第460話 死の雨Ⅳ

 無情にも降り注ぐその死の雨は、帝都にいる人々に襲い掛かった。下は未曾有の大混乱に陥り、屋内へ逃げ惑う人々に容赦なく襲い掛かる。


「何という事だ――」


 青龍リオさんは力無くそう呟いていた。


 一方俺はというと、この凄惨な状況を見て怒りがこみ上げない訳がなかった。黒龍ニゲル・クティオストルーデへの怒りと、自分の無力さへの怒り。体全身から蒸気が出ているんじゃないか? そう思えるほど脳に血液が巡り、毛穴という毛穴が開いていた。


 この不快感。アードルハイム皇帝の時と同じだ。しかも黒龍コイツの場合はただ破壊をしたいだけの精神病質サイコ野郎。その悪行に何の目的もない。ただ、破壊する事がだけが目的であり何よりの喜びだ。


「あの野郎!」


 そんな折だった。突如として上空から無数の光が降り注いだ。


「この技は――?」


「ミクちゃんだ」


 俺が上空を見上げると、ミクちゃんが安堵した表情を浮かべていた。その安堵は俺と青龍リオさんが無事という事を確認できたものだ。


「小娘が――少しはマシになったようだな。それに今のスキルはどこか見覚えがあるぞ」


 そう。今のスキルは巫女の魂魄を宿したことによって入手したアクティブスキル、光輝燦然こうきさんぜん。あの無数の光が全てが、どれだけ致命傷を負っている生物であっても、自力で立てるほどまでに回復させる事ができる治癒ヒール


「良かった。全滅では無さそうだな」


 青龍リオさんはそう呟いた。険しい表情は消えてはいないものの、さっきと比べると随分とマシだ。


「それでも半分程の人が命を落としていますね。俺に防御系のスキルがあれば――」


「今はそんな事より黒龍ニゲル・クティオストルーデを何とかしないと!」


 ミクちゃんはそう言って、黒龍ニゲル・クティオストルーデに向かってレイピアを指した。


「確かにそうだ」


「ミク殿、ありったけの強化バフを頼めるか?」


「勿論です」


 ミクちゃんはそう返事をすると、黒龍ニゲル・クティオストルーデが「させるか!」と言い放ち、襲い掛かってきた。


「いけるよ」


 ミクちゃんはただ祈っただけだった。巫女の祈禱きとうと呼ばれるアクティブスキルだ。説明通り、信じられない速さでの強化バフが可能となっている訳だが、俺達に強化バフが付与されるまで一秒も経っていない。何より、強化バフで何が上がったのかというと、全てのステータスが、身体向上アップ・バーストの比では無いくらい向上している。攻撃力、防御力、MP量、身体能力、攻撃範囲などなど、もちろん、銃や剣での攻撃力が上がっているので、恐らくこの世界で一番強い強化バフスキルだ。


 そしてこのスキル最大の恩恵は、相手を倒すまで強化バフ効果が切れないのが強みだ。


「貴様の刀など片手で十分だ」


 そう言って、黒龍ニゲル・クティオストルーデの黒刀を片手で受け止めた青龍リオさん。当然ながら黒龍ニゲル・クティオストルーデは鋭い眼光で青龍リオさんを睨めつけながら不満気な表情を浮かべている。


「ぐぬうううう……ふざけるな!」


 その怒号は鼓膜が破れるような轟音だった。と、言うのも耳栓が発動している筈なのに微かに声が聞こえる。何より、ミクちゃんが苦い表情を浮かべているので、黒龍ニゲル・クティオストルーデの怒号がいかに五月蠅いかを物語っている。


 近くにいた青龍リオさんも俺と同様に耳栓のスキルが付いている筈なのに、苦痛の表情を浮かべていた。


「この俺様をここまでコケにするとはな」


 ミクちゃんの祈禱きとうで大幅な強化をされた青龍リオさん。俺から見ていても、それはゲームで言うところのチートレベルだった。実のところ俺より強くなっている。俺も今の祈禱きとう強化バフがかかっている青龍リオさんを倒す事ができるイメージが湧かない。どこか余裕があった今までの黒龍ニゲル・クティオストルーデは、祈禱きとうの恩恵を受けた青龍リオさんが、さっきの一撃を止めたことで、自身と青龍リオさんとの間に生まれた実力のギャップに焦りを感じているのだろう。


 と、言うのも黒龍ニゲル・クティオストルーデは、黒刀を受け止めている青龍リオさんに目を配っては、後方にいるミクちゃんにも目を配る。これの往復を数回繰り返していたからだ。黒龍ニゲル・クティオストルーデはさっきの刀を止められた1つの動作で、火力支援と回復ヒールを担うミクちゃんを、真っ先に潰すという戦術が通じないと悟ったのだろう。それにムカついて、ふざけるな! と怒号を散らしたのだ。


 リアルの世界でも、この世界でも、ゲームの世界でもそうだ。圧倒的な自信を持っているのに、数で畳みかけられては、その環境にもイライラするし、それを打破できない自分にもイライラする――。


 その状況に追い込んだのはいいものの、勝負はここからだ。先程のように何をしでかすか分からない。なのでどれだけ有利な状況になっていても、黒龍ニゲル・クティオストルーデと戦っている以上は、焦燥感は消えないのだ。


 正直なところ、黒龍コイツと対峙しているだけで胃がキリキリする。何なら100億円の借金を抱える方が全然マシだ。なぜなら黒龍コイツが存在しているだけで多くの人が命を落としまうからな。もう本当に止めてほしい。


「ナリユキ君。黒龍ニゲル・クティオストルーデの全身、さっきと比べて紅くなってきていない? それにMPも何か大幅に増えていってるよ!?」


「――マズいな」


 嫌な予感が的中した。また何かをしでかす気だ。

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