首切り姫

「それにしても、メノウさんの戦い方は、以前のルーリさんのやり方にそっくりでしたね」


 セレンさんはそう言って、私達に飲み物を出してくれた。


「そっくりと言うより、そのまま真似しましたよ? 少しでも動いたら、吹き飛ばして拘束するって身構えてました」


 ただ、エアショットを使ったのは、ルーリのアーススピアの先端を平らにするようなことを、咄嗟にできる自信がなかったからだ。

 考えなしに使っていたら、もしかすると三人の女性が串刺しになっていた可能性があったのだ。


「魔法使いの対処が一番上手だと思ったわ。後は全部脅しのための演技だったんでしょ?」


 ルーリが手を握ってくれている。

 実はまだ体の震えはおさまっていない。

 落ち着こうとして、ティーカップに手を伸ばしたけど、震えがひどくて持てそうになかった。


「前にルーリが教えてくれたでしょ? 意識を乱して魔法の発動を止めること。最初はスクリーミングを使おうと思ったんだけどね」


 スクリーミングは、大音響で金切声を発生させる風の下位下級魔法だ。


「それをされてたら、確かに魔法使いの意識も乱せると思うけど、周りにいる人たちも巻き添えを食らってたわね。もちろん私達も……」


 リステルの笑顔が引きつっていた。


「ウォーターコフィンで、呼吸ができない状態にして、詠唱を防ぐのと同時に、息苦しさで集中力を乱して、無詠唱での魔法の行使も防ぐことを選んだの」


「では、徐々に凍らせていったのって、どうしてですか?」


「残り二人への脅しですね。あれって実は、表面しか凍らせてなかったんですよね。長引きそうなら、さっさとウォーターコフィンも解除するつもりでしたし」


 最初から全部、非殺傷能力の高い魔法だけをチョイスしていたのだ。


「エンチャントファイアの炎の色を変えていくのも演技だったよね。瑪瑙なら最初から青い炎を纏うことはできるもんね」


 リステルが頭を撫でてくれる。


「あの炎って何なんですか?色が変わっていきましたけど」


「炎って温度の高さで色が変わるんですよ。低いほうから、赤黄白青の順番に」


「石でできた床が溶けるほどの温度だったんですか……」


 セレンさんの顔色が悪くなる。


「本当に殺す気はなかったんですよね?」


「じわーっとすごーっくゆっくり振り下ろしましたけど、あれで降参してくれなくても、どうせ魔法使い以外は磔の状態から動けませんでしたしね。最悪ローブの人と同じ目に合わせても良いかなって思ってました」


「ところで、いつまであの三人は、磔にされたままなんですか?」


 ……。

 あ、忘れてた。

 未だに三人の女性は、十字架に磔にされたままだった。

 一人はまだ意識が戻ってないが、他二人は、うなだれていた。

 他の冒険者が、遠巻きに眺めていた。

 解除しようかと思った時だった。


 一人の女の子がギルドの両開きの扉を開けて、入ってきた。


 身長は私の胸ぐらいの小さな女の子だった。

 艶のあるクリーム色の髪を両サイドで束ねたツインテールをしている。

 小さな女の子が、堂々とギルド内に入ってきて、磔になった女性たちの前に歩いて行った。


「ギルドで騒ぎがあったって聞いたから来た。何があった?」


 可愛らしい声なのだが、どこか感情を感じさせない声で女性たちに問いかけた。

 見る見る女性二人の顔色が悪くなっていく。


「それは……」


 ばつが悪そうに、言葉を濁していると、


「その三人は、ここにいる女の子三人と諍いを起こして、返り討ちにあったんです」


 セレンさんが代わりに答えた。


「ほんと?」


 磔になっている女性たちに、向かって再度問いかけた。

 女性たちは、視線をそらして黙っている。


「私はここのギルドのサブマスターです。嘘はつきません。何なら、ここにいる冒険者も一部始終を見ています。ここの所何度もその三人はここで諍いを起こしています。一応リーダーであるあなたの責任もあるんですよ。ハルルさん」


「何度も? 今回だけじゃない?」


「それはっそのっ!」


 ハルルと呼ばれた、幼い女の子に、明らかに女性二人が怯えている。


「答えろ」


 底冷えするような、冷たい声が響いた。


「すっすみません! 私達の実力を見せつけたくて、強そうな冒険者をみつけて、喧嘩を売っていました!」


 叫ぶように軽装の女性が言った。

 ローブを着た女性は、ガタガタと震えていた。


「あのーセレンさん。どうしてあの女の子に、あんなに怯えているんですか?」


 あまりにも不可解に思えて、聞いてみた。


「彼女が、客室で話をしていた、首切り姫、断頭台の乙女と呼ばれている人だからですよ」


「え? あんな小さな子が?」


 あんな小さな女の子が首を刎ねるの?!

 そんなことを思っていると、ハルルさんがこっちに歩いてきた。

 私達三人が警戒していると、ハルルさんは足を止め頭を下げた。


「迷惑かけた。ごめんなさい。ハルル、お詫びをしたい。もしかして、座ってるお姉ちゃん、怪我した?」


 何故カタコトなんだろう? っと別のことに気を取られていた。


「座ってる人が、一人で三人の相手をして、休憩しているだけです。怪我はしていませんよ」


 ルーリが答えてくれた。


「えっと、ハルルさん。私には何の被害もでてないので、お詫びと言うのなら、もうその三人に諍いを起こさせないようにしてほしいです」


「それだけでいいの?」


 首をかしげて聞き返してくる。

 まだ幼さの残る、可愛い顔だった。


「それだけでいいですよ」


「ありがとう。優しいお姉ちゃん」


 もう一度頭を下げて、ハルルさんはまた磔にされている女性たちの前まで向かった。

 意識を失ったままの長身の女性の頬をペチペチ叩いて、目を覚まさせる。


「起きた? 事情は聴いたよ」


「っ!」


 長身の女性も相当怯えているようだった。


「よく聞いて。あなた達との契約を破棄する。パーティーは解散。二度とハルルの前に姿を見せるな」


 淡々と告げる。


「ちょっとまってください! それはあんまりです!」


 長身の女性が、懇願する。


「ダメ。許さない。ハルルに隠れて悪いことをしてたのは、絶対に許さない」


 すると、ずぶっと右手を何もないところに入れて、何かを取り出した。

 あれは空間収納の魔法だ。

 っと言うことは、あの子も魔法使いか。


 取り出したのは、銀色に輝く大鎌だった。

 ハルルさんの身長の二倍ほどもある大きな鎌を、彼女は片手で軽々と持ち上げていたのだ。


「よく覚えておけ。もしまた同じことをしていたら、次は首を刎ねる」


「わかりました! わかりました!! もうしません! あなたの前にも姿を現しません! どうかその鎌をしまってください!」


 ハルルさんの言葉が余程恐ろしいのか、涙を流しながら叫んでいる。


「この拘束を解いてください! お願いします!」


 ローブの女性が私に向かって叫ぶ。


「あなたも魔法使いなら、自力で解いてはどうですか?」


 リステルがちょっと意地悪にそう言った。


「できればとっくにしています! こんな頑丈な拘束、私には解けません! お願いしますっ!」


 余程、ハルルさんが怖いのだろう。

 私は指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、彼女たちを拘束していた枷と十字架は、粉々に砕けて砂になった。

 自由になった女性三人は、全速力でギルドから立ち去った。


「あー! 床の修理代!」


 セレンさんがそう叫んでいた。


 三人がいなくなるのを見送った後、ハルルさんは鎌を空間収納にしまい、セレンさんに向かって歩いてきた。


「サブマスター。相談があります」


 ハルルさんは唐突に、セレンさんに言った。


「どういったご用件ですか?」


「パーティー、探してます。女の人で、空間収納を使える人が、欲しいです」


「ハルルさんも空間収納を使えるんじゃありませんか?」


 セレンさんが聞き返す。


「ハルルの空間収納は、ほんのちょっとしか入らない。武器数本でいっぱい。ハルル食べ物をいっぱい食べないと、すぐに死ぬ。お金を稼ぐか、獲物が大量にないとだめ」


「それはもしかして、魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうってことですか?」


 セレンさんが驚いた表情で聞くと、ハルルさんはコクンとうなずいた。


魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうって二人は何か知ってる?」


 ルーリが答えてくれた。


 魔力まりょく纏繞症てんじょうしょう

 それは、極々稀に生まれる特異体質の事らしい。


 生まれた時から自分の意志とは関係なく、体全体に魔力を常に纏ってしまう症状のことを言うそうだ。

 成長するごとに、纏う魔力も勝手に増えていき、魔力が枯渇状態になると、一気に体が弱り、死んでしまうのだそうだ。


 ただ、何の意味もなく魔力を纏っているわけではなく、常人ではありえない程の、身体能力を得ることになる。


 属性の適正ごとに、得られる身体能力も変わるらしい。

 適性が火属性なら、怪力を。

 風属性なら、素早さを。

 地属性なら、頑強さを。

 水属性なら、回復力を、得られるそうだ。


 治療法は無く、対処療法だが、魔力回復の薬を常に服用するか、大量の食事を摂取することでの魔力の回復を促す必要があるそうだ。

 ただ、魔力回復薬は高額で数も少なく、常用できるのは、一部の裕福な者だけらしい。

 大体は幼くして、魔力の枯渇を迎えてしまい、衰弱死してしまうことがほとんどらしい。


「今、パーティーを募集していることろは少ないですし、何より、条件に合うとなると、かなり限られてしまいます。そもそもなんであんなガラの悪い人たちと一緒にいたのか疑問なんですが」


「女の人で空間収納が使える魔法使いだった。ハルルを利用しているのは知ってた。それでもハルルが飢えない程度には稼げた。だから一緒にいた。でも、人に悪さまでするとは、思ってなかった」


「あまりギルドに顔を出さなかった理由はなんですか?」


「ハルルまだ子供。からかわれること良くあった。あと、ご飯食べてた」


 セレンさんが困った顔で、私達を見ている。


「あの……三人にご相談が……」


 セレンさんが私達にそう言う。


「ハルルさんをパーティーメンバーにですか?」


 今の流れからすれば、相談の内容なんて予想ついちゃうよね。


「正直、あなたたち以外に全く当てがないんです」


「瑪瑙とルーリが嫌じゃなかったら、私はかまわないけど」


「私も瑪瑙とリステルが嫌じゃないなら、良いわよ?」


 何となくそう言うだろうなって、わかってた。

 だって、見ず知らずの、異世界から来たっていう訳の分からない人間の言う事を信じて、手を伸ばしてくれたお節介な二人だもん。

 受け入れるだろうなって気はしてた。

 私?

 私は……。


「それじゃ問題ないよね。ハルルさんは私達でかまわない?」


 当然、手を差し伸べることを選ぶよ!


「ハルルの仲間が迷惑をかけたのに、良いの?」


「「「もちろん!」」」


 私達は、ハルルさんに向かって手を伸ばした。

 ハルルさんは私達の手を掴んだ。


「ありがとう」


 そう言って、可愛らしい笑顔を浮かべたのだった。


 私達は軽く自己紹介をして、次はハルルさんの番。


 名前はハルル。

 年齢十歳。

 特技は、大鎌で対象の首を刎ねること。

 どうしてそんなことをするのかと聞いたら、食べる部分が少ない頭を一気に切り落として、血抜きをしやすくするためなのだとか。


 元々孤児で、クラネットと言う街の孤児院で育てられたそうだが、魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうだと発覚すると、追い出されてしまった。

 それが六歳の時。


 死にかけていたその時に、冒険者であり、同じ魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうを患っている、女性に引き取られ、一命をとりとめた。

 その時から、戦闘訓練を受け、獣や魔物の狩り方を教えてもらい、冒険者として登録をした。

 ハルルさんは女性のことを師匠と呼んでいるそうだ。

 ただ、ハルルさんの成長と共に、食べる量も急増。

 師匠さんも大量に食事をするので、食費代を賄うのが難しくなってきた。

 仕方なく、別行動をとることになったそうだ。


 喧嘩を売ってきた三人組とは、最近知り合い、パーティーに誘われたので、自分の事情を説明しても、気にしないと言われたので、パーティーに参加した。

 収納魔法が使える魔法使いがいると言うのが、大きかったらしい。


 ギルドに顔をあまり出さなかった理由は、先にも言っていたけど、からかわれて、無駄な諍いが起こることを嫌がってのことだそうだ。

 そのせいで、何度もパーティーから抜ける羽目になったとか。


「ハルルさんは魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうの適正属性って火なんですか?」


 ルーリが聞くと、


「ハルルって呼んでいい。敬語もいらない。ルーリお姉ちゃん。ハルルの適正は火と風の二属性。だから近接戦闘は得意。一応火属性魔法も、下位下級まで使えるけど、使っちゃうと反動でものすごくお腹が減って動けなくなる」


「それにしても、食事でも魔力を回復できるんだねー」


「魔力も生きる力そのものだからね。一番いいのは睡眠なんだけど、食事を摂ることでも、多少の魔力の回復はできるよ」


「魔力が底をつくと、人が意識を失うのは、話したことがあると思うんだけど、魔力まりょく纏繞症てんじょうしょうの場合は、魔力が無くなった状態でも、無理やり魔力を引き出そうとするせいで、一気に衰弱してしまうことが問題なのよ」


「そうなった場合どうするの?」


「そうならないようにするのが一番大事ですね。でも、万が一のために、魔力回復薬を持っていて、パーティーの誰かに飲ましてもらうように準備している人もいますね」


「ハルルも準備してる」


 そう言って、ハルルは薄っすらと青く光る小瓶を私達に見せた。


「それじゃぁこれからどうしようか?」


 リステルが、顎に手をあてて、うーんと考えている。


「まずは、瑪瑙を実戦に慣れさせないと。それからハルルの戦い方をみて、私達がどう連携をとるかも考えないとね」


 ルーリがそう答えると、ハルルが、


「実戦に慣れさせる? メノウお姉ちゃん慣れてない?」


「私、ついさっき冒険者に登録したばっかりなんだよ」


「それであの三人に勝ったの? 凄い」


「たまたま上手くいっただけだよ。今座ってるのも、後から怖くなって、立っていられないくらいに体が震えてたせいだしね」


「初めての実戦で、あれだけできれば十分だよ。後はしっかり経験を積んでいけばいいよ」


 リステルがそう言う。


「常設依頼の魔物を対象にするなら、東の草原が良いと思います。ただちょっと、危険になってますけど」


 セレンさんがアドバイスをくれる。

 そういえば、客室で話してる時にそんな話をしてたなー。


「とりあえず昼食をとってから、東の草原にいってみようか」


 リステルが方針を決めたみたいだ。


「「はーい」」


「わかった。東門で待っていればいい?」


「うーん。良ければハルルも家へ来ない? 瑪瑙が美味しい昼食を作ってくれるよ?」


「いいの?」


「家主であるルーリがそう言うなら、私達は文句ないかな。ね? 瑪瑙?」


「美味しいって言ってくれるのは嬉しいんだけど、あんまりハードル上げないでよー」


 そう言って、一度帰宅することになった。

 帰り道にハルルと話をしていると、喋り方が少しゆるくなっていた。

 どうも、人前で喋るのは苦手で、カタコトになってしまうそうだ。


「じゃあ、ちゃちゃっと作るから、待っててねー」


 と言ってキッチンで昼食を作っていたのだけど、後ろでずっとハルルが見学してて、時折、


「おー」


 っと何やら呟いている姿は可愛かった。

 昼食は、とても好評だった。

 ハルルはもう既に昼食は済ませていたらしいけど、二人前ほどをペロッと食べてしまった。


 そして今私達は東門をでて草原にきている。

 東門を出るときに、警備をしている人から、最近になって、街道を行く人の魔物被害が増えているので注意するようにと言われた。


 まぁ前に歩いてきた、草原だ。

 大量の狼の魔物をなすり付けられたけど、それまで全く遭遇しなかった。

 増えていると言っても、たかが知れているだろうと思った。

 ところがどっこい。

 早々に襲われることになった。


 突撃狼コマンドウルフの群れだった。


「こんなところに突撃狼コマンドウルフが出てくるのは、ちょっと問題ね」


 ルーリが呑気にそんなことを言っていた。


「獲物。獲物」


 ハルルは嬉しそうだった。


「まずは瑪瑙。思い通りにやってみて! ただし、消し飛ばすような魔法はやめてね!」


 え、ぶっつけ本番ですか?!

 いや、ギルド内でもそうだったけどさ!

 作戦とか、何かアドバイスってないの?

 あー、えーっと!

 とりあえず、動きを封じよう。

 動いている相手にアースバインドは発動が遅くて効かない。

 だったら!


「フローズンアルコーブ」


 水属性中位下級の範囲行動阻害魔法。

 瞬時に地面と足を凍りつかせ、その場から動けなくする魔法だ。

 襲ってきた突撃狼コマンドウルフ六匹は見事に地面と足を凍らされて、その場に固定されている。


「うわ。あっさり行動不能にしちゃった」


 リステルが剣を抜いて言う。


「流石ね。攻撃魔法を使うと思ってたけど、見事に完封したわね」


「凄い」


 ハルルは大鎌を取り出し、突撃狼コマンドウルフに近づいていく。


 リステルとハルルが、動けなくなった突撃狼コマンドウルフに近づいたと思った瞬間、リステルは剣を目に突き刺し、ハルルは鎌の先端で頭を突き刺した。


「……え。何してるの?」


「止めさしてるだけだよ?」


 リステルは事もなげに、あっさりとそう答えた。


「メノウお姉ちゃん。動揺してる」


 ハルルが私の心を見透かしたように、言った。

 それを聞いたルーリが、


「瑪瑙。このまま逃がすわけにもいかないの。逃がしたら、他の誰かを襲うかもしれないわ。難しいかもしれないけど、そこは割り切ってほしい」


「あ、うん。ごめんね。いきなりだったからちょっとびっくりしちゃって」


 そう取り繕うが、気持ちが少し悪かった。

 でも、言われていることもわかる。

 殺すと言う覚悟がなかったのだ。

 目の前で起きていることは、この世界では当たり前のことだ。

 よし、覚悟を決めろ!


 ピシッ


 またどこかでそんな音が聞こえた。


「ごめんね。ちょっと覚悟が足りなかった。次は攻撃魔法で仕留めるよ。何か気をつけることはある?」


「余裕がある時は、できるだけ最小限の傷で仕留めたいわね。死体の状態がいいと、それだけ高値で買い取ってもらえるから。あくまで余裕があればでいいよ。まずはとりあえず、思った通りにやってみて?」


「風魔法、使える人いる?」


「ん? 私と瑪瑙が使えるよ?どうしたの?」


「一匹貰っていい?」


「瑪瑙いいよね?」


「うん? 私はかまわないけど?」


「ありがと」


 そう言った瞬間だった。

 ハルルは、まだ止めを刺していなかった突撃狼コマンドウルフの首を大鎌で刎ね飛ばした。

 血が一瞬ドパッと飛び散ったあと、ドクドクと流れ出した。

 あ、ちょっと眩暈がする……。


「魔法で匂いを広げて?」


 返り血を浴びた女の子が、平然と言う。


「あーそう言う事。だったら、瑪瑙の方が良いね。瑪瑙お願い」


 リステルが何か言っている。


「ふえ?」


「ちょっとリステルもハルルも、そういうことをするのなら、前もって言ってあげて! ただでさえ、止めを刺す光景に動揺してたのに、目の前でそんなことをしたら、瑪瑙がひっくり返っちゃうじゃない! 瑪瑙、しっかりして。気を強く持って」


 ルーリが私の頬をぺちぺち叩いてる。


「あーうん。度々ごめんね。ちょっとショッキングな映像だったから。私は何をすればいいのかな?」


「広範囲に風魔法で、血の匂いを漂わせて、魔物をおびき寄せるの。できそう?」


「なるほど。わかった」


「メロウウィンド」


 風の下位初級魔法。

 匂いを風で運ぶ魔法だ。

 私が使えば、超広範囲に匂いをお届けすることも可能だ。

 少し生臭い匂いが周囲を漂った。


 そこからが大変だった。

 突撃狼コマンドウルフの群れが来るわ来るわ。

 以前のように四十匹が一斉にってことは無かったけど、四~五匹の群れが、ひっきりなしに襲い掛かってきた。

 最初こそ、怖がり、躊躇っていたものも、そんなことを言ってられる余裕がなくなった。

 攻撃魔法は、ルーリの真似をしてロックバレットを最初は使っていた。

 できるだけ頭部を潰すように狙い撃っていたが、余裕がなくなってくると、威力の加減ができなくなって、突撃狼コマンドウルフの体を、木端微塵にしてしまった。


「わーお」


「凄い威力ね」


「もったいない」


 各々が感想を言う。

 ルーリはその都度アドバイスをしてくれる。


「瑪瑙。フリージングアローの方がいいかな? それだと、加減もそんなに必要にならないし、頭じゃなくても、体に当てても、致命傷を与えられて、傷も少なく済むわ」


 リステルとハルルは、私が撃ち漏らしたものをあっさりと倒していた。

 リステルは急所を一突きで倒してしまう、

 そしてハルルは、首切り姫と言われていただけあって、突撃狼コマンドウルフの首を軽々と刎ねていった。


 連携をとる訓練もした。

 まず初手は私とルーリで、足止めと、分断。

 それが終わった瞬間、左右から、リステルとハルルが切り込む。

 中央を強引に抜けようとしたら、私とルーリで潰す。

 このパターンが一番やりやすく、基本はこの形でいこうと言う話になった。


 一応私も近接戦をやってみるように言われたので、やってみた。

 リステルに言われた通りに、構え、避け、斬り、突いた。

 はじめは腰が引けていたので、一匹をなかなか倒せなかった。

 徐々に体が慣れ始めて、思い通りに動くようになってきて、何とか一撃で急所に当てることができるようにもなった。

 居合切りも試してみた。

 一閃した後、首がドサッと落ちた瞬間、私も含めて、みんなギョッとした顔をした。

 正直、近接戦はやりたくないと思った。

 肉を切る生々しい感触が手に残るのだ。


 結局、夕方になる頃にまで、実戦訓練と言う名の狩りは続いた。

 倒した突撃狼コマンドウルフは四十五匹にもなった。

 その内の四十体は、状態維持プリザベイションをかけて、空間収納に入れて持ち帰ることになった。

 五匹は私が木端微塵に吹き飛ばしてしまい、尻尾だけを回収したものだ。

 もう五匹ほど、近接戦で私が手間取ったせいで、傷だらけにしてしまい、売り物にはならないらしいものも含まれているのだけど、それは解体してもらって、お肉を貰うことになっている。


「……疲れた」


 肉体的にも疲れたけど、精神的にも辛い。

 いっぱい殺した。

 その思いが頭から離れなかった。


「初めての実戦でそれだけ動ければ問題ないね。応用も効くし、これならキロの森の調査依頼も受けて大丈夫だと思うよ」


 リステルはそう言って、手を握ってくれる。


「お疲れ様。今日はお夕飯は外で食べましょう? 疲れてるんだからお料理はお休みしよ?」


 ルーリも反対の手を握ってくれる。


 でも、ハルルは私達の前に立ちふさがった。


「どうしてこんなこと、メノウお姉ちゃんにさせるの?」


 そう言った。


「「え?」」


「ルーリお姉ちゃんも、リステルお姉ちゃんも、メノウお姉ちゃんが大好きなのはハルルわかった。確かに、メノウお姉ちゃん強い。魔法は見たことないくらい凄かった。剣もなかなかだった。でも、メノウお姉ちゃん戦いには向いてない。必死に我慢して戦ってた。どうしてそんな可哀そうなことするの?」


「「……」」


 二人は黙り込んでしまった。

 どうやらハルルは人の心の機微に聡いらしい。


「ねぇみんな。ギルドに報告が終わったら、外食しないで、お家で食べない?」


「でも、瑪瑙疲れてるんじゃ……」


 リステルが心配そうに私の顔を見る。


「うん。すっごく疲れた! もうくたくただよー」


「だったら、無理にお料理する必要なんてないのよ? お料理大変でしょ?」


 ルーリはぎゅっと握る手に力を入れた。


「ハルルに私の事、ちゃんと話しておこうって思うの。そうじゃないと、二人が私に無理やり戦わせてるって思われちゃっても嫌だもん」


「理由、あるの?」


「うん。すっごく大事な理由があるの。でもね、誰にも話さないでほしいことなの」


「ルーリお姉ちゃんとリステルお姉ちゃんは知ってるの?」


「もちろん! 私が二人の事、大好きなのはハルルにはわかるでしょ?」


「うん。わかる。だからわからなかった」


「ちゃんと説明するから、二人のことを嫌いにならないでね?」


「ん」


 ハルルは頷くと、二人に向かって、


「余計なこと言った。ごめんなさい」


「ううん。瑪瑙に無理をさせてるのはわかってたから、ハルルの言ってることは間違いじゃないよ」


 リステルがハルルの頭に手を乗せる。


「ハルルは優しいね。瑪瑙を心配してくれてありがとう」


 ルーリはハルルと手を繋いだ。


「じゃー報告してお家に帰って、ご飯いっぱい食べよう。あ、お料理手伝ってね? 切るぐらいはできるでしょ?」


 えへへーっと笑って私は言った。


「「「はーい」」」


 三人はそう言って、みんなで手を繋いでギルドまで歩いて帰るのだった。



 そんなこんなで、冒険者ギルドまで戻ってきました!

 あ、返り血はルーリの魔法で落としたよ!

 私がやると、みんなびしょびしょに濡れたままになるからね……。


 受付にセレンさんがいるのを確認して、そこへ向かう。

 もうなんだか私達担当みたいな感じになってる気がする。


「……なんだか仲良くなるの早すぎません?」


 四人仲良く手を繋いで受付まで来たのを見て、セレンさんはそう言った。


 ハルルはギルド内に入るのを躊躇ったけど、ルーリが手を放さなかった。


「絡まれても気にすることなんてないよ。もしそんなのがいたら、蹴散らしてあげる」


 リステルが笑顔で言い切る。


「もう仲間なんだから、私達に遠慮なんてしなくていいんだからね」


 と、優しい声で言うルーリ。


「この二人は、私の事をいっつも守ってくれる優しい人だからね。安心していいよ。私もできることは少ないけど、何かあった時は助けるよ」


「ありがとう」


 そんなやり取りをしていた。


「正直、私もビックリしてるんですよ。多分ルーリと出会って、依頼を受けて、瑪瑙に出会わなかったら、今頃ずっと一人だったと思います」


「私も、リステルと瑪瑙に出会わなかったら、こんな風にならなかったと思います」


「はいはい、ご馳走様です。それで、こんな時間から何か御用ですか?」


 ちょっと呆れた笑顔をしながら、聞いてきた。


「東の草原で討伐してきたんですけど、ちょっと数が多くて先に報告しておこうかなって」


 リステルがそう言うと、


「あ。凄く聞きたくなくなりました。嫌な予感しかしません」


 セレンさんの笑顔が引きつっている。


突撃狼コマンドウルフ四十五匹の討伐報告ですね」


 ルーリがお構いなしに言う。


「ちょっと待ってください! 以前と同じくらいの数じゃないですか! 虐殺狼マーダーウルフがまた出たんですか?!」


「違いますよ。小さな群れで何回も襲ってきたんですよ」


 私が説明する。


「メノウお姉ちゃん、いっぱい頑張ってた」


「メノウさんがですか。……ちなみに、死体の持ち込みは何匹なんですか?」


「えっと、尻尾が五匹分と、解体をお願いしたい、傷だらけのが五匹、三十五匹の死体の査定をお願いしますね」


 リステルが笑顔でそう言うと、


「手のあいてる職員集合ーっ!」


 セレンさんが大声で叫んだのだった。


 その日、持ち込まれた突撃狼コマンドウルフの死体の査定が夜遅くまで続き、冒険者ギルドが大忙しになったそうだ。


 セレンさんが涙目になっていたのは、内緒の話です。

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