フルールで起こっている事

「メノウ。一気に飲むと悪酔いするぞ?」


 サフィーアが私を注意する。


「ん。ふぅ……」


 グラスから口を離して、ため息をつく。


「瑪瑙お姉ちゃん寂しそうな顔してる」


 私の様子に気づいたハルルが、膝の上に座ってくる。

 ハルルは、私が切なくなったり、寂しいとか思った時に、すぐに気がついてくれる。

 そんなハルルが愛おしくて、片手をお腹に回して抱き寄せる。


「何考えてたの?」


 ハルルが聞いてくる。

 どう答えたものか?

 せっかく楽しいお酒の席なのに、わざわざ悲しくなるような話をしていいのかな?

 まぁ私が顔に出してしまった時点で、今更だよね……。


「みんながね? もっと年齢を重ねて、一緒にお酒を飲んでるところを想像しちゃったの」


 私の言葉に、しんと静まり返る。


「ハルルは美人さんになるかなー? それとも可愛いまま成長するのかなー? とかね」


「……瑪瑙はそこにいるの?」


 ルーリがそっと肩が触れる近くに座り直しながら聞いてきた。


「……いないよ」


「だと思ったわ」


 寂しそうにルーリは言う。


「ごめんね。せっかく楽しい雰囲気だったのに、台無しにしちゃって」


 そう言って、私はみんなに謝る。

 するとサフィーアが、くっと残りを飲み干した。

 それを見たみんなも残りを飲み干す。


「メノウ。グラスを」


 サフィーアがボトルを持ち、私がグラスを出すと、次をトクトクと注いでくれる。

 それにみんなが続く。


「……友との別れは、いつの世も辛い。何度経験しても、妾は慣れん。別れが近づく度に、もっと色々なことをしていればと後悔したもんじゃ。きっと今回の出会いも、そうなってしまうのじゃろうなぁ」


 ボトルを受け取ったリステルが、サフィーアのグラスに注いでいる。


「病気で死ぬ者、事故で死ぬ者。殺される者。街を出て二度と戻らぬ者。老いて死ぬ者。何度も、何人も、見送った。下手に関わらなければ、こんな思いをすることなど無いのにと、何度思ったことか……」


 グラスをクルクル回し、遠い目をするサフィーア。

 私の前に座っているのは、見た目がハルルと変わらないくらいの、十歳前後にしか見えない幼い少女。

 だけどその表情は、私達よりも遥かに長い年月を生きてきたことを物語っている。


「お前さん達も、きっと後悔するじゃろうな。だから、今をしっかりと心に刻んでおくのじゃ。これから起こる、酸いも甘いも、全て忘れないようにの」


「そうすれば、後悔しなくてすむ?」


 ハルルがサフィーアをじっと見つめて言う。


「フッ」


 サフィーアが笑う。


「無理じゃな。いくら手を尽くそうが、別れの際に、どう足掻いても後悔するものじゃ。出来ることと言えば、時間が経って、思い出を慈しむことくらいじゃの」


「そんな……」


 サフィーアの言葉に、目を伏せてうつむくリステル。


「妾が何もせず、ただ別れを繰り返しただけと思うか? 後悔しないようにと、全力で共に過ごしたとも。何度も何度もな。それでも別れの際は、もっと何かできなかったのかと、後悔するばかりよ」


 寂しそうな笑顔を浮かべるサフィーア。


「……いかんな。説教臭くなってしまった。そうじゃな。心配するな。リステルもルーリもハルルも、一人になることはないぞ。妾が最期まで一緒じゃ」


 ……そうか。

 宝石族ジュエリーであるサフィーアは、この先私達が寿命を迎えたとしても、まだまだ生きているのか。


 またキュっと胸が締まる。


「この素晴らしき出会い……。いや、出会いなんて言葉では足りんな。異世界から来たメノウが起こした奇跡じゃろう。この素晴らしき奇跡と、今この時、一瞬一瞬を大切にしていこう」


 サフィーアがグラスを前に出し、私達は再びグラスを合わせる。

 コンっと綺麗な音が静かに響いた。

 リステルも私にぴったりと引っ付くように座り直し、ゆっくりとグラスを傾ける。

 私もグラスに口をつけ、ゆっくり傾ける。

 今この時を忘れないように、全て飲み干すように、一滴一滴を大切に。


 楽しかった時間は、一転して、しんみりとした時間になってしまった。


「ふぅ……」


 ちょっと体が熱くなってきた。

 三人にぴったり密着されているから、熱くなってるだけなのかもしれないけど……。

 軽く浮遊感も感じる。

 酔うって、こんな風になるのね。


 飲み干したグラスをそっとテーブルに置く。

 飲み慣れていないせいか、私が一番最後だった。


「サフィーア。ご馳走様」


「うむ。あまり思いつめるでないぞ? 次は笑いながら、楽しく飲むとしよう」


 苦笑しながら、サフィーアは言う。


「うん。そうだね」


 その言葉に、笑顔を浮かべて返事をする。


「じゃあ今度はフルールに帰った時にしましょう? 瑪瑙の作った料理を囲んだら、きっと楽しいわ」


 ルーリがそんな提案をする。


「いいね。今日はしんみりしちゃったけど、パーッと騒ごう!」


 リステルが笑顔でその提案に乗っかる。


「お料理作るのは良いけど、手伝ってよ?」


「「もちろん!」」


「ん!」


 少ししんみりしていた空気はましになったかな?

 そんなことを考えていると、じ~っと私の顔を覗き込む二人。


「どうしたの?」


「瑪瑙、目がとろ~んってなってるよ?」


 リステルが言い、


「ホントね。顔もほんのり赤くなってるわ」


 ルーリも頷く。

 そんな言葉を聞いた膝の上のハルルが振り返り、私の顔を見る。


「瑪瑙お姉ちゃん可愛い」


 ニヘらっと、普段しないようなふにゃっとした笑顔を浮かべるハルル。

 そしてパっと立ち上がり、一瞬で私をお姫様だっこするハルルちゃん。


「ふぇっ?!」


 あっという間の出来事に、間の抜けた声しかでなかった。

 スタスタとベッドまで運ばれ、ハルルが私に跨っている。


「瑪瑙お姉ちゃん。約束」


 そう言って、ハルルは自分の着ているワンピースのパジャマのボタンをはずしていく。


「「瑪瑙っ! 約束って何?!」」


 そんなハルルに驚いて、リステルとルーリがベッドに飛び込んでくる。

 え?

 何か約束しましたか?

 私が呆けているのに気づいたようで、ハルルはプクっと頬を膨らませて言う。


「むぅ。瑪瑙お姉ちゃん噛み跡しるし消しちゃったから、後でつけてあげるって言った!」


 あ、そんなことを言いましたね。


「わ、妾はグラスを片付けてくる。それでは、ゆっくりするのじゃぞ? ま、まぁ程々にな?」


 顔を真っ赤にしたサフィーアが逃げようとしていたけど、素早くリステルとルーリに拘束されて、ベッドまで引きずられてきた。

 リステルさんはニコっと、ルーリさんはニマーっと笑っている。

 あー。

 サフィーアさん、もう逃げられません。

 私は私で、ハルルにボタンをぽちぽち外されて、ほぼ下着姿にされてしまっているのだ。

 このままがぶーっとされて、がぶーっとし返すのが、就寝前のルーティンだ。

 いつも通り、ハルルは私の肩に口を寄せる。

 普段なら、ここで思いっきり噛んでくるのがハルル。

 が!

 チロチロと肩から首筋を舐めてきた。


「あっ……ちょっ!」


 背筋がぞわっとする。


「瑪瑙お姉ちゃん……」


 耳元で囁くハルル。

 ゾクッとする。


「んっ! ハ、ハルル酔ってるでしょっ!」


 慌てて振りほどこうとするけど、ハルルに力で勝てるわけがない。

 抵抗むなしく、私は押し倒されたままです……。


「酔ってないよ? 瑪瑙お姉ちゃんみたいに、初めて飲むわけじゃないもん。瑪瑙お姉ちゃん、約束忘れてるし、寂しいことを言うからおしおき……」


 そう言って、あむあむと肩を甘噛みするハルル。


「ふっ……。ん~っ!」


 体がビクンと跳ねる。

 声が出そうになるけど、必死でこらえる。

 そして次の瞬間、肩に激痛が走った。


「んーーっ!」


 色々と吹っ飛んでいく位、痛かった。


「……お前さん達、毎日こんなことをしておるのか?」


 顔を真っ赤にしたサフィーアの問いかけに、


「ちょ、ちょっと今日はハルルが飛ばしてるけど、概ねね?」


「そ、そうね。今日はちょっと激しいけど……」


 リステルとルーリも顔を真っ赤にして、目を泳がせている。

 見てるだけで、ハルルを止めてくれなかった二人に、私は仕返しすることを心に決めた瞬間だった。




 窓から差す光に気づく。


「ん……ん~」


 息苦しい。

 体は動かないし、何よりほこほこして温かい。

 あまり見たくないけど、目を開けて現状を確認する。

 私の上に乗っかって、ハルルとサフィーアが寝ている。

 そして両サイドを、リステルとルーリにしっかりがっちりと抱きしめられている。

 みんな下着姿だった。


 酔って記憶が無くなる人がいるって、ニュースとかで見るけど、あれって嘘じゃないのかな?

 私バッチリ覚えてるんですけど……。

 まぁそこまで飲んでないからかな?


 あれから、いつもだったら噛み跡しるしを付け合うだけで終わるはずの日課が、首筋を舐めたり、耳に息を吹きかけたりと、普段しないことをしてしまった……。

 お酒に酔ったせいだと思っておこう……。

 やられたらやり返すを繰り返して、ちょっとみんなヒートアップし過ぎた。

 サフィーアもなんだかんだ、一緒に混ざって楽しんでいた気がする。


 頭は痛くなかったし、酔った感じも残っていない……かな?

 肩がヒリヒリ痛むのは、いつもの事だ。

 サフィーアの肩にも、しっかりと嚙み跡しるしが四つついている。

 これでサフィーアも仲間入りね。

 いろんな意味でね!


「む~。肩がヒリヒリするのじゃ……」


 そう言ってモゾモゾと私の上から起き上がるサフィーア。


「おはようサフィーア」


 声をかける。


「おはようメノウ。いやはや、夜は年甲斐もなくはしゃいでしまった」


 私の肩を見て、頬を赤く染める。


「調子はどうじゃ? そんなに量は飲んでいないだろうが、気分が悪かったり、頭が痛かったりはせんか?」


「うん、大丈夫だよ。サフィーアは慣れるように頑張ってね?」


「……毎晩あんなことをしておるのか?」


「……あはは。昨日はちょっと変な空気になっちゃったけど、消えかけるとまたするよ?」


「メノウよ。治癒魔法をかけてくれんかのう?」


「消すとハルルがへそを曲げて、もっときつく噛みついてくるよ?」


「……サフィーア? 消すの?」


 私の上で寝そべっていたハルルがむくっと起き上がり、サフィーアの目をじーっと見つめてる。

 ……。

 起きたのなら、二人ともそろそろ私の上からどいてくれないかな?


「わかった! わかったからそんな目で妾を見るな!」


 ちょっとハルルちゃんの目が怖い気がしたのは、見なかったことにしよう。


「で、二人はいつまで私に抱き着いてるの? もうとっくに起きてるでしょ?」


 私にぴったり抱きついている二人に言う。


「「あ、バレてた」」


 ……言ってみただけだったのに、ほんとに起きてた。

 そんなわけで、私達は着替えを終え、朝食をすませる。

 今日はテインハレスを出て、タルフリーンに戻るのだ。


「サフィーア。旅の無事を祈っていますよ」


「体に気をつけるのよ? 土産話、楽しみにしてるからね? 皆さん。サフィーアをよろしくお願いしますね」


 そう言って、コランさんとエメリさんが見送ってくれた。

 ルビノさんは朝早くから政務のため、既に出かけてしまったそうだ。

 昨日、早く抜け出してきてしまったため、お仕事が溜まっているのだとか。


 馬車に揺られること約半日。

 タルフリーンに到着する。

 私達はその足で、タルフリーンにある冒険者ギルドへ行く。


 タルフリーンの冒険者ギルドは、フルールにある冒険者ギルドと同じくらいの大きい建物だった。

 ハルモニカの冒険者ギルドより、人も多かった。

 何より、剣や鎧を装備した、明らかに冒険者といった格好の人が多くいた。


「タルフリーンには、宝石を扱う商人が多く来るのじゃ。故に冒険者は、腕のいいのが集まっておるぞ。そして、女性だけのパーティーも多いのじゃ」


 と、サフィーアが教えてくれた。


 テインハレスの特産品として、宝石に魔力を込めた「魔宝石」があるのだが、タルフリーンもテインハレスも、宝石の産出地ではない。

 わざわざ商人が、原石などを買い集めてタルフリーンに持ってくるのだ。

 そして、タルフリーンで、テインハレスと行き来をしている女性の宝石商に売ったり、魔宝石にしてもらう依頼を出したりする。

 取引に宝石を扱うことから、大金が絡むことになり、腕のいい冒険者が護衛を依頼される。

 中には、商人専属の冒険者もいるそうだ。

 女性冒険者だけのパーティーが多いのは、テインハレスには女性しか入れないことから、自然と集まってくるそうだ。


 さてさて。

 私達の目的は、フルールの街の情報と、フルールまでの道中の安全確認。

 タルフリーン周辺は、首都に近いこともあって、魔物や盗賊の被害はないそうだ。

 明日から目指す街であるラズーカまでは、これと言って問題はなさそうだった。

 フルールの街の情報はどうやって調べよう?

 そう考えていると、サフィーアが慣れた様子で、スタスタと受付まで行く。


「すまんが、フルールの街の現状を知りたいのじゃが、何か情報は入っておらぬかの?」


 受付のお姉さんに話しかけている。


「ようこそいらっしゃいました。サフィーア様。フルールの街ですか? 急にどうなさったんですか?」


「先日で妾は、宝石族ジュエリーの顔役の務めを終えて、旅に出ることにしたのじゃ。後進はスピルネに譲っておる。とりあえず、最初の目的地は、フルールになっての」


「そうですか……。お務め、お疲れ様でした。寂しくなりますね……」


 しんみりと話しているのを横で聞いていた私は、


「サフィーア。お知合い? 随分と親しげだけど」


 お邪魔かな? と、思いつつ聞いてみることにした。


「ん? ああ、この娘が生まれた時から知っておる。親子共々、冒険者ギルドに勤めておってな。テインハレス関連の依頼は、この者が担当しておるのじゃ」


「この女の子達と旅をすることになったのですか?」


 そう言って、受付のお姉さんは私達をじっと見つめてくる。


「見た目はただの少女じゃが、風竜殺しの英雄と言えば、わかるじゃろう?」


「なっ?! では、今回の誘拐事件を解決したのも、この女の子達なんですか?!」


 どうやら誘拐事件の解決に関わっていたことは、知れ渡っているらしい。


「うむ。良い出会いをしたと思っておる」


 笑顔で話すサフィーアの言葉に、ちょっと照れ臭くなる。


「そうですか。それなら安心ですね。あ、フルールの情報でしたね」


 すっとサフィーアが銀貨一枚を机に置き、お姉さんはそれを受け取った。


「そうですね。街の治安が悪化していると情報が入っていますね。それに加え、東の草原に、魔物が一時は減少していると言っていたのですが、また増え始めたらしいのです。何でも討伐者サブジゲイターと呼ばれている腕のいいパーティーが、所用で街を出ているそうで、そこからまた急増したそうです」


「……討伐者サブジゲイターは、もしかせんでもお前さん達の事じゃな? そういえば、東の草原で討伐と修行を繰り返していた話をコルト達からも聞いておるぞ?」


 こっちを見るサフィーア。


「私達がフルールを出る直前は、魔物被害は減少に向かってるって話だったのに……」


 ルーリが心配そうな顔をする。


「かなり儲けがでるそうなので、各街から冒険者が集まっていて、そのせいで治安が悪化しているみたいですね……。ただ、死人こそでてはいないそうですが、怪我人が後を絶たないようですね。冒険者同士の諍いも多いと、情報が入っています」


 私は、フルールの冒険者ギルドにいる、セレンさんやガレーナさん、アミールさんとスティレスさんの事を思い出す。

 みんな元気してるのかな?

 怪我とかしてないかな?


「ふむ。この者達が戻れば、フルールも静かになるかもしれんな。他に何か情報はないかの?」


 サフィーアがそう言うと、受付のお姉さんが頬を赤くして、私達をチラッチラッと見てくる。


「私達に何か?」


 リステルが首をかしげて聞く。


「情報は以上なのですが……。あっあの! もしよろしければ握手をっ!!」


 目をギュっと瞑って、手をシュビっと音がするほどの勢いで出してきた。

 握手って私達はアイドルじゃないんだから……。

 あ、この世界で英雄とか言われるのが、アイドルみたいな存在になるのかな?

 呆気に取られていた私達。

 お姉さんは、今も手を突き出し、目を瞑ってプルプル震えている。


「あははは。改まってこういう事をするのって恥ずかしいね?」


 リステルが最初に手を取り、ルーリ、私、ハルルの順番で握手をする。


「人気者じゃの?」


 サフィーアがニヤニヤして笑っている。

 恥ずかしいので、サフィーアのほっぺたをぷにーっと人差し指で突いて、無言の抗議をしておいた。



 情報を集められるだけ集めて、タルフリーンの宿屋の談話室で、全員と今後について話し合う。

 何故かスピルネさんとエメラーダさんもいるけど。

 この後、タルフリーンのお屋敷から迎えが来るそうだ。


「もともとフルールの治安は、悪化傾向にはあったのです」


 最初に口を開いたのは、ハウエルさん。


「大規模討伐の依頼がフルールから出ている時期から、冒険者の流入が増えていましたからね」


 そう付け加えるのは、カチエルさん。


「ハルルも、大規模討伐が出ている話を聞いたから、クラネットからフルールまできた。……ハルルも、治安を悪化させた一員」


 しょんぼりとした顔で、ハルルが言う。

 そう言えば、私達がハルルと出会う切っ掛けになった出来事が、当時のハルルのパーティーメンバーとの諍いだったっけ。


「ハルル達がいなくなった後、また諍いとか起こしてるのかな……」


 元パーティーメンバーの事を思い出しているのだろう。


「んー。それは無いと思うよ? ハルルがフルールに帰ってきたら、絶対セレンさんが教えてくれると思うから。あの三人は、ハルルを怖がってたしね」


 リステルがハルルの頭を撫でて、励ましている。


「問題は、冒険者の数が増えているのに、東の草原の魔物がまた増えているってことだな」


 シルヴァさんが顎に手をやり、考え込むように言う。


「私達がー、フルールを出る時には減少しているってー、セレンちゃんも喜んでいたのにねー?」


 のほほ~んとカルハさんは言うが、表情は複雑そうだった。


「今後の予定ですが、急いでも三日はかかります。お館様には既に手紙を出しているので、フルールに到着した時間が夜遅くでも、面会してくださるでしょう」


 おっとりしているけど、流石やることはやっているラウラさん。

 抜かりはないようだ。


「お礼もちゃんと言わないといけないわね。結局タルフリーンに、予定より長く滞在してしまっているし。宿代とかも、いくらか払ったほうが良いのかしら?」


 ルーリの心配事を聞いたクルタさんが、


「それは大丈夫です。首都でお館様にお会いした時に、最後まできちんとお世話をするようにと、厳命を受けております。お金の心配もしなくて大丈夫です!」


 胸をポンと叩いて言う。


「気になるのが、シルヴァも言っていましたが、東の草原の魔物の急増ですね。普通なら、そのまま被害は減少していくはずなんですが……。もしかすると、メノウがチラッと言っていましたが、何か原因があるのかもしれませんね」


 私の方を見て、コルトさんが言う。


「東の草原の奥にはキロの森もあるから、前みたいに何か強力な魔物でも住み着いたのかな?」


 私は自分の考えを話す。


「あり得ない話では無いわね。たぶんキロの森の異常はまだ続いているでしょうし。そう言えば、キロの森の調査はしてるのかしら? また風竜ウィンドドラゴンが住み着いてるとか、嫌よ?」


 ルーリは私の考えに同意し、苦い顔をする。

 私もリステルもハルルも、風竜ウィンドドラゴンと言う単語に苦い顔をする。

 あれには良い思い出がない。

 できればもう二度とお目にかかりたくない。


「ふむ。タルフリーンの冒険者ギルドに、キロの森とやらの調査を行ったと言う情報は無かったのう。そう言う事は、しっかりと教えてくれるはずじゃからの」


 サフィーアが何やら羊皮紙を取り出して、パラパラとめくっている。


「サフィーア。その羊皮紙はどうしたの?」


「これか? 餞別にと貰ったのじゃ。ここに一通りフルールの情報が書かれておる」


 羊皮紙を私達は回し読みする。


「うわ……。結構細かく書かれてる。良いのかな? これ結構重要な物だよ?」


 リステルが半笑いを浮かべている。


「もちろん、写しの方を貰っておる。流石に写しが無ければ貰わんかったぞ?」


「貰えるだけ凄い」


 ハルルが感心したように言う。


「百年も宝石族ジュエリーの顔役として務めを果たしてきたのじゃ。それなりにタルフリーンでは顔が利く。最後じゃから、しっかりとこの顔を使わせてもらったわ!」


 はっはっは! と、胸を張って笑うサフィーア。


 とりあえず私達は、フルールへの帰還を優先することに決めた。

 ラズーカの街の観光は無しと言うことになった。

 元々小さな街で、あまり観光をする所が無いと言う理由も大きかった。


 そして、スピルネさんとエメラーダさんに、お屋敷から迎えが来た。


「明日は早朝にタルフリーンを発つ。だから見送りは不要じゃ」


 そう言うサフィーアに、


「かしこまりました。サフィーア様、道中お気をつけて」


 相変わらずの無表情でスピルネさんが頭を下げた。


「サフィーア様! 今までお疲れ様っす! 旅、いっぱい楽しむっすよ! 土産話期待しているっす!」


 対照的に、可愛らしい笑顔のエメラーダさん。


「うむ。皆も息災でな。スピルネよ。もう少し表情豊かになるのじゃぞ? 人間と交わっていれば、自然と変わるじゃろうがな。エメラーダはもう少し、お淑やかに話せると良いが……。まぁ無表情より、愛嬌があって良いかの?」


「すみませんすみません」


 そんなサフィーアの言葉に、クルタさんが頭をペコペコ下げている。

 それを見てサフィーアは、楽しそうに笑っている。


「困難も多く待ち受けるじゃろうが、力を合わせて乗り切るのじゃ。時に隣人である人間と、手を取り合ってな。エメラーダはその辺り、良くわかっておるじゃろう?」


「はいっす! クルタのおかげっす!」


「私も、エメラーダのようになれるでしょうか?」


 スピルネさんは疑問を口にする。


「元々スピルネは心語りリサイトでも静かだったからのう。無理にとは言わん。ただ、愛想笑いぐらいは覚えておいて損はないぞ」


「頑張ります」


 ちょっとだけ、スピルネさんの口角が上がった気がする。

 そして二人は去っていった。


「もっとゆっくり別れの挨拶をしなくても良かったの?」


「なに。今生の別れでもあるまいて。百年もすれば、妾はまたここに戻ってくる。その時に、ゆっくり話せばいいのじゃ」


 笑顔であっさりと答えるサフィーア。

 何とも気の長い話だ。


「それよりも、昨日するつもりだったことをやってしまわんとな?」


 そう言って、私達は寝室へ向かう。


 五人部屋なんてなかったし、流石にキングサイズのベッドでも、五人一緒は狭い。

 仕方なく四人部屋にして、ハルルが誰かと一緒に寝るという方法で落ち着いた。


 そして私はベッドに横になっている。

 しかも"また"上半身裸だ。

 ちょっと多くないですかね?

 昨日もそうだったし。

 サフィーアは私のお腹の上に座っている。

 今回はサフィーアは脱いでいない。

 サフィーアは私の左胸に両手を置き、


「青く煌めく青光よ、彼の者を守り導け。波無く凪いだ水面の如く、穏やかに守りませ。安寧の時は今。カーム・アイオライト」


 サフィーアの両手から、深い青色の光が漏れると同時に、私の胸がじわりじわりと温かくなる。


「ふあ~……」


 気持ちよくて、思わず変な声が出てしまった。

 このまま目を閉じると、眠ってしまいそうなぐらいに心地よかった。


「ふむ。これで良し」


「これで、瑪瑙の心は守れるの?」


 リステルが心配そうに私の顔を覗き込む。


「完全には無理じゃ。妾が渡した、サファイアの魔宝石のペンダントと合わせて、辛うじて現状を維持できる程度じゃ。過信はするでないぞ?」


「今の魔法を、定期的に瑪瑙にかけるのね?」


 ルーリが質問をする。


「この魔法は、心の負担を肩代わりする魔法じゃ。消耗具合を見ながら、できれば小まめにじゃな」


「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ。温かくて気持ちよかったくらいだよ」


 そう言って、ハルルの頭を撫でてあげる。


「メノウにとって、何が心のヒビに繋がるかわからんからの。気をつけるのじゃぞ?」


「ありがとうサフィーア」


 サフィーアの頭も撫でてあげる。

 ふにゃっと顔が崩れるのは、とても可愛かった。

 その様子を見ていたハルルも、サフィーアの頭をなでなでしている。

 より一層お顔がとろけてますよ。


 こうして私は、自分でもよくわからないうちに、自分を蝕んでいた心の傷を保つことができた。


 この世界に放り出されて、リステルとルーリに出会っていなければどうなっていただろう?

 きっと、遺跡から出られても、キロの森で死んでいただろう。


 ハルルに出会わなければ?

 きっと泣くことすらも我慢して、今頃ボロボロだっただろう。

 もしかすると心がとっくに壊れていたかもしれない。


 サフィーアに出会わなければ?

 いつか遠くない未来に、私の心は壊れていたのだろう。


 時折聞こえていた、何かにヒビが入るような音は、きっと私の心の悲鳴だったに違いない。


 私はみんなに助けてもらっている。


 助けられて、こうやって今を生きている。


 そんな大切なみんなに、私は何か残せるだろうか?


 これはずっと考えていこう。


 みんなのために何かできることを探そう。


 別れが来る最後の日まで。


 願わくば、みんなが笑顔でいられるような、そんな日々が続きますように……。



 そして、私達は眠りについた。

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