ハルモニカ王国編

冒険者ギルド

 ゆらゆらゆら。


 体が揺られるのを感じる。

 大したことはない揺れだけど、頻繁に起きるようになって3日目くらい。

 しかも徐々に強くなってる気がする。

 私は少し歩く速度を速めて、石畳の上を歩く。

 目的の場所は、冒険者ギルド。

 綺麗な両開きのドアを開けて中に入り、受付の一つへ向かう。


「ルーリさんいらっしゃい。採取の報告かしら?」


 受付のお姉さんは笑顔で話しかけてくる。

 私は、自分の評判があまり良くないのを知っている。

 悪い噂が流されているのも知っている。

 このお姉さんも知っているだろう。

 でも、嫌な顔を見せないのは気分的に少し助かる。


「いえ、今回は依頼を。キロの森の奥にある、喪失文明期の遺跡までの護衛と、遺跡での調査補助をお願いしたいです。女性限定で」


「……依頼って、魔導技術マギテックギルドの依頼かしら?」


 ほんの少しだけお姉さんの声が低くなった気がする。

 まぁお姉さんの対応もわからないでもない。

 私は冒険者ギルドと魔導技術マギテックギルドの両方に所属している。

 活動は後者が中心。

 そして悪い噂とは、魔導技術マギテックギルド内でのことが多いからだ。

 そのせいで私が魔導技術マギテックギルド内でも孤立した存在だと、お姉さんも知っているはず。


「いえ、個人的な依頼ですので、魔導技術マギテックギルドは関係ありません。報酬はちゃんと用意できますので、安心してください」


「そうなの? うーん……。日時はいつ頃がいいのかしら?」


「早ければ早いほど嬉しいですね。できれば今日誰かと契約して、明日は準備、明後日の朝には出発したい所なんですけれど……」


「急な話ね。ちょっと厳しいかも? 今ちょうど、大規模討伐の依頼が街から出ててね? 報酬もいいから、ほとんどの人が討伐に参加しちゃってるの。だから残ってる人は採取が得意な人とかで、腕もそんなに良くないのよ。それに女性だけってなるともっと難しくなるわね」


 そう言われて、私はギルド内を見渡す。

 頻繁にここに来るわけではないけど、なるほど確かに人が少ない気がする。

 他の受付にいる人は、何かの依頼を頼んでいるか、採取の報告をしている人だろう。


「うーん。一人心当たりがあるんだけどね? その子、今日くるかなー?」


「でも、討伐依頼に参加してないってことは、腕前はお世辞にも良くないのでは?」


「あーそれは大丈夫。お金には困ってないみたいで、自分の興味ある依頼しか受けない子なのよ。腕前に関しては、この街の根つきの冒険者で一番強い男がちょっかいかけて、それをコテンパンにのしてるから」


 ちょっと筋骨隆々のいかついおば……お姉さまを想像してしまった。

 ……怖い人はやだなー……。

 そんな贅沢なことを考えていると、誰かがギルド内に入ってきたようだ。

 受付のお姉さんがすごく嬉しそうに手を振っている。……ちょっと可愛いと思ってしまった。


「リステルさーん! 丁度いい時にきましたね! リステルさんが興味を持ちそうな依頼がありますよー!」


 私はリステルさんと言う人を確認するために後ろを見、硬直した。


 手を振って笑顔でこちらに向かっているのは、私と年齢が同じくらいの綺麗な少女だった。

 腰まである透き通るような銀髪で、目は艶やかな赤色をしている。

 膝まであるペリースをかけ、ジャボを首から下げていて、膝が見えるくらいの長さのスカートに、ロングブーツを履いている。


 しばらくぼーっと見つめてしまった。

 いかついおば……お姉さまを想像してただけに、その落差に思考が停止していた。

 どこかの貴族のご令嬢と言われた方が納得できるほどに、綺麗だった。


「こんにちわ。依頼ってどんな依頼ですか?」


「こんにちわリステルさん。遺跡までの護衛と、遺跡での調査補助。依頼主はあなたの横に立っているルーリさんって言う人よ」


「おー。護衛はともかく、遺跡調査かー。ちょっと楽しそう」


「いつ頃行けそうですか? ルーリさんは早ければ早いほど嬉しいって言ってるんですが」


「うーん。遺跡までの片道時間とか色々詳細を今から詰めるとして、往復一週間くらいだったら明日のお昼からでも行けそうかな?」


 ぼーっと見惚れていた私を置いて、話がどんどん進んでいた。

 ハッとした私。


「あっ初めまして。ルーリと言います。あの、依頼を受けてもらえるってことでいいんですか?」


「こちらこそ初めまして。リステルです。遺跡の調査ってどんなことをするのか興味があるので、受けてもいいと思ってますよ」


「あの、その、ちょっと言いにくいことなんですが、ほんとに実力はあるんですか?」


「えーっと。どいうことです?」


「あー私がさっき、リステルさんがこの街で一番強い冒険者をはったおした話をしたからですね」


「あー……。私がこのフルールの街に来て、初めてここのギルドに顔を出した時のこと? いやらしい目で私をみて、触ろうとしてきた人?」


「ですです」


「伸ばしてきた手を払って軽く頬に平手打ったら、ものすごく怒って剣を抜いたから、そのままはったおしたのよね。……え? あれで一番強かったの? 剣も魔法も使わなかったんだけど……」


「根つきの冒険者で一番だったのは確かですね。今把握してるこの街にいる冒険者内でも、かなり実力がある人ですよ? 女好きで怒りっぽいところがありますが、面倒見も良くて評判も悪くない人ですよ」


「リステルさん魔法使いなんですか?」


「んー。魔法剣士って言ったほうがあってるかな?剣も魔法も両方使いますよ」


 驚いた。

 魔法使いの数は多くない。

 ましてや、戦力になる魔法使いとなるともっと少なくなる。

 そして、魔法を行使するにあたって大事なのは集中力。

 普通の魔法使いはパーティーを組んで、前衛に守られつつ魔法の行使に集中する。

 これが魔法使い内での常識。

 それを剣で戦いながら魔法を行使するというのは、異常なのだ。

 魔法剣士と自ら名乗れるのは、魔法の腕と剣の腕、両方の実力が確かなものだけが許される称号のようなものなのだ。

 なるほど、一人で行動しているわけだ。

 余程のことがない限り、一人でも問題ない。或いは、下手に仲間がいると邪魔にしかならないのだろう。

 受付のお姉さんを見る。

 魔法剣士という単語に驚いた様子もない。ということは、事実なのだろう。

 様子を見ている私を見て。


「私ではご不満ですか?」


「いえ、失礼しました。驚いてしまいまして。報酬の上乗せも考えますので、良ければ受けていただけないでしょうか?」


「ではでは、依頼を受けるということで、話を詰めていきましょう」


 お姉さんが話を進めていく。


「場所はこの街の東門から出て、おおよそ北東寄りにあるキロの森にある喪失文明期の遺跡です。歩いて片道1日半といったところでしょうか? 獣も魔物もそんなに強い種は確認されていませんね。襲ってくるとしても狼種くらいでしょう。私でも、2~3匹なら倒せます」


「あら、意外とお強い」


「ルーリさんも確か魔法使えるんでしたっけ? 討伐の依頼を受けていた記憶がないので、実力は知りませんでしたが」


「私が郊外に出るのは、自作の魔導具の実験をするのが主な目的で、採取は郊外に出たついでなんです。そんなに街から離れた場所には行かないので、獣にもそんなに襲われることはないんですよ。たまに対獣対策の魔導具を作った時に、自分から探すことはありますけど」


「魔導具をご自分で制作されるのですか?」


「私は普段、魔導技術マギテックギルドで活動しているんです。新しい魔導技術マギテック論の研究や、新しい魔導具の研究、開発、制作が私の主な活動内容です」


「ああ、そう言えばそのマントって魔導技術マギテックギルドメンバーに配られるものでしたね。他の街でも見たことがあったので。っということは、この依頼は魔導技術マギテックギルドからの依頼ってことになるんですね?」


「あ、いえ。私の個人的な依頼になります。魔導技術マギテックギルドは一切関係ありません。遺跡の調査に、私が自作した魔導具を使いたいのです。できれば道中にもですね」


「わかりました。こちらはその条件で大丈夫です。で、依頼料なんですが」


「金貨3枚の予定でしたが、魔法剣士のリステルさんが受けてくださるのなら、金貨5枚までは出します。それ以上は申し訳ないですが、ちょっと厳しいです……」


「あ、お金は別にいいんですよ。今のところ困っていませんし。そうじゃなくてですね、依頼額を少なくしてもいいので、調査で使う魔導具以外で、ルーリさんが作った魔導具をいくつか私に見させてほしいんです。見せてもらえるのなら、金貨1枚で依頼を受けてもいいです」


 また驚いた。

 相手から値切ってくるとは思ってもみなかった。

 値上げを要求されると思っていたのに。

 しかも、魔法剣士である人からだ。

 普通、交渉するときは実力にあった額を要求する。

 まぁ吹っ掛けてくる人もいるだろうけど。

 今回は自他ともに認める、実力のある魔法剣士だ。

 3日ほどが拘束期間になるが、護衛だと1日金貨1枚でも相場としては高いほうだ。

 これが実力のある人になると、ましてや、魔法剣士になると3日で金貨10枚と言われても、高くはないのだ。

 それくらい道中の安全には変えられないのだ。


 え?

 良いの?

 私の作ったもの見せるだけでいいの?

 いっぱいあるよ?

 実用性があるものから微妙なものまで。

 荷物は少ないほうがいいけど、私は空間収納っていう魔法が使える。

 目に見えない空間に、道具などをしまえる便利な魔法だ。

 私の場合はあんまり容量はないけど、それでも普通に荷造りするより遥かに手持ちは少なくできる。

 たぶんリステルさんも使えるのだろう。

 だって今彼女、干した果物食べてるもん。

 手荷物を一切持ってなかったのに、どこからともなく取り出したということは、そういうことだろう。


「ちょっとまってちょっとまって! 勝手にギルド無視して値引き交渉しないでください!」


 お姉さんが慌てている。

 そりゃそうだ。ギルド側は仲介料として、成功報酬予定の一割を依頼主から、依頼紹介料として、成功報酬の一割を冒険者側が納める形式を取っている。

 別の街へ行く場合の護衛依頼等はもう少し変わってくるのだけど、それは横に置いておこう。


 今回の報酬の場合、金貨3枚だと、それぞれから銀貨30枚、合計銀貨60枚にもなる。

 値上げ交渉ならギルド的にも儲かるからいいだろうけど、目の前で勝手に値下げ交渉されるのは、嬉しくないのだろう。


「流石に私も、三日ほどかかる依頼を、金貨一枚で依頼するのは申し訳ない気がするので、金貨3枚でお願いしたいと思います。あ、魔導具は持っていくことにしますので、安心してください。これならギルド側も問題ないですよね?」


「そうですね。3日間の拘束期間で金貨3枚だと相場よりは高くていいですね。ただこれは、ギルド側の問題ってだけではないんですよ。リステルさんの問題でもあるんです」


「え、私?」


「リステルさんみたいな実力者が安請け合いをしてしまったことが周りに知られると、他の冒険者の方々に依頼がいかなくなるんですよ」


「私、今のところ興味がある依頼しか受ける気ありませんよ?」


「それでも、リステルさんが安く依頼を受けてくれるかもしれないって知れば、リステルさん指名の依頼が絶対に多くなります。それが簡単な内容だったとしても」


「あー。何となーく言いたいことはわかりました」


「ですので! ギルド側としては、値上げ交渉はともかく、値下げの交渉はしてほしくないんです」


「では、金貨3枚でお願いします。出発はいつにしますか?」


「明日は一日準備に使いたいです。食料の準備等、必要なことは私がしますので。急ですが、明後日の早朝からの出発で大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。待ち合わせはどうしますか?」


「6時に東門の守衛詰め所前でお願いします」


「わかりました。では当日からよろしくお願いしますね」


「それでは、依頼の登録手続きと、依頼を受理した手続きを行いますね。ルーリさん、ギルドカードと報酬と仲介料をお願いします」


 私は金貨3枚と、銀貨30枚とギルドカードを渡した。

 お姉さんは机に描かれた魔法陣にギルドカードを乗せて、何か操作をしている。

 おそらく、依頼情報をギルドカードに入力しているのだろうけど、職員じゃないから詳しいことはわからない。

 魔導具の一種だと思うけど。

 ちょっと興味がある。

 以前、聞いたことがあるけど、教えられないとのことだ。

 残念。


「依頼の登録完了しました。はい、ルーリさん。ギルドカードをお返しします。次はリステルさん、ギルドカードを提出してください」


「はーい」


「ありがとうございます。これで依頼の受理の手続きも完了しました。カードお返ししますね。では、気をつけて、無理をしないようにしてくださいね。後、完了報告はルーリさんがしてくださいね。今回は成功も失敗も、判断はルーリさん自身になりますので」


「わかりました。登録ありがとうございます。それではリステルさん。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、魔導具、楽しみにしていますね!」


「ご期待に添えるかはわかりませんが、準備しておきます。では、私は準備に取り掛かりたいので、お先に失礼します」


「はーい。また明後日にー!」


「ルーリさんいってらっしゃい!」


 一通り挨拶を済まし、冒険者ギルドを後にする。

 さて、準備を始めよう。

 幸運にも、腕の立つ人が依頼を受けてくれた。

 失敗にならないように、入念に。

 後は、魔導具。


「喜んでくれるといいな……」


 定期的に作成したものを売ることはあるけど、人に披露する機会は全くなかった。

 なので、人の反応が見られると思うと、ちょっとドキドキすると共に、楽しみになっている私がいた。


 こうして時間は過ぎていくのであった。


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