フルールへの帰還

 いざラズーカへ。

 そんな風に意気込んで、タルフリーンを出る。

 今日はラズーカまでは到着せず、その手前の宿場町で宿泊するんだけどね。


 タルフリーンを出る時に、ちゃんとペンダントを交換しておく。

 サファイアのペンダントを服の中にしまうと、サフィーアにかけてもらった魔法のように、胸がじわりと温かくなる感じが少しの間続いた。 


 タルフリーンからしばらく走り、宿場町までの間にある休憩所へ到着する。

 すると、これからタルフリーンへ向かうと言う女性の一行に話しかけられた。


「皆さんの乗っている馬車に彫られているのは、フルールの街の紋章ですね。これからフルールに帰られるのですか?」


 最初、コルトさん達が警戒して、私達を馬車の中に待機させていたのだけれど、安全だと確信したのか、出てきてもいいと言ってくれた。


 女性はフルールに住んでいたが、近頃の治安の悪化に伴い、親戚が住んでいると言うタルフリーンに、一時避難をすることにしたのだそうだ。

 フルールで商いをしている、商家のお嬢さんらしい。

 護衛も御者も、みんな女性だった。

 何だか私達みたい。


「そんなに治安が悪いのですか?」


 コルトさん達が護衛の女性たちと、情報交換をしている。

 護衛の女性達三人は、そろって渋い顔をする。


「首切り姫の連れが諍いを起こしてたのが、可愛いくらいだよ」


 おっと?

 結構前の事を知っている人達らしい。


「あの連中は、強いって噂がある奴にしかからまなかったからね」


「今は全体的に、たちが悪いな」


 何でも、東の草原の魔物討伐が儲かると聞いて、続々と冒険者が流れ着いているそうなのだが、成果を上げるのが難しいため、街中で燻っている者が多く、あちこちで諍いが起きているらしい。


「女性が襲われるといったことも、少なからず起こっています。だからお父様が心配して、私をタルフリーンの親戚の家に行くようにと言ってくれたのです」


「治安が悪くなってるとは聞いていたが、そんなにか。東の草原の様子はどうなっているんだ? 魔物が急増したとは聞いていたが……」


「それが、襲ってくる群れの規模がかなり大きかった。私達三人も挑んでみたが、他のパーティーと組んでいなかったら死んでたかもね……」


 シルヴァさんの質問に、顔を青くして答える三人。


「おかしいわねー? 私達がいた時ってー、襲ってくる群れの規模ってそんなに大きなものじゃなかったわよねー?」


 カルハさんが言う。


「マーダーが絡むと、群れの規模は一気に大きくなるけど……」


 リステルとルーリが、私の方をチラッとみる。


「ん? どうしたの?」


「瑪瑙がトルネードで、一気に殲滅した時の事を思い出したのよ」


 ルーリが笑いながら私の手を握ってくる。


「あの時は驚きの連続だったね」


 リステルもぎゅっと手を握ってくる。

 あ、この感じは久しぶりだ。


「うー!」


 その様子を見て、ハルルがぴょこぴょこと跳ねて抗議している。


「はいはい。ハルルちゃんは私と手を繋ぎましょうね」


 そう言って、ルーリがハルルの手を握る。


「ん!」


 嬉しそうに返事をするハルル。

 それを見て、


「お前さん達は仲がいいのう」


 呆れたように肩をすくめるサフィーア。


「サフィーアは私と手を繋ぐんだよ?」


 そう言って、リステルがサフィーアの手を繋いだ。


「別に妾は繋がんでもいいんじゃが?」


 そう言うサフィーアに向かって、


「「「「ダーメ♪」」」」


 と、みんなで否定する。


「なぜじゃーーーーっ」


 ふふふ。

 このやり取り、私もしたよね!


 おっと。

 話しが逸れてしまった。


「そう言えば、虐殺狼マーダーウルフよりも強い魔物って、東の草原にでるの?」


「今のキロの森自体が異常な状態だから、その影響で他の魔物が草原に出て来ててもおかしくないのかな?」


 リステルが首をかしげる。


「一応、滅多にでない殺戮狼スローターウルフがいるけど、もしそいつが出てたら厄介よ」


 ルーリが聞いたことが無い魔物の名前を言う。


殺戮狼スローターウルフって?」


 殺戮狼スローターウルフ

 鮮血のような赤色をしている、狼種の魔物。

 大きさは、虐殺狼マーダーウルフをちょっと大きくしたくらい。

 知能が虐殺狼マーダーウルフよりも高く、風属性と土属性の魔法を使ってくることはわかっているらしい。

 一応、虐殺狼マーダーウルフが成長した個体と言われているが、滅多に出現しないため、わかっていることは少ないそうだ。


「そんな狼種の魔物を見たなんて話は聞いてないが、かなり街に近い位置で虐殺狼マーダーウルフの群れが襲ってきたな」


 護衛の女性の一人が言う。


「そう言えば、南東にも流れてるって聞いたわ」


「その話はいつ頃聞いたんですか?」


 コルトさんが難しい顔で聞く。


「私達がこの護衛の依頼を受ける直前に聞いた話だったから、たぶん一週間前くらいかしら?」


 そう言って護衛の女性たちは、そうそうと言って頷きあう。


「フルールにいても、東の森での討伐はキツイし、諍いに巻き込まれるのもごめんだと思って、護衛の依頼を受けたんだ」


「私にとっては、すぐに護衛を受けてくれる女性冒険者のパーティーがいて助かりました」


 そう言って、嬉しそうに話す女性。

 フルールの情報を教えてくれたお礼に、私達はタルフリーンの情報を話す。


「そうですか。誘拐事件なんて起こっていたんですね……。でもよかったです! 私が着く前に解決していて安心です」


 もちろん、私達が解決に一役買いましたなんて、一々言わないけどね。

 そうして、私達は情報交換を終え、別れを言い、一行はタルフリーンに向けて出発した。


「さて。思わぬところでフルールの情報が入ってきましたが、良くないですね」


 コルトさんが考え込んで言う。

 私達は、馬車に乗る前に情報整理をするために、まだ集まっている。


「どうも治安の悪化が思ってた以上に酷いな。魔物の動向に関しては、細かいことはフルールに戻らないとわからないだろう」


 シルヴァさんも難しい顔をしている。


「治安の悪化は、お館様とガレーナ様が以前からずっと頭を悩ませていました。皆様の尽力のおかげで、目処が立ったと聞いていたのですが……」


 ハウエルさんが心配そうに話す。


「ハウエル。ここで心配していても仕方が無いわ。今は私達のお役目を果たしましょう?」


 カチエルさんがポンっとハウエルさんの肩を叩く。


「そうね。ありがとうカチエル。皆様、出発しましょう」


 ハウエルさんの言葉に促されて、私達は馬車に乗る。


 空が暗くなる頃に、宿場町へ到着した。

 少し気になったのが、私達がフルールから首都ハルモニカへ行く時に利用した時よりも、随分と賑わっていたことだ。

 この宿場町に来る道中も、タルフリーンへ向かう馬車と多くすれ違った。


 翌日の夜、ラズーカの街へと到着し、すぐに宿へ向かう。

 早朝、ラズーカの冒険者ギルドへ。


 ラズーカの街。

 元々は大きめの宿場町が、ラズーカの街の前身らしい。

 それが、フルールとタルフリーンの丁度中間地点にあり、周辺環境も良かったことから、街をつくることになった。

 宿場町だったころの名残で、ラズーカには宿泊施設が多く存在している。

 歴史的には割と新しい街なのだそうだ。

 小さな街ではあるが、四大都市の一つである、恵みの街フルールと隣接していることもあって、食糧事情はとても豊からしい。

 隣には大きな街であるフルールがあり、これと言って観光をする場所がないことも重なって、通り過ぎる人が大半で、静かな街なんだそうだ。


 と、ハウエルさん達から聞いていたんだけど……。

 冒険者ギルドは大賑わいだった。


「この人の多さは驚きだねー」


 そう言うのは、ラズーカに一か月程滞在していたと言うリステル。

 アミールさん達と出会ったのも、ラズーカの街だって言ってたっけ。


「リステルさんじゃないですか! お久しぶりですー!」


 大きな声で受付のお姉さんの一人が、リステルに向かって手を振っている。


「お久しぶりです。それにしても凄い人ですね?」


「そうなんですよ! フルールの東側が危険な状態になっているので、遠回りしてラズーカからフルールの南門に向かう人と、フルールから出てきた人たちでごった返しているんですよー!」


 疲れた顔を隠さないで、受付のお姉さんが言う。


「ところで、フルールにライアンさん達のパーティーも向かったんですが、お会いになりましたか?」


 お姉さんは、私達を見ながら首をかしげる。

 その言葉に、リステルの表情が曇る。


「アミールさんとスティレスさんには会いました。二人以外は、フルールでの依頼中に亡くなったそうです……」


「そんな! 腕のいいパーティーだったのに……。一体何が?」


 顔を青くするお姉さん。


「私も詳しくは聞いていないのですが、魔物の群れに襲われたそうです」


「アミールさんとスティレスさんは、今どうしているんですか?」


「フルールの冒険者ギルドの職員として働いていますよ。私が会ったのもフルールの冒険者ギルドです」


「そうですか……。残念ですが、こればっかりは仕方ありませんね。リステルさんは、今日はどういったご用件でこちらへ?」


 知ってる人が亡くなったことに悲しんでいたかと思うと、驚くほどあっさりと話を切りかえた。

 その様子に、私の世界とこの世界の違いの差を強く感じてしまい、動揺してしまう。


「一か月ほどハルモニカにいたんですが、フルールに戻ることになって、情報を集めに来たんです」


 しばらくリステルがお姉さんと話をしていたが、目新しい情報は特になかったらしい。

 私達も、新しい情報は手に入らなかった。

 入ってくる情報は、東の草原が危険なのと、治安の悪化の話ばかりだった。


「そう言えば、ここの冒険者ギルドの人には、リステルは覚えられているんだね? タルフリーンはそんなことなかったのに」


「あー。タルフリーンには一か月もいなかったし、そもそもそんなに冒険者ギルドには顔を出してなかったからね」


「そう言えば、私がリステルを紹介された時は、自分の興味ある依頼しか受けない子って、セレンさんが言ってたわね」


 私の疑問に、リステルとルーリが笑いながら答える。


「ラズーカにも、一か月もいるつもりなかったんだけどね。アミールさんとスティレスさんに誘われて、色々一緒に依頼をやったからね」


 少し寂し気に笑うリステル。

 そんなリステルの手をぎゅっと握るハルル。


「リステルお姉ちゃん大丈夫?」


「ありがとうハルル」


 リステルは優しくハルルの頭を撫でる。

 結局、大した情報を得ることはできなかった。


 私達はラズーカの北門をでて、次の宿場町へ向かう。

 やっぱりフルールに向かう人と出てくる人が多いのか、ここの宿場町も賑わっていた。


 そして、ようやく私達はフルールの街に戻ってきた。

 夜の大通りを馬車が走る。

 そのまま上流区へ入り、領主のお屋敷に直行する。


 馬車を降りると、ハウエルさん達に連れられて、以前案内してもらった執務室へ。

 執務室へ入ると、中年の男性が出迎えてくれた。

 フルールの領主である、アルセニックさんだ。


「皆、良く戻った。ハウエル達もご苦労だったな」


 アルセニックさんは笑顔でそう言った。


「この度は多大なるご支援を賜り、誠にありがとうございます」


 リステルがそう言って、カーテシーをするのを見て、私達も慌ててそれに倣う。


「なに、気にすることではない。それよりも、タルフリーンでは大活躍だったとか」


「偶然関わってしまったことではありますが、私達の力が、解決への一助となれて良かったと思っております」


 リステルがスラスラと会話をしているのを、黙って聞いている。

 流石王族なのか、こういう場面で真っ先に動いてくれるリステルは頼もしかった。

 私は絶対詰まりながら話しちゃうだろう。

 むしろ噛んで慌ててしまって、それどころじゃなくなる自信がある。

 サフィーアの紹介と挨拶も済んで、執務室を後にする。


「皆さんお世話になりました!」


 私達は、ハウエルさん達と握手をしてお礼を言う。


「いえいえ。こちらこそ良い経験をさせていただきました! 皆様のお役に立てたと思うと、大変光栄です」


 思えば一月以上も一緒に旅をしてきたのだ。

 良い出会いだったと思う。


「タルフリーンの事件の時は、馬車を走らせただけでしたが、久しぶりに冒険者だったころの気持ちを思い出しました」


 カチエルさんが、思い出すように目を閉じている。


「確かに。あれはドキドキしましたねー。私はカルハさん達と色々お話ができて楽しかったですね」


 ラウラさんも嬉しそうにしている。


「エメラにも会えましたしね。私としても、得難い経験をさせていただきました!」


 クルタさんは私達の手を取って、ブンブンと振った。

 この人は相変わらず元気いっぱいって感じだ。


 そうして、私達は中流区にあるルーリの家へ。

 途中リステルが、


「コルト、シルヴァ、カルハ。護衛ありがとう。色々あったけど、楽しい旅になったよ」


「お嬢様にそう言ってもらえると幸いです」


「こっちも、クオーラ様に久しぶりに会うことができて良かったぞ」


「長いようで、あっという間だったわねー」


 各々感想を言う。


「メノウとハルルの信用は得られましたかね?」


 コルトさんが私とハルルを見る。


「んー」


 私は少し考える。


「瑪瑙お姉ちゃんが信用してないなら、ハルルも信用しないよ」


 おっと。

 ハルルは私基準で判断するのか。


「そうですね。信用していない人達と、こんな長い間、一緒に旅なんてできませんよ。タルフリーンの事件の時は、合流した時、凄く安心しました」


「それは嬉しいわー」


 私の言葉に両手を合わせて喜ぶカルハさん。


「だな。それじゃあ私達は、宿屋に行くとするか」


 シルヴァさんが提案すると、


「あっ! 宿って今、空きはあるんですかね……?」


 コルトさんが顔を引きつらせて聞いてくる。

 そう言えば、冒険者の数がかなり増えているのは、事前情報にもあったことだ。

 とりあえず行ってみようという事になり、宿屋を何件か回ってみたが……。


「満室でしたね……」


 がっくりとうなだれるコルトさん。


「私の家に来てもらっても良いんですが、空いているベッドが一つしかないんですよね……」


 ルーリが少し困った顔して提案をする。


「私達はー、それでもかまわないわー。お願いしていいかしらー?」


 のほほ~んとカルハさんが笑顔で言う。

 ……どことなく怪しい笑みに見えるのは、気のせいという事にしておこう。



 そんなわけで久々のルーリのお家に到着です!


「「「「ただいまー!」」」」


 私達は、ドアを開けて一斉に言う。

 あー、何だろうこの感じ。

 凄くホッとする。

 知ってるところに帰ってくるって、こんなにも安心するのね。


「「「お邪魔します」」」


 そう言って、勝手知ったると言った感じで入ってくる三人と、


「中々良いところに住んでいるではないか」


 キョロキョロと周りを見ながら入ってくるサフィーア。


「サフィーアいらっしゃい!」


 ルーリが嬉しそうに言う。


「これからよろしく頼むのじゃ」


 そこまでは良かったんだけどね。

 ここからちょっと賑やかになるのです。

 まずはシャワー!

 今回は私とルーリが先頭。

 この旅の間も、ずっと誰かと一緒に入ってました!

 いつまで経っても、このタイプのシャワーは慣れないのです……。


 その後はダッシュでお夕飯の準備です。

 材料は宿場町で大量に購入して、状態維持プリザベイションをかけて空間収納にしまっておいたのだ。

 街とは違って、夜でも買い物ができる点は、宿場町は便利だなって思ったよ。

 フルールに帰って、夕飯はどうしようかって話になった時に、満場一致で、


『手料理!』


 となったので、みんなも手伝ってね? と、念を押しておいた。

 流石フルールに一番近い宿場町だけあって、食材は豊富にそろっていた。


 さてここからは戦場キッチンへ移動します。

 まず材料の準備。

 ジャガイモの皮むきを黙々とする。

 むいたら乱切りにして、水の入った寸動鍋へ。


「お前さん達は、毎度こんな量を使うのか……」


 ジャガイモの皮むきに悪戦苦闘しているサフィーアがポツリと漏らす。


「すぐになれますよ。ですよね? シルヴァ」


「ああ、そうだな。すぐ慣れる」


 コルトさんとシルヴァさんが遠い目をしながら、ジャガイモの皮むきをしている。

 そんなこと言ってるけど、二人ともまだまだ包丁の使い方がぎこちない。

 この二人が料理の準備を手伝ってくれるようになったのは、フルールをでる直前からだ。

 あれから料理をする機会がほとんどなかったのだから、上達しているわけないよねー。


「終わったらアスパラお願いしまーす」


 私の声に、


『はーい』


 と、サフィーア以外が返事をする。


「まだ切るのか……」


「アスパラは下の固い筋を軽くそいで、これぐらいの大きさで切ってね? それが終わった鶏肉を一口大だからねー」


『はーい』


 粛々と準備は進んでいく。

 作るのは今回はみんなお疲れだから、簡単に。

 鶏と野菜のピリ辛炒め。

 野菜と言っても、ジャガイモとアスパラの二つしか入っていない。

 作るのは、まずは私がお手本を見せて、カルハさんがそれに続く。


「食欲をそそるいい音に、良い匂いじゃ。手際もいいのう」


 私のフライパン捌きを見て、感心するサフィーア。


「瑪瑙お姉ちゃん、味見! 味見!」


 私の横でピョコピョコ飛び跳ねているハルル。


「はい。熱いから気をつけて」


 火の通った鶏肉をフォークに刺し、ハルルに渡してあげる。

 ふーふーと息を吹きかけて、口に入れる。


「んーっ! 美味しい!」


「あっずるい! 瑪瑙私も!」


 リステルが声を上げる。


「はいはい」


「美味しい! ピリッとするのがたまらないっ」


 そんな様子を見て、


「お腹がすきましたぁぁぁ」


「くそ―! 二人とも美味そうだなー!」


 コルトさんとシルヴァさんがこっちを見て、抗議する。


「二人とも―。もうすぐできるからねー?」


 そんな二人をカルハさんがなだめている。

 本当なら、これにスープとサラダなんかを作ったりするんだけど、流石に私もカルハさんもくたびれている。

 主食であるパンはきちんと用意してあるので、今日の所はこれだけで許してもらおう。

 お皿に盛りつけて、テーブルに並べ、みんなでいただきます。


「ほう。シンプルな味付けだと思っていたが、これは存外に美味い!」


「サフィーアにも気に入ってもらえて良かったよ」


 良かった良かった。

 リステル達がハードルを上げるせいで、結構緊張しちゃったんだよね。


「久しぶりに瑪瑙の料理を食べられたわ。やっぱり瑪瑙の作る料理は美味しいわね」


 ルーリも美味しそうに食べてくれている。

 みんなが満足そうに食べている顔を見て、私とカルハさんは、笑顔でハイタッチをするのだった。


 食事と洗い物が終わり、まったりした時間になる。

 ささっと紅茶を淹れて、みんなに渡す。


「メノウありがとうございます。それにしても馬車の旅ではありましたが、かなり疲れましたね……」


 コルトさんが紅茶を飲みながら言う。


「私は馬車の旅は遠慮したいな。ラウラとクルタみたいに、気軽に御者台に座らせてくれるんだったら別だが。そうそういないだろうしな」


 シルヴァさんが苦笑する。


「タルフリーンからフルールまでの旅程は、特に問題はなかったんじゃが、妾もかなり疲れたぞ……」


 どうやらサフィーアもお疲れの様子だ。

 ハルルちゃんはリステルの膝の上で、こっくりこっくりと舟をこいでいる。


「とりあえず明日の予定をどうするかだね」


 ハルルの頭を撫でながら、リステルが言う。


「はい」


 シュピっと手を上げる。


「はい瑪瑙」


「買い物には行きたーい」


「あーすまんが冒険者ギルドにも行きたい」


 恥ずかしそうに、ちょっとだけ手を上げて言うサフィーア。

 そこは別に真似しなくても良いんだけどね?


「元々行く予定はしていたけど、どうして?」


 サフィーアの言葉に首をかしげるリステル。


「うむ。よく考えたら、妾は冒険者ギルドに登録をしておらなんだ。この先旅を続けるのであれば、登録しておいた方が良いじゃろ?」


「あ、してなかったのね? それじゃあ買い物帰りに寄りましょうか」


 ルーリが言う。


「あ、ベッドって一つしかないんですよね? だったらせめてもう一個欲しいですね……」


 コルトさんは、ここに居候することを決めているらしい。

 そう言うわけで、明日はお昼から、私達五人は買い物と、冒険者ギルドへ。

 コルトさん達三人は買い物の後、家具屋へ行くことになった。


 そして、おやすみなさいの時間。


「ところで、妾はどこで寝れば良いのかの?」


「こっちよ」


 と、ルーリに案内されて、二階の廊下を歩く私達。

 ガチャっと開けた先には、ベッドが三つ、隙間なく並んでいた。


「……個室は?」


 サフィーアが、ギギギと首を回してルーリを見る。


「残念ながら!」


 ニマーっと笑顔を浮かべて言い切るルーリ。


「サフィーアも一緒」


 リステルにおんぶされていたハルルが、スルっと降りてきて、サフィーアを引きずって寝室に入って行く。


「あー! ハルル! 一か月以上もほったらかしだったから埃が……」


 そんなルーリの言葉を無視して、布団に潜り込み、サフィーアを引きずり込んでいく。


「そんなことより妾を助けてくれー!」


「ルーリごめん。私もかなり眠い」


 目がしょぼしょぼしてきているのだ。


「ルーリ私もー」


「お姉ちゃん達早く寝よー」


「はいはい。わかったわ。埃まみれになっても知りませんからね」


 ルーリからお許しの言葉が出たので、ふらふらとベッドに入る。


「お前さん達、完全に妾を無視ししおってからに……」


 ブツブツ言っているサフィーアを真ん中に、私が抱きしめるように横になる。

 その反対側で、ハルルが幸せそうな寝顔と寝息をたてている。

 既に夢の中のようだ。

 サフィーアの頭を撫でていると、むくれていた顔が一瞬でふにゃっとなって、寝息をたてはじめた。

 そう言えば、疲れたって言ってたっけ?


 三つ並んだベッドは、キングサイズのベッドよりはるかに広いので、密着する必要はなかったのだけど、私達は寄り添うようにして横になる。


「帰って来たねー」


 リステルがぽやっとした声で言う。


「こんなに大変だなんて思わなかったよー」


 私も眠気のせいでフワフワした口調で答える。


「瑪瑙ー」


 私の背中をルーリがぎゅっと抱きしめる。


「どうしたの?」


「ちょっとぎゅっとしたい気分ー」


「あーずるいー」


「リステルはちゃんとハルルを抱きしめてあげないと、起きた時ハルルのご機嫌が斜めになっちゃうよー」


「は~い」


「ふふっ」


「あはは」


 内容なんて全くない会話。

 でもそれが何だか凄く心地よくて、私達は眠りへ落ちていくのだった。


 さてさて。

 お昼までゆっくりする話だったけど、朝食は必要なので、起きてパパっと作る。

 カルハさんも起きてきて手伝ってくれるから、心強い。


「メノウちゃんおはよー。よく眠れたかしらー?」


「おはようございます。あっという間に寝ちゃいました。贅沢を言えば、もっとベッドで寝てたかったですね」


「あー私もよー。まだ旅の疲れが残ってる感じがするわー」


 のほほ~んとカルハさんが、少し苦笑交じりで言う。

 流石にみんなも疲れが出たのだろう。

 普段だったら、私が朝食の準備をしようと起きると、みんな一緒になって起きるのに、今日はまだぐっすり眠っている。


「瑪瑙ごめーん! 寝過ごしちゃった!」


 リステル達が、慌ててキッチンにやってくる。


「ううん。ゆっくり寝てても良かったのに」


「嫌よ。瑪瑙と食事の準備をするのも、大事な時間なんだから」


 ルーリの言葉に、少し胸が温かくなった。

 嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。

 みんなが加わり、一気にキッチンが賑やかになる。


「騒がしいが、温かい気分になる雰囲気じゃな」


 サフィーアが笑顔でそんなことを言った。

 そんな賑やかで、愉快な朝食と昼食を済ませて、私達はフルールの街へ繰り出すことにする。


 さぁ久しぶりのフルールだ!


 この時私達は油断をしていたのだ。

 決してフルールの街の治安が悪くなっていることを、忘れていたわけではない。

 そして思い知ることになる。

 それが、思っていた以上に深刻な状態だったことを。

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