暴走する嫉妬

 ――リステル視点――


 今私は、ルーリと並んで遺跡の調査をしている。

 調査と言っても、辛うじて瑪瑙の魔法で吹き飛ばされなかった部分を探す作業だ。

 長方形だった広い遺跡は、今はほぼ半球状に形を変えている。

 それだけ瑪瑙の放ったダウンバーストの威力は凄まじかったのだ。


 瑪瑙はずっと泣き叫びながら、詠唱をしていた。

 スティレスさんは、怖くて必死だったと捉えたようだけど、実際は違う。

 正直、調査なんてしないで、今は瑪瑙のそばにいたいと思った。

 でも、瑪瑙の気持ちを知っているから、我慢して、ルーリと頑張って探している。


 ルーリの表情はすぐれない。

 ほとんど何も残っていないから。

 ほんの少しだけの痕跡を必死になって探している。


「ハルル。いっぱいあるからいっぱい食べてね?」


「ん! 瑪瑙お姉ちゃん。あーん」


 瑪瑙は、一番後ろでハルルにお菓子をあげていた。

 少し元気を取り戻したのか、いつもの笑顔がほんの少し戻っていた。

 私はほっとして、遺跡の調査に意識を戻す。

 後で私もあーんしてもらおう。


「うぐっ……」


 そんな声が後ろから聞こえたので、振り返る。


 瑪瑙が後ろから、ハルルを抱きしめていた。


「瑪瑙お姉ちゃん? 急にどうしたの?」


 ハルルがキョトンとしていた。


 そして、ゆっくりと、瑪瑙はハルルを抱きしめながら、滑るように崩れ落ちた。


「……瑪瑙?」


「瑪瑙お姉ちゃん?」


 瑪瑙が倒れた後ろには、男が一人、剣を持って立っていた。


「お前たちがいなければ、俺様が英雄になれたはずなんだ! お前たちさえいなければあああっ!」


 叫ぶ男が倒れた瑪瑙に、剣を突き立てようとしたその瞬間、男はハルルに殴り飛ばされていた。


「瑪瑙お姉ちゃん!」


 みんなが男の叫び声で、異常事態に気づく。

 私は、体が動かなかった。

 ルーリも、瑪瑙が倒れているのを見て、持っているものを全て落として、硬直していた。

 瑪瑙のマントがどんどん赤色に染まっていく。


「メノウちゃんしっかりして!」


「メノウ! 早く治癒魔法を!」


 アミールさんが瑪瑙に駆け寄り、スティレスさんは殴り飛ばされた男を取り押さえている。

 私達二人は、呆然と立ち尽くしていた。


「リステルちゃんしっかりなさいっ!」


 そう言って、アミールさんが私に向かって盾を投げつけた。

 腹部に命中する。

 その痛みで、体の硬直が解けた。


「ルーリ!」


 私は慌てて、ルーリの頬を叩き、手を取って瑪瑙のそばまで駆け寄った。


「瑪瑙! 瑪瑙!」


 私は必死に呼びかける。


「……ごめ……ん……ね。咄嗟に……魔……法で……防げな……か……った」


「メノウちゃん。治癒魔法使えるんでしょう?! 早く使って!」


 アミールさんが慌てて叫んでいる。


「だめっ! 今の状態だと、瑪瑙は魔法を使えない! このままだと失血死するっ!」


 ルーリも現状を把握できたのか、慌てている。

 その間にも、瑪瑙のマントはどんどん赤く染まっていく。


「リステル! 傷口がわからない! 瑪瑙を抱き起して、服を脱がして!」


「わかった!」


 急いで瑪瑙を座らせるように抱き起し、服に手をかける。

 力任せに全部のボタンを引きちぎり、着ているものを一気に脱がす。

 騒ぎに気付いた調査隊のメンバーが近づこうとした。


「男は来るなーっ!」


 アミールさんが怒鳴る。

 ハルルが瑪瑙を隠すように、大鎌を片手に持ち、小さい体を目一杯に広げて立っている。


「見たら殺す!」


 ハルルが叫ぶ。


「瑪瑙、痛いけど我慢してね!」


「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング」


 ルーリが詠唱をし、治癒魔法をかけた瞬間、


「ああああっ!」


 瑪瑙が叫び声をあげて、背中を反る。


「リステル! 瑪瑙を抱えて、背を丸めさせて! 反らされた状態で治癒すると、治癒した後に、背中を曲げると、また裂ける! 瑪瑙! リステルにしがみついて、頑張って背中を反らさないようにして!」


 上半身裸の瑪瑙を抱きしめる。

 瑪瑙も弱々しく私の背中に手を回す。


 またルーリの手が青く光った。

 その瞬間、また瑪瑙が叫び声をあげる。

 手を回された背中に、瑪瑙の爪が食い込み、鋭い痛みが走る。

 そして、また背中を反らしかける。


「瑪瑙! 私の肩を噛んでいいから、頑張って背を反らさないで!」


 そう言った瞬間、肩を思い切り噛まれた。


「ぐっ!」


 あまりの痛みに、一瞬息が詰まるが、それ以上に瑪瑙は、


「うううううっ! うんんんんっんんんんんっ!」


 っと、酷いうめき声をあげている。


「右肩から、左わき腹まで切られてる。これだけ深いと、私の治癒魔法の腕だと……」


 ルーリの顔が悔しそうな顔をしている。


「ルーリ! 瑪瑙は助かるよね?!」


 ルーリの表情に、嫌な予感が私を襲う。

 その間もずっと瑪瑙は、私の肩を噛み、うめき声をあげている。


「大丈夫! もう半分治癒できた! もう出血がひどい場所もない! 瑪瑙、もうちょっとだけ我慢して!」



 そして……。


「瑪瑙ごめんね。ごめんね……」


 瑪瑙の背中に額をあてて、泣きながら、繰り返し謝るルーリの姿があった。


 瑪瑙の治癒は間に合った。

 最初こそ、私達は頭が真っ白になってしまって、動けなかったけど、それでもルーリはすぐに治癒魔法を使った。

 出血が多かったせいと、ルーリの治癒魔法の痛みで、瑪瑙はぐったりしている。

 今は私のブラウスを羽織ってもらっている。


「ううん。みんなありがとう。痛みのせいで、自分に治癒魔法かけられなかったから助かったよ」


「でもっでもっ!」


 治癒は成功したが、瑪瑙の右肩から左わき腹にかけて、傷跡が残ってしまった。


「ねぇルーリ。手鏡って持ってる?」


 瑪瑙がルーリに聞く。


「あるけど、どうするの?」


 涙をぬぐってルーリは聞き返す。


「傷跡を見たいの」


 そう言った瑪瑙に、黙ってルーリは手鏡を渡す。


「あのー誰か、服を脱ぐから見張っててくれない?」


「私達が見張っておくから、ハルルちゃんもメノウちゃんのそばにいてあげなさい。ね?」


「ん。ありがと」


 アミールさんがそう言って、ハルルは瑪瑙の横にちょこんと座る。

 瑪瑙は周りをキョロキョロと確認して、羽織っていたブラウスを脱ぐ。

 体をひねって、手鏡で背中の傷跡を確認すると、


「これは……。ホントにクッキリ残っちゃってるね……」


「瑪瑙お姉ちゃん、ごめんなさい。ハルルのせいで……」


 ハルルがぽろぽろと涙を流している。


「ハルルのせいじゃないよ。ハルルを襲おうとしたあの男が悪い!」


 瑪瑙はハルルの頭を優しく撫でる。


「ルーリ。傷跡って治せないのかな?」


「ごめんなさい。わからないの。治癒魔法の勉強はあんまりしてなくて……」


 申し訳なさそうに、ルーリは頭を下げる。


「それじゃーちょっと試してみよう! ルーリ手伝って!」


 無理に明るく振舞っているいるように見えた。


「何をすればいいの?」


「傷跡の位置が私からは見えないから、私の指先を傷跡に触れるように、手を掴んで引っ張ってほしいの」


「わかった」


「よし、いくね!」


「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング」


 ルーリよりも強い青い光が、瑪瑙の左手の指先から漏れた。

 そして、ルーリに手首を掴まれた左手の指先が、左わき腹の傷跡にふれると、触れた部分がスゥっと元に戻るように、傷跡は消えていった。


「瑪瑙! 傷跡消えたよ!」


「ホント?! ……あ」


 瑪瑙が喜んだ瞬間、ふらついて、倒れそうになるのを、咄嗟に抱きとめる。

 出血がかなりひどかったせいで、ふらつくようだ。


「リステルありがとー。ちょっとこのまま体預けていい?」


「うん、いいよ」


 そう言って、瑪瑙の頭を抱きしめる。


「もう一回!」


 徐々に傷跡が消えていく。

 そして左手が、背中の真ん中あたりに来た時、


「あだだだだ!」


 瑪瑙が痛がり出した。


「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫?!」


 ハルルが驚いて聞くと、


「ルーリ、左腕はそれ以上まがらな……いだだだだだ!」


「あっごめんなさい!」


 ルーリは慌てて手をはなす。


「ふぅ。次は右手でいくね」


 そう言って、瑪瑙の傷跡は全て無くなり、綺麗な肌に戻ったのだった。



 今は遺跡から少し出たところの森で、テントを一つ張り、瑪瑙を寝かしている。


 スティレスさんが、何が起こっていたのかを話してくれた。

 瑪瑙が風竜ウィンドドラゴンを倒した後、先走った十名の男の冒険者たちは、残りの十名によって取り押さえられていた。

 しばらくすると、取り押さえられた一人が、


「すまない。あの四人に、詫びと礼を言いたいんだ。放してくれないか?」


 っと言ったそうだ。

 取り押さえていた男は、その言葉をあっさり信じて、男の拘束を解いてしまい、今回のことが起こったそうだ。


 凶行におよんだ男は、私達がいなければ、本気で風竜ウィンドドラゴンを倒せると思って疑わなかったらしい。

 今も、私達さえいなければ!っとずっと言ってて始末に負えないと言っていた。


「メノウをしっかり休ませたいが、風竜ウィンドドラゴンを倒した今、縄張りじゃなくなったここに、魔物がいつ侵入してくるかわからん。すまんが少し休ませたら、森を抜ける準備を始めてくれ。ホントにすまんっ!」


 スティレスさんが頭を下げる。


「大丈夫ですよ。少しふらつくだけで、もう魔法はしっかり使えます」


 横になった瑪瑙は、笑顔でそう答えた。


「無理だけはしないでくれ」


 そう言って、スティレスさんはテントから出て行った。


「……流石に四人入るとこのテントも狭いね」


 瑪瑙は青白い顔をして、笑っている。


「瑪瑙。元の世界に戻る方法がわからなくなってしまって、自棄を起こしたわけじゃないよね?」


 私が、不安に思ってることを聞いた。


「そんなわけないよ。みんなが一緒にいてくれるって言ってくれたじゃない。ね? ハルルはわかってくれるよね?」


「……」


 ハルルはうつむいて、答えなかった。


「ハルル……。ハルルおいで」


 瑪瑙は体を起こし、腕を広げる。


「瑪瑙お姉ちゃん寝てなくちゃだめ!」


「だーめ。ハルルが来てくれるまで横にはならないよーっだ」


 渋々ハルルは瑪瑙のそばに寄り、抱きしめられて、そのまま一緒に横になった。

 っというか、瑪瑙がそのまま引っ張り倒した。


「ハルルもルーリもリステルも、気にしないでって言っても、きっと気にしちゃうだろうけど、ちゃんと言っておくね。気にしなくていいよ」


 瑪瑙はハルルの頭を撫でながら言っていた。


「あれは誰も悪くないんだから。それに、私はあの時ハルルのおかげで元気になったんだよ」


「瑪瑙、わかったからもう喋らないで、ゆっくり休んで。スリープをかけて、少し寝た方が良いわ」


 ルーリが瑪瑙の話を止めようとする。


「みんながそばにいてくれるなら、少し仮眠をとるよ」


「わかった。そばにいるよ。だからちょっとでも休んでね」


「んふ。それじゃーみんな眠くなれー」


 そう言って瑪瑙は、四人全員に、スリープをかけた。


「「「なっ!」」」


 瑪瑙のスリープは、ルーリのとは比べ物にならない程、眠くなる。

 意識が途切れそうになる前に、瑪瑙の横に寝転がり、ハルルと瑪瑙をまとめて抱きしめる。

 ルーリも瑪瑙にしがみついたようだ。


「見張りはしてくれてるけど、後で怒られるよ?」


「みんなで怒られようねー……」


 瑪瑙はそう言って、私達は寄り添うようにして、眠りに落ちたのだった。



 はい。

 怒られました。


「私とスティレスが見張ってるからよかったものの、四人とも寝てしまうのは、お姉さんどうかと思うわ」


 珍しく眉間にしわを寄せたアミールさんに、しっかりとお小言を賜りました。

 おのれ瑪瑙。

 私達は二時間ほど眠っていたらしい。

 みんな寄りそい合って、幸せそうな寝顔だったそうだ。

 お昼は既に回っていたけど、昼食をとる。

 ただし、保存食で。


「美味しくない!」


 そう言いながらも、瑪瑙の膝の上に座ってモリモリ食べているハルルを見ているとおかしくなった。


「瑪瑙ごめんね。また守ってあげられなかった」


「それを言うなら、私こそ、またみんなに迷惑をかけちゃった。みんなごめんね」


「ハルルが。ハルルが気が付けなかったのが一番悪い!」


「しかたないよ。ハルルは頑張って戦った後で、お腹がすいてふらふらだったんだから」


「ハルルもう油断しない。瑪瑙お姉ちゃんを傷つけさせない!」


「ありがとうハルル。でも無理はしちゃだめだからね?」


 そう言って、優しく頭を撫でている。


「ん!」


 嬉しそうに、目を細めて、パンを齧っている。

 ルーリの表情も心なしか柔らかくなっている気がする。

 私も少し、気持ちが楽になっている。

 ルーリが瑪瑙の肩に頭を乗せるのを見て、負けじと私も肩に頭を乗せた。


「重いよ二人ともー」


 そう言う瑪瑙は嬉しそうだった。


 遅い昼食を終え、森からの脱出を始める。

 帰りは、女性陣が中心となって戦闘をする。

 男連中は、拘束している男達の面倒を見ているから、戦力外になってしまった。

 ただ、連携しやすかったので、行きよりは、気分的にずっと楽だった。

 流石に瑪瑙に無理をさせられないので、休憩をはさむ。

 まだ瑪瑙の顔色は良くなかった。

 それでも、瑪瑙は頑張っていた。


 暗くなってきたので、野営の準備に入る。

 瑪瑙が岩でできた頑丈な牢獄を作り、拘束された十人をそこに放り込む。

 武器も防具も取り上げているし、何より瑪瑙が作った牢獄だ。

 簡単に脱出なんかできないだろう。

 見張りとか、その後のことは残りの男連中に任せる。

 正直、獄中で餓えようが、仲間同士で諍いを起こそうが、知ったこっちゃない。

 私とルーリとハルルの三人で、皆殺しにされないだけ、感謝してほしいものだ。


 瑪瑙は相変わらずの手際で、料理を作っている。

 休めばいいのにと言ったら、


「栄養を取るのも休むことになるから、ちゃんと食事はしないとね!」


 っといって、料理を続けた。

 ただ、夜の見張りからは外すことにした。

 申し訳なさそうにしていたけど、もともと見張りとか慣れていないから、別に問題はなかった。

 ……朝ご飯が若干豪勢になっていた。


 その後も、行きの苦労は何だったんだって言いたくなるくらい、楽に行程は進んだ。


「行きもこんな風にすいすい進めたら良かったんだがな……」


「足の引っ張り合いがひどかったからねー」


 スティレスさんとアミールさんがぼやいていた。


 瑪瑙は徐々に復調していき、草原の真ん中あたりに着いたときには、積極的に戦闘に参加をはじめ、帰るスピードが一気に速くなった。

 拘束された男たちも大人しかった。


 そんなこんなで、帰りは大した問題も起こらずに、フルールの東門に到着したのであった。


「さーて。こっからが面倒だな」


「衛兵呼んで、事情を説明して、勾留してもらって、ギルドにも報告ね。流石に集めた人員についても、文句を言わないとダメなんだけど、問題は……」


「「風竜ウィンドドラゴン」」


 スティレスさんとアミールさんは声を合わせて言った。


「ルーリ、ハルル。警戒しておくよ」


「リステルお姉ちゃんどうしたの?」


「私達が油断したところで、瑪瑙がひどい目にあってるの。だから気を引き締めておくの」


「そうね。今回も以前もそうだったものね」


「ん。わかった」


 そう言って、瑪瑙を囲むように位置取り、警戒をする。

 スティレスさんが警備兵に事情を話して、戻ってきた。


「しばらく待ってろってさ」


「ルーリちゃん、メノウちゃん。念のため、男たちを魔法でも拘束しておいてくれない?」


「「はい」」


 言われた通りに、瑪瑙は五人、地面に足を固定した。

 ルーリは残りの五人を、十字に磔にした。


「え、ルーリ? そこまでするの?」


「え、瑪瑙はそれだけなの?」


「しっかり行動不能になるんならどっちでもいいぞ?」


 そんなやり取りをしていた。

 しばらくすると、衛兵二十人程と、一人のお姉さんがやってきた。

 セレンさんだ。


「皆さんご無事でなによりです! 先に連行してしまいますね。その磔にされている五名でいいですか?」


「いえサブマスター、もう五名、拘束されていますので、そちらもお願いします」


「十人も拘束しなければいけない事態だったんですね……。お願いします」


「わかりました。連れていけ!」


 現れた衛兵のリーダーと思しき人が、セレンさんに敬礼して、号令をかけて、男たちを連行していった。


「みなさんにはこのまま、守衛詰め所まで来てもらって、事情聴取をすることになります。申し訳ありませんが、もうしばらくご協力ください」


 セレンさんが頭を下げる。

 東外壁に、直接詰め所に入る扉があり、そこから詰め所に入り、私達は今回の起こったことのあらましを話した。

 他の調査隊のメンバーからも、話がでたのか、詰め所内で、ちょっとした騒ぎになっていた。


風竜ウィンドドラゴンを二体も討伐したと言うのは本当ですか?!」


 セレンさんが私達に聞いてきた。

 もう一人、鎧を着た知らない女の人が、セレンさんと一緒に現れた。

 二人ほど、鎧を着た男の人たちがついてきている。


「話では、一体は四人で協力して倒したと聞いたが、もう一体は一人で倒したと全員が話している。それは本当か?」


「事実ですよ。死体も空間収納にしまってもらってます」


「確認させてもらっても、かまわないか?」


「巨大なので、建物内では無理ですよ? 頭だったら、私が二匹分持っているので、見せられますが」


「体も持って帰って来たんですか?!」


 セレンさんが驚いていた。


「私が空間収納にしまっています」


 瑪瑙は小さく手を上げる。


「今すぐ確認しよう。外壁の外なら問題ないだろう。おい、幹部を集めろ。至急だ!」


「はっ!」


 そう言って、命令された人は慌てて、走り去っていく。

 私達四人と、アミールさんとスティレスさんは、セレンさんと鎧の女性の後について行き、外に出た。

 そこには衛兵が既にずらっと並んでいた。

 その光景に流石に腰が引ける。

 やっぱりみんな怖かったのか、みんなで手を繋ぐ。


「もっと広がってくれ! 潰されるぞ!」


 ……。

 スティレスさんは堂々としていた。

 この人凄いな。

 アミールさんはコソコソと、スティレスさんの背中に隠れていた。

 スティレスさんに言われた通りに、集まっていた衛兵は距離を開けていく。


「そんなもんでいいぞー! よし、メノウ見せてやれ!」


「はっはい!」


 そう言って瑪瑙は手を前にかざす。

 ズシンと音と共に、薄緑色の巨体が二つ現れた。


 おおっ!


 一気に騒めく。

 私も空間収納から、首を二つ、巨体の近くに落とした。


「これは疑う余地はないな! 見事だ!」


 鎧を着た女性が、そう言葉を放った瞬間、騒めきは、歓声へと変わった。


「それにしても、災害級の化け物をこんな少女たちが倒してしまうとは、末恐ろしいな」


「あのーちなみに、誰が一人で倒しちゃったんですか?」


 セレンさんが聞いてくる。


「瑪瑙お姉ちゃん!」


 ハルルが嬉しそうに、瑪瑙と繋いだ手を上にあげる。


「リステルさんだと思っていましたが、まさかメノウさんだとは……」


「そんなことよりセレン! あの十人は何なんだ! あいつらのせいで、どれだけ酷い目にあったと思っているんだ。メノウなんて殺されかけたんだぞっ!」


 スティレスさんがセレンさんの胸倉を掴む。


「申し開きの言葉もありません。完全にギルド側の人選ミスです。今も尋問は続いていますが、リステルさん達に嫉妬し、それが肥大化、暴走したようです。その中の一人は特にひどい状態ですね」


 スティレスさんが掴んでいた手をほどいた。

 セレンさんは、私達の前まで来て、


「この度は本当に申し訳ありませんでした。信用してもらえるよう努力すると言ったのに、この有様です。でもっご無事でっ良かったです……。リステルさん、ルーリさん、メノウさん、ハルルさん、本当にごめんなさいっ!」


 そう言って、涙を流しながら頭を下げる。


「セレンさん、頭を上げてください。私達は無事に帰ってこられたんですから、それで良しとしましょう? 気にするなって言うのは無理だと思いますけど、気にしすぎないでくださいね?」


 瑪瑙がセレンさんを慰める。

 この中で一番文句を言っても良いのは瑪瑙だ。

 その瑪瑙が許すのだったら、私達は何も言うまい。


「ありがとうございますっ。後日、みなさんには正式に謝罪をしますので、少々お待ちください」


 さて、キロの森の大規模調査のお話は、これにておしまい!

 っとは、行かないんだなーこれが。


 風竜ウィンドドラゴンの死体の買取が、ギルドでは手に余るものらしく、フルールの街の予算から買い取るか、商人たちにオークションをさせるかを選ぶ羽目になった。

 街としては、優先して買い取りたいが、出せる金額に限度があるため、オークションより、かなり安値になってしまうそうだ。

 ただ、オークションをした場合、私達の名前が盛大に知れ渡ることになるらしい。

 セレンさん曰く、名前が知れ渡ることは冒険者としては素晴らしいことだが、それ相応のトラブルも引っ提げてくるので、覚悟をしておいた方がいいとのこと。

 どの道、風竜ウィンドドラゴン討伐の報告は、首都ハルモニカの王城に行くことは決定していて、確実に叙勲されるだろうということだ。

 ……激しくやめてほしい。

 っと言う事で、四人で話し合った結果、街に売ることにした。

 その旨を、鎧を着た女性に伝えると、とても嬉しそうな顔をして、


「感謝する」


 と、恭しく頭を下げられた。


 そんなこんなで、色々決めていたら、解放されたのは、日が沈んだ頃だった。

 他の冒険者たちは、酒場で打ち上げをするらしい。

 来ないか? っと誘われたけど、瑪瑙をゆっくり休ませてあげたいと、理由を話して、断った。

 正しくは、男が大勢いる所は勘弁してほしいという、四人全員の思いからだけどね!

 残りの女性陣と、アミールさんとスティレスさんも参加するらしい。


 とりあえず、明日また冒険者ギルドに顔を出すと言うことになり、家路につく。

 家に到着して、私達は早速シャワーを浴びる。

 今回は瑪瑙とハルル、私とルーリと言うペアになった。

 夕飯の準備もあるので、瑪瑙が入るのは先、という決まりができていた。

 でも、今回は無理やり私とルーリも一緒に入った。


「ちょっと! せまいせまい! ハルルもずっと抱き着いてないではなれてー!」


 そう言って、笑っている瑪瑙を見ると、ズキンと心が痛んだ。

 ハルルの様子もおかしかった。

 ずっと瑪瑙に抱き着いて、離れないのだ。

 流石に気付かないわけがない。

 また無理をしているんだ、瑪瑙は。


「瑪瑙お姉ちゃん。無理して笑わなくても良いんだよ」


 ハルルがそう言った瞬間、瑪瑙の目から涙が溢れだした。


「……ううっ。もうお家に帰れないっ! 元の世界に戻れないっ! お父さんにもお母さんにも会えないっ!」


 瑪瑙は声を上げて泣き出した。

 かける言葉が見つからなかった。

 知らない世界にたった一人。

 残された人達が沢山いるだろうことは想像に難くない。

 瑪瑙の事だ、良く話に出る幼馴染以外にも、たくさん友達はいただろう。

 魔物なんていない世界、平和な世界。

 そこでどんな生活をしていたかなんて、想像なんてできるわけがない。

 瑪瑙の辛さを理解してあげられないのが、私にはとても辛かった。

 何より、怖い思いまでして、頑張って、戦って、その結果がこれでは、報われないじゃないか。


「瑪瑙。私はずっとそばにいるから。どんなことがあっても離れないから!」


 そう言って、私は思い切り瑪瑙を抱きしめた。


「私も瑪瑙のそばにいるわ。ずっと一緒よ!」


 ルーリも反対側から抱きしめる。


「ハルルもずっと一緒! 瑪瑙お姉ちゃんの事、大好きだから!」


 正直、一緒にいるから何なんだって思った。

 慰めにすらなってる気がしない。

 それでも、


「ありがとう。私もみんなの事大好きだよ」


 そう言って笑顔に戻ってくれた。


「瑪瑙。ハルルも言ってたけど、無理して笑わなくていいんだからね?」


 私は言う。


「うん。たぶんまた泣いちゃう日があると思うけど、その時はみんなに甘えさせてもらうよ」


「約束よ? 隠しても、ハルルが気づいちゃうからね?」


 そう言って、瑪瑙の肩に噛み跡をつける。

 ルーリも反対の肩に噛み跡をつける。


「ハルルも! ハルルも!」


 結局、全員の肩に三つずつ、噛み跡しるしがついた。

 この相手に自分の噛み跡しるしをつける行為が、ちょっとクセになってしまいそうだった。

 この三人は私のだという独占欲と、愛情表現に思えてしまって、胸が高鳴った。


 そんな思いに浸っていたのは良いのだが、結局長くは続かなかった。


 みんなのぼせてしまった。


 着替えてしばらくの間、大人しくしていると、ましになったのか、瑪瑙が夕飯の準備を始めた。

 空間収納から、残ってる野菜やお肉を出して大量に切っている。

 私達も瑪瑙を手伝うために、各々包丁を持ち、瑪瑙の指示通りに食材を切っていく。

 今まで料理なんてしたこともない、私とルーリとハルルが、今では瑪瑙と一緒に料理の手伝いをしているのだ。

 そんな自分の変化を少し、嬉しく思う。

 ただ、瑪瑙とルーリとハルルにべったりになってしまったのは、自分でも驚いた。


「~♪」


 瑪瑙が歌を歌っている。

 聞いたことがない、知らない世界の言葉で歌われる、知らない世界の歌。

 瑪瑙は良く料理をしている時に、今みたいに歌を歌ったり、鼻歌を歌ったりしている。

 たまに、今歌ってる言葉みたいな、私達の知らない言葉で歌っている時もある。

 どこの言葉か聞いてみると、エイゴと言う、瑪瑙の住んでいる国から、遠く離れた場所にある、大きな国の言葉だそうだ。

 楽しそうに歌い、料理をする瑪瑙をみて、少し安堵する。

 ハルルも真似をして鼻歌で一緒に歌っている。


 瑪瑙が今歌っている歌は、瑪瑙が生まれるより、ずっと昔に、遠く離れた大国で流行った歌で、故郷に帰りたい思いが詰まった、少し寂しい歌なのを、私達は知らない。

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