魔法と魔物
――リステル視点――
空が白んできた。
私はポケットから魔導具を出し、時間を確認する。
遅くまで歩いていたせいで、私が眠る時には、明るくなってそうね。
今の所襲撃は無かった。
魔物が活発に動くだろう暗い夜の時間は、何事も無く乗り切ったみたい。
今日から進むのは草原だから、魔物と遭遇することも無いだろう。
「んーっ! さて、街に戻ったらどうしよっかなー。とりあえずしばらくはフルールにいよっかなー? メノウのこと、ルーリが面倒見るって言ってたけど、落ち着くまでは、私もいることにしよう」
ぐーっと伸びをして、独りごちる。
「しばらくしたら、また一人旅かー。まぁ二人の生活がうまくいかない可能性もあるんだけど、あの感じじゃ、その心配も無いかな?」
ふと、テントの中で眠っている二人の笑顔を思い出した。
……。
あー寂しいんだ私。
出会ってまだ数日のルーリと、出会ってほぼ半日しか経ってないメノウ。
良くもまぁ短時間で、こんなに仲良くなれたものだ。
こう言う事ってあるんだなー。
いっそのこと、フルールに根ついて、三人で……。
いやいや、何のために
たぶんあの三人は、私を追ってきてるだろう。
まぁ私の事情も考えて、のらりくらりとゆっくり手を抜いて捜索してくれているだろうけど。
「んーっ!」
また伸びをし、足をバタバタと動かす。
魔導具を取り出し時間を確認する。
よし! 四時間経ちましたー。
交代してもらって、私も寝よう。
テントの中を覗くと、相変わらず抱きしめあって寝ている二人がいる。
「おーいルーリ。交代の時間だよー」
「ん~。はーい。見張りお疲れ様ー。……ちょっとメノウ離して?」
「むり~」
「もー。ねぇリステル離すの手伝って?」
「はいはい。それじゃーメノウ離れましょうねー。交代してくれないと私が眠れないからねー」
「ふぁ~い」
するっとメノウがしがみついていた手を放して、ルーリがテントから出て行く。
メノウはまた寝入ったようだ。
「それじゃあリステルおやすみなさい」
「おやすみなさーい。後はよろしくー」
なんとなーくメノウの隣で横になる。
横になりながら、メノウの顔を覗いてみる。
うーん、やっぱり美少女だ。
そんなことを考えたのがばれたのか、メノウの目がパチッと開き、目が合った。
すると、ルーリにしていたように、私の胸の中に顔を埋めて、手を背中に回してきた。
「ちょっ。私はルーリじゃないよ。寝ぼけてるの? メノウ?」
「ねてる~」
フワフワした口調でメノウが答えた。
あーもう! 可愛いな!
そんなバカなことを考えていると。
「私はリステルのこと避けてないよ」
「えっ?」
「確かに殺されるかもしれないって本気で思ったし、怖かった」
「……」
ルーリとした寝る前の話、聞こえていたのだろうか?
「でも、その後最初に手を取ってくれたのはリステルだった。おかげで怖いのはすぐになくなったんだよ」
ドクンと胸の鼓動が大きくなった。
「心配してくれてありがと。あと見張り番もありがとー」
「っ!」
堪らず抱きしめ返していた。
すると、メノウは甘えるように胸の中で頬ずりして、顔を沈めていった。
ドクンドクンと胸の鼓動が強くなる。
ゆっくりメノウの頭に顔を埋める。
すごく良い匂いがした。
その瞬間頭を殴られたような感覚がして、眠気が吹っ飛んだ。
胸の鼓動も、ドクンドクンなんて言う可愛い強さではなく、バクンバクンと、爆発するんじゃないだろうかと思うほど鼓動が早く強くなった。
離れたくない離れたくない離れたくない!
そんな焦燥感が私を襲った。
「ルーリ! ルーリ!!」
思わず外に向かって叫んでいた。
「どうしたの!? って……あらあら? リステルも結局抱き合っちゃったのね」
慌ててルーリがテントに入ってきた。
でも、私の状態を見て、ニマーっと笑っていた。
「で、ホントにどうしたの? 大きな声出して。メノウ起きちゃうよ?」
「ビックリさせてごめんね? ちょっとお願いがあって。その……スリープを強めにかけてくれない?」
「それは良いけど……。なんだか焦ってる感じがするけど、どうしたの?」
「ちょっと眠気がどっかに行っちゃって……」
「ふーん……。襲っちゃいそう?」
言われた瞬間に、胸が張り裂けそうになって、顔がカッと熱くなった。
「なっ?!」
「あの、その。冗談で言ったつもりだったんだけど……」
「変なこと言うから、変に意識しちゃったじゃない。もー! このままじゃ絶対に眠れないから、早くスリープかけてくださいお願いしますー!」
「はいはい」
私の頭を撫でるように、ルーリは私の頭に手を置いた。
そうすると、熱かった顔も冷めて、痛いぐらいに動いていた胸の鼓動も静かになっていった。
「夢路行く者の、水の如く揺蕩う心を安く守りませ。今安寧の眠りを与えん。スリープ」
瞬間、私の頭の中は霧がかかったようにぼーっとしだした。
「そのままゆっくりおやすみなさい。リステル」
目をつむり、メノウを軽くギュっとした。
少し、胸の鼓動が強くなった気がしたけど、そこまでだった。
私は眠りに落ちたのだ。
目が覚めた時に、私はテントの中で一人だった。
少し寂しい。
あ、これは少しどころじゃない。
結構寂しい。
……泣きそう。
魔導具を出して、時間を確認する。
ほぼきっちり四時間寝ていたようだ。
よし。
気を取り直して、テントから出よう!
食事をとって、片づけたら、フルールの街へ出発だ。
「おはよー」
なんだか良い匂いがした。
――瑪瑙視点――
「おはよー」
リステルがテントから出てきた。
あれ?
ちょっと目が赤い?
気のせいかな?
「良い匂いがするけど、何か作ってるの?」
「そろそろリステルが起きるだろうと思って、食事つくってたー」
「もう明るいから、魔物も出てこないだろうと思ってね。そうそう聞いてよリステルー。メノウってば、料理する手際がすっごく良いのよ? 聞けば、家で料理は毎日してたんですってー」
「流石に焚き火で料理するのは初めてだけどねー。あと、コショウが少ししかなかったから、簡単な味付けの物しかできなかったけどね!」
「リステルがもうそろそろ起きてくるかなって言ったら、もって来てる野菜って何があるのって聞かれて、答えたら、朝ご飯作ろうって言いだしてびっくりしたわ」
「流石に八時間寝るのは辛かったからね。リステルが起きたら、みんなでいただきますできるようにしようと思って」
鍋の蓋を開けて、様子を見る。
器にスープを取って味付けを確認。
んー。
コンソメキューブがあれば、もうちょっと美味しくなるんだけどなー。
まぁルーリに味見をしてもらった時に、美味しいと言ってもらえたので良しとしよう。
作ったのはポトフだ。
ルーリが持ってきていた野菜は、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、カブだった。
塩は持ってきていなかったが、干し肉が塩辛かったので、それを代用。
ちょっと塩分が気になったが、そこは味見をしつつ臨機応変に。
器によそって、二人に渡す。
「「「いただきまーす」」」
どんな反応されるかちょっと緊張。
ドキドキ。
「あ、美味しい」
「ほんと美味しいわ。味見した時より、味が深くなってる気がする」
「ことこと煮込んだからねー。でもこれくらいだったら、誰でも作れると思うよ?」
「私は基本、宿屋付きの食堂で食べるからねー」
「私も外食かしら。料理は苦手で……」
「……だったらなんで野菜持ってきてるの」
「リステルが料理できるかもしれないって思って……」
「私料理したことない……」
「Oh……。あ、そっそうだ。お行儀が悪いけど、パンをこうやってスープに浸して食べても美味しいよ!」
「え? それって普通じゃないの?」
「これって行儀悪いことなの?」
「私のいた世界ではお行儀悪いって言ってたよ?」
「メノウってやっぱりお嬢様なんじゃないの?」
「ええ。ホントに一般市民だよー!」
そんな感じで会話が弾み、食事の時間は過ぎて行った。
ポトフはちょっと少なめに作っておいたから、綺麗に完食できた。
二人とも美味しそうに食べてくれたから、私は満足です!
撤収の片づけは、私は座って見ていただけだった。
お邪魔になるだけだからね、致し方なし。
「よし! 片付け終了!」
「メノウ歩けそう?」
「怪我は治してもらったから、痛くないよ。筋肉痛ですっごく痛いけど。全然歩けるよ!」
そうして、私たちは、フルールと言う街へ向けて、歩き出したのだ。
しばらく歩いていると、ふと昨日の魔法のことで気になることがあったことを思い出した。
「そういえばルーリ。私に治癒魔法使ってくれた時に、一回目と二回目で詠唱? 呪文? が違ったけど、あれはどうしてなの?」
「あら? メノウの世界では魔法って存在しないのじゃなかったの? どうして詠唱を知ってるの?」
「えっと。漫画とかアニメ……じゃわからないか……。うーんと。お伽噺とか空想のお話って言えばわかるかなー?」
「マンガとアニメはわからないけど、それならわかるわよ?」
「そういうお話に、魔法が出てくるの。あくまで空想のお話としてね。詠唱をしたりしなかったり。作品ごとにバラバラだけどね」
「空想の話で魔法が出てくるのって不思議な話ね。案外、メノウの世界にも魔法があったりしてね?」
「まぁ存在しないから科学技術って言うのが発展したんだろうけどね」
「そうそう。詠唱のことだったわね。基本的に魔法は、詠唱が無くても使えるのよ?」
そう言って、ルーリは右手のひらを上に向けた。
すると、こぶし大の水の塊が三つ、手のひらの上に浮いている。
手の平を前に向けると、水の塊が勢いよく前方へ飛び出した。
ばちゃん、べしゃ、ばちゃん。
そんな音を立てて、飛び出した水は地面にぶつかった。
「こんな風にね。詠唱は、その魔法の威力や精度を上げることができるの。詠唱の長さは、威力や精度と魔力の消耗量の調節ね。メノウに一回目にかけた時は、大した怪我じゃなかったから、軽くかけたの。二回目は捻挫がひどかったから強めにね? 私は治癒魔法が上手くないから、詠唱無しはできないのよ。」
「わかったようなわからないようなー? そういえば、リステルがファイアって言ってたのも詠唱になるの?」
「うん? あーそう言えば見せたね。あれも詠唱になるよ。最短詠唱って呼ばれてるよ。ただ、基本魔法は習った時に、声に出しながら覚えさせられたから、あれはその癖だね」
そう言って、リステルは人差し指をピッと上に向けると、その先から親指ほどの火が現れた。
……アルコールランプつけるのに使ったマッチみたい。
歩きながら、休憩をしながら、昼食を食べながら、魔法の話を色々聞いた。
森の時より会話が多いのは、私たちの距離が近くなったのと、森よりは安全だから気が楽だからだろう。
この世界の魔法は、地・水・火・風の四種類の属性と、個人がもつ属性の無属性があるそうだ。
ちなみに、何もないところに荷物や道具を入れて置ける空間収納、何もないところに腕をずぼっと入れていた魔法は、無属性の魔法なのだそうだ。
魔法は、下から基本魔法、下位、中位、上位と分けられていて、さらに細かく、下位初級、下位下級、下位中級、下位上級と言う風に、級と言うランク分けがされているらしい。
下位だけ、初級という級があるらしい。
ルーリは中位下級の魔法使いだそうだ。
得意魔法は地属性。
無詠唱では、下位上級までの魔法が使え、詠唱すれば、中位下級までの魔法を使えるのだそうだ。
水属性の魔法も使えるそうだが、こちらは下位下級まで。詠唱も必須で、得意ではないらしい。
治癒魔法自体は、下位初級の魔法らしいのだが、使える人がかなり少ないらしい。
痛いよ? 治癒魔法。
頼もしいけど、すっごく痛かった。
リステルは中位上級の魔法剣士。
得意魔法は風属性。
風を自身と剣に付与することで、自身の素早さと、剣の威力を増しつつ、無詠唱での風魔法を使う戦い方が得意なのだそうだ。
剣を振りつつ魔法を行使するというのは、どうもかなりの高等技術らしい。
火属性も下位中級まで使えるそうだ。
っとまぁ、聞いたのは良いんだけど、中位やら下級やらって言われても、私にはどれだけすごいかさっぱりわからないんですけどね!
「うーん。教えてもらったのは良いけど、どれだけすごいのかわからないなー」
「一応、基準となる魔法がそれぞれの級にあって、詠唱ありで10回連続で成功できたら、その級を名乗って良いことになってるわね」
「なんかそれって、嘘つく人とかいそうじゃない?」
「あー極々稀にいるらしいね。でもすぐにばれるから、偽らないのが常識だよ。ただでさえ魔法使いって貴重だからね」
「そうなの?」
「そりゃそうでしょう。パーティーに入ったら、戦闘の方針を決める上で、実際の実力を見ることはするはずだし。そのときに、名乗った級の魔法が使えないってなると、ボコボコにされるらしいわ」
「あーなるほど。魔法使いって貴重なんだ」
「魔力は全ての生き物が、大なり小なり持っているものなの。ただ、そこから魔法を行使できる人は、とても少ないの」
「じゃー二人は凄いんだ!」
二人は恥ずかしそうに、微笑んだ。
そんな感じで、のんびりとした会話が続き、道中は進んだ。
空が薄っすらと茜色に染まろうとした時にそれは起こった。
「今日はこの辺で、野宿しますかー。ルーリ、野菜ってまだ残ってるの?」
「うん、残ってるわよ?野菜がどうしたの?」
「えへへー。メノウお願いー。ポトフまた作ってー?」
「あ、良いわね。私からもお願いしていい?」
「いいよー! ……でも夜に料理して大丈夫なの? 魔物が寄ってくるんじゃなかったの?」
「この辺りまで来たら、滅多に現れないわ……ん?」
「どしたの?」
「しっ! 誰か走って来る! 金属鎧の音がするから冒険者の可能性大!」
リステルの顔が険しくなって、剣の柄に手を添えていた。
ルーリも私を隠すように、私の前に出て、警戒している。
男の叫び声が聞こえた。
「助けてくれ!
声を遮るものがないからか、結構遠くいるのに、良く聞こえた。
私達がいる場所は小高くなっているので、少し見下ろすように、走ってくる人物を見た。
走ってくるのは三人。
ただ、その後ろを、真っ黒の犬っぽい何かが、ぞろぞろと追いかけていた。
いや、大きすぎる。
体高二メートルはあるんじゃない?!
「エンゲージ! 私は前に出る! ルーリは先頭をつぶして、左右に分断! 左翼はあの人たちに任せて、私は右翼から切り崩す。メノウをお願い!」
「わかったわ。リステル気をつけて!」
剣を抜き、リステルが物凄い速さで飛び出した。
ルーリは腰から短剣を抜き、左手を地面に置いた。
「グランドスピア」
そう呟いたと同時に、ドゴッっと音と共に、走ってくる狼の群れの先頭に、地面から槍が横並びで何十本も飛び出した。
土でできた槍衾だ。
先頭にいた三匹は避けきれず、頭から突っ込み、突き刺さって動かなくなった。
すぐ後ろにいた四匹は、槍衾を飛び越えた。
「ウィンドカッター」
走っているリステルが、その動きを読んでいたように、そう唱えた瞬間、狼三匹は空中で何かに切り飛ばされるように、首が吹き飛んで、血を吹き出しながら、地面に落ちた。
「アーススパイク」
飛び越えた最後の一匹は、地面に着地する前に、地面から突き出した三角錐に、お腹を貫通させられ、動かなくなった。
おそらく風の魔法なのだろう。
首を刎ねられ、血飛沫をあげて地面に落ちる狼を見て、私は腰を抜かしてしまった。
その後に続く狼達は、槍衾を飛び越えようとせず、左右に分かれ、回り込む。
「私は右翼を相手します! あなた達は、左翼側を処理してください!」
リステルが、助けを求めてきた人たちに、そう指示を飛ばした。
「うるせー! やりたきゃ勝手にやれ! んでもって死ね! ガキがっ!」
そう叫んでこっちに向かって走ってくる。
「なっ!
リステルが叫んですぐに、ルーリが反応した。
「嘘!? サークルスピア!」
ドゴッと言う音と共に、腰を抜かして座り込んだ私とルーリを中心に、円を描くように槍衾が地面から突き出た。
「ちっ! くそがっ!!」
男の一人がそう言うのが聞こえた。
そして三人の男たちは、私とルーリのいる横を走り抜けて、消えて行った。
男たちが見えなくなったと同時に、私とルーリを囲っていた槍衾が、ボロボロと崩れて土に還った。
「なに? どういうこと?」
「説明は後で!」
リステルは、その間にも巨大な狼を、倒して続けていた。
噛みつこうとした狼を横によけ、一歩踏み出し、目を突き刺し、飛びかかろうとした狼の下へ潜り込み、首を刎ねる。
後ろに回り込もうとした狼を蹴り飛ばし、上段から、虚空に向かって剣を振り下ろす。
蹴り飛ばされ距離が開いた狼が、胴体から縦に真っ二つ切り裂かれ、血飛沫を上げながら倒れる。
囲まれそうになれば、踊るように、体を一回転させる。
すると、囲もうとしていた狼たちのすべての足が切り飛ばされて、行動不能になっていた。
同時にルーリも何匹もの狼を倒していた。
最初の槍衾を左に回り込んだ、先頭の三匹を、初手と同様に、グランドスピアで串刺しにした。
飛び越そうとする狼には、着地地点に、地面から飛び出た三角錐を突き出し、貫く。
槍衾を回り込もうとする者には、最初からそこに移動するのがわかっていたように、地面から三角錐が飛び出し、貫く。
狼達は怯まず、突撃しようと迫ってくる。
ルーリは左手を地面につきつつ、片膝をつき、右手に持っていた短剣を前に突き出した。
「ロックバレット」
すると、突き出した短剣の周りを、こぶし大より少し大きな岩の塊が六つ等間隔に浮かんだ。
そして、その岩の塊が消えたように見えた。
ゴッと音を立て、消えたと思っていた岩の塊が、狼の顔面を潰していた。
岩の塊は、三匹の狼の顔面をグシャグシャに潰し、二匹の胴体に大穴を開け、一匹の四肢を吹き飛ばしていた。
「ルーリ! 数が多い! 注意して!」
リステルが大きな声で言う。
その間も踊るように剣を振るい、次々に狼を切り刻んでいく。
「了解。リーダーがいる可能性が高いわ! リステルも気をつけて!」
ルーリもそう言って、次々に岩の塊を放って、潰して穴をあけ、三角錐で串刺しにして、狼を行動不能にしていく。
「ウォォォォォォォォォン」
遠吠えが聞こえた。
そこに立っていたのは、黒い狼ではなかった。
血で染めたかのような、赤黒い色をした狼だった。
大きさは横に並ぶ、黒い狼の二倍は大きかった。
「あれは……
「どうしてこんなところに
リステルが遠吠えと同時に動きを止めた狼達の隙をついて、私達のすぐ近くまで戻ってきた。
「メノウ大丈夫?」
「二人が守ってくれてるから大丈夫。でも腰が抜けちゃったみたいで、立てない……」
「ウォォォォォォォォォン」
また遠吠えが聞こえた。
すると、残りの狼達が遠巻きに私達を囲み始めた。
「マズい。メノウが護衛対象だってのがばれた」
その言葉を聞いて、背筋が寒くなるのを感じた。
二人が戦っているのを見た時も、確かに怖かったが、守られている安心感があった。
「リステル、何とかできそう?」
「私一人だけだったら、問題なかったんだけど、守りながらは、ごめんなさい。難しいわ」
「
「無理ね。完全にメノウを狙ってるわ」
そしてとうとう、赤黒い狼が全速力でこちらに突っ込んできた。
目前まで迫る巨体に恐怖し、目を瞑って、堪らず叫んだ。
「こないでっ!!」
――ルーリ視点――
「こないでっ!!」
メノウがそう叫んだのと同時に、おかしなことが起こった。
目前まで迫った、狼達が一斉に空へと舞い上がったのだ。
勿論、一番巨躯であった
渦を巻きながら空へと舞い上がっていった。
「これ、もしかしてトルネード? リステルが使ったの?」
「え? 私トルネードなんて使えないよ……。しかもこんな広範囲なんて……」
リステルが、前へ進もうとした瞬間に、私は気づいた。
「リステルストップ! それ以上前に出たらだめ!」
「へ?」
「足元を見て」
リステルの数歩先は、地面がえぐり取られていた。
「うわっあぶな! もう少しで私も空でバラバラになるところだった」
地面を抉り出して砂を巻き込み始めたことで、ようやくこの竜巻の大きさを確認できた。
メノウを中心に、驚くほど広い範囲の風の壁が出来上がっている。
「トルネードって上位下級の風魔法よ。でも、範囲はこんなに広くない。メノウって何か詠唱してた? 私は、こないでって叫んだことしか聞こえなかったわ」
「私もこないでって叫んだことしかわからないわ。たぶん詠唱なんてしてなかったと思う」
「詠唱無しでここまでのトルネードを使えるとなると、上位上級の素質があるかもしれないわね……」
「……それにしてもおさまらないわね。このトルネード」
私は、ハッとしてメノウの見た。
メノウはプルプルと震えながら、まだ目をぎゅっと瞑って、両手を胸の前で握って座り込んでいる。
「メノウ! メノウ! 目を開けて! 魔法を止めて! 魔力が切れると意識を失うわ!」
今でも莫大な魔力を消耗しているはずだ、早く止めさせないと。
「……ふえ? 何が起こったの?」
メノウが回り見渡す。
目がきょとんとしている。
「うぇ?! 何これ竜巻? リステルがやったの? すごーい!」
「え? 私この魔法使えないんだけど……」
「「え?」」
「この魔法を使ったのは間違いなくメノウよ! そんなことより、早くこの魔法を止めて! 魔力切れで意識を失うわよ!」
「私が使った? え? え? どうやって止めるの?」
私は、今なお膨大な魔力を消耗しているだろうメノウに絶句した。
普通は、魔力を一度に大量消耗することは、かなり疲労感を伴うのだ。
でもメノウは、ケロっとしている。
今も。
「むむむー! とまれー! とまってー! とまってくださーい!」
手を色々振りかざしたりして、ワタワタしている。
……可愛い。
いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ!
どうにかして、魔法を止めさせないと!
流石にリステルも異常に気付いたのか、メノウを真剣な目で見ている。
「……可愛い」
あ……だめだ。
可愛いのは同意する。
違う、違うのよリステル。
今はそこじゃないのよ……。
そうだ!
私は、メノウの肩に手を置いた。
「メノウ。深呼吸して?」
「すーはーすーはー」
「私の目をじっと見て?」
「ふえ? うっうん」
顔をゆっくり近づける。
すると風が少しずつ弱まっていくのがわかった。
もっと顔を近づける。
メノウの頬がポッと赤くなった。
メノウがすっと目を閉じた。
私は胸がドキンと高鳴った。
「メノウ。目は閉じないで、私の目をずっと見てて」
「うっうん……」
潤んだ瞳で私の目をじっと見てくる。
鼻どうしが当たりそうになった辺りで、肩から手を放し、すっと顔を後ろに下げて、目の前で手を叩いた。
「きゃっ!!」
メノウがびっくりした瞬間、私達を囲っていた竜巻が、弾けるように無くなった。
よし!
「へ? 何? 何?」
「おどかして意識を大きく乱したの。魔法の止め方がわからないみたいだったから」
「あ! なっなるほどーそうだったんだー」
「んー? 何されるとおもったのかなー?」
「さっさー? ゼンゼンナニモワカラナカッタナー」
いけないいけない。
口がにやけてしまう……。
うん。
完全に終わったと思ってた。
ハッキリ言って油断してました。
ごめんなさい。
ズドーンッ!
地響きと共に、それは空から落ちてきた。
「グルルルルルッ」
唸り声をあげるが、それだけだった。
四肢が全部、あらぬ方向を向いていた。
流石に空高くへ吹き飛ばされ、そこから地面に着地だと、四肢が耐えられなかったのだろう。
それでもこちらを威嚇して、立ち上がろうとする気迫は凄かった。
リステルは早かった。
顔の下に即座に潜り込み、顎下の柔らかい部分から一気に頭蓋まで、突き刺した。
その瞬間、眼球が飛び出し、目口鼻耳から血が噴き出した。
リステルは、ズッと剣を引き抜き、後方へ大きくバックステップをした。
「リステル。何したの?」
ちょっと驚いたので聞いてみた。
「ああ、突いた瞬間に剣先で、空気の塊を破裂させて、頭の中を吹っ飛ばしたの。使ったのはエアスプラッシュだよ」
なるほどー。
って言えなかった。
言ってる場合ではなかった。
天高く舞い上げられた
「リステルこっち!」
リステルは早かった。
一瞬で私の手の届くところまで戻ってきた。
「グランドシェルター」
手を地面につけて、最短詠唱にて魔法を発動する。
地面から伸び出た壁が、私達を半球状に覆う。
少ししてからドシン、ズン、と、何かが地面にぶつかる音がいくつも聞こえた。
たまに「ギャン」みたいな鳴き声も聞こえた。
私はショルダーバッグから魔導具ランタンを取り出して、明かりを灯した。
「……ねぇ。私ここから外に出たくないんだけど……」
「……ルーリ。正直、私も出たくない」
「どうして? まだ
嗚呼!
なんて事でしょう!
メノウさんはどうやらご理解していないようだ。
「メノウさんや。空高ーく飛ばされた、飛べない生き物が、地面に叩きつけられたら、どうなると思うかね?」
リステルが遠い目をして説明しだした。
「でもでも、
「
「
「あれも狼種の魔物だけど、速度強化くらいしか使えないわ」
「つまり、この土のドームを解除しちゃうと、あうあうあう」
あ、メノウさんがお気づきになられたようです。
「一応警戒はするわよ! 運よく生きている奴がいる可能性はあるからね。ルーリ、解除をお願い」
「ヒィッ」
メノウが私の後ろから腰に抱き着いて、顔を隠してた。
「ねぇメノウ。なんで私じゃないの?」
リステルさんが口を尖らせている。
「だって、リステルは走るから、邪魔だと思って……」
「ですよね」
がっくりした様子で剣を構えた。
「じゃあ解除するわよ。気をつけて!」
結論から言う。
生き残りなんていなかった。
目の前に広がるのは、大きな赤いお花がたくさん咲いた草原だった。
「「……」」
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