立て、勢いよく立ち上がる。


「失敗する可能性があるとは、事前に伝えておいたはずだ。そもそも我々は闇夜に紛れて事を成す集団だ。それをお前が、達ての願いだというから、無理に聞き遂げた結果、失敗に終わったのだ」


 そう言って男は懐から袋を取り出し、会長に向かって放り投げた。


「本来なら金を返す義理などありはしないのだがな。お前達もそれでは不満だろう? ただし半分だ。失敗こそしたが、無理にでも行動に起こしたのだ、前金だと思え」


「ふざけるなっ! 何が闇夜に紛れて事を成す集団だっ! 偉そうな口をききやがって! 金を返すなら全額を返せ!」


 そう怒鳴り散らして、男性の胸ぐらを掴む副会長。

 男性は胸ぐらを掴んでいる右腕に、自分の右腕を差し込み体重をかけ、バランスを崩した相手の背中に回り込み、首を絞め、いとも容易く拘束した。


「がっ!!」


「止めておけ。戦闘の心得もない人間が、私に敵うわけがないだろう?」


 そう言って、副会長を突き飛ばして開放した。


「ゴホッゴホッ。くそがああああああ!」


 副会長は短剣を取り出し、男性に斬りかかる。

 男性は素早く短剣を抜き、峰にある凹凸で相手の短剣を受けると、自分の持っている短剣を捻り、凹凸部分に相手の短剣を噛ませ、自分の方へ短剣ごと相手を引き寄せ、鳩尾に蹴りを入れる。


「止めておけと言っただろう。……ここでお前を殺してしまっても構わないんだぞ?」


 息一つ乱さず、あくまで淡々と話す。


「くそっくそっ!!!」


 男性を睨みつけ、まるで呪詛のように呟く。


「止めなさい。こいつの言う通りだ。私達ではこいつに勝ち目はない」


 そう言って、落ち着かせようとする会長。


「失敗だと言っていたが、計画を実行した者はどうなったんだ? 殺されたのか?」


「日中の街中での行動だ。高確率で捕まったのだろう。誰一人戻って来なかった事を考えると、我々より手練れの可能性が高い。相手はただの魔導具を作れる小娘とその友人と聞いていたのだが……?」


 淡々と話していた声に、急に威圧感が籠る。


「わ、私もそれ以上の事はわからん!」


「……まあいい。時間を理由にお前達の言葉を信じ、相手の調査をしなかった我々の落ち度だ。それでは、我々は闇に紛れるとする。もう二度と会う事はないだろう。私が言うのもなんだが、少しは真っ当な道を歩け。手遅れだろうがな……」


 そう言って、ドアの取っ手に手をかけた男性だったが、ドアは開かない。


「……む」


「ああ、その扉の鍵は魔導具になっていてな。普通には開かないんだ」


 そう言って副会長が、扉に向かって近づいてきた。


「私が持っている鍵で、解錠することが出来るん――だっ!」


 次の瞬間、扉の鍵に気を取られている男性の背中目掛けて、隠していた短剣を思い切り突き刺した。


「がっ?! な、何をする……」


 血の泡を吹きながら倒れる男性。

 それでもお構いなしに、何度も何度も短剣を突き立てる。


「くそがっ! くそがっ!! 見下しやがってっ!! お前達だって失敗して役に立ってねえじゃねえかよっ! 死ねっ! 死ねっ! クソが死ねええええええっっ!!!!!!!!!」


 既にこと切れている男性に、容赦なく短剣を突き刺し、踏みつけ、蹴り飛ばす。

 床に血溜まりが広がり、壁と凶行に及んだ副会長に、血飛沫が飛ぶ。


「おっお前は! 何て事をしたんだっ!」


 青く血相を変え、会長は叫んだ。


「はあ……はあ……はあ……。そもそも叔父さん、あんたが温い手しか使わないからこうなったんじゃないのか?」


 血みどろで、胡乱な目をした副会長が、ふらふらとにじり寄る。


「もっとルーリがガキだった頃にっ! 無理やりにでも奪っておけばっ! 殺してでも奪っておけばっ!! 今こうして、馬鹿みたいに慌てふためくことも無かっただろう! 伯父さんよお!」


怒鳴りながら、尚もにじり寄る。


「それはっ……」


 後ずさりを続けていたが、とうとう壁際まで追い詰められた。


「もう良いよ、叔父さん。後は私が何とかするから」


「やめっ……やめてくれっ……」


「無能は死ねええええええええええええええええ!」


 叫び声と共に、喉に短剣を突き刺し、思い切り横に振り抜いた。

 夥しい血が吹き出し、魔導技術マギテックギルド会長は、血だまりに沈んだ。


「ざまあ見ろざまあ見ろざまあ見ろ!!」


 そう言って、動かなくなった伯父だった者の頭を何度も何度も踏みつけ、ぐしゃりと踏みつぶした。


 そして、赤く染まり、鉄錆びた匂いが充満する部屋で、一人高笑いをすると、


「さあ次だ!」


 狂った笑みを浮かべ、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る