肩に残る痛み

「はぁ……はぁ……」


 ポツリポツリと雨が降ってくる。


 サフロさんのケアが終わった後、人目につかないようにして、私は闘技場から走って逃げだした。


 ガラガラと自分の中で何かが崩れていくのを感じた。


『私達三人は、メノウを殺すことまで考えていました』


 そんな言葉を聞いてしまった。


 別に盗み聞きするつもりじゃなかった。

 シルヴァさんにお礼を言うつもりで、ウィスパーの魔法を使ったんだ。

 ウィスパーは、相手の話声を聞く為だけではなく、こちらの声も届けることができる便利な魔法だった。

 発動した瞬間に聞こえてきた言葉に、私は言葉を失った。

 何かの間違いだろうと、黙って聞いていたのだけど、


『メノウがためらわず、本気を出してしまったら、このハルモニカでさえも、一瞬で無に帰すでしょうね。そう思うと、彼女を生かすより、殺しておいた方が、この世界にとって、安全だと思ったのです』


 もうそこまでで限界だった。

 ウィスパーを解除して、サフロさんのケアに集中しようとした。

 サフロさんの顔色も良くなってきたので、シルヴァさんがいたあたりをもう一度探してみた。

 そこに、いて欲しくない二人の姿も確認してしまった。


 リステルとルーリだ。


 あの二人も知っていたの……?

 ハルルは知っていたらしい。

 怖くなった。

 恐ろしくなった。

 だから私は、逃げ出した。

 せめて戦い方を教えてくれたことへの感謝と、さようならを伝えるために手を振って、私は逃げ出した。


「はぁ……はぁ……うっ! うぅっ!」


 どこだかわからない路地裏で、スピューする。

 流石にそのままにしておけないので、ウォーターを発動して洗い流す。


 頭がズキズキ痛む。

 もう何度スピューしたかわからない。


 さっきまでポツリポツリだった雨が、ザーっと音をならし、本格的に降り始めた。

 最近少し暖かくなってきていたけど、流石に雨は冷たかった。


 これからどうしようか?


 そんなの決まっているじゃない。


「一人で」オルケストゥーラと言う所へ行くんだよ。


 一人で行けるかな?


 じゃぁ、一緒に行ってくれる人を、新しく探す?


 もう誰かと関わるのは怖いよ……。


 頭の中で自問自答する。


 帰りたい。

 もうヤダ。

 どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの?


 パキン


 何かが欠ける音が聞こえた。


 走る気力も失せて、その場に座り込む。

 雨が降っているからなのか、周りに人の姿は無かった。

 もう頭から足先まで、ずぶ濡れだった。

 寒いよ……。


 確か、オルケストゥーラ王国は、フルールよりずっと北にあるんだっけ。

 コルトさんが言っていたのをちゃんと覚えている。

 お金はある。

 もう何も考えずに、ここを出よう。


 動きたくないと言う私の体を、無理やり立ち上がらせる。

 周囲を見渡すと、眩暈を覚えた。

 全く場所がわからなかった。

 そもそも闘技場へは、迎賓館から馬車でやって来たのだ。

 道中の道すらわからない。

 闇雲に走って逃げてしまったせいで、完全な迷子だ。

 こういう時は人を探して、道を尋ねるのが一番いいんだろうけど、怖くてできそうにない。

 あてもなく、彷徨うことになった。


 思い出すのは、日本で普通の日常を生きていた日々。

 今日のお夕飯は何にしようとか、宿題めんどくさいなーっと言った、私にとっての当たり前の日々。

 友達と学校で話す楽しい会話。

 命の危険なんて、考えたこともなかった平和な世界。


 ズキズキと痛んでいた頭痛は、今はもう目を開けているのも辛いくらいに酷くなっていた。

 気分も沈んでいく。

 真っ暗な海に沈んでいくように、深く深く。


 ……もういいや。


 不意にそんな考えが私を襲った。

 頑張って、頑張って、頑張った結果がこれだ。


 もう動くのも疲れたよ。


 肩を抱くように、またどこだかわからない場所で足を止め、うずくまる。

 肩に触れた時に、ヒリヒリとした痛みを感じた。

 それは、私につけられた、噛み跡しるしの痛みだ。


 そして思い出す。


 私とずっと一緒にいてくれた三人の事を。

 元の世界にいた友達のことを話すと、嫉妬する三人の事を。

 この世界に放り出されて、真っ先に私を助けてくれた二人と、事あるごとに、私の心を案じてくれた、一人のことを。


 もしかすると、私は何か大きな勘違いをしているのかもしれない。


 私を殺そうと考えたのは、コルトさん達三人だけで、リステルとルーリとハルルがそんなことを考えるだろうか?

 私の心が欲しいと言ったリステルと、もっと甘えて欲しいと言ったルーリ。

 ハルルはいっつも心配してくれていた。

 そんな三人が、私を殺そうと考えるのかな?


 もし考えていたら?


 そんな不安が込み上げてくる。

 でも、それ以上に、三人に会いたい。

 会って、確かめなくちゃ……。

 ……。


 ――っ!


 あまりの寒さに、ハッとする。

 どれくらいかわからないけど、意識を失っていたみたいだ。

 雨は激しくなっていた。

 朦朧とする意識を必死に動かして、立ち上がる。

 空はもう暗くなっていた。

 眠っていたのか、ただ呆けていたのかわからないけど、結構な時間、意識がなかったようだ。


 立ち上がろうとすると、酷い頭痛と倦怠感と吐き気が私を襲う。

 それでも無理やり立ち上がり、歩き出す。


 三人に会うんだ……。


 まずは誰か人を探そう。

 大通りに出られれば、巡回している衛兵もいるはず。

 川さえ見つけることができれば、貴族区へ帰ることもできる。

 ふらふらする体を無理やり動かす。

 運良く大通りにでられた。

 フード付きのマントを被った二人組を見つけた。

 あれは、衛兵だ。

 男の人は嫌だなって思ったけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 私は近づき話しかける。


「すみません。貴族区へはどうやって行けばいいのですか?」


「貴族区へ何か御用ですか? ただの市民は入れませんよ?」


 フードを被った衛兵は、女性だった。

 少し安堵する。

 目が霞む。


「迎賓館に宿泊しているものです。これは今日貰った、緑竜勲章です」


 そう言って、左胸につけられたままの、勲章をみせる。


「……もしかして、メノウさんですかっ?!」


 慌てた声が聞こえる。


「そうです。良かった。私を知っている人なんですね……」


 また少し安心する。

 声が徐々に遠く聞こえるようになっていく。

 それでもこれで帰れると思った。


「私ですよ! 皆さん必死で捜索しているんですよ? ずぶ濡れじゃないですか! いったい何があったんですかっ?!」


 フードを取って、顔を見せてくれたのは、今日対戦したばっかりのサフロさんだった。

 そこで限界をむかえてしまった私は地面に崩れ落ちた。



 ――ハルル視点――



 瑪瑙お姉ちゃんがいなくなった……。


 瑪瑙お姉ちゃんがいなくなってしまったっ!


 天覧試合も終わり、さあ帰ろうと言った時に、異変に気付いた。

 瑪瑙お姉ちゃんが、待合室にいつまでたっても来ないのだ。

 リステルお姉ちゃんも、ルーリお姉ちゃんも慌てていた。

 まだ対戦相手の介抱をしているのだろうかと思い、反対側にある待合室へ急いだ。


「おや、皆さんどうしたんですか? もうとっくに帰られたものだと思いましたよ」


 瑪瑙お姉ちゃんと対戦した相手が、きょとんとして聞いてきた。


「瑪瑙がどこにいるか知りませんか?」


 リステルお姉ちゃんが、焦って聞く。


「メノウさんですか? 私を介抱してくれたあと、待合室へ戻りませんでしたか?」


「待合室はずっとハルルがいた。瑪瑙お姉ちゃん、一回ももどってきてない」


「……それはおかしいですね」


 顎に手を当てて、考え込む女の人。


「何か心当たりはありませんかっ?」


 ルーリお姉ちゃんも焦って聞いた。


「そういえば、介抱をしてもらっている途中、急に涙を流しだしたので、びっくりはしましたね。目にゴミが入ったと誤魔化していましたけど、流石に誤魔化すには、涙を流しすぎでしたね。その後貴賓席に向かって手を振って、戻っていったはずですが?」


 その瞬間、リステルお姉ちゃんと、ルーリお姉ちゃんの顔色が一瞬青くなったのをハルルは見逃さなかったよ。


「わかりました。ありが――」


 リステルお姉ちゃんが言い終わる前に、


「瑪瑙お姉ちゃん、どんな風に手を振ってたの?」


「控えめに小さく手を振っていましたね」


 それを聞いた途端、強烈に嫌な予感が襲った。


 瑪瑙お姉ちゃんが手を振るのなら、笑顔で大きく手を振るはずだ。

 リステルお姉ちゃんと、ルーリお姉ちゃんの顔色が一瞬わるくなったのも合わせて、ハルルは何かあったって確信した。


「ありがと」


 お礼を言って、ハルル達は元の待合室に戻る。


「お姉ちゃん達、何か心当たり、あるでしょ?」


「……ハルル。もしかすると、貴賓席で、コルト達がしていた話を聞いていた可能性がある……」


 リステルお姉ちゃんは、顔を真っ青にして話す。


「でもっ! ちゃんと、信じることにするって話をしてたじゃない?」


 ルーリお姉ちゃんも顔色が青かった。


「お姉ちゃん達、あいつらと何を話していたの? ちゃんと教えて」


「……コルト達が、瑪瑙を殺すことを考えていた事」


 リステルお姉ちゃんが答えにくそうに言った。


「でもちゃんと信じるって最後は話していたんだよ?」


 ルーリお姉ちゃんは、あたふたと言い訳している。


「瑪瑙お姉ちゃんが、最後まで聞くと思うの?」


「「っ!」」


 お姉ちゃん達の顔がさらに青くなる。


「ハルル前に言ったよ? 瑪瑙お姉ちゃんの心は強くないって。そんな話、最後まで聞いていると思うの? それに、瑪瑙お姉ちゃんだったら、手を控えめに降るなんて、何かを我慢している時くらいしかしないよ?」


「どっどうしよう! 私とルーリがいたのも見られてる! もしかすると誤解されたのかも!」


「……間違いなくされてるよ」


 確信を持ってハルルは言う。


「っ! ハルル、どうしてそう思うのっ?!」


 ルーリお姉ちゃんはちょっと怒り気味に聞いてきた。


「ルーリお姉ちゃん。ちょっと考えればわかるよ? 


「でも、ハルル? 私とルーリがそんなことを考えるわけがないって、すぐに気が付くと思わない?」


 リステルお姉ちゃんが何かにすがる様に、聞いてきた。


「思わない。瑪瑙お姉ちゃんは、あいつらの事を信用していた。それを裏切ったあいつらのそばに、お姉ちゃん達がいたらどう思う? 怖くなるのは当たり前」


「そんな……」


 ルーリお姉ちゃんが膝から崩れ落ちた。


「わっ私探してくるっ!」


「ハルルも行く!」


「私も行く!」


 闘技場内を探す。

 外は雨が降っていた。

 瑪瑙お姉ちゃんなら、きっとどこかで、膝を抱えてうずくまっているはずだ。

 でも、闘技場内にいるとは思えなかった。


「いた?」


「だめ。見つからない!」


「……瑪瑙お姉ちゃん、もう外に出てると思う」


 外はさっきより酷い雨が降っている。


「皆さん、その様子だとメノウさんは見つかってないのですね?」


 瑪瑙お姉ちゃんの対戦相手だ。


「もう外に出て行った可能性が高いです……」


 リステルお姉ちゃんが、うなだれて答える。


「何があったかはわかりませんが、私共、三番隊が捜索しましょう」


「いいんですか?」


「かまいません。何かあってからでは遅いです。おい!」


「はっ」


「勲章は外しているかもしれん。黒に近い赤茶の髪の毛をポニーテールにした、十代の少女だ。私との試合を観戦していたものならすぐわかるだろう。急いで捜索しろ。副隊長は私と大通りを捜索する。他の者も二人一組で探せ! 見つけ次第、迎賓館へ。わかったか!」


「了解しました」


 敬礼し、一人を残して、部下の人が数人去っていった。


「ありがとうございます」


 ルーリお姉ちゃんが頭を下げる。


「お礼は見つかった時にしてください」


「……あの時、嫌な笑い方をしてた人とは思えない」


 ハルルは思ったことをそのままぶつけた。


「あっあははは。あの時は失礼しました。完全にあなた達の事を見くびっていました。お許しください」


 丁寧にお辞儀をする。


「それでは、私も捜索を始めますので、失礼します。」


 そう言って、闘技場から出て行った。


 ハルル達も暗くなる直前まで、闘技場周辺を探した。

 でも、見つからなかった……。


 ハルル達が迎賓館に戻ってきた後、夜遅くに瑪瑙お姉ちゃんは帰ってきた。

 ううん。

 慌てて運ばれてきた。

 全身ずぶ濡れで、顔色は真っ白になっていて、髪を高く結っていた白色のリボンは無くなっていた。

 そして、意識もなかった。


 ハルルが瑪瑙お姉ちゃんを抱えて暖かい部屋に連れて行く。

 リステルお姉ちゃんとルーリお姉ちゃんと、三人で服を着替えさせて、布団に寝かした。

 体は死んだ人のように冷たかった。


 連れてきたのは、瑪瑙お姉ちゃんの対戦相手。

 闘技場からかなり離れ場所の路地から、いきなり出てきたって言ってた。


「私の顔を見たとたんに、倒れたので驚きました。医者に見せようかとも考えたんですが、そこらの医者より、迎賓館にいる専属の医者の方がいいだろうと思いまして、急いで連れてきました」


 そう言って、去っていった。


「瑪瑙。目、覚ますよね?」


 ルーリお姉ちゃんが不安そうに、リステルお姉ちゃんとハルルに聞く。


「大丈夫。きっと大丈夫」


 リステルお姉ちゃんはルーリお姉ちゃんの背中をさすって励ましていた。

 息はしている。

 目は覚ますのだろう。


「ハルル達がどう思われてるかは、わからないよ……」


 思ったことを言う。

 今ここで気休めなんて言っても仕方ないもん。


「ハルル……」


 リステルお姉ちゃんはそう呟いて、


「……まずは、どうしたのか原因を聞いて、ちゃんと話をする。それからだね」


「そ、そうね。ちゃんと話をすればわかってくれるよね?」


 ルーリお姉ちゃんは何とか笑顔を浮かべて言う。


「ゴホッゴホッ」


 瑪瑙お姉ちゃんが咳きをしたのが聞こえた。


「あれ……ここは?」


 そう言って、瑪瑙お姉ちゃんが体を起こす。

 声がちょっとかすれている。

 慌てて瑪瑙お姉ちゃんに駆け寄ろうとする二人を、ハルルは思いっきり引っ張って、止めた。


「ハルルっ! 離してっ!」


「瑪瑙が目を覚ましたのよっ!」


 ハルルを怒る二人。


 もちろん、わかってる。

 ハルルも瑪瑙お姉ちゃんが大好きなんだ。

 抱きつきたい、いつもみたいに頭を撫でて、ぎゅっとして欲しいに決まってる。


 でも。


 ああ、ダメだ。


 瑪瑙お姉ちゃんの目を見ればすぐわかる。


「だめ。瑪瑙お姉ちゃん、怯えてる。あれは、ハルル達を怖がっている目……」


 その瞬間、二人がその場で力なく膝をついた。


「ねえ瑪瑙。何があったか聞かせて欲しいんだけど」


 少し離れた位置から、リステルお姉ちゃんが話しかける。


「……三人は、私を殺そうなんて、……思ってないよね?」


 小さくかすれた声で、聞いてくる。


「やっぱりコルトさん達が話してたことを聞いてたのね……」


 ルーリお姉ちゃんはゆっくり、瑪瑙お姉ちゃんのベットに近づいていった。

 ハルルもゆっくり近づく。

 怯えさせないように、ゆっくりと。


「……瑪瑙を殺そうと思ったこと、あるよ」


 リステルお姉ちゃんからの、予想外の一言がハルル達の動きを止めた。

 瑪瑙お姉ちゃんの目が、失意に染まる。


「リステル! 本気で言ってるのっ?!」


 ルーリお姉ちゃんは怒りを露わにして、怒鳴る。


「ルーリも知ってるでしょ? 瑪瑙が初めて私達の前に現れた時、私は殺すことも考えたんだよ……」


 瑪瑙お姉ちゃんが、倒れた。


「瑪瑙っ!」


「瑪瑙お姉ちゃんっ!」


 ルーリお姉ちゃんとハルルは慌てて駆け寄ってしまった。

 リステルお姉ちゃんは、その場で立ち尽くしたまま。


「覚えてる。確かにあの時は、殺されるかもしれないって思った。ねぇリステル。あの時だけ?」


「当たり前にきまってるじゃないっ!」


 叫ぶリステルお姉ちゃん。


「私は考えた事なんてないわよっ!」


「ハルルも!」


「でも、ハルルは知っていたんだよね? コルトさん達が私を殺そうとしてたこと」


「ん。気づいてた」


「教えてくれなかったのはどうして……って、聞かなくてもわかるね。ハルルは心配して、話してくれなかっただけなんだよね?」


 わかっていても、瑪瑙お姉ちゃんは不安なんだ。

 だから、聞いてくるんだ。


「ん。瑪瑙お姉ちゃん、あいつらの事信用してたから、話すと悲しむし怖がると思ったから、話さなかった」


「二人は知ってたの?」


「私とリステルは、今日初めて聞いたの! でも、ハルルが警戒しているのは知ってたから、何かあるとは思ってた」


 ルーリお姉ちゃんは、倒れてる瑪瑙お姉ちゃんの手を握る。


「お願い信じて……」


 泣きながら、瑪瑙お姉ちゃんに言う。

 ハルルも瑪瑙お姉ちゃんの手を握る。


「リステルも、こっち来て?」


 瑪瑙お姉ちゃんは起き上がろうとするけど、どうやら起き上がれないみたいだ。


「でもっ!」


「初めて会った時の事はちゃんと覚えてるから大丈夫だよ。ねぇ? 頭がくらくらして、起き上がれないの。リステル……」


 瑪瑙お姉ちゃんの声はどんどんかすれて、弱々しくなっていく。


「瑪瑙っ!」


 リステルお姉ちゃんは、瑪瑙お姉ちゃんに思いっきり抱きついた。


 瑪瑙お姉ちゃんは、かすれた声で、どうしていなくなったのか話してくれた。

 ウィスパーと言う魔法で、話しかけようとしたら、瑪瑙お姉ちゃんを殺そうと考えていたと、話している所を聞いてしまったこと。

 ハルルはそれに気づいていたと話していたこと。

 あいつらの一人が、瑪瑙お姉ちゃんを殺しておいた方が、世界にとって安全だと思うと言い切ったのがショックで、魔法を解除して、聞くことをやめてしまったこと。

 そこに、リステルお姉ちゃんと、ルーリお姉ちゃんの姿もあったこと。

 怖くなって、恐ろしくなって、逃げてしまったこと。

 肩の痛みを思い出して、ハルル達三人は、違うのではないかと思って、会って確かめようと思ったこと。

 サフロ? と言う人を偶然見つけたけど、そこから記憶がないということ。


「……ハルルの言った通りだったわね。瑪瑙の事、わかってたつもりになってたけど、まだまだね。ちょっとハルルに妬いちゃいそう」


 ルーリお姉ちゃんは、ハルルの頭を撫でて言う。


「でも。瑪瑙が戻ってこようとしてくれて、嬉しいよ……」


 リステルお姉ちゃんは、横になっている瑪瑙お姉ちゃんに覆いかぶさるように抱きついている。

 ハルルも瑪瑙お姉ちゃんに抱きつきたいけど、我慢する。

 今はお医者様を呼びに行くことを優先しよう。

 瑪瑙お姉ちゃんはもう碌に声が出せない上に、咳も酷くなっている。

 早く診てもらったほうがいいだろう。


「ハルル、お医者様呼んでくる。瑪瑙お姉ちゃん、また後でいっぱい抱きしめてね?」


 瑪瑙お姉ちゃんは、こくりと頷いて、ハルルの指に瑪瑙お姉ちゃんの指を絡めて、ぎゅっと握ってくれた。

 手をはなし、部屋を出る。


「ハルル……。メノウの様子はどうでしたか?」


 そこには、心配そうな顔の三人がいた。


「お前達に、ハルルが話すことなんてない。自分で何とかしろ」


 容赦なく言い放つ。


「「「……」」」


 悲しそうな顔で、うつむく三人。

 そんなことよりお医者様を呼びに行くんだ。


 瑪瑙お姉ちゃんの容態はあまり芳しくないらしい。

 かなり衰弱しているらしく、咳と熱がひどかった。

 ゆっくり静養させるようにと言われた。

 ただ、心も酷く弱っているように感じた。

 静かにゆっくりさせてあげるより、ハルル達がそばにいた方がいいと思った。

 瑪瑙お姉ちゃんも、それを望んでくれた。


 二日ほど声がかすれて、まともに喋られなかったけど、三日目からはましになってきた。


 そんな時に、あいつらはやってきた。

 今回の顛末はリステルお姉ちゃんから聞いているはずだ。

 お前たちのせいだ。


「ハルル……。そんな嫌な顔をしないでください。謝罪と、誤解を解きに来たんですから」


「クリス様にも、自分の口で説明しろって言われてるからな」


「クオーラ様にも、こっぴどく叱られたのよー」


 瑪瑙お姉ちゃんは怯えていた。

 それにまったく気づいていないこいつらに、沸々と怒りが湧いてくる。


「メノウ。今回の事は、とても申し訳なく思っています。ごめんなさい。殺そうと思っていたことも事実です」


 そう言われた瑪瑙お姉ちゃんは、涙を流して震えている。


「だがなメノウ。最初だけだ。最初だけなんだ。すぐにメノウが危険な人間ではないと思ったから、魔法だってしっかり教えたんだ」


「そこは信じて欲しいなー? メノウちゃんが優しい子なのはちゃんとわかったからねー。ちゃんと戦えるようになったでしょー? それにね? 本気を出したメノウちゃんには、私達はもう勝てないからねー」


「不意を突いて、殺すくらいはできるでしょう? 私は殺気とか気配とか言われても、全然わからないんですから……」


 ケホケホと、咳をしながら、まだ少しかすれた声で瑪瑙お姉ちゃんは言い返す。


「それは否定しない。やろうと思えば確かに殺すことはできる」


「でも、それは絶対にしません。クオーラ様とクリスお嬢様に誓って」


 自分の仕える人達の名前を出して誓ったのだ。

 流石に、瑪瑙お姉ちゃんも信用しちゃうだろう。

 ハルルも、リステルお姉ちゃんも、ルーリお姉ちゃんもそう思った。

 それが当たり前だったから。


「そんなことで信用なんてできません。誓うから何なんですか?」


 バッサリと切り捨てた。

 ぎょっとするハルル達。


「信用って、一度無くすとそう簡単に戻らないんですよ? 心の中で棘のように残って、その人を苦しめるんです」


「でっでは、どうやって信用を取り戻せばいいんですか?!」


「行動で示してください。私がまた、信用してもいいって思えるように」


 これはきっとこの世界の考え方じゃないんだろう。

 瑪瑙お姉ちゃんの世界の考え方だと思う。

 でも、ハルルの心はスカッとした。

 あのまま瑪瑙お姉ちゃんが信用してしまっては、ハルルはずっとモヤモヤを抱えたまま、こいつらと一緒にいることになるだろう。


「ふふっ。行動で示せか。瑪瑙はたまに凄いことを言うね! 普通、私とお母様に誓うって言ったら、次はないからね! っで終わるんだけどね。でも、瑪瑙の言葉は正しいと思う。そっちの方が私も納得できる。だから、コルト、シルヴァ、カルハ。頑張ってね?」


 リステルお姉ちゃんとルーリお姉ちゃんの顔がどこかスッキリした感じに見えた。


「メノウちゃんは難しいことを言うのねー。そんなことを言う人初めてだわー」


「きっとこの世界の価値観じゃないんだろうな……。メノウ、わかった。努力する。それでは努力の最初として、この本を受け取ってほしい」


 ゴソゴソと空間収納から、一冊の本を取り出して、瑪瑙お姉ちゃんに渡す。


「この本は?」


「教えることを躊躇っていたものだ。それには、上位より上の、高位と呼ばれる位級の魔法が記された、魔導教本だ。普通は、複数人で行使する魔法しかないのだが、メノウなら一人で使うことができるだろう。ただ、練習するにしても、気をつけて欲しいんだ。高位下級の一番威力の低い魔法ですら、この辺一帯を更地に変えてしまうほどの、威力と範囲なんだ。メノウがどこまで使いこなせるかはわからんが、そこは留意してほしい」


「……え? そんな恐ろしい魔法、別に教えなくてもいいんじゃないんですか?」


 あ、瑪瑙お姉ちゃん今度は別の事で怖がってる。


「使えなくても、知っておくと良いですよ。万が一必要になるかもしれません。ただ、ほんとに、ほんとーに、くれぐれも、慎重に練習してください……」


「目を通すくらいはしておきます……」


「ハルルちゃんもー、私達を警戒しないで、少しは心を開いてほしいわー」


 突然ハルルに話を振られた。


「ハルルも信用できない。真っ先に瑪瑙お姉ちゃんの心を折ろうとしたことも、許してない。だから行動でしめして」


 ハルルも瑪瑙お姉ちゃんと同じことを言った。

 やっぱりこの考え方は、間違ってないとハルルは思う。


「ハルル? 心を折ろうとしたことってどいう事?」


 瑪瑙お姉ちゃんが聞いてきた。

 それも気づいてなかったのね、瑪瑙お姉ちゃん……。

 でもやっぱりそんな瑪瑙お姉ちゃんが大好きだ。


「剣を置いて、フルールにいればいいって言ったこと。リステルお姉ちゃんが怒らなかったら、瑪瑙お姉ちゃん、言う事きいちゃってたでしょ?」


 気まずそうな顔をする三人。


「あー。確かにあの時は、頷きかけたね。リステルが割って入らなかったら、修行もなかったのかー」


「あれはメノウが純粋に戦いに向いてないのがわかったのもあったんですよ! ほんとですよ!」


「コルトさん。それは私もわかってますよ。ありがとうございます」


「ハルルちゃんも一緒のことを言うのねー? わかったわ。ハルルちゃんに名前で呼んでもらえる位になるように、私も頑張るわー」


「ん」


 一言だけ、返事をしておいた。

 ハルルも急に仲良くなれって言われても、無理。

 そういえば、瑪瑙お姉ちゃん達三人とは、すぐに仲良くなれた。

 やっぱり瑪瑙お姉ちゃん達は不思議だね。


「ケホッケホッ」


 咳き込む瑪瑙お姉ちゃんを見て、今日のお話はこれでお終いとなった。

 瑪瑙お姉ちゃんは、渡された本を読んで、顔色が一気に悪くなり、目を白黒させていた。


「瑪瑙。顔色が悪くなるくらい、恐ろしい魔法なの?」


 リステルお姉ちゃんが、心配して聞く。


「天災ってわかる?」


「自然が起こす災害の事?」


 ルーリお姉ちゃんが答える。


「そう。それを起こす魔法……」


「うわ……」


 リステルお姉ちゃんもルーリお姉ちゃんも、一気に顔色が悪くなる。

 瑪瑙お姉ちゃんになんて本を渡すんだ!

 心労を増やしてどうするのっ!

 ハルルは心の中で叫んだ。


 次の日は、瑪瑙お姉ちゃんを運んできた、女の人が来た。

 何があったのか事情を説明してほしいと言われて、リステルお姉ちゃん達は、


「ちょっと思いのすれ違いを起こしてしまって、瑪瑙を傷つけてしまったんです」


 って説明していた。

 間違っては……ないのかな?


「ではメノウさん。もし次に何かあったら、私のところに来ると良いですよ。三番隊のメンバーとして歓迎しますよ?」


「「「ダメッ!」」」


 ハルル達は声を上げて言った。

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