キロの森からの脱出

「さて。予想外のことが起こったけど、遺跡の調査はどうする? 他になにかする?」


「そうねぇ。中心の渦は無くなったけど、まだマナの光は目視できる程なのよね……。とりあえず、一度遺跡の中央に降りて、一通り見て回りましょうか。メノウの帰る方法も見つけないといけないしね」


 リステルとルーリが話し合っていた。

 元々二人は、このキラキラ光って漂う粒子、マナって言うらしいんだけど、そのマナの流れを追って遺跡まで調査をしに来たんだそうだ。


「まぁメノウの話を聞いた感じ、メノウをこの世界に連れてくるために起こった現象って感じがするのだけれど」


「え? 私?」


「偶然メノウがこの世界に来たってことは無いと思うわ。何か理由があって選ばれた可能性が高いと思うの」


 話しながら遺跡の階段を下りて、中央まで行く。

 中央の広さは体育館くらいあるのかな?

 この遺跡は、喪失文明期と呼ばれている時代の劇場らしい。

 喪失文明期のことはほとんどわかっていないらしく、あくまで他の古代遺跡と比較して、劇場の可能性が高いと思われているだけだそうだ。


「見つけなきゃって言ったけど、たぶん何もわからないと思うの。……ごめんなさい」


 ルーリが頭を下げる。


「ううん。探そうとしてくれてるだけ感謝だよ。私なんて当事者なのに、何の役にも立たないもの」


「ルーリがわからないんじゃ、私なんかがわかる訳もないね。だから私も役立たずね」


 ぐるっと一周回ってみたが、所々に何かの模様が彫られているくらいしかわからなかった。

 これがただの飾りなのか、文字なのか、魔法陣の一部なのか、それすらもわからないそうだ。


「ん? ルーリ。今気が付いたんだけど、マナの流れが止まってない?」


「あれ? ホントね。いつからかしら?」


「マナってこの光る粒子のことだよね? これって動くの? さっき私が見た時は動いてなかったよ?」


 ルーリは何かを考えるように、右手を口に当てて、何か呟いている。


「マナの流れの異常……大規模討伐……生き物はマナの異常を嫌う……流れが止まったとしたら安定したってこと? ……あっ!!」


 何だか、顔色が悪くなっていってるように見えた。


「急いで街に戻った方がいいかもしれない!」


「ルーリどうしたの? 説明してちょうだい?」


「とりあえず、急いで戻りながら説明するね? せめて森からは早々に脱出したい。メノウごめんなさい。ちゃんと探せなくて」


「大丈夫、気にしないで。焦ってるってことは、何かあるのね?」


 私達は遺跡から速足ででることになった。


「まず最初に、私とリステルがここに来るまでに、一切、獣にも魔物にも遭遇しなかった」


「それってこの魔導具があったからじゃないの?」


 リステルが笛のような形をした首飾りを取り出した。


「それはそんなに強力なものじゃないの。狼をあくまで遠ざける程度。魔物には効果がないと思う」


 どんどん森の中に入っていく。


「生き物、特に獣と魔物は、マナの異常を嫌うの。だから多分、この遺跡周辺の生物は逃げていなかったんだと思う」


「あ、大規模討伐がでてたのって、森から逃げ出した生物が大量に発見されたからか……」


「うん。その可能性が高いと思う。でも、今のマナは動かないで安定して見える。しかも、目に見えるほどに濃度も密度も高くなっている」


「魔物はマナの濃いところを好む習性があるんだっけ?」


「そう。だから、ここから早く離れないと、大量の魔物に襲われる可能性がでてくるわ」


 一応私も話は聞いているが、二人の歩く速さが思ったより早いので、ついて行くのに必死だった。

 色々聞きたいことはあるんだけれど、とりあえず、ここにいることがとても危険だってことはわかった。


「ルーリ。夜までには森をでたいけど、今の時間からじゃ無理よ」


「うん。でも、森で野宿はできないわ。マナが安定した時間を考えると、まだそんなに経ってないはずだから、魔物が集まるまでにはまだ時間はあると思う。一気に森を抜けたほうが良いわ」


「この森を抜けるのって、どれくらいかかるの?」


「大体半日くらいかしら。襲撃がなければもう少し早く出られるわ」


「そんなにかかるの?! 二~三時間くらいで出られると思ってた……」


「ここはそんなに小さな森じゃないよ?」




 あれからどれくらい早歩きで歩いただろう。

 森の中は太陽の光もあまり届かず、薄暗い。

 夜になっても森をでるのは無理だと言っていた。

 まだまだ先は長いのだろう。

 ただ、私の体力と足が限界をむかえそうだった。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸は荒くなって、汗をびっしょり掻いていた。

 膝も痛くなってきたけど、足の親指の付け根辺りからも変な痛みが出てきていた。

 二人は、呼吸も乱れていないし、汗も掻いていない。


「メノウ大丈夫?」


「うん。大丈夫。気にしないで」


 リステルに聞かれたけど、足手まといにはなりたくない。

 ここは無理をしてでも頑張る時だろう。

 頑張れ私。


「二人とも、ここでちょっと休憩しましょう?」


「ルーリ、私は大丈夫だから。それに、急いでるんでしょう?」


「メノウ、大丈夫よ。まだ時間はあるわ。まだ森に魔物は戻ってないみたいだからね。襲撃にはあってないから、早く進んでるくらいよ。それに、メノウの履いているブーツって、長距離を歩いたり、森を散策するためのブーツじゃないでしょ? ヒールが高いもの。無理はしちゃだめよ?」


「ごめんね。ありがとう」


 そう言って、私は木を背もたれに、腰を下ろした。


「あいたた……」


「メノウ足痛めたの? だいじょうぶ?」


「多分、そのブーツが原因かな? 足に負担かけそうだしね。それに、森自体歩きなれてなさそうだったし」


 そう言って、二人は私を挟むようにして、腰を下ろした。


「メノウ。ちょっと足みせて?」


 そう言われたので、リステルの前に足を延ばした。


「うーん高そうなお洒落なブーツね。って違うよ! 裸足を見せてってこと!」


「へ?! あー、ごめんなさい。てっきりブーツが見たいのかと」


 私の左隣に座っているルーリがクスクス笑っている。

 私は恥ずかしい……。

 右足のブーツを脱いで、ソックスも脱ぐ。

 ……あれ? 裸足を見せるのも結構恥ずかしいぞ?


「足の指長くて綺麗ね。メノウ。足の皮が剥けて血が出てるよ?」


 あ、ほんとだ。

 親指の付け根辺りの皮が剥けて、血がべっとりついていた。

 左足も確認したら、血がべっとりついていた。


「メノウ。痛くても良かったら治癒魔法使えるけど、どうする?」


 こっちの世界の話を聞いたときに、魔法が存在することは聞いたけど、ルーリって魔法が使えるんだ。


「ルーリ、治癒魔法使えるの?」


 あ、リステルもルーリが治癒魔法使えるの知らなかったんだ。


「うん。水は下位下級までしかつかえないから、治癒魔法もそんなに上手くないんだけど」


「下位下級でも治癒が使えるのは凄いよ!」


 治癒魔法とは水属性の魔法らしい。

 治癒魔法を使える魔法使いは、魔法使いの中でも非常に貴重とのこと。

 どんなに下手な治癒魔法でも、大概の傷は治してしまえるのだとか。

 ただ、下手な治癒魔法は、行使時に傷と同じ痛みか、それをさらに強くした痛みを伴うのだそうだ。

 上位の治癒魔法になるほど、傷の修復速度もはやくなり、痛みも感じなくなるらしい。


「ちょっと怖いけど、お願いしていい?」


 ルーリの治癒魔法は、痛みを伴うとのことなので、少し緊張する。


「じゃぁ両足を、私の太ももに乗せて?」


 横座りしているルーリの太ももに両足を乗せて、ルーリは足の裏に両手をかざした。


「血を漱ぎ、汝の傷に癒しを。ヒーリング」


 するとかざした手の先が青く光った。

 と、同時に、傷口を思いっきり指でぐりぐり抉るような痛みが私を襲った。


「あだっ! いだだだだだっ!!」


「ごっごめんね! これくらいの傷ならすぐに治せるから、ちょっとだけ我慢して!」


「うぐぐぐぐ」


「うわー……痛そう……」


 すると、すっと痛みがなくなった。

 ルーリの手も青く光っていない。


「終わったわよ。ごめんね痛くして」


 ルーリはそう言って、私の足の裏をツンツン突いている。

 くすぐったい!

 私は足を戻して、さっきまで血のついていた場所を確認してみる。


「ホントに治ってる。凄い! ルーリありがとう!」


「えへへ。どういたしまして!」


 ルーリは照れ笑いを浮かべていた。

 うーん可愛いなー。


「さ。そろそろ行こう?」


「メノウ。大丈夫なの? もうちょっと休憩しててもいいのよ?」


「ありがと。でも、急いだほうが良いのは事実でしょ? 私は、魔物がどんなのか知らないから、できれば遭遇したくないもん」


 森を二人に続いてどんどん進む。

 そろそろ夕方なのだろうか?

 木々の間から薄っすらと覗く空の色が、茜色になっていた。

 そういえば、光の粒子の見える量が、遺跡にいた頃よりかなり少なくなっている。


「ねぇ、このキラキラ光ってるマナ? って、どんどん光ってる量が少なくなってるけど、大丈夫なの?」


「えーっとね? マナってね、普通は目に見えないものなのよ。特殊な場所だと、見える所もあるらしいんだけどね? このキロの森は普通の森で、マナが目に見えるほど濃くない場所だったはずなのよ」


「じゃぁ今、光ってるのが見えてるのって?」


「ルーリが言うには異常だね。まぁその原因らしき人物が、目の前にいるんだけどね」


「うぇ?! 私?!」


「まぁ色々考えるのは、フルールの街まで戻ってからにしよう」


「メノウ、足は大丈夫? 痛くなったらまた見せてね? 体力の回復はできないけど、怪我なら治してあげるからね?」


「うん。今は大丈夫。ありがと、ルーリ」


 エヘヘと二人で笑いあう。

 よし、まだまだ頑張れ私。


 黙々と歩く。

 どんどん森の中も暗くなってきた。

 いつの間に取り出したのか、ルーリがかけてるショルダーバッグに、ランタンらしきものがぶら下がっている。

 っというか、躊躇することなく道なき道を歩いている二人だけど、方向とか大丈夫なのかな?

 あんまりにも堂々と歩いてるから、今まで疑問にすら思わなかった。

 まぁ大丈夫なのだろう。

 信用しよう。

 っていうか、それ以外に方法ないんですけどね!


 まだまだ歩く。

 暗くなってから、どれだけ歩いたのかわからない。

 足はもうとっくに悲鳴をあげている。

 足の節々がものすごく痛い。

 何度か休憩しようかと聞かれたけど、大丈夫って言って断った。

 ルーリは森にいるのは危険だと言っていた。

 だったらその言葉に従うべきだ。

 まだまだ頑張れ私。

 そういえば、光る粒子も、今はほとんど見えなくなった。


「ここまで魔物との遭遇なし。まだ集まっていないのか、それとも私達に気づいていないのか。何にせよ、運がよかったわ。メノウ、もうすぐ森を抜けて草原にでるけど、森から離れたいから、もうちょっと歩くね。辛いと思うけど、ごめんね?」


 リステルが申し訳なさそうに、私に言う。


「私は全然大丈夫! 気にしなくていいよ! 心配させて、私の方こそごめんね?」


 そうしてようやく、森を抜けることができた。

 目の前に広がる緑のそうげ……いや、真っ暗で何も見えないわ。

 ただ、森の中を歩いてた時と違い、目線を遮るものが無かった。

 それだけでも、今の私は解放感を感じた。

 夜空を見上げたけど、満天の星空ってこう言う事なんだろうなー。

 月らしきものもあった。

 青白く光る綺麗な月だった。

 二個あったり赤く光ったりはしていない。

 上弦の月に近い三日月だった。


「はぁ……はぁ……」


 そこからまたしばらく歩いた。

 森を抜けた直後は、周りを見ながら歩いていたけど、すぐにそんな余裕はなくなった。

 足の感覚がなくなって来たけど、痛みだけは伝わってくる。

 足も上がらなくなってきて、何度か蹴躓いた。

 どうもその時に左足を挫いたらしい。

 ものすごく痛い。

 我慢よ我慢。

 しっかりしろ私。

 ……前を歩く二人に邪魔だなんて、万が一にも思われたくない。

 話をした感じ、そういうことを思うような性格ではないと思う。

 見ず知らずの私に、存在自体が怪しい私に、友達になろうと言って、あまつさえ、宛てのない私を助けようとすらしてくれているのだ。

 お節介すぎるよ……。

 私には無理。

 絶対に無理。

 でも、この二人が、今の私の生命線なのだ。

 もし、この二人に見放された瞬間、私に待ってるのは、死だ。

 今できることを最大限に頑張ろう。

 今はとにかく、我慢して歩き続けることだ。


 さらに少し歩き、丘の頂上に着いた。


「よし、ここなら見晴らしもいいから。今日はここで休もう」


「うん、わかった。準備するね。メノウは座って休んでて」


「え? 私も手伝うよ? 何かすることない?」


「メノウって野宿したことあるの?」


「……ないです」


「あー、火を熾すから、消えないように見張ってて?」


 そう言って、リステルが何もないところに両手を突っ込み、木の束を取り出した。

 手早く木を重ねて、放射状に並べた。


「ファイア」


 リステルが並べた木に手をかざし、そう呟いた瞬間、ボウッ! っと言う音と同時に火が付いた。


「おー……。火の魔法? すごーい!」


「ふふっ。火の基本魔法だから、大したことは無いよ」


 リステルは少し笑顔で私に言った。

 残りの木の束は、座った私の横に置いてある。


「じゃぁ焚き火番お願いね。ささっと準備するから、そしたら食事にしよ!」


 リステルは手を振って、ルーリのところまで行く。

 ルーリは、小さな小箱? を開いていた。

 あれは何だろう?

 そして、ルーリも何もないところに手を突っ込み、大きな袋を取り出した。

 ……さっきリステルも何もない所っていうか空間に、腕を突っ込んでたけど、あれも魔法なんだろうなー。

 二人は袋から、布と金属の棒を取り出し、何やら組み立てているようだ。

 あ、テントか。

 しかも自立式。

 あっという間に設営を終えて戻ってきた。


 リステルは焚き火の前、私から見て左側に座る。

 ルーリは反対側に座ると思ったら、私の右隣に腰を下ろした。


「食べる前にメノウ、足見せて?」


「ルーリさんは、女の子の足を愛でるご趣味でもあるんですかね?」


 と、冗談で返してみる。

 するとルーリは、頬をぷくっと膨らませて、


「足の状態を確認するの! だいぶ無理して歩いてたのはわかってるんだからね! そういうこと言うなら、無理やり脱がすわよ!」


「無理やりするの……? 痛くしないでね?」


 上目遣いで言う。

 その時にルーリは、私がからかっているのに気づいたみたいで、ニマっと笑って、私の頬に手を当てた。


「うん、無理やりするわ。ごめんね? 私下手だから、いっぱい痛くしちゃうと思う。でも、すぐ良くしてあげる。……だから脱いで?」


 おっと予想外の返答に私の顔は真っ赤だぞ!!

 ルーリはニマニマしてる。

 なんか嬉しそうだぞ。


「はいはい。冗談言ってないで、さっさと見てあげないと。メノウもからかわないの」


 リステルが笑いながら、私たちのおでこにデコピンをしてきた。

 デコピンってこの世界にもあるのね。

 リステルも私の横に腰を下ろした。


 私は、ブーツを脱いで、靴下を脱ごうとしたが、靴下が指の付け根辺りで引っ付いて脱げない。

 引っ張るとすごく痛い。


「メノウどうしたの?」


「何でもないよ」


 ルーリが心配そうにこちらを見るので、私はそう答えた。


「……ちょっとメノウ見せて頂戴」


「あ、ちょっと!」


 靴下半脱ぎ状態の右足を掴んで持ち上げられた。


「……これは、血が乾いて張り付いてるね。脱ぐのを躊躇ってるところを見ると、痛むんでしょ? 取り合えず左足もみせて」


 左足もブーツを脱ごうとしたが、足首に激痛が走って上手くいかなかった。

 その様子に気づいたのかリステルが言った。


「ルーリ。ちょっとメノウを支えてて。私が脱がせるから」


「うん。わかった」


 リステルの真剣な顔に、ルーリも真面目な顔で頷いた。


「っつ!」


 ブーツを脱がされた瞬間に、痛みが起こる。

 靴下も脱がされそうになったが、右足と同じで、血が固まって引っ付いているらしく、脱げる直前で止まっている。

 リステルは、何やら顔をしかめている。


「メノウ。足挫いてたのね? どうしてもっと早く言ってくれなかったの」


「だって、大丈夫だったから……」


「大丈夫なわけないでしょう! こんな酷い腫れ方して! 痛くないわけないじゃない! 足だって血みどろじゃない!」


「リステル、落ち着いて? 状態はどうなの?」


「ソックスは血が固まって完全に傷口に引っ付いてる状態。無理にはがすと出血するでしょうね。左足もおんなじ。でも、左足は捻挫もしてる。折れてはないみたいだけど、状態は良くないわ。挫いた後、無理に歩いたせいだと思う」


「メノウ。どうして言ってくれなかったの? 何回も休憩しようって言ったよ?」


「ごめんなさい。足手まといって思われたくなかったの……」


 私は正直にそう言った。


「……ごめん。メノウの気持ちも考えないで、きつい言い方した」


「ううん。私が勝手にしたことだから。心配してくれてありがとう。リステル」


「じゃぁささっと治しちゃおう。それで、お腹いっぱい食べよう?」


「捻挫も治せるの?」


「治せるわよ? まぁその分痛いけど! そこは許してね?」


 今度はリステルにもたれかかり、ルーリの太ももに足を乗せる。


「ソックス、剝がしちゃうね」


 勢いよく両足から靴下をはがされた。

 ブチって音がした。


「うぐっ」


「うわ。これは思ってたより酷いわ。結構な勢いで血もでてきた。ちょっと強めに治癒魔法をかけるわね」


「袂に集え癒しの青光よ、かの者の血を漱ぎ、清浄なる水の力をもちて、癒しを与えん。ヒーリング」


 あれ? 一回目の呪文と違う?

 でもおんなじ魔法?


 と、思った瞬間、激痛が私を襲った。


 指の付け根からは、何かに刺されて、ぐりぐりと抉られる感覚が。

 左足首からは、馬鹿力でねじ切られそうな痛みが。


「っつぅ!」


 思わず飛び上がりそうになったが、リステルが私のお腹を抱えて、押さえていた。


「もうすぐだから我慢して?」


 耐えろ私。

 顔にも出すな。

 ルーリに失礼でしょうが。


「ん。大丈夫」


 精一杯絞り出した言葉。

 もっと気の利いた言葉をかけられないのか私は!

 そんなことを考えていると、痛みがすっと引きはじめた。


「ふぅ。よし! もう大丈夫よ」


「ありがとう、ルーリ」


「どういたしまして」


「リステルも押さえてくれてありがとう。押さえてくれてなかったら、飛び上がってたわ」


「それぐらいお安い御用だよ」


 ブーツを履いて、軽く歩いてみる。

 靴下は、血みどろに加えて、足の皮が張り付いちゃってるので、諦めよう。

 うん、痛くない。


「どう? 歩ける?」


「うん! 痛くないよ。ありがとう」


 元の場所に座る。


「食事にしましょう。と言っても保存食なんだけどね」


「あー私も食べても大丈夫なの? 量とか」


「何があってもいいように、多めに準備しているから大丈夫よ。流石に道中で人が増えるなんて思ってもいなかったけれど」


「あ、私も別で準備はしていたよ。だからいっぱい食べても問題ないよ。っというか、睡眠とったら、草原を一日かけて歩くから、しっかり食べて体力回復に努めてね」


「え? 街までそんなにあるの?!」


「休憩を何回かするから、大丈夫だよ。それに、街に近づけば近づくほど、安全になるから」


 話しながらルーリは、私達に丸いパンと干し肉、チーズを渡してくれた。


「往復三日、長くても四日かからない予定だったから、一応長持ちする野菜とかも持ってきているんだけどね。ここで調理をすると、魔物とか寄ってくる可能性があるから、これで我慢してね?」


「ううん。ありがとう。いただきまーす」


 結局二人は焚き火の前に座らないで、私を挟むように座って、食べている。

 パンを齧る。

 わお固い!

 あ、でも口の中に広がるいい香り。

 私、フランスパンとか固いパンが好きだったから、これは結構美味しいかも。

 まぁ市販されているバゲットとかと比べ物にならないほどの固さだけど。

 武器になりそうなぐらい固い。

 干し肉はしょっぱかった。

 けど、大量に汗をかいていたせいか、美味しく感じた。

 まぁこれも固いんだけど。

 チーズは匂いは強かったが、濃厚で美味しかった。


「やっぱり固いし塩辛いわね。でもこのチーズは美味しいわ」


「保存食ってもうちょっとどうにかならないのかしらね?」


「二人とも、こういう保存食って食べ慣れてないの?」


「私はいつも、野宿が必要な依頼自体そんなに受けないのよ。街から街へ移動する場合、大きめの商隊の護衛を受けるから、食べ物って結構いい物を食べさせてもらえるのよね」


「私の場合はそもそも郊外にでることすら少ないからね。一応基本的なことは知ってるし、教えてもらったりしてるけど。メノウは黙々と食べてるけど、美味しいの?」


「疲れてるのもあるかなー? 汗も結構かいたし。このパンは結構好きかも。香りがすごくいい。お肉は、しょっぱいね」


「あ、そうだ。焼き菓子と乾燥果物持ってきてるよ!デザートにみんなで食べよ!」


「まだ残ってるの? 遺跡で結構食べたと思ったんだけど」


「ふふふー。甘いものは大量に買い込むことにしてるのよ!」


 そう言って、リステルは私の太ももの上にこんもりと、お菓子を乗せた。

 おーい。

 私の太ももは、お皿じゃないんだぞー。

 焼き菓子はプレーンのクッキーだった。

 味は、甘さ控えめって感じ。

 私が家で良く作っていたクッキーはもっと甘かったなー。

 乾燥果物は、レーズン、リンゴ、木苺らしい。

 胡桃も入っていた。

 こっちは普通に美味しかった。


 そういえば、水は何故か革袋に入ってるものを渡された。

 水専用の革袋をいくつも用意しているらしい。

 魔法じゃだめなのかな?

 まぁいいや。

 また今度聞いてみよう。

 お腹も膨れて、甘いものも食べられて、ほっと一息ついた感じ。


「見張りだけど、四時間交代でいいかな? ルーリ」


「うん。メノウをゆっくり休ませてあげたいからそれでいいわ」


「見張りって何すればいいの?」


「ん? メノウはしなくていいよ? っと言うか、したことないでしょ?」


「でも、私だけずっと休んでばかりなのは……」


「うーん。気持ちは有難いんだけど、戦えない人が見張りをしてても、危険なだけだから」


「ルーリも戦えるの?」


「これでも一応魔法使いだから。それに、一番危険な時間は、リステルが起きて見張っててくれるから。メノウは安心して休んでていいのよ」


「……ありがとう」


 そして私とルーリはテントの中に入った。

 ……。

 毛布代わりの大きな毛皮を被り、目をつむる。

 足がボロボロになるまで歩いたせいで、泥のように眠るのだ。

 っと思っていたんだけど、そんなことは無かった。

 眠くない。

 目を閉じても、眠れる気が微塵もしない。

 不安が私の心を蝕んでいた。

 元の世界に戻れるのか?

 そもそも方法はあるのか?

 幼馴染は大丈夫だろうか?

 両親は心配してないだろうか?

 いや、心配していないはずがない。

 私にべったりで娘離れできるのか疑問に思うくらいだ。

 そんな両親が私がいなくなったことに耐えられるのか。

 それ以前に、私はこの世界で生きて行けるのか。

 奇跡的に出会えた二人のおかげで、首の皮一枚で繋がっているだけだ。

 この二人の好意が無くなれば、やっぱり死ぬのだろう……。


「メノウ? 眠れないの?」


 優しい声がした。



 ――ルーリ視点――


 毛皮を被ったメノウがもう何度も寝がえりをうっていた。

 足がボロボロになるまで歩いたのだ。

 疲れているだろうに。

 きっと何か考え事をしているのだろう。

 いや、不安なのかもしれない。

 でも、明日のために少しでもゆっくり休んでほしい。

 正直、今日は疲れた。

 メノウが現れたこともそうだが、強行軍で森を抜けてきた。

 襲撃を恐れてずっと気を張っていたのだ。

 運よく、魔物に襲われることは無かったのだが。

 でも、メノウのことが気になって仕方なかった。

 メノウの寝顔を見ないと私も眠れないと思ってしまった。


「メノウ? 眠れないの?」


 私はメノウに近づき、そっと声をかけた。


「……うん」


「何か考え事?」


「うん」


 水属性魔法の初級魔法に、スリープという、対象を眠りに落とす魔法がある。

 私は、水属性の魔法は下手なので、眠気が起こる程度の効果しかないが、使ってあげれば良かった。

 でも、私は話を聞くことを選んだ。


「ねぇメノウ。私で良ければ話してくれない? ちょっとは落ち着けるかもしれないわよ?」


「話したら、言葉に出したら、耐えられなくなりそう。ダメになりそう」


「そうなっても、私は傍にいてあげるから。全部出しちゃお?」


 私はメノウのすぐ隣で横になり、手を握った。


 メノウはポツポツと話し出した。

 元の世界にもどれるのか。

 戻れる方法があったとして、それは自分にできることなのか。

 幼馴染のこと。

 両親のこと。

 そして、私とリステルのこと。


 はじめは普通に喋っていた。

 徐々に声が震えだして、目に涙を浮かべていた。

 最後は、嗚咽を漏らしながら、私とリステルのことを話した。

 見捨てられるのが怖いこと。

 だから必死に頑張ることを決めたこと。

 でも、利用しようと、取り入ろうとしているようで、罪悪感でいっぱいだと言うこと。

 何も返せるものがないこと。


 私は堪らずメノウを抱き寄せた。


「大丈夫。見捨てたりなんかしないわ。元の世界に戻る方法は、私にはわからないけど、少なくともこの世界にいる間は、私はあなたの傍にいる。今は安心して寝ましょう? 眠れそうにないなら、眠くなる魔法をかけてあげるわ」


「ありがと。ねぇ魔法をかけてもらっていい? このままじゃ眠れなくて、迷惑かけちゃいそう」


「今は迷惑なんて考えなくて良いわ。じゃ、かけるわね」


「夢路行く者の、水の如く揺蕩う心を安く守りませ。今安寧の眠りを与えん。スリープ」


 すると、嗚咽を漏らしていた声がなくなり、力が抜けていくように見えた。

 このまま寝入るだろうと思っていたら、思いっきり胸元に顔を埋めるようにして抱きつかれた。

 腕はしっかりと背中に回され、固定されていた。


「ちょっ! メノウ?! どうしたの? ……もう寝ているのね……」


「ルーリどうしたの? 早く寝ないと……時間が……えっと……。お邪魔だった?」


 リステルが心配して声をかけてくれたんだろうけど、タイミングがすごく悪い。


「あのね! あのね!! スリープをかけてあげたら急に抱き着いて寝ちゃったの!!」


「あ……うん……。声は聞こえてたから知ってるんだけど。ルーリもメノウを抱きしめてるじゃない?」


 うん。私も思いっきりメノウを抱き寄せてたわね!


「辛そうにしてるから慰めてあげようと思っただけなの!」


「まぁ、出会ってすぐに、そこまで仲良くなれるのは良いことだよ。私はメノウに避けられてるだろうし。本気で殺すことを考えてたから仕方ないね。怖がらせちゃったし。私だと抱きついてくれないだろうね」


「メノウ、別にリステルを怖がったりしてないみたいよ? 心配してくれてありがとうって言ってたわよ?」


「そっそう?そうだったら良いわね」


「……ねぇリステル? メノウに抱きついてほしいの?」


「なっ!! そんなわけ!! ……はぁ。実はちょっと羨ましいって思った。メノウと冗談言い合ってるのも見て、良いなって思っちゃった」


「これからそういう機会はまだまだあるわよ」


「ふふっ。そうね。もうちょっと私からも歩み寄ってみるわ。ねぇルーリ?」


「ん?」


「あなたと出会ってまだ数日しか経ってないけれど、ルーリとメノウに出会えてよかったと、私は思ってるわ。切っ掛けを作ってくれてありがとう。ルーリ。おやすみなさい」


 そう言ってリステルはテントの幕を閉じた。

 胸が熱くなるのを感じた。

 私を抱きしめたまま寝入ったメノウをぎゅっと抱きしめ返し、頭に顔をうずめる。

 凄く良い匂いがした。

 心地いい気分のまま、私も眠りについたのだった。

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