開戦?
「瑪瑙! 瑪瑙っ!」
ユサユサと体を揺すられている。
目を開けると、心配そうに私の顔を覗き込んでいる四人。
「大丈夫? 酷くうなれされてたから思わず起こしちゃった」
私が凍り付かせて殺してしまった四人の顔がそこにあった。
跳ねる様に体を起こし、声をかけてくれたルーリに思い切り抱きついた。
夢だった。
夢で良かった。
「良かった……。良かったよう……。ううっ」
堪らず声を上げて泣いてしまった。
「よしよし。大丈夫。大丈夫よ瑪瑙。怖い夢見ちゃったのね?」
ルーリは優しい声で私にそう言って、背中をさすり、頭を撫でてくれている。
「……う、うん」
「こんなに震えて。安心して? 私達がちゃんと傍にいるから、ね?」
安心してと言われた瞬間に、
『安心するのじゃメノウよ。妾の結界は易々と破れはせんよ』
と言った、サフィーアの笑顔がフラッシュバックした。
その後に起こった最悪の出来事も同時に鮮明に思い出してしまい、
「でもサフィーアも安心しろって言ってたもん! でもダメだったもんっ!」
と、泣き叫んでいた。
「む? メノウよ。少し落ち着くのじゃ。夢と現実がごっちゃになっておらんか?」
そうだった。
あれは夢だったんだ。
「……ご……めん……なさい」
嗚咽の収まらない声で、何とか謝る。
それからしばらく、私が泣き止んで落ち着くのを四人は黙って待ってくれていた。
私を抱きしめてくれていたルーリから離れると、
「……落ち着いた?」
そう言って、ルーリの笑顔が私の顔を覗きこんでいる。
その笑顔をみて、もう一度、今度はルーリの胸の中に飛びついた。
「わわっ! 大丈夫? まだダメそう?」
頭を抱える様に抱きしめてくれているルーリ。
私は目を閉じて、耳を澄ませる。
トクントクントクンと鼓動が、ルーリの温もりと一緒に伝わってくる。
こうしていると、ちゃんとルーリが生きているって安心することが出来た。
ルーリから離れて、今度は、私を後ろでずっと見守ってくれていたリステルの胸に飛び込んだ。
「もう大丈夫なのかと思ったら、次は私?」
苦笑しつつも嬉しそうに私を迎えてくれる。
頭を撫でられながら、ルーリにした時と同じように鼓動と温もりを感じる。
次はハルルにも抱き着く。
ちょっと勢いよく飛びついちゃったけど、ハルルはびくともせずに、私を抱きしめ返してくれた。
「瑪瑙お姉ちゃん。よしよし」
ハルルにも頭を撫でられてしまった。
まぁやってる事がやってる事だけに仕方のない事なんだけど、これじゃどっちが年下かわからないね。
同じように鼓動と温もりを感じて、また離れる。
「もういいの?」
「うん。ありがとうハルル」
そう言って今度は私がハルルの頭をギュっと抱きしめた。
「ん……」
少し寂しそうに返事をするハルル。
さて、次はサフィーアに。
胸元めがけてサフィーアに抱きついた瞬間に、ゴツンっとおでこに硬いものがぶつかった。
「あいだっ!」
????
おでこをさすりながらサフィーアを見る。
「メノウよ。お前さん、妾の胸元にあるこれを忘れておったじゃろう? そりゃあそんな勢いで胸元に飛び込んできたら痛いじゃろう」
そう言って、襟を下に引っ張って胸元を見せるサフィーア。
そこには、蒼く煌めく大きな宝石が埋まっている。
サフィーアが人間ではなく、
「うう。忘れてた~ぁ」
おでこをさすりながら、今度はゆっくりとサフィーアの胸に抱きつく。
ちゃんと鼓動と温もりが感じられた。
「満足したかの?」
ポムポムと頭を軽く叩きながらサフィーアが言う。
「うん。ありがと。落ち着いた。ルーリごめんね?」
「どうして謝るのよ?」
首を傾げて私を見る。
「肩ビショビショにしちゃって……」
「あぁ、これくらいなら気にもしないわ。ただの涙じゃない」
そう言って、可愛らしくウインクをしてくれる。
「あと鼻水――むぎゅっ」
と、私が言った瞬間、ルーリの両手が飛んできて、私のほっぺたをむにーっと圧し潰した。
「もう! せっかく慰めてあげてたのにっ!」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねるように言うルーリ。
そんなやり取りをしていると、ちょんちょんっと腕をつつかれた。
「瑪瑙お姉ちゃん。まだ怖くて不安なんでしょう? 無理しなくていいんだよ?」
ハルルの言葉に、ビクっと体が硬直してしまった。
やっぱりハルルにはお見通しだった。
ハルルが放った言葉に、みんなが一斉にため息をつく。
「どうして瑪瑙はそうやって我慢しようとするかなー? それで? その様子だと悪夢の内容を覚えてそうだけど、どんな夢だったの?」
リステルに後ろから羽交い絞めにされる。
ただ、どんな夢だったのと聞かれた瞬間に、また体が一気に強張ってしまう。
「……言わないとダメ?」
内容が内容だけに、あまり口に出したくなかった。
「溜め込むよりは話しちゃった方がいいと思うよ」
リステルにそう言われて、心がキュッと締まる感じがする。
「あの……あのねっ……」
「ゆっくりでいいから」
そう言ってリステルが、私を軽く引っ張って私がもたれかかれるようにしてくれる。
「私が、魔法の制御を失敗したせいで、みんなを殺しちゃう夢を見たの……」
途中、また夢で見た光景を思い出してしまったせいで、涙が溢れてきた。
「ふむ……。この間のことを随分と引きずっておるようじゃのう。夢の中ではどんな魔法を使ったのじゃ?」
「……アブソリュートエンド」
サフィーアの問いかけに、うつむいて答える。
「「あー……」」
リステルとルーリが納得したと言った感じで声を上げる。
「夢の中でもね? サフィーアが簡単には破れないって言ったんだよ。それで使ったら、制御が出来なくて、全部が凍り付いて……」
「ハルル達も凍っちゃってた?」
私の言葉を補うように、ハルルが続けた。
「うん」
私は力なくうなずく。
「サフィーア。実際のところどうなの? サフィーアの宝石魔法で瑪瑙の本気のアブソリュートエンドって受けきれるの?」
「この間メノウに言った通りじゃよ。メノウの本気がどれほどのものかはわからんが、どれだけ強力なものを至近距離で撃たれてもエスカッシャン・サファイアは破れんぞ」
リステルの疑問に、自慢するでもなく、ただ淡々と事実を告げるように話すサフィーア。
「まあ、弱点が無いわけでもない。発動地点を結界内にされてしまえば防ぐことは出来んのじゃがな。正直な話をすると、アブソリュートエンドなんぞより、メノウの放つアイスバレットやフリージングレインの方を防ぎきれる自信の方がないのう」
「直接的な攻撃魔法の方が危険って事?」
リステルが首を傾げて聞く。
「そう言う事じゃな」
「信じて……いいの?」
サフィーアの目をじっと見つめて言う。
「うむ。安心すると良いのじゃ」
そう言って、私の頭を優しく撫でてくれる。
「それじゃあもうひと眠りとしますかーって言いたいところだけど、明るくなってきちゃったね」
リステルがそう言うので、みんな一斉に窓の方を見る。
確かに少し日が差している。
みんなもゆっくり休みたかったはずなのに、悪いことをしてしまった。
「瑪瑙? 私達に悪いことしたとか、そんなこと考えたでしょう?」
私の顔をじっと見ていたルーリがほっぺたをむにーっと引っ張って言う。
ハルルなら気づかれるかもしれないけど、どうしてルーリにもバレたんだろう?
「顔にバッチリ出てたわよ。今もなんでわかったのって顔してる」
引っ張られたほっぺたを今度はむにむにするルーリ。
元々ポーカーフェイスじゃないから仕方ないかもしれないけど、バッチリ言い当てられてしまって少し驚いてしまった。
さて、この後はどうしようかという話しになったのだけど、今日から三日間はお休みだ。
このままダラダラと寝直しても良いんじゃないかってリステルが言ったんだけど、今寝てしまうと、またあんな夢を見てしまうかもしれないと思ってしまって、それは避けたかった。
だから私が、キッチンでお茶でもしてるよーって言うと、四人とも一緒にいると言われてしまった。
「瑪瑙は先に顔を洗わなくちゃね。目も真っ赤よ?」
ルーリに笑われてしまった。
みんな疲れていると思うのに、私のために起きていてくれる。
その心使いがとても温かくて嬉しかった。
それと、やっぱりちょっとだけ悪いことをしていると言う罪悪感ももちろんある。
これを言うと、みんなきっと怒っちゃうだろうけどね。
キッチンへ行き、ケトルにお水を入れて火にかける。
お湯を沸かしている間に、私達は洗面所へ行き顔を洗う。
鏡を見てみたけど、ホントにルーリが言ってたように目が真っ赤だった。
顔を洗い終えて、キッチンへ戻る。
ボコボコとケトルから音がして、ちょうどお湯が沸いたようだった。
早速紅茶を淹れ始める。
「そう言えば、以前から気になっていたのじゃが、メノウは紅茶を淹れるのが上手いのう。所作も綺麗じゃ」
私がみんなの分を淹れているのを見て、おもむろにサフィーアが口を開いた。
「ありがと。紅茶の入れ方は、お店をやってる叔母さんに教えてもらったんだよ。コーヒーと紅茶にこだわってるお店でね。まぁ私はオレンジジュースが好きだったから、そればっかり飲んでたんだけど。料理の基本を教えてくれたのも叔母さんなんだよ」
実はこの世界、果物の果汁、いわゆるジュース類が結構お高い。
それに、季節ごとにラインナップが変わるらしいので、安定して手に入る紅茶の方が飲みやすかったりする。
紅茶もお値段は安い物から高いものまで沢山あるんだけど。
実は紅茶の専門店があって、私はそこで良いものを買っている。
お値段は少々するけど、安いものと飲み比べた時に味が段違いだった。
バザールの露店でも紅茶は売っていたんだけど、やっぱり専門店の茶葉の方が美味しかった。
みんなに配り終わって私も椅子に座って紅茶を一口飲む。
んーいい香り。
「へー。確か瑪瑙のお母さんってお料理苦手なんだっけ?」
リステルが私に聞いてくる。
「お料理って言うか、家事全般が苦手だったねぇ。お父さんが掃除と洗濯は頑張ってやってたけど、私が覚えるようになるまでちょこちょこ叔母さんが助けに来てくれてたよ。おかげで叔母さんと凄く仲良くなれたんだけどね」
少し懐かしい気分になる。
「だったら、私達がこうやって美味しい食事を食べられるのは、その叔母さんのおかげだね」
「「ねー」」
リステルの言葉に、ルーリとハルルが頷きあっている。
「確かにメノウの作る食事は不思議と美味いのう。何か特別なことをしておるのかの?」
うんうんと一緒になって頷いていたサフィーアが質問してくる。
「それはもちろん愛情たっぷりだからだよー」
「おー!」
私の言葉にハルルちゃんが嬉しそうに両手をバンザーイしている。
「って言いたい所なんだけど、だーいたい理由はわかってるんだよねー」
「あれ? 愛情? 瑪瑙お姉ちゃんの愛情は??」
私の突然の手のひら返しに、ハルルちゃんはキョトンとしている。
「もちろん、愛情いっぱいだよ」
そう言って隣の席に座っているハルルの頭を撫でる。
「この世界の味付けって、結構薄味なんだよね。香辛料が結構高いから仕方ないかもしれないんだけど。素材の味を活かしているって言えば聞こえは良いんだけど。私は、味付けはしっかりしてるんだよ。後は、私の世界のちょっとしたコツかな? この世界に来て最初の頃は、私の味付けがみんなの舌に合うか結構心配だったんだけど、凄く好評だから安心したのを覚えてるよ」
「コツってどんなのがあるの?」
ルーリが興味津々と言った感じで聞いてくる。
「んー。硬いお肉をどうすれば柔らかくできると思う? あ、干し肉じゃないよ?」
「えっと……。叩く道具が確かあったはずだから、それで叩くとか?」
ルーリが顎に手を付けて答える。
「それもあってるよ。でも叩きすぎると調理中にお肉の旨味が逃げちゃうんだよね。実は、パイナップル――は、こっちに来てみたことないけど、イチジクとかキュウイとかの果物とか、玉ねぎを卸したものに漬け込むと柔らかくなるんだよ。ついでに下味もつけられるでしょ? 玉ねぎなんかは一緒に炒めてもいいね」
「えっ?! 果物?!」
リステルが驚きの声を上げる。
「そうそう。果物とかに含まれているタンパク質を分解する酵素がお肉を柔らかくするんだって」
「「「「タンパクシツ? コウソ??」」」」
おっとみんなの頭の上におっきなはてなマークが見えるぞー?
「えっと、凄く簡単に言うと、タンパク質はお肉とかに含まれている物の一つで、人間の体を作るのに必要な物って思ってもらえればいいかな? 酵素は……。あれ? 酵素ってなんだろう?? えっと、お肉を柔らかくしたりする現象の元になる成分……で、合ってるのかな?」
「……お前さん、元の世界では学者か何かだったのか? えらく専門的なことを知っておるようじゃが」
「瑪瑙お姉ちゃんすごーい!」
目を白黒させているサフィーアと対照的に、おめめをキラキラさせて褒めてくれるハルルちゃん。
「私の世界……というか、私のいた国では、これくらいはみんな学校で教えられることなんだよ。酵素は料理の事を調べていると、自然と目にするようになったかな?」
「……世界の違いを思い知らされるわ」
「だね……」
私の言葉に、寂しそうな顔をするルーリとリステル。
「お前さんの心の中を見た時から思っておったが、住む世界が違いすぎるのう」
「私もそう思う。未だにこの世界の常識に戸惑う事ばっかりだよ」
サフィーアの言葉に、私は自嘲気味に答える。
「……ねぇ瑪瑙? 良かったら私に料理を教えてくれないかしら?」
「あっ私も私も!」
「ハルルも―っ!」
「妾も教えてもらおうかのう?」
ルーリがそんなことを言い出すと、残りのみんなもそれに続いた。
「いいけど……。急にどうしたの?」
「瑪瑙がいなくなっても、瑪瑙の美味しい食事を忘れたくないから。瑪瑙のことを少しでもいっぱい覚えておきたいから」
寂しそうに私を見つめて言うルーリの言葉に、私の胸がキュッと痛んだ。
「わかった。色々いっぱい教えてあげる。……だから、忘れないでね?」
「任せて。記憶力には自信があるからね」
ルーリがニマーっと笑って言う。
ふと外を見てみると、いつの間にか随分と明るくなっていた。
そろそろ朝ご飯の準備をしよ――
ぐうぅぅぅ。
私のお隣から、大きな音が聞こえた。
「お料理の話してたからお腹すいちゃった……」
さっきまで元気にしていたハルルが、しおしおと元気をなくしている。
「ちょうど朝食の準備をしようと思ってたところだよ。何か食べたいものある?」
「甘いのがいい」
甘いのか―。
んーっと、今手元にある材料を思い出しながら、何かないかと記憶を探る。
「卵に牛乳もあるね。小麦粉も砂糖も買い足したばっかりだから、パンケーキにしよう」
そうして、朝食の準備が始まった。
ベーキングパウダーが無いから、ふっくら作るのにコツがいる。
卵を卵黄と卵白に分けて、卵白は砂糖を少量ずつ混ぜ、角が立つくらいのメレンゲを作る。
「このメレンゲってやつ、作るの結構キツイね!」
リステルが苦笑して言う。
みんなカシャカシャと一生懸命泡立てている。
ハ、ハンドミキサーが欲しい。
そう思っていた時だった。
「おはようございます。みなさん早いですね――って! 着替えないで何をしているんですか! はしたないですよ!」
コルトさん達が起きてきたと思ったら、すぐに怒られてしまった。
言われてみれば私達は、着替えずにキッチンまできて、そのまま料理を始めてしまった。
だからみんなパジャマ姿のままだ。
「そんなことよりコルト。いいタイミングで起きて来たね。早く手伝ってー!」
「……朝から大変そうなものを作ってるんですね」
はしたないなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに、リステルはコルトさんに救援を出す。
「あー! メノウちゃんー。私にも作り方教えてねー?」
「やれやれ。朝はもっと楽なものでも良くないか?」
身だしなみをきっちり整えた三人がすぐに手伝いに入ってくれる。
「材料自体はシンプルなんですけどねー。ふんわりしたものを作りたいので、ひと手間かけてます」
私の説明に、すんなり納得してくれた。
それからすぐ後から、ここに泊まっていたアミールさんとスティレスさんもキッチンにやってきて、賑やかな朝食作りが始まった。
もちろんパンケーキだけじゃ物足りないので、ベーコンエッグも作る。
ベーコンエッグくらいなら、すぐに作れるから大丈夫。
『いただきまーす!』
朝食が完成して、みんなでいただきますをする。
「んーっ! 甘ーい!」
幸せそうな顔をして、もっきゅもっきゅとパンケーキを飲み込むように食べるハルルちゃん。
この子ならカレーは飲み物って言いだしても納得しちゃいそうだ。
「凄いわー。ホントにフワフワねー。味は甘めだけどー、美味しいわー」
「こんなフワフワのパンケーキは初めてだわ。メノウちゃん凄いわね」
カルハさんとアミールさんが褒めてくれる。
「ありがとうございます。ハルルのリクエストだったので、ちょっと甘めの朝食になりました」
「確かに甘いが、シンプルな味で美味いな」
「材料は、小麦粉、卵、砂糖、牛乳だけだって言うのが驚きですよね。いい味です」
シルヴァさんとコルトさんの二人にも好評のようだ。
「ん? なぁリステル。ベーコンエッグにかけてる赤いのは何だ?」
スティレスさんが首を傾げて、リステルのお皿を見ている。
「これですか? 瑪瑙お手製の調味料ですよ。ケチャップって言うらしいんですけどね」
「美味いのか?」
「トマトをたっぷり使った調味料なので、甘酸っぱくて美味しいですよ」
「ほう?」
「これが卵といい感じで合うんですよー」
「あら? じゃあルーリちゃんが使ってるのは何かしら?」
アミールさんがルーリのお皿を見て言う。
「これも瑪瑙の手作りですよ。マヨネーズって名前らしいです。卵とワインビネガーに油を混ぜて作ってるんですよ」
「ちょっと味見してみていいかしら?」
「どうぞー」
ルーリがそう言って、マヨネーズの入った瓶をアミールさんに渡す。
「あ、こっちも酸味があるけど、全然違う酸味で美味しいわ。こっちは凄くまろやかなのね」
「うわ、ホントだ。これはこれでうめぇ!」
アミールさんとスティレスさんは物珍しそうに、白と赤の瓶に目をやり、どっちをかけるか悩んでいる。
それを見たコルトさんが、ニヤッと笑って爆弾を投げ込む。
「それで? このベーコンエッグに合うのはどっちなんですか?」
「もちろんケチャップ!」
「私はマヨネーズ!」
開戦である。
「メノウよ。この二つを混ぜるのはダメなのかのう?」
「ううん。その二つを混ぜたのをオーロラソースって呼ぶよ」
「ふむ。では妾はそのオーロラソースで試してみるか」
第三勢力の誕生である。
ちなみに、塩コショウ派とプレーン派はいないらしい。
そして、第四の勢力がやって来る。
「ハルルはタルタル!」
そう言って、テーブルの真ん中に、もう一瓶追加される。
「「「これは?」」」
サフィーアとアミールさんとスティレスさんが首を傾げている。
「タルタルソースですね。マヨネーズをベースに、ピクルスとゆで卵を刻んで入れて、乾燥パセリとレモン汁、塩コショウで味を調えたものですね」
自分で説明してて思ったのだけれど、ハルルがベーコンエッグにタルタルソースをかけているってことは、卵と卵と卵ってことだよね?
いや、確かに美味しいんだけどさ。
あ、パンケーキにも卵使ってますね。
「コルト。それは戦争になるから言うなって言っただろう。アミールとスティレスがいるからってわざと言っただろ」
「まぁ確かにわざとですけど。でも実際にどれも美味しいんですから、いいじゃないですか」
「ケチャップの方が合う!」
「いいえ! マヨネーズの方が美味しいわ!」
シルヴァさんとコルトさんのやり取りなんてお構いなしに、ケチャップ派のリステルとマヨネーズ派のルーリが言い合っている。
お互いどっちも美味しいとはいかないらしい。
「このオーロラソース。ケチャップの酸味がまろやかになって、甘味がわかりやすくなって美味いぞ?」
サフィーアも第三勢力としてしっかりと意見を主張している。
あ、ちなみに私はローテーション派です。
ワイワイガヤガヤ賑やかに、というよりは少し騒がしい朝食の時間が過ぎていく。
少し寝不足なのか、ほんの少しだけ頭が重く感じるけど、いつの間にか、目が覚めてからずっと引きずっていた恐怖心が収まっていた。
「ケチャップ!」
「マヨネーズ!」
「タルタル!」
「オーロラソースも美味いぞ?」
戦争はまだまだ続く。
「なぁなぁメノウ。目玉焼きおかわりしていいか? 頼む!」
両手を合わせてお願いしてくるスティレスさん。
朝から食欲旺盛ですね。
「わかりました。他におかわり欲しい人は?」
『はーい!』
みんなの手が上がる。
苦笑しつつも、心は明るい気分で席を立ち、私はフライパンを握る。
コンコンと卵を叩き、油を引いて熱したフライパンの上に卵を落とす。
ジューっと言う卵の焼ける音は、みんなの賑やかな声にかき消されるのだった。
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