託した言葉

「あれ? 瑪瑙?」


 ガタッと椅子から跳ねるように立ち上がる幼馴染。

 思わず私は駆け寄ろうとしたが、


「お前は何者じゃ? どうしてメノウの心の中にいるっ!」


 いきなり立ち上がった幼馴染を見て、慌てた様子のサフィーアが大きな声で言い、私の前に出る。

 サフィーアの警戒した態度に気づいたのか、リステルもルーリもハルルも、私の前に立つ。


「ちょっと待って! どういうこと? 私の記憶じゃないの?」


 慌ててサフィーアに聞く。


「メノウよ。ここまで来る間に、他の人間は存在したか? この世界は、妾が魔法を使って心と心を繋げているのじゃ。妾が連れてこない限り、心の中には他人は存在せん!」


「それじゃあ目の前にいるのは一体誰?」


「正直わからん……。ただ、異常事態なのは確かじゃ!」


 険しい顔をしたサフィーアとはうって変わって、


「ねぇ瑪瑙? さっきからその小さな女の子は何を言っているの? 外人さん?」


 幼馴染はぼーっとしているのか、今の状況をわかっていないようだった。

 ストンと席に座り直し、頬杖をついてため息をつく。


「はぁ。変な夢……。瑪瑙が出て来てくれたことは嬉しいけど、全く知らない女の子が出てくるって何よ? って! 私裸?!」


 慌てて体を隠す幼馴染。


「ねぇサフィーア。本物か偽物かって知る方法はある?」


 サフィーアの態度に、流石の私も素直に喜べなくて、警戒してしまう。


「妾がメノウにしたように、額を合わせればわかるが……」


「わかった。ちょっと私、お話ししてみるね? それで危険がないか判断しよう」


「瑪瑙、危なくない?」


 リステルが心配そうに私を見る。


「悪意みたいなのは感じない」


 ハルルは落ち着いてそう言う。


「ちゃんと確かめたいから……」


 私はそう言って前に出て、ゆっくり幼馴染に近づく。

 必死に裸を隠そうと、自分を抱きしめるようにしている幼馴染に、ブレザーの上を渡し、


「久しぶり。元気してた? どうしてここにいるのかわかる?」


 私は笑顔で話しかけた。


「あっありがとう……。何で私裸なんだろう?」


 そう言って私からブレザーを受け取り、羽織る。

 他に着る物なんて持ってきてないからそれだけで許してね……。


「ここって私の夢でしょ? 明晰夢って言うんだっけ?」


 そう言って、大きなため息をついて、


「元気なわけないじゃない……。瑪瑙が行方不明になって、もう数か月経つんだよ? 瑪瑙一体どこにいるのよ……?」


 涙を浮かべて私に話しかける幼馴染。


「ここは夢の中じゃないよ。今、私は異世界にいるの」


「……異世界って、ラノベじゃないんだから。……でも、瑪瑙がいなくなった時に起こった現象って、ほんとにラノベとかアニメみたいだったよね。それと、夢じゃないならここはどこ?」


 苦笑しながらも話を聞いてくれているようだけども、夢だと信じきってしまっているようだ。


「私の心の中。その中に何故かあなたがいるのよ」


「……ごめん。良くわからない」


 そりゃそうよね。

 いきなりあなたは心の中にいるなんて言われても、私も良くわからないって答えると思う。


「とりあえず、それは一旦置いといて。私がいなくなった後って、どうなったの?」


「一時はニュースにもなったよ。謎の現象に、少女一人行方不明。すぐそばにあったコンビニの監視カメラに、一部始終が映ってた。ネットじゃ異世界に召喚されたんじゃないかってすっごい騒ぎになってる。それで、瑪瑙が落ちて消えた場所を、工事で掘ったりして捜索活動は行われたよ? 今はもうニュースで取り上げられることもないけど」


 映像に残ってるのね……。

 と言うか、ネットの人達大正解だよね。


「瑪瑙の両親もそうだけど、幼馴染の私にもマスコミの取材とか殺到して、あれは正直しんどかった。行方不明になって落ち込んでる時に、お構いなしに来るんだもん。ほんと嫌になっちゃった」


 そう言ってしかめっ面をする。


「お父さんとお母さんは、どうしてるの? 心配してるよね?」


「心配してるどころじゃないよ!」


 眉をキッと吊り上げて、声を荒げる幼馴染。


「酷く落ち込んでる。あれを見て大丈夫だなんて思わない!」


 別に気軽に聞いたつもりじゃない。

 でも、実際にその様子を見ているだろう幼馴染の態度で、お父さんとお母さんの状態が良くないのが、手に取るようにわかってしまった。

 私を不安と焦りが襲う。


「サフィーア。この子は私の幼馴染で間違いないと思う。見てもらっていい?」


 そう言って、未だに警戒をしているサフィーアに声をかける。


「……ふむ。わかった」


 幼馴染の傍まで来たサフィーアは、


「メノウの幼馴染とやら。すまんが額を合わせてくれんかの?」


 そう言って、青い髪をかき上げ、額を出す。

 その様子をみた幼馴染は、サフィーアの頭を撫でる。


「この子、?」


 そんな幼馴染の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。


「額を合わせてって言ったんだけど、サフィーアは日本語で喋ってるはずだけど……」


 私の言葉に、きょとんとした顔で私を見る。


「日本語じゃないよ? 英語でもないし。私何言ってるかさっぱりわからないんだけど? 瑪瑙は良くわかるね?」


「サフィーアは、喋ってる言葉ってわかるよね?」


「ん? いや? メノウの言葉はわかるが、この者の言葉はさっぱりわからんぞ?」


 え?

 どういう事?

 私はずっと今まで日本語で喋ってきた。

 文字は全然違ったけど、言葉は最初から通じたはず……。

 幼馴染もさっきからずっと日本語で喋っているのに通じていない?


「みんなは?! みんなは喋ってる言葉わからないのっ?!」


「私も瑪瑙の言葉しかわからないよ……?」


 リステルは困った顔をしていた。


「ハルルも全然わかんない」


 ハルルも首をかしげていた。

 私が慌てて聞いた様子を見て、口に指をあてながらルーリが話し出した。


「所々、瑪瑙って言ってるのは聞き取れたわ。それ以外はさっぱりわからない。聞いたこともない言葉ね。私達と喋る言葉と、その幼馴染さんと喋る言葉が同じなのが、さっきからおかしいと思ってたんだけど。もしかして瑪瑙って、私達の世界の言葉を喋ってないんじゃないのかしら……」


 ルーリのその言葉に眩暈を覚える。

 今まで疑問にも思わなかったことが、急におかしなことだとわかって、私は座り込んでしまう。


「「「瑪瑙!」」」


「瑪瑙お姉ちゃん!」


「メノウ! 大丈夫か?」


 そんな私を見て、みんなが駆け寄ってくる。

 いよいよ自分が何なのかが、わからなくなってきた……。

 私は一体どうなっているの?


 ……。

 それは、後だ。

 後で考えよう。

 今は目の前にいる幼馴染の事を優先しよう。

 ぐっと気合を入れて、立ち上がる。


「ごめん大丈夫。それより、今はサフィーアと額を合わせて?」


 そう言って、さっきの続きをしてもらう。


「う、うん。わかった」


 髪をかき上げ、サフィーアと額を合わせる。

 しばらくした後、ゆっくりと離れたサフィーアが、


「どうやら本人の心で間違いないようじゃ。ただ、この者も今は眠っておるみたいじゃがな」


 難しい顔で言う。


「サフィーアが、あなたが寝てるって言ってるけど、今そっちは夜なの?」


「ん? お昼だけど?」


「学校は?」


「今日は日曜日だもん。お昼ご飯食べた後、宿題しようと思って自分の部屋にいたら、すっごく眠くなって、ベッドで昼寝したの」


 確か私達がサフィーアの寝室で、魔法をかけてもらった時間もそれぐらいだったはず。

 時間の流れは、ほぼ一緒なのかな?


「この者はなんて言っておるのじゃ?」


「えっと、今日は学校が休みの日だから、家で勉強をしようとして自室にいたら、眠くなってお昼寝したんだって」


「ふむ。この者とメノウは、どこかで繋がっておるのかもしれんな……。そうでないと、メノウの心の中に入り込むことはできないはずじゃ」


 サフィーアの言葉に少し嬉しく思うが、それと同時に強烈な寂しさを感じてしまう。


「何か、夢じゃないって信じてもらう方法ってないのかな……」


「ん? あるぞ?」


 あっさりと答えるサフィーア。


「あるのっ?!」


「うむ。ちょうど話そうと思っていたのじゃ。ただな、痛みを伴うのじゃ」


 その方法は、心の状態である目の前の幼馴染に、傷をつけると言う方法らしい。

 心と体は繋がっていて、魔法で傷をつけると、現実の体にも傷が浮かび上がるとの事。

 私のように無意識下で無理をしている場合は、その限りでは無いらしいのだけど。

 それを利用し、背中にメッセージを刻めばいいと、サフィーアは言う。


「それをすると、一生傷が残っちゃうんじゃ?」


「いや、癒えるぞ。傷の程度にもよるが、二~三日で癒える程度にすれば十分じゃ。心につけた傷も癒える」


「ねぇ? 難しい顔をしてるけど、その女の子とさっきから何を喋っているの?」


 幼馴染が口を尖らせて聞いてくる。


「えっとね。これが夢じゃないってことを、あなたに知らせる方法を教えてもらっていたんだよ」


「そんなことができるの? ならやってみてよ?」


 寂しそうな笑顔を浮かべて私に言う。


「でもその代わり、痛いんだって。背中に傷をつけるから、しばらく傷も残ることになるよ?」


「これが夢じゃないってわかるんだったら、何でも良いよ……。何なら一生消えない傷でもいいよ?」


 あまり真剣には考えていないようだ。

 夢だと思い込んでるのなら仕方ないことなのかな?


「……わかった。サフィーアお願い。傷をつけていいって」


「よし。リステル、ルーリ。すまんがこの者を押さえてやってくれ。メノウよ、今この心の世界で魔法を使えるのは妾しかおらん。メノウの指先に魔法をかけるから、自分で文字を刻むのじゃ」


「「「わかった」」」


 そう言うと、リステルとルーリは幼馴染のそばによる。

 二人がそばに来たことに驚いたようで、


「わっ? なになに? 私はどうしたらいいの?」


 動揺して私を見る。


「とりあえず、ブレザーを脱いで私に背中を見せて? それから、痛むからその二人にしがみついて我慢してね?」


「う、うん。よろしくお願いします……。裸みられるのすっごい恥ずかしいっ!」


 そう言って、ブレザーを脱いで机に置き、私に背中を向けて、リステルとルーリにしがみ付いた。


「二人とも、よろしくお願いしますだって」


「わかった」


「任せて」


 二人はそう言って、ぎゅっとしがみついている幼馴染の頭を撫でる。


「ではメノウ。指を出すんじゃ」


 言われた通り、右手を広げて出す。

 サフィーアは私の人差し指を握ると詠唱を始める。


「心に刻み、言の葉を伝え届けよ。は呪詛にあらず。祝言しゅげんなり。スカー・グランディディエライト」


 そして、私の人差し指が青色に輝いた。


「その指先で文字を刻むのじゃ」


「ありがとうサフィーア。いくよ?」


「う、うん!」


 そっと背中に指先を近づける。

 すると、ガラスに傷をつけるように、背中に傷がついていく。

 血は出ないようだ。


「っつー! ホントに痛い! 何か尖ったもので引っかかれてるみたい!」


 そう言って、リステルとルーリにしがみつく幼馴染。


「ごめんね。ちょっとだけ我慢してね……」


 痛い思いをさせていることに罪悪感を覚えつつ、それでも文字を刻む。

 これが最後かもしれなかった。

 次にまた、心の中だったとしても、会えるかどうかわからない。

 せめて幼馴染と私の両親に、言葉を残したい。

 そう思って必死に文字を刻む。

 どうか。

 どうか届きますように。

 そう祈りを込めて。


「終わったよ」


 私は終わったことを告げる。

 すると、幼馴染の体が透けだした。


「え? 何で透けてるの?」


「瑪瑙何言って……。うわっ! ホントだ! 私透けてる?!」


「メノウ落ち着くのじゃ。恐らく眠りから覚めかけているのじゃ。背中に文字を刻んだことで起きた痛みのせいでな」


 サフィーアにそう言われて、私は途端に胸が苦しくなった。

 不安そうにこっちを見ている幼馴染に抱き着いて、


「私、帰る事諦めないからね! どれだけ時間がかかっても、絶対元の世界に戻るから! だから待ってて!」


 涙を流しながら、私は必死に伝える。

 徐々に消えていく幼馴染も私を抱きしめ返してくれて、


「わかった。待ってるよ。これが夢じゃなきゃいいんだけど……」


 涙を流しながら頷いてくれる。


「背中に刻んだのは、お父さんとお母さんとあなたに宛てた手紙だから!」


 ゆっくり消えていく幼馴染。


「いつか、元の世界で会いましょう……」


 そして完全に消えてしまう。


「真珠……ううっ」


 幼馴染の名前を呼び、項垂れ、嗚咽が漏れる。


「大丈夫。ちゃん届くわ」


 ルーリが私を起こして、抱きしめてくれる。

 ハルルが後ろから抱き着いてくる。


「瑪瑙お姉ちゃん。頑張ろうね……」


 ハルルの声は寂しそうだった。


「ちょっとー! 私も瑪瑙を抱きしめたいんだけど!」


 リステルが頬を膨らませて抗議している。


「はいはい。半分こしましょ?」


 そう言ってルーリが隙間を空けると、そこにするりとリステルが入ってきて、私を抱きしめてくる。


「やっぱり嫉妬しちゃうよ……」


 そう言うリステル。


「……ごめんなさい」


 私はそれしか言葉にできず、只々強く抱きしめるのだった。


「では、そろそろ魔法を解くぞ」


 そう言うサフィーアの言葉を聞き、私達は寄り添うように意識を手放すのであった。




 目を覚ますと、私の体はホコホコ温かく、心地が良かった。

 サフィーアの寝室だ。

 さっきまでいた世界が夢だったかのように、私はまだ異世界にいる。


「なんだか寝てたのに、凄く疲れちゃった……」


 私はぼそっと口にする。

 心配事も増えたけど、私自身の事も、わからないことが増えてしまった。


「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?」


 ハルルも起きていたのか、心配そうに聞いてくる。


「うん、大丈夫だよ。色々わからないことが増えちゃったけどね」


「むー……。確かにわからないことだらけじゃの。お前さんは一体何者なんじゃろうな?」


 私の上でうつ伏せになっているサフィーアが言う。

 少し調子が悪そうなのは気のせいだろうか?


「サフィーア大丈夫? なんだか具合が悪そうだけど」


「うむ。どうも魔力の消耗が酷いようじゃの。恐らく、メノウの幼馴染を引き込んだのは妾の魔法じゃろう」


 気だるげに私の上から起き上がり、私のお腹の上に座るサフィーア。


「長時間私の心の中にいて、さらに魔法も使ったからじゃないの?」


「いや、この魔法は心の中に入る時に魔力を少し使うが、維持にはそれほどかからん。傷をつけた魔法も、軽く傷をつける程度なら、全く消耗せん。恐らく無理やり心を巻き込む形で、引きずり込んだのが原因じゃろう。抵抗されるとその分、魔力を消耗するからの」


 そう言ってサフィーアは、ベッドから降りて服を着る。


「瑪瑙は体何ともない?」


 リステルはそう言って体を起こし、私の左胸を見る。


「うん。何ともないよ? そう言えば、だるさも感じないね」


 私も自分の体を確認する。

 流石に現実の体にヒビは入っていなかった。


「瑪瑙について、わからないことが増えちゃったわね。言葉なんて全然疑問に思わなかったわ……」


 ルーリも体を起こしながら言う。


「私も考えたことなかったよ。……ハルル? 服を着たいからそろそろ離れて?」


 さっきから起き上がろうとしているんだけど、ハルルが抱き着いて離れてくれないせいで、起き上がれない。

 私がそう言うと、ハルルは私のお腹に座り、抱きしめ直してくる。


「いっ!!」


 ガブっと肩を思いっきり噛まれてしまった。


 あまりの痛さに息が詰まる。

 そういえば、前も容赦なく噛みついてきたこと、あったっけ?

 あの時は、私が元の世界にいる友達の話をした時だ。

 ハルルを嫉妬させちゃったんだろう。

 噛みついたまま、なかなか離れてくれないハルルの頭を、私はそっと撫でる。

 なんて言葉をかけてあげたらいいか、わからなかった。


「あー。メノウの肩に歯形が残ってたのはそう言う事か。ハルルよ。それくらいにしておいてやれ」


「ん!」


 そう返事をして、チロチロと噛んだところを舐めるハルル。

 だからそれはダメだって!


「瑪瑙お姉ちゃんごめんなさい。また血が出ちゃった」


「いいよ。私こそ嫉妬させてごめんね?」


 思い切りぎゅっとハルルを抱きしめる。


「んー! えへへ」


 私の腕の中で幸せそうに笑うハルル。


「それでは客室に戻るとするかの。他の者を待たせっぱなしじゃ」


 私も服を着直して、みんなと一緒に寝室を出る。

 窓から、茜色に染まる空が見えた。

 結構な時間、私達は心の中にいたようだ。


 客室に戻ると、


「ずいぶん時間がかかりましたね?」


 と、楽しそうにみんなと談笑していたコルトさんが話しかけてくる。


「皆さんお待たせしてごめんなさい。少し立て込んだ話をしていたので、遅くなってしまいました」


 私は頭を下げる。


「いや、気にするな。こっちはこっちで、楽しく話をしていたところだ」


 シルヴァさんが笑顔で返してくれる。

 ……その横でクルタさんが自分のお尻をさすって涙目になっているのは、見なかったことにしておこう。


「ちゃんと話はできたのー?」


 相変わらずのほほ~んとした口調で話しかけてくるカルハさん。


「うむ。少しばかり大変じゃったがな。お前さん達は御者に護衛役じゃったな。急で悪いのじゃが、明日、テインハレスに向かってもらいたいのじゃが、かまわんかの?」


「私共は問題ありませんが、急ですね? 理由をお聞きしても良いでしょうか?」


 ハウエルさんが質問をする。


「うむ。妾がメノウ達と共に旅をすると言う報告をしたいのでな」


「勝手にそんなことを決めても良いんですか?」


 サフィーアの言葉に、驚いた様子のカチエルさん。


「それは問題ない。今の役目は元々スピルネに引き継いでいる最中だったのだ。今回の誘拐事件があったから、妾が動いていたが。もうすぐテインハレスで隠居生活を送ることになっておった」


「では、この事件が解決したからお役御免と言う事ですか?」


 ラウラさんの言葉に、


「そう言う事じゃ。折角メノウ達と知り合えたのじゃ。唯でさえ、宝石族ジュエリーはテインハレスかタルフリーンにしかおらんからの。妾もこう見えて世間知らずなのじゃ。だからこの機会に旅をして、見聞を広めようと思っておる」


「おースピルネさんが、サフィーアさんの後を継ぐんですね。エメラはどうするんですか?」


「私はスピルネの補佐をするっす! 今回みたいな事件を起こさないように頑張りたいっすね!」


 楽しそうに話をするクルタさんとエメラーダさん。


「もし何かあったら、クルタに助けてもらうっす!」


「いやいやいや。フルールからここまでかなりの距離あるから、おいそれとはこれないっすよ! 後私は、リステル様達みたいに強くないっすから……あだだだだ! ハウエルごめんなさい!」


 まーたクルタさんお尻つねられてる。

 その様子を見てみんなが笑顔になっている。


「お嬢様達はこの話をしていたわけですね?」


 コルトさんの言葉に、


「うん。そう言う事! まぁ他にも色々話をしたけどね?」


 ニコっと笑顔で答えるリステル。

 それから私達は、サフィーアのお屋敷でお夕飯をいただいて、宿に戻るのだった。



 夜、寝室で寝る準備をしていると、リステルとルーリに抱きかかえられて、ベッドに放り投げられた。


「ちょっとー! 何するのっ?」


 痛くはないけど、びっくりするよ!

 体を起こそうとすると、二人がかりで押し倒され、暴れられないように、がっちり手と足を抑え込まれた。

 ハルルはそんな私の頭のすぐ横に、座っている。


「ねぇ瑪瑙? あの子とはどんな関係なの? あの子が幼馴染?」


 そう言うリステルの目が怪しく輝く。


「そうだよ。あの子が幼馴染。私がこの世界に来る直前まで一緒にいた子だよ」


 リステルの私の腕を押さえつける力が強くなった。

 少し痛い。


「えっとね。赤ちゃんの時から一緒にいたんだって。両親同士が学生の時からずっと仲良しで、結婚してからも、仲良くってね? 家族ぐるみでずっと一緒に育ったんだ。私がこの世界に来る直前も、一緒に叔母さんの喫茶店でランチしてて。そばにいるのが当たり前みたいな存在かな?」


 誤魔化さないでちゃんと答える。

 ハルルは寂しそうに私の話を聞いていた。


「……そっかぁ。赤ちゃんの時から一緒に育ったのね。それじゃあ敵わないわ」


 ルーリがため息をつく。


「むぅ悔しいなー! 私達の知らない瑪瑙を知っているのって羨ましい!」


 リステルが口を尖らせて言う。


「でも、あの子が知らない私を、リステルとルーリとハルルは知ってるんだよ? 出会ってまだそんなに長い月日は経ってないけど、みんなは私にとって、かけがえのない存在だよ!」


 私は笑顔で言う。


「もう! そういうことを言われると、ますます瑪瑙から離れづらくなっちゃうじゃない!」


 ルーリが私に覆いかぶさり、リステルも一緒に私にのしかかってきた。


「どーん」


 そう言って、ハルルがその上にダイブしてきた。


「「「きゃー!」」」


 そう言って、みんなでじゃれ合いながら、夜は更けていった。

 寂しさを埋め合うように。




 ――???――


 会いたい人の夢を見た。

 目の前でいなくなって、もう数か月。

 何度夢に見た事か。

 でも、目が覚めるたびに、待っている現実に絶望する。


「今日の夢はなんだかはっきり覚えてるなー……」


 ぼーっと独り言を言う。


 それにしても変な夢だった。

 私は裸だったし、知らない女の子達を引き連れて、あの子が学校の教室に来たのも驚いた。

 あの子は異世界にいると言っていた。

 私は何度もその可能性を考えた。

 でも流石に荒唐無稽すぎて、すぐにその考えを捨てていた。

 それでもきっと、変な夢を見たのは、私が心のどこかで、そう信じているからじゃないのだろうか?


 おじさんとおばさんは、捜索届はとっくに出している。

 いなくなった場所を掘り返して、生き埋めになっていないかの捜査もされた。

 幸いなことに、遺体が見つかることは無かったが。


「ホントどこにいるのよ……」


 ベッドから起き上がり、窓を見る。

 空は茜色に染まっていた。

 どうやら結構長い時間昼寝をしていたようだ。


 雫がぽたぽたと落ちて、布団を濡らす。

 あの子の夢を見るといつもこうだ。


「会いたいよう……。寂しいよう……」


 ずっと一緒にいたのだ。

 それこそ、記憶がない赤ちゃんの頃から一緒に。

 それがある日、目の前からいなくなってしまったのだ。

 私にとっての日常は、あの日突然に終わってしまった。

 そして、あの子がいない非日常が突然に始まってしまった。


 立ち上がり、椅子に座る。


 背もたれにもたれかかった時に、それは起こった。


「痛っ!」


 背中がヒリヒリする。

 慌てて背もたれから体を起こす。

 すぐ治まるだろうと思っていたけど、痛みはじくじくと続き、治まる気配がない。


「そう言えば、背中に手紙を刻むとか何とか言ってたっけ……?」


 その言葉を思い出した途端、私の心臓の鼓動が早くなった。

 服に手を突っ込んで、背中を撫でてみる。


「……うそ?!」


 ざらざらとした感触と、触れた場所がしみるように痛みが増す。

 さらに鼓動が早くなる。

 呼吸も早くなる。


 私は慌てて上着を全部脱ぎ、上半身裸になって、スタンドミラーの前に後ろ向きで立つ。

 首を曲げてスタンドミラーを覗く。


 私の背中に、文字が刻んであった。


「あれは夢じゃなかったんだ……」


 背中に刻まれた文字を、何とか読む。

 鏡に映しているせいで、鏡文字になっていて読みづらかったが、気合で読む。

 ほとんど平仮名で書かれているので何とか読めた。


 涙が溢れてくる。


 これは夢じゃない!

 あの子が私に託した手紙だ!


 私は何冊か漫画やラノベを鞄に詰めて、おばさんにスマフォで連絡を取る。


「もしもし。おじさんって今いますか? います? 今からお家に行ってもいいですか? わかってますよ。大事なお話があるんです。はい。ありがとうございます。今からすぐに向かいますね」


 もしかすると、頭がおかしくなったと思われるかもしれない。

 それでも私は託されたんだ!

 だから伝えるんだ!


 急いで着替える。

 どうせ向こうで上着を脱ぐことになるんだ。

 ラフな格好で良い。

 ……おじさんに見られるのは、ちょっと……いや、だいぶん恥ずかしいけど!

 着替えて鞄を持って家を飛び出して、自転車をこぐ。

 近所だけど少しでも早く伝えたい!


 インターホンをならし、玄関を開けてもらい、急いで家に上がる。

 やつれた顔のおばさんが出迎えてくれる。


「どうしたの急に? 酷く焦ってる感じだけど……」


「おばさんとおじさんに見てもらいたいものがあります!」


 そう言ってリビングに行き、二人の前で背中を向いて上着を脱ぐ。

 一応おじさんには、良いって言うまでこっちを向かないでと言ってある。


「!! これは……文字? どうしてこんなものが……。それにこの文章は……」


 私は今日起こったことを説明する。

 夢だと思っていたことが、実は夢ではなかったこと。

 理由はわからないが、私が心の中にいたらしい事。

 そして、背中に刻まれた手紙を託されたこと。


「異世界って一体なんだ? 日本にはいないってことか?」


 おじさんが疑問の声をあげる。

 やっぱり二人は、そう言う話はあまり知らないようだ。


「鞄の中に、異世界転移が題材の漫画とラノベが入っています。とりあえず読んでみてください」


 そう。

 私が鞄に入れてきたのは、「主人公が異世界に転移する」本だ。

 何なら、タブレットでアニメを見せたって良い。

 間違っても転生系を見せてはダメだろう。


「こんなことが、あの子の身に起こったことなの?」


「異世界にいるってハッキリ言ってました」


「確かに、背中にも『いせかい』と書いてあったな……」


「あの子は生きてます。この世界に戻ってくることも諦めていません! だから、待っていてあげてください! きっと戻ってきます! だから元気を出して! あの子が戻ってくる場所をしっかり残しておいてください! 次があるかわかりませんが、もしまた会うことがあったら、必ず教えに来ます!」


「ありがとう……。ありがとう! あなたも落ち込み過ぎないようにね? 背中にはあなたのことも書かれていたんですからね?」


「もちろんです! 私も元気を出します!」


 生気が戻ったように、笑顔を見せてくれる二人。

 それにホッとした私は、家を出る。


 私は自転車をこぎながら心の中で叫ぶ。


 託された言葉は確かに伝えたよ!


 瑪瑙!!

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