第196話 ゾーク大迷宮の魔物Ⅴ

 正直なところ、作戦という作戦が思い浮かばない。メリーザ、レイ、スーも奴の強大なパワーに怖気づいているようだ。一方、ワイズは臨戦態勢ではあるが、慎重に間合いを見極めている様子。


「こっちから行くぞ」


 アヌビスのドスの効いた声がこのフロアに響き渡る。


「なっ!」


 アヌビスは私を横切った。振り返ると――。


「メリーザ!」


 メリーザは臨戦態勢に入っているが、レイピアを持っている手から緊張が伝わる。何より戦闘値に差がある。レイとスーがメリーザの前に立ちはだかるが、2人の攻撃を最小限の動きで躱して、杖で2人を蹴散らした。


 私は慌ててスペツナズナイフを射出したが――。杖を振った事によって巻き起こった旋風でナイフは無力化され、メリーザは攻撃する間もなく、アヌビスの飛び膝蹴りを腹部に直撃して、壁まで吹き飛ばされた。


「メリーザ!」


 壁に激突と同時にメリーザが完全に意識を失っているのが分かった。死んではいない――。筈だが、今の一撃は相当重たい。鋼の体Ⅴを持つ私でも大幅なダメージを喰らうだろう。


「戦いにおいて、サポート役の森妖精エルフを先に潰すのは定石だろ?」


 そう言いながら首を左右に振ってポキポキと鳴らすアヌビス。


「確かにな――」


 私は葉巻を落として、付いている火を靴の裏で消した。


「やってくれるじゃねえか……。ワンコロ」


 ワイズの体は一回り大きくなり、腕の血管が浮き出て、鋭利だった歯がさらに鋭くなる。


 ワイズがアヌビスを睨めつけるとアヌビスの身体はミンチのように切り刻まれた。


「俺様の怒りの冷眼コレードル・アイに死角はぇ」


 流石の私もこれには驚きだ。かつてない程ここまで強力な怒りの冷眼コレードル・アイのスキル効果を見たことがあっただろうか――いや無い。奴もまた我々と一緒に行動を共にして、何かしらの感情が動かされていたのだ。その結果、この強力なスキル効果が発動された。


「それで終わりか?」


 ミンチにされた肉片が不気味にわらう。それもその筈、奴はスライムのように元通りになったからだ。


「チィ――」


 自分のスキルを嘲笑するかの如くアヌビスが平然としている様に苛立ちが加速するワイズ――。


「これは参ったな」


 これほど冷や汗が止まらないのはいつぶりだろうか。殺される寸前でも冷や汗をかいたことなど無い。勿論、拷問をされたことも別に苦ではなかった――。寧ろ弱い自分への怒りと、相手に対する強烈な恨みだけだ――。


 冷や汗――強いて言うなら部下が目の前で殺されたときだろうか。私の判断ミスで次々と部下が拷問されて殺されるかもしれない。という仮説が生まれた時などに生じていた。しかし、自分の身の危険を感じて冷や汗をかくのは初めてだ。


 この強さでスライムのように再生されると打つ手が無い――。


「貴様はゾーク大迷宮の魔物なのか?」


 ワイズがそう突拍子も無い質問を始めた。


 アヌビスはその問いに口元が緩む。


「何故そう思った?」


「上から降って来て、俺様達を潰すのではなく、真っ先にあの魔物を倒した。普通に考えたら可笑しいだろ? それかゾーク大迷宮のパフォーマンスなのか? それにそもそもテメェは何者なにもんだ?」


「ほう。貴様は意外と頭がキレるのだな。その隣にいる人間だけが突出している頭脳を持っていると思っていたが」


「ほざけ。で、質問に応えろよ」


「そっちの自己紹介も無いのにか? 先に余が質問するので、その質問に応えてくれれば答えてやらんでもないぞ?」


「ああ?」


 ワイズがそう言っていたので、ワイズの肩に手を置いた。


「返報性の法則というやつだ。こっちが聞きたいことがあるならば、先にこっちが情報を与えるのが定石だ。それに奴は別にこっちの情報なんて、聞いても聞かなくてもどっちでもいいのだ。その中で気になることがあるかなと考えた時に、我々がここに来た目的は確かに気になる。だから提案をしてやってもいいかな? という訳だ」


「何だそれ? 主導権は結局あっちじゃねえか」


「そういう時もある。現にバラバラにしても奴が生き返ることが分かったわけだ。しかし、我々は――」


「五月蠅い。それ以上ガタガタ言うとテメェから殺すぞ」


「で、質問には回答してくれないのか?」


 アヌビスがそう訊ねてきた。


「我々はとある人物と戦う為にこのゾーク大迷宮に潜り込んだ。魔物を狩ることで得られるスキルが増えて戦闘値も増大する。単純な話だ」


「強くなるためにここに来たと。しかしながら、貴様等の力なら地上では相当強い部類だろう。龍族とでも戦うつもりか?」


 アヌビスの関心度は高くなっていた。からかわれているのか分からないが、その場で座り込んで、杖を膝の上に置いた。


「人間だ。我々は様々な手でお金を稼いでいるのだが、その人間がどうも邪魔をしてくる。マーズベルの国主なのだが私と同じ転生者でな。若いが頭がキレる奴なんだ」


「ほう。それでその人間が邪魔だから倒したいと」


「まあ、そういう命令だな」


 アヌビスは納得していない様子だった。


「強くなるためにゾーク大迷宮に入ることは間違えている。最深部に潜む魔物がどういう魔物なのか知っておるのか?」


「知らん」


「名前の通りゾークだ。Z級の魔物が最深部にいるのだぞ?」


「噂ではなく真実だったのか」


「地上ではそうなっているな。しかし、我々の地下世界アンダー・グラウンドでは、手を出してはいけない魔物の1人とされている。悪い事は言わない。引き返すのだ人間共よ」


「そう言われて引き返すような面しているかよ。ああ?」


 ワイズがそう言って眼光を飛ばすとアヌビスはやれやれと溜め息をついていた。


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。


 問題なのは地下世界アンダー・グラウンドという単語だ。さっきの言い方を整理すると、地下世界アンダー・グラウンドという世界と我々が住んでいる地上という2つの世界に分かれていることになる――。


 ここ数年ぶりのパラダイムシフトが起きかけていた。



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