冒険者デビュー

 瑪瑙たちがラルゴ湖で魔法の練習を終え、帰宅した夕暮れごろ、冒険者ギルドの執務室内には重い空気が流れていた。


「正直なところ、人手が足りませんわ」


 そう言ったのは、フルールの冒険者ギルドのギルドマスター、ガレーナであった。

 彼女はあまり人前には出ない。

 ガレーナが得意とするのは、書類の精査と処理、それから的確な人員配置である。

 日々増え続ける膨大な量の書類を、毎日毎日目を通し、片づけていくのが彼女の仕事だからだ。

 人が必要なら、セレンが目をかけた冒険者などをそこに送り込むよう指示を出す。

 今まで繰り返し何度もそうしていたように、きちんと処理をしていたのだが、ここ一週間ほど前から、起こった出来事のせいで、手が回らない程に忙しくなっていた。


「元々フルールにいた冒険者は、大規模討伐依頼で大勢でていってしまい、話を聞きつけた別の街の冒険者たちが、フルールに来たことによる治安の悪化。魔物贈呈プロファリング集団がフルール内にいること。そして、今回報告された、キロの森でのマナが目視できる件。魔導技術マギテックギルド内部の件と。さっき入ってきた、ラルゴ湖の件。セレンが目をかけた冒険者パーティーが壊滅してしまったことも大きいですわ……」


 ガレーナは椅子から立ち上がり、窓を見て、伸びをする。


「やっぱり、手がまわらない?」


 そう言って、客人用のソファーに座っている女性が静かに飲み物を飲む。


「大規模討伐と治安維持が同時に起こったことで、大半の人員をそこで使わなければいけなくなりましたの。それに加えて魔物贈呈プロファリング集団への内偵だけだったなら、ギリギリまわせました。アミールさんのパーティーに高額で、治安維持活動をしてもらう予定もしていたのです。キロの森の件。ルーリさんの言う事は信用できるのですか?」


「ルーリさんだけならまだしも、リステルさんも見たと言っていたからね」


「セレン、あなたがそう言って疑わないのなら、ほぼ確実にキロの森で異変が起こってることになりますわ……」


「ただちょっとね……」


「どうしたんですの? 珍しく歯切れの悪い」


「あの二人は何かを隠している。たぶんメノウさんの事だろうけど。メノウさんも何か隠している。っというか、メノウさん関連は、私はルーリさんとリステルさんを信用できない」


「どういうことですの?」


 ガレーナは眉をひそめる。


「メノウ・ハツキヅキ。彼女はこの街の子じゃない。調べたら、身元引受人がルーリさんとリステルさんの二人だった。しかも住民登録されたのは、二人がフルールの街に帰ってきた日。私には、準備期間に会って仲良くなったって嘘をついてた。それに、メノウさんを襲った男たち三人が、草原でリステルさんとルーリさんの二人と一緒にいる所をみたって言う発言もしていたしね」


「何か裏がありそうですわね」


 ふむ。と、ガレーナは手を顎に当てて考え込む。


「話した感じ、悪い子には感じなかったよ。まぁ二人が激昂するほど大切にしていることからもわかるけどね」


「そうですか。しかし、動かせる人がいない分、森の調査は少し後にしないといけないですわね」


魔導技術マギテックギルドとラルゴ湖の件はどうするの?」


魔導技術マギテックギルドに関しては、今は何もできませんわ。ラルゴ湖の件は既に冒険者を向かわせています」


 そう言って、ガレーナは机に戻り、また書類に目を通し始めた。


「何事もなければいいんだけどね……」


 セレンはそう呟くと、執務室をでて自分も仕事に戻るのだった。



 ――リステル視点――



 メノウの魔法の練習から一週間経った。

 メノウには色々驚かされることばっかりだったよ。

 ラルゴ湖から帰ってきた次の日からは、庭で剣術の稽古を始めた。

 はじめは木剣すらまともに振れていなかった。

 まぁ初めて持つのだから、こんなものだろうと思った。

 でも次の日の素振りは、驚くほどに様になっていた。


「メノウって、剣術習ってたの?」


 疑問に思ったので聞いてみた。


「まさかー。私の世界に剣道っていうのがあるけど、見たこともないよ?」


「それじゃー徹夜で素振りの練習した?」


「朝ご飯とか作らなくちゃいけないのに、徹夜はできないよー。それに毎晩一緒に寝てるのに、私が徹夜してたら、リステルは知ってるはずでしょ?」


「それもそうだね」


 そう言ってられるのも最初の内だけだったんだけどね。

 ちょっと才能があるとか天才とか、そんな言葉すら霞む速さで上達していった。

 たまに、私の知らない動きをしていることがあって、驚いた。

 鞘から剣を一瞬で抜き放った時は、理解に苦しんだ。


「ねぇ今のなに? どうやったの?」


「いやー! 前に話した空想のお話で、居合切りとか抜刀術とかって言われるのがでてきて、つい真似したくなってやってみた!」


 ちょっと、いや、すっごくカッコいいと思ってしまったのもあるけど、これは実戦でも使えるぞと思って、こっそり私も練習しました。


「それじゃーお昼ご飯作ってくるねー」


 っと言って、メノウはお家の中に入っていく。


 驚かされたことのもう一つ。

 それは食事!

 すっごく美味しいの!

 そのせいで、食事前になると、ひどい空腹に襲われるようになっちゃった。

 なんでも調味料も自作しているらしい。

 メノウは、オショウユが欲しい……オコメ食べたいって唸ってる時がたまにあるけど。

 三人で楽しく美味しく食事をすることが楽しみになっていた。


 買い物は二日に一度、三人で行っている。

 いつも手を繋いで、笑いながら買い物をしていた。

 ただ、男から絡まれることも増えていた。

 まぁ蹴散らすんですけど!


 夕食後の後、三人でわちゃわちゃしながら、シャワーを一緒に浴びる。

 メノウはお湯につかりたいってぼやいてたけど。


 その後は、ルーリに文字を教わっている。

 どうもメノウのいたニホンと言う世界の言葉と同じ文法らしく、覚えやすいそうだ。

 何となく、メノウのいた国の文字を教えてもらったが、ヒラガナとカタカナにカンジと言う種類があって、私達は早々にひらがなだけを覚えることにした。

 ただ、初来月はつきづき 瑪瑙めのうと言う、瑪瑙の名前のカンジだけは、私とルーリはしっかり覚えた。

 異世界の文字だけど、これが瑪瑙の本当の名前の書き方なんだと思うと、胸がドキドキして嬉しかった。


 洗濯はルーリが担当することになった、瑪瑙が同じ魔法を使っても、乾かないで、ずぶ濡れのままだったからだ。

 瑪瑙がしょんぼりしていたのは、可愛かった。


 正直、一日一日が愛おしくてたまらなかった。

 すごくすーっごく楽しかった。

 こんな生活はじめてだった。

 ルーリも楽しそうに過ごしていた。

 ルーリのあのニマーって笑うのは可愛いからずるいね!


 でも私とルーリは知っているよ。

 瑪瑙が必死なのは。

 瑪瑙ってよく泣くんだ。

 この間も、ご両親の話を聞いたとき、涙をぽろぽろ流しながら話していた。

 ルーリのご両親がとっくに亡くなっているって聞いたら、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。

 きっと今も何かを必死に我慢して、必死に頑張っているんだろう。

 このままずっと一緒にいたいって思うのは、わがままなんだろうね……。

 帰る方法が見つかった時、案外ルーリもついて行っちゃいそうだ。

 そうなると、私はまた一人になる。

 以前の私だったら、何も感じず、また一人旅を続けられただろう。

 ……もう……無理だ。


 そして夜。


「ねぇ瑪瑙。明日冒険者ギルドに行って、瑪瑙を冒険者ギルドに登録しようと思うんだけど、どうかな?」


「どうしてって聞いてもいい?」


 瑪瑙は不安そうな顔を向けて聞いてきた。


「瑪瑙はまだ実戦を経験していないから、魔法の使い方とか、剣での対応とか、ちゃんと知っておかないとだめだと思うから。この先何があるかわからないからね」


「私出来るかな? 怖いんだけど」


「剣術は私はわからないから何とも言えないけど、少なくとも魔法は私より上手だから大丈夫だよ。実戦での使い方は知っておいた方が、私も良いと思う」


 ルーリが同意する。


「わかった。二人がそう言うなら、頑張ってみる」


 瑪瑙はぐっと手を握りしめてそう言った。

 ごめんね、無理させちゃって。

 そう思って、私達は眠りについた。



 次の日。

 朝食を終えた私達は、早速冒険者ギルドへ向かった。

 受付の一つに、今日もサブマスターのセレンさんがいる。

 サブマスターなのに、受付してるのね。

 それにしても、ギルド内がピリピリしている。

 セレンさんのいる受付へ向かう。


「おはようございます。今日も三人で相変わらず仲良しですねー」


 セレンさんは笑顔で話しかけてきた。


「「「おはようございます」」」


「今日はどうされましたか? 依頼を受けに来た感じではなさそうですが」


「えっと」


 私が言おうとした時、


「あ、私がちゃんと言うね。私を冒険者ギルドに登録してもらうために来ました」


 瑪瑙がそう言った。

 すると、セレンさんは顔をしかめて、


「本気で言っていますか? ついこの間、痛い目にあったばかりじゃないですか。死ぬかもしれないんですよ? まぁ採取メインならまだ安全なほうですが、それでも、獣や魔物に襲われる可能性はあるんです。メノウさん戦えるんですか?」


 驚いた。

 セレンさんが強い口調で言ったこともそうだったが、登録を止めようとしたことにも驚いた。

 冒険者ギルドに登録するのは、完全な自己責任だ。

 依頼を受けて死んでも、自分が弱かっただけの事。

 なので普通は止めたりしないのだ。


「まだ戦ったことなんてないので、戦えるかなんてわかりません。でも私は、戦えないとダメなんです」


 瑪瑙はセレンさんの目を真っすぐ見て、そう言った。


「……理由をお聞きしても?」


「ごめんなさい」


 瑪瑙が頭を下げて謝る。


「……。三人が隠し事をしているのには気づいているんですよ?」


 私達にしか聞こえないように、小さな声で、チクリと言ってきた。


「はぁわかりました。差し出がましいことを言いました。冒険者登録は自己責任なので、一職員である私に、とやかく言う権利はありません。そんなに長いお付き合いをしているわけでもありませんしね。もし話せるくらいに、私を信用してくださったときは、ちゃんとお話してくださいね。あと、相談にはちゃんと乗るので、困ったことがあったらきちんと相談してください」


「ありがとうございます」


「では、改めまして、登録をしたいと思います。この用紙に、お名前と年齢、自分の戦い方のスタイルを記入してください」


「……ルーリ―」


 情けない声で、瑪瑙がルーリに助けを求めている。


「だめ。それぐらいちゃんと書けるでしょ? 自分で書きなさい」


「ううー間違ってたらちゃんと教えてね?」


 たどたどしく羽ペンで文字を書いていく。

 上手ではないが、丁寧に書いているのは伝わった。


「ん。間違ってないよ」


 ルーリが頭を撫でている。


「えへへー」


 瑪瑙は嬉しそうに目を細めた。

 私も頭を撫でよう。


「はい。確認します。メノウ・ハツキヅキさん。年齢十五歳。戦闘スタイルは、え? 魔法使い?!」


 セレンさんが最後の魔法使いの文字をみて、驚いていた。


「メノウさん、魔法が使えたんですか?!」


「ちゃんと使えるようになったのはこの間ですけど」


 そう言って、瑪瑙は人差し指を上にピッとあげ、炎を灯した。


「本当のようですね……。ちなみに適正属性と位級は?」


「四属性使えます。位級は……、リステル、私の位級ってどうなるの?」


「四属性とも上位下級までは確実に行使できます。私達が教えられるのがそこまでだったので。後、治癒魔法も使えます」


「っ?! 本気で言ってますか? しかもその言い方だと、上位下級以上の実力があるととれるのですが」


 セレンさんは目をまん丸にして、聞いてきた。


「おそらくその可能性は高いと思います。私達が教えた上位下級魔法はどれも無詠唱かつ、規模も威力も大幅に上昇させて行使できるのを確認しています」


 ルーリが淡々と答えている。


「証明が必要ですか?」


 瑪瑙が恐る恐る聞いていた。

 あ、それはまずい。


「やっやめてください! 上位下級の魔法なんてここで使われたら、建物が壊れます!」


 ほら、セレンさん顔真っ青にして言ってるよ。


「えっ?! ここでなんて使いませんよ! 誰かに確認してもらった方がいいかなって思って言っただけですよ?」


 私は瑪瑙の肩をちょんちょんとつついて、


「証明が必要ですか? って言葉はね、魔法使いが、この場で魔法を使うぞって言う、一種の脅し文句なんだよ。だからセレンさんは慌ててるんだよ」


 そう教えてあげた。


「そんな! 私そんなつもりで言ったんじゃありません!」


「みたいですね。正直、生きた心地がしませんでした。ではギルドカードを発行します。銀貨一枚になります」


 そう言われて瑪瑙は、空間収納から銀貨一枚を取り出し、セレンさんに渡した。


「はい、確かに。再発行は銀貨五枚になるので注意してくださいね」


 そう言って、セレンさんは手のひらサイズの金属でできたカードを瑪瑙に渡した。


「依頼を受けていかれますか?」


「いえ、しばらくは常設依頼の物だけを対象にしようと思っています。魔物の動向ってどうなってますか?」


「あー……。そう言えば、お二人も関わりのある話でしたね。ちょっと、客室に移動しませんか?」


「私はかまいませんけど。ルーリと瑪瑙は?」


「問題ないよ?」


「私も」


 っというわけで、一階の客室へ、また案内されるのだった。

 受付を離れる途中。


 ん?

 誰かに見られてるな。

 殺気まではいかないけど、害意は感じ取れた。

 追ってはこないか……。


 客室に入り、ソファーに座って、


「なんだかギルド内の様子がおかしいですね。何かありました?」


「はい。先日から来た隣町の冒険者の数が多くてですね、討伐対象の取り合いになってるんですよ」


「あーだからピリピリしてたんですね」


「そう言う事です」


「えっと本題に入りますが」


 そう言って、セレンさんは私達に話し出した。


 私達が報告した後、しばらくして、六人のパーティーをキロの森へ調査に向かわせたらしい。

 結果から言うと、確かにマナの光は目視できたが、森の中には入らなかったらしい。

 まず、草原に大量の狼種の魔物が跋扈している状況だそうだ。

 それを何とか潜り抜けて、森へ到着したは良いが、元々キロの森に存在している魔物ではなく、かなり強力な種を複数、森へ入ってすぐに確認したそうだ。

 この時点で、危険だと判断し、帰還したとのことだった。


「もうすぐ、大規模討伐の依頼が取り下げられますが、それが終わり次第、キロの森への調査依頼が出されることになっています。危険度を考えてかなり大規模な編成が行われると思います」


「できれば私達も参加したいですね」


「んー。リステルさんとルーリさんのお二人なら問題ないと思いますが、メノウさんもとなると、難しいですね」


「実力の問題ですか?」


「はっきり言ってしまえばそうなります。上位下級の魔法使いだったとしても、実戦経験がないとなると、足手まといになってしまいます」


「瑪瑙。ちょっと頑張って実践訓練しようか。目標は、調査依頼を受けること」


 おそらくキロの森の奥にある遺跡にも行くことになるだろう。

 この間は、逃げるように立ち去ったけど、今度はしっかり調査をするために。


「あまり急ぐことはお勧めしませんが。何か理由があるようなので、仕方ありませんね」


 やれやれと言う風に、セレンさんは言った。

 そして、笑顔がスッと消え去った。


「正直にお聞きします。メノウさん。?」



 ――瑪瑙視点――



「正直にお聞きします。メノウさん。?」


 そう言われた瞬間、顔が強張った。


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味です。まさか、調べられてないなんて思っていないでしょう? 身元引受人がルーリさんとリステルさんと言う事も、この街で住民登録した日も、すでに知っています。あなたを襲った三人組が、草原であなたが腰を抜かしていたと、まるで知っていたように話していましたね」


「それは、あの三人組が口から出まかせ言ってただけじゃないんですか?」


 リステルが誤魔化すように言っている。

 二人が焦っているのを見て、私は少し落ち着くことができた。


「そうですね。セレンさんの言う通りです。私はあの日、リステルとルーリに連れられてフルールに来ました。嘘をついてごめんなさい」


「ちょっと瑪瑙?!」


 ルーリがさらに慌てた様子で、私を見てきた。


「大丈夫だよ二人とも。考えてみて?私が何者かなんて、調べてわかると思う?」


「危険人物として、街から追い出すこともできるんですよ?」


 セレンさんがそう言うと、ルーリとリステルが怒りを露わにした。


「セレンさん。挑発しないでください。セレンさんは人を見る目を持つ方ですよね。あなたの目には、私がどう映りましたか?」


「そうですね。失礼しました。正直に言いますと、普通の女の子に見えます。腹芸が得意なようには見えませんね。ただ、今の会話で思ったことは、開き直りましたね? 調べられても情報が一切出てこないと」


「はい。焦ってる二人を見たら、なんだか私は落ち着いてしまいました。ただ、セレンさんが私にとって、信用に足る人なのか、残念ながら、私にはわからないんです。だから、気安く話せることではないんですよ。ただ、はっきりと言えることは、森の奥にある遺跡に、私は行きたいんです」


「ルーリさんの遺跡の調査と、メノウさんが遺跡に行きたいと言う理由に関連性があるのはなんとなく察しました。これ以上聞いても、調べても無駄なのもわかりました。できれば、私を信用してもらいたいのですが、こればっかりは一朝一夕にはいきませんからね。でも、これだけは教えてください。ルーリさんとリステルさんのことをどう思っているんですか?」


 私の目をじっと見つめてセレンさんが聞いた。


「大好きですよ!」


 たぶん顔が真っ赤になってると思う。

 すっごい顔が熱い!

 でも、こまごま答えるより、思ってることをそのまま伝えた方が、この人にはいいだろう。

 そんな私をみてセレンさんは、


「ふふっ。お顔が真っ赤ですよ。わかりました。これ以上は聞きません。話してもらえるようになるまで待ってますね。私もちゃんと信用してもらえるよう努力します」


 笑顔でそう言ってくれた。

 二人からは両手をぎゅっと握られていた。

 さっきまで不機嫌だった二人の顔が、嬉しそうな笑顔に変わっていた。


「さて。メノウさんが新人冒険者になったのは良いのですが、タイミングが良くありません」


「ギルドの雰囲気が悪いのと何か関係がありますか?」


 ルーリが聞くと、


「今、隣町から大勢の冒険者が来ている話をしたと思いますが、その中に、首切り姫と呼ばれる人がいるパーティーが混じっていまして。首切り姫事態はあまりギルドには顔を出さないのですが、残りの三人がよく他の冒険者と諍いを起こすんです」


 ……すっごい物騒な呼び名。

 何をしてそんな名前で呼ばれるようになったんだろう。


「首切り姫ってクラネットを中心に活動をしている冒険者ですよね? 断頭台の乙女って呼ばれたりもしていますっけ?」


 リステルはどうやら知っているらしい。


「ずいぶん物騒な呼び名だけど、どんな人なの?」


 ルーリは知らないようだ。


「敵対する者の首を容赦なく刎ね飛ばす女性って言う噂ぐらいしか聞いてないけど、ラズーカにいた時にも、ここに来る時にも、話題には上がるくらいには有名ね」


「正確には、獣や魔物がほとんどらしいですけどね。本人はほとんどギルドに顔を出さないって言う事も、ギルド内では有名ですよ。さっきもそのパーティーメンバーがいたんですよ。メノウさん達はいい意味でも悪い意味でも目立ちますから、気をつけてくださいね」


 そう注意されて、私達はセレンさんと受付に戻った。

 私達はそのまま、常設依頼の掲示板を確認して、今後の活動方針を決めるつもりだったのだが……。




「男三人を半殺しにした銀髪の魔法剣士と青髪の魔法使いってあんたらの事かい?」


 と、行く手を遮るように、三人の女性が立ちふさがった。

 威圧感が凄くて、私はびくっとなってしまった。


「気のせいじゃないですか? 私達は後ろの掲示板に用があるので、失礼しますね」


 リステルはサラッと流して、私達は横を通り抜けようとした。


「あんたらだって周りのヤツが言ってんだよ。何でもこの街で一番強いんだって? ちょっとあたしらと勝負しないかい?」


 そう言って、真ん中の一番背の高い女性が、腰に下げた剣の柄に手をかけた。

 それと同時に、私を守るように、リステルとルーリは前に出た。


「おっと、真ん中のお嬢様はさっき冒険者になったばっかりの新人じゃないのかい? 偉そうに、魔法が上位下級まで使えるとか、ホントか怪しいもんだね?どうせ、腕のいい二人に取り入って、甘い汁を吸おうとする、虫だろ?」


 あっ。

 ローブを着た女性がそう言った瞬間、背中に寒気を覚えた。

 私の前にでた二人の顔を見るのが怖い。

 絶対今ので怒ってる。

 私は二人の肩を叩いて、


「気にしちゃダメだよ。私は全然きにしてないから、ね?」


「おーおー。いい子ちゃんだねぇ? その顔でたらしこんだのかい?」


 軽装の女性が煽ってくる。

 やめてほしい。

 この二人は、私のことになると怒りの沸点が凄く低くなるのだ。


「それにしても、こんなのが一番強いって言うのが信じられないわ。半殺しにされた男らも、案外大したこと無いんじゃないのかい? 四大都市のフルールだって言うのに、冒険者の質は最低なんじゃないの?」


 アハハハーっと三人が下品に大口を開けて笑っている。


「それとも、男に貢がせてんのかい? 見た目だけは上物だからね」


 流石に私もカチンと来た。

 男の人三人を殺しかけたのは事実だが、あれは痛めつけられた私に激怒して、助けてくれたのだ。

 それを馬鹿にするのは、許せない。

 そして、私達は男の人が苦手だ。

 そんなことを思われるのは、鼻持ちならない。

 よし。

 覚悟を決める。

 怖いけど、毅然とした態度をとって私は!


「セレンさん! 今すっごく困ってます! 助けてください!」


 シュビっと手を上げて、後ろにいて様子を伺っている、サブマスターのセレンさんに助けを求めた。

 困ってたら相談してねって言ってたしね!

 セレンさんが慌てたように、


「その三人がさっき話してた人たちなんですよ! だからタイミングが悪いって言ったんですよ!」


 そう言って、近くまで歩いてきて、


「あなた達、再三にわたって言っていますが、ギルド内での諍いは困ります! すぐにやめてください」


「別に殺し合いをしようってわけじゃないんだよ? あたしたちは。自分たちが強いと勘違いしている馬鹿に思い知らせてやるだけさ。身の程ってやつを」


「こんな感じで、聞く耳を持ってくれないんですよ」


 肩をすくめてあっさり言う。


「じゃーどうすればいいんですか?!」


「……。メノウさん。あなたがのしてしまえばいいんじゃないですか?」


「「それはいい考えね」」


 それまで殺気立ってた二人が、私を見てニッコリ笑って、ニマーっと笑ってこっちを見ている。


「瑪瑙。いきなりで怖いのはわかるけど、思い切りやってみて?」


 と、ルーリが言う


「危なかったら、割って入るよ。だから思いっきりやってみて!」


 リステルが私の背中を押して前に出す。

 セレンさん後で覚えてなさいよ……。


「ローブを着ているのは魔法使いです。気をつけてくださいね」


 セレンさんが教えてくれる。

 教えてほしいことはそれじゃないんだけどなー……。


「話は終わったかい? やるってことで良いんでだろ?」


 背の高い女性がニヤリと笑って言う。


「どうせなら三対三で相手してやってもいいんだよ?」


 軽装の女性がケラケラと笑って言う。


「駆け出しちゃんを痛めつけても、私達には何の得もないからねぇ?」


 ローブ姿の女性が軽薄な笑みを浮かべて言う。


「「瑪瑙。私たち二人の怒りも一緒にぶつけてきて!」」


 二人に手をぎゅっと握られた。

 そう言われたら仕方ない。

 今度こそ覚悟を決める。

 やるからには、空元気でもやってやる!


 堂々と高らかに宣言する。


「私一人でお相手します」


「僭越ながら忠告を。この場を引くのなら、先ほどの私達を馬鹿にする発言は聞かなかったことにします」


 慇懃にふるまう。

 虚勢も大半混じっているけど、上等よ。

 怖いものは怖い。


「引かなかったらどうするんだい?」


 背の高い女性が笑い、剣を抜きながら言う。


「痛い目を見ることになると思います」


「なめんじゃないよーっ!」


 いきなり踏み込んできた。

 背の高い女性は、正面から私を斜め上から切りつけようとし、軽装の女性は、両手にそれぞれ剣を持って横へ回り込もうとし、ローブを着た女性は、手をこちらに向けた。


「エアショット」


 空気の塊をそれぞれ腹部めがけて撃ちだす。

 私が呟くと同時に、女性三人がうめき声をあげて、くの字になって吹っ飛んだ。


「忠告はしましたよ」


「アースバインド」


 岩でできた枷が地面から現れ、地面に倒れた女性たちの四肢に絡みつき、動きを封じる。


「クルーサフィクション」


 地面が十字に盛り上がり、女性たちを磔刑にする。


「ウォーターコフィン」


 ローブの女性が何か言おうとする前に、水球の棺に閉じ込める。


「アイシクル」


 水球がゆっくりと下部から凍りだす。


 背の高い女性が叫ぶ。


「殺す気かっ!」


「忠告を無視したのはそちらです」


 私はゆっくり剣を抜く。


 剣を右斜め下に構えて、


「エンチャントファイア」


 そう言った瞬間、刀身から真っ赤な炎が噴き出した。


「なっ魔法剣士?!」


 軽装の女性が顔を青くして言う。


 その間に、剣から噴き出した炎の色が赤から黄に変わっていき、白に変わっていく。


「なんだその炎の色は!」


 そんな叫びを無視して、炎が青く変わったところで、床を剣先でこすりながら、磔にされた女性たち二人の近くへ歩いていく。

 剣先が触れた床からは、すさまじい蒸気がでて、真っ赤になってドロドロに溶けていた。


「待ってくれ! そんなものが少しでも触れたら死んでしまう! 殺すのはいくら何でもやり過ぎだろう?!」


「彼女の魔法を解いてやってくれ! このままでは息ができなくて死んでしまう!」


「あなた達も、その剣で私を斬ろうとしたじゃないですか。私を殺すつもりがなかったのか、私にはわかりませんね」


 私はかまわず、すっと剣を上段に構え、ゆっくりと青い炎を纏った剣を振り下ろす。


「やめろ! やめてくれ!! 悪かった! 謝るから! 殺さないでくれーーーーっ!」


 長身の女性がそう叫ぶ。


「……次はありませんよ?」


 そう言った瞬間、半分まで凍った水の棺をはじけさせて解除した。


「げほっごほっ! 参った! 降参する!」


 ローブの女性がそう叫んだ。

 私は剣に纏っていた青い炎をかき消し、鞘へ納めた。


 私が剣を振り下ろそうとしていた、長身の女性は、白目をむいて気を失っていた。


「残りはあなただけです。どうしますか?」


 軽装の女性にそう言った瞬間、足元の床をウィンドカッターで深く切り裂いた。


「ひっ! 参りました! すみませんでした!」


 そう言って、磔にされた両手から、武器を手放した。

 武器が床に落ちる音が静かに響いた。


 クルっと後ろを向いて、見守ってくれていた二人の所に歩いていく。


「瑪瑙お疲れ様! すっごくカッコよかったよ!」


 リステルが飛びついて抱きしめてくる。


「魔法使いの潰し方、上手だったわ!」


 そう言って、ルーリも私を抱きしめてくれた。


 その瞬間、ギルド内が歓声に包まれた。


 みんな何やら興奮気味に叫んでいるが、何を言っているのかわからなかった。


 抱きしめられた瞬間に、安心した私の体はガタガタと震えだし、気が遠くなるほどの恐怖感に襲われていたのだ。

 倒れることのないようにしっかりと抱きしめられていたから、たぶんこうなるって二人はわかってくれたんだと思う。


 セレンさんがこっちこっちと手招きしてくれていた。

 そこに抱きかかえられながら行くと、椅子が置いてあった。

 腰を下ろして、背もたれにもたれる。


「お見事でした。私の想像を超える実力でした」


 セレンさんが褒めてくれた。


「ところで、床の補修代金は……」


 床を溶かしたのも、深く切り裂いたのも、わざとだ。

 見せしめの意味もあったけど、こんなことを提案したセレンさんへの意趣返しもあった。

 勿論、ルーリもリステルも気づいている。

 どうせセレンさんのことだ、気づいているだろう。


「「「あの三人に請求してください」」」

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