小人さん語り<手紙編>1

 キッカケは、些細なことだった。

 回収してきた箱の中にあった、二つ折りの紙だ。

 容器をそのまま入れて返してくる奴は、存外多い。ついでとばかりに紙コップやら味噌汁の空袋やら、もっとひどいとタバコの空箱なんかも入っているので、これもそのたぐいだと、紺野こんの瑞貴みずきは考えた。ただ、それにしては綺麗に折り畳まれていることが気になり、開いてみることにする。クレームだったら、対処が必要だ。無視はできない。


『カレー、おいしかったです。これ、ラー油が入ってたりしますか?(違ってたらすみません)』


 真っ白なメモ用紙に書かれた内容に、瞠目する。

 いままで、一発で言い当てられたことはなかった隠し味。中華料理店を営んでいた祖父が作っていた、メニューには載せていないカレーである。働いている店の賄いとして作っていたものを店主が気に入って、今回の弁当メニューにも採用されたのだが、まさか顧客に見抜かれるとは思わなかった。

 箱の側面に貼られた名前を確認する。

 会社名と、六桁の社員番号。その隣に「今野み」とある。


 今野。

 コンノ。


 ……まさか、コンノミヅキ?


 ラー油カレーと、「コンノ」という名前。

 そこに紐付けられているのは、瑞貴にとっては印象深い記憶だ。

 祖父の店でやっていた、大食いチャレンジ。単品でもボリュームがある麻婆豆腐を大盛りにした企画は、成功者自体が少ないものだった。そのなかでも、最短記録を持っていたのが、自分と同名である「コンノミヅキ」なる人物だ。祖父いわく「おまえと似た年恰好だな」と言っていた相手に会ったことはないけれど、二十八歳になっても脳裏に刻まれている名前である。それぐらい、あの麻婆豆腐はすごいのだ。

 同世代ならば、会社勤めをしていてもおかしくない。

 瑞貴は注文履歴を確認する。

 すると、件の今野氏はいつもボリュームのあるメニューを選択していることがわかった。プラス百円で白米の量が増やせるのだが、その率が非常に高い。

(こいつ、変わってねーでやんの)

 喉の奥から笑いが漏れた。

 食べっぷりがいい奴は好きだ。繊細な盛り付けをする静かな料亭の仕事よりも、いまのように居酒屋に毛の生えたようなスタイルのほうが、自分には合っていると感じている。すぐ近くで客の顔が見られる店が、瑞貴は好きだった。

 翌日、今野氏の箱に御礼を記したメモを入れておいた。

 しかしまさか、さらに返事がくるとは思わなかった。大雑把な野郎だと勝手に思っていたが、意外と律儀というかなんというか。体育会系の男は、こういうものなのかもしれないが、意外性があって面白い。

 なんだ、いい奴じゃねーか。

 勝手にライバル心を燃やしていた相手に、好感が湧いた瞬間だった。



 今野とは、それからも手紙のやり取りをするようになった。内容は些細なことだ。大抵は、向こうが食べた料理について述べ、瑞貴は御礼とともに、料理にまつわるちょっとした裏話を書く。それに対して相手が反応を示して、こちらも返す。時には、オンライン社員食堂についての社内の反応なども教えてくれて、それらはメニューやサービスに還元している。

 いってみれば「お客様の声」だろうか。アンケート用紙を配ったところで、回収率は低いため、今野がくれる手紙は率直な「生の声」だった。


 店に持ち帰った箱を、同僚が先に開けたことがある。入っていた手紙を発見され、慌てて回収するハメになったため、瑞貴は配達先の食堂で、あらかじめ紙を確認するようになった。

 自分以外の人間に見られるのは、恥ずかしい。手紙の交換とか、いつの時代の人間だという話だ。

 しかも相手はヤロウである。そういう性癖はいっさいないが、傍から見ればかなりアヤシイ。


 その認識が変わったのは、提供メニューを精査するべく、男女別に注文状況を調査したときだった。

 プリントアウトしたリストを眺めていた瑞貴は、男性の欄に「今野」の文字がないことに気づいたのである。まさかと思って女性のほうを確認すると、そこには「今野美月」という名前があった。

「マジかよ……」

 今日、戻ってきた手紙を改めて眺めると、少し癖のある、筆圧の高そうな文字がいつもと変わらず並んでいる。

 最近になって、薄く色の入ったメモ用紙が使われるようになったが、単純に以前のものがなくなって、新しいものを使っているだけなのだと思っていた。貰ったはいいけれど普段使いには向かないし、かといって捨てるのも気が引ける。だから消費するためにここで使っているのだろうと、そんなふうに勝手に決めつけていたけれど、今野が女性であれば、このチョイスにも納得がいく。女子は、こういったものを好むだろう。

 同世代の女性だとわかった途端、胸の中がモヤモヤしはじめた。なんとなく捨てずに取っておいた手紙の数々が、女からのものだと思うと、心臓が落ち着かない。やばい。

 それからは、手紙にも気を使うようになった。

 開けるの面倒くせー、折り紙かよ、と笑っていた紙も、別の意味を持って開封に戸惑うようになってくる。

 これは、こちらも同じように、いわば「女子ウケ」するような折り畳み方にするべきなのかと格闘していると、店主の奥さんが参戦してきた。「なつかしー! 高校のとき、よくやったわー」とウキウキで教えてくれるのは助かったが、理由を問われて躊躇する。

 だが、こういうとき、女というのはどうにも察しがいい。


「なんだ、そうだったの。もう、紺野くんってば言ってくれれば協力するのにー」

「あの、なんか勘違いしてませんか?」

「え、だっていつもなにか書いて忍ばせてるのは、そのひとにだけなんでしょ?」

「いや、それは、なんとなく流れで……」

「べつにいつでも打ち切れるじゃない。なのに、やめずに続けてるんでしょ?」

 そう言われると、たしかにそうだと思った。はじめは、カレーに対する返事で、そこからは普段の料理に対する味や内容の話になり、いまはもっと日常的な内容も出てきた。ネットで見たおもしろニュースやネタ。他愛のない雑談に、瑞貴の知らない「一般企業」の話など。

 もはや、昼食とはなんの関係もない内容に終始している。

 今野の話は、楽しかった。とても面白い奴だと思っていた。

 もっと話がしたいと、そう思うようになっていた。

 知らず頭を抱えた瑞貴に、店主夫人はぐふふと謎の笑いを漏らす。ちらりと見上げると、とてつもなく嬉しそうな顔と出合った。

「まかせてー、応援するから」

「……勘弁してください」

「なになに、なんすか。俺も参加したい」

「おまえは黙ってろよっ」

 首を突っ込んできた同僚。その背後には店主が立っている。


 こうして瑞貴の「文通」は、皆に知れることとなった。




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