第390話 研究施設Ⅲ

「――奴は何者だ?」


 レイがそう問いかけてきた。俺はレイに気付かれるほど感情が剥き出しなのか。


「名前は生憎だが思い出せない。だが、俺をこんな姿にしたのは奴だ」


「成程な」


「ほう。僕が担当した実験体だったか。確かに一時期亜人をたくさん造っていたね」


「お前はここで殺す」


 俺はそう言った瞬間奴に襲い掛かっていた。まるで体が反射的に動いたかのようだ。


「残念だけど僕はただの研究員じゃないんだ」


 奴はそう言って口角を吊り上げるなり、俺の拳を避けた。クソ――。間に合わない――。


 奴の顔面を掠った俺の右腕――。そのまま腕を掴まれるなりボキッ! と鈍い音を立てた。腕の力が全く入らない。


「馬鹿め。無暗やたらに突っ込むからだ」


 レイはそう言って俺に対して苛立ちを見せていた。まあ、他の皆は心配をしてくれているがな――。それよりこんな男がここまで強いのは予想外だ。腕もあんな簡単に折られるとは思わなかった。


「ほう――戦闘値はなかなかのものですね。流石にこの人数を相手にするのはマズそうだ」


「奴を逃がすな!」


 エヴァの号令で俺とレイ以外の人間が飛びかかった。


「ショータイムの始まりです」


 奴はそう言うと姿を消した。同時にブーブーという警報音があちこちで鳴っている。


「ここの子供達は皆実験に成功しているのです。つまりどういう事か分かりますね?」


 施設内に不気味に響く奴の声。


「さあ出てきなさい!」


 奴がそう言いながら高笑いを始めた。一体何が起きるというのだ?


 そう思っていた時だった――。


「マズいわね――」


「ちょっと! これ全部相手にするつもりですか!?」


「本当に非道ですね」


 エヴァ、シュファ、アリスの順にそう呟いていた。辺りを見てみると、さっきの警報音と共に現れ出て来たのは

、水槽のなかに入っている子供達だ。これは流石にマズい――。ここの空間だけで500人くらいいるぞ――。


「ここに入って来たのが運の尽きです。さあ! 僕に君達の見せてください!」


 奴がそう言ったと同時に襲って来た子供達。魔物化にはなっていないものの、この人数を無傷で連れて帰るのは無理がある――。ちょっと待て――。まだ魔物になっていないのであれば――。


「お姉ちゃん達助けて!」


「身体が勝手に動くんだ!」


「嫌だよ戦いたくないよ!」


「俺を殺してくれ!」


 少年、少女達は涙目になりながら俺達に襲い掛かって来たのだ。どうすればいい――。


「とりあえず、全員気絶させるのよ!」


 エヴァがそう言うと、シュファ、カルロータ、ランベーフは頷き、子供達一人一人に謝罪しながら気絶させていた。アリス、フィオナ、レイは既に何名かの子供を気絶させていた。


「成程――」


 そうは言ったものの子供達の戦闘値はなかなか高い。気絶だけという縛りがあると動きにくいのは明白だ。案の定、俺は子供達の攻撃を何発か受けている。切り傷もすれば、打撲もする。それでも何とか子供達に傷を負わせることはできない。


「ほう。なかなかやりますね」


「見てないでここに来て俺と戦え!」


 俺はそう怒号を散らしながら辺りを見渡した。しかし当然奴は姿を見せるはずもなく――。


「生憎僕は戦闘狂では無いのですよ。むしろ見ている側の方が楽しいですからね」


 その台詞で奴の口角が吊り上がっているのが容易に想像できる。本当になぶり殺しにしてやりたい気分だ。


 そこから数十分の事だ。気疲れが半端じゃないので、皆は子供達の攻撃を受ける数が多くなってきた。


鏡花水月きょうかいすいげつを使いたいですね――」


「それはマズイから止めておいた方がいいわ。今、子供達は洗脳の状態にかかっているの。そこにさらに貴方の幻惑を見せるという一種の洗脳を行うと、子供には大きな負担がかかってしまうわ」


「そ――そうでしたか」


 アリスの鏡花水月きょうかいすいげつを止めたのはエヴァだった。確かに自分の意思とは関係なく、指示された行動をとってしまう強力な洗脳だ。体が未熟な子供達にはあまりにも負担が大きい。それこそ、魔界の扉イビル・ゲートと同じくらいの負担がかかるんじゃないだろうか?


 体中のあちこちに傷を負いながらも何とか子供達を全員気絶させることに成功した。


「何やめちゃ疲れたわ」


「何とか――なったな」


 ランベーフ、カルロータがぜえぜえと息を切らしながらそう呟いた。


「ほう――なかなかやりますね。でもまだまだゲームは始まったばかりですよ」


 奴がそう言うと警報音が再び鳴り始める。奥にある扉から出てきたのは魔物だ。しかしここにいる魔物は――。


「これ、もしかして全員子供ですか!?」


「ゴブリン、牛獣人ミノタウロス、アンデッド、天使――数えていたらキリが無い程の種類がいる!」


 アリスとフィオナがそう目を丸くさせて後ずさりをしながら出てくる魔物を睨めつけていた。


「ああ――悲しいことだがな」


「流石の俺でも魔物姿の強力な子供を気絶のみの攻撃はできない。下手をすれば子供の命を奪ってしまうぞ」


 レイはそう言って俺に目を合わせてきた。このままじゃやられる――とレイは言いたいんだ。


「命を奪う事だけは駄目だ! 絶対に!」


 俺がそう言うとレイはチッと舌打ちをした。


「仕方ない」


 そこから第二ラウンドのゴングが鳴り始めた。


 ただ気付けば俺の体どころか、皆の体がボロボロになっていた。あれから一時間程戦ったのか――。


 俺は力が全く入らずにいた。


 俺の判断がこの結果を生んだんだ。俺達VS魔物化した子供達500人の戦いは、俺達の敗北という結果になった。


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