756年
アオクマ紳士
756年 崩御
国は暗かった。
珍しく雲は黒く太陽を隠し、不吉にもいつも吹く恵みの南風は静まっていた。
大人はもちろん、無邪気な子供ですら不安気な顔をしていた。
土の城壁で囲われた小さな国、サルゴンの中心にある小さな瓦葺きの宮殿は緊張が走っていた。王であるレブユが今まさに死の床に伏していたのだ。一族の者は全員彼の寝室に集められていた。
彼は時には子供に無礼にも「オー・ボー(お爺ちゃん)」と呼ばれてもそれを喜び、共に遊び、時には寝る間を惜しんで執務に励み、時には民と意見を交わし、時には威厳に満ちた岩の如き態度で他国と交流した。そんな名君である彼の治世は王道楽土と呼ぶに相応しく、全ての民に慕われ、それが逆に民に不安と悲しみを植え付けていた。彼の息子・娘は多く居たが全員死に、孫である三女ウルと五女イリヤを除き親族はいなかった。ウルは間違いなく、王位継承を受ける事になっている。ウルは736年生まれの20歳で、イリヤは738年生まれの18歳。どちらも金髪の別嬪さんだ。
彼の部屋に医者兼占い師が駆け込んで来た。
その医者兼占い師は毒風のせいで石の様に固くなってしまった彼の手足を触診し、
「もう長くは無いでしょう。ご存知の通り、北の死の山の向こうにある古代都市からの毒で、この土地に住む者は50も生きられません。まして、レブユ様は76歳であられます。もはや手の施しようは無く、定めとしか言いようがありません。」と告げた。
それを聞いたオジジ(宮廷従事者。女の場合はオババ。)の一人が憤慨し、
「それでも医者か!」と怒鳴り、殴り掛かろうと大股で医者に向かった。
それを、占い師である老婆(通称:大オバ)が制止した。
大オバは、
「医者の言う通りじゃ…。それがこの世界で生きる者の定めなのじゃ…。」とオジジに諭した。そのオジジは急に真っ赤だった顔の色が引き、ため息をついて落胆した。
レブユは裏返った弱々しい、聞き取りづらい小さな掠れ声で、
「ウルとイリヤはおるか…?近う寄れ…。」
「はい。」
二人はその弱い声が聞こえるほど近づいた。
レブユは言った。
「いいか。民は宝だ。民が居なければ国は無い。民を第一に考えろ。協力して、民の安寧を守るのだ。」
「はい。」
「はい、お父様。」
二人とも悲しみと不安と重責で泣きそうだった。レブユは続けた。
「安心せい。サルゴンの神の御加護が付いておる…。二人とも、喧嘩するなよ…。」
と言った直後、レブユは口が呆けた様に開き、まぶたの震えが止まった。大オバが察し近づいて、半開きになった光の無い彼の目をそっと閉ざしてやった。
その瞬間、察した周りの王族やオジジ、オババは声を上げて泣き始めた。その声を宮殿の外で聞いた民も察し、徐々に悲しみの泣き声が広がっていった。
756年5月2日、レブユ王が崩御した。
宮殿は悲しむのも束の間、すぐにウル女王の即位の式典や手続きの準備を始めた。そうして756年同月9日、ウル女王が即位し、イリヤは王妹となった。ウワデスフという二人の幼い頃からの教育係である四角い顔をした、気の良い白髪の老人の男が補佐となった。
民は先代のレブユ王を悲しむと共に、新たな若き女王の誕生を祝福した。
雲はまだ、太陽を隠していた。
756年 アオクマ紳士 @aokuma-shinshi
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