第375話 研究施設の真相Ⅰ

「行くぞ」


 俺がそう言うと、アリス、フィオナ、エヴァ、レイの5人で押しかけた。


「すみません。ちょっといいですか?」


 そう言って声をかけたのはアリスだ。男は俺達の方に振り返るなり警戒心を強めていた。


「な……なんだお前達は」


 黒い服に身を包んでいる眼鏡をかけた男性だ。それに左胸にはハチドリがデザインされている金色のバッジを付けている。それは施設の人間だという事の証。年齢は60代前後だ。


「貴方はネイロン・ビアーズさんで間違いなかったですか?」


「そうだが――冒険者が私に何の用だ?」


「少しお話があります。家に入れて頂けないでしょうか?」


 アリスがそう打診するとビアーズは眉間に皺を寄せていた。


「何者か知らない貴様等を何故家に上げなければならないのだ」


「施設の件についてですが――」


 エヴァがそう言うとビアーズは表情が剣幕になった。


「何故私が施設の人間だと知っているのだ――」


「色々ありまして少しお話を伺いしたいのです」


「何について聞きたい?」


「施設の場所です」


 エヴァがそう言うとビアーズは数秒悩んでから「入れ」と漏らした。思っていたより話が分かる奴で助かる。


 家に上がらせてもらうと、絵画やら像やら色々と置いていた。魚も飼っているようだ。家はそこそこ広い割には家族がいる気配はない。独身なのだろうか?


 俺達はソファに座らされた。このソファもなかなか高級感があった。座り心地もいいし家具に拘りを感じる。アンティークな時計やどこの国か分からない珍しそうなコインも置いている。


「まず名乗ってもらおうか」


 ビアーズは俺の顔をしっかりと捉えていた。亜人が人間に紛れ込んでいるのが不思議で仕方ないのだろう。


「アリスです」


「エヴァよ」


「フィオナです」


「フォルボスだ」


 俺がそう言うとビアーズは驚いた表情をしていた。


「亜人が自我を保ちながら喋った……」


 ビアーズは目を丸くしてそう言っていた。


「なあに簡単な話だ。俺は施設で生まれた怪物なんだからな」


「成程……という事はダヴィツの所の子供か?」


「ああ。そうだ」


「それにこの冒険者パーティーに、記憶を取り戻したフォルボス君――何となく予測はできたが念のために聞こう。君達は何の為に施設の場所を知りたいんだ? 正直に話をしてくれないか?」


 ビアーズは腕を組んで俺達全員の顔を伺っていた。まず口を開いたのはエヴァだった。


「つい最近に姿を消したディオール・エヴァンス君の行方を追っています」


「成程。結論エヴァンス君はまだ生きているよ。ただ、今の状態はショッキングかもしれないな」


 すると、エヴァは直ぐに席を立った。俺よりも先に立ち上がったから驚きだ。


「ならばこうしてはいられない。今すぐにでも助けに行くわよ。場所を教えて!」


「待ちなさい。彼の話をまだ聞いていない」


 ビアーズはそう言って俺の顔を見てきた。


「フォルボス君は?」


「施設にいる子供の全員の解放と、実験そのものを今後一切行わないことが俺の願いだ」


 俺がビアーズの目を真っすぐ見てそう言うとビアーズは「ふう」と溜め息をつく。


「成程な……結論から言うと私は研究については反対派だ。なので場所くらいなら教えも構わない。君達が子供達を助けたうえで施設をどうするのか知らんがな。やはり施設の職員も自分達の研究に背徳感を抱く者が多い。しかし、一度この領域に踏み込んでしまった者は他のところへ行けない。もし、施設を辞めたら命を奪われるからな」


 ビアーズがそう言った事によって空気が一気重くなった。俺は施設の人間は皆悪だと思っていた。人の命を平気で弄ぶような連中ばかりだと……。


「フォルボス君すまない。我々がやっている事そのものは到底許されることではないが――歯向かった人間は始末されるんだ。実際に芯が強い若い職員も来たりするのだが、歯向かって始末されている」


「それはつい最近もか?」


「ああ。1ヶ月程前から来なくなった。つまりそういう事だ。私の目が届かないところで上の人間に掛け合ったんだろうな」


 ビアーズは静かにそう言っていたが目頭は熱くなっていた。彼もきっと心を痛めているのだろう。


「フォルボス君、君は今どこにいるのかな?」


「俺は色々あった後、マーズベルにいる。俺がこうやって意識があって会話ができているのも、マーズベルの人達のお陰だ」


「そうだったか。確かマーズベルの国主はアードルハイム皇帝を討ち取った英雄だったな。そこに身を置いていれば万が一の事があっても大丈夫だろう」


「万が一というと?」


「名前は言えないが、施設の上の連中達の情報網は凄い。フォルボス君が自我を取り戻したと聞くと躍起になって探しに来るだろう。しかし、マーズベルは世界から見ても高い戦力が揃っていると聞く。あのランベリオン・カーネルもいるしな」


「ランベリオンさんは東の国でも馴染みがあるんですか?」


 アリスがビアーズにそう問いかけた。


「ああ。知っている人は知っているよ。飛竜ワイバーンで☆3という個体はランベリオンが初めてだと聞く。我々が行っている研究が研究なので、☆を持ち、尚且つ名前を持っている魔物には興味があるのだ」


「やっぱりそういう個体は捕らえたいと思うもの?」


 フィオナのその質問にビアーズは首を左右に振った。


「私としては思わない。ただ、一部の人間はランベリオンの事に興味を持っているのは事実だ。しかし、ランベリオンの死の灰デス・アッシュというスキルは強力だ。わざわざマーズベルまで行って、ランベリオンを捕らえるために多くの死人を出すような事はしない」


 そこで俺は違和感を覚えた。じゃあ何で俺達子供は犠牲になるんだ――。


「聞いていいか?」


「どうぞ」


「ランベリオンの話は死人を出したくないという倫理観があるんだよな?」


「そうだ」


「何で子供の命は犠牲にできるんだ?」


 ビアーズは「そうだな……」と口を開いた。

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