除名処分

 建物の中の騒めきが広がっていく。

 さっきまでこちらに気づいてなかった人たちも流石に気付き始めたようで、徐々に私達を囲むように人だかりができ始めた。

 すると、


「何を入り口で騒いでいるんだ!」


 声を荒げながらこちらに向かって、男性がやってきた。


「ふ、副会長! 申し訳ありません! ですがこの子達が訳の分からないことを言うので……」


 そう言って慌てた様子で頭を下げ、そのまま私達に視線を向ける。


「なんだね君達は? ……ん? 君か。今更このギルドに何の用だね、ルーリ」


 副会長と呼ばれた男性は、最初は私達の事を訝しむように見ていたけど、ルーリの存在に気が付いたらしく、顔をしかめながらそう言った。


「遅くなりましたが、活動報告をしに来たのです。ただ、私は既に除名処分になっていると言われまして」


「確かに、君は既に除名処分を受けている。正当な理由もなく、長期間ギルドに顔を出さなかったのだ。自らの行いを反省するがいい」


 おずおずと言葉を出すルーリに、すげなく答える男性。


「事前に連絡を怠ったのは私の落ち度です。それは間違いないので、謝罪いたします。ですがちゃんと理由はあるのです。どうか除名処分を撤回していただけませんか?」


 すがる様に頭を下げるルーリ。


「正当な理由があろうが、もう既に決まったことで、撤回をすることはない。すぐにここから立ち去りたまえ。今日は首都からわざわざ来てくださっている人がいるんだ。こんなところで騒いで、フルールの魔導技術マギテックギルドの品位を落とすつもりかっ!!」


 語気を強めて言い放つ男性に、


「……いえ、そんなつもりはっ」


 ルーリは一言そう言うと、押し黙ってしまった。


「ならさっさと立ち去りたまえ」


 まるで犬でもあしらうように手を払い、背を向けて去ろうとする。


「少々お待ちください」


 そう言って、男性を引き留めたのはリステルだった。


「はあ……、何だね? さっきも言ったが、大事な客が来ているんだ。あまりかまっている暇はないのだよ」


 大きくため息をついて、こちらに向きなおす男性。


「リステル、もう良いわ。ありがとう」


 ルーリは何かを言おうとしたリステルを止めた。


「ううん。黙っててもいいんだけどね? ちゃんと話さないのは気分が悪いから」


 そう言うと、一歩前へと踏み出し、


「はじめまして。冒険者のリステルと言います。この度はお騒がせして申し訳ありません。少々前の事になりますが、風竜ウィンドドラゴンが討伐されたことはご存知でしょうか?」


「勿論だ。首都の方で叙勲式が開かれたと言うのも聞いている。それが何か関係が?」


 落ち着いた様子で話すリステルに、首を傾げて聞き返す男性。


「はい。その叙勲式に呼ばれたのは、ルーリを含めた、私達四名なのです」


 リステルがそう言うと、周りがどよめきだす。


「そんな馬鹿な! 君達の事は知らないが、ルーリが風竜ウィンドドラゴンを討伐した内の一人だと言いたいのか? 高々魔導具を作るくらいしか能のないただの小娘に、そんな大それたことができるわけがないだろう!! 君ももうちょっとましな嘘をつきたまえ!」


 男性が笑い声をあげると、まるで合いの手を入れるかのように、周りも一斉に笑い出した。

 すると、リステルが空間収納からあるものを取り出して、みんなに見えるように前へと突き出した。


 それは、銀色の竜の胸に、緑に輝く宝石があしらわれた、緑竜勲章だった。

 それを見て、すかさず私も空間収納から勲章を取り出した。

 すると今まで笑っていた男性は、顔を青くして口を閉じる。

 そんな男性とは裏腹に、周りはずっと笑っている。


「――本物?! お前達黙れ! 笑うんじゃない! ……ルーリ、君も持っているのか?」


 男性は慌てて叫び、周囲は一瞬で静まり返った。


「……はい」


 ルーリも空間収納から取り出し、遠慮がちに見せた。


「――っ!」


 ルーリが同じ勲章を持っているのを見て、目をこれでもかと見開くと、青かった顔色がさらに青くなる。


「お解りいただけましたか? そして、私が何を言いたいか、わかっていただけますよね?」


 それまで落ち着いて話していたリステルの声色が、急に低くなった。


 偽物じゃないのか?


 と、人だかりの中の誰かが、そうはやし立てた。

 すると、周りもそうだそうだと言い、騒がしくなる。


「やめろ! これは間違いなく本物だ!」


 騒ぎを治めようとする男性。

 リステルは周囲を見渡してから、


「なるほど、言いたいことはわかりました。ならば、証人を呼びましょうか?」


 リステルのその一言で、周囲はまた静まり返る。


「……証人?」


「ええ。冒険者ギルドのギルドマスターでもかまいませんし、フルールの領主であるアルセニック様――はお呼び出しするわけにはいきませんが、そうそう、こちらへ王国騎士団三番隊隊長のサフロさんと、首都の魔導技術マギテックギルド本部の会長であるカーロールさんが、共にこちらの魔導技術マギテックギルドにいらっしゃっているはずですよね?」


「なっ?! どこでそれをっ?!」


 リステルの言葉にギョッとする男性。


「お呼びしていただけますよね?」


 ……少しリステルが怖かった。

 リステルの言葉の端々から、怒りと威圧感がひしひしと伝わってくる。

 あまりこういった喋り方をしている所を見たことがないので、少し驚いていた。

 ただ、リステルが怒りたくなる気持ちも良くわかる。

 最初に来た女の人と言い、目の前に立っている男の人と言い、カチンとくる喋り方をずっとしている。

 私も何か言えるなら、一言くらい文句を言いたい気分になっていた。


「くっ……」


 男性が唇を噛んで、忌々しそうにリステルとルーリを見ていると、


「それには及ばないよ」


 と、後ろの方から声をかけられた。

 振り向くと、鎧を着た、筋骨隆々で大柄な女性が立っていた。


「おっすハルル、久しぶり」


 そう言って、ニカッと笑って手を挙げる大柄な女性。


「んっ!」


 ハルルも一言返事を返すと、元気よく手を挙げた。

 この大柄な女性は確か、天覧試合でハルルと戦った人だ。


「アンタ達も久しぶりだね! またこうして会えるとは思ってもなかったさ」


 そう言って、見た目通り豪快に笑う。


「あの、呼びに行かなくていいとは?」


「おっとそうだった。アンタ達に会えたのが嬉しくて話し込みそうになっちまった。もう隊のもんを報告に向かわせたんだよ。こちとら護衛として、三番隊総出で来ているんだ。騒がしくなったら警戒もするさ。ある程度騒ぎの内容もわかったしな」


 程なく、人だかりの奥の方から、


「何を大勢で騒いでおるのか! 持ち場に戻れ!」


 と、怒声が聞こえ、私達を取り囲むよに見物していた人達は、蜘蛛の子を散らすように去って行った。

 最初に話しかけてきた女性もどこかへ行ったのか、残ったのは副会長と呼ばれていた男性だけだった。

 そして、こちらに向かってきたのは、白髪が目だつ、少し痩せ気味の男性と、サフロさんに、副隊長さん、そして、カーロールさんだった。


「いよっす隊長。お早いお着きで」


「いよっすじゃありません。あなたが隊員をよこしたんでしょうが。さて、副会長?」


 ガクッと肩を落とし脱力したかと思うと、すぐにシャキッと背筋を正し、副会長の方へ向き直った。


「は、はい。何でしょうか?」


「ルーリさんの除名処分について、会長はご存じないと仰っていたのですが、説明をお願いできますか?」


「っ! ……それはっ」


 サフロさんの指摘に、俯いて口ごもる副会長。

 それを無視して話を続けるサフロさん。


「さて。念の為に言っておきますが、ルーリさんを含めたそちらの四名は、間違いなく陛下から叙勲を賜り、風竜殺しの英雄として認められた方達です。三番隊隊長であるこの私、サフロが保証いたしましょう」


「……はい」


「では、除名処分を撤回していただけますね?」


「……わかりました。では手続きをして参ります」


 そう言って、頭を下げ去って行った。

 去り際、サフロさん達にバレないように、物凄い形相で私達を睨みつけて行った。


「ねえ? 何だかあっさり……って訳じゃないけど、副会長さんが引き下がったのってどうしてなの?」


「えっとね、叙勲って言うのは、議会で決められることではあるんだけど、最終決定は国王が出すんだよ。前に瑪瑙が叙勲を辞退できるのかって聞いた時に、ガレーナさんが言ってたと思うんだけど、辞退すること自体が、国王の顔に泥を塗る行為って言われたよね? で、私達は首都に行くこと自体が、国王からの命令、つまり、勅令となる訳なんだけど、叙勲を受けるきっかけになった出来事まで遡って、必要な手続きがあった場合、今回のルーリの定期報告みたいな手続きは免除されるのよ」


 撤回があっさりと通ったことも疑問だったんだけど、リステルが強気に出ていたことも気になったので聞いてみると、さっきまでの威圧感たっぷりの態度はどっかへ吹っ飛んで行ったように、いつもの笑顔で説明してくれた。


「辞退って、そんな話をしていたんですか……」


 サフロさんの顔が引きつっている。


「ちなみにですね。今回のような場合、フルールのギルド、その幹部たちが罰せられる可能性があるんですよ」


「えっ?!」


 サフロさんが言った内容に、私はびっくりして声を上げてしまった。


「ルーリさんが叙勲式に出席するために、長期間フルールを留守にしたことで除名をされた場合、これを撤回しないと、陛下が決められたことで除名されたことになるわけですからね。事後報告だったとしても撤回しておかないと、フルールの魔導技術マギテックギルドの立場はかなり危なかったわけです」


「なるほど……。もしかして結構大事だったんですかね?」


 話を聞いていて、少し冷汗が出た。


「ですね。しかもどうやら副会長の独断だったようですし? ですよね、会長?」


「お騒がせして申し訳ありません。彼には私から注意をしておきます。何卒ご容赦を」


 サフロさんが視線を向けると、会長は深々と頭を下げた。


「会長、ご迷惑をおかけしました。元はと言えば、私が報告を怠ったのが原因なんです。どうかお許しください」


「……では、先ほどのお話の続きをいたしましょう」


 必死に謝るルーリに目もくれず、まるでそこに誰もいないかのように振舞う会長。


「いえ、用件はもう伝えました。だから今日はこのまま帰ります。二日後、また同じ時間にここに来ますので、それまでに今後の計画を立てておいてください。いいですね?」


 カーロールさんが口を開くも、カーロールさんの口調からも、棘のようなものを感じた。


「……わかりました。ではまた二日後に」


「そうそう。この子達を連れて行きますが、問題ありませんね?」


 カーロールさんが私達の方をみてそう言った。


「ご随意に……」


「じゃ、行きましょう?」


 私達の意見は? と思う暇もなく、私達はカーロールさんと三番隊の人達と、魔導技術マギテックギルドを後にすることになった。


 少し離れた所に馬車の停留所があり、そこに魔導具屋で見た馬車と、それをもうちょっと簡素にしたような馬車が三台ほど停まっていた。

 そこには、大柄の女性と同じ格好をした、鎧姿の三番隊の隊員と思われる人たちが、馬車の警護に当たっていた。


 私達は連れ込まれるように、馬車と馬車の間に入っていった。


「しばらく誰も近づけるな」


「はっ」


 サフロさんの一言で、隊員さん達が行動を起こす。


「あのー私達に何か用ですか?」


 恐る恐る話を切り出す。


「ちょっと聞きたいことが出来てね? まあルーリさんの事なんだけど」


 カーロールさんがそう言うと、ルーリは俯いてしまった。


「ルーリさん随分と評判悪いのね? あのじじいがあなたの事を、色々と問題のある子だって言ってたわよ?」


「じじいって。確かに色々と気に食わない御仁ではありましたが……」


 カーロールさんの言葉に、苦笑するサフロさん。


「噂されているのは知っています。ギルド内でも孤立しているのは事実です……」


「否定はしないのね?」


「……」


 ルーリは黙ったままだった。


「あの。私は噂の内容を知っていますし、ルーリが魔導技術マギテックギルドで孤立しているのも聞いています。でも、何か問題を起こすような人と、私達はこんなに仲良く一緒にいないと思うんです!」


 私は必死に訴えた。


「まあそうよね? ルーリさんって大人しそうな人のように見えるし、何か問題を起こしそうかって言われると、そんな風には見えないのよね」


「それでも、問題のある人物と言われるだけの何かがあったんでしょう。首都へ行くと事前に話を通していなかったことを考えると、ルーリさん自身、魔導技術マギテックギルドを避けていたことは容易に想像できます」


 カーロールさんとサフロさんが、ルーリをじっと見て話している。


「にしても、見事な嫌われっぷりよね? 普通、長い事顔出してなかったギルドメンバーがひょっこり顔を出したのなら、除名云々の事より何があったか聞くものじゃないのかしら?」


「ルーリさん、以前からあまり顔を出さなかったのですか?」


「いえ、ちゃんと日にちを決めて顔を出していました」


「……もしかして、避けてた理由って私と瑪瑙?」


 それまで黙ってたリステルが、急に言葉を上げ、その言葉にルーリはまたうつむいてしまった。


「そうなの? ルーリ?」


 うつむいたルーリを覗き込むようして、私は聞く。


「……えっと、……その、……う、うん」


 少しためらいがちに頷いた。


「あのねっ! 怖かったの! まだ出会って間もない二人が私の噂の事を知っちゃって、それで魔導技術マギテックギルドに行くなんて私が言ったら、絶対二人はついて来たでしょ? 嫌われている私を見られたくなかったのよ……。それに、二人も何を言われるかわからなかったもの」


 目に涙をためて話すルーリ。


「今はね! 嫌われてる私を見られても、みんなが私を嫌に思ったりしないって自信が持てたから、今日はついて来てもらったの」


 ごめんなさいと、私達に頭を下げるルーリ。


「うん、わかってる。もうちょっと信用して勇気を出してほしかったなーって言おうと思ったけど、私もすっごく大事なこと内緒にしてたから、ルーリの事言えないや」


 そう言ってリステルは、ルーリの頭を優しく撫でた。


「じゃがリステルよ。もうちょっと何とかならんかったか? あの様に高圧的で脅すように言うと、せっかく除名処分を撤回できても、ルーリの居心地がさらに悪くなるだけじゃろうに」


「あー……。うん。それは本当に申し訳ない。かなり頭に血が上っちゃって。最初に来た女の人の態度の急変もそうだったんだけど、副会長って呼ばれてた人も、すっごく態度悪かったんだもん! あー思い出しただけでもイライラしそう!!」


 サフィーアの指摘に、最初は素直に謝っていたリステルだったけど、徐々眉が寄っていき、ルーリの頬をむぎゅっと軽く圧し潰して言う。


「ワタシニアタラナイデヨ」


 困った顔でルーリが抗議する。


「ごめんごめん」


「ふー。まあ居心地が悪いのは今に始まったことじゃないから、私は気にしないわ。それより、私の為に怒ってくれてありがとう」


 手を離したリステルに、頬を撫でながら答えるルーリ。


「フルールの魔導技術マギテックって言えば、ハルモニカ王国内でも、評価は高いほうだったんだけどねー。雰囲気が悪かったのは、別にルーリさんに限ったことではないみたいよ」


「そうなんですか?!」


 カーロールさんの言葉に、驚いた様子で聞き返すルーリ。


「私たち二人も嫌な顔をされましたよ。勅令の話をしても、何と言うか煮え切らない態度というか、のらりくらりとしていると言うか。焦っている風にも見えましたが。陛下の命令だと言っているのに、あの態度は何なのやら」


「予算や必要な物資は? って訪ねても、今すぐに答えられない。計画はどう進めるつもりなのかって聞いても、言葉を濁すばっかりで、正直話にならなかったのよ」


 ため息交じりに話すサフロさんと、眉間にしわを寄せながら話すカーロールさん。


「あー、だから言葉の端々に棘があったんですね?」


 私がそう言うと、


「急に来たからじゃ?」


 と、ハルルがポツリと言った。


「それはないわ。勅令の内容と、私達がフルールに到着するだろう日時は事前に送っているのよ。突然私達が現れて、さっき言ったことを聞いたのなら、答えられなくても仕方ないけど、それなりに準備期間はあったはずよ」


「そんな感じで、カーロールさんのイライラが最高潮に達しようとしていた時に、隊の者が来ましてね。報告を受けてから、軽く会長に問いただして見たんですよ。そしたら、それまでにないくらい狼狽えてましたけどね。除名なんて知らないぞと、慌てて部屋を飛び出して行ったんですよ」


「……え?!」


 サフロさんからその話を聞いて、驚くルーリ。


「最初は、なんだ、問題の多い子だって言ってた割に、ちゃんと面倒見てるんじゃないって感心しそうだったんだけど。ルーリさんが謝ってた時の態度を見て、それが勘違いだったのはすぐわかったわ」


「……会長が一番私を嫌がっているはずですから」


 呆れた様子で話すカーロールさんに、困ったように話すルーリ。


「ふうん? まあいいわ。せっかく恵みの街に来ているだから、これで二日はのんびりできるわ!」


「あっ! カーロールさん、そのために二日って言う猶予を与えたんですね?!」


「まさかまさか! 今出せない物を、すぐ出せさあ出せとせっついても仕方ないじゃないですか。事前に連絡を入れておいてこの体たらくは、少々いただけませんが。二日もあれば、ある程度の報告はちゃんとしてくれるでしょう。気楽に行きましょう」


「私達三番隊はあなたの護衛で来ているので、気楽にはいけないんですが……」


 イライラを吹き飛ばすように、弾んだ声で言うカーロールさんに、振り回されている感じのサフロさんががっくりとうなだれて話していた。


「まあ大まかな事情はわかったわ。それじゃあそろそろ私達はお暇するわね」


「あのっ! 連れ出してくれてありがとうございました。その場にいるのも立ち去ることも、微妙にしにくい雰囲気でしたので……」


 お礼を言うルーリ。


「別に気にしなくていいわよ。軽く事情を聴きたかったのはホントの事だし。あっそうだ! 今度時間があったらルーリさんが魔導具を作っている所を見学させてほしいんだけど、ダメかしら?」


「わかりました。機会があれば」


 ルーリの返事を嬉しそうに聞くと、カーロールさんは馬車に乗り込み、サフロさんも後に続いた。


「またねー!」


 そう言って窓から顔を出して、手を振って去っていくカーロールさん。


「それじゃー、私たちも帰ろっか!」


 馬車が遠ざかるのを見送って、リステルが笑顔で言う。


「疲れたー」


 サフィーアにぐでーっとしなだれかかっているハルルちゃん。


「みんなごめんね? 気分の悪い思いをさせちゃって」


「ううん。これくらい何てことないよ。ただ、あんまり役に立てなかったよ」


 私がしょんぼりして言うと、


「ううん。傍に一緒にいてくれるだけで、心強かったわ。ありがとうみんな」


 終わってホッとしたのか、強張っていたルーリの顔に笑顔が戻った。

 それから私達はそのまま帰る事はせず、魔導具屋に寄り、今回の顛末をお爺さんとお婆さんにちゃんと報告してから帰った。


「これからは、嫌でもちゃんとしなさいね?」


 と、軽く注意されたくらいで、後は撤回されて良かったねと、笑顔でルーリに言っていた。

 そして、お土産話として、フルールで風竜ウィンドドラゴンを討伐することになった出来事から、首都に行って叙勲された話をして、私達は帰宅した。




 少し時間は遡って、カーロールとサフロが乗る馬車の中。


「はあ。正直上手く行く気がしないわ……」


 馬車に乗り込んでから、ずっと思考を巡らせているカーロール。


「どうにも何かきな臭さを感じますね」


 隊長であるサフロの表情も硬かった。


「ルーリさんの事は置いておくとして、どうして動きがああも芳しくないのか。今まで散々製作の打診を蹴って来たのは、予算とか必要物資の問題とかだと思っていたけど、それ以外にありそうね……」


「私はルーリさんの事も気になりましたけどね。会長が関わっているのはどうやら間違いないようですし」


 ふむと一言頷くと、サフロは覗き窓をノックする。

 すると、


「何か?」


 サフロの腹心である、副隊長が御者台から顔をのぞかせた。


「隊の者数名で、魔導技術マギテックギルドの内部の調査をしろ。副隊長もその場にいたから気づいただろうか、どうにもきな臭い。それと、ルーリさんの噂についても調べて報告しろ」


「ルーリさんの噂……ですか? 理由をお聞きしても?」


「どうも会長が絡んでいるようでな。今回の除名の件、副会長の独断だと言うのも少々気になる」


「了解しました。少々お時間を頂きますが、よろしいですか?」


「ああ構わん。内部調査に関しては、わざと堂々とやってやれ。そうすれば、嫌でも重い腰を上げざるをえんようになるだろう」


「はっ!」


 パタンと覗き窓が閉められる。


「サフロ様怖いわー。でもルーリさんの噂まで調べるのですね?」


 一瞬悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思うと、すぐに首を傾げ、疑問の表情を浮かべるカーロール。


「ええ。正直、ルーリさんと言う人物を、私はそこまで詳しくは知りません。ですが、いくつか言葉を交わした感じ、悪い噂を流されるような人物ではないと思うんです。本人もその噂を知っているみたいですが、何故か受け入れているというより、諦めている感じがしたんですよ。それがどうにも気になってしまいまして」


「まあ一つ心当たりはありますよ?」


「おや、本当ですか?」


 カーロールの意外な言葉に、少々驚くサフロ。


「ルーリさんは、その魔導技術マギテックの腕前を正当に評価されていないんですよ」


「何故です?」


「魔導具屋のお婆さんが、製作者の名前を伏せていたでしょう? 正当に評価されていた場合、名前が出回るものなんですよ。恐らくルーリさんは、その腕前の高さから、周りから妬みや嫉みを大きく買っているんだと思いますよ。そんな中で名前が売れてしまっていては、周りからはさらに反感を買ってしまうでしょうね」


「成程! だったら事を荒立てないように、孤立してしまうのもわからなくはないですね。戻ったらまとめておかなくては……」


(何事も無く無事に、今回の命令を完遂できればいいのですが……)


 そう心の中でため息をつき、サフロは流れる景色をぼーっと見ているのだった。




 更に場所は変わり、とある一室。


「馬鹿もんがっ!! アイツを除名処分にするなど何を考えておるんだ!!!」


 窓がびりびりと鳴るほどの怒声が響く。


「すみません! ですが、ある程度罰則か何かを加えなければ、噂だけしか知らないギルドの人間が、アイツの扱いに不平不満を募らせているのも事実なんです! 何もしない我々幹部に対しても疑問の声が上がっているんですよ! 伯父さん!」


 会話をしているのは、フルールの魔導技術マギテックギルドの会長と、副会長だ。


「そんなもの無視をしておけば良い。我々幹部に対する不満は、すぐにアイツのへの不満に取って代わるのだ。そのような事より一番まずいのが、アイツがこの街の魔導技術マギテックギルドを除名され、他の街の魔導技術マギテックギルドに所属することだ! アイツはここでの所属にこだわっている。死んだ両親との思い出の場所だらだ。だから我々がやった事を公にすることは無く、黙って現状に耐えているのだ。もしこのギルドに執着することがなくなってしまったら、我々がアイツにした所業を公にされるの可能性があるのだぞ! このまま生かさず殺さずの状態を維持するのだ。わかったな!」


「伯父さん! でも、勅令はどうするんですか?! 我々では四色ししょくの鏡は作れませんよ?!」


「それもわかっている! 使いたくなかったが、手は打っている! ただ、街の治安維持の強化がされたタイミングが悪かったらしく、奴らも手を出せなかったそうだ。ようやく治安維持の強化が緩くなってきたと言っていたから、そろそろ行動に起こすだろう」


「またあれに依頼したんですか?! 信用しても大丈夫なんですか?」


「奴らは金さえ払えば何でもする連中だ。たった一人の女の噂が、何故街中に広がったと思う?」


「それも奴らの仕業だと?」


「そう言う事だ。古くから存在する、表沙汰にはできない依頼を受ける生業の者達だ。今回の事も、何とかしてくれるだろう」


「……一体何を依頼したんですか?」


「お前が知る必要はない。そんな事より、お前がすることはまだまだあるだろう! せっかく副会長という場に若いお前を引き立てたのだ。しっかりと運営について学べ」


 怒りに満ちた声色で話していたが、最後は優しい声音で副会長を励ました。


 こうして、ルーリ達が知らないところで、それぞれの思惑が蠢くのであった。

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