パーティー
スピルネさんに連れられて、大広前へ。
そこには様々な料理が並べられていた。
……と言うか、量が凄く多い。
私達が呆然と目の前の光景を見ていると、
「ハルルが良く食べるからのう。それもちゃんと伝えてあるぞ」
自慢げに話すサフィーア。
「皆様、大変お待たせしました。ゆっくり楽しんでいってくださいね」
「風竜討伐の話を聞いてみたいものだ。良ければ後で聞かせてくれないか?」
そう言って私達を出迎えてくれたのは、綺麗なドレスを着た少女二人。
サフィーアのお母さんであるコランさんと、サフィーアの叔母さんにあたり、テインハレスの管理官であるルビノさん。
「お嬢様達は着替えてないんですかっ?!」
と、驚いた声を上げたのは、ドレス姿のコルトさん達。
その横に、ハウエルさん達もいたけど、いつものメイド服姿じゃなく、こちらもドレス姿だった。
「うわっ! サフィーアと色々話してて、着替えの事なんて考えてなかった!」
慌てて声を上げるリステル。
「……すまん。妾もすっかり忘れておった。っというか、お前さん達、ドレスを持っておったのか?」
謝りつつ、首をかしげるサフィーア。
「お姉ちゃん達に買ってもらった!」
笑顔で手を上げるハルル。
「私とリステルは、瑪瑙に買ってもらったものがあるし、瑪瑙も私達が買ったものがあるわね」
ルーリは苦笑しながら話す。
「なんだ。皆ドレスを持っているのか。そのままの格好で来たから、無いものと思ったぞ。隣の部屋を使っていいから、着替えてくるといい」
ルビノさんが私達を隣の部屋へ促す。
「では、私共は着替えのお手伝いをさせていただきます」
ススっとハウエルさん達が近くに来て、手伝いを申し出てくれた。
ドレスに着替えようとして隣の部屋へ入ったのはいいんだけど、私達は服を脱げないでいた。
いや、ハルルちゃんはパパっと脱いじゃったんだけどね。
「……ハルル様? あの、その肩の歯形はどうなされたのですか?」
ラウラさんが、ぎょっとした顔で聞いてくる。
「お姉ちゃん達にむぐー!」
はーいお口チャックしましょうねハルルちゃん。
すかさず後ろから近寄って、お口をふさぐ。
その様子を見ていたハウエルさんとカチエルさんが、頬を赤く染めてそっぽを向いている。
たぶん私の顔も真っ赤だと思う。
すっごく顔が熱いもん。
「あー……。コホン。それでは肩がでるドレスは着れませんね」
何かを悟ったような感じで、私達を見ていたラウラさんが言う。
確かハルルに買ってあげたドレスは、肩だしのドレスが多かったような……。
んー?
傷跡って私の治癒魔法で消せたよね?
だったら、歯形ぐらいなら消せるんじゃないの?
「ヒーリング」
私はハルルの肩に手を当て唱える。
手から青い光が漏れて、ハルルにある歯形は綺麗になくなった。
「素晴らしいです! これなら問題ありませんね」
そう言って喜ぶラウラさん。
私は空間収納から、ハルルのドレスと靴を数セット取り出して、着替えをラウラさんに任せることにする。
ハルルが頬をプクっと膨らませて私を見ていた。
「……後でまたつけてあげるから」
ハルルの耳元でこっそり言う。
「ん!」
私の言葉に満足したのか、笑顔になって、ラウラさんとドレスを選び始めた。
私は急いでヒーリングをかけて回る。
その様子を見ていたクルタさんが、
「全員に歯形がついているんっすね……」
と、顔を真っ赤にして苦笑していた。
あぁぁぁぁっ!!
すっごい恥ずかしい!
「クルタ? 人それぞれです。あまり深くは聞かないように」
ハウエルさんがフォローを入れてくれる。
……フォローになってるのかな?
そういうわけで、肩の
私は青いオフショルダーのドレスを選んだ。
アクアマリンのペンダントもしているから、ハウエルさんがこれにしましょうとお勧めしてくれたのだ。
リステルもルーリもオフショルダーのドレスを選んだようだ。
……流石に十五歳の私達に、色っぽいのは似合わないかな?
ハルルも同じだけど、ボレロを着ている。
サフィーアは、片方だけ肩が出たワンショルダーのドレスを着ているんだけど、何故か妙に色っぽく感じてしまった。
「サフィーア? それ、今日私達が買ったドレスね?」
ニマーっと嬉しそうにしているルーリ。
「悔しいが、お前さん達の見立ては良かったからの。ありがたく着させてもらうことにしたのじゃ」
恥ずかしそうにそっぽを向いて話すサフィーア。
「本当ならしっかりとメイクもするのですが、皆様はノーメイクでも綺麗ですので、時間もありませんし、このまま大広間へ戻りましょう」
カチエルさんがそう言って、私達は隣の大広間へ戻った。
ルーリとハルルが、ヒールの高い靴で歩きにくそうにしていたのは、微笑ましかった。
「此度の難局、皆良く乗り切った! そして、我々
ルビノさんがグラスを掲げ、声高らかに言う。
「無事にお役目を果たし旅立つサフィーアと、新しくお役目に就くスピルネに、幸多からんことを!」
ルビノさんの横で、コランさんもグラスを掲げて言う。
「「乾杯!」」
『かんぱーい!』
パーティーが始まった。
パーティーは立食パーティーの形式で行われた。
私は、手にあるグラスに注がれた赤い液体の匂いを嗅いでみる。
お酒かもしれないと思い、飲むのを躊躇っているのです……。
「瑪瑙飲まないの?」
そんな私の様子に気づいたリステルが、話しかけてくる。
「あ、リステル。これってお酒?」
「ん? ブドウの果汁だよ? 私達みたいに護衛がいるような者がいる場合、こう言うパーティーでお酒を出すのは、失礼なことになるんだよ。酔った隙に何かあったら、主催者も困るでしょ?」
私がイメージしていたパーティーとは、随分とマナーが違うようだ。
「なんじゃ? メノウは酒が飲みたかったのか? 半分は身内のパーティーでもあるからのう。ワインならすぐ出せるぞ?」
リステルとの会話を聞いていたのか、サフィーアが話に入ってくる。
「ううん。私お酒飲んだことないから、間違って飲んじゃったらダメだなーって思って」
「あれ? 瑪瑙ってお酒飲んだことないの? でも料理に良くワイン使ったりしてなかったかしら?」
ルーリが目をパチクリして聞いてくる。
「料理にお酒を使うのは、結構当たり前だよ? 赤ワインでお肉を煮たり、香りづけにも使うしね」
お酒じゃないという事なので、グラスの果汁を飲む。
味はとても濃く、甘くて美味しかった。
「あー。瑪瑙から料理の話を聞くと、瑪瑙の料理が食べたくなるー」
リステルとルーリが何やら遠い目をしている。
「そういえば、最後に作ったのって、迎賓館でお菓子作った時だったね」
フルールにいる時は、毎日料理してたっけ。
そう思うと、何だかフルールに戻りたくなってくる。
「ほう? 瑪瑙の料理か。美味いのか?」
「すっごく美味しいよ!」
リステルが自慢げに言う。
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、凄く恥ずかしい。
「それはそれは。食べてみたいのう」
期待の眼差しを向けるサフィーア。
「フルールに戻ったら、作ってあげるよ。その代わり、サフィーアもお手伝いだからね?」
「むむ。妾は料理したことはないんじゃが……」
「大丈夫! 私も料理したことなかったけど、材料を大量に切るくらいだったら、すぐ慣れるよ」
「なるほど。ハルルがおるからか」
サフィーアのその言葉に、私達はハルルに目をやる。
いつ見ても見事な食べっぷりと言うか、一体どこにそんな量が入るのか?
料理を次々と消し飛ばすように食べている少女に、私達は乾いた笑いを浮かべるのだった。
そんな私達の所に、ルビノさんとコランさんがやってきた。
その横に一人、見かけたことが無い、薄っすらと赤みを帯びた銀髪の少女がいた。
「皆、楽しんでくれているか? それにしても、事前に連絡は受けていたが、あのハルルという少女の食べっぷりは見事だな。いつも無表情な料理長が、嬉しそうな顔をしていたぞ」
ルビノさんが愉快そうに口を開く。
「料理も美味しいですし、のんびりお話もできて楽しんでいますよ」
私の言葉に、
「それは良かったです。私共も、こういったパーティーは久しぶりなので、喜んでいただけて幸いです」
コランさんがニコっと笑顔を浮かべる。
「皆さん。この度は、本当にありがとうございました。おかげでサフィーアのお役目も無事に終えることができました。それと、これからサフィーアをよろしくお願いいたします」
薄っすらと赤みを帯びた銀髪の少女が、頭を下げる。
その少女を見たサフィーアが、
「母上。政務お疲れ様じゃ。叔母上がこちらにずっといたから大変だったじゃろう?」
「そうよ! 私だってサフィーアが久しぶりに戻ってくるから会いたかったのに、ルビノったら私に任せて帰っちゃうんだもん! ここは母である私とコランを優先してくれても良いと思わない?」
可愛らしく口を尖らせて、ルビノさんを横目に愚痴をこぼしている。
「それは、今回の事に人間の、それも風竜殺しの英雄が手を貸してくれたんだ。
……?
エメリさんと呼ばれた人は今、なんて言ったのかな?
私と同じことを思ったのか、リステルとルーリと顔を見合わせる。
「「「……母?」」」
私達三人は首をかしげて言う。
「いけないいけない! 自己紹介が遅れました。エメリと申します。サフィーアの母です。この度はサフィーアがお世話になりました」
もう一度丁寧に頭を下げて、自己紹介をしてくれた。
私達も自己紹介するけど、頭の中はそれどころじゃなかった。
何だか複雑な家庭事情を見た気がして、心中穏やかじゃなかった。
「触れない方が良いかな?」
リステルがこそっと私とルーリに耳打ちしてくる。
「うん。気づかないふりしておこう」
私もリステルとルーリにそっと耳打ちして、頷きあう。
その後は、料理をいっぱい消し飛ばしてきたハルルも加わり、
「風竜討伐の話を聞かせてくれないか?」
と、ルビノさんのお願いに答えることになった。
ハウエルさん達も、凄く楽しそうに話を聞いていた。
できるだけ、本当の事を話しつつ、私の事はみんな内緒にしてくれている。
もちろん、同行した冒険者に背中を斬られたことも、お口をチャック。
せっかくのパーティーなんだから、楽しんでもらいたい。
一通り話し終えると、大広間が拍手の音に包まれた。
「演劇の脚本とはかなり違うのだな! いやはや、四人の英雄から、実際の冒険譚を聞くことができるとは、素晴らしいことだ」
嬉しそうに笑顔を浮かべるルビノさん。
「私達も首都にいる時に劇場で見ましたが、かなり違いました。ルビノさんは演劇になってることをご存知なんですね?」
私は苦笑して答える。
「テインハレスは女性ばかりで、娯楽にはうるさい者が多いからな。かく言う妾も演劇が好きだから、流行には気をつけているぞ!」
エッヘンっと言った感じで、胸を張るルビノさん。
見た目が幼いから、どうしても子供が大人ぶっているように見えて、微笑ましく思ってしまう。
そうして楽しい時間は過ぎて行った。
パーティーに参加している人たちが、知り合いばかりだったのであまり緊張することが無くて良かった。
私達は、テインハレスのお屋敷で一泊することになった。
寝室の一つに私達は集まり、のんびりと過ごす。
サフィーアは、ルビノさん達と別の部屋へ行った。
突然の旅立ちに、積もる話があるのだろう。
「お腹いっぱい」
ベットに倒れながら満足そうにハルルが言う。
「もうちょっとしたらフルールに帰れるね」
リステルが、ベッドに横になったハルルの頭を撫でながら、しみじみとした感じで言い、
「フルールに戻ったら、瑪瑙の手料理を食べたいわ」
そんなルーリの言葉に、
「ハルルも食べたい!」
ガバっと体を起こしてハルルが声を上げる。
「ハルルお腹いっぱいじゃないの?」
「瑪瑙お姉ちゃんの料理ならもっと入る!」
嬉しいことを言ってくれているんだけど、ハルルちゃんが言うとシャレにならないのよ?
苦笑しながら首をかしげて私は、
「フルールって、今どうなってるんだろうね? キロの森の調査とか、東の草原の討伐とかどうなってるんだろう?」
ふと思ったことを言う。
「そう言えばあれから結構経ってるよね。ラズーカに着いたら一度冒険者ギルドに行ってみようか。フルールの情報が少しは入ってるだろうから」
リステルが提案してくれる。
それに続いてルーリが、
「タルフリーンの冒険者ギルドにも一応寄って行きましょう。どうせ明日はタルフリーンで一泊することになるのだし」
と、提案する。
ここテインハレスからタルフリーンまで、馬車で半日程かかる。
そのままラズーカに向かってしまうと、途中の宿場町に着くのが深夜になってしまう。
なので時間調整のために、明日は一日タルフリーンでゆっくり過ごすことになっているのだ。
「それにしても、サフィーアのお母さんが二人いるってびっくりしたね」
私は、コランさんとエメリさんの二人の事を思い出して言う。
「あー。あれはびっくりしたね。でも仲がよさそうだったし、私達が思ってるような、複雑な家庭ではないのかな?」
リステルが腕を組んで話す。
「そう言えば、テインハレスには女性しか入れないから、旦那さんはタルフリーンにいるのかしら? あ、
ルーリが寂しそうな顔を浮かべる。
異性と結婚するとなると、必然的に人間の男性ということになる。
そして、
サフィーアの年齢は二百十歳。
そう考えると、サフィーアのお父さんはもうとっくに亡くなっているだろう。
部屋が静かになる。
すると、コンコンっとドアがノックされた。
「はーい」
そう言ってドアを開けると、そこにはサフィーアが立っていた。
「みんなここにいたのか。他の部屋もまわってみたのじゃが、返事がなかったからもう寝たのかと思ったぞ」
スタスタと部屋に入ってきたサフィーアが、私達の顔を見る。
「サフィーア……」
「ん? どうしたのじゃ? 辛気臭い顔をして。何かあったかの?」
部屋の雰囲気がおかしい事に気づいたのかサフィーアが、首をかしげて聞いてくる。
「悩み事か? 良ければ妾に話してみるといい。これでもお前さん達より、遥かに長い時間を生きておる。人生経験は豊富じゃぞ?」
「サフィーア。お母さん達とのお話はもういいの?」
「うむ。久しぶりにのんびりと話したぞ。今度は旅から帰ってきた時に、土産話をいっぱいしてくれと、催促されてしまったのう」
楽しそうに話すサフィーアに、私とリステルとルーリはさっきの話をできずにいた。
「サフィーア。お父さんはもう死んでるの?」
ズバッと切り込むハルルちゃん。
流石に真っすぐすぎる物言いに、私達は顔が引きつる。
その言葉に、サフィーアがキョトンとしている。
「いや、ほら、サフィーアってもう二百歳じゃない? そう考えると普通に人間は死んでるよねって話になって……」
リステルがあたふたと話を続ける。
「あー。お前さん達は知らんのだな?
「「「え?」」」
私達はポカーンとして聞き返す。
「妾を産んだのはコランのほうじゃが、連れ合いはエメリだけじゃぞ?」
「え? でも女の子同士……。え?」
ルーリも混乱しているようだ。
もちろん私も混乱している。
「ふむ。まぁ
そう言ってサフィーアは教えてくれた。
人間の男性との間に、子供をつくることもできるそうなのだけど、産まれてくる子供は必ず、男女問わず人間が生まれてくるそうだ。
ハーフジュエリーなんて存在しないらしい。
人間との間に子供をなすことは、禁止されてこそいないが、自分の産んだ子が、自分より先に逝ってしまうのを見てしまうことから、深い傷を負ってしまう者が多く、お勧めはされていない。
それでも何年かに一人くらいはいるそうだ。
ちょっと恥ずかしい話を聞いたようで、ドキドキしてしまった。
リステルとルーリも、頬を赤くして目が泳いでいる。
ハルルちゃんは良くわかっていないのか、首をかしげている。
お願いだから、赤ちゃんはどこからくるの? とか聞かないでね……。
「女の子同士でも子供ができるんだ……」
ぽそっとリステルが呟いた。
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
……一体何を考えているのかな?
「流石に詳しくは教えんぞ! 妾も恥ずかしいからの!」
リステルのつぶやきが聞こえたようで、サフィーアが顔を赤くして言う。
「そ、そうだサフィーア? 何か用事があって来たんじゃない?」
私は変な空気になりかけていたのをごまかすように、話題を変える。
「お、おお! そうじゃそうじゃ。メノウが酒を飲んだことないと言っておったじゃろ? 一緒に飲んでみようと思って持ってきたのじゃよ」
そう言って、サフィーアは空間収納から深緑のボトルとグラスを取り出した。
「ガラスのボトルに入ってるって高級品じゃない! 私達も飲んで良いの?」
リステルが目を輝かせてボトルを見る。
「勿論じゃ。ゆっくり飲むとしよう」
そう言って、テーブルにグラスを置き、私達を手招きする。
誘ってくれているのは良いんだけど、私は飲んで良いのかな……?
うーんと悩んでいると、
「瑪瑙お姉ちゃん飲も?」
と、ハルルに背中を押される。
「ハルルはお酒を飲んだことあるの?」
「あるよ? あんまり好きじゃない」
……十歳の女の子が飲酒。
流石異世界。
「瑪瑙が飲んでないって聞いて、驚いたよねー。料理にちょこちょこ使ってるから、私はてっきり飲んだことあるものだと思ってたよ」
あーリステルもやっぱり疑問に思ってたんだ。
「そうよね? それに、アミールさん達がお酒を持って夕飯を食べに来た時に、お酒に合うおつまみとか作ってあげてたもの。まさか瑪瑙が飲んだことないなんて思ってなかったわ」
「瑪瑙お姉ちゃんの作るおつまみは美味しい」
あーそう言えばそんなこともありましたね……。
「おつまみを色々作れるのは、お父さんが晩酌する時に、作ってあげると喜んでくれたから、色々知ってただけなんだよ? 私まだ未成年だから、お酒は飲んじゃダメなのよ」
「「えっ?!」」
私の言葉に驚いたのか、ぎょっとするリステルとルーリ。
「え? 瑪瑙って十五歳じゃなかったの? 未成年ってどういうこと?!」
慌てた様子でリステルが私の肩を揺する。
がっくんがっくんするので止めて欲しい。
「え? 私は十五歳で間違いないよ? 私の世界では……あれ? 国ごとに違うのかな? まぁいいや。私のいた国では、お酒は二十歳からって決まってるんだよ」
「あーびっくりしたー! 瑪瑙の世界の話かー」
そう言って、リステルは揺するのをやめて、私にしなだれかかってきた。
「私達の世界は十五歳で成人なのよ。私もびっくりしたわ」
ルーリも驚いたようだ。
「酒は別に、成人してなくても普通に飲むがな。この世界にいるメノウは成人なんじゃ。気にせず飲もうではないか!」
そう言ってサフィーアは、コルクをキュポンと外し、並べられたグラスに赤い液体をトクトクと注ぐ。
「これは赤ワイン?」
「うむ。飲みやすい甘めのものを持ってきた。ハルルも気に入ってくれると良いんじゃがな」
私としては、十歳のハルルがお酒を飲むことに、異議を唱えたいんだけど、唱えたいんだけど……。
ちょっと飲んでみたいよね?
だってお父さんもお母さんも美味しそうに飲むんだもん。
お母さんは、ビールは苦手だって言ってたけど、ワインは好きって言ってた。
みんながグラスを持つ。
もちろん私も。
「では。これからの我々の旅路に、幸多からんことを! そして、メノウのお酒デビューを記念してじゃな!」
笑いながら乾杯をした。
ドキドキしながら、ちびっとワインを飲んでみる。
そんな私の様子を、楽しそうにみんなが見ている。
「甘い……渋いっ!」
濃縮されたような、ブドウの香りと甘さを感じたと持ったら、渋さが襲ってきた。
そして、喉が少し熱い。
これがワインかー。
私が飲むのを見ていたみんなも、くっとグラスを傾ける。
うわー。
結構な量を一度に飲んでる。
「これは美味しい!」
「甘くて飲みやすいわね」
「おー。甘い!」
「うむうむ。これは美味いのう」
みんなはお気に召したようだ。
私もチビチビと飲んでいく。
渋いのは少し慣れたかな?
チビチビと飲んでいたのが、コクコクと飲むペースが上がる。
少し顔が熱くなってきた。
「そう言えば、リステルとルーリとハルルって、フルールにいた時ってお酒飲んでた?」
「瑪瑙が来てから外食が無くなったでしょ? それから全く飲まなくなったわ」
ルーリが言う。
「そうそう。私もルーリの家に居候するようになって、飲まなくなったよ」
「ハルルも!」
「瑪瑙が良く紅茶を淹れてくれてたからね。それが当たり前になったのよね。そう考えると、ワインを飲むのって久しぶりだわ」
「あははは!」
何だか酒飲みのおじさんっぽい会話だなって思ってしまって、笑ってしまった。
「んー? どうしたの? 何かおかしなこと言ったー?」
そう言って、ぽてっと肩に頭を乗せてくるリステル。
「なんだかおじさん臭い会話だなーって思って。リステル? 急に甘えてきて、酔ってるんじゃないの?」
「えー? 乙女に向かっておじさん臭いは酷いよー。それに、この程度じゃ酔わないよ? 瑪瑙こそ酔ってるんじゃないの?」
「どうだろう? 少しお酒が回ってる感じはするから、酔ってるのかな? 少し顔も熱いよ」
「確かに顔が少し赤いわね。初めてのお酒の感想はどう?」
ルーリが私の顔を覗き込んで聞いてくる。
「サフィーアには申し訳ないんだけど、味の良し悪しはわからないかなー? ただイケナイことをしている気分になって、少しドキドキしちゃう」
「初めての酒じゃから、そんなもんじゃろう。こういうのは雰囲気も楽しむもんじゃ」
笑顔でグラスを傾けて、サフィーアが言う。
雰囲気かー。
ふと、大人になったみんなで、楽しくお酒を飲んでいる所を想像してしまった。
ハルルは成長したら、きっと美人さんになるだろうなー。
いや、案外このまま可愛らしい感じで大人になっちゃうのかな?
サフィーアは変わらないんだろうけどね。
もちろん、そこには私の姿は……。
無かった。
当たり前の事じゃない。
私は元の世界に帰るんだ。
そのころにはきっと、私はこの世界にはいないんだ。
胸がきゅっと締まる感じがした。
そんな思いをごまかすように、グラスの中のワインを一気に飲み干す。
やっぱり甘くて、渋くて、喉が熱くなる。
まるで今の私の心の中のようだった。
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