天覧試合
「我、モリーオン・アッラルガンド・ハルモニカの名の下に、汝ら四人の功績を認め、緑竜勲章を授ける!」
そう言って、闘技場のバルコニーから声高らかに宣言している人は、ハルモニカ王国の国王様。
リステルの大叔父にあたる人だ。
リステルの話を聞いているせいで、良い印象がない。
この位置からではほとんど顔が見えないので、どんな顔をしているのかはわからない。
まぁ、見たくもないけど。
結局、騎士団の三人が来た後は、誰も来なかった。
二日目は、迎賓館の中でゆっくり休養し、礼儀作法の復習もした。
三日目からは首都観光にも行った。
フルールの街に比べると、ずっと物価が高かった。
ただ、品物の質は凄く良かった。
一番楽しかったのは、服屋でみんなと色々試着したことかなー?
色もデザインも、フルールの街とは比べ物にならない程、豊富だった。
ここでも、服屋のオーナと店員の女性たちが、大騒ぎして、これまた靴屋も乱入して、さながらファッションショーみたいになった。
普段着に使えそうな物もお洒落で、色々買ってしまった。
フルールの街で、私を着せ替え人形にして遊んだ、リステルとルーリには、仕返しに、二人にとびっきりに似合う、ドレスと靴をプレゼントした。
もちろんハルルにもプレゼントしてあげたよ!
ハルルは嬉しそうに笑ってくれたけど、リステルとルーリの笑顔は引きつっていた。
あの時の私の気持ちをわかってくれたかな?
お菓子とかも色々買って食べたのだけれど、これがこの世界の基準なのか、甘さは総じて控えめだった。
「瑪瑙お姉ちゃんのお菓子が食べたい……」
と、ハルルが言い出して、迎賓館の調理場を借りて、みんなでお菓子作りもした。
色々作ってる内に、見学をする人が増えていき、何故かお料理教室みたいな状態になった。
そこにひょっこりクオーラさんも混じっていたので、笑ってしまった。
料理長を務める女性に、参考になりましたと、言われた時は驚いた。
王城を見れなかったのは残念だけど、それでも割と楽しめた方だと思う。
そして今、私達は闘技場に立っている。
闘技場は長円形になっていて、とても広い。
観客席にはびっしり人が集まっていた。
私とルーリは当然のことながら、石みたいにガッチガチに緊張してしまった。
何やら色々言っていた気がするけど、緊張のあまり覚えてないというか、そもそも頭に入ってこなかった。
いよいよ、勲章をつけてもらう段階にきて、とても美しいドレスを着たクオーラさんがやってきた。
後ろにはもう一人、お盆? をもった女性がついて来ていた。
白い手袋をつけたクオーラさんが、後ろの女性のお盆に乗せられた勲章をとると、私達の左胸につけて行った。
「愛娘とその大切なお友達に勲章をつけられるとは、非常に鼻が高いことですね。メノウさん。無理しないように気をつけてくださいね?」
私の左胸に勲章をつけた時に、コソっと話しかけてくれた。
「ありがとうございます」
精一杯の誠意を込めて、カーテシーをする。
全員に勲章をつけ終わると、クオーラさんは去っていき、
「では、英雄たちよ! その勇姿を、皆に披露するのだ!」
そう言われた私達は、後ろを向き、私とリステルは、左腰から下げた鞘から剣を抜き、ルーリは、後ろから短剣を抜き、ハルルは空間収納から大鎌を引き抜いた。
そして頭上に高らかと掲げる。
その瞬間、空気が震えるほどの歓声が響いた。
しばらくして、ぴたっと歓声がやんだ。
私達はそれを合図に、武器をしまい、また、バルコニーがある方向へ向きなおした。
「この後は、騎士団から選ばれた精鋭との模擬戦を行う! 存分に力を振るうが良い!」
私達はカーテシーをして、待合室へ戻る。
「はぁ、疲れたぁ……」
「うう。緊張したぁ……」
私とルーリはため息をついた。
「もうすぐ天覧試合が始まるんだから、気を抜いちゃだめだよ?」
リステルが注意してくる。
「リステルお姉ちゃん、これってもう外していいの?」
ハルルはそう言って、左胸に着けられた勲章を引っ張る。
「ダメだよハルル。試合の時もつけておかなきゃだめだからね?」
「ん」
待合室で待っていると、メイドさんが一人やってきて、
「天覧試合の準備が整いました。お名前をお呼びいたしますので、呼ばれた方は、闘技場へ向かってください。
あー、始まってしまう。
天覧試合なんか騎士団内でやってればいいのに、もう!
――貴賓席視点――
「いよいよ始まりますね」
そう、緊張した面持ちで言うのは、リステルの母クオーラ。
「私達を貴賓席にお招きくださって、ありがとうございます」
お辞儀をする、コルト、シルヴァ、カルハの三人。
「元々あなた達は、私の護衛だったのですから、当然でしょう? それに、私は試合の内容なんて見てもきっとわからないから、解説してくれる人が欲しかったもの。あの四人を鍛えたのでしょう?」
「まー、それぐらいならできるか」
その時、始まりを告げる鐘の音がなった。
最初に出てきたのはリステルだった。
天覧試合は、一対一の実戦形式で行われる。
審判は一応いるが、戦いに割って入るようなことはできないため、実質ただの傍観者だ。
勝敗は、相手を行動不能にするか、自ら負けを認めるかのどちらか。
殺すのは勿論ご法度である。
リステルは審判に、自分の武器を見せて、使用の許可を取っている。
「相手は三番隊の副隊長ですね」
「コルト。どんな人なの?」
「火を上位下級まで操る魔法剣士ですね。男性のような力技は得意ではないですが、その分技術は卓越しています」
武器の使用の許可が下りたようで、リステルは闘技場の中央へ向かい、対戦相手と向かい合う。
「クリスは勝てるの?」
不安そうにクオーラが聞く。
「見ていればわかりますよ。クオーラ様」
試合開始の合図の銅鑼の音と同時に、駆け出す二人。
副隊長は白色の炎を剣に纏わせ、リステルに襲い掛かる。
上段から振り下ろされる剣を、リステルは薄緑に輝く剣で受け止める。
その瞬間、白色の炎がパッと掻き消え、副隊長は後方に吹き飛ばされた。
体制を崩さないように、片手をつき、後方転回する。
剣を構え直し、再び炎を纏わせようとするも、一瞬でリステルに間合いを詰められて、防戦にまわる。
炎が剣から噴き出したと思ったら、リステルの剣を受け止めた瞬間に掻き消える。
リステルの剣戟はどんどん激しくなっていく。
それはまるで、踊っているかのように華麗に見えた。
「何が起こっているの?!」
クオーラが驚いて声をあげる。
「クリスちゃんの剣に纏っている風が強すぎて、炎が吹き飛ばされているんですよー」
そうカルハが説明している間にも、副隊長は距離を取り、
「ファイアーランス!」
と、赤い炎の槍を空中に瞬時に五本浮かべて撃ちだすが、リステルが剣で炎の槍を舞い斬るように振ると、細かな火の粉になって吹き飛んでしまう。
瞬時に距離を詰めるリステルが、
「アップドラフト」
下段から切り上げながら最短詠唱を行う。
その剣を受け止めた瞬間に、副隊長の体は空高く舞い上がった。
副隊長は高速で回転し、叫び声を上げながら落ちてくる。
このまま地面に激突してしまうと思われたが、激突する直前で、宙に浮いてふよふよと漂っている。
リステルが、ウィンドを使って助けたのだ。
「降参する」
副隊長がそう言った瞬間、歓声が上がった。
「カルハ。クリスは強くなったのね。危なげを感じなかったわ!」
クオーラが嬉しそうに手を合わせて言う。
「……相手が弱すぎですー。クリスちゃんの剣に纏った風だけで、炎が掻き消えるなんて、がっかりですー」
辛辣な言葉を吐くカルハは珍しい。
「クリスお嬢様は、元々器用になんでもこなすことができるせいで、最初から全力でかかるってことをしないんですよ。メノウが襲われた時に、相手の腕を切り落としたと聞いて、少し変わったのかと期待したんですが、これは後で厳重に注意をしておかないと、いつか取り返しのつかないことを招きますね……」
コルトがため息をつく。
「最初から本気でかかって行っていたなら、最初に剣を受けた時点で終わってただろうな。そもそも、距離を取られること自体、相手をなめている証拠だ」
シルヴァも酷評する。
「ク、クリスって、どれだけ強いの? なんだか三人の話を聞いていると、怖くなってくるのだけど……」
「正直、私達では、手に負えないくらい強くなってますよ。私達の時は、本気でやり合ってますからね。一番隊の精鋭程度が束になっても敵いませんよ」
「まー相手も悪かったな。よりによってカルハと同じ火属性の魔法剣士だからな。戦い慣れているし、対策もしっかりしているだろう」
リステルは観客に手を振りながら、控室に戻っていく。
副隊長の方は、腰が抜けて立てなくなっていて、他の女性隊員たちに抱えられて下がっていった。
次に出てきたのはハルルだ。
ゴリゴリと自分の身長と同じぐらいの大剣を引きずりながら、控室からやってきた。
その姿を見た観客が、
頑張れちびっこー!
無理するなよー!
あんな小さな子を戦わせるなよ……
あんなのに負ける奴なんていないだろう!
と騒めきだす。
「ハルルさんが一番心配だわ……。あんな小さな子が戦うなんて、大丈夫なの?」
「あークオーラ様。心配するだけ損だ。どうせ一瞬で終わる」
シルヴァは笑いながら言う。
「クリスお嬢様にも、少しはハルルを見習ってほしいのですけどね……」
コルトは複雑そうな顔をする。
ハルルの前に現れたのは、筋骨隆々の大柄な女性。
いかにも怪力の持ち主と言わんばかりの体格をしている。
ハルルと同じ大剣を、軽々と振り回している。
「人選を間違ったわねー。まーハルルちゃんの見た目もあるから、甘く見られて当然ねー。これは本当に一瞬で終わるわねー」
カルハがのほほ~んと笑って言う。
「相手は三番隊の中で一番の怪力を誇る女性ですね。男勝りの力を持っていますが、まぁハルルには通じないでしょう」
「ねぇクリスの時とは随分評価が違うようだけど、そんなに強いの? ハルルさん」
「見ていればすぐわかりますよ」
ハルルは大剣を片手で振り上げ、ピタっと正眼に構えた。
合図とともに、一直線にハルルは物凄いスピードで飛びかかり、大剣を上段から叩きつけた。
相手はそのスピードに対応できなくて、ハルルの大剣を受け止めようとした。
激しい金属同士がぶつかる音がした後、大剣が落ちる音が響いた。
落ちた大剣は真ん中から、ひん曲がっていた。
大剣を落としたのは、ハルルではない。
「腕、折れてる。降参して」
ハルルの感情のこもってない声が響く。
「こんな子供に負けて――」
相手が言い切る前に、
「そう」
一言言い放って、大剣の側面で横薙ぎに殴りつけた。
大柄の女性は吹き飛び、一度、二度と地面を跳ね、滑り転がった。
女性はピクリとも動かなくなった。
審判が駆け寄り、女性の容態を確認する。
「戦闘不能!」
審判が叫ぶ。
歓声はあがらなかった。
あまりの出来事に、皆呆然としていたのだ。
「ね、ねぇ? ハルルさんっていったい何者なの?」
クオーラも呆然と言った感じで聞いた。
「首切り姫。または、断頭台の乙女と呼ばれる、有名な冒険者ですよ。クリスお嬢様とは真逆で、ハルルは容赦がありません。その分、油断もありません」
「あれでも手加減はしてるんだよな。降参を促しているだけまだましだ」
「普段ならー、大剣がひん曲がるんじゃなくて、へし折れるくらい力を込めるしねー。そうなったら、骨折だけで済まないからねー」
ハルルは無表情で控室に戻っていった。
次はルーリが登場する。
「ルーリさんはどうなの? ハルルさんみたいに強いの?」
「うーん。強さで言えば、優秀な魔法使いと言った所でしょうか? ただ、短剣も器用に扱いますね」
「まだまだ伸びしろはあるが、今は地属性中位上級に手が届きそうくらいか。能力だけで見ると、四人で一番低いな」
ルーリも審判に自前の短剣の模造剣を見せて許可をもらっている、
「相手はー、三番隊で一番の魔法使いねー。同じ地属性使いだけど、相手は上位下級まで使えるわねー」
「それは勝つことは無理そうね……」
そして、合図が鳴り、対戦が始まる。
合図と同時に、短剣を相手に向けながら、横へと駆け出すルーリ。
駆けだしたルーリがいた場所から、先が丸くなった円錐が飛び出した。
「っち」
相手が舌打ちをした瞬間、同じように足元から、先が丸くなった円錐が飛び出すが、辛うじてかわされてしまう。
ルーリは足を止めずに、縦横無尽に駆け回る。
「サンドダスト!」
ルーリがそう叫ぶと、相手との間に、砂埃が舞い上がり、視界を遮る。
「どうして視界を遮るような魔法をルーリさんは使ったの?」
「あれは、相手の使える魔法の属性を調べているんだろうな。風で吹き飛ばすか、水を撒いて押さえるとかすれば、簡単に防げる魔法だ」
「相手もそれを警戒して使わないのだったら?」
「そうなったら、もう終わりですね」
クオーラの疑問に、コルトはあっさり言う。
「そんな――」
クオーラが言い切る前に、
「相手の終わりねー」
そうカルハが言った瞬間に、次々と、石柱を立て始めるルーリ。
それに対して相手は、砂埃へ向けて、石の礫を大量に放つ。
「相手は典型的な、後衛の魔法使いだな。足を使わないなんて、狙ってくれって言ってるようなもんだろう」
魔法使いの戦い方を熟知しているシルヴァがそうぼやく。
砂埃が収まると、相手にはルーリの姿は映っていない。
前方にある石柱の一つから、こちらに向かって土の槍衾が次々と飛び出し迫ってくる。
それを辛うじて左に躱し、そこにめがけて、
「ロックキャノ――」
っと言いかけたところで、足をかけられ投げ飛ばされる。
「アースバインド」
ルーリがそう言うと、相手は地面に縫い付けられ、首元に短剣が押し付けられる。
「降参しますか?」
涼しい声で、ルーリが言う。
縫い付けられた手から、ルーリめがけて、石の礫が放たれる。
それを最初から分かっていたとばかりに、ルーリは後ろへ飛びのき、躱す。
「では、痛い目にあってもらいましょう。アースサプレッション」
縫い付けられた相手の両サイドから、石の壁がせり上がり、徐々に距離を狭めていく。
両サイドから迫りくる壁が、手にあたりそうになった時に、
「こっ降参です!」
その言葉が響いた途端に、歓声があがる。
「観戦している人からしたら、相手が凄く滑稽に見えるでしょうね……」
クオーラがため息を漏らす。
「だから言ったでしょう? 砂埃をすぐに消さないと、もう終わるって」
コルトが笑って答えた。
簡単なことだ。
視界が遮られている間に、石柱をいくつも立て、自分を石柱にのせ、相手の頭上を、作った石柱に飛び移り、移動して接近していただけだった。
そして、離れた位置から、わざと居場所を誤解をさせ、左に躱すように、土の槍衾を発動させ、ルーリのすぐ近くまで接近させたのだ。
「能力は四人に比べると確かに低いが、補って余りあるほど、頭の回転が速くて、状況判断能力がずば抜けて高い。まぁ私が教えるんだから、典型的な、足を止めての魔法の撃ち合いなんて、教えるわけもないが」
シルヴァが自慢げに言う。
「ルーリちゃんはー、適性が土だけじゃなくて、他にも適性が高い属性があったら、魔法剣士もできるくらいの才能はあるのよねー。地属性があまり魔法剣士と相性が良くないだけなのよねー」
「もし相手が他の適性を持っていて、すぐに土埃を払ったら、どうしてたのかしら?」
「流石にルーリの行動の予測はできませんね。でも、あっさりと相手を降参に持ち込むのは確実だと思いますよ」
コルトがそう話していると、石柱や槍衾など、魔力となって霧散しないものが、バラバラと崩れ落ちた。
ルーリと対戦相手が、魔法を解除したのだ。
お互いに握手をし、控室へ去っていく。
「最後はメノウさんですね! 単騎で
そう言ってワクワクしていると言った顔のクオーラに対し、コルト達は、
「メノウ……大丈夫でしょうか?」
「……間違いなく先手は相手だろうな」
「怖がってないと良いんだけどー……」
揃って不安そうな声をあげる。
「あっあら? メノウさんはとても凄い人なのでは……?」
「凄いのは凄いです。それは間違いないんですが……」
メノウと対戦相手が登場する。
「あ、三番隊隊長のサフロじゃないですか……」
「凄いしかめっ面してるなアイツ」
「みんなあっさりと完敗してるからねー。ご機嫌斜めだと思うわー」
メノウも審判に、自前の模造剣を見せて、許可を取っている。
すぐに許可が下りて、サフロと相対する。
「流石にサフロ隊長の事は知っています。三番隊最強の風の魔法剣士。王国騎士団の中でも、三番目に強いと言われている人物ですね」
クオーラが言うと、
「そうですね。風を上位中級まで操れ、剣術は素早く連撃が得意なのが特徴です」
コルトが追加の説明をする。
「そんな凄い相手に、メノウさんは勝てるのかしら?」
「メノウに関しては、負けはしないだろうが……どう戦うか予想ができない」
メノウとサフロ、お互いに剣を構える。
試合の合図とともに、メノウの剣から大量の白い霧が溢れ出た。
「メノウさんもルーリさんと同じ戦術を? でも、相手は風の魔法剣士だから……」
クオーラが聞くと同時に、白い霧が吹き飛ばされるように、一気に晴れた。
サフロは瞬く間にメノウに接近し、攻撃をする。
だが、サフロは連撃に移れないでいた。
メノウがすべて一撃目を受け流して逸らしてしまい、二撃目以降の体勢に移れないのだ。
白い霧はどんどん広がっていく。
「あの霧は視界を奪うためではないのですか?」
「あーなるほど。そう出たか」
シルヴァが何かわかったように言葉を発した。
その間にも、サフロによる一方的な攻撃が続いているように見えた。
サフロの攻撃を受け流すたびに、メノウの剣に纏っていると思われる氷が、砕けて宙を舞う。
「シルヴァ? 何かわかったのですか?」
「クオーラ様。もうすぐわかる」
開始の合図から今までの間、メノウは一切攻撃に転じていない。
それなのに、徐々にサフロの動きが鈍くなっていくのだ。
「時間稼ぎですか? 体力切れを狙ったとか? ですが早すぎませんか?」
そう言った瞬間、サフロの手から剣がすっぽ抜けた。
「あれはただの霧じゃない。中位中級の水属性魔法のフローズンミストだ。あの白い霧が発生している場所は、とんでもない寒さなっているだろうな」
「加えてー、剣に纏わせているのは、中位下級のフロストねー。剣が触れ合ってる時間が長いほど、剣から体温が奪われて行って、握力もなくなったのねー」
シルヴァとカルハの説明に、キョトンとしているクオーラ。
「それだと、メノウさんも寒さで動きが鈍るのでは?」
「メノウは四属性を上位上級まで修めています。火の下位下級の、ウォームスキンで体温維持ぐらいは簡単にできるんですよ」
コルトが説明している間に、サフロは足をガクガクと震わせて、今にも座り込みそうだった。
「降参してください」
メノウが言う。
「絶対しない! 絶対にっ!」
叫ぶサフロ。
凍える体で、集中力が維持できず、まともに魔法も使えなくなっていた。
メノウが困ったと言う顔をしている。
「仕方ないな」
シルヴァがそう呟くと、
「メノウ! そいつはいつまでたっても降参しないぞ! さっさと終わらせたいなら、格の違いを見せつけてやれ!」
シルヴァは立ち上がり、叫んだ。
シルヴァの大声にビクっとしたメノウだったが、シルヴァが貴賓席にいるのを見つけ、
「わかりました!」
と、大きな声で返事をした。
そして、右足のつま先を床につけたまま踵を上げ、タンと踏み鳴らした。
その瞬間、闘技場の床部分の全てから、霜柱が出来上がった。
サフロはそれを見て、力なく座り込んだ。
メノウは続けて、剣を空に掲げた。
闘技場の上空を埋め尽くす、幾千もの氷の槍が、瞬く間に現れた。
「ま、まいった。こっこ、降参だ。殺さないでくれ……」
ガクガクと全身を震わせながら、サフロは手を上げた。
そうサフロが言葉を発した途端、上空を埋め尽くしていた、氷の槍は粉々に砕け散り、キラキラと太陽の光を反射して、観客席に降り注いだ。
床にできた霜柱はそのままだったが。
「シルヴァ。今目の前で起こったことは、現実ですか……?」
呆然と上空を見上げて、クオーラは言った。
「信じられないだろうが、あれだけのことをやっておいて、まったく本気ではない。魔法の腕で言えば、私ですら、足元にも及ばないだろうな……」
「メノウは人を傷つけるのを酷く恐れているんです。私達と修行している時も最初はまったく動けませんでした。オルケストゥーラへ行くのを諦めるように言ったこともあるくらいです」
「クリスちゃんたちが支えてあげているからー、私達の修行にもついてくることができたんだと思うわー」
そんな話しをしている間にメノウは、
「サフロさん。いきなり温めると体に悪いので、ゆっくり温めていきます。もうちょっと寒いのは我慢してくださいね」
と、サフロのケアにあたっていた。
メノウを見つつ、コルトは重い口を開いた。
「正直な話をしましょう、クオーラ様。私達三人は、メノウを殺すことまで考えていました」
コルトのとんでもない一言に、
「どうしてそんな恐ろしいことをっ?!」
顔を青ざめて、クオーラは聞き返す。
「あれはー、
「正直、メノウが人を傷つけることに、何も感じない人間だったら、すぐに殺していた……」
「ハルルちゃんにはー、すぐに気付かれちゃったみたいだけどねー……」
「ハルルは私達を常に警戒していましたからね。今も良い顔をされません」
「メノウがためらわず、本気を出してしまったら、このハルモニカでさえも、一瞬で無に帰すでしょうね。そう思うと、彼女を生かすより、殺しておいた方が、この世界にとって、安全だと思ったのです」
ピタっと、風が止んだ。
「そうなったら間違いなく、クリス様たちに私達は殺されるだろうがな……」
「では、そうしなかったのは何故ですか?」
「最初の頃の稽古中に、ほんの少しだけ私の肩を斬ってしまったことがあるんですよ。その瞬間に、この子は戦いには向いてないんだなって思いました。剣を放り出して、慌てて治癒魔法をかけようとしたんです。もう少しで、自分が大怪我をする所だったのに」
「魔物に対しては、ある程度割り切れているんだろうけど、人にはそれがずっとできていない。だから魔法も、防御に向く水属性しか使っていない」
「剣術も、クリスお嬢様と同じように教えているはずなのに、クリスお嬢様はまるで風が舞うように華麗に戦うのに比べて、上達すればするほど、波一つない水のように、静かに動かなくなり、躱したり受け流すことを主軸としていきました」
「一緒に過ごしているうちにー、優しい子なんだって、むしろ優しすぎるぐらいなんだって思うようになったのよねー」
「正直、不安に思います。いつか彼女が災いをもたらすのではないか? と。戦う力を与えてしまったのは、失敗だったのではないかと。それでも、彼女に一切恐怖を抱かず、一緒にいようとするクリスお嬢様達の事を信じてみたのです」
難しい表情を浮かべているコルト達。
そんな三人を見て、クオーラは笑顔で言う。
「殺さなくて正解ね! あの子は普通の女の子よ? お料理が好きで、男性が苦手な、優しい女の子。災いをもたらすのではなくて、もしかすると、災いを打ち破るために現れたのかもしれないわ。どちらにせよ、メノウさんにとっては過酷な道のりなのは変わりないのだけどね……。あなた達を見つけた私の目と、私の愛するクリスを信じてあげて」
「「「はい」」」
「まーそんなことだろうと思ってたけどねー」
不意に後ろから声が聞こえた。
四人は声をした方に振り向く。
そしてコルトとシルヴァとカルハは絶句する。
そこに立っていたのは、クリスティリアとルーリの二人だった。
一番聞かれたくない相手に、一番聞かれたくないことを聞かれてしまったのだ。
「クリスお嬢様! あのっそれはっ!」
コルトが必死で誤魔化そうと言葉を何とかひねり出そうとしていたが、
「ハルルが三人と滅多に話さない時点で、コルト達を警戒しているのが丸わかりだよ」
「そうか。気づいていたのか……」
「皆さん不用心ですよ! 今この場に瑪瑙がいたら、どんなに傷ついたと思っているんですか!」
ルーリが怒りを露わにして言う。
「ごめんなさいねー……」
しゅんとして謝るカルハ。
「瑪瑙のいた所ってね、平和だったらしいんだー。人を傷つけちゃダメだって子供の頃から当たり前のように教えられたんだって。正直、全然理解できないよ? でもその教えが、私達の大好きな瑪瑙を形作っているんだって思ってる。もし、瑪瑙が災いをもたらす存在になってしまったら、私達が止めてあげるよ。もちろん! 殺さない方法でね」
クリスティリアは笑顔で言い切る。
「そんな心配は無いですけどね! 瑪瑙と一緒にいる私達は、瑪瑙の力を恐ろしいなんて感じたこと、一度だって無いんですよ?」
胸をはって言うルーリ。
「あ、メノウさんがこちらに手を振っていますよ!」
クオーラがメノウの視線に気づき、みんなに教え、手を振り返す。
まだサフロのケアは続いていたようだ。
この時、メノウの近くか、クリスティリアの近くに、ハルルがいなかったことは、運が悪かったとしか言いようがなかった。
もしどちらかの近くにいたら、きっとメノウの異変に真っ先に気づけただろう。
今ハルルは、控室に自分の対戦相手の女性がやってきて、話をしていたのだ。
「あの……メノウさん? 急に涙を流してどうしたんですか?」
ゆっくりと体を温めてもらっていたサフロが、驚いて聞く。
「あ、いえ。何でもありませんよ。ちょっと目にゴミが入っただけです」
「……そうですか? こすっちゃダメですよ?」
「はい……」
誰も気づかなかった。
メノウが魔法で話し声を聞いていたことを。
ウィスパーと言う風の下位下級の魔法で、みんなと話をしようと、会話を聞いていたことを。
最悪のタイミングで会話が聞こえ、あまりのショックですぐに魔法を解除してしまったことを。
手を振ったのは、みんなを見かけたからではなく、
誰も気づいていなかった。
その日。
闘技場から、メノウは姿を消した。
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