悪意への報復
「はあああああああああああ?!」
お姉さんは声をひっくり返しながら叫んだ。
「それ、本気で言ってます? 冗談じゃなくて?」
「はい。少なくとも、私とリステルがキロの森到着時点では、はっきりとマナが目視できました」
「それは私も確認しています。森の奥へ行くほど、マナの光は濃くなっていっていました」
「あーこのタイミングで最悪だわー! 報告が事実かどうかは置いておいて、聞いたからには事実確認の為の調査を早急に行わないといけない……。しかも、危険度も考えてそれなりの腕で信頼のおける冒険者に頼まないと……。
お姉さんはうなだれて、ブツブツ言っている。
礼儀正しく喋っていたお姉さんの見る影もない。
「……ルーリさん、もしかしてキロの森でマナが見えるようになってたことを知っていて、依頼を出しましたか?」
「いえ、知りませんでしたよ。ただ、マナ揺れを起こしていたことには気づいていたので、何かあるとしたら、森の奥の遺跡かなと、そう予想して依頼は出しましたが」
「マナ揺れですか……。確かに、この間の立っていられなくなるような地震は、建物が倒壊するどころか、家具が倒れるといったことも一切ありませんでしたからね。普通の地震ではないとは思っていましたが……」
「え? それだけですか? 空が急に暗くなりませんでしたか?」
「いえ? 激しく揺れただけですよ? ……そんな現象も起こったと? そういえば、中心は遺跡だと仰ってましたね? どうして中心が遺跡だとわかったんですか?」
「森に入ってしばらくすると、マナが見え始めて、そのマナが動いていたので、それを追って行った先が、遺跡だったんです。そこで、私達も、立っていられない程の揺れに襲われて、その瞬間、空が夜みたいに暗くなったんですよ。揺れがおさまると同時に、空は元通りになって、マナも動かなくなっていました」
ルーリが淡々と説明している。
ただし、私のことに関することはすっぽりと抜いて。
「ルーリさん? 調査の成果がなかったと仰ってましたが、とても重要な情報を得ているじゃないですか」
「一応、軽く遺跡内の調査もしたのですが、自然現象なのか、人為的なものなのかすらもわかりませんでしたよ。マナの流れが安定したのに気づいて、森から急いで逃げ出しましたからね。調査としては、失敗もいいところです」
ルーリは肩をすくめてため息交じりに答えた。
「はぁー。わかりました。正直頭が痛いですね。ルーリさんは色々詳しそうなので、あくまで参考として聞きたいのですが、目視できるまでに濃くなったマナが、数日で消える可能性はありますか?」
「それは私にもわかりません。ただ、元々のキロの森のことを考えると、ずっとマナが見えるままと言ったことにはならないでしょう。ゆっくりと霧散していく可能性が高いと思います。ただ、そうとう時間はかかると考えた方が、良いと思います」
ルーリが話をしている間、お姉さんは必死に羽ペンを動かし、紙に何かを書いていた。
書き終わったのか、私と目が合った。
じっと見てくる。
「ところで、お聞きしようと思っていたんですが、内容が内容だったので後回しになりましたが、真ん中の綺麗なお嬢さんはどちら様です? 冒険者の方ではないですよね?」
ドキッと鼓動が強くなった。
私が答えるか迷っていると、先にリステルが答えた。
「こちらは、メノウ。準備期間に出会って、仲良くなったんです。ついさっき東門で、ずっと私たちの帰りを待っていた彼女と出会って、ひどく心配させたみたいで、二人でこうして手を繋いで、一緒にここまで来たんです。一人にしちゃうと泣いちゃいそうでしたしね。だから連れてきちゃいました」
「ふふふ。確かに仲が良さそうでしたね。ギルド内に入って来た時のやり取りは、可愛らしくて微笑ましかったですよ」
顔が熱くなる。
手で顔をパタパタしたいところだけど、またおててはホールド中です。
お姉さんは、横に置いてあったベルを鳴らした。
すると、一人のお姉さんが、扉を開けて入ってきた。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「この書類をギルドマスターに。至急目を通すようにと伝えて頂戴。緊急案件です」
「かしこまりました。では失礼します」
書類を受け取ったお姉さんは、そう言って、すぐに退室していく。
「……あの、他に報告ってありますか? 正直、これ以上は聞きたくないんですが……」
お姉さんはものすごーく困った笑顔を浮かべて聞いてきた。
「いえ、報告はこれで終わりですね。後は常設依頼の達成報告ですね」
「あ……。それもありましたね。数を確認したいですから、私も一緒に同行しますね」
そうして、私たちは部屋を出た。
一階の中央にある窓口っぽいところを右方向へ通り抜け、建物の右側へ行く。
私のおてては解放されている。
良かった。
建物の右側は、大きな机がいくつも並び、その上には何やら色々と乗せられていた。
「あ、メノウあんまり見ないほうが良いよ?」
「どして?」
「机の上に乗せられてるのって、魔物とかの死体だったり、体の一部だったりするから」
「うっそれはちょっと見たくないかも」
私はそう言って、リステルの後ろに隠れた。
ここは、獣や魔物の状態を査定して討伐依頼の成否を分けるのと、それを買い取る場所なのだそうだ。
基本的には、体の一部を複数持ち込むのが普通らしい。
たまに、空間収納が使える魔法使いのいるパーティーが、複数の死体を持ち帰ることはあるが、魔法使い自体が少ないため、それも滅多にないらしい。
と、一緒についてきたお姉さんが、私に教えてくれた。
私達は、査定の順番待ちをしていた。
今は、大規模討伐と言う街から出ている依頼から戻ってきた冒険者が多いのだそうだ。
そんな話をしていると、
「もしかして、リステルちゃん?」
一人の制服を着た女性が、リステルに話しかけてきた。
何故か腰には丸い盾が下げられていた。
「えっ? アミールさん? ラズーカからフルールに来てたんですね。でもどうして、ギルド職員の服を着ているんですか? あ、他の方は元気ですか? スティレスさんは?」
「スティレスは今、治療を受けているわ。ライアンとラングストンとジンクは……もういないわ」
「……嘘」
アミールと呼ばれた女性は、涙を流しながら、それでも笑顔で話していた。
それを聞いてリステルは、顔を真っ青にして、かなり動揺しているようだった。
そういえば、会ってそれ程の時間は経ってないけれど、リステルの顔が青くなったところを見たのは初めてかもしれない。
「何があったんですか? ライアンさんのパーティーなら、余程のことがない限り無事に切り抜けられるくらいの実力があったはずです……」
「……魔物の群れに急襲されたの。男連中が私達二人をかばって逃がしてくれてなかったら、私もスティレスも死んでいたわ。スティレスは治療中だけど、命には別状はないわ」
ん?
魔物に急襲?
三人死亡で、一人は軽傷、一人は治療中?
さっき聞いた話に似ているぞ?
「あの、もしかしてプロムグっ!」
後ろからルーリに口を手で塞がれた。
そして、耳元で囁くように言った。
ルーリの顔は真剣だった。
「その話はしちゃダメ。誰にも話しちゃダメよ?」
口を押さえられたまま、うんうんと頷いた。
すると、すっと手を放してくれた。
「アミールさん。話したいことは沢山あるかもしれませんが、今はお仕事中です。冷たいかもしれませんが、今はお仕事を優先してください。」
お姉さんが、アミールさんの背中をさすって、そう促す。
「すみません、サブマスター。お仕事に戻ります。リステルちゃん。また今度ゆっくりお話ししようね? その時は、後ろの可愛いお友達を紹介してね?」
アミールさんは涙を拭い、笑顔でそう言って、お仕事に戻っていった。
「お姉さん、サブマスターだったんですね」
あ、ルーリは知らなかったみたい。
リステルは……それどころじゃないみたい。
リステルは、私達にアミールさんのことを話してくれた。
フルールから南へ行ったところに、ラズーカと言う街がある。
リステルはそこに、一か月ほど滞在していたそうだ。
そこで知り合い、仲良くなったのが、アミールとスティレスと言う二人の女性だった。
五人パーティーだけど、臨時でパーティーに入ってみない? っと誘われたのだが、男が三人いると聞いて、断ろうとしたら、
「手を出そうとしてきたら、私たち二人がボコボコにしてあげる!」
と言う言葉を信じて、しばらく行動を共にしたそうだ。
パーティーはバランスよくかなり強かった。
メンバーの仲も良く、雰囲気も良かった。
アミールとライアンは恋仲だったらしい。
こそっとスティレスが、今度結婚する二人に、みんなで贈り物をするんだと、嬉しそうに教えてくれた。
リステルも少しでも足しになってくれたらと、金貨三枚を渡して、スティレスに抱き着いて感謝されたそうだ。
そして、それを別れの挨拶として、リステルは一人、商隊の護衛を受けて、フルールの街へやって来たそうだ。
その話を補足するように、サブマスターと呼ばれたお姉さんが話してくれた。
十日ほど前に、ライアンのパーティーがフルールへ到着していたこと。
大規模討伐の依頼が街から出されると、すぐに依頼を受けて出て行ったこと。
四日前、ボロボロになって、二人の女性だけが生還したこと。
スティレスは治療を受けないとだめだったが、それ以上にアミールが精神的に追い込まれて、危険だと思い、気を紛らわす意味もあって、ギルドの仕事を斡旋したと言うこと。
「リステル、大丈夫?」
顔色は戻っていたけど、表情は暗かった。
「……ん。大丈夫。冒険者だからね。死ぬときは簡単に、あっけなく死んじゃうんだよ。私もそれを理解して、冒険者をやってるからね」
私は、リステルの気持ちをどこまで理解してあげられるだろう。
いや、平和な日本という国でのんびり生活していた私には、理解なんてできないだろう。
でも目の前にいる、私を助けると言って手を伸ばしてくれた友人の顔は辛そうだった。
私は、リステルをぎゅっと抱きしめた。
「リステル。私に、リステルの気持ちを理解してあげることはできない。でも辛いのはわかるよ? だから無理しないでね? 私にできることがあったら、何でもしてあげるから」
初めてルーリとリステルに出会った時、泣いてしまった私を慰めてくれたように、リステルにそう言った。
「メノウ。だめだよ。いま優しくされると、我慢できなくなるよ……」
「我慢、しなくていいよ」
「っ!」
その瞬間、痛いぐらいに強く抱きしめ返された。
ルーリはそんなリステルの背中をポンポンと叩いている。
「はぁぁぁ。ありがと、メノウ、ルーリ。ん! 大丈夫!」
そう言って私から離れたリステルの顔は、笑顔になっていた。
「やっぱり、二人と出会って良かったよ」
そう言って、また私たちは手を繋ぐ。
今度はリステルが真ん中だ。
「あのー。お取込み中の所申し訳ないんですが、リステルさんたちの番ですよ。ちょっと広い場所を作ってもらっておいたので、そこでお願いします」
サブマスターのお姉さんが、頬を赤くして、困ったような笑顔を向けて私達に言う。
「あ、はーい」
「では、査定を始めたいと思いますがー……。サブマスターは何か御用ですか?」
「立ち合いです。あなたも少々覚悟をしておきなさい」
「はぁ。まぁよくわかりませんが、始めたいと思います。討伐対象とその数の申告をお願いします」
「状態のいい死体でマーダーウルフ一匹、コマンドウルフ十匹。それからコマンドウルフの尻尾三十三本です」
リステルがそう言った瞬間、周りが一気に騒がしくなった。
マーダーウルフってフルールじゃ一番危険だって言われてる魔物じゃないか!
いや、コマンドウルフの数もおかしい。
四十匹以上ってことだぞ?
あの女三人組がやったのか?
ありえねーだろ?
いや、あの銀髪は魔法剣士だったはず。
は? それこそありえねーわ。
あんなガキがそんな群れ倒したってのか? 笑わせる!
そんな声が聞こえた。
「では、見せていただいていいですね?」
「わかりました」
ルーリが一歩前へ出て、空いたスペースに向かって両手をかざした。
すると、ズドンッという音と共に、赤黒い、血の色のような毛の色をしたマーダーウルフが床に落ちた。
それを見た周りの人たちは静かになった。
でけぇ。
マジかよ。
青髪の方も魔法使いだったのか。
何人かはそんな言葉を発していた。
リステルも手をかざし、マーダーウルフの上に十匹のコマンドウルフの死体をドサドサと落とした。
そして、目の前の机に尻尾をずらっと並べた。
「コマンドウルフの死体は、二匹解体で、お肉と魔石だけで良いのでお願いします」
「はぁ。信じてなかったわけじゃないですけど、実際に目にすると、眩暈がしそうですね」
サブマスターのお姉さんが、引きつった笑みを浮かべている。
「手の空いている職員は、こちらを手伝いなさい!」
そう大きな声で指示を出すと、職員数名がこちらにやってきて、査定を行っている。
五人ほどが、死体の鑑定をし、三人ほどが、尻尾を確認している。
死体を鑑定している人の中に、さっきリステルと話していたアミールさんがいた。
「尻尾は間違いなくコマンドウルフのものです。後、死体の方も傷が少なく状態はかなりいいものです。マーダーウルフは、四肢が砕けているだけで、こちらも素晴らしい状態のものですね」
「では、常設依頼の方の達成手続きと、売却手続きにはいりましょう」
そうサブマスターのお姉さんが言うと、
「おいふざけんな! そのマーダーウルフとコマンドウルフの群れは俺たち三人が倒した奴だ! そのガキ共が盗んでいったんだよ!」
金属の鎧をつけ、大剣を背中に背負った、大柄な男が突然怒鳴り散らしてきた。
「そのガキ共が、草原の真ん中で、群れに襲われて助けてくれって言われたから、助けてやったんだよ。倒し終わって周辺を確認するためにその場を離れたら、マーダーウルフの死体とコマンドウルフの尻尾が全部切り取られて、そこのガキ三人もいなくなってたんだよ」
大柄な男と同じよな金属鎧をつけ、左手に丸い盾をつけ、腰に剣を下げた男が続く。
ん?
あの丸い盾、アミールさんの腰に下げてたのと似てる?
「あなたたちが? 逆に聞きますが、あなたたちが、これだけの群れを倒せるというのですか? 最近フルールに来た冒険者のようですが、この規模の群れは六人いても難しいですよ?」
サブマスターのお姉さんが、睨みつけて言った。
「それは俺様が、魔法使いだからだ。下位中級の俺様とこの二人がいれば、六十いても楽勝よ! せっかく助けてやったのに、恩を仇で返されちゃーたまんねーよ!」
革の鎧をきた男が言い返す。
位置が悪かった。
リステルとルーリとお姉さんは私より前に出て、査定の話をしているところだった。
私はよくわからなかったので、少し下がって話を聞いていたのだ。
要するに、男たちの目の前、先頭に立っているのが私となる。
怖くなって後ろに下がろうと背中を向けた瞬間、右手首を掴まれ、捻りあげられた。
「あぐっ!!」
右肩に激痛が走る。
「おっと逃げんじゃねーよ! こっちははらわた煮えくり返ってんだ! ただじゃ済ませねーよ!」
「「メノウっ!!」」
「おっと動くな!こいつの首がどうなってもしらねーぞ?」
喉元に、何か冷たくて固いものが押し付けられた。
その瞬間、ルーリとリステルは目を見開いて、動きを止めた。
「あなたたち、ギルド内でこんなことをして、タダで済むと思っているのですか?! 馬鹿なことはやめて、その子を放しなさい!」
怖くて足が震える……。
「あー? 盗みをしたやつらはどうなんだよ? そこの二人は魔法が使えるみたいだが、群れ四十匹も倒せるほど実力あるのかよ? 第一こいつが腰を抜かして、座り込んでるのを俺たちは見てんだぜ? 今だって震えて声も出せねーじゃねーか。それを助けてやったのに、許せるわけねーだろっ!」
ギリギリと、捻られた腕に力が加えられていく。
「ううっ」
痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い!
そんな私をよそに、周りが騒めきだす。
確かにあんな子供らにそれだけの群れは無理だろ?
何だ盗みか。
助けたのに、手柄を自分らのものにしようとしてんなら、キレられても仕方ねーよ。
いや、俺はガキらの方が正しいと思うぞ?
は? なんでだよ?
お前少女趣味か? 普通に考えりゃ、魔法使いがいる三人が戦ったって方が信じられるだろ?
お前ら、新参者だな? 銀髪のこと何もわかっちゃいねーな。
その時、一人の女性が、私の手を捻りあげている人間に向かって、叫び声をあげた。
「どうして! どうしてその盾を持ってるのっ!」
アミールさんだ。
「何を訳の分からないことを! この盾は俺が買ったもんだ!」
「嘘よ! それは世界に二つしかない盾よ!」
そう言って、アミールさんは腰に下げていた、丸い盾を取り出した。
「この盾は、私のパーティーのメンバーが結婚祝いにって言って、ライアンと私のためにってわざわざオーダーメイドしてくれた盾なのよ! 盾に彫られた模様も、私達パーティー一人一人を意味する模様になってるの! 見間違えるわけがないでしょ!」
アミールさんは涙を流しながら叫び続けている。
「そんなのぐうぜ――」
男が言い切る前に、
「偶然と言うなら、盾の裏を見せてみなさい! そこに文字が彫られているわ! 友よ、末永く幸あれって!」
「そんなの彫られてねーな!」
そう男は言うが、私からは盾の裏側が丸見えだった。
文字はわからない。
もしかすると、違う文字かもしれない。
でも、確かに何かが彫られていた。
怖い痛い怖い痛い。
でも、私は伝えるんだ。
「わっ私、字はよめないけどっ!」
「黙ってろガキ!」
右肩からゴキッと嫌な音が聞こえたと同時に、激痛が走った。
「っああ! なっ何か彫ってあるよ!」
「くそがっ!」
その瞬間、捻られた腕にさらに力が加えられ、ゴキンッと何かが折れるような音がした。
「ああああああああああああああああああっ!」
さっきまでの痛みとは比べ物にならないほどの激痛に私は叫んでいた。
――リステル視点――
油断していた、いや、完全に安心しきっていた。
むしろ、魔物の成果に、少し気分を良くしていたくらいだ。
目の前で、メノウが首に短剣を突き付けられて、右手を捻りあげられている。
頭が真っ白になった。
メノウの足が震えて、苦痛に歪む顔が、私の思考を鈍らせる。
何か言い争っている。
声は聞こえているはずなのに、何を言っているのかわからない。
「わっ私、字はよめないけどっ!」
メノウの声だけははっきりと聞こえた。
「っああ! なっ何か彫ってあるよ!」
顔を苦痛に歪めながらも、必死に何かを伝えている。
その瞬間、
「ああああああああああああああああああっ!」
メノウの叫び声が聞こえた。
悲痛な叫び声が聞こえ時、私の中で何かがキレた。
私は、右手を上段に振り上げ、勢いよく振り下ろし、ウィンドソードを発動する。
ウィンドカッターでは腕が斬り飛ばされて、首にあてられたナイフが、メノウの首を切ってしまう恐れがあったからだ。
ボトッと、男の左腕が、肩のあたりから、床に落ち、血が噴き出す。
ルーリが右足のつま先をつけたまま踵をあげ、タンッと踏み鳴らした。
男たちの股下から、土の槍が突き出て、男たちを後方へ吹き飛ばした。
槍の先端は平たかった。
「アースバインド」
ルーリがそう言うと、倒れた男たちの四肢に岩でできた枷が、地面から伸び、男たちを拘束する。
「リステル。大柄は任せていい?」
ルーリの声もしっかり聞こえた。
「わかった」
「アミールさん。そいつは魔法使いなのできをつけて」
アミールさんが何か言っていたように聞こえたけど、わからなかった。
わかる気も、わかろうとする気もなかった。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない!
そんな言葉だけが、頭の中でこだましていた。
ルーリは大柄の男の拘束は解いたようだ。
大柄の男は、大剣を抜き放ち、私めがけて振り下ろしてくる。
遅い。
大剣を真っ二つに切り裂き、男の首を刎ねようと剣を横に一閃しようした。
一方ルーリは、
「クルーサフィクション」
その瞬間、ズズズズッと音を立てて、地面が十字に盛り上がり、メノウを拘束していた男を、磔刑にしていた。
「貫け、穿て、処刑の槍よ。罪犯すものを許すなかれ。罪犯すものに断罪を。我、審判者として、汝に告ぐ。汝、死刑なり。暗き棺の中で、懺悔しながら朽ちるがいい。アイアンメ―」
「殺しちゃだめっ!」
メノウが叫んだ。
私は、ぴたっと首筋に触れる寸前で剣を止め、ルーリは最後の詠唱を途中で止めた。
止めた瞬間、我慢できなくなって、私は大柄の男の右腕を肩から切り落とし、鞘を左手で逆手持ちし、左膝めがけて振り抜き、骨を砕く。
倒れてきた男の額めがけて、剣の柄頭で突く。
仰向けに仰け反った男の腹をめがけて、足に風をまとわせ、後方に蹴り飛ばした。
ルーリは磔刑にされた男に向かって、いくつもの石の礫を放って肉を抉り、血みどろにしていた。
その顔は無表情だった。
もう一人の地面に固定されている方は、顔面が血みどろになって動いていなかった。
引きはがされるように、アミールさんが数名のギルド職員に押さえられながら、離れていく。
アミールさんの手から、血が滴っていた。
気分は最悪だった。
殺すつもりでいたんだ。
私も。
たぶんルーリもアミールさんも。
私とルーリは八つ当たりも入っているだろう。
私とルーリはメノウに駆け寄った。
「メノウ……」
「ん。大丈夫。ごめんね? 迷惑かけちゃって」
かける言葉が見つからなかった。
大丈夫なわけがない。
迷惑なんて思ってない。
むしろ、守ってあげられなかった。
「メノウごめんね。守ってあげられなかった」
だらんとぶら下がったメノウの右腕をみる。
激しい怒りと後悔でぐしゃぐしゃになって、私の頭と心が爆発しそうだ。
「ごめんなさい。私も守ってあげられなかったわ」
ルーリも唇を噛みしめている。
「メノウさん。ありがとうございます。おかげで、殺さず捕まえることができました。もう少しであの三人は殺されていたでしょう」
サブマスターのお姉さんが、そんなことを言う。
「だったら、声を出して止めてくれたら良かったのでは?」
メノウとお姉さんはきょとんとしている。
「私何度も叫んだんですよ?」
「え? ルーリ聞こえてた?」
「ううん。リステルとメノウの声しか聞こえてなかったけど?」
「やっぱり……。お二人の顔つきは尋常じゃなかったですからね」
「あの、リステルとルーリは何か罪に問われますか?」
「大丈夫ですよ。少々やり過ぎではありますが、先にメノウさんをいたぶったのは向こう側です。それに、例の件のこともあります。メノウさんが言っていたように、盾に文字がちゃんと彫られていたのを確認したので、それは証拠になるでしょう。ただ、守衛から取り調べは受けることになるでしょうが」
「良かった。二人に怪我もなくて良かったよ!」
無理に作った笑顔で私達に言う。
……怖がられたかな?
それとも嫌われたかな?
「メノウ。腕触っていい?」
ルーリがそう言う。
「ん。お姉さんが診てくれたけど、折れてるって」
あ、違う、強がってるだけだ。
メノウの体が震えていた。
「メノウほんとにごめんね」
頭をそっと抱きしめる。
涙が止まらなかった。
ルーリもメノウの右腕をそっとさすりながら
「ごめんなさいメノウ」
そう言って、涙を流していた。
「ルーリ。骨折って治せる?」
「……。治せるけど……でも……」
「痛いのね?」
「うん」
「お願いしていい?」
「でもでもっ! 探せばもっとうまい人がいると思う!」
「私はルーリがいいな。痛くしてもいいよ?」
「……わかったわ。ただ、捻挫の時と比べ物にならないよ?」
「リステル。また私を押さえてもらっていい?」
「わかった。まかせて」
そう言って、正面からメノウを抱き寄せる。
メノウは震えながら左手を私の背中に回して、ぎゅっと服を握りしめた。
「いくね?」
「うん」
「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング」
ルーリの手から青い光が強く輝いた。
それと同時に、メノウの私を抱きしめる力が強くなった。
「ぐぅっ」
「メノウ。しばらく我慢してね。ちょっと時間かかるから……」
「んううううっ」
メノウは必死に声を押さえよとしている。
「メノウ、声我慢しなくてもいいよ」
私もメノウを抱きしめる力を強くして言った。
「うああああっ! あああああっあああああっ!!」
メノウの叫び声が響いた。
しばらくメノウの叫び声はおさまらなかった。
今は私の腕の中でぐったりしている。
酷い汗をかいている。
顔も涙でグシャグシャになっていた。
どれだけ痛かったのだろう。
声が枯れるほど、叫んでいた。
声がガラガラになっていたのをルーリが気にして、喉にまたヒーリングをかけていた。
痛みはそれほどでもなかったのか、メノウはぼーっと上を向いていた。
「少し寝かせて休ませてあげましょう。貴賓室なら開いていますし、ベッドもあります。そこに行きましょう」
「メノウ、立てる?」
「うん……」
メノウの目が虚ろに見えた。
ルーリも気づいたらしい。
「メノウ! メノウ! しっかりして!」
メノウは頷いていたが、立ち上がろうとはしていなかった。
背筋が冷たくなるのを感じた。
「「メノウ!」」
「ふぇ? ……あれ? ぼーっとしてた」
メノウは右手を握って開いてを繰り返して、右腕を大きく回しだした。
さっきまでの無表情で虚ろな目はしていない。
私とルーリはホッと胸をなでおろした。
「メノウ。貴賓室を貸してくれるらしいから、そこに行って少し休もう? 立てる?」
「……あはは。足が震えて力が入んないや」
そう言ったメノウを私とルーリは手を繋いで、引っ張り起こした。
メノウの腕を肩にかけて、両隣で支えながら、私達は歩いた。
そんな私達を、他の冒険者が見ていた。
三階の奥にある貴賓室に入り、メノウをベッドに横にならせると、
「ごめんね? また迷惑をかけちゃった」
メノウは、真っ赤に泣き腫らした目から、また涙をボロボロとこぼして私達に謝った。
「油断してた私達が悪い。メノウは何も悪くなんてないんだよ」
私はメノウの頭をなでる。
「私達の方こそごめんなさい。メノウを辛い目に合わせてしまったわ」
ルーリはメノウの手を握って、謝った。
「今はゆっくり体を休ませて。ね?」
「うん。ありがとう」
そう言ってメノウは目を瞑り、すぐに寝息が聞こえてきた。
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