魔導具屋にて

「ルーリ、このスマフォに何かした?」


「何かって言われても、念の為に状態維持プリザベイションを小まめにかけてたわよ?」


 そう言われて、私はスマフォに状態維持プリザベイションをかけてみた。

 すると、明るかった画面がプツリと暗くなり、傾けようが、横のボタンを押そうが、全く反応しなくなってしまった。

 魔法を解除して傾けてみると、今度はちゃんと反応した。


「もしかして状態維持プリザベイションかけちゃダメだった?」


 心配そうに私の顔を覗き込むルーリ。


「ううん。むしろ良く状態維持プリザベイションをかけてくれたなって、お礼を言いたいくらいだよ! たぶんね? 状態維持プリザベイションのおかげで、今この瞬間にこれが使えてるんだもん」


 私がルーリにスマフォを渡した時、電源を切っていなかった。

 まあ切っていたとしても、徐々に充電は減っていくので、ルーリが何もしなかったら、このホーム画面を見ることもできなかっただろう。

 状態維持プリザベイションがスマフォに対してどう作用したのかはわからないけれど、これは間違いなくルーリのおかげだ。


「瑪瑙、さっきのって絵じゃないよね? 瑪瑙もいたし、瑪瑙の幼馴染の子もいたよね?」


 リステルが不思議そうな顔をして、私を見ている。


「写真って言って、えーっと、う~ん? なんて説明すればいいんだろう? スマフォに写ってる範囲を、そのまま切り取ったように記録するって言えばわかる?」


 ダメ、自分でも何言ってるのかわかんない。

 私の心の中の世界を、みんなと歩いた時もそうだった。

 そこに存在することが当たり前になっていて、どうしてこんなものがあるのかとか、あれは何でできているのかとか、質問されても答えられないことが案外多かった。

 私はこの世界の事を、わかったつもりにはなってはいないけど、私のいた世界の事もわかってないことが多いんだなって改めて思った。


 取りあえず、さっき撮ったみんなとの写真を表示する。


「みてみて。こんな感じ」


 そこに写っていたのは、目を真っ赤にして笑っている私と、ぽかーんと不思議そうな表情をして、顔を寄せ合っているみんなが写っていた。


「うわっ! これ、私達?! さっき何かしてた時のやつだよねこれ?」


 リステルが驚きの声を上げる。

 一番こういう話に食いついて来そうなルーリさんが、さっきからずっと考え込むようにして、黙ったままだ。


「ルーリよ、さっきから黙っておるが、どうしたのじゃ?」


 サフィーアもやっぱり気になってたようで、ルーリに声をかけた。


「あ、ごめんなさい。色々どういうものなのかって、必死で考えていたんだけど、私の知ってる知識じゃ、到底理解の及ばない物なのは良くわかったわ」


「まあ使ってる私自身も、ちゃんと説明できるかって言われた、無理だからね」


 私は苦笑して答える。


「ねえ瑪瑙? この……スマフォ? は、他にどんなことができるの?」


 それから私は、スマートフォンの機能や他諸々を説明をすることになった。

 することになったと言っても、私自身がちゃんと理解していない部分が多大にある物なので、随分と抽象的になってしまった。

 そもそも電波とかネットとか、私が完全に理解していたとしても、こっちの世界にいる人たちに理解はできないんだろうけど。


 私の説明を聞いてから、ルーリは何やら考え込んで、机の上に広げた羊皮紙を前に、ウンウンと唸っている。


「声や音を伝えるのなら……。でも相手を目視してないと……。他の人に聞こえないようにするには……」


 こんな感じで、独り言をつぶやいて、一人思考に耽っている。


「あっそうか! 発動を範囲にして、魔法陣の中にこれを組み込んで……」


 何かを閃いたらしく、羊皮紙にサラサラと魔法陣を描いていく。

 さっき教えてもらった火を灯す魔法陣と比べて、遥かに複雑な魔法陣が出来上がっていく。

 中心に緑色の魔石を固定し、同じものをもう一つ作り、


「よし、できたわ! リステル、これを持ってちょっと部屋の外に出てもらえる?」


 そう言って、作った魔法陣をリステルに渡す。


「うん? わかったー。ドアは閉める?」


「あ、空けたままでおねがーい」


「はーい」


 簡単に言葉を交わすと、リステルが部屋の外に出て、少し離れた所から手を振っている。

 その姿を確認したルーリは、魔法陣にそっと手を置いた。

 すると、魔法陣の真ん中に固定されていた緑色の魔石が光り出し、ゆっくりと部屋の中に風が渦巻いた。

 そしてその風が収まると、


「リステル聞こえる―?」


 と、魔法陣に向かって話しかけた。


『えっ?! ルーリ?! 何で声が聞こえてくるの? あ、これから聞こえて来てるのかな?』


 リステルの驚いた声が、魔法陣から聞こえて来た。

 作業部屋から少し離れた位置で立っていたリステルが、こちらに向かって手を振っている。


「リステルの声もちゃんと聞こえてるわよー」


「おー!」


 ハルルが一言そう言うと、しゅぱぱっと作業部屋から飛び出していき、リステルの元まで走っていった。


「ルーリよ。お前さん一体何を作ったんじゃ?」


『ハルルいらっしゃい。サフィーアの声も聞こえるー』


「これはね、風属性の魔法に、ウィスパーってあるじゃない? それを元に作ったのよ。ちょっと色々手は加えてあるけどね」


『あーウィスパーね。なるほどー?』


『ルーリお姉ちゃんすごーい!』


 ウィスパー。

 下位下級の風属性魔法。

 この魔法は、自分の声を離れた相手に届けたり、逆に離れた相手の声を自分の所まで持ってくることが可能な魔法で、別に声だけに限られたわけではなく、離れた場所の音を拾ってくることもできる、中々に便利な魔法。


「リステル、もうちょっと離れてみて」


『わかったー』


 ルーリとリステルがそうやって話した瞬間、中心に固定された魔石の放つ光が少し強くなったかと思ったら、ビリビリと音を立てて、魔法陣が描かれた羊皮紙が突然破けた。


「あらら。今の距離が限界かー」


 そう一言ため息交じりにルーリが言った。

 程なくリステルとハルルも作業部屋に戻って来た。


「ルーリ、急に破けちゃった」


「びりびりー」


「おかえりなさい。お手伝いありがとう」


 そう言って、リステルから羊皮紙の残骸を受け取るルーリ。

 リステルの方の魔法陣も、どうやら破けてしまったようだ。


「そんなに離れた距離は無理だと思ってたけど、思ってた以上に短かったわね。まあ思い付きでやってみた物にしては、十分な成果がでたわ。改良しなきゃいけない部分のいくつかはもうわかったしね」


「ほう? あの短時間でこんなものを思いついただけでも大したものじゃが、既に改良点も考えておるとは、驚きじゃ」


 サフィーアが腕を組み頷きながら話す。


「瑪瑙が教えてくれなかったら、こんな発想自体生まれなかったわ。これに関しては私じゃなくて、瑪瑙のおかげね」


「ううん。私の分かりにくい説明なんかで、これを一から思いついたルーリが凄いんだよ?」


「ふふっ。ありがと」


 私が褒めると、頬をちょっと赤くして、ルーリは微笑んだ。


 それから昼食の時間まで、ルーリは作業部屋で魔導具の制作を続けていた。

 笛の形をしたもの。

 小箱の形をしたもの。

 手鏡の鏡部分にガラスがはめ込まれて、後ろが透けて見える物。

 縁が少し太く、鏡部分が四角い手鏡もあった。

 ルーリはそれを、魔導具ランタンを作った時と同様に、見本や設計図みたいなものを一切見ないで、黙々と作っていった。


 私はと言えば、スマフォの充電の許す限り、みんなの写真をたくさん撮った。

 リステルは少し照れ臭そうに、ルーリは興味津々と言った感じで、ハルルは嬉しそうな笑顔で、サフィーアは堂々とした態度で、写真に納まった。


 途中、手鏡の魔導具を作り始めた時に、ルーリにお願いされて、魔力石をいくつか作って渡した以外は、そうやってみんなと一緒に写真の撮影をした。

 当然のことながら、操作をしてみたいとみんなが言うので、操作方法を教えて、私の写真も撮ってもらった。

 あっという間に充電が減り、30%の表示を下回ったあたりで、私は電源を切り、念の為に状態維持プリザベイションの魔法をかけて、空間収納の中へしまった。

 私もこれからは、ちょこちょこと魔法をかけ直すとしよう。


 昼食後も魔導具製作をするのかと私が聞くと、


「あー、そうね、ちょっと魔導具屋に行こうかしら」


 と言うので、私達五人は魔導具屋へ繰り出すことになった。

 ちなみに、二日酔いのコルトさん達は、割とあっさり症状が改善されたそうだけど、改善されたら改善されたで、疲れが一気に出たらしく、そのまま三人でお休みすると言っていた。


 魔導具を売っているお店へ行く道すがら、魔導具屋を経営しているご夫婦の話を聞かせてくれた。

 店を経営しているのは、二人の老夫婦。

 その魔導具屋は、フルールでは古くからある老舗で、魔導技術マギテックギルドのメンバー御用達のお店なんだそうだ。

 制作した魔導具の買取から販売は勿論の事、街を行き来する商人達にも顔が利き、魔石や魔力石などの、魔導具製作に欠かせない色々な物を仕入れてくれる、魔導技術マギテックギルドのメンバーには欠かせないお店らしい。

 ルーリのご両親も、存命中お世話になっていたらしく、曰く、ルーリが幼い頃から親切にしてくれているご夫婦とのこと。

『ルーリの噂』を聞いても、真に受けることなく、ちゃんとルーリの事を見てくれた数少ない人達だと、ルーリは嬉しそうに言っていた。


 そんなお店の前に、中々に豪華な馬車が止まっていた。

 そして、その馬車に掘られている紋章をリステルが見た瞬間、目を見開いて声を上げた。


「これ、王国騎士団三番隊の紋章じゃない!」


 リステルの声が誰かに聞こえたようで、


「おや、私達を知っているのかい?」


 と、御者台からひょこっと顔を出した人がいる。

 そして、リステルと目が合うと、


「あなたは!」


「あっ! 確かあなたは、三番隊副隊長さん!」


 王国騎士団三番隊。

 私達が、首都ハルモニカで叙勲式と同時に執り行われた、天覧試合での試合相手。

 副隊長さんという事は、リステルと試合をした人だったはず。


「お久しぶりです、風竜殺しの皆様」


 そう言って、笑顔で私達に挨拶をする副隊長さん。


「王国騎士団がこんなところで何をしているんですか?」


 リステルが問いを投げかけると、


「すみません。それを私からお話しすることはできないんです。そう言えば皆さんはフルールから首都にいらっしゃったのですよね。ここへは偶然通りかかっただけなんですか?」


「いえ、この魔導具屋に用がありまして……」


 ルーリが心配そうに話す。


「おや、そうでしたか。お店の前に馬車を止めてしまっては邪魔でしたね。……ちょっとお待ちになってもらっても?」


「別にかまいませんが……」


「では少々お待ちを」


 そう言って、御者台を他の隊員さんに任せて、副隊長さんは魔導具屋の中に入っていった。

 ほんの少し待っていると、今度は私もはっきり覚えている人が、私達の前へやって来た。


「お久しぶりです風竜殺しの英雄の皆様。このお店に用があるとのことですが、良ければ中で少しお話をしませんか?」


 そう話すのは茶髪の女性。

 三番隊隊長のサフロさん。

 首都で会った時は鎧を着こんでいたけど、今は深緑を基調とした衣装に身を包んでいる。


 サフロさんに促されるまま、私達は魔導具屋の中へ入っていく。


「改めまして皆様、お元気そうで何よりです。フルールにご滞在だとは聞いていたのですが、いやはや、こんな形で出会えるとは思いませんでした」


 少し大仰な身振りで挨拶をするサフロさん。


「その節はお世話になりました。サフロさんはあれからお変わりありませんか?」


 私がそう言うと、サフロさんはため息を一つき、がっくりと項垂れて、


「お変わりありますよー……。今日私がここにいるのは、皆さんのせいなんですからねー」


 少し疲れたように言い出した。


「私達のせい?」


 リステルが聞き返し、私達はお互いの顔を見合い、首を傾げるのだった。


 天覧試合でサフロさんを含めた三番隊最精鋭との模擬戦が、三番隊の惨敗で終わったことにより、それは始まったと言う。

 宮廷魔術師と、王国騎士団に所属する魔法使いの増強。

 それが急務だと言う声が高まった。

 何せ、王国騎士団一番隊・二番隊・三番隊の全員が束になっても敵わない災害級の魔物、風竜ウィンドドラゴンを二匹も、しかもそれを倒したと言うのが、たった四人の少女だと言うのだから、仕方のない事なのかもしれない。

 天覧試合が行われるまでは、四人の少女が倒したとう事実を真に受けているものは少数だったのだが、試合の内容を見て、意見を変えるものが続出した。


「中には皆さんを、王国騎士団に迎え入れてはどうだって言う話も出てたんですよ」


「それはちょっと……」


「やっ!」


 ルーリが困った顔をし、ハルルが一言言い放ってプイっと顔を背けた。


「私だって嫌ですよ……。皆さんが入隊するとなると、女性部隊である三番隊です。自分より腕の立つ部下を持つなんて、考えるだけで堪ったものじゃありませんよ」


 そう言うサフロさんも、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「でも、瑪瑙を勧誘してませんでした?」


 リステルがそう言って、じ~っとサフロさんを見つめていた。


「それは、メノウさんがあんな目に合っていると知ったら、私が面倒を見た方が良いと、誰だって思いませんか?」


 リステルの視線を、少し咎めるように言うサフロさん。


「「「……」」」


 その言葉に、黙り込んでしまう三人。


「メノウさんどうですか? 今からでも三番隊に来ませんか?」


「サフロさん、さっきと言ってることが違いますよ? 当然、お断りさせていただきます。私はみんなと一緒にいたいです」


「ふふ。あなたの今の顔を見たら、断られるのは聞かなくてもわかりますよ」


「それで、結局魔法使い増強の話はどうなったんですか?」


「それからが大変だったんですよっと言うか、今もその大変の真っただ中って感じです」


 少し微笑んだかと思うと、私の一言に、今度は泣き出しそうな顔をするサフロさん。

 お顔が百面相していて、忙しそうだ。


「じゃあフルールに来たのも、何か関係あるんですか?」


「勿論ありますよ。っというか、フルールの魔導技術マギテックギルドが、首都にある魔導技術マギテックギルド本部の要請をずっと蹴っているせいですね」


「要請とは?」


 ルーリが首を傾げながらそう聞く。

 すると、


「とある魔導具の作製依頼よ。サフロ様、この子達は?」


 お店の奥から、わずかにクリーム色をした、灰白色の長い髪の女性が現れた。


「彼女たち四人が、お話した風竜殺しの英雄ですよ。一人知らない少女が増えていますが」


「この子たちが? 若いとは聞いていたけど、本当に少女なのね……。初めまして風竜殺しの英雄の皆様。わたくし、首都にある魔導技術マギテックギルド本部の会長をしております、カーロールと言う者です。どうぞお見知りおきを」


 そう言ってカーロールさんは、私達に恭しくお辞儀をした。

 それに合わせて私達も、軽く自己紹介と挨拶をした。


「今回私達三番隊は、カーロールさんの護衛役を命じられてフルールに来たんですよ」


「命じられてってことは、勅令ですか?」


 サフロさんの言葉に、眉をしかめて聞くリステル。


「そうです。陛下からの勅令ですね。私達三番隊と魔導技術マギテックギルド本部の二つに」


 リステルの大叔父である、ハルモニカの国王から直々の命令。

 魔導技術マギテックギルド本部が命じられたこと。

 それは、フルールに直に赴き、とある魔導具の作製を見届け、量産体制を整えることである。

 そして、三番隊が命じられたこと。

 カーロールさんをフルールまで護衛することと、フルールの魔導技術マギテックギルドに、魔導具製作の勅令を伝える役目も仰せつかったそうだ。

 とある魔導具とは、散々魔導技術マギテックギルド本部が、量産の打診を行ったにもかかわらず、今の今までずっと無理だと言って、打診を蹴って来たもの。


 魔法の適正と、保有魔力量を同時に量る魔導具のこと。


「ようやくよ。今まで散々私がフルールの魔導技術マギテックギルドに打診していたのに、ずっと断られてきたの」


 カーロールさんの言葉の端々から、苛立ちがにじみ出ていた。


 確かその魔導具は、ルーリが作ったものを現会長が騙し取って、自分が発明したものだと騙って、王城で発表したんじゃなかったっけ?


「どうして今になって命令がでたの?」


 と、ハルルが聞く。


「魔法使いの増強を望む声が大きくなった話はしましたね? ですが魔法使いなんて、そう簡単に見つかりません。ましてや、皆さんほどの実力をもった魔法使いなんて特に。そこで、少しでも魔法の才能がある人を多く見つけるために、魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具、『四色ししょくの鏡』の量産を、魔導技術マギテックギルド主体ではなく、政策の一つとして、王国が援助する形をとることになったのです」


「まあ私としては、フルールの魔導技術マギテックギルドと、四色ししょくの鏡の重要性を今になって気づいた議員連中両方に、言いたいことがあるんだけどね」


 丁寧に説明してくれたサフロさんと、忌々しそうに言うカーロールさん。


「あれ? それじゃあ何で魔導具屋にいるんですか?」


「ああそれは、フルールで売られている魔導具に、とても質のいい物があるって聞いていてね。以前から欲しかったんだけど、冒険者と商人にかなり人気らしくて、手に入らなかったの。せっかくフルールに来たんだから、どんなものか手に入れたいじゃない? 物自体も気になるけど、構造も知りたいしね」


 私の質問に、微笑んで答えるカーロールさん。

 カリカリしてる所ばっかり見てたから、少し怖いイメージが先行してたけど、そうでもないのかな?


「それなのに品物が売り切れてて、しかも製作者がここしばらく来てないんですって。わざわざ来たのに……」


 そう思った瞬間に、そう言いながらまた眉根を寄せて、今度は親指の爪を噛みだした。

 ……やっぱり怖い。


「そう言えば、あなたも魔導技術マギテックギルドのメンバーよね? そのマント、間違いなく魔導技術マギテックギルドのものなんだけど。冒険者じゃないの?」


 そう言って、ルーリの方を見る。

 あ、ルーリ今一瞬ビクっとした。


「わ、私は元々魔導技術マギテックギルドを中心に活動していたんです。作製した魔導具の実験で郊外に出る事があって、そのついでに採集をしたりするので、冒険者ギルドにも登録しているんですよ」


 よっぽど怖かったのか、私の手にそっと指を絡ませながら話すルーリ。

 あ、そうか。

 今の魔導具の話もそうだけど、その前の話もルーリが関係している。

 カーロールさんが怖いだけじゃなくて、他の事も不安で怖いんだ。


「なるほど。でも、それで風竜殺しの英雄って呼ばれるぐらいの実力があるって凄いわね。ところで、魔導技術マギテックギルドメンバーなら、さっき話した製作者って誰なのか知ってる? どうしてか、お店のご夫婦は教えてくれなかったのよ」


「それはたぶん、私の事じゃないかと……」


 少しずつ声が小さくなっていくルーリ。


「……え、ホントに?」


「叙勲が終わってフルールに帰ってきた後も、しばらくは大きな依頼を冒険者ギルドから受けていまして、魔導具を作ってる暇がなかったんです。ようやくまとまった数が用意できたので、今日お店に持ってきたんです」


 キョトンとしたカーロールさんの一言に、しっかりとした口調で答えるルーリ。

 ただしおてては私と繋いだまま。


「じゃあ見せてもらってもいい?」


「いいですよ。じゃあカウンターの方に行きましょう」


 そう言って、私達は店の奥へと進んでいく。


 お店の奥に行くと、無人のカウンターがあって、ルーリは慣れた手つきでそこに置いてあるベルを軽く叩いた。

 チーンと言う高い音が響き渡り、カウンターのさらに奥からお婆さんが一人出て来た。


「久しぶりね、ルーリちゃん。元気だった?」


 優しい笑顔と優しい声で、ルーリに声をかけるお婆さん。


「しばらくこれなくてごめんなさい。首都に行ったり、冒険者ギルドで大事な依頼を受けたりしてて、中々魔導具を作る暇がなかったの」


「そんなこと気にしなくていいのよ。ルーリちゃんが元気な顔をまた見せてくれて、私は嬉しいわ。それに、隣にいる子達は、ルーリちゃんのお友達?」


「ええ、素敵な出会いがあったわ。お婆ちゃん、瑪瑙にリステルにハルルにサフィーアよ」


「そう……そう。良かったわねルーリちゃん。あなたもこれで一人じゃないわね」


 感慨深そうに頷き、まるで自分の事のように喜んでいるお婆さん。


「お婆ちゃんとお爺ちゃんがいたから、別に今までも一人ぼっちだった訳じゃないわよ? お爺ちゃんは元気?」


「ルーリよ、元気じゃぞー!」


 お婆さんが出て来た奥の方から、男の人の大きな声が聞こえて来て、私はビクっとしてしまった。

 ハルルちゃんもびっくりしたのか、私のマントをバサッと捲り、背中に抱きついて隠れてしまった。

 その様子をキョトンと見ていたお婆さんは、だけどすぐに優しい笑顔に戻った。


「元気そうで良かったわ」


「でもルーリちゃん良かったの? その人に製作者を尋ねられたんだけど、ちゃんと伏せておいたのよ?」


「んー、フルールの魔導技術マギテックギルドの人じゃないから、まあいいかな? って思って」


「そう。ルーリちゃんがそれで良いんなら、任せるわ。今日は魔導具を卸しに来てくれたのよね?」


「うん、やっと時間が出来たからね。カウンターに並べていくね?」


「ええ、お願い」


 ルーリは、空間収納から魔導具ランタンをまず取り出して、カウンターにずらっと並べる。

 その一つ一つを手に取り、明かりをつけて確認をしているお婆さん。


「相変わらず良いものを作るわね。彫られている魔法陣も丁寧だし、魔力石の輝きもとても強い」


「ちょっ! ちょっと私も見ていいかしら?!」


「あ、私もみていいですか?」


 そう言って、目を見開いて魔導具ランタンを見ているカーロールさんと、興味深そうに見ているサフロさん。


「ルーリちゃん、かまわない?」


「どうぞ。元々見てもらうために一緒に来たわけですから」


 お婆さんの問いに、笑顔で頷くルーリ。

 ところでハルルちゃんはいつまで私の背中の住人になっているのかな?


「この魔導具ランタン、光量は普通のランタンとは比べ物にならないわね。これだけ強い光を出しているのだったら、魔力石の消耗も激しいんじゃないかしら? 持続時間はどれくらいなの?」


 やや早口で喋るカーロールさん。


「普通のランタンの二倍くらいですかね」


「これは……かなり良いものですね。何より火が出ないのが良い。森などで壊してしまうことを考えると、火災の心配が無くなります。それにかなり頑丈ですね」


 感心したように、ほうほうと何度も頷いているサフロさん。


「魔力石をセットするのも簡単にできるように作っていますよ」


 ルーリが魔導具ランタンから、赤色の魔力石をさっと取り出してみせた。


「なるほど。魔力石を使っているから少し値段が高くつきそうだけど、それでもオイルを運ぶより遥かに荷が減ることも良いわね」


「ふふ。確かにオイルに比べると魔力石は高くつくけどね? お二人さん良く見てごらん? この魔力石を」


 お婆さんはそう言うと、自身も魔力石を取り出し、サフロさんとカーロールさんに見せた。


「……小さいわ」


「意外と小さいんですね?」


「これくらいの大きさの魔力石はね、中々使うのが難しいのよ。だから値段はけっこう安いのよ?」


「……これを本当に彼女が作ったの?」


「ええ勿論。ルーリちゃんは、私が知っている魔導技術マギテックギルドの人の中で、一番の腕利きさんよ」


 カーロールさんの質問に、穏やかに頷いて話すお婆さん。


「……これは三番隊の装備として使いたいですね」


 ずっと感心しっぱなしなのか、口がちょっと開いているサフロさん。


「パッと見た感じ、私でも作れないかもしれない……」


 そう小さく呟いたカーロールさん。

 その言葉にルーリがまたビクっと震え、私の手をギュっと握って来た。


「そんな事……ないと思います……けど……」


 ……。

 ルーリは怖いのだろう。

 自分より腕が立つと知った時の人の反応に。

 ルーリはたぶん今まで、妬みや嫉みと言った悪感情をぶつけられて、散々に除け者にされてきたんだ。

 だからきっとそれを知っているからお婆さんは、魔導具の制作者を聞かれた時に、ルーリの名前を伏せたんだろう。

 ルーリの希望もあって、ルーリの事を思って。


 大丈夫、何があっても私達がいるよって、私の気持ちがルーリに届くように、繋いだ手を強くぎゅっと握りしめた。

 それがちゃんと伝わったのか、ルーリの握る手の力も強くなった。


 ところが。


「あなた凄いわっ!! 他にもあるのよね?! もっと見せてちょうだいっ!!」


 興奮気味に、いやかなり興奮しているご様子で、カーロールさんは叫んだ。


 その様子に、私とルーリはキョトンとして見つめ合い、


「「あはははっ!」」


 っと笑い合うのだった。

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