近づく危機

 アミールさんに案内され、一足早く広い案内室へ。

 ここは、キロの森の調査から帰ってきた次の日に案内された、一番広い応接室だ。

 各々席に着く。

 沈黙が痛い。


 沈黙を破る様に、ぐ~ぅっと横から音が聞こえた。

 私の隣に座っているハルルちゃんからだ。

 私のマントを引っ張り、上目遣いで私を見る。


「瑪瑙お姉ちゃん。お腹すいちゃった……」


「そう言えば、魔法を結構使ってたね。ちょっと待ってね……」


 何もない場所に手をずぶっと突っ込みつつ、何を出してあげようか考える。

 ナッツ類とドライフルーツで良いか。

 まだ旅へ出かける準備をしているわけじゃないので、これらはおやつ用で大量購入しているだけだ。

 小皿を出して、そこにこんもりと乗っける。


「あっ! 私も欲しい」


 そう言うのは、ハルルと反対側の私の隣に座っているリステル。


「私もー」


 手を上げているルーリ。

 さっきまでの沈黙は何だったのかな?


「お前さんらは賑やかじゃのう」


 私と同じことを思ったのか、サフィーアが苦笑して言う。


「じゃぁサフィーアの分無しね」


 ハルルが無慈悲なことをおっしゃる。

 そして、小皿に乗せられたものを、もっきゅもっきゅ食べる。


「いや、いらんとは言っておらんぞ! あーこら! 妾の分も残すのじゃー!」


「まだあるからケンカしないの!」


 お皿に次を乗せながら言う。


「喧嘩なんぞしておらん!」


 口を尖らせて抗議するサフィーア。

 反対側は反対側で、


「まぁまぁ美味しいけど、やっぱり瑪瑙のお菓子の方が良いよねー」


「そうね。瑪瑙のお菓子は甘くて美味しいからね。つまむ分にはこれでも構わないのだけどね」


「帰ったらいっぱい作ってもらおっと」


 勝手なことをおっしゃっている。

 リステルなんて、ちょっと前は泣いてたのに。

 まぁ今みたいに笑ってくれている方が、安心するんだけどね?


 そんなことをしていると、ドアがノックされて、控えていたアミールさんがドアを開けた。

 セレンさんとガレーナさんが入ってきた。

 入ってきた瞬間は、すごく真面目な顔をして入ってきたんだけど、私達がお喋りしながらおやつをつまんでいるのを見て、あからさまに呆れた顔をされた。


「皆さん……」


 セレンさんが苦笑する。

 それから、一緒に入ってきた職員のお姉さんに目配せをさせると、


「飲み物の準備をさせますね」


 と、言ってくれた。

 私の魔法で出した水は、飲めるんだけどね。

 コップも空間収納にしまってあるし。

 ただ、大っぴらにしない方が良いと言われているので、しないのだ。


「では、話をしてもいいか?」


 今まで反対側の席で、腕を組んで座っていた鎧を着た女性、サルファーさんが話をしようとする。


「あ、コルト達が来るのを待ってもらってからでいいですか?」


 一瞬部屋にピリっとした空気が流れたのだが、リステルのその発言で、ピリッとした空気がどこかに吹き飛んで行ってしまった。

 流石にこれには、私も苦笑いを浮かべるのだった。


「あはははは……。そういえば皆さん。可愛らしい女の子が一人増えているようですが、その子は一体どうなさったんですか?」


 セレンさんが乾いた笑いを浮かべつつ、サフィーアの事を聞いてくる。


「む、妾か。そういえば、自己紹介がまだじゃったのう。妾の名前はサフィーア。こんな見た目じゃが、二百十歳の宝石族ジュエリーじゃ。タルフリーンで世話になったこの者達と、共に旅をすることになった。よろしく頼む」


 立ち上がり、優雅な所作でお辞儀をする。


「ジュエ……、えっ?!」


 セレンさんの目がおもいっきり見開かれる。


「サフィーアとおっしゃいましたわね? 確かタルフリーンで、宝石族ジュエリーの世話役をしていらっしゃる方がそんなお名前だったと、記憶しているのですが……」


 ガレーナさんも驚いたような顔をして聞く。


「うむ。妾で間違いない。つい先日後進に譲っての。妾はお役御免になったのじゃ」


「ご本人様でしたか。大変失礼をいたしました。サフィーア様」


 慌てて立ち上がり、頭を下げるガレーナさんとセレンさん。


「そうかしこまらんでくれ。様もつけなくていい。今はただの宝石族ジュエリーじゃ」


「「ありがとうございます」」


 ガレーナさんは落ち着いて着席しているけど、セレンさんの顔はカチコチに強張っていた。

 そんなやり取りをした直後、コンコンっとドアがノックされる。


「ひゅい!」


 セレンさんがノックの音に驚いて飛び上がり、変な声を上げた。


 ふっ

 クスクス


 誰かが吹き出し、誰かがクスクス笑った。

 あ、吹き出したのは私です。

 その声に、セレンさんは顔を真っ赤にして、下を向いてしまった。

 アミールさんがドアを開けると、スティレスさんが入ってきて、


「コルトさん達を連れてきたぞ」


 と、告げる。


「失礼します」


 そう言って、コルトさん達が入ってくる。


 これで全員そろったことになる。

 そして、サルファーさんが話を始める。


「改めて、風竜殺しの英雄達に、指名依頼を出したい。依頼内容は、東の草原の調査、魔物の討滅だ」


 私達は前もって聞いていたから、困った顔をする程度で済んだけど、それを聞いたコルトさん達は、動揺を隠せないでいる。

 特にガレーナさんは酷かった。

 セレンさんから聞いていたのか、とても不愉快そうな顔をしている。


「たった四人に出す依頼内容ではありませんわ。サルファー。貴女、正気なのですか?」


 ガレーナさんが機嫌の悪さを隠そうともせずに話す。


「もちろん、四人だけでやってくれと言うわけではない。人選は四人に任せる。何人連れて行ってくれても構わない。ただ、早急に依頼を受けて、東の草原に向かってもらいたいのだ」


「討滅依頼を出すのに急げとは、無茶にもほどがありますわ! 人を集めることだけでも、どれだけ時間がかかるのか、隊長である貴女ならわかっているはずですわ。何かあったのですね? それをきちんと説明なさいっ!」


 ガレーナさんの厳しい声が響く。

 その声に、唇を噛み、下を向くサルファーさん。


「……死人が出た。五人だ。五人死んだ。次はもっと増えるだろう」


「それは本当なのですか?! こちらにはそんな情報は入っておりませんわ!」


 ガレーナさんが椅子から勢いよく立ち上がる。


「冒険者じゃないからな。警備隊がられた。生き残って戻って来た者の証言に、おびただしい群れと、その中に赤い狼種の魔物を見たと言うものが複数あったんだ」


 赤い狼種の魔物。

 ちょっと前に話題に上がった、殺戮狼スローターウルフの事だろうか?

 赤い狼種と言う言葉を聞いて、ガレーナさんとセレンさんの顔が一気に青くなる。


「問題はそれだけではない。魔物と遭遇する場所が、徐々に街に近づいている。それはギルドでもわかっていたことではないのか?」


「確かに。その報告は受けていましたわ。ただ、赤い狼種の発見報告はありませんでしたわ……」


 ガレーナさんが動揺した声で言う。


「赤い狼種の魔物って、殺戮狼スローターウルフって言う魔物の事ですよね? それが現れると問題なんですか?」


 私は手を上げて、質問をする。


殺戮狼スローターウルフが現れる時は、決まって街が襲われると、記録に残っているのです。確か以前に現れたのは、二百年ほど前だったはずです。その時も街が襲われ、数百名に及ぶ死者が出ているはずですわ」


 ゆっくり椅子に座り直し、私の質問に答えてくれたガレーナさん。


「記録を見る限り、二百年前以前にも、殺戮狼スローターウルフと思われる、赤い狼の魔物と言う言葉が出てくるときには、必ず街が襲われています。恐らく街に近づいているのもそう言う事ではないでしょうか?」


 セレンさんが補足を入れてくれる。


「もうなりふり構っていられる状態ではないんだ。無茶も無礼も承知の上だ! 頼む! どうか依頼を受けて欲しい!」


 サルファーさんが立ち上がり、ガバっと深く頭を下げる。


 断ることは、簡単だ。

 リステルが言っていた通りだと、この依頼はすぐには終わらないのだろう。

 長期間かかるだろうこの依頼を受けてしまうことは、私の元の世界に帰る時間もその分伸びるという事。

 最も、探す旅に出るという事が決まっているだけで、帰る方法が見つかったわけではないんだけど。


 それでも、私は知っているんだ。

 この街に住んでいる人達を。

 フルールの街の全てを知っているわけじゃない。

 思い入れも、きっとサルファーさんに比べたら、少ないほうだろう。

 私達がこの依頼を断ってしまったことで、この街が襲われたら?

 バザールで会ったおばさんが死んでしまうかもしれない。

 セレンさんやガレーナさんが死んでしまうかもしれない。

 そう考えると、とても怖かった。


「――受けようか。この依頼」


 自然とそんな言葉が出てきた。


「「瑪瑙?!」」


「瑪瑙お姉ちゃん?」


 私の言葉に、驚いたようにみんな私を見てくる。


「メノウよ。お前さん、この依頼を受けるという事が、どういうことかわかっておるのか? 妾も厄介事を頼んだ身故、偉そうなことを言えた義理ではないが、この依頼はそれ以上に厄介じゃぞ?」


 サフィーアが私の目をじっと見つめて言う。


「わかって……、うーん。正直ちゃんとはわかってない気がする。でも、この街が襲われる可能性があるって聞いて、無視するのは、嫌かな?」


 そして、私は続ける。


「あっ! もちろん、みんなが断るって言うんなら、私はそれで構わないと思う。私一人で勝手に決めるわけにもいかないからね? もしみんなが手伝ってくれるんなら――」


「短期間で終わらせられるように、私は全力で挑むよ!」


 グっとお腹に力を込めて言う。


「はぁ。安全に旅がしたいって思っても、中々上手くいかないねー」


「そうね。瑪瑙と出会ってから、大変なことばっかりよね。でも、私もフルールに危機が迫っているって聞くと、じっとはしていられないかしら」


 ため息をつき、上を見上げるリステルと、苦笑するルーリ。


「瑪瑙お姉ちゃんが頑張るなら、ハルルもっと頑張る!」


 私の手をぎゅっと繋ぐハルル。


「お人好しじゃのう。そんなお前さん達だから、妾も共にありたいと思ってしまうのだろうな」


 腕を組もうとして、片方の手をハルルに握られるサフィーア。

 サフィーアの顔は笑顔だった。


「皆さん。本気で受けるつもりなんですか?」


 心配そうに私達の顔を見るセレンさん。


『もちろん!』


 五人全員が、声をそろえて肯定する。


「リステル様が受けるんだったら、私達も参加させてもらおうか」


 シルヴァさんが手を上げる。


「当然です。もうちょっと人数が欲しいところですけどね。正直この四人だと、本当に短期間で終わらせてしまいそうです」


 コルトさんが苦笑する。


「こんな面倒な依頼ー。さっさと終わらせてしまいましょー」


 カルハさんは相変わらずのほほ~んと言う。


「なぁガレーナ、セレン。私も参加していいか? もちろんリステル達が参加を許可してくれるならだけどな」


 突然スティレスさんが、声を出す。

 スティレスさんの言葉に、驚いた様子のガレーナさんとセレンさん。


「あースティレス。私が言おうとしていたのに! リステルちゃん達みたいに強くはないけど、少しくらい戦力の足しになるのならって思ったのだけど。どうかしら?」


 アミールさんもそれに続く。

 流石にどれだけ強いとか、私にはわからないので、リステルを見る。

 この二人の強さは、リステルが良く知っているだろう。


「歓迎しますよ! っと言いたいところですが、危険ですよ?」


 リステルが声を低くして、脅すように言う。


「当然承知の上で言ってるぞ! な? アミール」


「ええもちろん! やっぱりお邪魔かしら?」


 リステルの言葉に全く動揺せずに、二人は言う。


「そうですか。私としては、二人の強さは良く知っているので、参加してもらえるなら心強いです!」


 リステルはニコっと笑って、参戦を受け入れる。


「……ありがとう。感謝する」


 サルファーさんがお礼を言い、頭をまた、深々と下げる。

 私達のやり取りを、ぽかんとした顔で見ていたガレーナさんとセレンさん。

 ガレーナさんはため息をついて、


「皆様には毎度驚かされるばかりですわね」


 そう言うと、真剣な顔つきになり、


「セレン。冒険者ギルドは、全力でバックアップをいたしますわ。まずは、この方達が憂いの無いように、フルールの街の治安維持を優先。そして、万が一にも魔物がこの街に侵入することがないように、東門近郊を防衛する。この二つを主軸に、冒険者に依頼をだしますわ」


「わかったガレーナ。治安維持の方は信用できる人に声をかけるわ。今度は失敗しないように、全員私が選ぶよ!」


 ガレーナさんの言葉に、気合の入った声でセレンさんが言う。


「皆様。この街を、フルールをよろしくお願いします。それから、アミールさんとスティレスさんの事もよろしくお願いします。二人はもう、このギルドには必要な存在ですから」


「よろしくお願いします」


 ガレーナさんとセレンさんが私達に頭を下げた。


 依頼を受けることになったのなら、次は作戦会議だ。

 冒険者ギルド側の情報と、警備隊側の情報を見ながらどう行動するかをみんなで考える。

 一応私も考えるけど、素人で、しかも戦略とかさっぱりわからない私が考えても、あんまりお役には立てないけどね。


 現状一番の危機は、魔物が街に侵入してしまうこと。

 救いなのが、空を飛ぶ魔物ではないと言う所と、外壁を壊すほどの破壊をもたらす魔物でもないという事。

 それこそ、災害級の魔物でもない限りは、外壁なんてそうそう壊せないらしい。

 という事で、私達は東門から草原に入り、北東方面、つまりキロの森方面へ向かい、魔物を順次倒して進むことになった。

 ここまでは、首都ハルモニカへ行く前にやっていた常設依頼と変わらない。

 ただし今回は、野宿をしながらだ。

 魔物の数を減らすことも、討滅依頼には含まれるので、中々辛そうだ。


 とりあえずは、一週間を目安に草原に出ることになった。

「とりあえず」と言うのは、どれだけの規模で魔物が襲ってくるのかが、あくまで報告でしかわからないことと、私達がどれだけ魔物に対応できるかがわからないからだ。

 魔物の動向は流動的で、報告通りには行かない可能性が高いと言われた。

 そして、私達の処理能力を上回る規模で襲ってくるのなら、即撤退も考える必要がでてくる。


「これは、買い物をやり直しだね」


 私は腕を組んで言う。

 今日買った分はおおよそ二日分。

 大量には買ったけど、それくらいですぐに無くなってしまう。


「まさかこんなにすぐに、依頼で野宿するなんて思ってなかったからね。テントももう少し大きいサイズが欲しいわ」


 ルーリが買うものリストに追加をする。

 私達は、サフィーアが加わって、五人のパーティーになった。

 二人見張りで起きておくとしても、今のテントは三人寝るには少し狭い。


「どうせならおっきいのがいい!」


 ハルルがぴょんぴょん跳ねながら、手を上げて言う。

 普通なら荷物になる物は、忌避されるべきなのだろうけど、そこは私達魔法使い。

 空間収納という便利な魔法があるので、大きなテントでも一向に問題ない。

 私なんて、食料を山ほど買い込む算段をしている所だ。


「リステルちゃん。申し訳ないんだけど、私とスティレスの分の荷物もお願いしていいかしら?」


 遠慮気味にアミールさんが申し出る。


「もちろん! 最初からそのつもりでしたよ!」


 リステルは快諾する。

 アミールさんとスティレスさんは魔法使いではない。

 一緒にキロの森へ行った時は、二人分の荷物を最小限に留めて、二人で分けて持ってきていた。


「それじゃー、今から買い出しだね!」


「ちょっと待つのじゃ。当初の目的を忘れてもらっては困るぞ?」


 おっとっと。

 そうだそうだ。

 元々ここに来た理由は、サフィーアを冒険者ギルドへ登録するために来たんだった。


「当初の目的ですか? 何か御用でしょうか?」


 私達の会話に、セレンさんが首をかしげて訪ねてくる。


「妾を冒険者ギルドに登録してもらいたいのじゃ」


「え? サフィーアさ……んも、もしかして討滅依頼に参加するんですか?」


 セレンさん、今"様"って言いそうになったでしょ?


「もちろんじゃ。皆が行くのじゃ。妾も行かんでどうするか」


 胸を張るサフィーア。


「戦闘スタイルをお聞きしても?」


 渋々と言った感じで、セレンさんが聞く。


「魔法使いになるのう。これでも水属性の魔法を中位上級まで使えるぞ。そして妾は宝石族ジュエリーじゃからな。当然宝石魔法も使えるぞ。まあ、氷魔法は使えんし、攻撃より守りの方が得意じゃがな」


「あはははは……。五名全員が、魔法が使えるパーティーなんですね。ある意味凄いですね」


 セレンさんが乾いた笑いを浮かべている。

 そう言えば、魔法使いって珍しいんだっけ?

 ちょこちょこ見かけるし、私達全員が魔法を使えるから、すっかり忘れてた。


「それでは登録をするので、受付まで行きましょう」


 そうして、私達はセレンさんの後について行き、サフィーアの登録を済ませた。

 今回はこっそり登録料を無料にしてくれた。


「内緒ですよ?」


 っと、人差し指を口に当て、ウインクをしながら言った。

 やっぱりセレンさん可愛いね!

 顔に傷が残らなくてほんと良かった。



「さてそれでは。これより、買い出しを始めたいと思います!」


 私の宣言に、


『おーっ!』


 と、みんなが意気込む。


 出発は明後日になった。

 流石に、準備に休息にと考えると、明日直ぐは無理だと言う話になった。

 サルファーさんももちろん了承している。

 始めは、サルファーさんも討滅依頼に着いてくると言い出したのだが、丁重にお断りした。

 信用していないわけではないのだけど、私達は何だかんだで繋がりがある。

 そこに、実力がまったくわからない人を加えるのは、こちらとしても不安があった。


 ハルルの元パーティーメンバーも、フルールにまだいるそうなので、そのメンバーを加える? って話にもなったんだけど、こっちはセレンさんに止められてしまった。

 今その三人は、街の治安維持活動を頑張っているらしい。

 キロの森の調査から帰ってきてからの三人は、心を入れ替えたように、大人しく真面目に冒険者をしているそうだ。

 あの時、仲良くした甲斐があったのかな?


 そんなわけで、総勢十名のパーティーになった。

 討滅依頼を受けるパーティー人数ではないと、ガレーナさんとセレンさんに呆れられてしまった。

 今回の規模なら、普通は百人くらいは集めると言われた。

 まぁ二十人集まって、連携が取れなくて足の引っ張り合いが起こったのだ。

 百人集まってしまったら……。

 うーん考えたくもない。


 みんなで必要な物を買いに行く。

 最重要事項は、食料の確保。

 なので、私が仕切っている。

 保存食は勿論の事、野菜やお肉も大量に購入する。

 穀物類は一週間くらいだったら普通に持つんだけど、葉物やお肉はそうはいかない。

 もちろん、状態維持プリザベイションと言う便利な魔法があるからお構いなく購入する。


「やっぱり空間魔法も便利だけど、状態維持プリザベイションも便利よねー」


 アミールさんが、感心しながら私達を見る。


「だな。野宿する時に、調理は必要になるが、美味いもんが食えると考えると、やる気も出るもんだ」


 アミールさんとスティレスさんの亡くなったパーティーメンバーで、ジンクさんと言う男性が、魔法使いだったそうで、空間魔法も状態維持プリザベイションも使えたそうなんだけど、空間魔法に入る量が少なく、魔物の持ち帰りを優先していたせいで、食事はもっぱら保存食だったそうだ。


「リステルちゃんがラズーカで少しの間一緒だった時は、食事事情が一気に改善されて、嬉しかったわね」


「居なくなった後のメシのまずさったら、無かったな! みんな不味そうに保存食食ってたっけ」


 懐かしむように、それから、少し悲しそうに笑う二人。


「今は瑪瑙がいるから、もっと美味しい食事ができますよ」


 リステルも寂しそうだ。


「そうね。メノウちゃんの作るお料理は絶品だものね! また楽しみにしているわねメノウちゃん!」


「今回は材料を切ったりするの、手伝ってもらいますからね?」


「それぐらい、いくらでもやってやるさ!」


「言いましたね? しっかり頑張ってもらいますから、覚悟しててくださいね!」


「はーい」


「任せろ!」


 私達は笑いながら買い物をする。

 寂しそうな顔をする三人が少し心配だったけど、大丈夫そうだ。


「ハルモニカから帰ってきて、もうちょっとゆっくりしたかったんですけどねぇ」


 コルトさんがため息をつく。


「確かにな。中々上手くはいかないもんだ」


 シルヴァさんも肩をすくめる。


「じゃー、終わったらみんなでパーッと騒ぎましょー?」


 カルハさんがのほほ~んと言う。


「はい!」


 シュビっとハルルちゃんが手を上げる。


「はーい。ハルルちゃん」


 カルハさんがハルルを指差しする。


「瑪瑙お姉ちゃんのご馳走でパーティーがいい!」


 すると一斉に、


『いいねー!』


 と、同意する。


「メノウちゃんメノウちゃん! お酒のアテをいっぱい作ってほしいわ!」


 アミールさんが、私をキラキラした目で見る。


「それは良い考えじゃ。メノウの手料理を一度しか味わってないからのう。楽しみが増えると言うものじゃ」


 サフィーアも笑いながら私を見る。


「それじゃー頑張って、この面倒臭そうな依頼を、さっさと終わらせちゃおう!」


 リステルが元気よく声を上げる。


『おー!』


 それにみんなが手を上げて答える。


「お手伝いはしてもらいますからね!」


 私はみんなの前に立ち、腰に手を当てて言う。

 しつこいかもしれないけど、何度だって言ってやる。


「「もちろん!」」


 腰に当てた私の腕を、リステルとルーリが組む。

 そうして、私達の準備は着々と進んでいくのだった。


 笑い合いながら買い物をしつつも、私達は誰も気は抜いていない。

 とても危険なことに、これから身を晒すことを。


 恐らく私だけが、事の重大性を完全には理解できていないだろう。

 街の危機だとか、魔物が襲ってくると言われても、あんまりわからない。

 だからこそ、私は全力で挑むのだ。


 私の中では依頼はもう始まっている。

 だからこそ、この買い物も全力で挑んでいるのだ。

 楽しむのも全力よ!


 食材だけでなく、他の備品の買い物も済ませる。

 新しいテントに、薪とかね。

 私達五人の分は私の空間収納に。

 アミールさん達の分は、リステルの空間収納に。

 コルトさん達の分は、シルヴァさんの空間収納に。


 買い物を済ませた私達は、全員ルーリの家へ集合する。

 親睦会もかねて、お食事会になったのだ。

 作るのは私とカルハさん。

 アミールさんも手伝ってくれるそうだ。

 みんなの幸せな顔を見るために頑張ろう!

 あ、サフィーアとコルトさんとシルヴァさんは、もう既に遠い目をしてる。

 そんな目をしても、切る材料は減りませんのでお気をつけあそばせ!


 なんだかんだ言って、キャーキャー騒ぎながら楽しく準備をして、お夕飯を大量に作った。


「相変わらず凄い量だなー」


 苦笑しながらスティレスさんが言う。


「んー美味しい!」


「ハルルちゃんが良く食べるからね」


 ハルルがもっきゅもっきゅと美味しそうに食べる姿を見ながら、アミールさんは笑顔で言う。


「皆で騒ぎながら夕飯の準備をすると言うのも、中々に楽しい物じゃな」


 サフィーアがお上品に食べながら言う。


「そして美味い! 皆が瑪瑙の手料理がいいと、何度も言うわけじゃな」


「カルハも腕を上げましたねー」


 コルトさんが嬉しそうに言うと、


「先生が良いからねー。これでもメノウちゃんにはまだまだ敵わないのよー?」


 カルハさんが恥ずかしくなることを言ってくる。


「メノウの料理は、不思議と温かさを感じるんだよな」


 シルヴァさんも褒めてくれる。


「もちろん、愛情たっぷり込めてますから!」


 そうして、楽しい親睦会はお開きになった。


 次の日はゆっくり休んでも良かったんだけど、冒険者ギルドに行くことにした。

 事前にサルファーさんにもちゃんと伝えている。

 念には念を入れて、魔物の同行の報告を聞くためだ。


「警備隊には、大した動きは無かったようだ」


 と、サルファーさん。


「こちらは昨日、東の草原に討伐に出た冒険者パーティーが、魔物と接触した大まかな場所ですね。やはり徐々にですが、街に近づいているようですね……」


 セレンさんは私達に、そう報告をする。


「遭遇したのは、黒い狼だと言っていたことから、間違いなく突撃狼コマンドウルフでしょう。群れが大きかったため、慌てて逃げたと言っていました」


「逃げ切れたんですか?」


 セレンさんの言葉に、疑問を投げかけるルーリ。


「ええ。私も疑問に思ったのですが、必要以上に追ってはこなかったようです」


 その言葉に、みんなが眉をしかめる。


「間違いなく、群れを統率しているリーダーがいますね。それも恐らくかなり頭が良い」


 ルーリが難しそうな顔で話す。


 そもそも、突撃狼コマンドウルフだけの群れだと、追いかけるのを止めることは無いそうだ。

 突撃狼と言われていることからも、その性格はわかりやすい。

 ただ、これが虐殺狼マーダーウルフに率いられると、一気に群れとしての強さが増す。

 初めて私が遭遇した時に、私が一番のウィークポイントだと気づき、突撃狼コマンドウルフの群れを操ったことから、かなりの知能があることがわかる。


 あの巨大な赤黒い狼と、戦わなければいけないのかな?

 あの時はリステルとルーリがいて、私の魔法も偶然発動したから勝てたようなものだ。

 ……。

 大丈夫。

 今は三人だけじゃない。

 心強い仲間が沢山いる。

 私はぐっと両手を握りしめ、気合を入れ直す。



 次の日の早朝。

 東門を出た私達を待っていたのは、助けを求める人の、叫び声だった。

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