ひび割れた心
「
サフィーアの言葉に私はきょとんとする。
んーと。
私が壊れる?
言っていることが良くわからなかった。
「どういうこと?」
「心が壊れてしまうという事じゃ」
「壊れるとどうなるの?」
「物言わぬ人形のようになってしまうのう」
やっぱり良くわからない。
ただ、自分が良くない状態にあることは、何となくだけどわかった。
「そんなに悪い状態なの?」
「うむ。酷いの。そこまで悪いと、普通はどこかしら体調を崩すもんなんじゃがな……」
「あんまり良くわからないんだけど」
「じゃろうな。まぁじゃから寝室に連れてきたのじゃよ。メノウの心の状態を直接見せた方が早いからのう」
「私が私の心を見るの?」
「そうじゃ。妾の使う宝石魔法の一つに、心の中に他人の心を送り込むことができるものがあるのじゃ。んー。言葉で説明するより、実際にしてみる方が早いじゃろう」
「それってサフィーアだけ? リステルとかも一緒は無理?」
「ん? 可能じゃが、見られても良いのか? 心の景色も見られることになるぞ?」
「むしろ、見ておいて欲しいかな? 後、隠し事はしたくないから」
「ふむ。わかった。呼ぶのはリステル、ルーリ、ハルルと、コルト達もか?」
「あ、リステルとルーリとハルルだけでいいよ」
「少々待っておれ」
そう言って目を瞑る。
恐らく
しばらくすると、コンコンっと扉がノックされて、
「失礼します。どうぞ中へ」
そう言って、スピルネさんが、部屋の中に三人を連れてきた。
「呼ばれてきたんだけど、……瑪瑙何かあった?」
心配そうに私の顔を覗き込むリステルとルーリ。
「瑪瑙お姉ちゃんまた泣いたでしょ」
そう言って私の胸に飛び込んでくるハルル。
ハルルを受け止めて、頭を撫でる。
私は軽く事情を説明する。
サフィーアが私が異世界から来たことに感づいていたこと。
私の心の状態が、酷く悪いこと。
今からサフィーアが、私の心の中に潜るという事。
私が、みんなにも見て欲しいとお願いして、三人を呼んでもらったこと。
「……サフィーア。本当にそんなに状態が良くないの?」
ルーリが辛そうな顔をして聞く。
「正直酷いの。まぁ言葉で説明するより、見た方が早い。そんなわけで、皆ベッドに横になるのじゃ」
そう言われて、私達はベッドに横になる。
「メノウは服を脱いでくれ」
そう言って、サフィーアは自分の服を脱ぎ始めた。
「「「……え?」」」
間の抜けた声が三つ重なった。
私達は言われたことに驚いて、横になっていた体を一斉に起こした。
「全部脱ぐ? ハルル達は?」
ハルルちゃんは私のブラウスのボタンをポチポチ外しながら、サフィーアに聞いていた。
いやいやいやいや。
何してるのハルルちゃん?
「ん? 上半身だけで良いぞ? 脱ぎたいなら全部脱いでも良いが……。 脱がすのはメノウだけで良いぞ。ペンダントはつけたままでな」
「んー」
そう言って手際よく、私の服を脱がせていくハルルちゃん。
サフィーアはもう裸になっていた。
私はサフィーアの胸元を見て驚いた。
そこにはこぶし大の大きな五角形をした青く煌めく宝石が、埋め込まれるように存在していた。
あれがさっき話していた、サファイアなのだろうか?
っと、思って呆然と見ていたのは良いんだけど、私はハルルの手によって、上半身裸にされていた……。
「さて。始めるとするかのう」
そう言って、私の上に、にじり寄ってくるサフィーア。
「とりあえず、メノウは腕を広げて、横になるのじゃ。ハルル達はそこに頭を乗せて、常に体の一部がメノウに触れているようにするのじゃ」
そうは言うけど、これすっごい恥ずかしいんですけど!
ハルルに抱きつかれ、無理やり寝かせられる私。
むー。
皆を呼んでもらったのは私だ。
大人しく言う事を聞こう。
私は横に腕を広げると、嬉しそうにすり寄ってくるハルル。
ルーリはハルルの後ろから抱きしめるように、リステルは私の腰に手を差し込み、密着するように抱きしめてきた。
サフィーアは私の上で、私の胸とサフィーアの胸元にある宝石を合わせるようにして、うつ伏せになり、私の首に腕を回す。
「重いかもしれんが、我慢してくれ」
サフィーアは小さいからそこまで重くはない。
それよりも、裸で抱きしめられるのが一番恥ずかしいです。
「では始めよう」
「青く光り輝く水よ、我が心を導け。彼の者の深層への波路を導き給えや。レゾナンス・アクアマリン」
詠唱が終わると、サフィーアの胸元の宝石が、淡い青色の光を発した。
そして、私の意識はそこでブツンと途切れるのだった。
「瑪瑙! 瑪瑙!」
体を揺すられて、目を覚ます。
気が付くと、私はさっきまでいた場所とは違う所にいた。
天井には丸い蛍光灯……。
蛍光灯?!
ガバっと体を起こす。
でも、酷く体がだるくて、またすぐに倒れる。
「大丈夫? 瑪瑙」
心配そうに私の顔を覗く、リステル達。
「ここはどこ? さっきまでサフィーアの寝室にいたはずだけど……」
「メノウの心の中じゃよ。お前さんは見覚えがあるはずじゃ」
ゆっくりと体を起こす。
私はベッドに横になっていたらしい。
部屋を見渡してみる。
そこは、元の世界にある私の部屋だった。
本棚にはぎっしり本が詰まっていて、その上には、私の大好きな可愛い動物のぬいぐるみが置かれている。
子供の頃から使ってきた机。
そこには真っ白な本二冊と、ペンケースが置かれていた。
部屋の真ん中にはガラスのテーブルが置いてあって、その上には買ってもらったノートパソコンが置いてある。
壁には、私が通っている学校の制服がハンガーで吊るされている。
頭がクラクラした。
呼吸も早くなる。
苦しい……。
私の部屋!
私の家!
私の世界!!
帰ってきた? 帰ってきた? 帰ってきた?
ピシッ
「む。いかん! メノウ落ち着くのじゃっ!」
「瑪瑙落ち着いて! ここは、瑪瑙の心の中だよ! 元の世界じゃないんだよっ!」
私の視界を塞ぐようにリステルに抱きしめられた。
「瑪瑙ゆっくり呼吸して?」
横からルーリにも抱きしめられて、そう言われる。
「瑪瑙お姉ちゃん!」
そう言ってハルルも私に抱き着いてくる。
「……心の中? 元の世界じゃない……?」
ピシッ
パキン
そんな音が聞こえた。
「瑪瑙お姉ちゃんの体のヒビがっ!」
目の前に見えるものが現実ではなくて、未だ手の届かないもだと思い知らされて、堪えていたものが決壊した。
「っうう。……っく。ひっく。うわああああああああああああん」
我慢することもできず、私は泣き叫んだ。
私が泣き止むまで、みんなは私を抱きしめてくれていた。
ゆっくり深呼吸をする。
「……すまん。妾が浅はかじゃった。こんなになるまで、必死に堪えていたとは、思い至らなかった。メノウがリステル達を呼んでいなかったら、もっと悲惨なことになっていたじゃろう……」
そう言って、サフィーアは私の背中に頬をつける。
少し落ち着いてきた。
「ぐすっ。大丈夫。ごめんね? ほんと恥ずかしいところばかり見せちゃうね」
「ううん。瑪瑙がいっぱい我慢して、辛い思いをしているのは私達はちゃんと知ってるからね。甘えてって約束したでしょ?」
リステルが抱きしめる力を強めて、やわらかい胸の感触に顔を埋める。
「うん。みんなありがと……う?」
ん?
柔らかい?
もぞもぞと顔を動かす。
「瑪瑙くすぐったいよ?」
そう言って少し離れて立っていたのは、一糸纏わぬリステルさんだった。
「へ? リステルなんで裸?」
リステルだけじゃなかった。
私もなーんにも着ていなかった!
確か脱がされたのは上半身だけなんだけどなー?!
良く見ると、ルーリさんもハルルちゃんも何にも身に着けていなかった。
いやまぁほぼ毎日一緒に誰かとシャワー入ってたから、見慣れてるっちゃ見慣れてるんだけど!
私の部屋で、みんなが裸でいるって、なんだか変な気分になってくる!
「そりゃー妾達の心をメノウの心に潜り込ませておるわけじゃからな、心は服なんて着ておらんぞ。そう言うものだと思って諦めるんじゃな」
そういうサフィーアさんも素っ裸だった。
見事に堂々としていらっしゃる。
「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?」
心配そうにハルルが私の手を握る。
「んー。あんまり大丈夫じゃないかも? いろんな意味で」
まぁ私だけ全裸じゃないから、いいかな?
いや、良くないわよ!
「瑪瑙、体は大丈夫なの?」
リステルが私に言う。
「そう言えば、体が酷く重だるい感じがする……」
「違うっ! もっと自分の体をよく見てっ!」
ルーリが大きな声で言う。
自分の体?
私は重だるい体を何とか起こして、スタンドミラーの前に立つ。
自分の裸を見ることになるけど我慢する。
……。
「なに……これっ?!」
鏡に映された私の姿は、左胸を中心に、大きなヒビが体中に広がっていた。
「それがメノウの心の状態じゃよ。わかったかの? 妾が酷いと言った意味が」
「これって治せるの?」
「普通なら治せる――が、メノウは無理じゃろうな」
その言葉に私はへたり込む。
恐怖を感じると共に、体の重だるさも酷くなった。
「サフィーア! 瑪瑙は無理ってどういうことっ?」
必死の形相でサフィーアに詰め寄るルーリ。
ハルルは私の後ろに座り、私のお腹に手を回し、ギュっと抱きしめてくる。
「普通ならここまでの状態には中々ならん。なっても穏やかに静養することで、心は徐々に回復する。じゃがメノウは、元の世界の帰り方を探しておるのじゃろう? 今いる世界では精神を擦り減らすだけじゃ」
「そんな……、壊れるのを待つしかないの……?」
ルーリが膝をつき、項垂れる。
「メノウ。お前さん今、体が酷くだるいと言っておったじゃろ? 普通はそれを、生身の体で感じていないとおかしいのじゃ。それだけ、必死なんじゃろう」
「私はもうすぐ壊れちゃうの?」
「いや、治すことはできぬが、進行を止める事ならできる」
「「「「ほんとっ?!」」」」
私達がサフィーアに詰め寄る。
「おぉ?! うっうむ。できるにはできるのじゃがな、大きな心のダメージは止めることは出来ん」
「それでも瑪瑙お姉ちゃんが壊れなくて済むのなら!」
「どうすればいいの?」
「私達に何かできることはあるかしら?」
みんなが必死に聞き出そうとしてくれている。
それが嬉しかった。
「妾が持っているペンダントをメノウがつける事で、心への負担を軽くすることができる」
「それだけでいいの?」
私は首をかしげて聞き返す。
「いや。それだけでは不十分じゃ。妾がメノウに定期的に、精神を安定させる魔法をかけることで、進行を防ぐことができる」
「定期的……」
その言葉に私達は暗い顔をする。
「私達は一度フルールに戻った後、オルケストゥーラ王国へ旅に行くことを考えているの。だからタルフリーンには簡単には戻ってこれないわ……」
ルーリが説明する。
「オルケストゥーラとは、また遠いところへ行くのじゃのう……。お前さん達が良ければ、妾もついて行こう」
大したことでは無いように、さらっと言った。
「そんな簡単に言うけど、いつ帰ってくるかわからないんだよ? もし、そこで瑪瑙が元の世界に戻る方法がなかったら、さらに別の場所で探すつもりもしてるんだからね?」
リステルが言う。
「それぐらいわかっておるぞ。わかってて言っておる」
「どうしてそこまでするの?」
ハルルが首をかしげて聞く。
「んー。ハルルはどうして、メノウと一緒にいるんじゃ?」
「瑪瑙お姉ちゃん達が大好きだから!」
ハルルは胸を張って言う。
「妾もじゃよ。メノウの事もそうじゃがの……」
そう言ってサフィーアは、ハルルをぎゅっと抱きしめる。
「ハルル達の事を好きになってしまったからじゃよ。お前さん達は温かい。一緒にいたいと思ってしまうのじゃ……」
「でも、サフィーアは、タルフリーンの
サフィーアは確か、タルフリーンでの
「元々この役目は、百年したら交代をする決まりだったのじゃ。妾はもう交代することになっておった。交代した後は、テインハレスでの隠居生活が待っておる。何もないならそれで良かったんじゃがな。お前さん達と一緒に旅ができるのなら、それもまた楽しいだろうと思ってしまっての」
照れたように頬を赤くしながら、話すサフィーア。
「でもどうして百年で交代なの? 引継ぎとか大変じゃない?」
リステルが聞く。
「うむ。続けようと思えば、三百年くらいは裕に続けられるがの。長命種が長期間、街に関わってしまうと、権力のずれを起こしてしまうのじゃ。街の人間の支持などが集まって、街を治める領主より力が強くなってしまうことがある。それは妾ら
「もう次にサフィーアと変わる
「スピルネがその役目を継ぐことになっておる。今回、妾の命で色々行動しておったじゃろう? 引継ぎの一環だったのじゃよ。誘拐事件は流石に想定外の事じゃったがな」
「ここで勝手に決めちゃっていいの? 報告とかしないとダメなんじゃ?」
ルーリが心配そうに聞く。
「うむ。そこでお前さん達に一度テインハレスまでついて来て欲しいのじゃ。もちろんメノウの事は話さんよ」
「私、テインハレスに行って下手すると、気を失うかもってスピルネさんに言われてるんだよね……」
「そう言えば、そんな話もしていたのう。じゃがメノウを連れて行かんわけにはいかんしのう……」
むむむーと唸っているサフィーア。
ちょっと不安だけど、ここはみんなを頼ることにしよう。
「はい!」
私は元気よく手を上げる。
「どうしたの瑪瑙?」
リステルが首をかしげる。
「私が気を失ったら、私の事を任せていい?」
私はニコっと笑って言う。
「「「……」」」
「ぷっ! アハハハ! 瑪瑙にそんなこと言われたら、断れないじゃない!」
リステルが笑う。
そんなおかしなことを言ったかな?
ルーリが私をぎゅっと抱きしめてくれて、
「瑪瑙が望むなら。任せて」
優しい声で言ってくれる。
「ハルルも瑪瑙お姉ちゃんの面倒見る!」
ハルルも嬉しそうに私に飛びついてくる。
「では明日にでも、テインハレスに向かうとするかの。馬車での移動なら、半日もかからずテインハレスに行くことができるからの」
「さて、魔法を解くぞ?」
サフィーアがそう言うと、慌ててルーリが、
「ちょっちょっと待ってサフィーア! もうちょっとこのまま瑪瑙の心にいる事ってできる?」
「それは問題ないが、どうしたのじゃ?」
「瑪瑙の世界を少しでも見ておきたいんだけど……ダメ?」
私を上目遣いで見てくるルーリ。
んー?
私は別にいいんだけど、ここって私の心の中の景色なんだよね?
いわゆる心象風景ってものなのかな?
「今私の部屋だけど、これって部屋から出られるの?」
「ん? 出られるぞ。メノウの記憶している所までじゃがな」
そう言うわけで、私の心の世界探険が始まった。
最初は私の部屋の物色。
流石に本とかは、表紙も中も白紙だったけど、クローゼットの中の服とかを漁られた。
服は良いんだけど、下着もがっつり見られた。
「おー。綺麗」
そう言うハルルちゃんの手に広げられているのは、私のショーツ。
リステルとルーリは、私の服を漁って試着しだした。
って言うか、服って着られるのね。
「瑪瑙の持ってる服って、可愛いのじゃなくて、カッコいい系が多いんだね?」
そう言って、ジーンズを穿き、ブラウスを着て、ベストを羽織るリステル。
「でもこれは可愛いわよ? 少し大きめなのは、瑪瑙の好みかしら?」
そう言って、スカートを穿いて、パーカーを着ているルーリ。
この二人は容赦ないわね……。
「妾達が着れるようなものはないのう」
そう言って、未だに生まれたままの格好で、仁王立ちしているサフィーアさん。
「あー。ちょっと待ってね。ここに……」
ゴソゴソとクローゼットの収納箪笥を漁る。
確かここに、小さい頃に買ってもらった、お気にのワンピースをしまっていたはず。
捨てられなくて、しまっているのをはっきり覚えている。
記憶にちゃんとあるのなら、きっと……、
「おー。ちゃんとあった!」
一つは青色のワンピース。
もう一つは、白地に黄色い花の模様のワンピース。
それをサフィーアとハルルに渡す。
私は、ハンガーにかかっている制服にそでを通す。
「瑪瑙お姉ちゃん可愛い!」
私が通っている学校の制服は、紺色のブレザーに赤色のリボン、白のブラウスに、赤のチェック柄のスカートだ。
「ありがとうハルル。ハルルも花柄のワンピース似合ってるよ! 可愛い!」
「えへへー」
可愛らしい笑顔で、その場でクルンと一回転するハルル。
下着を穿いてないから、色々見えそうでドキドキする……。
「サフィーアも、髪の色と凄く合うね。綺麗! お嬢様みたい」
「こういう服を着るのは初めてで、新鮮じゃのう」
サフィーアも嬉しそうだ。
そして、そこからが忙しかった。
部屋に置いてあるもので、皆の世界にないものについて、片っ端から説明する羽目になった。
私が詳しく話せるものはまだ良かった。
ただ、ノートパソコンとか、エアコンの事について聞かれると、あまり答えられなかった。
流石に本物じゃないから、動かすことはできなかったし、そもそも細かな説明を私は出来ない。
そう言う装置としか考えたことが無かったからだ。
電気で動いていると言っても、電気をそもそもわかっていないようだった。
確かに皆の世界では、魔導具を使うのも、魔力石を動力として使っている。
その代わりのエネルギーとして、電気が使われていると説明すると、なるほど、と一応納得はしてくれた。
そして、私達は階段を下りて、玄関へ行く。
「ここで靴を脱いで、中に上がるんだよー」
「成程ね。瑪瑙がたまに玄関でブーツを脱ごうとしてたのって、こういう風習だったからなのね」
ルーリが感心したように言う。
玄関には私が通学で使っていた、茶色のローファーが置いてあった。
靴箱を開けてみると、私の愛用のブーツが三足あった。
流石に、お父さんとお母さんの靴までは覚えていないらしい。
「これって瑪瑙が初めて私達と会った時に履いてたブーツだね。履いてみて良い?」
リステルが、黒のヒールが高いブーツを靴箱から取り出し、聞いてくる。
「良いよ。歩きづらいと思うから気をつけてね?」
「おお? これは確かに歩きづらい。これで森歩きはきついね……」
そう言って歩きづらそうに、ふらふらしているリステル。
ルーリには茶色のショートブーツを履いてもらった。
流石に、ハルルとサフィーアに合う靴はなかったので、私がハルルをおんぶして、サフィーアはルーリがおんぶして、外に出ることになった。
玄関の扉を開けて外を見た瞬間、私は驚いた。
空の色が青色ではなく、七色に輝いているのだ。
これは流石に綺麗とは思えず、不気味に思った。
「ねぇサフィーア? 心の中って、空はこんな風に七色に輝いているの?」
「いや? 普通にその者の記憶通りの色になるが。この七色に輝く空は、メノウの世界の空の色じゃないのか?」
「私の世界も、皆の世界と同じ青色だよ? 夕方には赤く染まるし、夜には暗くなる。こんな空なんて見たことない……。ちょっと気味が悪い」
「……どう言う事じゃ。幾人か心の中を覗くことがあったが、妾も聞いたことがないのう」
「わからないならしょうがないじゃない。瑪瑙、案内して?」
ルーリが目を輝かせながら、玄関を出て、階段を下りる。
キョロキョロと周りを一生懸命に見渡している。
うーん。
これはルーリさん、興味津々という感じですね?
「そうだね。考えてもわからないなら、しょうがないか……」
「こーらルーリ。瑪瑙の体の事、忘れちゃダメでしょう? 体が酷く重だるいって言ってたの忘れちゃダメだよ!」
リステルの言葉に、ビクっとするルーリ。
「あはははー。ごめんね瑪瑙。ちょっと気が
「もう。遺跡の時に瑪瑙が突然出てきたときも、今みたいに警戒を忘れて瑪瑙に近づいたんだから」
まったくもうっとぼやくリステル。
そういうリステルも、そわそわして周りを気にしているのが丸わかりだった。
「ふふふ。それじゃー私が通っている学校まで行ってみようか」
五人で私の世界を歩く。
私たち以外は存在しない、私の心の中の世界。
寂しかった。
もっと普段は賑やかで、人で溢れている通学路なのに、私たち以外は誰もいなかった。
聞かれることに、わかる範囲で逐次答えながら歩く。
聞かれても答えられないことも多かった。
普段から目にしていた物なのに、どうしてそこにあるのか? なんて考えたこともない物がいっぱいあった。
「家がこんなに種類がバラバラなのも凄いわね……。区画も凄く綺麗に整えられている。道もしっかり舗装されてる……。こんなに私達の世界とは違うとは思わなかった……」
寂しそうな顔をするルーリ。
「そうだね。こんなに違うんじゃ、瑪瑙が苦しむのも仕方ないね……」
リステルも寂しそうだった。
「瑪瑙。この赤いものは何?」
ルーリが、歩道に置いてある機械を指さして聞いてきた。
「あー、あれが前に話したことがある、自動販売機だよ。硬貨を入れることで、飲み物が買える装置だね」
「おー! これがジドウハンバイキかー。こんなところにポツンとあるなんて、凄いわね! ホントに誰も壊して中身を持って行ったりしないんだ」
自販機に近づき、売っているものを見てみると、ペットボトルのラベルは全部真っ白だった。
どうやらそこまでは覚えていないらしい。
「この周辺にはないけど、食べ物が入ってる物もあるよ」
「瑪瑙お姉ちゃんの世界と、ハルル達の世界、全然違う……」
私の背中におぶさっているハルルが寂しそうに言って、しがみつく力が強くなった。
リステルもルーリもその言葉に足を止めて、うつむいてしまう。
「わかってた事だけど、こうやって目の当たりにしてしまうと、辛いよ……。瑪瑙」
そう言って、私にピタっとくっついてくるリステル。
「こんな世界もあるのね……。どうして私達は、瑪瑙とおんなじ世界に生まれなかったのかしら……」
ルーリも私に寄り添うように近づいた。
「……見せない方が良かったかな?」
「それは無い! 知りたかったもん。瑪瑙の世界がどんな世界なのか。でもやっぱり寂しいよ……」
リステルが涙を流しながら言う。
「知ることができて嬉しいんだけど、あまりにも住んでいる世界が違いすぎて、言葉が見つからないわ」
ルーリも泣いてしまった。
「ううっ」
背中のハルルから小さく嗚咽が漏れていた。
ハルルは私の後頭部に顔を埋めている。
ハルルも泣いているのだろう。
「しっかりせい。そんなだと、メノウも辛くなるじゃろう?」
ルーリにおぶさっているサフィーアが、ルーリの頭を撫でながらそう言う。
「わかってる。わかってるんだけど、こればっかりはどうしようもないよ……」
リステルは私の服をぎゅっと掴む。
「きっとサフィーアも、私達と一緒に旅をすると、この気持ちがわかるわよ」
ルーリが背中のサフィーアに悲しい笑顔で言う。
「そうじゃな。まだお前さん達と会って間もないからの……」
通学路を歩く。
私達しかいない、心の世界をゆっくりと。
始めは色々な物の説明を求められたけど、会話はほとんどなくなってしまった。
その代わり、私を真ん中に、ぴったりと引っ付いて、離れないように歩く。
この時私は初めて思ったんだ。
またみんなで、この世界を歩きたい。
勿論、心の世界じゃなくて、現実の私の世界を。
今みたいな悲しい気持ちじゃなくて、いつもみたいな楽しい気分で、笑いながら手を取り合って。
そこに私の幼馴染と友達を混ぜて、賑やかに。
そんな我儘なことを、思ってしまったんだ。
学校にたどり着く。
「凄い綺麗な建物ね」
「私はここに普段から通って、勉強してるんだよ」
「お城みたいだね」
「瑪瑙お姉ちゃん、お勉強ってどんなことしてるの?」
「んーっと。国語に数学、生物、体育、音楽とかいっぱい勉強してるよ?」
「良くわからんが、生物とか専門的なことも勉強しているのかの? メノウはどこぞのお嬢様か何かか?」
「あ、私達も最初そう思った。むしろ初めて会った時は、王族かもって勘違いしたよね?」
リステルが笑いながらルーリに話しかけた。
「ネクタイだっけ? あれに王冠の刺繍がしてあって。あー! リステルがスカート捲って瑪瑙の下着を覗いたの思い出しちゃった!」
つられてルーリも笑い出す。
「あったあった! 最初王族ですかって言われて、全然理解できなかった! あとスカート捲ったって聞いて、身の危険を感じたよー!」
私も笑いながら話す。
学校の中に入って、歩き出す。
ハルルとサフィーアを背中からおろして、校内を歩く。
私とリステルとルーリはブーツのまま上がる。
土足厳禁だけど、内緒にしておこう……。
「えっとねー? 私の世界の、私の国の人のほとんどは、普通に教育を受けられるよ。私は法律とかは全然わからないから、そこの所を詳しく聞かれてもわからないけどね?」
そう言いながら、横開きのドアを開ける。
良かった。
鍵はかかってなかった。
「ここが私がいるクラスの教室だ……よ」
扉を開けた先に、いないはずの人が座っていた。
座っていたのは――
私の幼馴染だった。
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