第197話 ゾーク大迷宮の魔物Ⅵ

「ジェノーバ・マカロフよ。その人間は強いのだったな?」


 人間――というのは止めたようだな。


「ああ。相当強い」


「ならばこうしよう。これからもどんどん強くなる見込みがある転生者の人間をみすみす殺すのも惜しい。余と力比べできる存在は一人でも多くいた方が愉しいというものだ」


「何が言いたい?」


「余が手を貸してやろう。その人間と一度戦ってみたい」


「ああ? 信じられると思うのか!?」


 すると、アヌビスはハアと溜め息をついた。


「今の貴様等では余と戦っても勝てはしない。故に貴様等の仲間が死ぬ事になる。しかし余を加えてくれれば、貴様等の仲間を治してやろうと言っているのだ。どうかな?」


 アヌビスは私を試すような目で見てきた。残念ながら奴が言っていることは正しい。一筋縄で勝てるような相手ではないし、私とワイズは対個人に発動するアルティメットスキルを持っていない。どちらかと言えば、一つの街を破壊するような大規模なスキル効果。こんなところで撃ったら、3人が巻き添えを喰らうのは猿でも分かる。


「いいだろう。しかし真意は何だ?」


「なあに。久しぶりに全力で戦える相手がいると思うと居ても立っても居られないだけだ。ジェノーバ・マカロフとワイズだな。せいぜい余を楽しませてくれよ?」


「キツイ冗談だ。アンタ名前は?」


「アヌビスだ」


 そのまんまだな――。


「条件を飲んでくれたので回復ヒールしてやろう」


 アヌビスはそう言うと、メリーザ、レイ、スーの3人を睨めつけた。すると、3人の傷はどんどんと癒えていく。


「それも魔眼の力か?」


 ワイズがそう問いかけるとアヌビスは「そうだ」と返答した。


「何でもありだな」


 3人とも呆けた表情を浮かべながら自分の体を確認していた。


「貴様!」


 レイはカッと見開きアヌビスに襲い掛かった。


「待て!」


 私がそう言うと、レイはピタリと動きを止めた。


「一時的だが、アヌビスは仲間になった。治してくれたのもアヌビスのお陰だ」


「どういう事ですか――?」


 レイは苦い表情を浮かべながら小太刀をゆっくりと下ろす。


「ナリユキ・タテワキと戦いたいそうだ。そしてこのアヌビスは、ゾーク大迷宮の魔物ではないようだ」


「では地上の魔物ですか? こんなに強い魔物が地上にいれば、国の一つが亡んでも何ら不思議ではありません」


「余は地下世界アンダー・グラウンドの住人だ。地上とはまた違う世界で生きる者よ」


地下世界アンダー・グラウンド?」


 スーが復唱して首を傾げている。


「この世界は、地上の世界と魔界の世界がある。魔界は魔族しか住んでいない話だ。森妖精エルフなら聞いたことくらいあるだろ?」


「ええ」


 メリーザはそう言って頷いた。私もガープから魔界の話は聞いているので今更驚くことも無い。


「そしてもう1つの世界が地下世界アンダー・グラウンドだ。簡単に言えば、地上と別に、地下にもう1つの世界があるということだ」


 聞いても意味が分からない。まあ、そもそもスキルという概念が未だによく分かっていないがな。しかし、科学的に証明しようにも出来ないということは十分理解できているので諦めている。


「ごちゃごちゃしていて意味がわからねぇな」


「お前も十分ごちゃごちゃしているだろ」


「五月蠅ぇよマカロフ」


「ごちゃごちゃしているというのはワイズの事かジェノーバ・マカロフ」


「ああ」


「どういう事だ? 7属性のスキルを使える事と関係しているのか? それにワイズは普通の魔物や人間とは違うらしいな」


「交配種だ」


「マカロフ。俺様の情報をそれ以上ペラペラと話すと首を折るぞ」


 ワイズはそう言って胸ぐらを掴んできた。


「悪かったよ」


「と、いう事はコヴィー・S・ウィズダムの創作物か」


「知っているのか?」


「勿論だ。研究熱心なコヴィー・S・ウィズダムは今は地下世界アンダー・グラウンドの住人だ。人目につかないよう、自分の体の改造を行い、永遠の命を手に入れようとしている。それに余の仲間の情報によると、地上と地下世界アンダー・グラウンドに変革をもたらす為に力を付けているらしい」


「はあ? あの爺何か企んでいるのかよ? ぶっ殺してやる」


 ワイズはそう言って、両手をポキポキと鳴らせていた。


「あの爺。俺様の体を好き勝手に弄りやがって」


「元々人間だもんな」


「そうだよ。んで色々な魔物と混ぜられた。胸糞悪いぜ」


 それを聞いていたアヌビスはどこか同情の眼差しをワイズに向けていた。


「話が変わった。どうやら、ナリユキ・タテワキと戦うのも楽しみだが、貴様等と手を組むことでコヴィー・S・ウィズダムに近付くことができるかもしれない。地上はどうでもいいとして、地下世界アンダー・グラウンドが危険な目に遭うのはまっぴらゴメンだからな」


「何だよ。結局ワンコロの勝手じゃねえか」


「ああそうだ。しかしこれは貴様達の地上の世界を守ることになる。悪い話でなかろう」


「俺様はあの糞爺をこの手で殺せるのであればどうでもいい」


 ワイズはそう言って拳を握っていた。


「私は賛成だ。コヴィー・S・ウィズダムはワイズを含めた交配種を造ることができる程、知識が豊富な人間だ。もし何か良からぬことを考えているのであれば相当厄介だ」


 私がそう言った後に、メリーザ、レイ、スーを見ると頷いていた。どうやら3人も賛成らしい。


「では行こう。空間扉スペース・ゲート


 アヌビスがそう言うと、フロアにある天井にはブラックホールのような大穴が開かれた。


「アリシアと同じスキルが使えるのですね」


 そうか。アリシアはこんな便利なスキルが使えるのか。


「ついてくるがよい」


 アヌビスはそう言って、プカプカと空を浮き始めて開かれた穴に向かって行った。


「行こう」


 メリーザのスキルで私達も浮遊することができるようになり、アヌビスの後をついて行った。


 コヴィー・S・ウィズダム――この世界を渡り歩き、交配種という新たなる可能性を見出した男――。一体何を企んでいるのだ。

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