戻りつつある活気

 賑やかな朝食の後、私達五人は寝室へ戻る。

 そのまま五人ともベッドに倒れこむ。


 結局あれから、何個も目玉焼きを焼く羽目になった。

 マヨとケチャップとタルタルの食べ比べと称して、みんながモリモリと目玉焼きを食べていた。

 私は大量のパンケーキ作りと目玉焼きを大量に焼いたせいで疲れがどっと出てしまった。


「疲れたー。この後どうする―?」


「お疲れ様瑪瑙。……ちょっと食べすぎちゃったわ。少し休憩ね」


「私もー。お腹くるしいー」


「妾も少々食べ過ぎたのう」


 そう言って、ベッドに横になりながらお腹をさする三人。


「朝はいっぱい食べないと元気でないよ?」


 一人ケロッとしているハルルちゃん。

 この子の胃袋は本当に一体どうなっているのやら。


 しばらくみんな何もしゃべらない無言の時間が続いた。

 そのまま軽く眠れるかと、私は目を瞑る。

 だけど重だるい頭と体とは裏腹に、意識ははっきりとしていて、到底眠れそうになかった。


「瑪瑙眠れそう?」


 リステルの声が聞こえる。


「ううん。やっぱり無理みたい」


「まだ怖い?」


「……うん」


「それじゃー無理して寝なくてもいっか!」


 明るい声のリステルに合わせるように目を開く。

 スリープの魔法をかけて無理やり眠ると言う方法もあるんだけど、誰もそれを口にしなかった。

 別に私が使わなくても、ルーリもサフィーアもスリープは使えるんだけどね。


 さて、それじゃぁこの後はどうするか。

 実はやることはそれなりにある。


 まずは洗い物。

 服から調理道具に食器などなど、依頼で草原に出て野宿している間はどんどん溜まっていく。

 体の汚れは下位下級の水属性魔法の「ウォッシュ」と言う魔法で落とせるので、汗臭くなったりはしない。

 服も一緒に洗えるんだけど、やっぱり服は着替えたい。

 下着なんかは特に。


 ちなみに、この「ウォッシュ」という魔法も私は使えない。

 正確に言えば、使うこと自体は出来るのだけれど、魔法の行使が終わった後に、魔力から生み出した水が霧散しないため、ビチョビチョに濡れたままになってしまう。

 便利な魔法なのに、少し残念。


 次に、野宿で使う物の点検。

 テントやランタン、ルーリお手製魔導具の虫よけ結界小箱と言った備品類。

 それから焚き火に使う薪の残量。

 これらの道具が壊れていないか、残量はどれくらいかと言うチェックは非常に大事。

 いざ野宿! ってなった時にテントが壊れていたら、最悪お空の下でお休みする羽目になる。

 まぁ私とルーリが魔法で氷や土のドームを作ってそこで寝るって言う方法はあるんだけど、周囲に何かあってもわかり辛くなってしまうので、この方法は最終手段になっている。


 最後に食料がどれだけ余っているか。

 保存食である干し肉とチーズは残っていても次に回せるので問題ない。

 足りない場合は買い物リスト入り。


 問題は、それ以外のもの。

 状態維持プリザベイションを使っているので生野菜や生肉も腐らせずに一週間は余裕で持たせられることと、空間収納による荷物の大量運搬が可能なため、結構な量を買い込んでいる。

 ハルルの食べる量が多いことが買い込む要因の一つなんだけど、ハルルは作れば作るだけ食べちゃうので、案外余ることは少ないんだけどね。


 ちなみに私が料理をするので、干し肉は不人気で若干余り気味。

 それでも私が料理を出来なかったりした場合に必要になるので、買わない訳にはいかない。

 みんなが料理を覚えてくれたら、干し肉はいらなくなるのかな?


 そう言うわけで、ささっと着替えて役割分担。

 食料チェックと食器洗いは私が担当。

 服の洗濯はルーリとサフィーア。

 備品チェックはリステルとハルル。


「う~ん。やっぱり干し肉が余るなぁ。流石に干し肉を使ったレシピなんて知らないからどうするか」


 テーブルに残りの食料を全部並べながら、考え込む。

 生ものは昨日の夕飯であらかた消費できたので、問題は無い。


「塩抜きはできるんだけど、水で戻そうとしてもほんの少ししか柔らかくならないんだよね」


 一かけらの干し肉をつまみ、ハムっとかぶりつく。

 硬くてしょっぱい……。


「後でカルハさんに聞いてみるかー」


 もごもごと干し肉を噛みながら独り言。

 この硬さと塩辛い味を何かに使えないかと考えながら、シンクでどんどん食器類を洗っていく。

 お肉を焼く網とお鍋は焚き火で使っているせいで煤だらけなので後回し。


「~♪」


 鼻歌を歌いながら、せっせと洗う。


「あらー、メノウちゃんご機嫌ねー? って、つまみ食いー?」


 のほほ~んとキッチンにやってきたカルハさんが私の口元を見て笑っている。


「いえ。干し肉が余り気味なんで、何かに使えないかなーって考えてました。カルハさんは干し肉を使った料理って何か知りませんか?」


「そうねー。干し肉はそのまま食べるのが当たり前だったからー、私は考えたことなかったわー。むしろメノウちゃんがお鍋に放り込んでいるのを見て驚いたぐらいよー?」


 そう言ってカルハさんも干し肉を口に入れる。


「相変わらず硬くて塩っ辛いわねー。メノウちゃんは何か思いついたのー?」


「そうですねー。少し面倒ですけど、繊維にそって細く切ってから、野菜と炒めたるのを思いつきましたね。それから、軽く塩抜きしたこれに、粗挽きのブラックペッパーとレモン汁をかけたら、お酒好きのあのお二人は好きそうですけどね」


 話しながら、カルハさんが隣に立って、洗い物を手伝ってくれる。


「あー、最後の美味しそうかもー? 良く思いつくわねー?」


 二人とも手慣れたもので、話しながらもどんどん洗い物は進んでいく。


「まずは試作してからですけどね。味を想像しながら、あれこれ考えるのは楽しいですよ」


「じゃー今度色々一緒に試作しましょー?」


「いいですね」


 あれやこれやとお喋りに花を咲かせつつも、思ってた以上の速さで洗い物は終わってしまった。


「そういえば、コルトさんとシルヴァさんはどうしたんですか?」


「二人は洗濯物と備品のチェックをしているわー。一緒にチェックしていたリステルちゃんに聞いたらー、メノウちゃんはキッチンにいるって聞いたからー、お手伝いに来ちゃったー」


「そうだったんですね。ありがとうございます。おかげで早く終わりました」


「いえいえー」


 そう言って一息入れようと、私は紅茶を淹れる準備をする。

 すると、


「瑪瑙、備品のチェックは終わったから手伝いにきたよー。洗い物は終わったー?」


 ひょこっとリステルとハルルに、コルトさんとスティレスさんの四人がキッチンへやってきた。


「四人ともお疲れ様です。洗い物はカルハさんが手伝いに来てくれたから早く終わったよ。今お湯沸かしてるから、座って待ってて」


「はーい」


「ん!」


「ありがとうございます」


「おっ、ありがとな!」


 それぞれ返事をして席に着く。


「メノウちゃんー。お茶請けって何かあるかしらー?」


「あっカルハ。良いのがあるよ! ほらこれっ!」


 そう言ってリステルは空間収納から、大きめの瓶を取り出した。

 見ただけでナッツ類がぎっしり詰まっているのがわかる。


「わーい!」


 ハルルが嬉しそうに手を上げる。


「ナッツの詰め合わせじゃないか! ん? 何だこれ? トロッとした液体に漬かってるのか?」


 スティレスさんが瓶を覗き込んでいる。


「ハチミツですよ。炒ったナッツをハチミツにつけるんです。長期間の保存もできますし、甘くて美味しいですよ」


「そう言えば作ってたわねー。すっかり忘れちゃってたけど、保存も効くのねー?」


 実はリステルが今持っているハニーナッツの瓶は、首都ハルモニカで作ったものだったりする。

 ハチミツもナッツ類もかなりお高かったけど、これと密閉できる瓶があれば、簡単に作ることが出来るので、迎賓館の厨房を借りてお菓子作りをした時に、一緒に作っておいたのだ。

 ハチミツに漬けてから一週間ほどで良い感じに漬かるので、今食べても美味しいだろう。


 そんな話をしていると、


 魔法ってつくづく便利よね。あれだけあった洗い物が一瞬だもの。

 水属性の魔法は何かと重宝するからな。

 私もあんまり得意じゃないですけど、凄く助かってます。

 妾はメイドに任せていたからウァールプールを使うのは初めてじゃったが、確かに便利じゃのう。


 わいわいと話し声が近づいてくる。

 大きい籠を抱えたルーリとサフィーア、シルヴァさんとアミールさんがやって来た。


「洗濯物終わったわよ。洗うよりたたむのに時間がかかっちゃったわ」


「籠に服を入れているから、後で混ざってないか確認しておいてくれ」


『はーい』


 先に席に座っているメンバーが返事をする。


「お疲れ様です。籠は隅に置いておいてください。今お茶いれますので」


「瑪瑙ありがとう」


「すまんのう」


 いいタイミングで全員がキッチンに揃った。

 みんなにちゃちゃっと紅茶を淹れて回る。

 その間にリステルがハニーナッツを器に入れて配っていく。

 ああ! 洗ったばっかりの器が! なーんてね?


「う……。流石に十人に配ると一気になくなるね」


 瓶の中の残りを見つめ、しょぼんと呟くリステルさん。


「また今度作ってあげるよ。それに、私のドライフルーツを入れた方もあるでしょう?」


 甘い物は女の子の嗜みだからね。

 もちろん私も色々とストックしているよ!


 そう言うわけで、お茶をしながらこの後の予定をどうするか決める。


「私とスティレスは一度冒険者ギルドに戻ります」


 ポリポリ。


「それじゃあ私達もついて行きましょうか。査定の結果待ちと言うのもありますが、昨日の近郊警備の報告も入っているでしょう。まだ東門近郊に魔物が集まっているとなると、今回倒した魔物以外の原因も考えなくてはいけません」


 ポリポリポリ。


「あー、紅茶を濃い目に淹れているのねー? 凄く甘いから濃い目に淹れた紅茶とよく合うわー」


 ポリポリとハニーナッツを口に運び、紅茶をコクンと飲み、幸せそうな笑顔を浮かべるカルハさんがのほほ~んと言う。


 予定を話していたコルトさんが、がっくりと肩を落としため息をつく。


「みなさん聞いてますか? 食べるのに夢中になるのはわかりますが、話はちゃんと聞いてください」


 腰に手を当て少し声を大きくして言う。


「ちゃんと聞いてるよコルト。話しの腰を折ったのはカルハだよ。あ、いらないなら私が貰うよー」


「ちょっとお嬢様! 私の分取ろうとしないでください! お嬢様はご自分の瓶からおかわりを取ればいいじゃないですか!」


 いつもならすぐに仲裁に入るだろうシルヴァさんが黙っている。

 顔を良く見ると、お口がモグモグと動いている。

 言い合っているリステルとコルトさんを横目に見つつ、ゆっくりと紅茶を口に運んでいるシルヴァさん。


「はぁ。たまにはすんなり話を進めてくれてもいいんだが? とりあえず冒険者ギルドには行くぞ。情報は大事だからな」


 ため息をつきながら、半目で二人を見ている。


「まぁまぁシルヴァちゃん。昔からよくある事でしょー?」


「カルハもたまには仲裁に入ってくれても良いんだぞ?」


「私はー、みんなのやり取りを見ているのが好きだからー、遠慮しておくわー」


「はいはい。わかってたよ。はぁ」


 シルヴァさんの抗議の声をのほほーんと受け流したカルハさんと、もう一度ひと際大きなため息をついてうなだれるシルヴァさん。


 そんなわけで、冒険者ギルドへはお昼ご飯を食べ終わってから行くこととなったが、アミールさんとスティレスさんは一足早くに戻っていった。

 私達が着く前に、今集められる情報をまとめておいてくれるそうだ。

 昼食は? と聞くと、冒険者ギルドにある食堂でするから大丈夫だと言われた。

 そう言えば、そんなところあったよね。


 私達はと言うと、残りの食材が心許ないので買い物に出かけることになった。

 取りあえずはこのお休み分の食料の確保。


「東の草原に行くときの物もついでだから買っておく?」


 色々今足りていないものを想像しながら言う。


「それだったら、アミールさんとスティレスさんも一緒にいる時にした方が良いから、また後日だね」


「あーそっか。二人が足りてない物と必要な物ってわからないもんね」


「そう言う事だね」


 そんな話をリステルとして、私達は早速買い物に出かけることにした。



 いつも通りバザールに行くと、この間と比べて格段に活気が戻っていた。

 ただ少し気になったのは、明らかに一般人ではなく、武器を持ったり鎧姿だったりといった、一目で冒険者とわかる姿をした人達をちらほらと見かけるようになっていた。

 その人達は、買い物をするでもなく、バザールを歩きながらキョロキョロと見渡している。

 またこの間みたいな厄介事にならかったらいいんだけどなーと、心配していると。


「皆さんお久しぶりです。とてもご活躍だそうですね」


 と、長身の女性が話しかけてきた。

 その横には、軽装の女性とローブを着た女性がいた。

 ハルルの元パーティーメンバーの三人だ。

 そう言えばセレンさんから、この三人は街の治安維持を頑張ってくれているという話しを聞いていた。


「ん、久しぶり。治安維持頑張ってるってサブマスターから聞いた」


 ハルルがコクンと頷いて挨拶を返す。


「あたしらも最初は東の草原で魔物の討伐をしていたんですけどね。ただ流石にあたしらでもキツくなってきて、どうするかって話し合ってたところでサブマスターから話を持ちかけてくれたんですよ」


「諍い起こしてばっかりだって言われてたのに、その話を聞いて驚いた」


「皆さんの実力を身をもって思い知りましたからね。あの後物凄く反省したんですよ」


「最初はギルドにいる他の冒険者にはいい顔されなかったけどね。その時になってやっとアタイ達が馬鹿な事をやっていたのを思い知ったさ」


 ハルルが話すと、長身の女性と軽装の女性が苦笑いを浮かべている。


「そこからは他所のパーティーのフォローをしたりと、色々と奔走しましたよ。おかげでサブマスターに許してもらえました。……床の修繕費は請求されましたが」


 ローブを着た女性ががっくりとして話す。

 言われてみれば、私が冒険者として登録したその日にこの三人に絡まれて、私がセレンさんに助けを求めたら、私がやっつければ良いんじゃないかというトンデモアドバイスの意趣返しに、床の一部を溶かしたり、抉ったりしたっけ。


「それはあなた達が悪い」


 相変わらずぶっきらぼうに話すハルル。

 それでも初めて会った時に比べると、幾分表情は柔らかくなったんじゃないだろうか?

 話し方ももっとカタコトだったしね。


「ところで、冒険者っぽい人たちをちょこちょこ見かけるんですが、何かあったんですか?」


「いえ、あれは私達と同じで治安維持を任されてる冒険者ですよ。バザールは特に人が多いですからね。わざと目立つように警備をしているんです」


 私の質問に、ローブを着た女性が答えてくれた。


「持ち回りで警戒する区が決められているんですよ。今日は偶然私達もバザールが担当地区になっていたんです」


「それより、何でも面倒な依頼を頼まれたんだって? 買い物に来てるってことはその依頼も終わったって事かい?」


「ううん。まだわからない。原因らしい魔物は倒したけど、他にも原因もあるかもしれないからまだ依頼は終わってない。ハルル達は報告と休養に戻って来てるだけ」


「あー。もしかして魔物を大量に持ち込んでなかったかい?」


「いっぱい持って帰ってきたよ?」


「そのせいですね。今朝冒険者ギルドに顔出すと、えらく立て込んでるみたいでしたから」


「なんか商人がやたらと詰めかけてたから、あれはしばらく忙しくなるだろうねぇ」


「おっと。警備に戻らないと。他のヤツらがこっちをチラチラ見出したな。それじゃーなー」


「ん。三人とも頑張って」


 警備に戻る三人に手を振るハルル。

 私が冒険者として登録した時に起きた諍いが原因で、あんまり良くない形でパーティーを解散したハルルと三人の女性だったけど、キロの森調査の時に三人が謝って来て、険悪な空気はなくなった。

 あれから結構時間が経ったけど、三人は凄く雰囲気が丸くなった気がする。

 セレンさんも言ってたけど、真面目に治安維持活動の依頼を頑張ってるみたいだ。


 私達は買い物を済まして家に戻り、みんなで昼食を取り、少しゆっくりしてから冒険者ギルドへ向かうのだった。

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