第213話 イーサンの記憶Ⅱ

「で、どうだ? 引き受けてくれるのか?」


「勿論だ。その新薬ポーションを飲んでマーズベルに調査すればいいのだろう?」


「ああ」


 すると、Qキューは透明の瓶に入った液体を取り出した。これがその新薬ポーション――しかし、緑色でもないし紫色でも無い無色の液体だ。一見ただの水のようにも思える。


 Qキューにその瓶を渡されたイーサンはコルクを開けてニオイを嗅いでみた。少しツンとしたニオイがするが、それ以外は気になることはなかった。


「因みに何のポーションなんだ?」


「免疫力を高めるポーションだ」


 イーサンは不思議に思った。免疫力を高める薬ならいくらでもある。それは、別の世界から来た転生者がこの世界で大いに活躍して、生活水準を上げてくれたお陰だ。特別なスキルが無くても、ポーションで補うことができる。免疫力を高めるポーションなど何ら不思議ではない。


 Qキューを見ても仮面の下の表情は分からない――。何を企んでいるのかも分からない。しかし、イーサンは失った仲間を蘇らせるためにポーションを口にした。


 味は少し苦ったが、それ以外に特に変わったものは無かった。


「これで免疫力が高まったのか? 一体何の?」


「そうだな。あらゆるウイルスに対する免疫力とだけ言っておこう」


 何故だか分からないが直感的に嘘くさいと思った。しかし、そうは言ってもあとはマーズベルで情報収集するだけの仕事だ――。命に危険があるというのはやはり――。


新薬ポーションだから副作用で命の危険があるということか?」


「そういうことだ」


 間髪入れずにQキューはそう答えたので嘘ではないのだろうとイーサンは思った。


「ではこれからマーズベルに向かえばいいのか?」


「ああ。これを持っておいてくれ」


 そう言って渡されたのはスマートキーくらいの大きさをした四角の物体だった。イーサンにはこれが何か分からなかった。赤色に点滅している事から何か報せている――。


「これは何だ?」


「お守りだ。なかなか高いから大事に持っておけ」


「確かに見たことが無いアーティストだ。有難く受け取っておくよ」


 イーサンはそう言ってその物体を受け取りポケットの中に仕舞い込んだ。そこからはイーサンは何日もかけてマーズベルに訪れた。新薬ポーションの影響なのか、マーズベルの気候の変化かは、イーサンには分からなかったが、体中に痒みが出始めた。しかしマーズベルでの滞在をイーサンは続けた。


 勿論適切な指示など無かったので、イーサンは調査と言いつつも半ば観光を行っていた。マーズベルには美味しいものばかりであちこちを堪能した。マーズベルの皆は人当たりも良く、国主のナリユキ・タテワキという転生者が、いかに凄いかを、こちらの気分を害さない程度に自然に話してきた。魔物にこれほど好かれている人間は滅多にいない――。それにあの有名なランベリオン・カーネルをこっちの世界に来て直ぐに手懐けたことも有名な話だ。若いのに正直頭が上がらない。と、イーサンは思っていた。


 しかし、観光をしているうちにイーサンは熱っぽさと頭痛、そして体中の痒みが酷くなっていた――。視界もボケていて、平衡感覚も鈍くなってきている。体中の痒みは酷さを増すばかり。服を脱がずとも、腕だけでその酷さは明白だった。そして気付いた――。


 この湿疹と症状を見たことがあると――。イーサンは自分の記憶を辿り仲間達がどのような苦しみを受けていたかを思い出した。40℃近い熱に体中の痒みを訴え苦しんでいた。


 俺が飲んだのはヴェドラウイルスなのではないか? という恐怖が襲った。イーサンは慌ててマーズベルの医療施設へ向かおうとしたが――。


 地面に倒れ込んでしまった――。薄れていく意識のなか、聞こえてくるのはマーズベルの町民や通行人――。


 騙された――とイーサンは思った。


 記憶に関してはここで途絶えている。


「あんたも結構辛い人生送っているんだな」


「何や。どないしてん」


「いや、イーサンって人もなかなか酷い目にあっているなと思ってな」


「そうなんか――まあ今の時点で辛いやろうな」


「リーズ。俺の記憶を共有する。準備はいいか? 俺が一度イーサンの知性を奪った後、俺がイーサンから奪った記憶を分け与える」


「はい」


 リーズがそう答えたので俺は金色に輝く手でリーズに触れた。するとリーズは目を閉じた。リーズのヴェドラウイルスに関する知性を奪った後、俺はリーズにイーサンの記憶を共有した。


「せーので答えるか」


「はい」


 俺の言葉にリーズはそう答えたが、レンさんは何が何やらと言った表情だった。


 リーズと目を合わせて一呼吸置き――。


「変異型のヴェドラウイルス」


 俺とリーズはそう呟いた。


「マジか――じゃあ助かる方法は無いんか?」


「正直なところアーツさんって人の力が欲しいな。リーズの力だけでは足りない」


「お役に立てず申し訳ございません」


「いや、そういうことではない。十分力になっているよ。後は感染者を増やさないポーションを作る必要があるな」


「そうですね」


「イーサンがヴェドラウイルスの最近の症状を知っていて助かったよ。幻惑と幻覚はオマケらしいがな」


「そうですね――ポーションの製造をしなければいけませんね」


「ああ。頼む」


「それでは失礼致します」 


 リーズは一礼をするとこの部屋から出て行った。そして入れ違いで入って来たのは――。


「ランベリオンじゃないか。どうしてここに?」


「ちょうどよかった。転移テレポートイヤリングを使って今すぐにカーネル王のところへ向かってほしいのだ。アーツ様がカーネル王国にたまたまいたのだ」


「ナイスだ!」


 俺はランベリオンにそう訊くと早速目を瞑ってルミエールの顔を強く思い浮かべ転移テレポートイヤリングを使った。


「ナリユキ!」


「タテワキさん!?」


 目を開けると一室には、ルミエールとアマミヤ、クロノスにガブリエルに森妖精エルフの老人がソファに腰かけていた。


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