第391話 万事休すⅠ

 俺達は負けてしまい、身体のあちこちに傷を負い、立つことすら困難な状況だった。皆、意識を失ってはいないものの、身体が石のように動かないと共に、傷口の痛みが全身を駆け巡る。


「残念ですね。もう立てなくなりましたか。でもまあよく頑張ったと思いますよ」


 そう言って奴は高笑いをしていた。そして魔物になって意思がなくなった子供達が、横たわる俺達の様子を伺っている。


 闘志は剥き出しだ。奴が命令をすれば襲われ、死んでも可笑しくないレベルの重傷を負うことになるだろう。だからと言って諦めてたまるものか。


 俺は重い体を起こしてゆっくりと立ち上がった。


「ほう――まだ戦う意思があるのですか。随分と根性がある人間だったようですね」


「これは俺の宿命だ。ここで倒れる訳にはいかない」


「そうですか。立ち上がるのは非常に頼もしいですが、それでは本当に死にますよ」


「それでなくても俺達を殺す気だろ?」


「バレましたか。では――」


 奴がそう言うと魔物姿の子供達が俺に再び襲い掛かって来た。すると、他の皆も立ち上がるなり応戦をしてくれる。


「根性みせろや!」


 ランベーフはそう自分に言い聞かせるように叫ぶなり、邪竜アジ・ダハーカの姿へと変身していた。MPそのものはそれほど消費していないが、体力は限界を迎えている。勿論。それはランベーフだけではなく、俺も他の皆も同じ状況と言える。


 この局面を乗り越えることができなくては、今後も人を救うことはできないだろう――と何故か俺のなかでそう考えていた。これが直感的にそう思っているのかは分からないが、絶対に救ってやると腹を括っていたからだ。それにここで俺の命が尽きても構わない。自分の命を犠牲にしてでも必ず救う。だからここで倒れる訳には絶対にいけない。どれだけ体力が無かろうが、どれだけ痛かろうが、どれだけ身体が自由に動かなかろうが、強い意志と根性で無理をしてでも動く!


 そう誓っているだけで体は意外と動くものだ。


 俺はそこから一心不乱に魔物化した子供達と戦った。結局レイが言っていた通り、殺す気で戦わないとこっちがやられてしまう――。そう吹っ切れてから、少々の怪我を負わせてもいいだろという判断に至り、気絶だけをさせるという厳しい縛りを無くして、ごく普通の戦闘を繰り広げた。確かに、実験中の子供と比較すれば段違いで強く、その上に数で襲い掛かって来るので、一人で戦うことができる人数は当然限られてくる。


 爪を使った持ち前の近接戦闘で何人もの魔物化した子供達を倒していった。


「戦い方を変えるだけで何とか凌ぐことができましたね」


「あとはあの男を捕らえるのみ――」


 アリスとフィオナがそう声を漏らした時だった。


「おめでとうございます」


 そう拍手をしながら闇の中から突如姿を現した奴。


「仕方がありませんね。光栄に思うといいでしょう。今日完成した最高傑作の試運転と行きましょうか」


 眼鏡をクイッと上げて不気味な笑みを奴は浮かべた。


 俺達が再度戦闘態勢をとると、奥からズシズシという音が聞こえてくる。


「何か来るな。このニオイはなかなか手強いぞ」


「なかなか大型の魔物だ」


 カルロータは犬のように鼻を利かせ、レイは耳を澄ませてそう呟いた。


 しばらく様子を見ていると、俺達の前に現れたのはとんでもない魔物だった。正直なところ俺は噂程度しか聞いたことがない――。


「な――なにあの怪物!?」


 そう言ったのはシュファだった。どうやらこの魔物の正体を知らないらしい。


「こんなところで拝むことができるとは思っていなかった。本では見たことがあるが俺も見るのは初めてだ」


 レイの感想に、アリス、エヴァ、ランベーフが固唾を飲み込み頷いた。カルロータもシュファと同様この魔物の正体は知らないらしい。


 黒山羊やぎの頭と体長3m程の屈強な肉体に、背中には黒翼を生やしている。そして俺が暴走したときに現れるような鋭利な爪が生えている。


「あたしも話には聞いたことがある程度で、主な生息地は魔界のはず――どうやってバフォメットの情報を入手したのか疑問……」


 そう声を漏らしたのはフィオナだった。そうこの魔物の正体はバフォメット。普段は魔界にいるはずの魔物だ。魔族、竜族、森妖精エルフと同様に凄まじい量のMPを持つ魔物。それに加えて残虐性を持つ魔物だ。何なら、バフォメットの姿を目にした者は生きて帰る事ができないと言われている程だ。危険度は勿論Sクラス。戦闘値はおおよそ6,000程の怪物。


「凄いでしょう? こんなところでバフォメットの姿を拝むことができるのは光栄な事でしょう? 普段、この世界に姿を現さない筈のバフォメットのサンプルが手に入ったんですよ」


「――と言う事はバフォメットのサンプルを入手できる程強い人間がそっちにはいるってことか?」


「当然です」


 奴はそう言って口角を吊り上げると、奥の方から足音が再び聞こえきた。その姿を見て俺は上手く笑う事ができなかった。そんな冗談誰が信じるもんか。というかこんな事があっていいのか? いや、あってはならない。これはきっと悪夢だ。


「これは流石にマズいな」


 レイがそう言って冷や汗を流すほどだ――。当然、冷静なエヴァも苦笑いを浮かべていた。


「そんなん言うてても仕方ないやろ。全力出すしかあらへんやん。お前等絶対に死ぬなよ! この敵に舐めてかかったら一瞬で死ぬんやからな!」


 ランベーフの言う通りだ。


 何故なら俺達が相手にするのは、バフォメットを3頭なのだから――。

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