厄介事

 フルールのバザールへやってきた。

 野菜や果物を買うならここ。

 食材以外にも色々と売っているから、それを見ながらの買い物も楽しい。

 みんなに食べたい料理のリクエストを聞きながら、売っている食材を見る。

 一か月以上も来ていなかったせいか、売っている野菜が結構変わっていた。


 いつもならもっと賑やかなバザールだけど、今は静まり返っていた。

 普段なら客寄せのための呼び込みなんかで騒がしいんだけどね……。


「お嬢ちゃん達久しぶりじゃないか! ここしばらく見かけなくて心配してたんだよ?」


 私達の顔を見て、嬉しそうに声をかけてくれたのは、野菜を良く買っていた露店のおばさんだった。


「お久しぶりです。ちょっと首都に用事があって、フルールにいなかったんですよ」


「そうだったのかい。何にせよ、無事でよかったよ!」


 いつもなら大きな声で笑うおばさんなんだけど、笑い方は控えめだ。


「そういえば、何だか活気が無い気がするんですが、何かありましたか?」


 私の言葉に、あからさまに困ったかを浮かべる。


「それがさ。ここ最近、バザールに酒に酔った冒険者が来て、諍いをよく起こすのさ。若い女の子を見ると執拗に絡んだり、それを止めに入ったやつが返り討ちにあったりってな感じでね。ただでさえ、呼び込みの声がうるさいだのなんだのって言いがかりをつけて暴れたりね。衛兵も頼りにならないし、みんな怯えながら商いしてるのさ」


 確かにフルールの治安の悪化は、何度も耳にしたことだ。

 ただ私達は、あくまで冒険者同士が諍いを起こす程度だと思っていたのだ。

 まさか冒険者じゃない街の人にまで、危害を加えてるなんて思ってもみなかった。


「お嬢ちゃん達は、特に気をつけた方が良いよ。可愛い子ばっかりなんだから」


「聞きましたか! 私達も可愛いって言われましたよ!」


 コルトさんが嬉しそうにしている。


「言われたのはメノウ達であって、私達じゃない」


 そう言って、シルヴァさんはコルトさんにデコピンをする。

 確かに、シルヴァさんとカルハさんは可愛いって感じじゃない。

 美人さんだろう。

 コルトさんの普段の姿はどっちかっていうと可愛らしい。

 ただ一度剣を構えると、その姿は凛々しく美しい。

 ……ちょっとずるい気がする。


「賑やかだねぇ。ここも早く元の活気に戻ってほしいもんだねぇ。さて! 久しぶりに来てくれたんだ。またいっぱい買っていくんだろう? 安くしてあげるから、じゃんじゃん買っていっておくれ!」


「ありがとうございます。お言葉に甘えていっぱい買っていきますね!」


 そう言って、色とりどりの野菜を見て、どんなものが作れるのかと考えていた時だった。


「やめてくださいっ!」


 女の人の大きな声が聞こえた。

 声のする方に顔を向けてみると、女性の腕を掴んだ男性と、その近くでニヤニヤ笑っている男性が二人いた。


「いいじゃないか。俺たちとイイコトしようぜ~?」


 掴まれている腕を、必死で振りほどこうとしている女性。

 よく見ると、男性達の腰には武器が下げられている。


「誰か助けてください!」


 女性が必死に叫ぶが、男性達が周囲をギロリと睨みつけると、みんな顔を背けてしまう。


「みんな好きにしろってさ。さぁこっちへ来い!」


 ぐっと腕を引っ張って女性を連れて行こうとする男性達。


「いやぁぁぁ!」


 悲鳴を上げる女性。

 その瞬間男性達の頭上から、水がドバーっと降り注いだ。


「何しやがる! 誰だ! 出てきやがれ!」


 あー、どう助けに入るか考えていたら、先を越されてしまった。


「これだから男は嫌いなんじゃ。特に貴様らのような輩はのう!」


 スタスタと男性達の前へでる一人の幼い少女。

 普段は可愛らしい幼い顔だけど、眉根を寄せて不快さを微塵も隠そうとはしていなかった。

 そんな前に出てきた幼い少女を見て、男性達は呆気にとられたようにぽかんとしていたが、


「おいおいおいおいおい! ガキが大層な口を利くじゃねーか! 今の水もテメエがやったのか? あーっ!」


 元々うすら赤かった顔が、完全に真っ赤に染まる。


「どうせすぐ乾くじゃろう? 少しは頭も冷えて、落ち着くじゃろうと思ったんじゃがな? まだ足りんかの?」


 幼い少女。

 サフィーアが、怯える様子も無く言い放つ。


「魔法がちょっと使えるからって、ガキがカッコつけてんじゃねーっ!」


 余程腹に据えかねたのか、掴んでいた女性の腕を離し、武器を抜く。

 周りが騒めきだす。


「抜いたわねー。それは流石に容認できないわー」


 のほほ~んと話しているカルハさんだが、顔は一切笑っていなかった。


「あ、私がいきます」


 流石に私も見ていて不快だと思っていたんだけど、サフィーアに向けて武器を抜いたのは、尚の事気分が悪い。

 サフィーアの横に歩み出る。


「なんじゃ? 心配してくれたのか? 妾だけでもこやつ等程度なら遅れはとらんぞ?」


「そこは心配してないよ。でも、サフィーアに向かって武器を抜いたのは、嫌」


「ああっ?! 舐めんなよガ――」


「「うるさいっ!」」


 がなる声を遮るよに魔法を発動する。

 サフィーアがまた大量の水を頭上から降り注がせるのに合わせて、私は瞬時に凍結させる。

 男性達三人の体の表面が、バキバキに凍りつく。


「冷てえ! さっ寒ぃ!」


 ガタガタと震えあがる男性達。


「これ以上ここで騒ぎを起こすのなら、氷漬けにして衛兵につき出しますよ」


 できるだけ静かに言う。


「こ、こんなことしてタダで済むと思っているのかっ!」


 何か言おうとしているのを無視して、


「私の言っている事、聞こえませんでしたか?」


 私はそう言うと、男性達の足元からゆっくりと凍らせていく。


「ひっ! くそっ! 行くぞっ!」


 悪態をつきながら、男性達は走ってバザールを出て行った。

 男性達の姿が見えなくなると、バザールが歓声に包まれた。

 うわー!

 耳が痛い!!


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 そう言って、私達に何度も頭を下げるのは、さっき腕を掴まれていた女性。

 腕を離された瞬間、こっそりコルトさんとシルヴァさんが救助していたのだ。

 まぁ気づいてないのは、逃げて行った男性達くらいだろうけど。


「お嬢ちゃん達凄いね! さっき話してた問題を起こす冒険者があいつらだったんだよ! おかげでスカッとしたよ! あんたら! このお嬢ちゃん達にサービスしてやりなっ!」


 おばさんの声に、みんなが一斉に声を上げる。

 みんなよっぽど我慢していたようで、それを開放するように、一気にバザールが活気づく。


「瑪瑙お姉ちゃんとサフィーアカッコよかった」


 そう言って、私とサフィーアの間に入って、手を握るハルル。


「美味しいところ持っていかれちゃったね!」


 リステルに背中から抱き着かれる。

 ルーリは私の左手を握り、


「思わず見惚れちゃったわ」


 そんなことを言ってくる。


「私がしなくても、みんなは同じことしたでしょ?」


 私の言葉に、


『もちろん!』


 コルトさん達も、当然です! と言ってくれた。

 そんなみんなと一緒にいるから、私も勇気を出して行動できるんだよ?

 照れ臭いから、言わないけどね!

 でもみんなの顔を見てると、私の考えてることは伝わっちゃってるみたい。


 バザールでお店を開いている人たちに、あれやこれやと沢山もらってしまった。

 野菜と果物は買うつもりでいたけど、普段の半額くらいで売ってくれて、さらにおまけと言って、タダでいっぱい貰ってしまった。

 香辛料も安くしてくれた。

 流石に半額とまではいかなかったけど、かなりお安くしてくれたので、いっぱい買っておいた。

 バザールの人たちに感謝だー!


 サービスをしてくれるのは勿論嬉しかったのだけど、バザールの雰囲気が一気に明るく賑やかになったのが何より嬉しかった。

 やっぱりお買い物は、楽しくなくっちゃね!


「それでは、私達は家具屋を見てきます。皆さん気をつけてくださいね」


「うん! コルト達も気をつけて」


「こっちの買い物が済み次第、私達も冒険者ギルドに向かうからな」


「私達が行くまでー、帰らないでねー?」


「「はーい!」」


「ん!」


「わかったのじゃ」


 バザールでの買い物を終え、私達とコルトさん達は別行動。

 各々軽く言葉を交わし、目的の場所へ歩き出す。

 冒険者ギルドへ近づくにつれて、歩いている人の様子も変わりだした。

 鎧姿だったり、武器を下げていたりといった姿の人が増えていく。

 チラチラとこちらを見てくる人も増えて、少し居心地が悪い。

 以前はこんなことなかったのになぁ……。

 そんなことを考えながら歩いていると、冒険者ギルドに着く。


「久しぶりだねー」


「「ねー」」


 そんなことを言い合って、綺麗な両開きのドアを開く。

 中に入った瞬間、目の前を男の人が吹っ飛びながら横切っていった。


「それでおめおめ戻ってきやがったのか! ふざけんなよ? 俺様の顔に泥を塗りやがって!」


 怒声がする方向を見ると、大柄な男性が拳を振り抜いて、男性を殴り飛ばしていた。


「相手は魔法使いだったんです! 一人は氷を使うかなりの手練れだったんです!」


 はぁ……。

 ここもか。

 空気がピリピリしていて、居心地が悪い。

 さてさて。

 お目当ての人を探そう。

 いたいた!

 フルールの冒険者ギルドのサブマスター。

 いつも何故か受付にいるお姉さんのセレンさんだ。


「「「セレンさーん!」」」


 手を振りながら、私達は大きな声でセレンさんを呼ぶ。

 冒険者同士の諍いを、困った顔で見ていたセレンさんは、私達の声に気づいてこちらを見る。

 目が合うと、花が咲いたような笑顔を見せて、手を振り返してくれる。

 んー。

 久しぶりに見るけどやっぱり可愛いなーこのお姉さん。


「皆さんお帰りになってたんですね!」


 っと、駆け寄ってこようとしたセレンさんの前に、男性が割り込んでくる。


「こいつらですアニキ! バザールで魔法を使ってきたガキ共は!」


 そう言って、私とサフィーアを交互に指をさす。

 よく見ると、さっきバザールで女性の腕を掴んでいた男性だった。


「ガキはガキでも、一人はチビじゃねーか! ふざけんなっ!」


 アニキと呼ばれた大柄の男性が、私達を指さしている男性の顔面を殴り飛ばす。

 声も上げられないのか、その場でのたうち回る男性。

 大柄の男性がこちらを見て、近づいてくる。


「よう! 俺の連れが世話になったようだな?」


 威圧感たっぷりで、私達の前に立ち塞がる。

 いやほんとにおっきい体だから、壁みたい……。


「なに、お前さんの連れ達が女性に乱暴をしていたからの。少々懲らしめてやっただけじゃ。で、貴様は何ぞ用かの?」


「俺様の顔に泥を塗ったやつらに、身の程をわきまえてもらおうと思ってな。まさか俺様達の事を知らないなんてことは無えよな?」


 そう言うと、私達をぐるっと複数人の男性達が囲む。

 みんなニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべている。


「知らない。興味もない」


 ハルルがバッサリと言い捨てる。


「はっ! こいつぁとんだ田舎者だな! 今フルールで一番強いのは、俺様率いるパーティーよ! 東の草原の魔物も、俺様達がいるから辛うじてどうにかなってるんだぜ?」


「だからって、この街で偉そうに暴れて良いってわけじゃないでしょ」


 リステルが、嫌悪感を露わに言う。


「どこから来たか知らねえが、身の程を知らないガキ共が! 今謝って俺様の言うことを聞くなら、痛い目を見ることは無いぞ?」


「嫌よ! 何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだわ」


 ルーリも心底嫌そうに拒絶する。

 その言葉に、茹蛸のように顔を真っ赤にして、


「下手に出てりゃ調子こきやがってっ! 俺様に盾突くとどうなるか思い知れ!」


 大柄の男性のその声に、私達を囲んでる男性達は、武器を次々に構える。


「やめてください! 自分のパーティーメンバーと言い争いをする分には勝手にしてくださって結構ですが、他のパーティーと諍いを起こすのはやめてくださいと再三に渡り言っているじゃないですか!」


 そう言って、声を荒げてセレンさんが大柄の男性に近寄って、注意する。


「力の無い奴は黙れっ!」


 私達は見てしまった。

 大柄の男性の振り上げた拳が、セレンさんの顔を殴りつけた瞬間を。

 吹き飛ばされ、動かなくなったセレンさんを。


 それを合図と言わんばかりに、私達を囲っていた男性達が襲い掛かってきた。


「ウィンドバレット!」


「ファイアバレット!」


「ロックバレット!」


「ウォータバレット!」


「アイスバレット!」


 私達全員が一斉に魔法を放つ。

 下位下級の魔法なのは手加減をしているからだ。

 私だけ中位下級の氷魔法だけど。

 体のあちこちに、風と火と岩と水と氷の塊を受け、私達を囲んでいた男性達は、全員吹き飛ぶ。


 それまでイヤらしい笑みを浮かべていた大柄の男性の顔が、一瞬で驚愕に染まる。


「瑪瑙。こいつは私がやるから、セレンさんを」


 リステルが低い声で私に言う。


「私の分、リステルに渡しておくね」


 そう言って、リステルの肩をポンと叩いて、大柄の男性の横を抜けて、ギルド職員に介抱されているセレンさんのところまで行く。


 セレンさんの片頬は腫れあがり、鼻血を出していた。

 唇も切ったのだろう。

 血が垂れている。


「私に任せてください。ヒーリング!」


 青い光が私の手から溢れ、セレンさんの傷を一つ残らず癒していく。

 女性の顔に傷なんて残さないように慎重に、念入りに、癒してく。



 ――リステル視点――



「他は任せていい?」


 瑪瑙がセレンさんの傷を癒しているのを見て、私は言う。


「しっかり拘束しておくわ」


 ルーリが私の肩をポンと叩く。


「リステルお姉ちゃん、任せた」


 ハルルは私の背中をポンと叩く。


「行ってこいリステル」


 サフィーアも私の背中をポンと叩く。


 さて。

 私の分と、みんなに渡された分をしっかり味わってもらおう。

 私の分とみんなに渡された"怒り"をしっかりと味わってもらおう。


 ゆっくりと鞘から剣を抜く。

 久しぶりに頭にきた。

 瑪瑙の時ほどではないにしろ、気分がすこぶる悪い。


「き、貴様等なにもんだっ?!」


 顔色を赤から青に変えて、口をパクパクしている大柄の男が言う。


「風竜殺しの英雄って言えば、わかる?」


 私の言葉に、目が飛び出るんじゃないかと言う程、目を見開く。


「あぁ、別に信じなくても良いよ。どっちにしろあなたの道は変わらないから」


「クソがぁぁぁぁ!」


 素早く両刃斧を構え、上段から思い切り振り下ろしてくる。

 それをすれ違いざまに、柄を真っ二つに斬る。


「エアドゥリズル!」


 風の小さな針が、何千何万と小雨のように相手を襲う、中位中級の風属性魔法。

 その魔法を発動した瞬間、大柄の男の体全体から、霧のように血飛沫が上がった。

 もちろん手加減はしているし、顔面も避けた。

 普通に使えば、体を風の針がいとも容易く貫通し、ぼろぼろにして殺してしまう。 


「ガッ……」


 叫び声をあげる前に、逆手で持った鞘を鳩尾に叩きこみ、昏倒させる。

 こんな奴の声なんて聞きたくもない。

 目が覚めて、激痛に苦しめ。


「他に誰か、同じ目に遭いたい人はいる?」


 ぐるっと見渡す。

 私達を囲んでいなかった、大柄な男の仲間であろう男達三人程が、逃げ出したそうにしていた。

 残念ながら、入り口近くで私達を取り囲んだせいで、私は今、入り口のドアすぐ近くで剣を抜いて立っている。

 そうこうしている間に、ルーリが手早く地面に縫い付けて拘束していく。

 少しでも抵抗しようとすると、ハルルとサフィーアが容赦なく追撃を入れている。

 ハルルが結構魔法使ってるけど、大丈夫なのかな?


「セレンさん。気がつきましたか?」


 瑪瑙のそんな言葉が聞こえて、目を向ける。

 瑪瑙がセレンさんを膝枕しているのが見えた。

 ……後で私もしてもらおう。


「メノウさん。すみません、ご迷惑をおかけしました……」


「痛むところはありませんか?」


「ええ。殴られたのが嘘みたいに、痛みが無いです」


 セレンさんが瑪瑙の手を取って、ゆっくり立ち上がる。


「以前もそうでしたが、見事な制圧っぷりですね。衛兵を呼びましょう」


 拘束された男たちを見て、苦笑する。


「私達が行きます」


 名乗りを上げたのは、アミールさんとスティレスさんだ。


「サブマスター、来るのが遅くなって申し訳ありません。みんなお帰りなさい。また後で、旅のお話聞かせてね?」


「メノウ。すまん助かったよ。お前達には助けられてばっかりだな……。それじゃあ行ってくる」


 二人が私の横を通って、外に出ようとした時だった。


「行く必要はないぞ」


 鎧を着た女性がそう言いながら、冒険者ギルドに入ってきた。

 あれ?

 この人は確か……。

 そうだ!

 風竜ウィンドドラゴンを討伐して帰ってきた時に、事情聴取のために入った守衛詰め所にいた人だ。

 その後を五人程、鎧を着た人達が入ってくる。

 この鎧は衛兵だ。


「バザールで騒ぎがあったと通報があって部下が向かったんだがな、現場に着いたときには、当事者が既にいなかったらしいんだ。目撃者の証言の報告を聞いて、もしやと思ってここに足を運んだのだが、正解だったな」


 一体どんな報告を受けたのかな?


「で? 一体これは何が起きたんだ? この男は血みどろだが生きているのか?」


「ちゃんと生きていますよ。そいつがセレンさんを思い切り殴ったので、行動不能にしたんです。他は、私達を襲おうとして返り討ちにした奴らですね」


 剣を鞘に納め、軽く事情説明する。


「セレンは大丈夫なのか?」


「私は大丈夫ですよ。メノウさんが治癒魔法をかけてくれました」


 しっかりとした足取りでセレンさんが私達の所に来た。


「こんな連中をのさばらせているなんて、私は信じられないんですが?」


「……耳が痛いな」


 何でも、東の街道の魔物被害が酷く、どうしてもそこに人員を多く配置することを優先していて、街の治安の維持は後回し状態なのだとか。

 この連中は勿論のことだが、他にもこういった諍いを起こす連中が後を立たないらしい。

 ただ、戦闘能力は高いことから、現状を何とかするために、見逃している部分もあると言う。


「そんな連中に頼らないとダメなんですか?」


 少しイライラしてしまう。


「正直な話、そうでもしないと、魔物被害が増えるばかりなんです」


 セレンさんが悲しい顔をして言う。


「現状、警備隊の損耗が激しく、どうにもならない状態まで来ている。なので、他の衛兵なども警備に回っているのだ。ただこれも、腕のいい冒険者には及ばないんだ」


 元々フルールの街は、狩猟を生業とする人達や、冒険者が活動しやすい街ではあった。

 東の草原と、広大なキロの森が存在して、獣や魔物が多く存在したからだ。

 狩りの対象となるものと、それを狩る者のバランスがとれていた。

 それが、ある日から一気に崩れた。

 恐らく、瑪瑙が現れたキロの森の遺跡が原因だろう。


「皆さんが首都へ旅立ってしばらくしてからでしょうか? 怪我人が増えだして、襲ってくる魔物の群れも大規模になっていき、近郊まで現れるようになってしまいました」


 元々近郊に現れることが滅多になかったせいもあり、警備兵の戦闘能力は、残念ながら、並みの冒険者程度くらいしかないんだそうだ。

 それでも何とか死人を出さず、現状を維持できているのは、腕だけは良い冒険者パーティーが、複数フルールにいたおかげなのだとか。

 現状維持と言っても、日に日に怪我人は増え、維持するのにもそろそろ限界が来ていたみたいだけど。

 そのせいで、下手に冒険者を取り締まって、数を減らすことが中々できなかったらしい。


「そんな時に、風竜ウィンドドラゴンを倒した少女達と似た特徴の者が、バザールの騒動を鎮めたと報告が入ってな。冒険者ギルドに来ているのではないかと思って来てみたのだ」


「私達に用があったってことですか?」


「そうだ。私、サルファーから、指名依頼を出したい。この依頼は警備隊隊長である私が出す。領主様公認だと思ってくれていい」


 拘束が終わり、遠巻きに話を聞いていたルーリ達も近くに寄ってくる。


「依頼の内容は?」


「東の草原の調査と、魔物の討滅を依頼したい」


 聞いた内容に、私達は思わず顔をしかめる。

 瑪瑙だけが、わかっていないようで、キョトンとしていた。


「サルファー! 本気で言っているの?!」


 セレンさんが顔を青くしている。

 それはそうだろう。

 とんでもない依頼内容だ。

 調査はまだわかる。

 キロの森へ調査に行った時のように、魔物の種類や動向を調べればいいのだ。

 避けられる戦闘は、別に避けてしまっても問題ない。

 問題は、「討伐」ではなく「討滅」と言う所だ。

 これは、見かけた魔物を片っ端から「全て」討伐しないといけない時に出す、普通なら軍事行動や、大人数の冒険者を編成して行われる大規模依頼の一つだ。

 恐らく依頼の期間は、東の草原が落ち着くまでのつもりなのだろう。


「私達だけで何とかしろと?」


「もちろん、連れて行きたい人員がいれば、全員連れて行ってくれてかまわない。報酬もその分はきちんと支払う」


「断ることはできるんですよね?」


 ルーリが睨みつけるように言う。


「断ることは自由だが、その後このフルールがどうなるか、考えてもらいたい」


「「なっ?!」」


 あんまりな言葉に、私とルーリは絶句する。


「サルファー!」


 セレンさんが今までにない程の声で、怒鳴った。


「あなた、どれだけ無茶なことを言っているかわかってるのっ?! しかもその言い草は何! あんまりだわ!」


「やれやれ。取り合えず落ち着くのじゃ。サルファーとやらも、無茶なことを言っているのはわかっているのであろう?」


 パンパンと手を叩き、私達の視線を集めるサフィーア。


「ここで言い合ってても仕方ないじゃろう? 妾が仕切ってすまんが、まずは腰を下ろして話をせんか?」


「この女の人、辛そうだよ?」


 サルファーさんをじぃっと見ていたハルルが、私達に伝える。


「そ、そうですね。わかりました。アミールさんとスティレスさんは、皆さんを応接室へ。私はガレーナを連れてきますので、少々お待ちください」


「あ、待ってくださいセレンさん。コルト達がしばらくするとここに来るんです」


 そう言って、セレンさんを止める。


「わかりました。アミールさんとスティレスさんは、コルト様達をご存知でしたよね?」


「はい。知っていますよ」


「何度も会ってるぞ。私がここで待ってる事にする。応接室に案内すればいいんだろ?」


「スティレスさん、お願いします」


 サフィーアの言葉で、今にも爆発しそうな空気が、上手くおさまった気がする。

 頼りになるなー。

 瑪瑙は、状況が上手く理解できていないせいか、不安そうな顔をしている。

 そんな瑪瑙のそばに寄り、手を繋ぐ。


「ねぇ。何が起こってるの? 何だか嫌な雰囲気で怖いんだけど……」


「ちょっと厄介ごとを持ち込まれた。んー。ちょっと所じゃないね」


 別に、ちょっと手助けするくらいなら構わない。

 タルフリーンでも、厄介ごとに首を突っ込んだんだ。

 ただ、今回は話が別だ。

 討滅依頼は、下手をすると年単位を要する依頼なのだ。

 瑪瑙を元の世界に戻すための旅が、はるか遠くになってしまう。

 瑪瑙とサフィーアだけでも、オルケストゥーラ王国へ向かわせるべきか。

 ……ここで瑪瑙と別れてしまうの?

 嫌。

 嫌だ。

 そんなの嫌!

 自分勝手なことを考えているのはわかってる。

 わかってるけど、心がそれを拒絶する。


 突然瑪瑙に抱きしめられた。


「もうリステル。酷い顔をしてたよ? 何考えてたの?」


 優しい声で、私に話しかけてくれる。


「瑪瑙。私……。私っ! 自分勝手なことを考えて!」


 瑪瑙に抱きしめられて、意固地になっていた私の心がすっとほどける様に軽くなる。

 いつの間にか、涙が流れていた。


「瑪瑙。今回の依頼は、瑪瑙は受けちゃダメ。瑪瑙とサフィーアで、オルケストゥーラ王国へ向かって?」


「どうして?」


 スッと離れて、私の目をじっと見て私の言葉を待つ瑪瑙。


「今回の依頼である討滅依頼は、長期間、下手をすると年単位もかかる依頼なの。旅ができなくなるんだよ」


 流石に瑪瑙も驚いたらしい。

 目を見開いている。


「それを考えていたから、そんなに辛そうだったの?」


「……ごめん。瑪瑙と別れるのが嫌だって自分勝手なことを考えた」


 すると、もう一度。

 今度はさっきよりも強く抱きしめられた。


「難しい顔をしていたのはそっちでしょ? 私とサフィーアだと、旅慣れてないから不安だよ。それに最後まで一緒にいてくれるんでしょ? ね? リステル」


 ああ。

 早く元の世界に帰りたいだろうに。

 それでも優しい言葉を言ってくれるんだ。


 瑪瑙をギュっと抱きしめ返す。


 ずっと一緒にいられればいいのに……。

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