知られたくなかった事

 リステルとコルトさんとカルハさんが、どうして別行動をとったのかわからないまま、私達は七人は冒険者ギルドへ向けて、歩き続けている。


 さっきのハルルとシルヴァさんの話の内容を考えると、冒険者ギルドに入る直前に、何か行動を起こすことはわかった。


(捕縛できるかって、シルヴァさんがハルルに聞いていたから、誰かを捕まえる? 何のために?)


 そうこうしている内に、冒険者ギルドが見えてきた。

 そして私達が、ギルドの敷地内へ入った瞬間、


「行く」


 そうハルルの声が聞こえたかと思うと、とてつもない速さで後方へ向かって飛び出した。

 慌てて私も後を追う。


 ハルルは、魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうと呼ばれる特異体質で、自分の意志とは無関係に、常に体に魔力を纏わせている。

 ハルルが纏っている魔力の属性は二種類。

 怪力を得られる火属性と、素早さを得られる風属性。

 この二属性を纏っていることと、本人の勘の鋭さも相まって、近接戦において、天賦の才を持っていると、コルトさん達は話していた。


 そんなハルルの走力。

 普通に全力疾走しただけでは、到底追いつくことはできない。

 私も自身に風を纏わせ、加速して追い縋る。


 道行く人達の間を縫うようにして移動していると、あからさまに私達を見て、逃げようとしている人がいた。


 その人に向かって、さらに加速したハルルが飛びかかった。

 逃げようとしていた人は、ハルルに向かって右腕を横に薙ぎ払う。

 それをハルルは容易く躱し、前方へと回り込むと、顔面を掴んで地面へと叩きつけた。

 一瞬で相手は、ピクリとも動かなくなった。

 良く見て見ると、地面に叩きつけられた人は女性で、ハルルに向かって薙ぎ払った右手には、短剣が握られていた。


「ハルル大丈夫?!」


「ん。大丈夫」


 女性の胸ぐらをつかみ、ずるずると引きずって来るハルル。


「その人は?」


「ちゃんと加減したよ? 気を失ってるだけ」


 聞きたいことはそう言う事じゃなかったんだけど、いや、無事なのかも聞きたかったことではあるんだけど!


「ねえハルル? 私何が起きてるか、全然わかってないの。ちゃんと説明してもらってもいい?」


 リステルは後でちゃんと説明すると言ってくれていたけど、当の本人がここにいないので、聞くに聞けない状態だった。


「ん! でも、そろそろシルヴァが話してくれると思う。とりあえず、みんなの所に戻ろう?」


 ハルルの突然の凶行に、目撃した周囲の通行人たちが、つぶさにどよめき出した。

 それをまったく気にする様子はなく、女の人をずるずると引きずっていくハルル。

 私はまだ握られたままの短剣を慌てて取り上げて、とりあえず空間収納にしまっておいた。

 周りの人たちの視線が凄く痛いが、黙ってみんなの所まで戻った。


 冒険者ギルドの入り口近くまで戻ると、残りの五人と、ガレーナさんとセレンさんが待っていた。

 シルヴァさんは、さも当然のようにハルルが人を引きずってきたのを迎え入れたけど、他の人たちは、若干顔を青くしている。


「シルヴァ、捕まえて来た」


「ああ、よくやったハルル」


「あのっ、シルヴァ様?! 呼ばれたので慌てて飛び出してきましたが、これは一体何事ですか?」


 二人の様子を見て、慌てた様子のガレーナさんが、シルヴァさんに説明を求めている。


「そうだな、先にこちらの事情を話しておくか。私達も呼び出された理由が聞きたいから、静かに話せる場所に連れて行ってくれないか?」


「ハルルさんが引きずっている女性はどうなさるおつもりですか?」


「連れて行く。こいつからも詳しく事情を聞きたいからな」


 シルヴァさんがそう言うと、ガレーナさんは少しだけルーリを見つめて、すぐにセレンさんに目配せをした。


「……わかりました。では皆さん、こちらへ」


 そう言ってセレンさんが先頭を歩き、私達を先導した。


 ずるずると、相変わらずぞんざいに女性を引きずっているハルルがいたせいもあってか、ギルド内でも奇異の視線に晒された。


 一階にある一番大きな客室に案内されると、


「メノウとルーリのどちらでもいいから、この女をアースバインドで拘束しておいてくれないか?」


 と、シルヴァさんが、私とルーリを見ながら言った。


「私がしておきますね」


 それに私が返事をして、女性をアースバインドで拘束し、地面に縫い付けた。

 私が拘束をするのを見届けてから、シルヴァさんが口を開いた。


「さて、まずは私達の方から事情を話そうか。このままだとハルルが人をいきなり襲った冒険者になってしまうからな」


「そうですわね。納得のいく説明を頂けませんと、最悪ハルルさんを衛兵に引き渡さないといけない事になりますわね」


 いつもはあまり表情を崩さないガレーナさんが、険しく目を細めている。


「一言で言うなら、ルーリの家を狙っている賊の一味だな。こいつは素人じゃない」


「えっ?! 私の家?!」


 ルーリが驚いて声を上げる。

 驚いていたのは、ルーリだけじゃなく、この場にいる、シルヴァさんとハルル以外は、みんな目を見開いて驚いていた。

 もちろん私も。


「そうだ。朝、買い物に出る時に、家の様子を伺うように周辺に三人。そして、私達を尾行してきた者が三人いた。こいつは尾行してきた内の、その一人だ」


「じゃあ朝から五人で話してたのって、このことだったんですか?」


「ああ、気取られたくなかったんでな。説明せず、こちらで勝手に動かせてもらった」


「ハルルも気づいていたの? 尾行している人とかに」


 シルヴァさんの話を聞いて、私は次に、ハルルに質問をする。


「ん、すぐに気付いた。あれぐらいならハルルはすぐわかる」


 コクンと頷くハルル。


「アタシとアミールは全然わからんかったが……」


「ええ。魔物の気配ならすぐにわかるんだけどね。ハルルちゃん良くわかったわね?」


 ハルルの言葉に、動揺を隠せないでいるアミールさんとスティレスさん。


「二人はそもそも、魔物狩りを中心に活動してきた冒険者だろう?」


 そんな二人を見て、シルヴァさんが声をかけた。


「そうね。人間を相手にすることはほとんどなかったわ」


「その差だろうな。魔物と人間では、気配の出し方から、隠し方、諸々勝手が違うんだ。慣れていないなら仕方がない」


「おいシルヴァ、じゃあハルルは人間を相手にすることに慣れてるって事になるんだが?」


 スティレスさんがそう言うと、みんなの視線がハルルに集まる。


「……」


 ハルルは私の顔をチラッと横目で見ると、何かを言おうとしたのか、口を開いたけど、すぐに閉じてうつむいてしまった。

 そして顔を上げ、


「ハルルがなんて呼ばれてるか、知ってる?」


 一言そう言った。


「首切り姫……ですよね?」


 恐る恐ると言った感じで、セレンさんが言う。


 首切り姫。

 相手の首を刎ねる戦い方から、そう呼ばれていると、ハルルと出会う直前に、セレンさんが言っていた。

 実際、ハルルと一緒に魔物を討伐するようになって、戦い方を何度も見て来たけど、ハルルより二倍くらいある大鎌を軽々と振り回し、魔物の首をいとも容易く刎ねていいるのを、私は見て来た。

 そう言えばもう一つ、セレンさんにハルルのパーティーメンバーの事で注意をするようにって言って貰ってる時に、リステルが言ってなかったっけ?


「断頭台の乙女?」


 私がぽそっとつぶやくと、ハルルの肩がビクっと震えた。


「……瑪瑙お姉ちゃん知ってたの?」


「うん。でも、そう呼ばれてるってリステルが言ってたのを覚えてただけだよ?」


「……まさか! 相手はほとんどが獣か魔物って聞いていたんですが?!」


 セレンさんが何やら慌てた様子で話す。


「それだと、断頭台の乙女なんて呼ばれたりはしないだろう?」


「……っ」


 シルヴァさんの一言に、セレンさんは黙り込んでしまう。

 二人のやり取りに私が首を傾げていると、


「瑪瑙お姉ちゃん。断頭台っていうのは、罪人の首を刎ねる時に、押さえつけておくための台の事だよ。つまり、ハルルはそう呼ばれてしまうくらい、人をたくさん殺してきたの。ほとんどが獣と魔物って言うのは、人は殺しても持ち帰らないから、そんな風に言われたんじゃないかな?」


「……ハルル?」


 ハルルの言葉に、頭を思い切り殴られたような衝撃が走った。


「瑪瑙お姉ちゃんには、あんまり知って欲しくなかったんだけどね」


 今にも泣き出しそうな顔のハルルが、無理やり笑顔を作って私を見ている。


「メノウ。この際だから言っておくが、ハルルだけじゃないぞ。リステル様も私も、今まで散々人を殺してきた。リステル様は話したくないようだがな」


 シルヴァさんのその言葉で、私の頭は完全に真っ白になってしまった。

 ハルルやシルヴァさんの言葉から、殺した人数は一人や二人ではない事は、想像に難くない。

 だけど、どうしても受け止めきれなかった。

 あんなに優しいリステルとハルルが、人を何人も殺しているという事が。


 落ち着け。

 そもそも、私の世界とこの世界は、全然違う世界なんだ。

 フルールに着いてすぐの事を思い出せ。

 私が襲われた時、リステルもルーリも、私を襲った相手を殺そうとしてたじゃない。

 問答無用で腕を叩き斬り、首を刎ね飛ばそうとしたリステル。

 ルーリは、人を簡単に殺すことが出来る魔法の詠唱をしていた。

 私が止めなかったら、二人は確実に殺していたと話していた。

 考えを拒否しようとしている頭を無理やり動かして、受け入れようとした。

 それでも、


 ピシッ


 どこからか、ヒビの入る音が聞こえた。


 確かこれは、私の心のヒビが広がっていく音なんだっけ?

 でも、それを抑えるための魔法とネックレスをしていたはず。

 魔法は昨日、サフィーアにかけ直してもらったばっかりのはずなのに。


「……瑪瑙お姉ちゃん?!」


 慌てたハルルが私の膝の上に飛び乗ってきた。


「メノウがどうかしたか? ハルル」


「あ、ううん。何でもない」


 ハルルの突然の行動に、シルヴァさんが怪訝な顔でハルルを見た。

 ハルルは首を横に振りながら、私に思い切りもたれ掛かる。

 そこでようやく私は、何が起きたのか気づくことが出来た。

 私の左胸から、青い光の粒子がまた溢れだしていた。

 ハルルは一番に気づいて、それを隠すように、私の膝に座ってもたれ掛かってきたんだ。


「話が逸れたな。すぐに連中の目当てがわかったから、こうして捕縛したわけだ。今頃リステル様達の方は、残りの尾行している人間と、ルーリの家の方を何とかしていると思うぞ。まあ目当てがわかっても、理由と目的がわからないから、それを聞き出そうと思ってな。今もこうして拘束しているわけだ」


「それは勘違いなどではないのですね?」


 ガレーナさんが念押しをするように聞く。


「少なくとも、素人じゃない」


 それに答えるように、ハルルが言う。


「ハルルさん、根拠をお聞きしても?」


「ん。瑪瑙お姉ちゃん、取り上げた短剣見せて?」


「えっ? う、うん」


 ハルルに名前を呼ばれて、何とか反応する。

 私は空間収納から、女の人が握っていた短剣を取り出し、ハルルに渡した。


「そいつが私に向かって振って来た短剣だよ」


 ハルルは受け取った短剣を、みんなに見せた。


「それを持っているという事は、確かに素人ではありませんね。しかも、冒険者だった場合――」


人狩りマンハンターですわね。ですが、私共はこの女性の事は存じ上げておりませんわ」


 セレンさんとガレーナさんが、短剣を一睨みして、顔を見合わせている。


「あの……、どうして短剣を見ただけでそこまでわかるんですか?」


 まだショックから立ち直れてはいないけど、必死に頭を動かして、話について行こうとする。


「メノウちゃん。この短剣はね? 峰のこの部分で、相手の剣を噛ませて折ったり、叩き落としたりするためにあるの。要するに、対人戦を想定されて作られた短剣なのよ。後はメノウちゃんもわかると思うけど、この短剣じゃ人は殺せても、魔物には致命傷すら与えられないわ。狩れたとしても、小型の大人しい獣くらいね」


 アミールさんが、私の疑問に答えてくれた。


「このタイプの短剣は、獣と魔物が多いフルール周辺の街ではあんまり出回ってねーな。人狩りマンハンター自体は別におかしなことじゃねえんだよ。人狩りマンハンターがフルールにいるって事がおかしいんだよ。この街は主要な道が厳しく警備されてるのと、獣と魔物が多いせいで、盗賊や野盗が滅多に出ねえんだ。メノウ。この街の常設依頼とか見て、討伐対象が人間の依頼って見たことあるか?」


 何故かスティレスさんが、苦虫を嚙み潰したようような顔をして私に言う。


「私は見た事一度も無いですね」


人狩りマンハンターは対人の依頼を常に探して移動しています。理由もなくフルールに留まることはまずありません。人狩りマンハンター全員がそう言うわけではないので、あまりこう言う言い方は良くないのかもしれませんが、まともな方ではない可能性の方が高いです……」


 セレンさんがそう言いながら、拘束している女性を横目で見る。


「はあ、わかりましたわ。この話の続きは、そこの女性から話を聞いてからにしましょう。ただ、このタイミングでルーリさんの家が狙われているとなると、私が皆様をお呼び立てしたことと、無関係とは思えませんわ」


 ガレーナさんは大きなため息をつき、ルーリをじっと見つめた。


「また私なのー?!」


 ルーリが肩を落としてぼやく。

 ……。

 ルーリもそうだけど、サフィーアも、ハルルが人を殺すことに慣れているという事、ハルル自身が、人をたくさん殺したという言葉に、まったく動揺した様子が見られなかった。


 この世界では、私の知っている常識や、普通だと思っている事が、そもそも間違いなんだ。

 わかってる。

 おかしいのは私なんだ。

 何度も何度も心の中で、自分に言い聞かせた。


「ルーリさん。昨日、首都から王国騎士団三番隊と、同じく首都にある魔導技術マギテックギルド本部の会長が、フルールに到着しているんです」


 ……ん?

 これは、どこかで聞いた話だぞ?

 どこかって言うか、昨日私達が当事者の方々に直接聞いたような??


「目的は、四色ししょくの鏡の製作、量産体制を整えるという、陛下からの勅令を受けてだそうです。以前ここでルーリさんの噂の事とか、色々話を聞きましたので、伝えておいた方が良いと思いま……し……て……。あのー、皆さん何でそんな微妙な表情をしているんですか?」


 セレンさんが話してた事は、昨日私達が偶然に、三番隊隊長のサフロさんと、魔導技術マギテックギルド本部の会長、カーロールさんから直接聞いたことそのままだった。


「あのー、心配していただいたみたいで申し訳ないんですが、そのお話は、昨日偶然、隊長のサフロさんと、会長のカーロールさんに出会いまして。もう知っているんですよ」


 ルーリが少し困った表情を浮かべながら、説明する。

 その言葉に、ガレーナさんとセレンさんの表情が、何とも微妙な表情になった。


 さっきまで人をたくさん殺したという、重いどころではない話をしていたのに、この空気の変わりように、私は眩暈を覚えた。

 いや、確かよく似た感覚を経験したことは、以前にあった。


 タルフリーンの誘拐事件が無事解決し、フルールに向けての帰路の途中で宿泊した街、ラズーカの冒険者ギルドで、リステルと受付のお姉さんが話していた時もそうだった。

 人が、しかも良く見知ったという人が死んだというのに、少し悲しんだかと思うと、あっさり話題を変えてしまったのだ。


 やっぱり私がおかしいんだ。

 そう思うと、急に心細くなって、私の膝の上に座っているハルルをぎゅっと抱きしめた。


「ん? 瑪瑙お姉ちゃん?」


「何でもないよ。何でも……」


 そう言って、少しだけ目を閉じた。


 その足で魔導技術マギテックギルドに――。

 除名処分――?!

 途中でサフロさんが――。

 それは大変――。


 多分昨日の事を話しているんだろうけど、会話がどこか遠くで聞こえるような感じがして、頭に入ってこなかった。


(メノウよ。相当ショックを受けたようじゃのう?)


 頭の中に、声が響いた。


(ハルルが他の者に気づかれぬよう、妾に合図を出したのじゃ。お前さんにかけた魔法がまたかき消えたのは確認した。大丈夫か?)


 心語りリサイトで届くのは、言葉だけじゃない。

 相手の感情も伝わってくる。

 今サフィーアから伝わってくる感情は、焦りと、不安、それに心配をしてくれているみたいだ。

 隣に座っているサフィーアに視線を向けると、サフィーアとしっかりと目が合った。


(ハルルもさっきからずっと泣きそうな顔をしておるのじゃ。少し慰めてやってくれぬか?)


 サフィーアのその言葉に、私はハッとする。

 ハルルは、私に知られたくなかったと泣きそうな顔で言っていた。

 だとすると、辛くて落ち込んでるはずなのに、私の異変に気付いて、私をかばってくれている。

 ……今は私の事なんて置いておこう。


 ハルルのお腹に回していた手に、力をもう一度込め、ぎゅっと抱き寄せる。


「瑪瑙お姉ちゃん?」


 またハルルは、不安そうに私の名前を呼ぶ。

 頭を撫でながら、


 ありがとう、ハルル。


 そう耳元で囁いた。


 ハルルの事嫌いにならない?

 どうして?

 人、いっぱい殺したことあるよ?

 うん、それはちょっと、ううん、正直凄くびっくりした。

 怖くならない?

 ならないよ。

 嫌いにならない?

 絶対ならない。

 それじゃあ、ハルルの事好き?

 うん、大好き。


 私とハルルだけにしか聞こえないように、小さな小さな小声での会話。


 ハルルも瑪瑙お姉ちゃんが、ダイダイダイスキ。


 そう囁くハルルの耳は、真っ赤だった。

 ハルルにそう言われると、さっきまで感じていた心細さも、どこかに行ってしまったようだ。


 ありがとう、ハルル。

 えへへー。


 もう一度そう囁くと、ハルルは嬉しそうにすりすりと私に甘えてくるのだった。


 サフィーアにもお礼を言おう。

 私の事を心配してくれている事、ハルルの事を教えてくれたこと。

 そう思ってサフィーアの方を見ると、私とハルルを見て、優しい微笑みを浮かべているサフィーアとまた目が合った。


 サフィーアは何も言わず、伝えず、小さく頷いただけだった。


 さて、今からでも気を取り直して話をちゃんと聞こうと、意気込んでいると、コンコンコンと、扉が強くノックされた。


「ひょわあっ!?」


「ひゃあっ!?」


 ノックの音にびっくりして変な声を上げてしまった。

 ……あれ?

 誰かもう一人、変な声上げてなかった?


 周りを見渡してみると、セレンさんが両手で口を押さえて、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 そそそっと、セレンさんが慌てて立ち上がって、ノックされた扉へ向かう。


「んっんー! どうしました?」


「それが、ここに来ているシルヴァ様達に会うようにと、サルファー様から命じられたそうで、警備隊の方が三名いらっしゃっているんですが……」


「どういうことですか?」


 セレンさんが、シルヴァさんの方を見て聞く。


「ああ成程。別行動している三人からの差し金か。向こうで大きな動きがあったんだろう。話を聞きたいから通してやってくれないか?」


「わかりました。どうぞお入りください」


 そう言ってセレンさんが扉を開けると、ギルドの制服を着た女性に連れられて、鎧姿の人達三人が、部屋に入ってきた。


「ご歓談の所、失礼いたします。我々はサフロ隊長から、こちらに行くようにと命を受けた者です。こちらにシルヴァと言う女性がいると聞いたのですが……」


 三人同時に敬礼をすると、真ん中に立っていた鎧姿の男性が前に出て、そう話す。


「私がシルヴァだ」


 シルヴァさんが席から立ち、鎧姿の三人の前まで歩いていく。


「捕縛されている者が一人いるだろうと話を聞いていたのですが、そこで固定されている女がそうですか?」


「ああ、そうだ」


「私が持ち物のチェックをします」


 鎧姿の女性が、床に縫い付けられている人の所まで行き、ゴソゴソと体を触り出した。


「……あら? すみません。この女、短剣を持っていませんでしたか?」


 と、私達を見回してそう言った。


「ん? これの事?」


 そう言って、ハルルが短剣を持って私の膝の上から飛び降りようとしたところで、固まってしまった。


 私は自分の左胸を見た。

 青く光る粒子はもう出ていない。


「ハルル、私はもう大丈夫だよ」


 私が一言そう言うと、


「ん!」


 と、小さく返事をして、私の膝の上から離れていった。


「はい」


 短剣を女性に渡す。

 それを受け取った女性が、腰からもう一本短剣を取り出し見比べていると、すぐに表情を曇らせた。


「確認しました。拘留している二人が持っていた短剣と同じものです。彫られている意匠も全く同じです」


 女性がそう言うと、シルヴァさんと話していた男性は、


「供述通りか」


 そう言って、ため息をついた。


「申し訳ありませんが、私達にもわかる様に説明していただけませんか?」


 ガレーナさんがそう言うと、


「わかりました」


 男性は一度頷くと、説明を始めた。


 少し前に一人の女性が、尾行してくる怪しい連中二人を拘束したと、詰め所にやってきた事から話は始まったという。

 慌てて女性の言う場所にサルファー隊長と行くと、縄で拘束され、気を失っている男二人がいたそうだ。

 何があったのか事情を聴こうと目を覚まさせたら、酷く怯えた様子で、自分たちの事をあっさりと話し出した。

 その男二人の自白を聞くに、監視と尾行だけが目的ではなく、あわよくば目的の人物を拐かす計画も立てていたようだ。

 そして今現在、誘拐することが難しいと考え、他の仲間が留守の間に家探しをしていると、言い出した。


「その家探しをしているって言うのが、私の家?」


「という事は、あなたがルーリさんですね?」


 不安そうな表情のルーリを見て、男性が話しかける。


「あ……えっと……、はい。私……です」


 相手が男の人だからか、少しおどおどして話すルーリ。


「カルハさんと言う女性が、家の方は大丈夫だから安心していいと、言っていました。既に手は打ってあると」


「そうですか……」


 ホッと胸を撫でおろすルーリ。


「それで、私共からも質問があるのです。ルーリさん、魔導技術マギテックギルド関係者から狙われる理由に、心当たりはありませんか?」


 男性のその言葉に、ルーリのほっとして緩んだ顔が、一気に強張った。


「どうして魔導技術マギテックギルドが出てくるんですか?!」


 ルーリは大きな声で言う。


「この連中はですね、表立ってできないような依頼を、高額で引き受けることを生業としている連中なのです。今起きている事件のターゲットはルーリさん、あなたです。そして依頼主は、魔導技術マギテックギルド関係者だと言っていました」


「家探しの目的は、魔導具の設計図の奪取。つまり、魔導技術マギテックギルドの一員であるあなた自身、あるいは、あなたが持っている何かが、今回の事件を引き起こしたと言うわけだ」


 鎧姿の三人の最後の一人が、少し咎めるような口調でルーリにそう告げた。

 そして今の話で、今回の事件の大体のあらましを、私は把握することが出来た。

 たぶん今ここにいる人たちの中で、それがわかるのはルーリ本人と私、アミールさん、そしてセレンさん。

 ガレーナさんも、たぶんセレンさんから話は聞いているだろうから、ガレーナさんもかな?


「ルーリさん。事件の起きたタイミングを考えると、ルーリさんが製作したあの魔導具が原因と思います……」


 セレンさんがルーリにそう言った。


「皆さんはあの事はご存知なのですか?」


「……噂の事しか話しをしていません。知っているのは、リステル、瑪瑙、アミールさんとセレンさんですね」


「ん? アミール、なんか知ってんのか?」


 ルーリの言葉に反応したのはスティレスさんだった。


「よりによってあの話が、こんなに拗れた話になるなんて……」


 アミールさんが、顔を青くして頭を抱えだした。


「メノウも知っているのか……」


 シルヴァさんが私の方を見て、驚いた顔をする。


「話は聞いてましたけど、今起きてる事件と関係があるって言うのは、さっき気づきました」


「ふむ。もしや昨日見せてもらった魔導具の事かのう?」


 サフィーアが顎に手を当ててそう言った。


「えっと、うん。その内の一つの方」


 私がそう言うと、ポンと手を叩き、


「ほうほう。メノウが知っている魔導具という事は、あの魔導具のことか……」


 と、何か納得したような顔したサフィーアだった。


「ルーリさん。事件自体がもう公になってしまっています。警備隊も関わっている以上、これ以上黙っている事は避けた方が良いと思いますが」


 セレンさんがルーリを諭すように言う。


「そうですね……」


 ルーリが頷き、意を決したようにこちらを向いた。


「実は――」


 ルーリがそう言いかけた時だった。


「いや、三番隊も関わっているぞ」


「ん。サフロもハルル達の事監視してたよ」


 と、とんでもない情報が、二人から飛び出してきたのだった。

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