頭に響く声
寝込んでから四日ほどが経った。
咳は少し残ってるけど、概ね体調は回復した。
その日の夜に、ハウエルさんが部屋へやって来て、
「明日、皆様にお会いしたいと言う方をお連れしたいのですが、よろしいでしょうか?」
と、言ってきた。
観光するほど元気もなかったので、了承した。
次の日。
応接室へ行ってみると、フルールの領主のアルセニックさんが来ていた。
「天覧試合の後、すぐにでも顔を出そうと思っていたのだがな。一人が寝込んでしまったと、ハウエルから聞いたので、大人しく待っていることにしたのだ」
そういえば、叙勲式には顔出すから、その時また会おうって言ってたような気がする。
「それにしても、天覧試合なんて催されるとは驚いた。まぁそれ以上に、君たちの実力にも驚かされたんだがな!」
ハッハッハ! と、愉快そうに笑うアルセニックさん。
「ここに来てから、天覧試合が開かれると言う事を教えられたんです。正直、いい迷惑でした……」
リステルが、ウンザリした顔で言う。
「君たちにとってはそうだろうな。だが、これで文句を言う者もおるまい。ただ、来客は増えると思うから、頑張りたまえよ」
「そう言われますが、ここに来てしばらくしても、クオーラ様と騎士団の隊長以外、誰も来ませんでしたよ?」
ルーリが疑問を口にする。
「それはそうだろう。叙勲は決まったが、王国騎士団の一部と、議会の人間の一部が、いい顔をしていなかったのだ。そのような状態で会いに行くと、不興を買うことになるのだ。わざわざ来るやつもおるまい。騎士団連中は、自分たちの体裁もかかっているから、来て当然だろう。クオーラ様は王族だからな。議会や騎士団の目なんて、気にする必要も無いだろう」
あー、面会に来る人はいるだろうって言ってたのに、結局来なかったのはそう言う理由なのね。
クオーラ様に関しては、自分の愛娘に会いに来たって言うのが一番の理由だろうけど。
「まだしばらくは首都にいることになるだろう。帰りはゆっくり他の街でも観光しながら帰ってきてくれ」
そう言って、アルセニックさんは去っていった。
道中の宿代とか、他の街を観光することを許してくれたお礼はきちんと言っておいた。
この人は男の人なんだけど、私達が男の人が苦手なのをきちんと把握していて、適切な距離を取って話してくれるので、苦手意識はまだましな方だった。
アルセニックさんが去った後、クオーラさんがひょっこり現れた。
……ほんとにひょっこり。
王族の人なのに、応接室で待ってるとかしないで、談話室に突然現れたのだ。
「メノウさん体調はどうですか? 今回の事は、クリスからちゃんと話を聞きました。辛い思いをさせましたね」
そう言って、私を抱きしめてくれるクオーラさん。
何だろう、ちょっと気恥しい。
「お母様! みんなの前ですよ! それに瑪瑙も恥ずかしがってます!」
リステルがクオーラさんの行動に、口を尖らせて注意する。
「あら。嫉妬してるのね? クリスも抱きしめてあげるから、こっちへいらっしゃい?」
「違います。瑪瑙を取らないでください」
そう言って、私を引き離そうとするリステル……とハルルちゃん。
「あのクオーラ様、何かお話があって来たのではないのですか?」
遠慮気味にルーリが聞く。
「そうそう。ちょっとお話しておこうと思いまして」
そう言って、話を切り出すクオーラさん。
「お母様。何かあったんですか?」
「大したことではないのだけれど。カルセードが、リステルの正体に気づいたわ」
カルセードって言う人は、リステルのお父さん。
リステルが、首都を去る原因を作った一人だ。
「お父様が……? 今頃気づいたんですか」
リステルは、心底どうでもいいと言った感じで聞き返す。
「ほんと、今頃よ。しかも家臣に教えられてようやくって言った感じね。まぁそれはどうでもいいのですよ。明日からちょっと忙しくなると思うから、メノウさんは体に気をつけてね?」
クオーラさんも旦那さんのこと、どうでもいいの?
ちょっと苦笑する。
「忙しくなるって、お母様は何かご存知なんですか?」
「ペントランドに聞きました。もう既に結構な人数が、面会を求めているそうです」
ペントランドさんは、今私達がいる迎賓館の館長さん。
あまり私達の前には姿を見せないけど、使用人にしっかり指示を出していて、迎賓館の運用を見事にこなしている。
その内私達の所に、連絡がくるだろう。
「一応、皆さんの負担にならない程度になるようにと、ペントランドには伝えておきましたので、少しだけ頑張ってくださいな」
「「「ありがとうございます」」」
「ありがと」
私達はお礼を言って、クオーラさんは帰っていった。
次の日は、朝から面会を求める人達への応対で苦労した。
面会を求める人達のほとんどが女性だった。
「女性冒険者として活躍して、英雄と認められ、王国から叙勲までされて、さらには天覧試合での圧倒的な強さ! 同じ女性として、皆様を尊敬いたします!」
だいたいがこんな感じで、会って、直接冒険譚を聞きたいと言う人が大半を占めた。
たまに、
「ウチの息子との縁談を!」
と言ってくる人もいたが、丁重にお断りした。
中には、
「愛妾にしてやろう」
みたいなことを、のたまう輩もいたんだけど、私が手厚く魔法でひんやり冷凍して、ルーリの魔法で磔刑にして、リステルの魔法で吹っ飛ばして、退場してもらった。
「お姉ちゃん達。"あいしょう"って何?」
そうハルルちゃんが聞いて来て、答えに困った。
「特別待遇のメイドさんの事よ!」
すかさずルーリが答えた。
ルーリナイス!
ちなみに、貴族相手にそんな手荒なことをしても良かったのかと言えば、
「失礼なことを言ってくる貴族がいれば、名前をちゃんと聞いておいて、魔法でぶっ飛ばしちゃいなさい! それで、後で私に報告してくださいね?」
っと、どこかで見た気がする、一見すると天使の笑顔に見えて、その実、ステキな悪魔の笑顔を浮かべたクオーラさんのアドバイスを貰っていた。
その笑顔は、娘さんにもしっかり遺伝していますよ、クオーラさん……。
全部の面会が終わって、
「「「疲れた……」」」
私達は談話室でぐったりしていた。
「お疲れ様です。これで当面は面会も無いでしょう」
ハウエルさんが紅茶を用意してくれる。
「それにしても、愛妾にしてやるだなんて、失礼極まりないわね。名前はちゃんと聞きましたし、後でしっかり釘を刺しておきます」
そこにいるのが当然のように、クオーラさんもいる。
この人ほぼ毎日来てないかな?
「ところで、私達はいつまでここにいることになるんですか? 叙勲式も終わりましたし、私も五日ほど寝込みました。そろそろフルールに向けて帰った方がいいのでは?」
首都ハルモニカに来てから、もうすぐ二週間になる。
流石に帰らないと迷惑ではないのかと心配になって来たのだ。
ただでさえ、叙勲式の後に、私が体調を崩してしまい、寝込んでしまったのだ。
いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。
「そのことなのですが、私の我儘を聞いてくれませんか? もう少しの間、クリスと一緒にいさせてほしいのです」
少し寂しそうな笑顔を浮かべてクオーラさんは言った。
「クリス。フルールに戻るとすぐにオルケストゥーラへ向かうのでしょう?」
「そのつもりです」
「次に会える日がいつかわからないのは、やはり寂しいのです……」
その言葉に胸がズキンと痛む。
私のせいだと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「そうですね。お言葉に甘えて、もう少しいましょうか」
私は笑顔でそう言った。
正直、今すぐにでもオルケストゥーラへ向かいたい。
もうこの世界に来て、どれだけ立つのだろうか?
焦らないわけがない。
でも、リステルを、三人を巻き込んでいるのは私だ。
少しぐらいは我慢しなくてはいけないだろう。
「瑪瑙……ありがと」
そう言って、リステルは私の肩に頭を乗せてきた。
「どういたしまして」
私は、リステルの頭にポンっと手を置いた。
次の日に、クオーラさんの提案で、馬車で郊外へ出かけることになった。
ちなみに、コルトさん達三人も護衛としてちゃんとついて来てるよ!
東門からでて、馬車でおおよそ一時間。
私達と同じ馬車に乗り込んだクオーラさんは楽しそうだった。
「今の時期に、ちょうどいい場所があるのです」
「そう言えば、お母様に良く連れられて行きましたっけ」
リステルも楽しそうだ。
「あ、クリス。まだ内緒よ! きっと女の子の皆さんなら喜んでくれると思うわ」
道中そんな二人のやり取りを見て、和やかな気分になった。
到着した場所。
そこは広大な花園だった。
様々な花が咲き誇り、赤、白、黄と、美しい色が私の目に飛び込んでくる。
「凄い……」
そんな言葉しか出てこなかった。
ネットの画像とかで、こういった庭園は見たことあったけど、実際に間近で見ると、目の前の光景が目に焼き付いてしまうのではないかという位に、綺麗だった。
風に運ばれて、花の香りもする。
ここだけまるで別世界だ……。
「ふふっ」
「どうしたの? 瑪瑙お姉ちゃん」
ハルルが手を繋いで聞いてくる。
「ここだけ別世界だって思っちゃって。私にしたら、この世界自体が別世界なのにね。それなのにそんなことを思った私が、少しおかしくなっちゃった」
「瑪瑙の世界には、こういう景色を見られる場所ってあるの?」
ルーリが反対の手を握って聞いてくる。
「あるのは知ってるけど、直接みたのはこれが初めてかなー? これは凄いね。言葉が見つからないよ」
しばし呆然と見惚れる。
「ここは、私が大好きな場所なんです。丁度今の時期、一面に色とりどりの花が咲き誇るので、クリスと良く来ていたんですよ」
そう言うクオーラさん。
リステルはクオーラさんと手を繋いで、私達の前を歩いている。
「お母様は、私が旅立った後もここに来ていたんですか?」
「もちろん来てたわ。流石に来る回数は減りましたけどね。久しぶりに一緒に見ることができて嬉しいわ」
幸せそうな笑顔と、寂しそうな笑顔を浮かべるクオーラさんだった。
その日から一週間ほど、クオーラさんも一緒に迎賓館で過ごすことになった。
買い物に出かけたり、劇場で演劇やコンサートを見て過ごした。
演劇を見に行った時に、クオーラさんが、
「今人気がある演目はね、竜殺しの四英雄って演目なのよ?」
クスクス笑って教えてくれた。
それを聞いた私とリステルとルーリは、ギギギとクオーラさんの方を見た。
「……それって私達を題材にしたってことですか?」
ルーリが聞くと、
「当たり前じゃないですか。今、ハルモニカ中で話題になっていますよ。っと言っても、私もどんな内容なのか、見るのは初めてなんですけどね」
手を合わせて嬉しそうにしているクオーラさん。
内容は、実際にあったこととはかけ離れていた。
あとすっごい美化されていた。
ただ、
そもそも、戦った場所は遺跡なのに、演目では街で戦っている。
天覧試合が行われた代わりに、何故か、婚約を巡る決闘になっていたりと、全く違っていた。
四人は、この世界の平和を守るために旅に出たところで、演目の終了となった。
……。
ごめんなさい。
まったり首都にいます。
観光に買い物と、首都を満喫しています!
「聞いていた話と、とてもはかけ離れていましたけど、楽しめました!」
満足そうにしているクオーラさん。
「最初は逃げたくなりましたけど、内容が全く違ったので、割と楽しめましたね」
私もそう答えた。
何よりこういう劇場で演劇を観ること自体が新鮮だった。
「演目の題材になっている英雄四人の一人が私の娘で、三人が娘の友達で、今私のすぐそばにいると言うのは、感慨深いものですね……」
少し遠い目をしているのが印象に残った。
そしていよいよ、首都を去る日がやってきた。
「クリス。気をつけて旅をするのよ? 病気や怪我に気をつけてね? 皆さんも、道中気をつけてくださいね? メノウさん。無事に目的を果たせることを、心から願っていますよ」
「ありがとうございます」
「お母様。行ってきますね。手紙を送りますので、ちゃんと読んでくださいね?」
「ええ。楽しみに待ってるわ。クリス……」
そう言って、リステルを抱きしめるクオーラさん。
「今生の別れじゃないんですから。またきっと、ここに戻ってきますよ」
「ええ。信じているわ。クリス、行ってらっしゃい」
そう言って、リステルのおでこにキスをする。
「それではお母様! 行ってきます!」
私達は馬車に乗り込み出発する。
一応冒険者ギルドに寄って、周辺の情報を調べてから行くことにした。
首都ハルモニカの冒険者ギルドはフルールの冒険者ギルドとは随分雰囲気が違っていた。
建物はフルールの街にあるギルドより、少し小さい。
首都ハルモニカ周辺の警備は、王国騎士団が行っていて、獣や魔物の討伐も、冒険者にはあまり回ってこないのだ。
ただ、安全性が高いため、駆け出しの冒険者が野営の練習をしたり、薬草などの採取をメインに活動する冒険者はいるそうだ。
そして、一番の特徴は、ギルド内に冒険者ではない人が多くいることだろう。
討伐依頼などは少ないが、首都から各街へ行くために、護衛の依頼を頼む人が大勢いるのだ。
「特に問題はなさそうね。それにしても、常設依頼の内容って、フルールに比べてこんなに違うものなのね」
ルーリは、掲示板を見ながら言う。
フルールでは、常設依頼で一番多かったのは、獣と魔物の討伐依頼だった。
報酬もそこそこ良いらしい。
だけどここは、魔物の討伐依頼がほとんどなくて、薬草などの採取系の依頼が大半を占めていた。
数少ない討伐依頼でも、ウサギのような小動物系の獣の死体を、全部きっちり持ち込む必要もあるみたいだ。
私達は、魔物や盗賊の出現情報がないかの確認を行っていた。
「まぁ首都からフルールの街道は、滅多に危険なことが起こりませんからね」
「首都から四大都市に伸びている街道は、厳重に警備されているからな」
コルトさんとシルヴァさんは、掲示板ではなく、ギルドに依頼を出しに来ている人たちに、周辺の話の聞き込みをしていた。
「聞き込みをした感じ、こちらも特に問題はなさそうですね」
そして、冒険者ギルドを後にする。
シルヴァさんは颯爽と御者台に乗る。
ラウラさんとクルタさんが苦笑して、ラウラさんが御者台に座り、クルタさんは馬車の中に入っていった。
「シルヴァちゃんはよっぽど御者台が気に入ったのねー」
「気に入ったのではなく、馬車酔いを酷く嫌がってるだけだと思います」
カルハさんの言葉に、クルタさんが返事を返す。
北門から出て、そこからひたすら北に向かって走り出す。
「なんだか、長いようで短い三週間だったねー」
思い返して、私は言う。
「フルールからの旅程も入れると、ほぼ一か月になるね」
リステルが笑顔で言う。
「そう言えば、もう一か月も経つのね。ほんと色々あったわね」
しみじみと話すルーリ。
「瑪瑙お姉ちゃんがいなくなったのが怖かった」
隣に座っていたハルルが、私の膝の上にちょこんと座って言う。
「ごめんね? みんなに心配をかけちゃったね」
私がそう言うと、前に座ってた二人が、私を挟むように隣に座ってきた。
「瑪瑙を不安にさせた私達のせいだよ」
「瑪瑙に悲しい思いなんてして欲しくないって、散々思ってるのに、上手くいかないものね……」
リステルとルーリが私の肩に頭を乗せる。
「これからは何かあったら、相談するようにするよ」
「ちゃんとしてね?」
「約束よ?」
「ん!」
そう言って、しばらく私達は眠りにつくのだった。
昼休憩をはさみ、夜になって宿場町へ着いた。
宿の談話室で、コルトさん達からとんでもない話を聞いた。
「実はですね。カルセード様が、お嬢様達に縁談を持ち込もうとしていたんですよ」
「ん? コルト。"達"ってどういうこと?」
「リステル様だけじゃなくて、メノウとルーリ、それにハルルにもってことだな」
シルヴァさんの言葉に、一気に嫌な気分になる。
「流石にクオーラ様が激怒しちゃってねー」
「あれは修羅場でした……」
「綺麗な往復ビンタを入れていたな。クオーラ様」
「どうせ大叔父様も一枚かんでるんでしょうね……」
「お嬢様、正解です」
「はぁ~」
リステルが盛大にため息をついた。
「娘に男嫌いの原因を作っておいて、お父様も大叔父様もどうしようもない人ね」
そんな裏話を聞き、クオーラさんの頑張りに感謝して、その日は寝ることになった。
旅程は何事もなく、順調に進み、今は夜のタルフリーンの街の中を、宿に向けて馬車を走らせていた。
すると、
(誰か助けてくれっ!)
頭の中に女の子の叫び声が響いた。
ビクっとする私。
「声が聞こえた……。助けてくれって」
「そう言えば、前もタルフリーンに入ってしばらくして、声が聞こえたって言ってなかったっけ?」
リステルが心配そうに私を見る。
(お願いじゃ! 助けてくれ! 誰か! 聞こえている者はおらぬか!)
また頭の中に声が響く。
「これは気のせいじゃない! 誰か助けを求めてる! 理由はわからないけど、はっきり女の子の声が聞こえる!」
私は急いで除き窓を開いて、御者をしている二人に叫ぶ。
「止めてください! 誰かが助けを求めています!」
「どういうことですか?」
馬車を止めてくれたハウエルさん。
「わかりません! でも、頭の中に声が響くんです! 後、その声のする方向もなんとなくわかります!」
「瑪瑙っ! 落ち着いて? 気のせいじゃないのね? それに方向がわかるってホント?」
リステルに肩を掴まれる。
そこでハッとする。
凄く取り乱していたようだ。
(誰かっ! 誰かっ!)
深呼吸をして、答える。
「うん。気のせいじゃない。今もはっきり聞こえてる。方向も何となくだけどわかる……」
「わかったわ瑪瑙。声のする方向に案内して!」
ルーリが馬車のドアを開けて言う。
「急ご!」
ハルルは外に飛び出して、大鎌を取り出していた。
私も馬車を飛び出し、剣を取り出す。
「瑪瑙案内して!」
リステルに言われて、私は知らない街をひた走る。
方向はわかるけど、街の構造なんて全く知らない。
路地を声のする方向へどんどん走っていく。
大通りからはなれ、道も暗く狭くなっていく。
(誰か……)
また声が聞こえた。
頭に響く声は徐々に弱々しくなっていく。
そして、
「あそこっ!」
私が指さした先には、何人か人が集まっていて、怒声を上げていた。
その手には武器が握られている。
「その宝石魔法はいつまでもつんだ? さっさと諦めて、大人しく捕まれ!」
そんな声が聞こえてきた。
「エンゲージ! 瑪瑙。全員が敵だと思って構えて!」
リステルが大声で叫ぶ。
その声に気づいたのか、慌てたようにこちらを見る人達。
だけど、こちらが子供四人だと気づいた途端、嫌な笑みを浮かべる。
「なんだガキか。しかも女じゃねーか」
「こいつらも一緒に捕まえようぜ!」
そう言って、下卑た笑いを浮かべている。
それを見た瞬間に、躊躇してしまう。
そんな私の横を、リステルとハルルが猛スピードで走り抜けていく。
私が招いた事態だ。
しっかりしろ!
「フローズンアルコーブ!」
私はすぐさま行動を封じる。
「瑪瑙ナイス!」
リステルとハルルが切り込んだ。
それに合わせて、私も突っ込んだ。
その時、一人の幼い少女が、青く光る壁に守られるように立っているのが見えた。
(馬車の車輪を壊して、馬車を動けなくしてくれ!)
また頭の中で声が響く。
馬車?
少し離れたところに帆馬車が一台止まっていた。
あれか!
一気に走り抜けて、車輪部分を真っ二つに斬る。
ガシャンと凄い音を立てて、崩れる荷台部分。
「きゃああああああっ」
女の子の悲鳴と泣き声が響いた。
「くそっ! やってくれたな!」
男が二人、武器を抜いて御者台から飛び出してきた。
即座に攻撃を仕掛けてくる。
落ち着いて、一人目の突きを左に躱し、二人目の上段からの攻撃を、剣を滑らすように受け流す。
受け流し、よろけた瞬間に足をかけて、転倒させる。
転倒した相手は、すかさずアースバインドで地面に磔にする。
最初に突きを躱した相手は、真一文字に剣を振る。
私は大きく後方へ避け、相手が追い打ちをかけようと一歩踏み出したところで、
「リクエファクション!」
相手の踏み込んだ地面が瞬時に液化して、ズブンと膝まで沈む。
「うおわっ!」
そんな声を上げて、盛大にバランスを崩した男の剣を弾き飛ばし、魔法を解いて液化していた地面を固めて行動不能にした。
私は後ろを振り返る。
そこには四人、地面に磔にされた男性二人と、女性二人がいた。
「みんな大丈夫?」
「これくらい余裕だよ! 瑪瑙こそ大丈夫?」
リステルが笑顔で答えてくれる。
「ごめんなさい。変なことに巻き込んじゃって」
私はみんなに謝る。
「ちょっと驚いたけどね。でも、瑪瑙の言うとおりにして、正解だったかも?」
ルーリが言う。
「どういうこと?」
「妾から説明しよう。こいつらは、人攫いじゃ。街の幼子を拐かそうとしていたのじゃ」
座り込んだ女の子が話し出した。
その横にはもう一人、倒れている女の子がいた。
「その前に、まずは礼を言わなくてはならんのう。良く助けてくれた。感謝する。妾の名前はサフィーア。
「声が聞こえたから、慌てて駆け付けたんですよ」
「ほう? 声が聞こえたのか。と言う事は、そこにいる、大鎌をもった子も
「ハルルは
「
「馬車の車輪を壊してくれって言いませんでしたっけ?」
私は首をかしげて言う。
「む。確かに言ったな……」
(お前さん、本当に聞こえているのかの?)
急に頭の中に声が響いてびっくりした。
「びっくりしました。聞こえてますよ」
「急にどうしたの? 瑪瑙」
リステルが不思議な顔をしてこちらを見る。
「今、本当に聞こえてるのかって、頭の中に声が響いて、びっくりしたの」
「本当に
サフィーアさんは私達に事情を説明してくれた。
ここ一週間ほど、タルフリーンで行方不明になる少女が現れだした事。
その中に
サフィーアさんは、ここタルフリーンとテインハレス特別保護領を繋ぐ顔役のような立場の人らしい。
今日も、タルフリーンに住む
その時に、今も横で倒れているエメラーダさんの、
「助けて!」
と言う
既に薬か何かで意識を失ったエメラーダさんを、何とか取り戻したが、相手が四人がかりで襲ってきたので防戦一方になってしまったそうだ。
「妾は一応、水属性の魔法を中位上級まで使えるが、氷の魔法は使えないのじゃ。妾が使える宝石魔法自体、あまり攻撃には向かないからのう。エメラーダを守りながら戦うことができんかった」
このままでは魔力が尽きてしまうと言う寸前のところで、私達が飛び込んできたようだ。
「他の
私が聞くと、
「いや、聞こえているはずじゃ。恐らくもうすぐ集まってくるぞ」
サフィーアさんがそう言うと同時に、頭の中に大量の声が響く。
(サフィーア様ご無事ですか?!)
(衛兵を連れてまいりました!)
(遅くなってしまって申し訳ありません!)
次々に声が聞こえてくる。
「ううっ!!」
酷い頭痛が起こって、頭を抱えて私は座り込む。
「瑪瑙お姉ちゃん?!」
ハルルが驚いて私に近づいてくる。
その間にもずっと頭の中に声が響いて、私を苦しめる。
「むっ。いかんな。
サフィーアさんが私の頬を両手で挟み、顔を上に向かせると、おでことおでこをごっつんこした。
するとぴたっと、頭に響いていた声が止み、心がスウっとする感じがした。
それと同時に、心の中を覗かれているような、居心地の悪さも感じた。
「……お前さん、一体何者じゃ?」
そう言われた瞬間、反射的に飛び上がって逃げた。
そして、また頭に声が響いてきて、頭痛に襲われる。
「……。額を当てた時、声は止んだかの?」
「や、止みました……」
「ふむ。ならこれを首からかけると良い」
そう言って手渡されたのは、水色の宝石が飾られたペンダントだった。
ただ、頭痛が酷くて、上手くつけられなかった。
「瑪瑙。私がつけてあげるから貸して」
そう言ってくれたルーリにペンダントを渡し、首につけてもらう。
「宝石部分が直接肌に接するようにするのじゃ」
言われた通りに、胸の中にしまう。
すると、声がぴたっとおさまり、頭痛もさっきと同様にスッとなくなった。
そうしている間に、わらわらと人が集まりだした。
ただ、大半は、ハルルと同じくらいの年齢か、それより若干幼く見える女の子だった。
あまりにも無表情なので、少し怖くなってしまった。
「サフィーア様、ご無事で何よりです。
鎧を着た女性が、サフィーアさんの前で、片膝をつく。
「ところで、そちらの四人の少女は……冒険者ですか?」
「そう言えば、何者なのかは、妾もまだ聞いておらんかったな。まあ安心しろリンネよ。妾を助けてくれた者たちじゃ。今拘束されている六人は、人攫いの一味じゃ。この者たちがおらなんだら、妾もとっくに連れ去られておっただろう。馬車にも数人、少女が拘束されておる」
「そうでしたか。サフィーア様を助けていただき、ありがとうございます。事情を詳しくお聞きしたいので、詰め所までご同行していただけませんか?」
リンネと呼ばれた鎧を着た女性が、丁寧にお辞儀をする。
「あっ! 大通りに、馬車を停めたままなんですよ!」
リステルが慌てた様子で言う。
「大通りに停まっていた馬車? もしかして、フルールの街の紋章が入った馬車のことですか?!」
驚いた声でリンネさんは聞き返す。
「そうです。私達はさっきタルフリーンに着いたばかりなんですよ」
ルーリが説明をする。
「フルールの街の紋章が入った馬車は確か、国賓あつかいだったはず……。四人の少女……? もしかして風竜殺しの英雄ですかっ?!」
リンネさんは口をパクパクしている。
「ん。これ!」
そう言って、ハルルは緑竜勲章を取り出して見せた。
「本物だ――――――っ!」
リンネさんは大きな声で叫んだのだった。
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