瑪瑙の魔法
「では、気を取り直して、メノウに必要なものを買いに行きたいと思います!」
ルーリが元気よく高らかに宣言する。
「「おーっ!」」
そう言って、私達はフルールの街へと買い物に出かけるのであった。
「まずはメノウの着るものよね!」
「ブーツも動きやすいのを選ばないと!」
私はまた真ん中で、両手を繋がれ引っ張られている。
個人的にはバザールに行って、食材を見たかったりするのだけど。
二人は楽しそうに、私を引っ張って歩いている。
まぁ食材は後でいいか。
楽しそうにしている二人を見てると、私も楽しくなってきた。
服は安物をいくつか買うくらいだろう。
どんな服があるのか楽しみだ!
甘かった。
私の考えはとてもとても甘かった。
連れられて入ったお店は、それはもう一目でわかるほど、高そうなお店だった。
「友人の服を見繕ってほしいです。できれば、今着ている服に劣らないくらいの服が良いです」
ルーリが接客をしに来たお姉さんにそう言った。
お姉さんは私の顔をじっと見て、その後体をじーっと見つめていた。
「申し訳ありません。少々お待ちください」
オーナー! オーナー!
と、大声で呼んでいる声が聞こえた。
そこからが大騒ぎだった。
私は今、着せ替え人形になっている。
試着室に放り込まれたあと、私の体形を測るために入ってきたと思しき、メジャーを持ったお姉さんが二人ほど、私の下着姿を見て顔を真っ赤にして倒れた。
何とか体のサイズを測ることができたお姉さんも、顔を真っ赤にして、鼻息が荒かった。
……正直怖かった。
あと手の動きがなんだかいやらしく感じた。
気のせいだと思っておこう。
下着に、フリルの付いたゴスロリっぽい服から、肩が丸出しになったドレス、スリットの入ったロングドレス、いかにもお話に出てくる貴族が着ていそうな衣装まで、あれやこれやと着せ替えられた。
途中から靴屋も乱入し、パンプスやピンヒールなど、服に合わせた靴も何足も試着させられた。
……普段着は?
私がげっそりとしているのを横目に、リステルとルーリは目を輝かせて、私を見ながら、あーでもないこーでもないと、お姉さんたちと議論をしている。
ねぇ普段着は?
はじめは悪い気はしなかった。
綺麗なドレスを着せられて、似合わないかなーと考えていたら、
「メノウ素敵!」
「綺麗だよ!」
って二人に言われ、店員さんからも、
「素晴らしい!」
「とてもよくお似合いですよ!」
と、興奮気味に言われて、嬉しかった。
「でも、もうちょっと普通の服でいいんじゃないかな?」
って私が言った時のみんなの顔はすごく怖かった。
そこから容赦が無くなった。
私は何度も服を脱がされ、何度も着せられ、靴を履き替え、グロッキーになっていた。
……そもそも、誰かに手伝ってもらわないと着れないような服を買ってどうするの?
いつまで続くのかなーっと、ぼーっとされるがままにしていた。
そんなことを思っていると、少しまともな服が出された。
ルーリが普段から着ている、コルセットジャンパースカート。
リステルが普段から着ている、ブラウスと、膝にかかるくらいのプリーツスカート。
ベストもある。
そして何故かマントもある。
靴は、ヒールが高くないブーツ。
「なんだか急に大人しい服になったけど、どうしたの?」
「あはは。ちょっと着せ替えに夢中になってたけど、それはメノウが街の外に出ることになった時用だから」
と、ルーリが説明する。
「メノウ。あなたに魔法と剣術を教えようと思ってるの。流石にドレスで訓練はできないでしょう?」
「なんで? どういうこと?」
「昨日みたいなことがまた起こるかもしれない。私達が守れるのにも限度があるからね。それにメノウの場合、またあそこの遺跡に行かないとだめかもしれないでしょ? ある程度、戦闘ができるようになっておいた方がいいの。わかってもらえる?」
リステルの言ってることは良く理解できた。
確かに、ある程度戦えるようになっておいた方が、昨日みたいに絡まれても対処ができる。
それに、ずっと守ってもらえるわけでもない。
一人になることだって、きっとこの先あるだろう。
あんまり考えたくないが、二人と別れて、一人でこの異世界を旅しなくちゃいけない時が来るかもしれない。
できることは、最大限にやっていこうと決めたんだ。
なら、頑張るだけだ。
「わかった。でも、私にできるかな?」
「魔法は問題ないと思う。剣術は、護身程度できればいいと思ってるよ」
話しながら、ブラウスを着て、ベストを着て、スカートを穿き、ソックス、ブーツを履く。
色は私好みの白ブラウスと黒ベスト、黒スカートで、ブーツも黒色だ。
お姉さんが赤色のループタイをつけてくれた。
髪型も散々いじくられたが、元のポニーテールに戻され、私がつけていた白のシュシュは外されて、白の大きめのリボンを結われていた。
マントをかけてもらう。
前は、胸を隠すくらいの長さで、後ろはお尻より下まであった。
おーかっこいいかも!
調子に乗って、片手を腰に当ててポーズをとってみる。
キャーッ!
黄色い声ってこんな声のことを言うんだろうか?
お店のお姉さんたちが、頬を赤く染めて叫んでいた。
「メノウ、似合ってるよ! でも、ドレス姿も良かったなぁ」
「ルーリ、一人で着れないものを買っても仕方ないでしょ? あと普段着なんだからドレスなんていらないでしょ?」
「「え?」」
「もう三着ほど靴と一緒に買ったけど?」
ルーリさんは、さも当然とばかりに言った。
購入した内容を聞くと、下着や寝るときに着る服、ブラウスやスカートと言った普段着、ベストにマント、それからブーツ。
ここまではわかる。
リステルもルーリも普段から着ているものだ。
私の普段着になるんだろう。
が、他が大問題だった。
オフショルダーの青い色のドレス、黒色のスリットの入ったロングドレス、背中が大きく開いた赤いドレス、そしてそれぞれに合わせた靴。
私が試着した中で、この三つは絶対譲れなかったそうだ。
いや、これいつ着るの?
それから、
「全部でいくらするの?」
「「内緒!」」
私の目を見て言いなさいよっ!
もう支払いは済ませてしまって、今着ている服以外は、すでに空間収納の中だそうだ。
ちなみに、リボンと言った細々した装飾品は、全てサービスだそうだ。
言っても手遅れなので、二人にお礼を言って店を出ようとしたら、オーナーらしき女性が、
「また来てくださいね! できれば今度はお二人もご一緒に試着をっ!」
と、目を潤ませて、手を握られながら言われた。
「疲れた……。ギルド出た時も疲れたけど、今度はもっと疲れたー!」
お店を出て私は叫んだ。
だけど、靴が変わって非常に歩きやすかった。
マントが風に吹かれてヒラッとなるのも気に入ってしまった。
すぐに気分が良くなって、また三人で手を繋いで歩き始めた。
次はバザールだ。
どういったものが売っているのかをしっかり確認しましょう!
後、この世界ではどういったものが食べられているのかも、ちゃんとリサーチして、レシピを考えなくちゃ!
調味料も欲しい。
今のルーリの家にある調味料は、塩と胡椒が少しだけ。
しばらくは余った保存食を使うとしても、それだけと言うわけにはいかないだろう。
食べ物に関しては、フルールは豊富だそうだ。
他の街ではそれなりの値段がするお肉は、かなり安いらしい。
必要なものと、日持ちするものを優先にどんどん購入していく。
購入って言ってるけど、数字が読めないのでルーリとリステルに聞きもって買い物をしている。
空間収納って便利ね!
どれだけ買っても手荷物にならないし!
あー買い物は楽しいなー!
日本でもこんな風に買い物をしてたなー。
まぁこんなに活気があったわけじゃないけど。
お母さんはものすごく家事下手な人だった。
そのせいで、気が付いたら家事は私の担当になっていた。
そのせいとは言ったけど、別に嫌々やっていたわけじゃない。
むしろ楽しかった。
頑張った分、お父さんとお母さんはすごく褒めてくれたから、やりがいもあった。
特に料理が好きになった。
お父さんとお母さんが美味しそうに食べてくれる顔は、私を幸せにしてくれた。
……喫茶店を経営している叔母さんも、私の料理の腕を褒めてくれた。
……幼馴染も……。
……。
ぎゅっと、繋いでいた両手に力が込められた。
「メノウ、大丈夫?」
ルーリが心配そうに、私の顔を覗いていた。
「なんだか辛そうな顔してたよ」
リステルは私の頭を撫でてくれた。
「ごめんね? ちょっと家族のことを思い出しちゃって」
「そっか。ねぇメノウ? 良かったら今度、メノウの家族の事教えてくれない?」
「うん。いいけど、泣いちゃったら慰めてねルーリ?」
「私ももっとメノウのこと知りたい」
リステルもそう言って、また私達は笑顔で歩き出す。
「じゃー買い物の続きがんばろー!」
「「えーっ! まだ買うのー?!」」
「ふふふ。冗談よ。一度に買っても保存できないしね。そこはものすごく不便ねぇ。そう言えば、昼食どうするの?」
「はいっ!」
「はい、ルーリさん」
「メノウのお料理が食べたいです!」
「あ、私も食べたい!」
「んーちょっと待ってね。今ある物で、何作れるか考えるから。うーん……あ、バターと牛乳ちょっと多めに買って帰ろう。あと卵!」
「何作るの?」
「甘ーいパンだよ」
そう言って、私達はお家へ戻ったのだった。
さて、ささっと作っちゃいましょう。
作るのはフレンチトースト。
保存食の黒パンが、ポトフのスープをモリモリ吸って柔らかくなったのを思い出したのだ。
器いっぱいに卵液を作る。
そこに、半分に切ったパンを漬す。
やっぱり卵液を物凄い勢いで吸収していく。
「おー凄い勢いでふやけていくー」
「これを食べるの? 卵、生だよ?」
興味深そうに二人が私の後ろから見学している。
「もうひと手間加えるよ」
フライパンにバターを乗せ、火にかけ、溶かす。
そこに卵液をしみこませたパンを焼く。
良い感じに焼けたら完成です!
半円形だから焼きにくかったけど、上手くできた。
「できたよー」
お皿によそい、テーブルへ持っていく。
「「いただきまーす!」」
「どうぞ召し上がれー」
じぃっと二人の顔を見る。
ドキドキ。
やっぱりいつもこの瞬間は緊張するね!
「んーっ! 甘くてパンがトロトロ!!」
ルーリは頬に手を当て言う。
「これは美味しい! まさかあの黒パンがここまで美味しくなるとは」
リステルはそう言いながら、お上品に食べている。
満足そうな顔を見れて良かった!
私も食べてみる。
んーおおむね予想通りの味ね。
これにアイスクリームと蜂蜜乗せたらもっと幸せになるのになー。
「二人とも作るところ見てたけど、簡単にできたでしょ?」
「いやーあっさり言うけど、私は無理だね」
「お料理はメノウにお任せしちゃう!」
「頑張ってみるけど、不味かったら遠慮なく言ってね?」
「「はーいっ!」」
こうして、私の本格的な異世界生活が始まるのだった。
その日の夕食後、突然リステルが、
「明日は朝から三人で、南西の湖に行きたいと思います! ルーリは例の魔導具を用意しておいてください!」
そう言いだした。
「はーい。はぁ美味しいわー」
ルーリは特に気にした様子はなく、のんびり私が淹れた紅茶を飲んでいる。
「いきなりどうしたの? 後、湖まで何日ぐらいかかるの?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。片道二時間ほどでいけるから。メノウの魔法の練習に行くんだよ」
「私の? 確かに言ってたけど、お庭で練習するのかと思ってた」
「メノウはおそらく風は上位の適性を持ってると思う。この間のトルネードを無自覚で使ったことを考えると、下手をすれば、この辺一帯が吹っ飛んじゃうからね。だから、安全な所でするんだよ」
「わかった」
そして、次の日。
私達は、西門から街を出た。
私の左腰には、リステルと同じ様な形をした、剣が下がっている。
結構重い。
朝、準備を終えて、玄関を出たところで、リステルが、
「これをあげる。まだ剣術は教えてないけど、重さとかに少しでも早く慣れてほしいから」
と言って、渡してきたものだ。
「ありがとう。これ、高いんじゃないの?」
「まぁそれなりに良いものだよ。硬化の魔法も組み込まれてるから、実質魔法剣みたいなものね。予備の内の一本だから、大切に使ってね」
「うん! わかった!」
そんなやり取りがあって、私達は街道を歩いている。
「ルーリ。適性を測る魔導具を使わせてもらっていい?」
「ん。いいよ。はい!」
ルーリはショルダーバッグをゴソゴソして、鏡部分が四角い手鏡をリステルに渡していた。
「使い方は?」
「鏡を見ながらぎゅっと握ればいいよ。魔力を流さなくても測れるから」
「これまたとんでもない魔導具ね」
そう言った瞬間、鏡に埋め込まれていた、四色の小さな宝石が輝きだした。
一番強く輝いているのは、緑の宝石、次に赤の宝石。
黄の宝石と青の宝石の輝き方は控えめだった。
その宝石から、鏡部分に棒グラフのように光が伸びた。
緑の光は、鏡部分いっぱいまで伸びて、赤の光は……あ、メモリがある。
三分の一部分で止まっていた。
黄と青の光は、ほんのちょっとしか出ていなかった。
「やっぱり中位上級でいっぱいいっぱいね。まぁ材料費を節約して小型化してるから仕方ないけど」
「はぁ。これが出回れば、大騒ぎねになるわね」
「なんで?」
私が聞く。
「魔法使いって珍しいって話はしたよね? でも、中には魔法の才能があるのを知らずに、生活してる人も少なからずいたりするのよ。ほとんどの人は、メノウみたいに意識せずに魔法を使って、自分が魔法を使えることを知るんだけどね」
そう言って、光る鏡をリステルは私達に見せながら言った。
「魔法はイメージすることが大事なの。この間、メノウがトルネードを使った時は、たぶん近づかないで欲しいっていう強い気持ちが、トルネードを起こしたんだと思う。そうやって魔法の才能がある人は、無自覚で魔法を使っちゃうの。大体は最短詠唱もいらない基本魔法なんだけどね。メノウのトルネードは正直、異常なことだと思うわ」
ルーリが続けて教えてくれる。
「はい。っと言うわけで、次はメノウの番。ぎゅっと持って!」
リステルに手鏡を渡されて、恐る恐る握った。
宝石は光らなかった。
「メノウ、怖い物じゃないから。もうちょっとぎゅっと持って?」
ルーリは苦笑しながら言う。
言われて、ぎゅっと手鏡の持ち手を握った。
すると、鏡の縁部分の下に並べられた、四色の宝石が輝きだした。
徐々に光は増していき、眩しいくらいまで光り始めた時、
「ちょっちょっと待って! いったん離して! ダメ! 壊れちゃう!」
「えっ?」
慌てたルーリの方を見た瞬間だった。
目を開けていられない程の四色の光が私達を襲ったと思ったとき、四色の宝石は粉々に砕け散り、光はおさまった。
ルーリが呆然と手鏡を見ていた。
「え? 魔法陣が焼き切れないで、魔力石が砕けた? しかも四つ全部なんて。ありえない……」
「ごっごめんルーリ。なんだか良くわからなくて。壊すつもりはなかったの!」
「あっそれはわかってるよ。ただ、予想してた壊れ方とは全然違ってたから驚いてるだけよ」
「四つとも目が空けられない程輝いて、砕け散ったってことを考えると、四属性全部に適性があると思う。しかも、輝き方が異常だった。これは上位上級は"少なくても"あるはずよ」
「んー? この間教えてもらった時は、上位上級が一番上じゃなかったっけ?」
「あくまで個人で使える魔法の
リステルが教えてくれる。
「そうなんだ。私ってどれくらい魔法が使えるんだろう? っというか、そもそもなんで魔法なんて使えるんだろう?」
「んー。多分高位に足を突っ込んでると思う。そう言えば、メノウの世界には魔法なんて存在しないんだっけ?」
ルーリは手鏡をしまいながら話を続ける。
「うん。空想のお話としてはあったけど。私自身魔法なんて見たことも使ったこともないよ?」
「むー……。例えば、メノウの世界に魔法は実は存在してたけど、誰も使い方を知らないだけだった。でも、こっちの世界でマナを目で見て、私達が魔法を使ってるのを見て、本能的に使えるようになった。って考えてみたけど、憶測の域をでないわね」
そんな話をしていると、湖に着いた。
恵みの街フルールを代表する一つが、南西にある湖、ラルゴ湖。
ここから得られる水産資源は、街の住人の食事を豊かにしている。
水質も徹底的に管理されており、非常に透き通っていて綺麗だった。
漁業に良し、観光に良しと、フルールの街でも人気のスポットだそうだ。
大きさはー……わかんない!
ただ、向こう岸は見えないくらいには広かった。
私達は湖をぐるっと回って人気のない開けたところを探した。
「この辺りで良いね。それじゃー始めようか! とりあえず基本魔法を押さえていこう。まずは風からね」
リステルの言葉に、ちょっとワクワクしだした。
なんだかんだ言って、魔法を使えるようになるかもしれないのだ。
漫画とかアニメをみてたら、自分も使ってみたいって思う人は多いだろう。
私もその一人だ。
「手を繋いで、意識を手に集中して。私が魔法を使う感覚が伝わるはずだから、しっかり感じ取ってね」
そう言って、リステルが私と手を繋ぎ、反対の手を湖に向ける。
「風よ吹け。ウィンド」
手から放たれた、目に見えない風に吹かれて、湖の水面が激しく波打っている。
繋いだ手から、リステルの中の何かがほんの少し動いたのを感じた。
「何か感じた?」
「んー。リステルの中で何かが動いたように思った」
「あら、あっさり感じ取れたんだ。ここでつまずく人結構多いのよ? その動いたように感じたのが、魔力よ」
ルーリが解説をしてくれる。
「次は自分の中の魔力を感じて、あとはイメージと集中力ね。詠唱はあくまで発動とかを補助するものだから、唱えなくてもいいよ。ただ、最初はイメージしやすくなるから、詠唱をしてみてもいいかもね」
ルーリに言われたように、自分の中の魔力と言う物を感じてみる。
んー?
リステルから感じ取った感覚をもとに、意識を集中する。
すると、今まで感じたことのない感覚が沸き上がった。
七色の光に包まれる感覚。
私が異世界に来るきっかけになった、光の扉の中に落ちた時に、七色の光に包まれ意識を失ったあの時の感覚に似ていた。
そして、イメージする。
手から風がでるイメージ。
んー?
漠然として、イメージしずらいぞ?
んーっと。
……ドライヤーの風でいいかな?
右手はリステルの手を繋いだままだから、左手を湖に向ける。
「風よ吹け。ウィンド」
ドライヤーから風が出されるイメージをした。
その瞬間とんでもないことが起こりました。
薄緑色に輝く風が、手からものすごい勢いで放たれ、湖を三人並んで歩けるほどの大きさに切り裂いた。
まさに、モーセが海を割ったようだった。
うわーすっご。
何が起きてるのこれ。
呆然と見ていた。
私も、リステルも、ルーリも。
「はっ! ストップ! メノウストップ! やめてやめて!」
ルーリが叫ぶ。
前にも見た光景な気がするけど。
「……。どうやって止めるの?!」
手から薄緑色の風は出続けていた。
湖もパックリ割れたままだった。
「イメージ! 風が止まるイメージ!」
リステルが慌てた声で叫んでる。
よし、ドライヤーのスイッチOFF!
あっ……止まらない!
えっとえっと……。
そうだ!
開いていた左手をぐっと握る!
すると、ピタッと風がでなくなった。
よし!
その瞬間、ザバーっという物凄い音をたてて、割れていた湖が元に戻る。
「ねぇリステル。向こう岸どうなってると思う? 私ものすごく頭が痛いんだけど」
「人に被害がなければいいね……。確か向こう岸って森になってたよね。人は滅多に立ち入らないって聞いたよ……」
「ねぇねぇ。手に何か石みたいなのが出てきたんだけど、これ何?」
頭を抱えている二人にお構いなく質問をする私。
ちょっとテンションが高かった。
魔法が使えたことが嬉しくて、ハイテンションになっていた。
「え? 見せて……嘘っ?! 魔力石じゃないこれ!」
またルーリが叫ぶ。
私の手には綺麗な緑色をした、ビー玉みたいなのが乗っかっていた。
緊急会議が始まりました。
まず問題点を言われる。
風が目に見えるのがおかしい。
威力がおかしい。
ビー玉……魔力石と言うらしい。
この大きさを一瞬で作ったのがおかしい。
風が薄緑色に輝いて見えたのは、それだけ魔力の密度が高いことが原因だそうだ。
その辺りはマナとよく似ている気がする。
威力は、もっと手加減をしなさいとか、ちょろっと風が吹くイメージで!
っとお叱りを受けた。
私だってドライヤーから風が出る程度のイメージしかしてないんですがっ!
っと言っても、ドライヤーが何なのかわからない二人に言っても仕方がないので、大人しくはいと返事をした。
魔力石は、魔法使いの中で、魔力石生成と言う能力を持った一部の人が、時間をかけて作るものらしい。
小指の爪程度の、不格好な形をしたものを作るのにも、かなりの時間と魔力が必要らしいのだが、魔力石が魔導具に必要不可欠なことから、非常に高値で買い取りをしてもらえるらしい。
それが一瞬で、この大きさで、しかも綺麗な球体で作ってしまうのは、あり得ないそうだ。
あり得ないと言われても、ここにやった本人がいるんですが。
その後も大変だった。
火をおこす魔法を使えば手から巨大な火柱があがり、水を手に集めようとするとルーリのお家並みの巨大水球ができあがり、石を生成しようとするとこれまたルーリのお家並みの巨石が出来上がった。
そのたびに手から、赤、青、黄の魔力石が出来上がった。
そして、巨石ができたことで、問題がもう一つ発生した。
魔力から生成されたものは、魔法の行使が終了するとともに、魔力となって霧散する。
だけど、私の作った巨石は、霧散することなく、鎮座している。
良く見てみると、水球を落とした場所も、水浸しのままだった。
二人が三角座りをしながら頭を抱えている。
「なんでー? どういうことー?」
「ねぇルーリ。これは想定外すぎるよー」
そんなことを言い合ってる二人を横目に、私は黙々と練習をする。
そのまま湖に向かって放つのは危険と思ったので、斜め上に向かって魔法を放つ。
最初の内はイメージ通りの威力より、はるかに上回った規模の魔法が放たれていたが、繰り返すうちにコツを掴んできて、ようやくイメージ通りの威力を出せるようになった。
手にできる魔力石も少しずつ小さくなっていき、最後にはできなくなった。
ルーリがすごく残念そうだったので、試しに魔力石を作ってみると、意外と簡単にできた。
試しに作ってみた、親指の爪ほどの大きさで、星形をした黄色の魔力石をあげると、
「きゃー! ありがとー! 大事にするねー!」
っと飛びついて喜んでくれた。
リステルには緑色のクローバーの形をした魔力石を渡した。
「ありがとう。でも、これを売るだけで、結構な金額になるけど貰っていいの?」
「うん。簡単に作れるみたいだし、二人にはお世話になりっぱなしだからね!」
「「これを簡単に……」」
二人が顔を引きつらせて笑っていた。
その後は、初級魔法から、下位魔法と、徐々に級と位を上げるために、詠唱を教わり、何度も反復練習した。
「そうだメノウって治癒魔法、使えるのかな?」
ルーリがそう言って、腰から短剣を引き抜き、自分の左人差し指をスパっと切った。
血がドクドク溢れ出ている。
「ちょっと何やってるのルーリ?!」
「落ち着いて。使えなくても、私は治せるから。ね? やってみて?」
ルーリは平然として言う。
私は混乱していた。
傷が治るイメージ?
皮膚が切れて、血管も切れて?
いや、そんな医学知識なんて私にはない。
そうだ!
詠唱は魔法の行使の調節、補助をするもの。
だったら!
「血を漱ぎ、汝の傷に癒しを。ヒーリング」
そう唱えると、青い光がルーリの切れた指に集まり、傷が塞がっていく。
成功だ。
「あ、全然痛くなかった。私より上手ってことね!」
ルーリは嬉しそうに言う。
「もう。いきなりあんなことをするのはやめてよ……。お願いだから……」
力なく私は言い、その場でへたり込む。
私は寒気がした。
何のためらいもなく、自傷行為に及んだルーリに。
私が使えなくても、ルーリには治せただろう。
だからと言って、血が溢れだすほど深く切ることは無いだろう。
私の知らない世界が目の前にあることに気づいて、少しショックだった。
ピシッ
どこかでそんな音が聞こえたような気がした。
私の様子に驚いたのだろう。
ルーリが慌てて私を抱きしめる。
「ごめん。ごめんなさい。びっくりさせちゃったね。私も少し興奮してたみたい。メノウの魔法が凄くって。そんな顔をさせるつもりなんてなかったの」
「ん。ちょっと驚いただけ。でも次からは前もって言ってね?」
リステルも背中を撫でてくれている。
よし、気持ちを切りかえていこう。
「もう大丈夫。リステルもありがと」
「ん。流石に私もびっくりしたよ、ルーリ。大切な人が傷つくのって、かなりショックなのはルーリもわかってるはずでしょ? 気をつけてね」
そう言って、ルーリの頭を撫でた。
「じゃぁこの話はおしまい! まだ空間収納とか
ちょっと空元気だったけど、暗いままより、明るいほうが良いに決まってる。
「それは無属性の下位初級魔法だから、メノウだったらすぐに覚えられるよ!」
ルーリは私を抱きしめながら、そう言った。
あれ?
離れてくれないの?
「ねぇルーリ離れてくれないの?」
「ごめんね。ちょっと無理みたい。なんだかメノウが離れていっちゃう気がして、ちょっと辛い」
「元の世界に戻るまで、一緒にいてくれるんでしょ?」
「……。うん! 約束したもんね!」
そして改めて、魔法の練習が再開されたのだった。
ところで。
奇跡的に人的被害がなかった
観光スポットとしても有名なラルゴ湖。
釣りをしたり、漁をしたり、環境保護のために見回りをしたりと、人は多い。
何百人と、湖が真っ二つに割れる様子を目撃していた。
薄緑色の光が湖を真っ二つにしたことから、観光客からは、「風精霊の御神渡り」と呼ばれることになる。
冒険者たちは、巨大な火柱が上がっているのも見ていた。
火柱が上がっていたと思しき場所に出向いた者も中にはいた。
そこには、大きい一軒家ぐらいある岩が、複数あった。
その岩の中には、鋭利なもので切られたような跡や、何かで穿ったような穴が開いてあるものも多かった。
現場を見た冒険者は確信した。
ここで何かとんでもない戦いが起こっていたのだと。
街に被害が無いことを考えると、何者かが勝利し街を守ったのだろう。
そして、冒険者たちからは、激戦地として、見学しに来るものが増えることになる。
一人の少女が、呑気に魔法をぶっ放して練習していただけという真実を知っているものは、三人しかいない。
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