ルーリと噂

 ――ルーリ視点――


 メノウの寝息をそばでしばらく聞いた後、私とリステルは椅子に座った。


「「はぁ」」


 と言う私たちのため息が響き沈黙が続いた。

 頭の中は、メノウの苦痛に歪めた顔と、悲痛な叫び声でいっぱいだった。

 メノウをあんな目に合わせた、男三人に激しい怒りが沸くと共に、何故防げなかったんだと言う、どうしようもない後悔が私を襲っていた。


「ルーリ。思いつめても仕方ないよ。次に活かそう?」


 そう言うリステルの顔も、複雑そうだった。

 リステルも割り切れてないのだろう。


「次なんて、あってほしくないわ……。メノウの叫び声と苦しそうな顔が、焼き付いて離れないもの」


「私も。だからね、私、メノウに魔法と剣術を教えようと思うの」


「魔法はわかるとして剣術も?どうして?」


「メノウの容姿って、良い意味でも悪い意味でも目立つからね。私達が見ていないところで、何か起こった時に、対処できるようにしておきたい。メノウと四六時中一緒にいるのは無理だし、かといって軟禁しておくわけにもいかないでしょ? 魔法は多分才能があると思う。少なくとも風の適正は十分にあるわ。剣術は、まぁ護身程度ね」


「わかった。魔法の適正を見る魔導具があるから、それを使ってみましょ」


「……呆れた。そんなものまで作ってるの?」


 リステルは苦笑している。


「どこにも売ってないから秘密ね? ただ、上位の適正を持ってるとなると、魔法陣が焼き切れる可能性があるから、使えないかも? 保持魔力量もかなり多そうだったしね」


 少し、気分が落ち着いてきた。

 リステルの会話がきっかけで、少しは冷静さを取り戻していたらしい。


「そういえば、リステル? この街に根つくって言ってたけど、拠点はどうするの?」


「ん? 今泊まってる宿屋になるかな? 長期契約すれば、いくらか安くしてもらえるしね」


「ねぇリステルさえ良かったら、私の家で、三人で一緒に暮らさない?」


「え? それは嬉しいけど、ルーリの家って、そんなに広いの?」


「元々両親と私の三人で暮らしてた一軒家だから」


「……ご両親は?」


「六年前事故で両方死んだわ。維持費はかかるけど、せっかく両親が残してくれた家だからね。移らないでそのまま住んでるわ」


 リステルは少し悲しそうな顔をする。

 私も当時は辛かったけど、今はもう平気だ。


「ルーリが良ければ……。あ、メノウにも聞かないとね。……嫌って言われたらどうしよ? あ、凄い不安になってきた!」


 リステルが急におどおどしだした。

 魔物と戦ってる姿はとても凛々しいリステルが、一人の女の子の発言を気にして、目を白黒させている姿は、とても可笑しくて可愛かった。


「ふふふ。メノウも嫌なんて言わないわよ。喜ぶと思うわ」


「私もそう思うんだけど、こればっかりはどうしようもないよー!」


「「あはははは」」


「おっと。静かにしないと。メノウが起きちゃうわ」


 そう言って私達は、メノウの方を見た。

 枕を抱きしめるように寝ているメノウの姿が見えた。

 すると、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。


「どちら様ですか?」


 私が聞き返し、リステルが警戒する。

 過剰な反応かもしれないけど、もうメノウのあんな顔を見たくない。


「アミールです。サブマスターも一緒です。入ってもいいですか?」


 リステルが頷いて、警戒を解いた。

 私は、ドアを開けて二人を部屋の中へ入れた。


「失礼します。メノウさんは大丈夫ですか?」


「今はゆっくり眠ってるようです」


「そうですか」


 そう言って入ってきたサブマスターのお姉さんは、ティーセットを持っていた。

 アミールさんの両手は、包帯がまかれていた。

 私とリステルとアミールさんが椅子に座ると、サブマスターが給仕をしてくれて、テーブルに飲み物が置かれる。


「すみませんサブマスター。給仕は私の役目なのに……」


「仕方ありませんよ。手首から先がボロボロなんですから。骨が折れてないのが不思議なくらいですよ。今度からはちゃんと手加減して殴ってくださいね」


 サブマスターも自分の分の飲み物をテーブルに置くと、席に着いた。


「さて、今後のことについて、少々お話があります」


 そう言ってサブマスターは話しだした。


 まず、私達が叩きのめした男たちは、止血などの応急処置を施され、憲兵に引き渡されたそうだ。

 そういえば、メノウの事で頭がいっぱいだったから、三人組がどうなったとか、気にも留めてなかった。

 二人ほど腕が切り落とされていたけど、上位の治癒魔法使いの人なら、切断された腕を元に戻すぐらいは、簡単にできる。

 私は無理だけど。

 まぁ誰かに頼むことになるだろうが、大金がいる。

 どうでもいいわ。


 私達は、後日事情聴取をされると思っていたのだけれど、免除された。

 ギルドが庇ってくれたらしい。

 まず三人組が魔物贈呈プロファリングしたことが、アミールさんのとまったく同じ盾を持っていたことが証拠となって、確定された。

 私達の魔物の討伐の件も、査定したギルド職員から、男たちの所持していた武器ではつけられない傷があると証言された。

 リステルが持っている武器は、刀身の細いレイピアを両手持ちできるように柄を長くした剣だ。

 刀身も普通のレイピアより少し長い。

 マーダーウルフを筆頭に、提出された死体には、細い剣で一突きされた傷跡があり、男たちの持っている武器では、この傷をつけるのは不可能だと言う結論がでたそうだ。

 よって、男たちの言い分は虚偽と判断された。

 以上の事から、一般市民であるメノウを痛めつけ、命の危険に陥れた時点で、冒険者ではなく、犯罪者だと認定、その場で殺されても問題はないと言う見解になったそうだ。

 他の仲間に関しては、私達が諍いを始めた瞬間から、怪しい動きを見せた人物がいたらしく、すでに尾行を付けているらしい。


「それにしても、ルーリさんが土の中位下級の魔法使いで、治癒魔法まで使えるとは、驚きました。ルーリさんが詠唱していた魔法って、土属性中位下級の中でもかなり威力の高いものでしたよね」


「あれは、動きを封じた相手を処刑するための魔法ですからね。威力だけはありますね。使い勝手は良くないですが」


「……処刑って。ホントに殺す気満々だったんですね」


 サブマスターは乾いた笑みを浮かべている。


「メノウが止めてなかったら、私も首を刎ねてたかなー」


「リステルさんまで……。お二人にとってメノウさんがどれだけ大切な人かはわかりました。でも注意してくださいね? 今回は運よく庇えただけなんですから。お二人に何かあっては、メノウさんはきっと悲しみますよ?」


「「はい。気をつけます。ありがとうございました」」


 私とリステルは声をそろえてそう言った。


「そう言えば、アミールさんはどうするんですか?」


 リステルがアミールさんに問いかけた。


「……ここで働くわ。スティレスも回復したら、ここで働けるようにしてくれるって、サブマスターが言ってくれたから。二人で仲良くやっていくわ。もう冒険者としてやっていける自信なんてないからね。リステルちゃんは強いから大丈夫だと思うけど、私達みたいにならないでね?」


「私もフルールに根つくことにしたので、ちょこちょこギルドに会いに行きますね。今度スティレスさんのお見舞いも行きたいです!」


「それは楽しみが増えたわね。スティレスもきっと喜ぶわ。リステルちゃんありがとう」


「私何もしてませんよ?」


「そんなこと無いわ。リステルちゃんがここにいたから、私は仇が取れた。止めを刺せなかったのは、若干不満が残るけど。大切な仲間がくれた盾も戻って来たしね。あの女の子は凄いわね。あんなに震えて怖がって痛い思いをしているのに、私のために無理までしてくれて。そんな子だから、二人は周りの声が聞こえなくなるほど怒ったのね」


「つい最近知り合ったばっかりですけど、普通の女の子ですよ。見た目は凄い美少女ですけど。男が苦手で、すぐに不安になって、それでも頑張ろうとする。優しい女の子ですよ」


 リステルは優しい笑顔でそう答えた。


「ところでリステルちゃん。お友達を紹介してよ! リステルちゃんがあんなに仲良くしてるのって初めて見たわよ?」


 アミールさんは、リステルにねぇねぇと促す。


「はじめまして。ルーリと言います。リステルとは四日ほど前に知り合ったばっかりですが、同じ年齢というのもありまして、気が合って友達になりました。普段はマギテックギルドで活動をしています。リステルと知り合ったきっかけは、私が冒険者ギルドに依頼を出したのを受けてくれたのが、リステルだったんです」


 私はそう言って、頭を下げた。


「今ベッドで寝ているのは、メノウ。年齢は同じ十五歳です。知り合ったのは、ルーリの依頼を受けた後の準備期間の時ですね。ルーリと一緒で、なんだか気が合っちゃって。ここに一緒に連れてきたことは、後悔してますけどね……」


「あらー。なんだか嬉しくなるわね。ずっと一人で旅をしてきたって言ってたリステルちゃんに友達ができるなんて」


 アミールさんはあらあらと笑顔を浮かべていた。


「ルーリちゃんとメノウちゃんね。お姉さん覚えたわ! 大事にするのよ? 短期間でそこまで仲良くなれるって、そうそうあることじゃないんだから」


「はい」


「ところでルーリちゃん。お願いがあるんだけど、聞いてもらっていいかな?」


 申し訳なさそうな顔で私を見る。

 んー次に何を言われるのかわかってしまった。


「治癒魔法ですか? 使えるには使えますが、私は上手くないので、痛みますよ?」


「メノウちゃんに治癒魔法をかけている所を見てたから、知ってるわ。でも、リステルちゃんの友達だったら信用できるもの。あ、お金はちゃんと払うわよ?」


 いや、お金を払うんなら、上手い人を見つけたほうが良いでしょうに。

 治癒魔法を使える魔法使いは確かに少ないけど……。


「わかりました。でも、お金は遠慮しておきます。その代わり、痛いので文句なしでお願いしますね」


「ええ勿論! でもお金は良いの? 治癒魔法を行使してもらうのにお金を払うのは当り前のことよ?」


「私は治癒魔法を専門に活動しているわけじゃありませんからね。どちらかと言うと、運よく使えた程度のものですし。それよりも、怪我の具合はどうなんですか?」


「全力で男の顔面をひたすら殴っていたので、両手首をかなり痛めてますね。あとは、皮膚が破けてしまっています。私からもお願いします。このままだと彼女は満足に仕事もこなせません」


 サブマスターも頭を下げた。


「わかりました。包帯をはずして、両手を私の前に出してください」


「はい」


 差し出された両手に向かって手をかざし、


「袂に集え癒しの青光よ、かの者の血を漱ぎ、清浄なる水の力をもちて、癒しを与えん。ヒーリング」


 メノウの捻挫を癒したくらいの強さで治癒魔法をかけた。


「っつー。確かにこれは結構痛むわね。特に手首が馬鹿力で捻られるみたいな痛さがあるわ」


 そう言う割には、一瞬顔をしかめただけで、大したことなさそうだった。

 流石は冒険者だった人か。

 怪我などの痛みには慣れているのだろう。


「はい。終わりました」


「おー凄い! 綺麗に治ってるし、手首も痛くない! ありがとうルーリちゃん!」


 アミールさんは手首をぶらぶらしている。


「いえいえ。どういたしまして」


「そういえば、リステルさんフルールに根つくんですか? ギルドとしては、優秀な冒険者が街に長期に滞在してもらえるのは、嬉しいことです。拠点はもうお決まりですか?」


 サブマスターは嬉しそうに手を合わせて話している。


「ルーリの家にお世話になる予定です」


 そう言った時、サブマスターの笑顔が少し曇った。


「ルーリさんの家ですか……」


「何か問題でも?」


 リステルの眉が少し吊り上がって、声が低くなった。

 あからさまに気分を害したのを表に出している。

 私はハッとなった。

 浮かれていたんだ。

 すっかり忘れていた。


「ごめんなさい。確かに問題があったわ。浮かれててすっかり忘れていたわ」


 この街で、私の評判が良くないこと。

 そして、悪い噂が流れていること。


「リステル。私ね。この街での評判が良くないの……。いろんな噂が流れているのも知ってる」


「え? 何それ? どういうこと?」


 リステルが不安そうな顔をした。


「ルーリさん。ご存じだったんですね……」


「流石にそこまで馬鹿ではないと、思いたいです」


 私は、私が知っている限りのことを話すことにした。


 曰く、ルーリはどこの派閥にも所属できない、誰も派閥に加えたがらない、はぐれ者である。

 曰く、ルーリは他人が開発、作製したものを、自分が考え、作ったと吹聴する者である。

 曰く、ルーリは他人が考えた理論や技術を、馬鹿にし貶す者である。

 曰く、ルーリはマギテックギルド内にある魔導具を勝手に売り払い、自分の懐を肥やす者である。

 曰く、ルーリはマギテックギルドに制作したものを申告せずに、勝手に売り払っている者である。

 曰く、ルーリはフルールのマギテックギルド全員の研究成果を、己が一人のものとうそぶき、発表しようとした者である。


「これが、私が知っている、私に対する噂よ」


 話していて、気分が悪くなってきた。

 嫌われるかな……。

 メノウにもちゃんと話さないと……。

 一緒にいたくないって思われちゃったらどうしよう……。


「サブマスターは、知っていたんですね?」


「知っていました。まだ他にもありますね」


「……」


 全部知ってるわけではないと思っていたけど、やっぱりまだあるのか……。


「他には?」


 リステルが怒りを露わにして、サブマスターに聞いた。


「それは……その……」


 サブマスターが私の顔をチラチラ見ている。

 余程言いにくい内容なのだろう。


「リステルちゃん落ち着いて。本人の前では言いにくい内容だってことは気づいてるはずでしょう?」


 アミールさんがリステルをなだめている。


「かまいません。話してください」


 私はお腹にぐっと力を込めて、毅然とした態度をとって言った。


「……わかりました」


 出てきた話は、耳をふさぎたくなるような内容だった。


 男を誘惑して、取り入ろうとする。

 体を使って、幹部になろうとしている。

 抱かせた男の弱みを握り、金を奪う。


 そんな内容だった。

 吐き気がした。

 まさかそこまで酷い噂を流されていたとは思わなかった。


「ルーリ、大丈夫?」


 リステルが背中をそっと撫でてくれている。


「正直、聞くに堪えません。ルーリちゃんがそんな人じゃないのは、サブマスターもわかっているのではありませんか? 少なくともリステルちゃんとのやり取りをみて、そんなことをする性格ではないのは、すぐにわかります!」


「そうですね。ですが、マギテックギルドでルーリさんが孤立した存在だと言うのも事実なんです」


「そうなの? ルーリ」


「うん。孤立してるのは本当。噂の中には本当のこともある……」


「どれがほんとのこと?」


「私が作った魔導具を申請しないで売っているの本当。でもこれは、申請なんてほんとはいらないの。他のマギテックギルド員も同じことをしてるわ。私にだけ、申請するように強要されたのよ。始めは従っていたんだけど、手元に戻ってこなくて、確認しに行ったら、バラバラにされていたことがあったの」


「どういうことですか?」


「多分構造の解析をして、戻せなくなったんだと思う。それか、単純な嫌がらせ。だから私は申請せずに、魔導具屋に直接卸していたの」


「じゃあ人を馬鹿にしたりとかは?」


「理論や技術を見てほしいって言われたことがあって、矛盾点とか改善点を教えようとしたら、怒られたことはある」


「男に言い寄ったって話はどうなんですか?」


 サブマスターが言った途端、リステルが怒鳴った。


「ルーリは私と同じで男が苦手なのよ! そんなことができるはずないでしょう!」


「リステル。ありがとう。落ち着こう? ね?」


 今度は私がリステルの背中をトントンと叩いた。


「ルーリ、悔しくないのっ?! 嫌じゃないのっ?!」


「うん。悔しいし、嫌だし、さっきなんて吐き気がしたよ」


「じゃぁなんでそんな涼しい顔してられるのよ!」


「私の分も一緒に、リステルが怒って、悲しんで、泣いてくれているからだよ?」


 そう言って、リステルの涙をそっと拭う。


「ルーリさん、男が苦手ってほんとですか?」


「はい。両親が死んでから、マギテックギルドの男の人たちから、言い寄られることが多くなったんです。中には体に触ろうとしてきたり、気持ち悪いことをされそうになったことがあって、段々男の人が苦手になっていったんです」


「言い寄られる原因って何かありますか?ルーリさん自身がとても可愛いと言うこと以外で」


 は?

 私が可愛い?

 サブマスターが何言ってるのかわからないけど。


「両親が死んで、辛いのを紛らわすために研究に没頭していたことがありまして、その時に作ったものを首都ハルモニカにある王城で発表するってことになったあたりからですかね? 私はまだ十歳だったので、マギテックギルドの会長たちが共同制作と言う形を取ろうと言われまして。結局私は、ハルモニカに連れて行ってはもらえなかったんですが」


「ん? それって五年前ですか? もしかして、その時作ったって言うのは、魔法の適正と保有魔力量を同時に量る魔導具のことですか?!」


 サブマスターが驚いたように声を大きくした。


「ご存じなんですか? まだ十歳の子が作ったって言っても信憑性がないだろうって言われて、共同制作のリーダーを私に、以下を会長たち幹部の人たちが協力者という形でだすって話になりました。」


「……。ハルモニカで発表されたのは、現会長をリーダーとして発明された魔導具ということになっています……」


「え?」


「そこにルーリさんの名前は確かなかったはずです。画期的なものを二台も作ったってことで、大変話題になったことなので、私も覚えています」


「え? 二台ですか? 私は三台つくったのですが?」


「っ!?」


 サブマスターの顔が見る見る青くなっていく。

 アミールさんは目を瞑って、上を向いている。

 リステルは……表情がない。

 リステルさんすっごく怖い。


「ルーリさん。邪険に扱われるようになったのって、言い寄られるのを断った後ですよね?」


「そうですね。しばらく経ってからですね。質問が多かったのは、避けられるようになる前ですね」


「発表した魔導具の製造方法を誰かに教えましたか?」


「そういえば、教えていませんでしたね?」


「リステルさん。ルーリさんに魔導具を見せてもらう約束をしていましたよね?どうでした?」


「良い物ばかりでしたよ? この首飾りもそうですし、魔力石を使ったランタンとか虫よけの結界小箱とか、私も後で作ってもらうって約束をしていましたし」


「どれもこの街で有名な魔導具ですね」


「あのー。それがどうしたんですか?」


「この街のマギテックギルドに、適正と保有魔力量を量る魔導具を量産してほしいと、首都からの打診が何度も来ているんですが、フルールのマギテックギルドが、それをずっと蹴っているんです。理由は、お金が掛かるのと、制作時間にとても長い時間がかかると言って」


「ルーリちゃんしか作り方を知らないんじゃ、作れないわね」


「つまり、始めはルーリさんを取り込もうとして、色々手を出そうとした。それが上手くいかないから、色々質問をして聞き出そうとしたけど、失敗に終わった。だけど不味いことに、首都から魔導具の量産の打診が来た。この話を知られると、会長ら幹部がルーリさんをだまし、首都にいる重役にも発明者を偽ったことがバレる」


「それを知らさないために、ルーリちゃんを孤立させた、と。後は妬みと嫉みもあるんでしょうね」


 まさかそんなことになってるとは思わなかった。

 いや、あくまで予想だと思うけど。

 大体、制作物の技術の秘匿は誰だってする。

 サブマスターが頭を抱えだした。


「実際のところはどうかわからないじゃないですか。あくまで予想でしょう? 私が嘘を言ってる可能性だってあるんですから。証拠だって無いんですよ?」


「信じるよ。だってルーリもリステルも、私の言ったこと、信じてくれたじゃない」


 優しく、透き通るような綺麗な声が、後ろから聞こえた。


「ルーリは私の心配もいっぱいしてくれたし、慰めてもくれた。そんな優しい女の子が、噂通りの性格じゃないのはすぐにわかるよ」


 ベッドから体を起こしていたメノウが言った。


「いつから聞いていたの?」


「んーっと。治癒魔法を使ってるあたりかな?」


 リステルが駆け寄り、メノウを抱きしめる。

 あ、待って私もする!


「メノウ! もう起きて大丈夫なの?」


「んー。まだぼーっとする」


 リステルにそう答える。

 私もメノウに駆け寄り抱きしめようとしたら、メノウに抱きしめ返された。

 後ろからリステルに挟まれるように抱きしめられた。

 その瞬間、なんだか私の噂とか、利用された可能性とか、そんなこと、どうでも良くなってしまった。


「ねぇメノウ? 私の家で、メノウとリステルと一緒に暮らさない?」


「うん。こちらこそって言いたいところだけど、問題がある!」


 すぐに良いよってこちらこそお願いしますってメノウなら言ってくれると思ってた。

 だから、そんなことを言われて急に不安になってしまった。

 やっぱり私ではだめなのかと……。


「私、職なし無一文」


「……ムイチモンってなに? やっぱり私みたいな変な噂流されるような人間は信用できない?」


「あーお金持ってませんってこと。そういえば、この世界? 国? の通貨の名前って知らないや」


「もーっ! 驚かせないでよ! メノウならすぐに良いよって言ってくれるって思ってたから、すごく不安になっちゃったじゃない!」


「いや、お金は大事だよ? しかも私働いたことないもん。できても家事ぐらいだよ?」


「じゃーメノウには、お家のことを任せようかな? 私、基本的に魔導具の研究とかばっかりやっているせいで、家事は得意じゃないし! メノウだったら美味しい食事を作ってくれそうだから、お任せしちゃおうかな?」


「いいねそれ! 冒険から帰ってきたら、メノウとルーリがお出迎えしてくれるのかー。なんだかお嫁さんみたいね!」


「じゃーリステルがお婿さん?」


「……男役はやだ!! 私もお嫁さんでお願いします」


 あはははは!

 そんな風に笑っていると。

 ぐ~ぅっと、三人分の音がした。

 外を見てみるとすっかり暗くなっていた。


「お腹すいたね」


 私が言う。


「「私もー」」


 っと二人が返す。


「あらあら。本当に仲が良いのね。さっきまでの二人の顔とは大違いね」


 アミールさんが言う。


「それどころじゃないですよ。今の話は公にしちゃダメですよ! アミールさん」


「心得てますよ。つい先日まで冒険者やってましたから、口はそれなりに固いと思いますよ?」


「ルーリさん。いろいろな人間を見てきた私の経験から、あなたは嘘をつくような人じゃないと判断しましたので、一つ忠告をしておきます」


 サブマスターの真面目な声と顔つきを見て、私達はじゃれあうのをやめて、向き直る。


「今のフルールのマギテックギルドは正常とは程遠い状態にあると予測します。そして、あなた自身が非常に優秀な魔導具製作者でもある。何かトラブルに巻き込まれる可能性があるかもしれません。気をつけてください。狙われるのは、あなただけとは限りませんよ? 今回みたいに、メノウさんが標的になる可能性もあると考えてください」


「わかりました。気をつけます」


 言われたことをしっかりと胸に刻む。


「では、食事にしましょう! 職員専用の食堂がありますから、そこで食べましょう。あ、メノウさん歩けますか?」


 メノウがベッドから足を下ろし、ブーツを履いて立ち上がった。

 一歩、二歩。


「大丈夫みたいです」


「では、ご案内しますね」


 その時、急にリステルが私とメノウを抱き寄せた。


「メノウ、ルーリ。私ね、みんなに隠し事をしてるの」


 そう私達の耳元で囁いた。


「でもね。やっぱり二人には隠し事したくないって思っちゃった。話しても信じてくれるか、信じてくれたとして、今までと同じように仲良くしてくれるかって心配だったんだー。でも、やっぱり、本当の私を知ってもらいたいから、今度ルーリの家で三人になった時に、ちゃんと話すね」


「ん。わかった。待ってるね」


 私が言う。


「隠し事の一つや二つ、誰にでもあると思うけどね。でも、リステルの言ってる気持ちはなんとなくわかるよ。私も待ってるね。無理はしちゃだめだよ?」


 メノウが言う。


「んふふ。二人ともありがと」


 そう言ってぎゅーっとされたので、ぎゅーっとし返した。


「三人の仲が良いのはわかりましたから! イチャつくんでしたら、置いていきますよ!」


「あらあら。ホントに仲がいいわねー」


「「「今行きまーす」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る