お風呂と報酬と

 私達は、サブマスターのお姉さんの案内で、いわゆる社員食堂へやってきた。

 ちなみに、サブマスターのお姉さんはセレンさんと言う名前らしい。

 賑やかだったのが、私達の姿を見た瞬間に、静かになってしまった。


「この子達は客人よ。気にしないで食事をしてちょうだい」


 セレンさんが大きな声で言った。

 良く見てみると、食堂にいるのは女性が圧倒的に多い。


「五人分お願いしていいかしら?」


「わかりました。ちょうど追加でできた分がありますから、すぐにお出しできますよ!」


 セレンさんがカウンター越しに、注文をする。


「じゃーそこにあるトレーを取って並んでもらえますか?」


「「「はーい」」」


 セレンさんに言われた通りに、トレーを持って並ぶ。

 トレーに乗せられたのは、白色のスープに野菜とお肉が入ったもの。

 シチューだった!

 それと、四つ切にされた、赤いトマト。

 それを持って、空いている席へと座る。


 ねぇねぇ。あの子達だよ、昼過ぎの騒動起こした子。

 ホント? まだ子供じゃない!

 じゃぁ男に捕まってた子ってどの子どの子?

 ほら、あの黒っぽい赤茶色の髪のポニーテールの子だよ。

 うわーすっごい綺麗。

 えー? あれは可愛いって言うんだよー!

 銀髪の子ってリステルさんよね?

 青髪の子もすごい魔法使いだったって聞いたけど! どうなの? どうなの?

 それより、三人が抱き合ってたって聞いたんだけど?!

 キャーッ! どんな関係なのかしら?!


 ヒソヒソとそんな声が聞こえる。

 ちょっと恥ずかしい。


「サブマスターお疲れ様です。今日は大変でしたね」


 そう言って、恰幅のいいお姉さんが、バスケットをもってこちらに来た。


「はい、どうぞ。焼きたてですので、沢山食べてくださいね」


 そう言って、置かれたバスケットには、香ばしい良い匂いがする、丸いパンがいっぱい入っていた。

 おや、保存食で出されたパンに比べて色は白っぽい。


「ありがとう。それじゃあいただきましょう」


「「「いただきまーす」」」


 私はまずパンを取り、かぶりついた!

 おお?!

 固くない!

 香りもすっごく良い!

 まぁ日本で食べてたパンに比べると、ボソボソだけど、それでも美味しい!

 次!

 シチュー!

 少しサラッとしているけど、コクがあって美味しい!

 薄っすらと黄色い油分が浮いている……。

 バターを使ってるわねこれ。

 野菜はオーソドックスに、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。

 お肉は……。

 これは鶏肉!

 あれー?

 この鶏肉は私が良く使ってたものより美味しいぞー?

 トマトはプチトマトみたいに味が濃厚で、何より甘かった!

 私が良く買ってた大きいトマトって、もっと水っぽかったんだけどなー?

 そんな感じで、食べ物に夢中になっていると、


「そうそう。マーダーとコマンドの買い取りの件なんですが、少しお時間をいただいても大丈夫ですか?」


 と、セレンさんが言い出した。


「かまわないですけど、状態維持プリザベイション切れますよ? 何かあったんですか?」


「それが、昼の騒ぎを聞きつけた商人が大量に押しかけてきてしまいまして、今絶賛オークション中なんですよ。マーダーの毛皮は貴重ですし、二体ほどコマンドの中でも大柄で毛並みの良いのがいたらしくてですね」


「それって多分サブリーダーの個体の事かな?」


「そうじゃなくても、良い毛皮が取れるってことで、人気があるみたいですね。オークションで高値が付いた分、お渡しできる報酬も増えるので、楽しみにしてください。明日にはお渡しできるようになっていますから」


 おや?

 何だか効率が悪くない?


「あのー? ギルドが買い取った後に、オークションにかければ、丸々ギルド側が儲かるんじゃありませんか?」


 と、疑問に思ったので聞いてみた。


「それをすると、冒険者が直接商人と取引をしてしまって、結果的にギルド側の儲けが無くなってしまうんですよ。オークションで落とされた魔物には、値段の分の手数料をかけて、ギルド側も儲かる仕組みになっているんです。命を張った冒険者が損をせずに、ギルド側も儲かる。っという仕組みを取っているんですよ」


「なるほどー。ありがとうございます」


 そんな感じで食事は和やかに終わった。




「さて、私達はそろそろ帰りましょうか」


「ルーリの家に行くんだよね? 楽しみだなー。人の家に泊まるなんて生まれて初めてだよ!」


 リステルさんはとてもご機嫌のようだ。


「それでは、今晩中にはオークションは終わる予定ですので、報酬は明日の朝から取りに来ていただいて大丈夫です」


「三人とも今日はお疲れ様。ルーリちゃん、メノウちゃん。リステルちゃんをよろしくね?」


「「わかりました!」」


 そう言って冒険者ギルドを後にするのだった。


 今から向かうのはルーリのお家。

 西門近くにある中流区と呼ばれる、比較的裕福な層が居を構える場所にあるらしい。

 また私を真ん中に、おててをホールドされて、街中を歩く。

 大通りには街灯があるが、少し通りを外れれば真っ暗だった。

 ちょっとこれは怖いかも。

 街灯がある通りでも、日本の私が住んでいた場所に比べれば真っ暗に近い。



「メノウ。絶対夜は出歩かないこと。もし何か急な用事で出かけなきゃいけない時は、私かリステルに一緒に行くようにちゃんと頼んでね?」


「流石に日本みたいに治安は良くないかー……」


「メノウの世界は治安が良かったの?」


「私の国は特にって言ったほうがいいのかなー? 私も外国のことはさっぱりだけど」


 そう言えば、日本って自動販売機が多いのって治安がいいのも理由だったっけ?

 試しに自動販売機の話をしてみた。


「そんな便利なものが街中のあちこちにあるの? ……でもすぐに壊されて、中身とお金をもって逃げられそうね」


「あちこちに置いてあるってことは、そんなことする輩がいないってことだね。メノウはとても平和な世界に住んでたみたいだね」


 そんな風に話は盛り上がり、でもメチャクチャ心配された。


 話しているうちにルーリの家に着いた。

 石レンガの壁で囲まれた、木造の二階建てのお家だった。

 お庭もあるよ!


「ねえルーリ、中流区に住んでるって言ってた時から思ってたけど、かなり裕福なのね……」


「もともと両親も、優秀な魔導具製作者だったからね。私は両親に憧れて魔導具を作るようになったの。それで私も魔導具を売っていたら、それなりの稼ぎになったのよ。さ、上がって!」


「「お邪魔しまーす」」


 私は玄関でストップする。


「メノウどうしたの?」


 ルーリが不思議そうな顔でそう言って、スタスタと中に入っていく。

 ブーツは履いたままだった。


「あ、ブーツ脱がなくてもいいのね」


「メノウの世界って家に入る時はブーツ脱ぐの?」


「いや、私の国独自の文化だったかな? 海外ではそのままの所もあるみたいだし」


 うーん。

 文化の違いとは言え、裸足になれないのは落ち着かないなー。

 私、自宅では裸足派だったから。

 と、そんな呑気に考えられていたのも今の内だった。


「シャワーあるから、順番に浴びよ? 私は最後でいいよ」


「シャワーまであるんだ!」


「おー! シャワー! 浴びたい! 汗流したい!」


 私も喜んで手を上げる。

 大体二日ほどお風呂に入っていない。

 汗も盛大にかいたしさっぱりしたかった。


「じゃーメノウからでいいよ!」


 リステルが譲ってくれた。

 やった!


「こっちだよー」


 ルーリに案内され、一階の右側の一室へ入った。

 脱衣所の奥の扉を開けて、中を見てみる。

 ん?

 カーテンで仕切られている?

 カーテンを開けてみる。

 足の着いたバスタブがあった。

 ……。

 これはあれだ。

 海外映画とかでよく見る外国のお風呂だ。

 でも、シャワーの噴出口らしきものは見つけたものの、蛇口がない。

 そもそも、どうやって入るのかマナーとか知りませんが?!


「メノウ? どうしたの? 入らないの?」


 頭の中がぐるぐる混乱している私をみて、ルーリがきょとんとして聞いてきた。


「……このタイプのお風呂の入り方がわからない。あと蛇口もどこかわかんない」


 そう言った瞬間だった。

 ルーリはニマーっと嬉しそうに。

 リステルはニコっと笑顔で。


「「じゃぁ教えてあげるから一緒に入りましょうか」」


「じゃー脱ぎましょうねー」


 そう言って、服に手をかけられ、ボタンを外され、脱がされていく。

 キャーーーーーッ!

 あっという間に下着姿にさせられた。

 そこで二人の手がぴたっと止まって私の体をまじまじと見てきた。


「なっなに? 何か変?」


 体を手で隠しつつ、私は言う。


「下は見たけど、上もこんなに高級感のある下着をつけてたのね」


 そう言ってリステルが私の胸をツンツン突く。

 ルーリは肩ひもの部分をスルっと外し、


「これ、すごく丈夫にできてるわ。あと外し方がわからない……」


「あーブラジャーって言うのよ。外し方は、バックホックだから、背中にあるホックを外して」


 二人に背中を向けて、ホックを外して見せる。


「「おー!」」


 そう聞こえた瞬間、ブラが取られていた。


「うわーこんな細かい金具がついてる。刺繍も綺麗よ」


「これは凄いね……」


 二人してブラを広げて眺めている。

 いや、物珍しいって言うのは伝わってくる。

 でも私の目には変態さんにしか見えないんだけど……。

 ……遺跡にいた時に私ほんとに何もされてないよね?

 二人の反応見てると不安になるんだけど……。


 そんな二人はあっさり全裸になって、私のショーツに手をかけた。


「いや、そこは流石に自分で脱ぐからーっ!」



 ……。

 さっぱりしたー!

 バスタブに三人も入って狭かったけど、キャッキャッと騒ぎながら入った。

 湯船につかることはできなかったけど、もみくちゃにされながら、もみくちゃにしながら、楽しくバスタイムは終了した。

 私の着替えがなかったことでもうひと悶着あったが、リステルの丈の長いワンピースを貸してもらって、事なきを得た。

 いや、スース―するけどね……。


「あーこれは早急にお買い物に行って、メノウの服を買わないとだめね」


「明日朝すぐにギルドに行って、報酬をもらって買いに行こう」


「私着ていく服がないんだけど……」


「大丈夫。今から洗濯するから」


「それって乾かないんじゃ?」


「ん? 水属性魔法を使うから、乾くのは一瞬よ?」


 この世界に来て、飲み水を渡されたとき、革袋に入れられた水を渡されたと言う話を覚えているだろうか?

 何故、魔法で水を出さないのか、と疑問に思っていたこと。

 それは、魔法の行使を終えると、魔力から生み出したものは、ただの魔力に戻り、霧散してしまうからだそうだ。

 例えば、ルーリが使っていた魔法で、グランドスピアと、ロックバレットがある。

 グランドスピアは、地面に地属性の魔力を使って槍衾を作る魔法だ。

 これは、元々ある地面の土を使っているで、魔法の行使が終わっても、槍衾はずっと残っている。

 ロックバレットは、地属性の魔力から岩の塊を生み出し、弾丸のように撃ちだす魔法だ。

 魔力を一時的に岩の塊へ変換させている、と言ったらわかりやすいだろうか?

 対象に命中するか、一定距離を離れたら、放たれた岩は、砂に戻ることなく、魔力に戻り霧散することになる。

 だから、水魔法を使って水を生み出し、その水を使って洗濯物をすると、魔法の行使終了と共に、水が一気に霧散し、乾いてしまうそうだ。

 ただ、魔導具から生み出された水は、何故か霧散しないらしい。

 確かにシャワーを浴びた後、タオルで拭きあいっ子したのを覚えている。

 この現象は未だに謎で、魔導技術マギテック関係者の研究課題の一つらしい。


 ルーリは大きな木製の桶のある部屋……浴室の隣の部屋へ私達を案内する。

 私は、私の脱いだものを全部抱えてついて行った。


「この桶の中に、洗濯物を全部入れて?」


「はーい」


 私は服を全部桶へ入れた。

 ん?

 下着も?


「ルーリ―。私のも後でお願いしていい? 結構溜まってるの。洗濯物」


「どうせ私のもするからいいよー」


「それじゃーいくねー」


「水よ。清き水よ。此処に集まり渦となせ。ウァールプール」


 ルーリが詠唱すると、大きな桶いっぱいに水が溜まり、その水が、中の服と共に空中に浮かび上がり、球体を作った。

 そして、水が渦巻き、中の服がグルグル回りだした。

 その動きはまさに洗濯機だった。


「おー……」


 しばらく見呆けていると、水の球体はゆっくり桶に戻っていって、水がスーッと消えていった。


「はい、おしまい!」


 桶に入った服を触ってみる。

 濡れてない!

 一瞬で乾燥もしたみたいだ。

 ……。

 ブラウスを手に取って、匂いを嗅いでみる。

 ホッ。

 臭くない。


「ちゃんと汚れも匂いも落ちてるよー」


 そういうルーリが何やら白いものを手に持って匂いを嗅いでいた。


「これはそういう魔法だからねー」


 リステルもそう言いながら、白い三角のものを持って広げている。


「ってちょっと! なんで私の下着を持ってるのっ! っていうかルーリ! ブラの匂い嗅がないで!」


「えへへー。つい気になっちゃって! ねーリステル?」


「うん。やっぱりこれは高級品だよー」


「あ、そうだ。ソックスの血は取れてると思うけど、張り付いてた皮膚は残ってるから、取っておいたほうが良いよ」


 ……靴下をみてみる。

 あ、ホントだ。

 血で赤黒くなっていた白い靴下は、元の綺麗な白色にもどっていた。

 裏返すと、十円玉ほどの大きさの皮膚?が張り付いていた。


「ホントにキレイになってる! ありがとー!」


 そこからルーリは大変だった。

 リステルがどっちゃり洗濯物を溜め込んでいたからだ。

 ルーリの分も合わせて、七回ほど魔法を使っていた。

 ぷーっと頬を膨らませながら魔法を詠唱しているルーリは可愛かった。

 私とリステルで膨らませた頬をぷしゅっと指で突くと、ルーリはクスクスと笑い出し、それにつられて私達も笑い出したのだった。


 その後は寝るための準備をした。

 私とリステルの寝る部屋は、二階にある亡くなったご両親が使っていた寝室だった。

 ベッドが二つ、間を開けて並んでいた。


「ちゃんと布団もシーツも綺麗にしてあるから、そのまま使ってくれて大丈夫だからね」


「メノウと相部屋かー」


「よろしくねーリステル」


「……むぅ」


 スタスタとルーリが部屋を出て行った。

 ガチャっと隣の部屋のドアが開く音がしたと思ったら、すぐにルーリが戻ってきた。

 そして、ちょうどベッドとベッドの間に向けて手をかざすと、ドスンッと言う音ともに、ベッドが現れた。

 綺麗に隙間なくきっちりベッドが三つ並ぶことになった。


「これで私も相部屋!」


「ルーリの寂しがり屋ー」


「そんなこと言うんだったら、私の部屋で寝ていいわよ?」


「ごーめーんーなーさーいー!」


 ふふふ。

 何をやっているんだか。

 シーツと布団を敷きなおして、寝る準備に入る。

 真ん中は私になった。


 さて。

 辛い思いも、痛い思いも、怖い思いもしたけれど、明日から、私の新しい生活が始まる。

 フルールと言う見知らぬ街、異世界での生活が始まる。


 目標は、元居た世界、日本に戻ること。

 正直、焦る気持ちは強い。

 明日にでも日本に戻れる方法がみつかるなんて、そんな都合よくはいかないだろう。

 私にできることは、最大限にやっていこう。

 今はこの街に少しでも早く馴染むことを優先しよう。

 後は、リステルとルーリに恩返しもしなくちゃ。


「眠れない?」


 隣から、優しい声がした。


「難しい顔してたよ?」


 もう片方からも、優しい声がした。


 ぎゅっと、両サイドから抱きしめられていた。


「うん。色々考え事してた」


「メノウ。焦るかもしれないけど、じっくり元の世界に戻る方法を探していこうね」


 ルーリが言う。


「私も、メノウが元の世界に戻れるまで、そばにいるからね」


 リステルも言う。


「ありがと……」


 つーっと涙が流れた。

 最近泣いてばっかりな気がする。


 私の布団の中に入ってきた二人に思いっきりぎゅーっと抱きしめられて、体がホコホコして気持ちよくなって、私は眠ったのだった。




 パチッと目が開いた。

 何だか体がホコホコして気持ちがいい。

 もう一度寝ようと思ったけど、窓からは日差しがさしていた。

 二人はまだ、私に抱き着いたまま寝息を立てている。

 そう言えば、森の外から草原と、二回ほど野宿していたけど、二人ともそんなに眠っていなかったっけ。

 私はゆっくり寝させてもらっていて、昨日は貴賓室でも軽く睡眠をとらしてもらった。

 やっぱり疲れているのかな?

 んー……。

 二人にしっかりがっしり抱きしめられているせいで、身動きがとれない。

 無理に動いて起こすのは忍びない。

 よーし。

 もうひと眠りするかー!

 と、目を瞑った時に、両方の耳元で、


「「おはよ」」


 っと囁かれた。

 ゾクッとした。

 悪い意味じゃなくて、良い意味でゾクッとした。

 これはダメだ。

 クセになる……。


「あははは。ビクンって体が跳ねたよ? おはようメノウ」


「もー! ゾクゾクしちゃったじゃない! 二人とも普通に挨拶してよもう!」


「メノウ、おはよう。具合悪いところはない?」


「ルーリも普通に起こしてよー。大丈夫。元気よ!」


「なんだか私達に気を使って、動かなかったみたいだからね。ちょっとからかって見たんだけど、効果バツグンって感じだったね」


 リステルも楽しそうに体を起こす。

 むーっ!

 私はリステルの首に腕を回して、押し倒し、リステルの耳に口が当たるくらいの距離まで接近し、


「あんまりそんなことばっかりしてると、イタズラしちゃうよ? ふーっ」


 っと、囁き、最後に息を吹きかけた。


 リステルの体がビクンビクンってして、バネのように飛び上がった。


「きゃーっ!」


 リステルの顔が、耳まで真っ赤になっていた。


「どうだった? 気持ちよかった?」


「なになに? メノウ、リステルに何をしたの?」


「んっんー。これはダメね。刺激が強すぎるわ……」


 リステルはモジモジしている。


「ねーねー! メノウなにしたのー!」


 ルーリにも、おんなじことをしてあげた。


「……これは、病みつきになるかも」


 ルーリもモジモジしながらそんなことを言った。


 変な空気になってしまった。

 まぁ一緒になってふざけた私も悪いけど。


「ねぇねぇ。これからどうするの?」


 気を取り直して聞いてみる。


「まず朝ご飯食べちゃいましょう。っと言うわけでメノウさん。保存食を使い切ってしまいたいので、お料理お願いしていいですか!」


「うん。まかせてー。おんなじ物でもいい? あれならすぐ作れるから」


「あ、私の保存食の消費にも、ご協力ください!」


 両方から手を握られる。


「じゃー着替えて準備しよ!」


「「はーい」」


 私はベストとトレンチコートは着ないで、ブラウスに、リステルから貰った紐リボン、スカート、ソックスにブーツ姿で、キッチンに案内をしてもらった。


 キッチンの設備が魔導具と言う物で、使い方が全く分からずに、悪戦苦闘しつつ、朝食を作って食べた。

 ルーリが用意してあった野菜はあと一回で使い切れそうだったけど、リステルの分と合わせて、チーズと固いパンと干し肉が大量に余った。

 これは、何か考えないといけない……。

 ルーリもリステルもお料理できないので、台所担当に私がなってしまった。


 朝食を食べ終えて、完全装備に着替えて、冒険者ギルドに向かった。

 いや、私、家で待ってればよくないですかね?

 って言ったら、笑顔でダメって言われた。


 と言うわけでして、今日も、私も冒険者ギルドについてきたわけですが。

 到着して早々セレンさんに声をかけられて、一階にある客室に通された。

 すわ何事かと身構えたが、


「こんな大金、人がたくさんいる場所で渡せるわけないじゃないですか」


 とのこと。


 リステルに渡されたのは金貨三枚。

 そして、リステルは銀貨三十枚をセレンさんに渡していた。

 金貨三枚はルーリが出した依頼の達成報酬。

 渡した銀貨三十枚は、依頼紹介料と言うものだそうだ。


「これだけだったなら、窓口でもやり取りしてもいいんですけどね。ここからが問題です」


 常設依頼の達成報酬の、虐殺狼マーダーウルフ一匹に金貨九枚。

 突撃狼コマンドウルフ一匹に金貨三枚、それが四十三匹分、金貨にして百二十九枚

 これは、死体や倒した証を見せるだけで貰えるお金だ。

 ドサッと金貨が置かれる。

 突撃狼コマンドウルフの分は、わかりやすいように十枚ずつ並べられている。


「そしてこれが、虐殺狼マーダーウルフ一匹と突撃狼コマンドウルフ八匹分と、二匹の解体手数料とお肉と魔石の分を抜いた、売却額になります」


 虐殺狼マーダーウルフ、金貨十八枚。

 突撃狼コマンドウルフの内、大柄で毛並みの良かった二匹分が金貨十二枚、残りの六匹が金貨三十枚。解体された二匹分はお肉と魔石と金貨二枚。

 合計で、金貨えーっと……。


「合計で金貨二百枚?」


 私が言うと、ルーリとリステルは目を見開いて、セレンさんはギョッとした顔で私を見た。


「えーっと、間違ってましたか?」


「あ、いえ。合っています。文字を読めないと仰っていたので、てっきり計算もおできにならないとばっかり思っていたので、失礼しました」


「っと言うか、書かないで計算したの?」


「これくらいの暗算だったらできるよー」


 ルーリが驚いたように言うので、笑って返した。


「……メノウ。二百枚を三人……二人分に分けたら?」


「百枚! リステル、流石に馬鹿にしすぎよ?」


「……その様子ですと四則演算は、納めていらっしゃるみたいですね。失礼な言い方になってしまいますが、なんだかメノウさんってアンバランスな方ですね」


「どういうことですか?」


「お気に触ったらすみません。ただ、礼儀正しく衣装もしっかりしたものを着ていて、一見どこかのご令嬢に見えるんですが、普通の市民。文字の読み書きができないのに、四則演算はできる。とてもアンバランスです」


 ここで私は、自分がとんでもない失敗を犯したことに気づいた。

 よし、誤魔化そうと思ったが落ち着いて様子を見ることにした。


「数字は読めるのですか?」


「読めないですねー」


「……ではどうやって四則演算を教わったんですか?」


 あーこれは完全に怪しまれてるな。


「金貨を数枚お借りしてもいいですか?」


「どうぞ」


 金貨十枚を掴み、動かしながら説明する。


「この金貨を三枚と三枚を合わせれば、六枚になる。六枚になった金貨から、二枚無くせば四枚になる。この四枚を、二人分用意することにしたら、八枚になる。八枚になった金貨を四人で分けたら一人二枚になる。こんな風に物、私の場合は小石とかですけど、それで教えてもらいました」


 セレンさんは、興味深そうに私を見ていた。


「驚きました。今の説明は非常にわかりやすい。数字で教えるより、遥かに理解がしやすいですね。なるほど、そういう教え方がありましたか……。納得しました。ありがとうございます」


 セレンさんはそう言って、笑顔を向けてくれた。

 ……。

 たぶんぶっちぎりのアウトだろう。

 この人は、色々な人間を見てきたと、ルーリに言っていた。

 私が何か言えない事情があるのを察して、引き下がってくれたんだと思う。


「話がそれてしまいましたね。すみませんでした。では、金貨二百枚を確認できましたら、こちらにお二人のサインをお願いします」


 そう言って、三枚の紙をリステルに渡す。

 リステルは並べられた金貨と、紙を交互に見て、三枚の紙にサインをした。

 そして、それをルーリに渡し、ルーリも同じようにして、サインした。


「確認しました。受領書はお返ししますね」


「一枚ずつ、リステルさんとルーリさんがお持ちください。これで、引き渡し完了となります。正直、こんな大金の引き渡しなんて滅多に起こらないので、もの凄く緊張しました……」


 そう言って、金貨を百枚ずつに分け、袋に入れて、リステルとルーリに渡した。


「正直私もこんなに大金になるとは思ってもいませんでした……」


 ルーリも緊張していたようだ。

 ふーっとため息をついている。


「あ、お肉と魔石の受け渡しは、査定受付でしていますので、こちらを渡してください」


 そう言ってセレンさんは、模様?文字?の書かれた木札を机に置いた。

 それをリステルが受け取って、


「わかりました。早速行ってきたいと思います」


「それでは、お疲れ様でした。また何かありましたら受付に言って、私を呼びつけてくださってもかまいませんので。お気をつけて」


 セレンさんにそう言われて、私達は部屋を出た。

 すぐにお肉とかを引き取りに、昨日、三人組に痛い思いをさせられた場所まで行く。

 その間にギルド内にいる、冒険者たちが私達を見てくるのだが、何も言わず道を開けていく。

 私はまた真ん中で、おててをがっちり握られて歩いている。

 引き渡しもすぐに終わり、お肉と魔石はルーリが空間収納を使って、収納した。

 冒険者ギルドを出た瞬間に、


「「「つかれたー」」」


 どっと体が重くなった。


「っと言うかメノウ。もしかしないでも、文字って読めるの? メノウの世界の文字」


 リステルがそんなことを言う。


「普通に読み書きできるよ? 当たり前だと思うんだけど?」


「いやいや。読み書きはともかく、四則演算って、良いところの子か商家でもない限り、知らない人の方が多いよ? 文字の読み書きも、冒険者の中でもできない人割と多いのに」


「私は日常的に教えられていたもん……」


 義務教育とか言ってもわからないんだろうなー……。


「私のいた国では、ほとんどの人が教育を受けてるよ。四則演算なんて、もっと小さい時に習ったもの」


「でも、あの教え方は見事だったわ。凄くわかりやすかった!」


 ルーリが褒めてくれた。


「加法と減法はわかるんだけど、乗法と除法でつまづくのよね」


「そうそう。私も覚えるのに苦労したわ」


 リステルの話に、ルーリがうんうんと相槌をうっていた。

 もっと難解なこと教えられているのは黙っていよう。

 二次関数とか三角比とか。


「でもセレンさんに、怪しまれたのは確実ね」


「あールーリもそう思う?」


「やっぱり二人ともそう思う?」


 どうやら、三人の見解は一致したようだ。


「こうなったらメノウ! 頑張ってこっちの文字の読み書きを急いでできるようにならなくちゃね!」


「……は~い」


「では、気を取り直して、メノウに必要なものを買いに行きたいと思います!」


 ルーリが元気よく高らかに宣言する。


「「おーっ!」」


 とりあえず今はお買い物を楽しもう!

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