第462話 変貌を遂げた黒龍Ⅱ

「今度は俺からいくぞ」


「来い」


 黒龍ニゲル・クティオストルーデはそう言って指をクイッと動かして挑発を行ってきた。ミクちゃんのお陰もあって信じられない程の速さを手にした俺は、俺達が前の世界でいたときの物質では、言い表すことができない速度に到達していた。光――そんな温い速さではなかった。


「甘いな」


 俺の黒紅煉刀くろべにれんとうはいとも簡単に止められる。何なら俺は黒龍ニゲル・クティオストルーデに弾かれてしまい吹っ飛ばされてしまう。


 軽く振っただけに見えたのに、俺はなかなか空中で体勢を変えることができずにいた。


 3秒ほどしてやっと体勢を整えて地に足を付けると、黒龍ニゲル・クティオストルーデは数キロ先にいた。


「笑えないな~」


「そんな暇はないぞ」


 後ろからそう声がしたので俺は咄嗟に振り向いて、黒龍ニゲル・クティオストルーデの黒刀を受け止めた。信じられないスピード。俺でなきゃ見逃してしまうねって、某ハンター漫画のモブキャラの台詞セリフを言いたくなってしまう。


「この野郎……」


 と、のんきな事を思っている場合では無かった。黒龍ニゲル・クティオストルーデの力は凄まじく、今にも力負けしそうになる。歯を食いしばり、大地をしっかり踏みしめて、全身全霊で黒龍ニゲル・クティオストルーデの刀を押しのけようとした。


「ダア――!」


 普段、戦闘中に声を出さない俺は思わずそう発した。同時に黒龍ニゲル・クティオストルーデは後ろによろめくと同時に、驚いた表情を浮かべていた。


 好機チャンス――!


 ダメージを負うか負わんか正直知らん! しかし俺は声を上げながら黒龍ニゲル・クティオストルーデに一太刀を浴びせた。


 黒龍ニゲル・クティオストルーデの左肩から右の腰回りにかけて浴びせた一太刀は、黒龍ニゲル・クティオストルーデの鮮血を拝むことができた。


「やるな」


 黒龍ニゲル・クティオストルーデはそう言って、特に怯むこともなく俺に一太刀を浴びせた。当然ながら俺も痛みを知る事になる訳だ。斬撃無効が効かないからな。ただ今は黒龍コイツに対して恐怖や負けるかも――というネガティブな思考は完全に消え去っている。その為か、痛みは特に感じないでいた。この世界でも元の世界も含めて、俺が生きてきたなかで一番アドレナリンが放出されているのは間違いなかった。


 そこから俺と黒龍ニゲル・クティオストルーデの刀での連続攻撃合戦が始まった。常識を超えた速さでの刀での攻防は、キンキンと絶え間なく響く。俺が吹き飛ばされて、別のところでの戦闘でなければ、アードルハイムの住民達は刀と刀の衝撃波で体が斬り刻まれていたに違いない。


 と、いうのも俺達の刀での攻防で、アードルハイムの王都から離れた平原に点在する岩山が真っ二つになっていた。そして刀と刀の金属音は、リズムを表現できないほどの速さで響いている。


 一旦距離を置いて黒龍ニゲル・クティオストルーデとの間合いを見極める。


 黒龍ニゲル・クティオストルーデも俺を見据えている。


 互いに手を止めているのに刀と刀が重なる金属音は鳴り止まない。


「なかなか楽しめそうだ」


 破壊の象徴とは思えない程に、穏やかな笑みを浮かべた黒龍ニゲル・クティオストルーデ。破壊しか考えていなかった黒龍コイツは、純粋に俺との戦闘を楽しんでいるようだった。


「何でそんなに性格変わったんだ? 妙に冷静じゃないか」


「それを聞いて何の意味がある?」


「ただ、気になっただけだ」


「そうだな。さっきは自分の弱さに対して腹立たしくなったのだ。貴様等は俺様を止めなければ、この世界が滅ぶことが分かっているので、どんな手段を使ってでも止めにくる。よくよく考えれば当たり前の事で合理的だ。人数がどれだけ多かろうか少なかろうが関係ない。俺様との戦いは生きた者が勝利なのだ。そう考えると、俺様は貴様達の事を舐めていたのだ。しかし全力で向かってくる相手に対して、舐めた態度を俺様がとると足元を掬われると思ってな。そうして一旦冷静になってみようと考えたのだ。すると、今まで違った景色を見ながら、ナリユキ・タテワキ。貴様と戦う事ができている。何より人類最強の貴様が、龍族最強の俺様にどのような戦術を繰り出すのか楽しみでしかたない。認めやろう。貴様は俺様が会ったなかで最強の人間だ。龍騎士と訳が違う」


 不気味だな。いきなり俺の事褒めてくるなんて――。それに理性がありそうだから何をしでかすか分からないってのは無くなったけど、その分戦闘スタイルがガラリと変わり、突拍子もないアイデアで俺を攻撃してくる可能性も十分有り得る。


「戦いやすくなったのか、戦い辛くなったのか分からねえな」


「今の俺様は攻撃だけではないぞ?」


「どういう意味だよ」


「戦っていれば分かる」


 こうして話をしている間に俺の傷は完全に消えて体力も戻っていた。しかしそれは相手も同じことだ。俺達のこの戦いは、再生と回復が追い付かない程の攻撃量か、破壊力をもった攻撃を浴びせないと戦いは終わらない。強いて言うならMP切れで勝敗を決めるという手段もあるが、俺達に限ってそんな事はない――とは言い切れないが、比較的に可能性が低い決着だ。黒龍ニゲル・クティオストルーデは本当にマズいと思ったら、以前のように大技を繰り出して逃げる可能性もあるからな。


「戦術か……なかなか厳しい事を言うな」


「ユニークスキル、パッシブスキル、アルティメットスキルが俺様に効かないからか?」


「まあそんなところだ。俺はユニークスキルで戦うのが主流だからな。それを封じ込まれていると、わりとゴリ押しみたいなところになる」


「ならゴリ押しでくるがいい。俺様と楽しい戦いをしよう」


 そう言って黒龍ニゲル・クティオストルーデは口角を吊り上げた。その笑みはまるで俺を試しているかのようだった。

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