瑪瑙が決めたこと

 ――ハルル視点――


 ハルルとリステルお姉ちゃんの見張り番の時間が来た。

 テントに入っていくルーリお姉ちゃん、少しぐったりしてた。

 メノウお姉ちゃんは、なんだか辛そうだった。


 焚き火の前に大鎌を持って座る。

 男たちの一部の騒ぎ声が聞こえるが、それ以外は静かだった。

 リステルお姉ちゃんも、元気がない。

 理由は、メノウお姉ちゃんがいなくなるかもしれないからだ。

 ハルルも嫌だと思った。

 楽しかった。

 ご飯もとびきり美味しかった。

 幸せだと思った。


「リステルお姉ちゃん、メノウお姉ちゃんについて行くの?」


「ごめんなさいって、断られちゃった。ハルルはついて行きたいの?」


「ハルルは無理。ハルルが生きていけるのは、魔物がたくさんいるおかげ。魔物のいない世界では、お金を稼ぐどころか、食べるものにも困って、すぐに死ぬ」


 リステルお姉ちゃんは、ハルルの頭を撫でてくれて、


「"行きたくない"じゃなくて"無理"なのね」


「ハルルもメノウお姉ちゃん好き。リステルお姉ちゃんとルーリお姉ちゃんにはかなわないけど、負けないくらい好き」


 こんなに居心地のいい場所、初めてだった。

 ハルルの病気のことを知ると、みんな嫌がった。

 中には、ハルルの力を利用して、お金を稼ぐ人もいた。

 最近知り合った三人も、そうだった。


「ねぇハルル。瑪瑙と離れないようにするには、どうすればいいのかな?」


 リステルお姉ちゃんは泣いていた。

 涙を流してはいないけど、心の声は、大声で泣いているのがわかった。

 本当は、慰めてあげたいけれど、それではだめだ。


「リステルお姉ちゃん。それだと、メノウお姉ちゃん、安心して帰れない」


「っ!!」


「帰った後も、リステルお姉ちゃんとルーリお姉ちゃんを心配して、メノウお姉ちゃん苦しめちゃう。メノウお姉ちゃん、心が普通より、強くない。心配事なく、帰してあげなくちゃだめ」


 そう。

 メノウお姉ちゃんの心は、この世界の同年代に比べて、幼く、弱い。

 平和な世界で、ノビノビと生きていたからだろう。

 この世界みたいに、あっけなく人が死んで、殺されてをする世界じゃないと言っていた。


「ハルルは強いね。私なんかより年下なのに、しっかりしてる」


「嫌。ハルルだって嫌。ずっと一緒にいたい。ハルルの病気が無かったら、無理やりでもついて行きたい……」


 ポタポタと、気が付いたら、涙がこぼれていた。

 リステルお姉ちゃんにぎゅっと抱きしめられた。

 リステルお姉ちゃんも、涙を流していた。


「でも、そうだよね。笑って送り出してあげないと、瑪瑙も心配するよね。あの子、泣き虫さんだから」


「ん。でもちょっと、メノウお姉ちゃんの世界を見てみたい」


「わかる! 文化が全然違うんだって! 瑪瑙ってば、まだシャワー一人で使うの嫌がるのよ? 後たまに、玄関でブーツ脱ごうとすることがあったり。食文化も全然違うんだって!」


 リステルお姉ちゃんはホントに楽しそうに、メノウお姉ちゃんのことを話してくれた。

 その時に、初来月はつきづき 瑪瑙めのうと言う、メノウお姉ちゃんの本当の名前と文字を教えてもらった。


「ハルル。ありがとう。ほんの少しだけ、ちょっとだけ、ほんのちょぴっとだけど、元気がでた」


「……少なすぎる。リステルお姉ちゃんいじわる」


「ハルルに強がっても、すぐに気付かれちゃうもん。だから正直に話してるの!」


 頭をくしゃくしゃっと撫でてもらった。


 瑪瑙お姉ちゃんの面白い話を聞かせてもらっていたら、あっという間に時間が過ぎていった。

 リステルお姉ちゃんが、食材を取り出して、一口サイズに切り始めた。

 ハルルも手伝っている。

 ハルルがいっぱい食べるから、準備を始めているのだ。

 瑪瑙お姉ちゃんがすぐに朝食の準備に取り掛かれるように。

 そして。

 ハルルの大好きな瑪瑙お姉ちゃんが、起きてきた!



 ――瑪瑙視点――


「おはよー。朝食の準備ありがとー。ふぁーあ」


 流石に三時間睡眠は辛い。

 必要睡眠時間って六時間だっけ?

 冒険者は体力がいりますね……。

 まぁ私とルーリは、スリープの魔法ですぐに入眠できるんだけど!

 勿論、リステルとハルルにもかけてあげてるよ!


 材料を山ほど切っておいてくれたので、後は私が調理するだけ。

 ハルルのために買ってきた大きな寸胴鍋でシチューを作る。

 水は、人にあんまり見られないように、私の魔法を使う。

 女性陣がやってきて、朝食のおすそ分けをし合う。


「朝から豪華ねー。っというか、このシチュー美味しすぎるわ! ギルドの食堂のものよりずっと美味しいわ!」


「あぁ、あったまるし腹にも溜まる。これなら朝一から全力だせそうだ」


 当たり前のようにアミールさんとスティレスさんも食べている。

 ハルルが、


「ハルルの分ーっ!」


 と言って少し拗ねていたが、ハルルの元パーティーメンバーの女性たちからも、おすそ分けをもらって、もっきゅもっきゅ食べていた。


「そうだ! お二人に話しておきたいことがあります」


 ルーリが昨日していた、強い魔物がいる可能性の話をした。


「……なるほど。違和感を感じていたけど、そのせいね」


「確か、マナが一番濃い場所って、遺跡だって報告があったよな? あたしちょっと男連中に言って、慎重に行動するよう伝えてくる。悪いがアミールも来てくれ。……流石にあたし一人は身に危険を覚える」


「わかったわ。女性陣はみんなここにいるから、話は聞いてたわね? あなた達は問題ないと思うけど、より一層注意をしてちょうだい。じゃ、スティレス、行きましょう」


 そう言って、二人は男性陣に注意しにいった。


 全員朝食を終え、出発する。

 もうちょっとで遺跡に到着するっと言うところで、森の様子が変わりだした。

 木々が所々で、へし折れているのだ。

 しかも細い木ではなく、大木が。

 キロの森に入って襲ってきた魔物の中に、こんな大木をへし折ることができる魔物はいなかった。


「……少なくとも、この大木をへし折れるくらいの魔物はいるってことは、確定でいいわね」


 ルーリが難しい顔で言う。


 徐々に遺跡に近づくにつれて、へし折られている木の量も増えていった。


「……この様子だと、遺跡が破壊されていてもおかしくはないね」


 リステルのその言葉に、冷汗と眩暈が一気に起こった。

 私は遺跡の中心から現れたそうだ。

 方法はわからなくても、帰るとしたら、同じ遺跡からだろう。

 そう考えていたからだ。

 もうすぐ遺跡だ。

 根元から折られた木々が、あからさまに増えていった。

 遺跡までの道中は、一切魔物に襲われなかった。

 そして。


 私達は、遺跡にたどり着いた。

 リステルの予想は、外れた。

 壊されてはいなかった。

 以前に私がいた時と変わっていなかった。


 遺跡の底。

 中央に、薄緑をした、今までの魔物の大きさすら霞んで見えるほどの巨大な生き物が、存在する以外は。


「……風竜ウィンドドラゴン……」


 ルーリがそう言った。


「そんな! 災害級の魔物がこんなところにいるなんてっ!」


 リステルが青い顔をしている。


 風竜ウィンドドラゴンと呼ばれた魔物は、首を折り曲げて、寝ているように見えた。


 風竜ウィンドドラゴンとは、この世界に四種類存在する、属性竜の内の風を司るドラゴンらしい。

 前足はなく、後ろ脚と長い尻尾、大きな翼を持ち、薄緑色をした非常に硬い鱗を纏っているドラゴンだ。

 風の魔法を上位下級まで操り、自在に空を飛ぶ。

 ひとたび暴れれば、街など簡単に壊滅してしまうほどの、強さを持っている。

 ウィンドブレスという、口から吐く猛烈な突風に、多種多様な風魔法を操り、破壊の限りを尽くす。

 他の属性のドラゴンと違い、飛行能力が非常に高く、一度空へ飛ばれると、手の施しようがないのが特徴だ。

 マナの濃いところを好む習性があり、滅多なことには人の居住圏内に現れることはほとんどないそうだ。

 現れてしまったら最後、気が済むまで暴れさせるしか対処法がないことから、災害級と言われているのだとか。


「あれが暴れたら厄介なんてもんじゃないぞ!」


「ルーリちゃん、メノウちゃん。あれの動きを封じられる?」


「だめ! 気づかれてる!」


 ハルルが慌てている。


「くそっ! いったん立て直すか! 下がるぞ!」


 スティレスさんが号令をかけようとした直後、十人ほどの男性が飛び出した。


「なっ?!」


 唖然としている私達なんてお構いなしに、風竜ウィンドドラゴンに襲い掛かった。


「こいつを倒せば、俺たちは英雄だっ! 寝ているうちにやっちまうぞっ!」


 すると、ヌっと、風竜ウィンドドラゴンが頭を起こした。


「だめ! 逃げなさい!」


 アミールさんが叫ぶと、


「うるせぇ! お前たちはそこでビビって見ていろ! 俺様たちが英雄になる瞬間を!」


 そう叫んで突っ込んでいく。


 マズイ!


「アイスシールド」


「アースシールド」


 私とルーリが氷の盾と土の盾を、飛び出した先頭の男の前に作り出した。

 その瞬間、氷の盾も土の盾も、バラバラに切り裂かれた。

 風竜ウィンドドラゴンが高威力のウィンドカッターを放ったのだ。

 もう少し私達が遅かったら、男たち数人はバラバラに切り裂かれていただろう。

 そんなことにも気づかないのか、


「はっはー! こりゃいいぜ! 魔法使い様のおまもり付きだ!」


 そう言って、男達は武器で攻撃を始める。

 だが、傷一つ入らない。

 風竜ウィンドドラゴンが面倒くさそうに立ち上がり、羽をバサッと羽ばたかせた瞬間、男たちは軽く吹っ飛ばされた。

 そこをめがけて、風竜ウィンドドラゴンは一回転をし、尻尾を鞭のように振った。


「アースピラー」


「アイスピラー」


 岩と氷の柱を作って何とかはじき返す。


「瑪瑙! 飛ばれるとマズい! 防御は私がするから、瑪瑙は動きを封じて!」


「わかった!」


 私とルーリがそう言うと、


「ハルル! 前に出て男たちから注意をそらすよ!」


「ん!」


 リステルが剣を抜き、ハルルが大鎌を構えて、風竜ウィンドドラゴンに突撃する。


「ロックバレット」


 ローブの女性が援護をしてくれている。

 だが、その岩の弾丸は、風竜ウィンドドラゴンに傷をつけるに至らない。


「汝、我に牙むく罪深きものなり。永久に凍てつく牢獄にて、己が罪を悔いるがいい! アイシクルプリズン」


 巨大な氷の牢獄が出来上がり、風竜ウィンドドラゴンを閉じ込めた。

 風竜ウィンドドラゴンは激しく暴れるが、氷の牢獄はびくともしない。


「母なる大地よ、今ここに大いなる慈悲を与えたまえ。さあ、大地の深き愛を知れ! グランドインブレイス」


 ルーリが唱え終わると、地面から柱が伸び、牢獄の格子の間を縫うようにして侵入し、風竜ウィンドドラゴンを抱きしめるように押さえつけた。


「今だ! やっちまえ!」


 そう言って男たちが性懲りもなく、突っ込んでいく。

 その瞬間、風竜ウィンドドラゴンは無差別にウィンドカッターやウィンドショットを放った。

 それは男達には命中せず、遺跡のあちこちに命中し、壁を、床を、切り刻み、穴をあけていった。


「ああ! 遺跡が! やめてえええええええええええっ!」


 私は叫び声を上げた。


「風よ、鋭き風よ! 我が剣に集え。何者をも切り裂く刃となせ!」


 リステルが走りながら詠唱をしている。

 剣が薄緑色に輝いた。


「炎よ、紅蓮の焔よ! 我に力をもたらせ! 我が前に立ち塞がるものを焼き尽くせ!」


 ハルルも詠唱している。

 鎌から真っ赤な炎が噴き出ている。


「瑪瑙! タイミングを合わせて術を解除して! ハルル行くよっ!」


「んっ!」


 リステルが叫んだ。

 リステルが風竜ウィンドドラゴンの反対側へ高速で回り込み、ハルルが真っすぐ突っ込む。


「今っ!」


 瞬間、氷の牢獄は砕け散った。


 リステルとハルルは同時に風竜ウィンドドラゴンの首をめがけて飛びかかった。

 リステルは下段から切り上げるように、ハルルは上段から鎌を振り下ろした。

 二人がすれ違った瞬間、風竜ウィンドドラゴンの首がズドンっと落ちた。

 真っ赤な血が一瞬、大量に吹きあがり、ドクドクと血が流れだしている。

 そして、風竜ウィンドドラゴンの巨大な体はゆっくりと倒れていく。


「……凄い」


 アミールさんがそう言っているが、私とルーリは無視をして、リステルとハルルのもとに走っていく。


「「二人とも大丈夫?!」」


 私とルーリは並んで立っている二人に飛びつく。


「怪我はない? ハルルは魔力大丈夫?」


 私の心配をよそに、


「あれくらいなら魔力はまだまだ大丈夫。ただお腹はだいぶぺこぺこ。ちょっとふらふらする」


「私も怪我なんてないよ! それより、刃が通らなかったらどうしようって思ったよ」


「ハルルも思った」


「遺跡はちょっと壊されちゃったけど、これくらいならまだ大丈夫だと思う」


「うん! みんなありがとう!」


 そう言って私達はお互いを抱きしめあった。


「くそがああああああああ! また貴様らか! なんでそう邪魔ばっかりするんだ! これは俺たちのもんだ! 最初に攻撃を仕掛けたのはお前たちじゃない! 俺たちだ! この風竜ウィンドドラゴンは俺たちのもんなんだあああああ!」


 そう怒声を放っている男の横っ面を、スティレスさんが思いっきり殴りつけて吹っ飛ばした。

 遺跡の上段にいた、残りのメンバーが下りてきたようだ。


「叫びたいのはこっちの方だ馬鹿野郎! 命を助けてもらっておいてその言い草はなんだ! いい加減にしろこのクソ野郎がああああっ!」


 スティレスさんが吹っ飛ばした男の顔面を正面からさらに殴りつけた。

 他の先走った面々も、残りの男に押さえつけられている。


「リステル達。この風竜ウィンドドラゴンはお前たちのもんだ。空間収納にしまえるなら、しまっていいぞ!」


「そんなっうげぇ」


 抗議をしようとした男のお腹に向かって長身の女性が回し蹴りを叩きこんだ。


「流石にこの大きさは……」


「リステルが無理なら私も無理よ……」


「ハルルもむり!」


「……はいるかなー?」


 私は手をかざす。

 スーッと空間収納に入っていった。


「おーはいった!」


「頭は私がしまっておくよ」


 リステルが言って、空間収納にしまった。


「四人ともありがとう。あなた達のおかげで、死人どころか、大きなけがをする人も出なかったわ。今回のことは、ちゃんとギルドに報告させてもらいますね。四人は晴れて、風竜殺しの英雄ね!」


 アミールさんは嬉しそうに両手を合わせて、笑顔を見せた。


「貴様らの行動も、ギルドに報告するからな。悪い……とは微塵も思わんな。自業自得だ。貴様ら数人は、ギルド登録抹消になると思うから覚悟しておけ。そうじゃなくても、しばらくは牢獄送りだ」


 スティレスさんが、怒り心頭と言った感じで怒鳴っている。


「瑪瑙。これでゆっくり調査できるね!」


 リステルがそう言う。


「今回は書くものもたくさん持ってきたから、しっかり調査できるわよ!」


 ルーリが、筆記用具をだして、調べる気満々という態度をとっていた。


「ありがとう」


 そう言った時だった。


 太陽の光がふっと陰ったのだ。


「上っ!」


 ハルルが叫んだ。


 嫌な予感がして、咄嗟に、


「アイスシールド」


「グランドシェルター」


 私達全体を覆うように上空に氷の盾をだし、ルーリも大きな半球状の岩のドームを作って、私達を守った。

 氷の盾が砕け散ったが、岩のドームで何とか防ぐことができた。


 風竜ウィンドドラゴンだった。

 もう一匹いたのだ。

 今度は厄介なことに、空を高速で飛んでいる。


「全員私達の近くに集まって!はやく!」


 リステルが叫ぶ。

 その間に私は何度も氷の盾を出現させ、攻撃を防いでいた。


 高速で旋回しながら、様々な方向から空気の塊と刃を放ち、竜巻を放ってくる。

 空気の塊と、刃は、より一層魔力を込めて固くした氷の盾で防ぎきる。

 竜巻は、放たれた以上の威力の竜巻を放って、無効化する。


「ロックキャノン」


 ルーリがハルルほどの大きさの岩石を作り出し、隙を見て放つが、届かない。

 完全に手詰まりだった。

 その間に、どんどん攻撃は放たれ、狙いを外れた攻撃が、遺跡をどんどん壊していく。

 最初見た、四隅にある円錐も粉々に砕け散っていた。

 遺跡はもうボロボロになっていた。


「これは流石に無理ねー」


 アミールさんが諦めたように言う。


「このままメノウが防御に徹してくれていれば、魔力が持つ限りは、撤退できるが……。追ってくるだろうな」


 スティレスさんが冷静に分析している。

 私の魔力はまだまだ大丈夫。

 その間にも遺跡はもっと壊されていく。


 ピシッ


 パキンッ


 っと、またどこからか音が聞こえた。


「俺たちは死ぬんだあああああっ」


 恐慌状態に陥ったものが叫びだす。


「ルーリ、リステル。お願いがあるの」


 私が言う。


「瑪瑙?」


 リステルが顔をしかめて私を見る。


「瑪瑙まさか! ダメよ! まだ完全には壊れていないのよ。少しでも残っていれば、調べれば何かの手掛かりになるかもしれないのよ!」


 ルーリは私の考えを察したように、止めてくる。


「瑪瑙お姉ちゃんダメっ! 瑪瑙お姉ちゃんの心がもたない!」


 ハルルが私に抱きついてくる。


「メノウちゃん。この状況を脱する方法があるの? あるんならお願いしていい?」


「アミールさんは黙ってて!」


 リステルがアミールさんに怒鳴った。

 私は、ローブを着た女性にも頼む。


「お姉さん。三人で手伝って欲しいことがあります」


「わかった。何でも言って!」


「「瑪瑙っ!」」


「瑪瑙お姉ちゃんっ!」


 私は……。

 私はっ!!


「本気を出します……。 防御は任せます!」


「ずっと一緒だよ? みんながいれば、私はきっと大丈夫だから。だから帰ろうね」


 私は泣いているだろう。

 大丈夫?

 そんなわけ……。

 そんなわけっ!

 そんなわけないじゃないっ!!

 お父さんやお母さん、それに幼馴染の笑顔がフラッシュバックする。


 私は氷の盾に向かって、


「ブレイクシュートオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 思い切り叫んだ。


 巨大な氷の盾が砕け散り、何百にもおよぶ氷の破片が空中にいる風竜ウィンドドラゴンに向かって放たれた。

 直撃したかと思ったら、寸前のところで粉々に砕け散った。


「あれはエアロヴェールよ! 風の上位下級の守護魔法。生半可な攻撃は全てはじかれるよ!」


 リステルが叫ぶ。


「ならっ!」


「猛れ! 蒼炎の業火よ! 数多集まり全てを燃やせ! フレアキャノン」


 唱えた瞬間、巨大な青色の火の玉が私のすぐ上に、五百個ほど現れる。


「……なにこれ。信じられない……メノウちゃんあなた一体……」


 青色の火の玉が風竜ウィンドドラゴンを襲うが、ほんの少ししかダメージを与えられない。


「エアロヴェールは確か、飛んでる時にしか風竜ウィンドドラゴンは使えなかったはず! 瑪瑙!」


 ルーリがアドバイスをくれる。


「みんな姿勢を低くしてしゃがんでっ!」


 私は右腕を振り上げて、一気に振り下ろす。


「ダウンバースト!!」


 その瞬間、猛烈な風の塊が、頭の上から落ちてきた。

 風竜ウィンドドラゴンの飛んでいた高度がガクンと下がったが、地面に引きずり下ろすまでにはいかなかった。


 手加減をしてしまった。


 これを本気で使えば、遺跡は吹き飛ぶ。


「ワールウィンド」


「グランドウォール」


「ロックシールド」


 その間にも、リステルがルーリがローブの女性が、防御に徹してくれている。

 このままじゃ誰か死んでしまうかもしれない……。


「うわああああああああああああああああああっ!!!!!」


 押さえていた感情を爆発させるように、私は叫び、


「我が名に従え! 風を統べる全ての者よ! 我が頭上を汚す愚者を、蒼空より叩き落とし、大地にて磔刑にせよ! ダウンバーストーーーーーーーーーーッ!」


 その瞬間、私を中心に放射状にすべてが吹き飛び、大きなクレーター状になっていた。

 風竜ウィンドドラゴンは上空より叩き落とされて、地面にめり込んでいる。


「さあ大地に還れ! 生ける者よ! 汝は今、我によって死地へと送られん! 彼の者の、死出の旅路が安らかなるものであるように、祈りを捧げん! デザートフューネラル!」


 地面にめり込んでいた風竜ウィンドドラゴンの周りの地面が、砂へと変わり、飲み込んでいく。

 風竜ウィンドドラゴンはもがいて出ようとするが流砂がそれを許さない。

 徐々に飲み込まれていき、頭だけが出たところで、風竜ウィンドドラゴンの口から血が噴き出した。

 飲み込んだ体を、砂がとてつもない圧力で押しつぶしたのだ。


 私はゆっくりと歩き出し、剣の柄に手をかけ詠唱する。


「美しく輝く白銀よ。我は全てに終焉をもたらす者。今、我が眼前の子羊に、絶対なる死を与えん。魂までも凍てつき滅びろ! アブソリュートエンドオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 私は叫び、一気に剣を首に向かって抜き放つ。

 一閃。

 まばゆい青い光が刀身から漏れ出して、一瞬周りを青色に染める。

 首がズドンと落ちるが、血は一滴も流れなかった。

 風竜ウィンドドラゴンの全てが凍りつき、生命活動を停止させた。


 私はその場に剣を落とし、膝から崩れ落ちるのだった。


 後ろを振り返る。

 もう遺跡と呼ぶより、クレーターといったほうが正しい状態だった。


 リステルとルーリとハルルが私に飛びついてきた。

 三人とも泣いている。

 私は、どうなっているんだろう?

 泣いているのか、笑っているのかもわからなくなってしまった。


 もう戻れない。

 もう帰れない。

 二度と、会えない。

 そんなことばかりが頭をよぎる。


「瑪瑙ありがとう。おかげで助かったよ」


 リステルが、


「瑪瑙。私達がいるわ。ずっと一緒にいるから」


 ルーリが、


「瑪瑙お姉ちゃん。一人じゃないよ」


 ハルルが、抱きしめて慰めてくれている。


「うん……よし! 大丈夫!」


 本気を出すって決めたのは私だ。

 私が決めた事。

 悔やむのは……。

 ずっと悔やみ続けるだろう。


 一緒にいたいって言ってくれている人がいるんだ。

 大丈夫。

 きっと生きていける。



 バキン



 またどこからか音が聞こえた気がした。


「メノウちゃん。あなた凄い魔法使いなのね! お姉さん感動しちゃった!」


 笑顔で向かってきた、アミールさんが頭を撫でてくれた。


「怖かったろうに。それでも良くやったな! かっこよかったぞ!」


 スティレスさんも褒めてくれる。


「お姉さん、ありがとうございます。おかげで攻撃に専念できました」


「あんまり役に立てた気がしないけどね。ギルドで喧嘩を売って、良く生きてたと思うよ。ここまでの魔法使いだったなんてね」


「メノウちゃん。空間収納に風竜ウィンドドラゴンってまだ入りそう?」


「うーん。やってみますね」


 流砂に飲み込まれていた体部分を引きずり出す。

 見た目ちょっと、ペタンコになってる気がするけど、そんなに変わらないかな?

 手をかざして、空間収納を発動する。

 すぽんっ!

 っとはいった。


「はいりました!」


「じゃぁ頭はまた私がしまっておきますね」


 リステルも頭を空間収納にしまう。


「瑪瑙。少しでもいいから、遺跡の調査をしよ?」


「ルーリ。ありがとう。でも、もういいよ」


「良くない! 瑪瑙お姉ちゃん! ちゃんと調べるの!」


 珍しくハルルが大きな声で言ってきた。

 ……。

 ハルルには隠し事はできないなぁ。


「ギルドマスターとサブマスターからの指示でも、遺跡の調査は協力するようにと言われているのよ。メノウちゃん」


「セレンが特に口を酸っぱくしていってたからな。全壊してようが調べるもんは調べるぞ」


「そうですか。よろしくお願いします!」


 頭を下げる。

 こうして、今度はしっかりと、崩壊した遺跡の調査をすることになった。

 ただ、調査は難航した。

 ほぼ崩壊してしまって、彫られていた文字もほとんどが崩れてなくなってしまっていた。

 覚悟してやったこととはいえ、やっぱり辛い。

 キラキラと光る粒子のマナはずっと見えている。


「マナの光は、以前に来た時とおんなじ位かなー?」


 ルーリの疑問に、


「私の記憶にあるのも、これくらいの輝き方だったと思う」


 リステルが答える。


「ホントに? それじゃあ、また風竜ウィンドドラゴンみたいな強力な魔物が住み着く可能性もあるってことね……」


 アミールさんが困った顔をしている。


「あんな災害級の化け物がそう何度も現れてほしくないんだがな……」


「これからどうするつもりなんですか?」


 私が聞いてみる。


「正直、マナの光がどこまで見えるのかと、それの影響がどれほどあるのかの調査程度のものだったのよ」


「それがふたを開けてみれば、この有様だ。集めた冒険者の件についても、後でガレーナとセレンにはしこたま文句言ってやらんと気が済まん」


 そう言って、アミールさんとぷりぷり怒ってるスティレスさんと話をしていると、


「むーっ! ただでさえ、喪失文明期の文字って解読できてないのに、こうも欠けてたり、崩れたりしてたら、わからないことだらけだよー!」


 ルーリが一生懸命、メモを走らせて、少しでも情報を持ち帰ろうとしてくれている。


「ごめんねルーリ。私がもっと上手く風竜ウィンドドラゴンを倒せていれば……」


「瑪瑙。風竜ウィンドドラゴンを単騎で倒せるのって、あり得ない話なんだよ? だから災害級って言われてるんだから。瑪瑙は最高の結果を出しただけだよ」


 ルーリが言ってくれる。


「うん。ありがとう」


 ぐうぅぅぅ。


 そんな音が聞こえた。

 音のした方を見てみると、ハルルが元気がなさそうに歩いていた。


「ハルル大丈夫?」


 ハルルの手を握って一緒に歩く。


「ん! 大丈夫。お腹がちょっとぺこぺこなだけ」


「そういえば、そう言ってたね」


 私は空間収納から、私が作ったクッキーを出してハルルの口に持っていく。


「ハルル。はい、あーん」


「あーん。んぐんぐ。甘ーい! 美味しいっ!」


 ハルルが幸せそうな顔をする。

 んー。

 やっぱり、私の作ったものを幸せそうに食べてもらえるのは嬉しいことだ。

 ちょっと元気出た!

 あ、ハルルは気づいてたんだろうなー。


「ハルル。いっぱいあるからいっぱい食べてね?」


「ん! 瑪瑙お姉ちゃん。あーん」


 ハルルは、あーっと口を開けている。

 ひょいひょいっとハルルの小さなお口に、クッキーを何枚も放り込む。

 もっきゅもっきゅ。

 っぷ。

 ハムスターみたいに頬を膨らませて食べてる。

 すっごい可愛い!

 ハルルの頭をなでなでする。


 ハルルの後ろでキラッと何かが光って、勢いよく振り下ろされる。

 私の手に持っていた沢山のクッキーは、地面に落ちた。

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